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syanpon
2025-08-07 23:02:12
3305文字
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その星はもう道標にならない
オトスバ
微オトスバサンド
全部、間違えたんです。こうだと思った道は別の誰かによって綺麗に舗装された地獄の道だったんです。
その道は細くて僕一人しか渡れない、僕の身一つしか通れない。
だから全部置いてきたんです。
全部置いてきたつもりだったんです。
なのに、なあ?
目を覚ますとオットーが二人に増えていた。
スバルは現実逃避するように頭をかいてパジャマについているポケットをちょっと広げて覗き込む。
「俺、いつのまにかオットー入れてポケット叩いてたか?」
「何を馬鹿なこと言ってるんですか」
反射でつっこめば頬を両手で挟まれた。次の句を継ごうとしていた口からはぽひゅうなんておかしな音が出てスバルは満足げな顔をする。
「うん、お前は俺のオットーだな。よし」
大きく頷いた後となりに転がっているもう一人に目を向けた。僕にそっくりの見た目をしている割には服装や厳密な体格を似せる気はないらしいその男が何をしてくるのか全く予想がつかなかった。非戦闘員がふたり、ベアトリスを呼びにいくにしても声を出した瞬間相手の力量によっては殺されてしまうだろう。
「
……
ここは」
ゆっくりと起き上がった全身黒ずくめの男は緩慢な動作で部屋を見まわして最後に僕たちに目を向ける。
僕の顔に目をやり、はっと馬鹿らしそうに息を吐いて。
「
……
夢か」
ばふん、とそのままベッドに垂直落下した。
「お、起きろー‼︎」
次の瞬間距離を取らないといけないはずなのに僕は目の前の男を起こすべくベットから蹴り落としていた。
***
「なるほどつまりこのオットーもオットーでオットーはオットーの世界から何らかの方法でこっちにきちまったというわけか。なぁオットー?」
「僕の名前を連呼しながらの説明、悪意がある気がするんですけどねえ」
この世界に似たような人間が三人いようが言霊の加護持ちのオットー・スーウェンは一人しかいないだろう。足元に縛りつけて転がしたモノクロの男をどうしたものかとオットーはため息をついた。
「まぁうちの屋敷で帰れるまで過ごせばいいんじゃねぇの?ロズワールには俺から言っとくし」
「は⁉︎いやあんた何を言ってるんですか」
スバルがオットーの横を通り過ぎ男の縄をほどき始める。この人のその優しさと甘さが好きだし、変わらずにあってほしいところでもあるのだが流石にこれはいただけない。オットーは男がすぐに立てないよう、背中に足を乗せた。スバルがそれを見てむっと眉根をよせる。
「おいこらオットー、かわいそうだろ」
「自惚れる気はありませんが僕の恐ろしさは僕自身が一番知っていますので」
「ちゃんと責任もって飼うから!」
「犬猫みたいにいうんじゃないですよ!元の場所に返してきなさい!」
「それがわかるまで!」
「
——
殺せばいいんじゃないですかね」
ほとんど黙っていたというのに僕と彼の話にポツリと割り込んできた、全く自分の声とおんなじそれに、見た目と同じく色がないことに対して、オットーは居心地の悪さと不快感を覚える。床に頬をつけたままどこに焦点を合わせるでもなく虚ろな瞳で彼はもう一度同じ言葉を繰り返した。
「殺せばいいんじゃないですか」
ゆっくりとした口調だった。色のない声音だった。
死があまりにも身近にある人間だと、思った。
「
……
決めた」
「いたたた⁉︎」
オットーが何か言葉を発するよりもスバルのほうが早かった。遅れて関節が軋む音と色のない男の思ったより痛そうな悲鳴。
スバルは男に逆エビ固めを決めていた。
「お前を、俺の大事なオットーと同じお前を絶対に死なせたりなんかしてやんない!」
スバルの腕が疲れるまで大体三分ほどその拷問は続き、これが屋敷で始まった僕らの奇妙な同棲生活の幕開けであった。
一.基本的な居住区はオットーの執務室とし、混
乱を避けるため、、このことを知るものはスバルにオットー、ベアトリス、ロズワールだけとする。
一.元の世界に帰るための情報提供には嘘偽りなくこたえる。
一.基本的に『言霊の加護』は使用しないようにする
一.屋敷の住人に危害を加えた場合問答無用で処分する。
これらが白黒の男を住まわせるにいたっての条件だった。
本来ならば地下の独房にでも縛って転がしておきたいのだがスバルが頑としてそれをよしとしない。
思っていた以上に穏やかに時は過ぎていき、思った以上に事態は進展することもなかった。
「なぁ、オットーのそっくり」
「はい」
「お前の名前はなんていうんだ?」
「
……
好きに呼んでください。あちらでは死の商人なんて呼ばれていましたが」
「
……
」
「そんな顔をしないでくださいよ『ナツキサン』」
「案外名前なんてものはなくたって困らないんです」と白黒の男は自嘲気味に笑った。
オットーと商人は姿形は似ていても細かいところが違っていた。
男はオットーに似ていたが口数が少なかった
オットーよりも細い体躯をしているのに手のひらは固く豆ができていた。
基本的に無表情だがふと目が合うとふわりと笑う時があった。
眠れていないのかオットーよりも濃い隈があり、夜中一人でうなされているのを眠れないスバルは知っていた。
虚な瞳は隈のせいか深い深い深海のように思えた。
男が来て二週間、スバルは白黒の
……
商人のことをものすごく世話していた。
そしてオットーはそのせいで大変な不利益を被っていた。屋敷の中でロズワール以外にも気を張っていないといけないのもそうだがスバルがアレを構い倒すせいが大きい。
そもそも、アレを構い倒していた時間は自分といちゃついていたはずの時間なのだ。
あの腕の細さや態度を見るに元の世界に戻らない方がアレは幸せなのかもしれないけれど。たとえ自分であっても不確定要素をいつまでも手元に残しておきたくはなかった。
だからオットーはオットーのためにアレをさっさとどうにかしなくてはいけなかった。
ガチャリ、と執務室の扉を開ける。
——
そこからの数秒はスバルの言葉を借りるのであればスローモーションであった。
アレが、スバルに口付けていた。
スバルの目は驚きに見開かれていたから故意ではなかったのだろう。迂闊なところがあるから仕方がない。
ただそのスバルの優しさにつけ込もうとしたであろう男のことをオットーは到底許せなくて、初めて出会った時のように男の側腹部に蹴りを入れていた。
オットーが入ってくることになど気がついていたのだろう。慌てるスバルと違い、男の顔は蹴られる瞬間ですら変わらなかった。抵抗もせず男は床にころがる。腹のあたりに温もりを感じた。スバルがオットーの正面から抱きつくようにして追撃を止めようとしているのだ。
なにがこんなに頭にきたのかこの時オットーは冷静ではなかった。
転がった男は薄く乾いた唇をペロリと舐めた後、貼り付けたような笑顔を浮かべ、
「わん」
と嘲るように鳴いた。
***
部屋に同じ顔をした男が二人向かい合う形で座っている。
スバルはとっくの昔にベアトリスと眠りについた時間だ。
「
……
謝りませんよ」
「ええもちろん。あなたのものに手を出して申し訳ありません」
「
……
意味のない謝罪もいらないというべきでしたね」
男は困ったように肩をすくめた。最低限の照明だけをつけた部屋でこの男は闇によく溶ける。
「全部、おいてきてきたはずなんですけどね」
口数の少ない男がポツリと話し出す。オットーはなにも答えずそのまま待った。
「全部、全部間違えたんです。全部取りこぼしたくせに命だけは惜しくてまだ意味もなく縋っている」
闇が困ったように眉根を寄せてオットーを見つめる。
認めたくはなかったが理屈ではなく頭で、とうの昔に理解していた。
目の前の男もまた、オットー・スーウェンであったのだと。
オットーに対してオットーであったものが問いかける。
「こんな僕を、あんたは笑ってくれますかね」
それに繋がれた言葉を星だけが知らない。
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