syanpon
2025-08-07 22:56:00
2730文字
Public
 

星にだって取られたくない

現パロ
オトスバ

 ナツキスバルは宇宙人だ。

 これは比喩的な表現であり、あけすけに言えば他者からの悪口である。
 時折話が通じない時があって、彼の言っている冗談がこちらに伝わらない。声が大きくて時折ふとどこか遠くを見つめている。何故かスマホではなく二つ折りのガラケーを使用している。
 よくわからないものには極力近寄りたくはない。でも遠くから見るだけなら、そんな子供の無邪気な悪意が彼を高校の宇宙人に仕立て上げた。
「オットー!」
 そして僕はそんな彼の唯一の友人である。

 たぶん。

 僕が彼の友人となったのはただの成り行きだ。入学式の日に初対面であったはずの彼に大きな声で呼び止められたのだ。

「オットー!オットーだよな!?」

 満面の笑みを浮かべて話しかけてきた男に対し僕がなんと返したのかは今でも覚えている。
「えっと、どちら様ですか……?」

 その時の彼の傷ついたように見開かれた瞳があまりにも脳裏に焼き付いて離れなかったのだ。
 そんな散々な初対面であっただろうに彼は何故か僕のことを勝手に友達と認定したらしく話しかけてくる。

「なぁオットー、次移動教室だってよ」
「ナツキさん」

 断っても断っても彼は気にせず大股歩きで僕との距離をずかずかと縮めてくる。だから、距離をとりたくて、一線を引きたくて、些細な抵抗で呼んだ苗字呼びにすらこの人は毎回嬉しそうな顔をする。
 何かを噛み締めるように。

 ……誰かを、僕を通した誰かを思い出すように。

「なぁオットー、今日夜暇?ラインやってる?」
「なんですかそのとても曖昧なお誘いは。そしてあんたガラケーじゃないですか。お誘いについてはその背中に抱えているものでなんとなく察しがつきますが」
 ガチャガチャと背中に折りたたみ式の天体望遠鏡を担いだ男は悪巧みをするような顔をして僕に再度誘いをかけた。

「星、みにいこう」

 その一言に、僕はため息をついた。
 けれど、断る言葉が口から出るより先に、彼の無邪気な目が、まるで子供のようにキラキラしているのを見て、つい、気が抜けた。気が抜けたままため息が出た。

……夜は冷えますよ。ちゃんと着込んでくださいね」
「お、やった! じゃあ準備して放課後な!」
「放課後なら今それ持ってくる必要なかったんじゃないですかねえ」
「はは、言えてる」

 その言い方が何かを噛み締めるような物言いで僕はまたかと閉口する。
 菜月昴は何かを見ている。僕を通して、違う誰かをみている。
 僕の知らない「オットー」に話しかけているような、あの眼差しがどうしようもなく胸をざわつかせる。

 このざわつきに僕はまだ名前をつけることができないでいた。

「お、早いな。お前も楽しみだったんじゃん」
「待たせるのって嫌じゃないですか」

 適当な河川敷で待ち合わせをした僕たちは彼のおすすめスポットらしい広場にまで移動し、僕は彼が鼻歌混じりに望遠鏡を組み立て、ピントを夜空に合わせるのをぼーっと見ていた。
 夜空に瞬く星々は自分達と同じ時を生きておらず、過去の瞬きを見ている。
 じゃあこの男の見る遠くはどこを見ているのだろう。
 窓の外の空をぼーっとしながら、夕焼けに目を細めながら、ビル群を寂しげに笑いながら。

『オットー』

 その声で、笑顔で僕を通しただれかを見つめて彼は遠くを見ている。
「あ、みえた!」
「え」
「えっ?……いっ!?」
 ただ、彼は星にピントがあっただけなのだろう。振り返ってみればなんらおかしい言葉ではなかったはずだ。

 ただ、そのとき何故か強い焦燥に駆られて気がついた時は彼の腕を強く握り込んでいた。
 突然の僕の奇行にか痛みにか声を振るわせた男が僕の名を呼ぶ。それに重ねた声は自分でも驚くほどに硬かった。

「誰を呼んでいるんですか」
「お、おっとー?」
 もう、止められなかった。
「誰を呼んでるんですか。誰を見てるんですか。誰を探しているんですか……。あんたの目の前にいるのは僕でしょう」

 ずっと、あの出会いから。

「あんたが見つけたのは僕のはずです。僕を通して誰をみようとしているんですか」
「え、あ……

 力任せに握り込んだ腕を引き寄せて空いた手で彼の顎を掴んで固定する。
 驚きに見開かれた黒瞳には星のひとかけらも映っておらず、顔を歪ませた僕だけがいて。

 それは少し愉快だった。

……僕以外を見ないで欲しい」
「おっとー」

「見ないでください。僕の名前で僕以外の誰かを探さないでください。あんたが呼ぶなら僕が来ます。だから、だから僕を見る時は僕だけを見てろナツキスバル!」

 ぱちぱちと目の前の男が瞬きをする。
 ぽかんとしたその顔が猫みたいだ、なんて場違いなことを考えた。空いている彼の右腕が僕の頬にそっと触れる。
 割れ物を扱うように、蜃気楼に形があるのかを確かめるように。
 こんなに近くで触れ合うことなんて今までなかったはずだ。
 だって、こんなのとうに友人の距離からは逸脱している。好きに触らせていれば毛先をくるくると弄ばれそのまま耳にかけられた。

「オットー」
……はい」
「お前は俺が今からいうこと信じれるか?」
「全部吐いた後に信じろって言ってみてくださいよ」

……ははっ!なぁオットー、俺たち前世でもユージンだったんだぜ」

 そこから語られる話は荒唐無稽で学校の宇宙人が話す内容に相応しいものであったことに違いはない。ただ、そこで彼が話す『オットー・スーウェン』は大変苦労人だったんじゃないだろうかなんて思うわけで。
 思うだけ、だけど。

「じゃああんたはそのオットーさんと僕を重ねてたってことなんですか?」
「オットーがオットーにさん付けするの変な感じだな……。お前が不愉快に思ったんなら申し訳ないんだけどさ。俺はおんなじくらい好きだよいってぇ!!」
 ばちん、とデコピンをお見舞いしてやる。
「さっき言ったじゃないですか僕を通してみるなって」
「お前心狭いって言われない?」

 ころりと彼のポケットから携帯が転がる。白い鯨のストラップが今となっては大変悪趣味だ。

「ナツキさん、明日スマホ買いに行きましょう」
「は?」
「親御さんがダメと言うなら僕が払うので」
「いやいやいやいや、なんで?多分反対はされないけど……

 怪訝な顔をする男の唇を奪ってやれば少し固まった後に両肩を掴まれ揺さぶられる。大声で何かを言っているが全部聞き流して星空に向けて舌を出す。
 なんだかとても愉快だった。

「友人以外も僕はあんたからもらうって宣戦布告ですよナツキさん!」