syanpon
2025-08-07 22:53:07
4098文字
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『忘れてくださいよ、そんな人』

オトスバ
現パロ


 ナツキさんが失恋したらしい。
 喜び、憤り、呆れ。
 それを聞いた時に感じた感情は一言では表せないものであって、ただまぁ、綺麗な感情ではなかったんじゃないかと思う。

 ※※※

「なぁオットー、俺好きな人ができた!」

 目の前の友人が瞳を輝かせながらそう話してきたとき僕の世界は終わったのだと思う。
 僕の世界が終わろうがこの世界は続いていくわけでその証拠として残酷にも彼の口からは好きな人の話がこぼれていく。
 誰、とか。いつ、とか。どんなところが好きなのか、とか。ナツキさんがニコニコしながら話をしているのをどこか他人事のように聞いていた。
「で、そいつ男なんだよね」
……は?」
「あ、やっぱ男好きになっちゃったってキモい?悪い、お前にならと思って普通に話しちゃったわ」
「いえ、そこに対して偏見はないんですが……

 男、男。
 そのあとなんだかんだ話をしてナツキさんの恋路に協力するという話になっていたのだが、僕の胸中は穏やかではなかった。
 いつのまにそんな人ができたんだ、とか。その人はナツキさんの良さを理解してやれるのか、とか。ナツキさんが傷つきやすい人であることを知っているのかとか。そんな言葉がぐるぐるとまわる。ただ回った先にある思いは一つだけで。

「僕でもいいじゃないですか……

 ただ、それだけだった。

 ナツキさんに好きな人ができたとしても僕と彼の関係性が変わるわけではない。
 いつも通り登校していつものように言葉を交わす。
 ただ、その会話に恋バナが加わるようになって僕は頬の内側を噛む回数が増えた。
「口内炎って一度なると長引くよな〜。おんなじとこ噛んでさ!」なんて彼は笑う。
 くそ!誰のせいだと思ってるんだ!なんて言えない感情の八つ当たり先はまた頬の内側になる。その繰り返し。
 恋バナをすることが増えたせいなのか今までよりも彼は僕のそばにいることが増えた。
 好きな男がいるんだったら誤解されるような行動は慎んだ方がいいんじゃないかとか、その男にアピールした方がいいんじゃないかなんてことを言ってやる気はさらさらなかったのだが。
「なぁオットーきいてる?」
「はいはい、聞いてますよ」
「うそつけ!お前また俺の恋バナ聞き流してただろ!」
「だって何にも進展ないじゃないですか……。眼鏡がかっこいいとか運動も意外とできるのがいいとか……いい加減僕も耳にタコができますよ。デートとか誘わないんですか?」
「デート」
 嗚呼、敵に塩を送る真似をする自分のことを殺してやりたい。
 ナツキさんの瞳がキラキラと輝く。可愛い、好きだ。
 頬が染まって口がモゴモゴと動く。その顔をさせる想い人が憎い、むかつく。
「じゃ、じゃあ、今週末映画とか行こうぜ」
「へ?」
「映画!映画行こう!!オットー!」
 いわゆる予行演習というやつだろうか。この週末の予定がいつの日か僕ではなく知らない彼の想い人に変わるのだろうか。
 敵に塩を送ってやったのだからこのくらいのご褒美があったっていいだろうなんてことをため息ひとつで誤魔化して「仕方ないですね」なんていって僕も笑った。

 ——菜月昴のことが好きだ。
 屈託なく笑う顔が好きだ。
 嬉しい時に光を映してキラキラと輝く瞳が好きだ。
 最近弁当作りに挑戦して絆創膏が増えた指先が好きだ。
 妹さんとお揃いで半分こしてるスニーカーの紐を大事に結び直してる時の表情が好きだ。
 生徒会長のくせに僕の名前を呼んで駆けてくるその足音が好きだ。
 よく通る唯一無二のその声が好きだ。
 明るくて太陽のように見える男がふとした瞬間に見せる静かな星の瞬きのような静寂が好きだ。
 好きだからこそ、彼の幸せを心の底から願っているのだ。
 好きだから、愛しているから。だから僕はこの自分の恋心は一生殺してやろうとそう、誓ったのだ。

 ナツキさんが失恋したらしい。

 その話を聞いたのはどこからだったかは重要ではなく僕にとってはただその事実のみが重要であった。
 そしてその事実を知った瞬間自分に絶望もした。
 彼の魅力がわからない男に腹が立った。
 まだ終わってないと言っているらしい本人に呆れた。
 そして、失恋したと聞いて喜んでいる自分に酷く怒り、呆れ、絶望した。
 聞いた瞬間に彼の腕を無理やり引っ張り裏庭に連れこんだ。彼から呼び止める声や自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが無視して足を進めていればいつのまにか二人分の足音だけになっていた。頬の内側を噛み締めて、不自然に拳ひとつ分空いた隣に膝を抱えて座り込む男に目をやる。今日はずっと目が合わない。
……失恋したとききました」
 口にした声は高揚で上擦っていなかっただろうか。そう振り返るより先に彼が声を上げる。
「まだ失恋してねぇ!」
 目の前が真っ赤になった気がした。喉の奥から嘲るような声が出る。
 なんでその男を庇うんですか、あんたにそんな顔させるような男たとえ両想いになったところで碌な目に会わないだろうに。
 むかつく
 むかつく!
 むかつく!!
「まだって言ってますけど脈なしなんでしょう?」
「それ、は」
「告白する前から玉砕したってことじゃないんですか」
「ち、ちがう」
「ちがうもなにもどれだけアピールしても距離が縮まらなかったってことなんでしょう?それに男も女も関係ないじゃないですか。いいお友達でいましょうってことですよね?」
「うるさい……!」
 言葉尻が荒くなって彼の瞳から涙がポロリと落ちるのを見ても一度出た言葉を止めてやる気はさらさらなかった。
「いいえ言いますよ。あんたがどれだけ好きであっても、どれだけ想っても振り向いてくれなかったらそれはダメだったってことですよ」
 喋るたびに自分にも傷がつく。喋るたびに僕自身が彼にそう思われていないことを自覚して嫌になる。
 隣に座ってる男はしゃくりあげて泣きはじめてしまっていた。乱暴に目元を擦って涙を拭いてもあとからあとからポロポロとこぼれていく。
「なんっで、なんでそんなひどいこというんだよ……
「酷い?ええ僕は酷い男でしょうねえ」
 彼の目元の涙を掬うように手を伸ばせばびくりと固まるが僕の手が払い除けられることはなかった。熱い涙が僕の手を通って落ちていく。
 脈がない人間に、彼を好きじゃない人間にこの熱を一欠片とて渡してやりたくなんてなかった。
……もう忘れてください」
「え」
「忘れてくださいよ、そんな人」
 ぽろぽろ、ぽろぽろと彼の溢れる涙につられたのか、これをつけ込む好機だと想ってしまったのか。僕の口からもポロリと言葉がこぼれた。

「僕でいいじゃないですか」

「なん、て……
「そんな男なんて忘れて僕にしませんかって言いました。男でもいいんですよね?眼鏡だって似合わないわけじゃないでしょう?僕だって運動もそこそこできますしなにより、なにより」
 あんたを一番大事にしてやれますよ。
 口の中に血の味が広がる。
 なんて最低な男なんだろうか。大事にしてやれるって言った口で告白して。傷につけ込んで絡め取ろうとしてる。
 沈黙が場を支配し、手のひらにつたってくる涙の熱だけが今時が流れていることを教えてくれていた。
「おっとー」
……はい」
「おっとー、おまえ。俺のこと、好きなの?」
……はい」
 可哀想なナツキさん。
 失恋して、友達だった男に告白されて。
 涙で歪んでいた瞳がゆっくりと見開かれていくのをじっと見つめていた。
「俺のこと好きなの?」
「はい。だから僕にしませんか。あんたを全力で幸せにしてやるって誓います。あんたをこうやって泣かせることだってしませんし……んぐ」
「ま、まってまてまてまてまて」
 ぱちん、とナツキさんの両の手のひらが僕の口を塞ぐ。
「お、俺のこと好きなの?」
 何回聞けば気が済むんだこの男は。口を塞がれているから動かしにくい首で頷いてやる。
 もう、一度言ってしまえば二度も三度も同じではあるけれど。
 ナツキさんの瞳が太陽の光を受けてキラキラと輝く。
 嬉しいことがあった時によく見る僕の好きな瞳だ。

 嬉しい、とき……

「ぐえっ!?」

 考えた瞬間腹に重たい一撃をもらって芝生に倒れ込む。目の前の男が自分の腹に抱きついてきたのだ。
「え、え……?」
「なぁオットー!お前俺のこと好きになったってことだよな!」
「いや、なったっていうか前から……
「やったー!」
 パッと僕の腹から離れて立ち上がってガッツポーズをする男をぽかんとして見上げる。え、さっきまでボロ泣きしてましたよね?
 ナツキさんが目を細めて意地悪な微笑みを浮かべる。

「俺の好きな人、お前」

 もうずっと前からだけど。

……は?」

「やっと俺のこと好きになったってことだよな!あんなにアピールしたのにしらっとした顔してるから脈ないかとおもってたんだよ!」
「は!?」
 ちょっと待ってほしい。ということは今まで僕はとんでもない勘違いをしていたんじゃないだろうか。
 それを確かめるのがとんでもなく恥ずかしくて上擦った声があがる。
「す、好きな人の話を本人に言うやついますか!?」
「ここにいるだろ!」
「ちくしょう浮かれて開き直ってやがる!」
 恥ずかしい、ずっと殺してやりたいとおもっていた相手が自分だったなんてそんなこと考えてすらいなかったのだ。顔に熱が集まってくる感覚がして居た堪れなさに顔を覆って地面に転がる。色違いのスニーカーの紐が視界に入った。
 さっきまで泣いていたくせにこの人は本当に嬉しそうな、意地の悪い笑みを浮かべてしゃがみ込み、僕の顔を覗き込んでくる。
「『忘れてください』だっけ?なぁオットー?」
 ううぅなんて声にならない呻き声が漏れる。あっという間に形成逆転してしまった僕たち。嬉しさよりも恥ずかしくてしょうがなくて僕は情けない声を上げるしかできなかった。

「忘れてください〜!」