syanpon
2025-08-07 22:20:27
929文字
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溢れた、溢さない。

オトスバ
9章の内容からの妄想
白痴要素を含みます


 音の一切を遮断された部屋に男は一人、うずくまっていた。
 その口元は唾液で汚れ、喃語のような、それでいて意味のあるのかわからない言葉を途切れ途切れに話している。

「オットー」

 音を強制的に遮断させられた世界で自身の鼓動と衣擦れ以外の音が響き、男――オットーは顔を上げた。
 ゆら、ゆらと焦点の合わない瞳が彷徨う。どこを引っ掻いたのだろう、指先は割れ、血が滲んでいた。
「あぁ……手袋いるかなあ。今度作ってやるよ」
 唾液に塗れた口元を拭ってやりスバルはその痛々しい指先に眉を顰めて口付けを落とす。
 甘い幻臭と血の味がした。
 
 スバルが塔から戻ってきた時オットー・スーウェンからオットーは溢れてしまったあとであった。
 正確に言えば記憶を奪われたのだがスバルたちの知るオットーが奪われたことに変わりはない。
「あ%う、あ◼︎○*」
「ん?」
 ペタペタとスバルの頬にオットーが触れる。そのままにしてやると今度はあぐあぐと鎖骨に噛みつかれた。痕の付け方も忘れてしまった愛咬はスバルの首筋を唾液で濡らしていくばかりだ。
 
 はじめは四肢の動かし方もわからないようだった。芋虫のように地面を這い回り全身を擦り傷でいっぱいにし、視線をあちらこちらに彷徨わせて知らない音を紡ぐ。
 
 あまりに野生的で、あまりに生存本能に疎いこの男をこのままにしていては死んでしまうとベアトリスが隠魔法で部屋を覆ってからしばらくが経つ。

 男は変わってしまった。
 
 ただ、その瞳の青さも、這いずった時に口に入ってしまうと束ねられている灰色の髪の美しさも男を形成する美しさの何一つとして損なわれていなかった。

 美しいままの獣が1匹。

 いまだにスバルの首元に齧り付く男の頭をそうっと撫で、そのまま抱きしめる。
 縋りつくように。
 ただただ、いもしない神に祈るように。

 男はされるがまま今度はスバルの鼓動に耳を傾けていた。空洞を映す青い瞳はウロウロと彷徨い、閉じては開きを繰り返すだけで涙を流すことはない。
 
  だからスバルもまだ泣かない。
 
……絶対、お前を取り戻してやるからな」

 泣くのはこの男の涙を見てからだと、そう、決めている。