いついつまでも此処に

MHRウ教×ハ♀。
相思相愛。

『いつもの』場所。


ここは、俺の『いつもの』場所。
カムラの里の象徴たる、たたら場の隣にある集会所の屋根上。


──ああ……会いたいな……

──早く、キミに会いたい……


心の奥から、焦燥にも似た激しく燃える想いが、言葉が溢れだす。

ここは『いつもの』場所。この目で里を、里に生きる人々を、最愛の人を見守り、時に里の味であるうさ団子を頬張って、舌鼓を打てる場所。

安らぎの場所でもあると同時に、ここは俺が『教官』として、そして『里守』の一人として、無風の水面みなもの精神で、鷹よりも広く、鋭く、番人として冷静に警戒しなくてはいけない場所でもある──なのだが。


──会いたい、会いたい……

──まだかな、もうすぐ見えるかな……


……はは……ダメだな、全く……

思わず、口元を覆う鎖帷子くさりかたびらの中で、自嘲の笑いと独り言まで溢れてしまう始末。

いつもの場所にいれば平静を保てるかと考えたのに、我ながらどうしようもない。

上がった口角をひっそりと一文字に結び直しながら、俺は葉桜となった若緑色わかみどりいろの桜雲の中から、海へと続く大河見つめ続けた。

不変の想いを寄せ続ける、この世で一番愛しい人を待つ、愛しい時間。

今日は、キミが帰って来てくれる日。

俺の可愛い愛弟子であり、里の英雄『猛き炎』たるキミが、遠い海の彼方、西洋の海上に位置する観測拠点エルガドから、専用船に乗って帰って来てくれる。

俺はその時を、キミと俺の愛する郷里の中にある、この『いつもの場所』で待ち続けていた。

キミを乗せた船が里から離れ、小さくなって行くのを見送るのも、この『いつもの場所』だ。
見送る時も、待つ時も、この心はゆらゆらと揺れて、キミへの想いの波が白く高まる。


──会いたいよ……

──元気な顔が見たい、声が聞きたい……


想うほど、怪我をしていないかい、お腹は空いていないかい、疲れただろう、いじめられたりしていないかい、なんて、ありとあらゆるキミを案じる言葉が頭と心に巡った。

その中に、いつも封じ込めているのだ。

キミがいなくて、心の底から寂しかった痛みを。

愛しいキミのことになると『明るく元気で、理性的な教官』を保つのがやっとだ。

ずっと、ずっと、俺はこの場所で、里と共にキミを見守り続けて来た。

キミが美味しそうにうさ団子を頬張る姿も、斜陽を背負って顔を隠して足早に水車小屋に戻って行く姿も、桜が恥じるほどの可憐な笑顔を浮かべる姿も、全て。

どれほどの時が流れても、それに飽くことは決してない。心はキミを想い、熱く滾り続けるばかり。

遠足前夜の幼子おさなご以上の興奮で、早く会いたい想いが滾々こんこんと込み上げ、やがて願いのようなそれ・・は欲求となり、次第に激しく燃え上がる。

落ち着かなければと、俺は「はあ……」と静かに深く息を吐き、『いつもの場所』で腕を組み、じっと屋根上に立ち続けた。

里のみならず王国をも救い、勇名を馳せたキミはその力を求められ、各地から引っ張りだことなり、里にいない時間が増えた。 

だから俺は──この時間が、大好きだ。

よく考えたら、昔からそうかもしれない。

キミが『里に帰って来る日』に、その瞬間の訪れを『いつもの場所』で待つのが、大好きだ。

キミと必ず会えて、キミの活躍をありったけの言葉と気持ちで褒めることができて、そして少しだけ、のんびりと世間話ができるから。

その話の中で、少しずつ、待っている間ずっと切なく締め付けられていた心を緩め、想いを、さらけ出すことができるから。

(愛弟子──俺の可愛い愛弟子。もうすぐ……かな)

目に突き刺さるような明々あかあかとした光波こうはに満ちた中、愛しい人への想いで胸が高鳴る。

まばゆい光の中、改めて見慣れた景色を眺めていると、ふと、驚いてしまうこともある。

この場所は、こんなにも味気なく、無彩色で単調で、退屈だっただろうかと。
そして、この心は、キミがいないとこんなにも渇き、視覚からも人間らしさを忘れさせてしまうのかと。

(罰当たりだな……こんなに幸せなのが、久しぶりに感じる)

愛する里に平穏が戻り、里の家族たちがが元気でいてくれる。それはとても幸せなこと、平穏は当たり前ではない。感謝を忘れてはいけない。


──でも、俺は、その中に、キミが……


いつも通りの、当たり前のように錯覚する平穏の中にも『キミ』が居なければ、俺の世界は、『いつもの場所』は、きっと──。

…………?」

鷹の目となっていた俺の視界の彼方が、とても鮮やかな彩りと光に満ち始める。

まだ、船の姿は見えない。愛しい人は、船で帰って来るはずなのに。

ふわりと、薫り高い風が吹き抜けて、葉桜は極彩の陽に染まり、花のように煌めいた。
鮮緑の糸が、まるで星々が星座を描くように、葉桜の間をしなやかに伸びて。

「──あ……!」

世界が、この心が、軽やかに彩られ、清風が吹き抜けていく。

俺が、この感覚を見落とすはずはない。

肌を撫でていく風が、とても優しくなった気がする。

目の覚めるような綺麗な色が、天地に広がって──極楽を思わせる、とても良い薫りが鼻腔を包む。

五感が、眠りから覚めたかのようだ。愛おしさに甘く疼き、少しずつ高鳴る鼓動。
切なくなるほど儚くも、新芽が大地に覗くような希望に満ちた感覚。

「教官! やっと……! ウツシ教官ーっ!」  

空を響く、鐘の音色のような声。合図のように、ドクン、と大きく心臓が脈打つ。

声の聞こえた方に反射的に体が向き直り、自然と両腕が広がっていく。

「──愛弟子!!」

この歓喜の声は、キミの鼓膜だけではなく、里全体の黄金空こがねぞらを震わせたことだろう。

愛しいキミが舞い降りたこの両腕に、自然と力が入ってしまう。

花散らしの笑顔を浮かべて俺を見つめてくれるキミは、とても温かく、触れた箇所から蕩けそうなほど柔らかく、妙に懐かしい香りがした。

「えへへ、船にいるのがもどかしくて、途中から飛んで来ちゃいました!教官、会いたかったです!!」
「おかえり、我が愛弟子よ!俺も会いたくて仕方なかったよ! 俺の可愛い、愛しい人よ!」

温かな、陽だまりの命を感じる。愛する命の鼓動を感じる。

この腕の中で、幸せに微笑む愛しいキミよ。

キミの『いつもの場所』が、いつまでも『ここ』であれと、何度願ったことだろう。

「ふふふ、すっかり翔蟲の腕も上げたね! とっても上手にここまで来てくれたけど、船から飛ぶのはさすがに少し危ないよ! 怪我はないかい?」
「ふふ、心配性ですね? 自分の飛べる距離はちゃんと把握できてますよ!」
「それでも、だよ! キミの実力は誰よりも分かっているし、信じているけれど……

手を伸ばして、さらりとキミの髪に触れる。厳しい狩場で生き抜いて来た者の強く美しい髪は、俺の指を、優しく受け入れてくれた。

「──キミに、怪我をしてほしくない、から」

目を丸く見開いたキミは「大丈夫です」とでも言いたげに、照れたように、それ・・を一瞬だけそらして。
また、すぐ、その鏡の瞳に俺を映して、今度はそれ・・いぶかしげに細める。やはり、ほんの一瞬だけ。

「教官、それは、私も同じです。ここは、私の、大切な故郷ですから。あなたがいてくれる故郷の里の、あなたの『この場所』がないと…………!」

俺はきっと、情けない顔をしていたであろうと思う。

不意の歓喜は、驚きになる。

呟くキミの表情は炎のように凛々しく、やがて、ゆっくりと手が伸びてきて、俺の前髪の中、小さな傷跡に触れた。

目の下に刻まれた古傷とは異なる、直近の哨戒しょうかい任務でついた傷だ。小さいがモンスターの爪痕。小型モンスターの雛を守った際についたもの。

可愛い愛弟子の観察眼もよく育っていることを誇らしく思いつつ、ばれてしまったかと、内心舌を巻く。

キミの眉は、ゆっくりと下がっていって。

……。ちゃんと、私も気を付けますから……だから、あなたも──」

この腕の中にいるキミの両腕が、ゆっくりと俺の背に回った。

その感覚に、俺はきゅっと唇を結ぶ。理性を、引き締めたかったから。

キミの眼差しが想いを語り、俺を案じてくれている。小さな怪我が、どんな危機に繋がるかも分からないと。

心も、体も、魂さえも、俺の全ては歓喜に包まれた。

この世に生きる理由が自然と頭に、心に浮かび上がってくる。キミの言葉が稲妻のように俺の中でほとばしる。


──あなたがいてくれる故郷の里の……

──あなたの『この場所』がないと…………


俺もだよ、と言葉にしたかったが、衝撃的なほどの喜びのあまり、声が出せなかった。
愛おしさと喜びが押し寄せて、心の中で渦を巻く。

キミの故郷が、帰る場所が、この里──俺のいる里であり、そして、キミにとっての『いつもの場所』が、俺自身ならば。

俺は両手で、愛おしいキミを抱きしめた。

刹那、キミから「んふふっ」と幸せそうな吐息が溢れたのが聞こえて、俺の心は更に甘くときめきながら、切ないほどの喜びに締め付けられる。

「大丈夫だよ、ずっとここにいる……俺はどこにも行ったりしない……! 大好きだよ、愛弟子……!」

キミの目を見て、真っ直ぐ告げると、不思議なほど心が満たされて、また、世界が輝く。

きっと、キミが「私も」と笑ってくれたからだろう。

そんな時、不意に、キミの笑顔から、笑顔なのに、泣きそうな声が聞こえた。

……寂しかったです……!」 

微かに震える声が紡いだ、愛しい人のその言葉は、俺の中から『理性的で朗らかな教官』のかせを取り払い、せきを決壊させて。

「──俺も、だよ……愛弟子……!」

柔らかなキミを抱きしめたまま、俺は夢中で口元の鎖帷子を降ろして、キミの唇に食らいついた。

その呼吸を、熱を、想いを、ほしいままにする。

やっと言えた、やっとまた、キミと。

怪我の手当は、ちゃんとしよう。

俺はこれからも『いつもの場所』で、愛しいキミを想い、待ち続けたい。

どちらからともなく、煌めく銀糸の橋を伴って唇が離れた直後、キミの潤んだ瞳は、安堵の曲線を描いた。

お互いの『いつもの場所』にて、体温を感じながら呼吸を喰らい合えるのは、生あればこそのさち

俺はまた、キミを抱きしめる。

俺の命を、俺自身の生を証明するように。

するとキミも、少しだけ恥ずかしそうに、俺の背に回した腕に、力を込めてくれた。

生きる理由と喜びが、俺の自身の全てに満ちる。

俺は、ずっと──ちゃんと、ここにいるよ、愛弟子。
ここは、俺は、キミが選んでくれた、キミが帰って来てくれる『いつもの場所』なのだから。


@acadine