Your name is...
「レオ、大丈夫?」
「ああ」
ポケモンたちをボールに戻し、傍らで見守っていたミレイの元へと歩み寄る。少しだけ頬を寄せてから、レオはヘルゴンザに向いた。その様子を見てか、ヘルゴンザはハッと鼻で笑う。
「レオ……。“レオ”か。“レオ”ねえ……」
言う内に可笑しくて堪らなくなったのか、目元を手で覆い、仰け反って大笑いし始めた。訝しむレオと、驚くミレイ。それらを憚らずひとしきり笑った後、ヘルゴンザはまた違った笑みを浮かべる。
「どうだ、“レオ”。もう一度オレと手を組んで、やり直さねえか?」
表情が不安に曇っていくミレイに気づき、レオはその肩を抱く。
「オレたち2人とスナッチマシンさえあれば、世界は思いのままだ」
ヘルゴンザは一歩、レオに近づく。
「な?」
と、手を差し出したヘルゴンザを見据え、口元を歪ませてレオは言った。
「……決まってんだろ」
ミレイからは表情ははっきりと見えなかったが、その言葉に穏やかな雰囲気を感じた。
ヘルゴンザは「ふん」とだけ返すと、大股でレオたちの横を通り過ぎ、下りの階段にゆっくりと足をかけた。
「そう言うと思ったぜ。ま、いいってことよ。どうせお前はもう、後戻りは出来やしねえんだ。さあ、行きな」
ヘルゴンザは背を向け、トントンと階段を下りていく。「それから」と一旦足を止めると、嫌味な笑みを浮かべながら振り向いた。
「本当の事、そのお嬢ちゃんに話してやれよ、“レオ”」
ぐわっはっはと笑いながら下りて行くヘルゴンザの声に紛れ、レオは軽く舌打ちをし「余計な事」と呟く。ミレイはそれをはっきりと聞き取ってしまった。
ヘルゴンザの声は、やがて聞こえなくなった。
レオはミレイの肩から手を離すと、ヘルゴンザが乗ってきたエレベーターに向かう。ミレイもその後に続く。道順や目的地を一度確認し、2人はエレベーターに乗り込んだ。
エレベーター内は仄暗く、決して広くなく、ボタンもいくつかしかなかった。開閉ボタンと非常用ボタン。目ぼしいものはそのくらいで、行き先はたったひとつであると静かに主張していた。
そのボタンを押す間もなくドアが閉まり、エレベーターは静かに動き始めた。上へ上へと速度を増していき、突然視界が開ける。
上には空色、下には砂色、奥には雲と、大きなメサの群れ。360度ガラス張りの窓からは、オーレの砂漠を一望出来た。この素晴らしい眺望を味わえるのは、今のオーレではこの施設くらいだろう。
しかし、中の空気はどことなく重かった。
先程のヘルゴンザの言葉を、ミレイが気にしない訳がなかった。自分に何かを隠しているのか、けれども、詮索してはいけないような気がして、口を開けなかった。
しばらく沈黙が続く。
遥か天を貫くような、白亜の塔。その頂上はまだなのか、景色は砂色から空色へとどんどん染まっていく。
「……名前」
ぽつり、レオが言う。ミレイは静かにレオを見上げた。しかし目を逸らされる。
「オレの名前。……本当は“レオ”じゃねえんだ」
突然の告白に聞き返す余裕もなく、ただ息を飲み込むミレイ。
「“レオ”……“LEO”はコードネーム。スナッチ団としての仮初めの名だ」
ミレイは両手を口に添え、肩を竦めて目を見開く。
「……じ、じゃあ……?」
絞り出されるミレイの声。戸惑いを隠せない。レオは逸らした視線を再びミレイに向け、瞳を捉えた。
「オレの本当の名前、は、無い」
ミレイの喉がヒュッと鳴り、空気が凍った。
名前を失った青年は、それを払うようにハッと笑う。
「最ッ高だろ? 無いんだよ、名前が。名を捨てるヤツはごまんといるが、オレには捨てる名前すら無い!」
空を切る青年の腕。きゅ、とミレイはその袖を掴む。
「……どうして、ミレイが泣くんだ」
「だって……だってえ……!!」
ミレイは言いながら、青年に抱きつく。胸に顔を埋め、抱く腕に力を込める。
「だって、そんなの……そんなのってないよ!!」
青年は、その頭を抱く。腕の中でわんわんと泣きじゃくるミレイ。オレンジ色の髪に、青年はそっと頬を寄せた。
そのうち、ミレイは哀叫を抑えようと、肩で息を整える。
「……ねえ、“元”スナッチ団ってことは、今はスナッチ団じゃない……ってことよね?」
涙声が治まらない内に、ミレイは唐突に問うた。胸に顔を埋めたまま、少々聞き取りづらかったが、青年は相槌を打つ。
「じゃあ、もう“コードネーム”はいらない……必要ないよね?」
青年は一瞬言葉に詰まるが、また相槌を打った。その言葉は事実なのだから。
するとミレイはパッと顔をあげ、にっこりと微笑む。その目はもう濡れていなかった。
「じゃあ、今からあなたの名前は“レオ”! 意味はね……“猛き獅子”」
呆気にとられる青年の頬を、ミレイは右手で優しく撫でる。その強い眼差しは、オーレの空の色と似ている。
「もうあなたには仮初めの名前なんて無い。あなたの本当の名前は“レオ”。……気に入らない、かな?」
青年は小さく下唇を噛んでから、ミレイを強く、強く抱きしめる。
「すっげえ気に入った。……ありがとう」
レオは震える声で僅かに囁いた。
エレベーターの窓の全面が、空色に染まった。
「苦しいよ……レオ」
腕を緩め、ミレイを見つめる。ふふと微笑むその唇に、少しずつ近づいていく。睫毛が伏せられた。
と、急に景色が変わり、同時に鈍い金属音が響く。ドアが開き、瞬間、ワアアと大きな歓声が雪崩れ込んできた。
「……いよいよね」
言ってミレイは、レオの手をぎゅうっと握った。
「怖いか?」
「全然! だってレオがいるもん!」
そして、同時に一歩を踏み出した。
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エレベーターの搭乗時間に突っ込んだら負けですよ。
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