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吾妻
2025-08-06 21:48:36
4303文字
Public
アークナイツ
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ブロードウェイ・サースト【序】※制作中
ドッソレスの豪華客船に色々あって潜入する話。弊社テキ博♀になる予定
序.
程よく照明の絞られたカジノの一角で、一人の男が手元のカードと睨み合っていた。
そのテーブルには男の他に客もなく、決断を急かす声もない。ゆえに、男は思う存分悩むことができた。
十七。手札の合計と、既に場に出してしまったチップとを幾度も眺め、熟考に熟考を重ねた結果、男は
――
勝負に出ることにした。
そもそもブラックジャックにおいて、胴元(ディーラー)は手札が十七以上になるまでカードを引くのがルールだ。このままでは良くて引き分けにしかならない。
せっかくドッソレスまで来て、新しくオープンした豪華客船に乗り込めたのだ。ここで守りに入ってどうする。
自分自身を叱咤し、男は指先でディーラーに合図を送る。正面に立つペッローの青年は、愛想のいい笑みを浮かべながら、一枚のカードを男の方へ滑らせた。
恐る恐るカードをめくり、男は思わず息を止めた。
手元に舞い込んだカードがまさに彼の待ち望んでいた「4」であったからだ。
まさに奇跡。今日はツイている! 興奮に任せてグラスを煽る男は、まさかそのカードが自分を喜ばせるためにわざと配られたものだとは気づきもしなかった。
「さすがですね、お客様」
数分後。男の目の前にはチップの山が築かれていた。
呆然と、恍惚と、その美しい山脈に見惚れている男に、ディーラーが賞賛の声を送る。
「い、いやぁ、今日はたまたま、ツイてるだけさ」
本当は、今すぐにでも踊り出したいぐらい舞い上がっている。しかし、ボリバルにおいて娯楽の殿堂とも呼べるこの街で、曲がりなりにも貴賓として呼ばれているからには、醜態を晒すわけにはいかない。わざと手元のグラスをゆっくりと揺らしながら、男はディーラーを見上げた。
ディーラーは若い男だった。柔らかそうな金髪をややラフなオールバックスタイルにまとめ、黒縁の眼鏡を掛けている。眼鏡のせいか大人しそうな印象だが、顔立ちは端正で上背もある。何より、カード捌きが抜群に上手かった。
「運も実力のうちと言いますからね。何より、この船に招待されているんですから、かなりの実力者に違いありません」
「ハハ、口がうまいなぁ君は。本当に大したことないよ。ここのオーナーとちょっと付き合いがあるってだけで
……
」
「おっと、オーナーのお知り合いとは
……
。不手際があった際はご容赦を」
「いやいや、本当に大したことないんだ。クルビアで仕事をちょっと、手伝ったことがあるくらいで
……
」
大勝負を終えて気が緩んだのか、緊張によって堰き止められていた酔いが急激に全身に回って行くのがわかる。夢現のなかで、男は問われるまま、オーナーについての情報をいくつか話した。他にもなにか話したかもしれないが、既に彼の肉体は思考から切り離されて、本能のままに動いている。
「楽しいお話をありがとうございます。ですが、そろそろお部屋に戻ったほうが良いのでは? スタッフに送らせますよ。配当もちゃんとお届けしますので、ご心配なく」
「はぁ、いい気分だなぁ。昨日飲んだ船内のバーも相当良かったが
……
。なぁ兄ちゃん、あそこのバーに新しく入ったバーメイドの子、可愛いし腕も良くて最高なんだよ。ほんとに
……
」
足元も呂律も怪しい。酒はそこそこ強いはずだが、いつの間にこんなに飲んだんだったか。意識朦朧としている男は、これまで一切表情を変えなかったディーラーが、一瞬眉を顰めたのに気づくことはなかった。
やがて男は、スタッフに両側から抱えられ、夢見心地のままカジノを後にした。
*
(たいしたことなかったな
……
)
千鳥足で遠ざかってゆく〝お客様〟の背中を目で追いながら、テキーラは眼鏡を押し上げる仕草で、内蔵カメラの録画を停止させた。
目一杯勝たせてやったからか、客の口はかなり軽かった。しかし、聞き出せたのは彼の自慢話ばかりで、目ぼしい情報は得られなかった。
このインペラトリス号は、半年ほど前にクルビアの富豪がカンデラ市長の認可を受けて、ドッソレスの海に浮かべ始めた豪華客船だ。
ドッソレスの海はあくまで人工海であるため、長距離をクルージングするわけではないが、絢爛豪華な内装と様々な娯楽施設、更には大規模なカジノを備えていることから、洋上の高級リゾートホテルとして評価が高い。
勿論、一晩滞在するだけでも、目玉が飛び出すような大金が海の泡と消える。
そんな俗欲の塊に今回テキーラが乗り込んだのは、勿論プライベートなどではない。里帰りついでの小金稼ぎでもない。
ロドス・アイランド製薬に所属するオペレーターとしての、正式な任務だった。
「ルイスくん、少し早いけど交代しようか。今日はもう上がっていいよ」
ボリバルではありふれた男性名で呼ばれ、テキーラは再び営業用の笑みを浮かべながら、先輩ディーラーを振り返った。
「お疲れ様です、先輩。まだ勤務時間は残ってるのに、いいんですか?」
「お客様がお帰りになったところだし、ちょうどいいから」
小柄なザラックの女性ディーラーは、地元の有名カジノから引き抜かれた逸材だ。接客もカード捌きも一流で、油断すればこちらの〝細工〟も見抜かれてしまうだろう。客を相手するよりも彼女と接する方がよっぽど神経を使う。
「もうここには慣れた? 随分と堂に入った仕事ぶりになってきたけど」
「まさか。俺なんてまだまだですよ。
……
先輩?」
にこにこと柔和に笑っていた先輩ディーラーが、ふと難しい顔をしてテキーラの顔をじっと見つめた。
「どうかしました?」
「うーん、やっぱり、誰かに似てるんだよねぇ
……
」
自身の顎に手を添えて、彼女は真剣に考え込む。テキーラはわざと、普段はあまりしないような情けない笑い方をした。
「誰だろう? 有名人に似ているなんて、あんまり言われたことはないんですけど
……
」
「有名人かなぁ
……
もっと身近で見かけたような気もするんだけど
……
」
実は以前、接待で彼女が勤めていたカジノを数度、訪れたことがある。それ以外にも、この街において〝エルネスト・サラス〟の顔は、カンデラ市長ほどではないにしろ、それなりに知られているのだろう。
この土地を離れて数年。潜入先は観光客相手の客船なのだから、多少印象を変えれば問題ないだろうと高を括っていたが、思わぬ伏兵もいたものだ。
勿論名指しで指摘をされたら、他人の空似を通すしかない。わざわざこのカジノに勤めるために、偽の肩書きのIDを市長に用意してもらったのだ。
互いの利害が合致しているとはいえ、まさかロドスの仕事で市長の協力を得ることになるとは思いもしなかったが。
*
「抑制剤がカジノの景品に流れてる?」
数週間前。
上司の執務室で、テキーラはその情報を聞いた。
直属の上司であるドクターは、デスクの引き出しから関連資料を取り出すと、テキーラに差し出した。
資料には、最近営業を開始した豪華客船と、船内のカジノで景品として扱われている抑制剤の写真が印刷されている。抑制剤のアンプルには確かにロドスのマークが見て取れた。
「君も知っての通り、ロドス(うち)は企業相手の商売が基本だ」
上司の言葉に、テキーラは短く頷いて同意を示す。
緊急時の救助活動などを除き、ロドスは企業と契約して薬品を取引している。
特定の国家や勢力の後ろ盾を持たない中立企業であるため、一般流通の販路を確立し辛いというのが主な理由だが、明確な契約書のもとに行われる取引の方が、自分たちの目が届きやすいという理由もあるのだろう。
こういった問題が起こった際も原因が辿りやすい。市販されていない以上、どこかで横流しが行われている。そういうことだ。
「実は、先に別のオペレーターを調査に向かわせていたんだけど、途中で音信不通になってしまって
……
」
「えっ?」
地元を離れた今でも、ボリバルやドッソレスに関する情報はできる限り仕入れるようにしている。例の豪華客船についても、現在のロドス内では一番詳しい自負がある。
だが、テキーラの耳にはキナくさい噂など殆ど届いていなかった。ということは、相当巧妙に事が行われているに違いない。
「行方不明になったオペレーターの捜索と、現地での本格的な調査のために、カンデラ市長に連絡を取ったんだ。例の施設は一応、市の認可を受けているわけだし、あの街で彼女に黙ってあれこれ嗅ぎ回るのは得策じゃないと思ったからね。そしたら意外にも、彼女のほうから協力要請が飛んできた」
「カンデラさんから?」
「彼女も例の船に目をつけているらしい。具体的には、巨額の資金が例の船を経由して別の組織に流れているんじゃないかと疑っているようだ」
トゥルーボリバリアン、シンガス政府、もしくはさらにその背後で糸を引いている勢力や国家だろうか? あり得ない話ではない。残念なことに、類似例は山のようにある。
だが、あれほど目立つ船でそのような行為が行われているのだとしたら、もはや市長に対する挑発ですらあるだろう。カンデラ女史が見過ごせないのも理解できる。あの人はそういう人だ。
「ということで、君に白羽の矢が立ったんだよ、テキーラ」
「
……
もしかして、カンデラさんの指名だったりする?」
「元々私は君に頼むつもりだったけどね」
市長の指名については否定せず、ドクターはバイザーの奥で瞳を細めた。
「モテる男は辛いね、エルネスト?」
「俺が君からしかモテたくないけど
……
」
明らかなからかいに、テキーラは一個人として返答をする。
業務時間中は部下として振る舞う主義だが、そっちが本名で呼んでくるのなら、プライベートの話をしても良いだろう。
まさかそのようなカウンターが飛んでくるとは思わなかったのか、ドクターは目を丸くして〝恋人〟を見上げた。
だが、すぐに目元に意味深な笑みを含ませて、
「だったら、その願いはもう叶っているね」
――
と、言った。
「
…………
」
一瞬、してやったりとほくそ笑んだテキーラだったが、更に向こうからやり返されて、悶絶の末に沈黙するしかなかった。彼女は、仕事でもプライベートでも、なかなか主導権を握らせてくれない。
――
テキーラは上司兼恋人のそういうところをこよなく愛しているのだが。
とにかく、その後はスルスルと話が進み、翌週には見慣れたドッソレス市の封筒に入れられた偽のIDカードがテキーラの手元に届いたのだった。
【つづく】
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