ゆたか
2025-08-06 21:32:05
2447文字
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やまなしおちなしいみなし

いつもの不運のはずだった。猪用の落とし穴に落ちるなんていつものことで。でもその日は伊作は雑渡と久々に会えて浮かれていたのか受け身が甘く、着地の際に足をくじいてしまった。穴から這い出た時には足首は歩けないほどずくずくと脈打ち痛みを持っていた。
「しょうがないねえ」
少し呆れたように雑渡は呟き、手当をしようとしゃがみ込んだ時に空に雷鳴が走った。雨の気配を感じ、雑渡は急いで伊作を抱え近くの荒屋に逃げ込んだのだった。
かろうじて建っているだけの荒屋のぎりぎり座れるくらい残っている床に伊作を座らせると待っていたかのように耳を塞ぎたくなるような大雨が降ってきた。
「これはすごいね。迂闊に動かない方がいいね。足を見せて」
雑渡は手早く伊作の草履を脱がせると腫れた足にそっと触れた。
っ!」
「折れてはないね」
そういうと自分の手に巻かれていた包帯をほどき、伊作の足に巻く。
「あっ!だめです!」
伊作の声に耳を貸さず手早く足首を固定する。
「緊急だからね。学園に帰ったら巻き直してくれたらいいよ」
雑渡の優しい声に伊作はしゅんと肩を小さくする。
「すみません
「いつものことじゃない。雨がやんだら学園まで送ってあげるから。今は動かさないで」
とはいうものの雨の気配は収まることはなかった。近くで雷が落ちた音がして、壊れた屋根の隙間からぼたぼたと水が落ちてくる。雑渡はなるべく濡れないような場所に伊作を移動させるとその横に座った。

どれくらい時がたっただろうか。やんでは降り、やんでは降りを繰り返しているうちにあたりはすっかり暗くなり、漆黒の闇がじわじわと二人を包んでいく。
「これは明日まで動かない方がよさそうだ。今日はもう伊作くん?」
ふと横を見ると壁にぐったりともたれかかる伊作が荒い息をしているのに気づいた。熱でも出たのだろうかじんわりと額に汗をかき、閉じられた瞳は耐えるように震えている。
「伊作くん。横になって」
伊作を横たえ額に手を当てると確かに熱い。挫いた足も包帯の上からでもわかるほど熱を持っていた。雑渡は何か薬はないかと考えるも先ほど穴に落ちたせいで荷物の全てを落としたらしく伊作も手ぶらだ。せめてと手拭いを外の雨で濡らし額に乗せる。ぴくりと眉を動かした伊作は濡れた手拭いが心地よいのか少し目元を緩ませる。
「伊作くん、辛いだろうけどあと数刻もしたら夜明けだから。そしたら学園に送っていくからもう少しの辛抱だよ」
かけた声も耳に入っている様子もなく、ぐったりと横たわっている。硬い床では休まらないだろうと伊作を抱き抱えようとするとぼんやりと伊作が目を開けた。焦点も定まらない様子からよほど熱があるのだろうと推測される。
「伊作くん。大丈夫かい?」
その身体を膝に乗せようとすると伊作が雑渡の襟元を掴みその胸元に頬を寄せてきた。
「ざっとさん
熱に浮かされた喉から発せられる言葉はどこか舌っ足らずで、その存在を確かめるように頬をすり寄せてくる様子はこの状況でなければ勘違いしてしまいそうなほど扇状的だ。頬だけでなく身体の全てをすり寄せるように緩慢な動作で雑渡の胸元に滑り込み、熱を帯びた身体を押し付けてくる。汗ばんだ身体からはまだ若い雄の香りがして鼻腔をくすぐる。
「ざっとさん
時折、ため息とともに声が漏れ、その吐息が脳の奥を不愉快なほどざわつかせる。雑渡の行き場のない手は宙に浮き、それとは逆に伊作の腕はひしと雑渡を抱きしめている。少しの間を置いて雑渡に反応がないのを感じとったのかすっとその熱が離れていくのを感じ、雑渡は思わずそれを抱き止める。その自分の行動にはっとする雑渡だったがその時はその熱を逃したくないゆえの行動だと理解し、同時に驚きもしていた。
「ざっ
雑渡の顔に視線を向ける伊作だったがその焦点は未だゆらめいていて、抱き止めた身体も腕を緩めれば崩れてしまいそうだ。その様子を見て冷静を取り戻した雑渡は伊作の身体を膝の上に納め横抱きにする。
「ゆっくり休んでいいよ。私はここにいるから」
そう言いながら汗ばんだ額に張り付いた髪をかき分けると伊作は嬉しそうに微笑んで雑渡の胸に頬を寄せた。

「雑渡さん大好きです

外は雷鳴が轟き、大粒の雨が激しく屋根や壁を打ち付ける中、小さく呟いたはずの声だけが雑渡の耳に大きく、とても大きく強く聞こえた。

「ん
わずかな光を感じ目を開けるとそこは見知らぬ場所で伊作は目を見開いた。
「起きた?」
はっと横を見ると雑渡が覗き込んでいた。
「え?えええ?」
改めて自分の状況を見てみると雑渡の上衣で包まれて横抱きにされていた。
「ひゃひゃあああああっ!」
あまりのことに叫び声をあげると「足まだ腫れてるから動かないで」と抱えた腕に力を込められさらに大きな叫び声を上げる。
「すみません。ご迷惑を」
「いいんだよ。熱はまだあるけど動けそうだね」
優しく額を触られその感触に嬉しくなり顔が緩む。
その顔を見た雑渡の目元もどこか優しげで伊作は胸が高鳴るのを感じた。
「あの僕、熱に浮かされて何か失礼なことしませんでしたか?」
……
伊作は雑渡の沈黙にざっと肝が冷えるのを感じた。
「すみません!覚えてませんがしたんですね!いえ、それよりもずっと抱えていただいて!雑渡さんお休みになってないのでは!すみません!学園につきましたら休んでくださいね!」
蹴飛ばしてませんか!?とかいびきかいてませんでしたか!?とわあわあ騒ぐ伊作を無視して担ぎ上げて荒屋をあとにする。
「もう穴があったら入りたい
背中でさめざめと泣く伊作に「これ以上落ちられたら困るからやめてね」と声をかける雑渡だった。
外は昨夜の雨が嘘のように晴れ渡っていて、濡れた草木がキラキラと輝いている。しかし、地面だけは別で雨でぬかるんで、足を汚していく。
そのぬかるみがどこか自分の心のように思えて、雑渡は歩を早めた。


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