夜明 奈央
2025-08-06 19:34:18
2566文字
Public 久々綾
 

久々綾 豆腐と5年生の友情の段

くくあやにおける豆腐地獄の解釈。5年の友情要素強め。
2025年8月5日初出 8月6日加筆修正

「もうダメ、これ以上は無理」
「喉元まで豆腐詰まってる気がする」
「いま便所行ったら豆腐がそのまま出る」
 上から雷蔵、勘右衛門、八左ヱ門の台詞である。俺も全てに同意だ。お察しの通り、5年生恒例となった兵助の豆腐ハラスメントからどうにか脱してきたところである。こんなもの恒例にするな。
 兵助は日頃真面目な優等生を気取っているくせに、豆腐が絡むと突然日本語が通じなくなる。知能指数が違いすぎると会話が成立しないというあれに近い。どれだけ「無理だ」と訴えたところで全く聞いちゃいない。適量なら美味いのだ。あまりにも過剰なだけで。
 各々豆腐が詰まった腹を抱え、食堂から程近い芝生にだらりと横になっている。腹が苦しくてしばらくは動けそうにない。消化に集中しようとしてか、皆口数も少ない。
 そこに踏鋤を携えた喜八郎が通りがかった。俺たちに気づくと、嫌そうに顔を顰めて道の反対側へと逃げていった。失礼な態度である。
「おい、喜八郎!」
「なんですか不破雷蔵先輩もしくは鉢屋三郎先輩」
 めんどくさそうなのを隠しもしないが、先輩相手だからか逃げはせず、観念したように近寄ってきた。
「お前、兵助の恋人としてあの豆腐狂いをどうにかしてくれ」
「先輩たちでも無理なのに僕にどうにかできるわけないじゃないですか」
「喜八郎は、兵助の豆腐とどう向き合ってるの?」
「おお、そうだそうだ。別れたいとか思わねぇの?」
 雷蔵がうんしょと起き上がって尋ねると、八左ヱ門が冗談めかして追従した。まだ付き合い始めて日が浅いのもあるだろうが、ほとんど喧嘩もせずに仲良くやっているようだから俺も少々気になっていた。
「僕はあんまり……ちょこっと味見したくらいで」
「えっやっぱりそうなのか!?」
 勘右衛門ががばりと身を起こした。
「被害者が分散して頻度が減ると思ってたのにちっともその気配がないからおかしいと思ってたんだ!」
 そう言われてみればそうだ。なんなら前より頻度が上がった気さえする。それは流石に気の所為であってほしい。
「やっぱり僕にはまだ遠慮してるんじゃないですかね。仲が良さそうで先輩たちが羨ましいです」
 喜八郎の台詞にほんのりと寂しさが滲んだような気がする。
「えへへ。そうだとするとちょっと嬉しいかも」
「そ、そうだな」
 雷蔵が照れ臭そうに鼻の下をなぞり、八左ヱ門が頭を掻く。それをぶち壊すように話題の中心人物が乱入してきた。
「おーい! 次の豆腐が準備できたぞー!」
 フリフリの割烹着を纏い、お玉片手ににっこにこで呼びに来る姿は知らぬ者から見れば新妻のようだが、俺たちからすれば恐怖の対象である。皆の間に緊張が走る。腹は満ちた。俺たちだけであの暴君に太刀打ちすることはできない。かくなる上は――
「兵助! 喜八郎も食べた「わぁあぁああ!!」
 いつものんびりとマイペースな喜八郎が見たこともないくらい大慌てで飛び掛かってきた。それから離れた兵助に聞こえないよう、小声で抗議の声を上げる。
「余計なこと言わないでくださいよ! こっちに飛び火したらどうしてくれるんですか!?」
「おい聞いたかお前たち! ちょっと良い話みたいなので誤魔化されるな。こいつ本当は羨ましいなんて毛ほども思ってないぞ!」
「当たり前でしょう! あんなの外野から見てたって狂気しか感じません!」
「恋人なんだろう! 外野で高みの見物を決め込むなんて許されると思うのか! 責任を取るべきだ!」
「取れるわけないでしょう!」
 こそこそと話し合っていると、諸悪の根源が「何を揉めてるんだ?」と首を傾げて近づいてくる。この巨悪には、力を合わせて立ち向かうしかない。ここにいる皆の心はひとつだ。
 まずは勘右衛門が先陣を切る。
「聞いたぞ兵助! お前、喜八郎には豆腐責めしてないんだって!?」
「あ、あああ当たり前だろう!? そんなことして嫌われたらどうするんだ!」
「自覚はあるんじゃないか!」
「そうだ! 俺たちだって嫌いになるぞ!」
 雷蔵に続いて八左ヱ門も主張する。
 俺たちの攻撃は的確にダメージを与えているようで、兵助は徐々に狼狽え始めた。これは俺たちが初めての勝利を収める時かもしれない。既に限界まで腹に豆腐を詰め込んだ状態が果たして勝利と言えるのかはわからない。
「え!? ででででも、お前たちは嫌わないだろう!?」
「俺たちにも我慢の限界というものがある!」
 俺が叫ぶと、兵助は止めを刺されたかのように項垂れてふらふらと地面に手を付いた。効果の程を確認するため、そのまましばし様子を見守る。
「嫌いって、勘右衛門もか……?」
 兵助が悲壮な声で言った。
 皆の視線が勘右衛門に集中するが、何故かすぐに答えない。代わりに俺が「当たり前だろう!」と返事をしてやる。
「勘右衛門だけはずっと俺の味方だって信じてたのに……
 可哀想になる落ち込み方であるが、豆腐を控えればいいだけである。
「もう一緒に勉強や鍛錬をすることも、2人で街に出掛けることも、眠くなるまで話をして過ごすこともできないって言うのか……?」
 勘右衛門がぐっと息を呑んだのがわかって、慌てて耳に囁く。
「落ち着け。これはきっと哀者の術だ」
「勘右衛門に嫌われたら、俺はこれからどうやって生きていけばいいんだろう……1人の学園生活なんて耐えられない……もう辞めて実家に帰るしか…………
「嫌いになるわけないだろう!」
 勘右衛門がだっと兵助に駆け寄って抱きついた。
「おい待て早まるな!」
「本当にいいのか!?」
「正気に戻れ!」
 皆が口々に叫ぶが、既に遅い。兵助と勘右衛門はひしと抱きしめ合っている。
「俺がお前のこと、嫌いになるわけないじゃないか……!」
「じゃあこれからも、俺の豆腐食べてくれるよな……!?」
「えっそれは……
「違うのか!? やっぱり勘右衛門は俺のこと……
「あ、いえ、タベマス」
 再びしゅんとした兵助に当てられて、勘右衛門が陥落した。兵助の勝利である。
「なんですかこの茶番?」
 横でじっと様子を見守っていた喜八郎からの冷たい視線が突き刺さる。
「俺に聞くな」

 この後みんなで追い豆腐した。何故か喜八郎にだけ拒否権があって納得がいかない。


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