usagipai
2025-08-06 11:08:51
2779文字
Public 幽世の縁【幻影ノ戦編】
 

【幻影ノ戦編】8話


『陰陽帳:創世記・幽世創設編』

3,000年前。
幽世が、まだ“ただの結界”と呼ばれていた頃の話──。
 
どのようにして幽世が作られ、どんな意図をもって築かれたのか。
その詳細は、文献の中に確かに記されている。
 
ページをめくる手は止まらない。
表情は変わらず冷静のまま。
けれど、指先にはほんのわずかに力がこもっていた。

……違う。これでもない……

次のデータに手を伸ばしても、結果は変わらない。
どれも“起源”を語っているようでいて、決して“本質”には踏み込んでいない。

……こんなに、見つからないことがあるのか……?」

低く漏れた声は、誰に向けたものでもない。
式神たちは静まり返り、彼女ひとりが沈思している。

“人と妖が争いを繰り返す中、ある陰陽師たちが棲み処として作り上げた、もう一つの空間──幽世。”

それは、どの文献にも書かれた定説。
──だが、その裏付けとなる“核心の記録”が、どこにも存在しない。


「記されていない……それだけなら、まだ“忘却”と呼べる」

視線が棚の奥へと向かう。
司令である彼女すら“未解読”とされてきた封印文書群が並ぶ。

「だが……“神器”についてすら、詳細がないのは──何故?」

幽世の核。
この世界を安定させるために、中心に据えられた“三つの神器”。

それらがどこから来て、誰が設置し、なぜ必要とされたのか。
その本質に触れた文書は、ただの一枚も残っていない。

……これはもう、“記されなかった”のではない。
 ──“意図的に記されなかった”と見るべきか

その情報にも、わずかに眉が動いた。

(3,000年前──何が起きた?)
(そして──誰が“それ”を隠した?)

彼女は静かに立ち上がる。
未だ誰も開いたことのない、文書棚の“最奥”へと指を伸ばす。
積み重なる封印紙。古びた墨の香り。
その中に──わずかに揺れる気配。

……これは……?」

次の瞬間、1体の紙の式神が、手元の結界に滑り込んできた。
春のエリアに飛ばしていた探索式──そこから、視覚情報が直接脳裏へ流れ込んでくる。

……!?」

その“映像”に、龍宮院の目がわずかに見開かれた。
咲き誇る花。舞う桜。だがその中心──

……タマ……

式神の視点が、もう一人を映す。

……対するは──ハク。」

声は静かだが、確かな緊張がその奥に滲んだ。

「春のエリアを治める“長”同士が……なぜ、今──」

式神がふっと光に変わり、結界に吸い込まれていく。

その残滓だけが、龍宮院の胸に言い知れぬ不安を残した。

……まさか、季節の均衡にまで、崩れが……?」
記憶の奥に浮かぶ、ほんの些細な違和感。

春の式神たちの活動域が、かすかに狭まっていたこと。
開花の巡りが、例年よりわずかに遅れていたこと。

(──まさか、あれが……前兆だったというのか)

その呟きと共に──視点が、花咲く“春の戦場”へと移る。


春のエリア

タマ 対 白夜

2人は間合いを詰めるたび、張り詰めた空気が周囲を震わせた。
互いに一歩も退かぬまま、視線が鋭く絡み合う。

「ねぇ……ハク。もう一度聞くわよ」
声色は静か。けれどそこに宿るのは、優しさではなかった。
怒りと苛立ちが混じる、切っ先のような問いかけ。

「ここで──何をしてるの?」

白夜は眉一つ動かさず、いつもの調子で返す。
……それを知って、どうする」

「ふふ……私、知る権利はあるつもりよ、もちろん“親友”としてもね」
タマは皮肉げに唇を吊り上げ、踏み込む。
「で? 私のエリアを街ごと破壊した感想はどう?」

……

「貴方の寡黙なところ、嫌いじゃない。けど──今だけは正直に聴かせなさいッ!!」
声が弾ける。春の花が揺れるほどの激情。
「ハク!!!!」

しかし返ってきたのは答えではなく、拳だった。
「──ッッ!!」

咄嗟に腕で受け止めるタマ。
拳の重みが骨を揺らし、石畳をきしませた。

その瞬間から、言葉を交わす暇などなかった。
拳と拳。蹴りと蹴り。
容赦ない衝撃がぶつかり合い、花びらが烈風に散る。

(ッ……! 話したくないからって、本当に……困った竜だわ!!)
歯を食いしばりながらも、タマの足が鋭く閃き、ハクの側頭部を狙う。

親友同士、冗談半分に手合わせをしたことはあった。
だが──ここまで本気で、殺気を帯びて拳を交えたことはない。
力加減をすれば叩き伏せられるのはこちら。
だが、長として倒すわけにもいかない。情報を引き出すために──立たねばならない。

(もし……ハクがこの襲撃犯の間諜なら。
 ……カナメの情報を握っている可能性も高い!)

胸に渦巻くのは、かつての友情か、それとも責務か。
その葛藤すら振り切るように、拳と脚が嵐のように交錯する──。

??????のエリア

「あらぁ……やぁね、ハクったら。
 親友なら、もう少しお喋りしてあげてもいいのに──ふふ」
美しい女が、柔らかく微笑む。
その物腰からは、春のエリアを知り尽くしている気配があった
それだけではない
長同士の交友関係、膨大なエリアの位置……まるで全てを把握しているかのよう
この襲撃が突発的なものでないことを、否応なく悟らせる

ここは政府が秘匿してきた異空間
普通の人間はもちろん、部外に暮らす妖でさえ知るはずのない場所だ
(なんなんだこの人は

「ふふ……あなたまで険しい顔をしちゃって。
 せっかくの可愛い顔が、台無しだわ」

「ッ……!」

突然、目の前に女がいる。
驚愕に息を呑み、思わず一歩、後ずさった。

「っ……

「ふふ、いいのよ。気にしないで……でも、そうね」

女はすぐ近くに咲いていた花へ指を伸ばした。
それは、いま幽世に咲き誇る花を
ひとひら摘み取り、カナメの前へと差し出す。

「ねぇ、カナメ、この花に触れて……どう思うかしら?」

差し出された花は、甘く、時折り伽羅のような深みを帯びた香りを放つ。
カナメは、その匂いを知っていた。
「これは……

胸の奥がざわつく。懐かしさ──いや、もっと遠い、名もつけられぬ記憶の残響。
自分がかつて触れ、愛したはずの何かが、確かにそこにある。

カナメの表情を見て、女性はまたひとつ嬉しそうに笑った。
「やっぱり……そう。この香りはね、あなたが“好きだ”って言っていた花なのよ」

……何を言って……?」
カナメは知らぬはずの花に、確かに懐かしさを感じていた。
女性の笑みは、その感覚を肯定するかのように柔らかく揺れる。

「──あなたはやっぱり、そうなのね」

何を意味するのかもわからぬまま、ただ胸の奥にざわめきが漂い続けていた