うずめび
2025-08-05 22:30:25
3664文字
Public ウル博
 

つかの間の安らぎ

ウル博で添い寝する二人の話。以前Xに上げていた話のリライトです。互いに穏やかでいて欲しいと思う関係性が好きです。

私事で環境が変わってから文やら本やら読んでなさすぎて色々アレですがよかったら。ちゃんと本が読みたいなと思うこの頃。

つかの間の安らぎ


 今から会議が入ってしまって、できる限りはやく戻るから執務室で待っていて欲しいと言われて既に一時間。緊急で入ったのだろう会議がすぐに終わるとは思っていないが、ただ待っている時間も惜しい身としてはタイミングが悪い。早く来ていれば、あるいはもっと遅くであれば速やかに情報共有が始められただろうに。

「みゅう
「お前に向けたものではない。気にするな」

 深々と部屋の主に案内された入り口に近い来客用のソファーに座りため息をつけば、申し訳なさそうな鳴き声が隣から聞こえるものだからウルピアヌスはふわふわとした小さな頭を撫でた。やわやわと繰り返し撫でていれば萎れていた小さな耳が立ち上がるのが幼い子供のようで。
 はじめに会ったときこそ見慣れない存在に警戒したものの、その振る舞いの善良さを見ればそれが解かれるのは早かった。今ではすっかりロドスに来る度に懐かれていて、なおかつそれにウルピアヌス自身も慣れてしまったからなんとも不思議な存在だと思う。

「あれが忙しいのは今に始まったことではないのでな。待つのは慣れている」

 こちらを伺う不思議な模様の瞳に頷いてやれば
それに安心したのかドクターに似た不思議な生き物は穏やかな鳴き声をあげてソファーからテーブルに移動していく。
 備え付けのテーブルに置いてあったティーポットから揃いのティーカップにコーヒーを注いでは砂糖とミルクを落とす。小さな両手でくるくると優しくかき混ぜ、ソーサーを一生懸命に押してウルピアヌスに差し出した。

―――疲れている時には甘くてあたたかいものをとらないといけないよ。

 いつかの情報共有の場でそう言って差し出されたほとんどミルクだけのカフェオレがよぎる。砂糖の数もミルクの量も同じあたり、この生き物は確かにドクターの影響を受けているのだろう。不思議で脆弱でありながらも優しく寄り添い、分け与える様はよく似ていた。

―――ああ、頂こう。すまないな」
「みゅう!」

 受け取った事がうれしいのか小さな手をぱたぱたと振る姿に微かに口の端を緩めつつ、受け取ったティーカップに口をつける。想像通りカフェオレからはひどく甘く優しい味がした。





 仕事も目処をつけ、後はウルピアヌスが来るのを待つばかりといった時に入ってしまった会議が終わったのは二人で話す予定の時間よりも二時間近く過ぎていた。急遽舞い込んだ殲滅作戦に関わることだから致し方ないとはいえ、時間を何より大切にし、追われている人を待たせてしまったのは申し訳なくて。

「すまない随分と待たせてしまって「みゅう」

 急いで戻った執務室の扉を開け、謝罪とともに続く言葉に返るのは険しい声ではなく小さいふわふわの子の声で。足元で静かにというように顔の前に手をやる姿を見て、ドクターは背後の扉を静かに閉じて小さな子の前で膝をついた。ちらりと見たソファーに座るウルピアヌスは動く気配がない。

「もしかしてウルピアヌスは眠っているの?」
「みゅ」
「せっかく疲れているところに来てもらったのに悪いことをしてしまったな……

 自他ともに厳しく、人の気配に聡い人が無防備に眠るとなると相当に疲れているのだろう。彼の抱える事情を思えばすぐに起こして話をするべきだとは思うものの、小声とはいえ会話をしてなお目覚めない人を見てはなんとも心苦しい。

「起こした方が良いとは思うけれど、もう少しだけ寝かせてあげておいてもいいかな。君はどう思う?」
「みゅみゅう」

 寝かせてあげようと言うように頷く子にドクターも笑みを返す。眠るウルピアヌスの邪魔にならないように部屋の奥で仕事を進めるか、と立ち上がったときだった。小さな手が服の裾を掴んだのは。

「みゅう」
「どうしたの?」

 見下ろした子は違うと言いたげに首を横に振ってウルピアヌスの方に指を指す。仕事をと口にするとなおさらに裾を引っ張ってはソファーの方へ誘導するものだから、もしかしてと言わんとすることを察した。

「ええと……ウルピアヌスと一緒に休めってことかな」
「みゅみゅう」
「でも仕事が残っているし、彼も私があまり近くにいては休めないだろう?」
「みゅうぅ……!」

 そんなことはないと怒ったように鳴き声をあげて、あげくにはぽすぽすとふわふわした手で抗議するように叩かれてしまう。いつもは無邪気で優しい子がここまでするのはよほど思うことがあるのだろう。

「わかったよ。けどウルピアヌスが起きるような気配があったらすぐに離れる。それでいい?」
「みゅう!」

 そうして抱き上げた子とそろりと来客用のソファーに近づいて、けれどもウルピアヌスが目覚める気配は微塵もなかった。ふわふわの子に促されるままにそっと隣に座り、うつ向いた顔を伺えば静かな寝息ばかりが聞こえてきている。
 帽子をとっているせいかいつもはさらされていない目元には微かな隈があり、隠す布がない顔も常よりも血の気が少なく白い肌に拍車をかけていた。エーギルの特徴というには難しいほどに。

……あまり無理をしないでというのは難しいのだろうね」

 置かれた状況に残された時間を思えばこそ、無理をしないといけないことをわかっているから言うことはできなくて。同族の存続と安寧のために身を挺する人こそ穏やかに過ごして欲しいと思うのは、その元凶に近いだろう自身が願うのはあまりにも罪深かっただろうか。たとえそれが愛しい相手だとしても。

「みゅう……

 ウルピアヌスの顔色にか、あるいはドクターの呟きにかしおりと耳を落とした子を撫でてソファーに置かれた帽子の中へ入れてやる。いつかにウルピアヌスがあれは俺の帽子がお気に入りの巣らしいな、と呟いていたのを知っていたから。
 帽子の中で丸くなったのを見届けて手元の端末でアラームを設定する。あまり長く寝るのはきっとウルピアヌスの本意ではないだろうから、少し短いが十分でいいだろう。

―――うん。今はおやすみ、ウルピアヌス」

 隣で眠る人を起こさないようにドクターも隣で目を閉じる。深夜の執務室に二人と一匹の静かな寝息が響いていく。
 



 遠くで何かが鳴っていると曖昧な意識が捉えると同時に意識は緩やかに浮上した。開いた目蓋の先、広がる光景が海ではないことに何故と思いかけてロドスへ情報共有をしに来た事をウルピアヌスは思い出す。

(ーーー随分と気が緩んでいるものだ)

 まがりなりにもここが安心できる場所だと自身でも思っているのだろう。そうでなければ無防備に眠りなどしない。それになにより。

「お前が傍にいても気づかないとはな」

 アラームを鳴らす端末を静かに止めてウルピアヌスは隣で頭を預けるドクターを見る。いつも身に付けているフェイスガードを外し、腕にもたれかかる姿は疲労の色が濃い。
 目元の隈の濃さを見かねて思わず手が触れるものの、目覚める気配がないあたりドクターも疲れているのだろう。ウルピアヌスも大概時間に追われている身ではあるが、ドクターも同じぐらいには時間に追われてる身であることは理解していたから。

「みゅう……?」

 さらりと顔にかかる髪をよけたところでウルピ アヌスの帽子の中で眠っていた子が目を覚ます。
 ぼんやりとしたままくるくるとした不思議な瞳を瞬かせ、机に置かれた端末を見て状況を理解したのかわたわたと帽子から出てはドクターに触れようとするものだからそっとウルピアヌスは制止した。

「まだ起こす必要はない。ドクターも疲れているのだろう」

 でも、あるいはいいの、とでも言いたげな瞳にウルピアヌスは頷く。確かに予定は随分とすぎてしまってはいるが、元々ある程度は余裕を持たせてある。近頃の群れの動きからしても、休む数分を争う事態とは言いがたい。
 ちらりと壁にかかっている時計を見て、ウルピアヌスは小さな子に声をかけた。

「あと二十分もすれば日付が変わるな。十二時に起こしてくれるか」

 そうすればきりも良いだろうとかけた声に子は頷いて、ウルピアヌスの傍に来る。膝に置かれたドクターの手とウルピアヌスの手を交互に見ては、じっとこちらを見つめるものだからその意図を汲むことにする。
 小さな子を悲しませるつもりはなく、元より久方ぶりに愛しい者に触れるのはウルピアヌスとしても拒否するつもりもなかった。

「みゅう!」

 繋がれた手を見て満足げな鳴き声をあげる子を見てウルピアヌスも目を閉じた。目が覚めればすぐにまた慌ただしく時間は過ぎていくのだろう。海にまつわる問題もあれば、それ以外の問題についても渦中にいるドクターはなおさらに。

(ーーー故につかの間に過ぎずとも)

 ともに眠る今ばかりは安らかでいたい、いて欲しいと思いながらウルピアヌスは眠りに身を任せていく。繋いだ手と預けられた体のあたたかさに緩やかに意識は溶けていく。