はくう
2025-08-05 07:09:43
2352文字
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【mhyk】紐パンの約束

ファウストに「なんだこの下着……ほとんど紐じゃないか!」と叫んでほしい。私は何を言ってるんですか?

 暖かな日差しが照りつける昼間は呪い屋には似合わない天気だったが、洗濯をするにはうってつけだ。そう考えたファウストは洗い場に来ていた。
 魔法舎の家事はカナリアが手伝ってくれている。洗濯もそのひとつだ。しかし彼女に頼むのは忍びないもの――下着類や訓練で泥だらけになった服、洗濯に注意が必要なものなどは各自で洗濯するルールだ。日によっては魔法使いで賑わう洗い場は、今日は誰もいなかった。自分のペースで作業する方が好きなファウストにとっては都合がいい。
 洗濯に取り掛かろうと気合いを入れると、洗い場にぽつりと何かが落ちていることに気がついた。拾い上げると、それは服というよりは、紐に近い。申し訳程度に布がついているが、ほぼ紐だった。ファウストは首を傾げた。誰の、何だろうか。手首や足首に巻く装飾にしては長いような気がするし、帯にするには短いように思う。ファウストは謎の衣類を数秒見つめたが、答えが出なかったため諦めた。持ち主がわかれば届けてやっても構わないが、わからないのであれば下手に動かすべきではない。そのうち忘れ物に気づいた持ち主が取りに来るだろう。
「あっファウストだ! やっほー。珍しいもの持ってるね! ファウストの私物?」
「ムルか」
 ファウストが忘れ物を元の場所に戻そうとすると、偶然通りすがったのか、ムルが声をかけてきた。瞳を好奇心に輝かせる彼は、忘れ物の持ち主探しにはうってつけの魔法使いだ。
「僕のものではない。誰かの忘れ物だ。良ければ、これの記憶を見て、誰のものか調べてくれないか」
 ムルは物の記憶を見る魔法が得意だ。魔法使いの持ち物は魔力が残っていることが多いので、普段はこんなことをしなくても持ち主がわかる。しかし新品だったり入念に洗濯した後だったりすると、魔力の気配も薄くなり、持ち主がわからなくなる。人の思い出を覗き見るようで心苦しいが、衣類なら見られて困るような記憶もないだろう。そう判断しての頼みだったがムルは珍しく即答せず、わお、と感嘆の声を上げた。
「俺はいいけど、ファウストはこれが何か知ってて俺に頼んでる? それとも知らないから頼んでる?」
……? どういう意味だ」
「ムル。授業はまだ終わっていませんよ。遊ぶのは後に……おや、ファウスト」
 ムルがファウストの質問に答えるよりも先に、シャイロックが洗い場に顔を出した。次いでラスティカとクロエも顔を出してファウストに挨拶をする。西の魔法使いは訓練中のようで、全員が練習着を着ていた。最後に顔を出したクロエがファウストの持っている物を見て、声を上げた。
「それ俺のだ! もしかして忘れてた?」
「ああ、持ち主が見つかって良かった。勝手に拾って悪かった」
「ううん! 拾ってくれてありがとう」
 クロエが人懐っこい笑みを浮かべながら手を差し出す。ファウストは彼に忘れ物を返しながら、疑問を尋ねる。
「これは何なんだ? 新しい服の装飾か?」
 西の魔法使いたちがやってきたので曖昧なままになったが、ムルの意味深な態度が気になっていたのだ。クロエは質問を嫌がる素振りもなく、いつも通りにこやかに答えた。
「これは下着だよ」
「下着!?」
「ファウストの声はよく通って素敵だね」
 驚いて大声を出したファウストに、ラスティカが少しズレた感想を発する。クロエに返した物が下着だということに驚いたのはファウストだけで、西の魔法使いたちは平然としていた。
「急に大きな声を出してすまない。だが、これは、ほとんど紐じゃないか?」
「うん、紐だよ?」
「紐だね」
「紐ですね」
「紐だね!」
「僕がおかしいのか!?」
 西の魔法使いたちに下着が紐だと当たり前のように肯定されて、ファウストの常識の方がおかしいのかと思えて混乱してくる。誰かに助けを求めたかったが、あいにく都合よく通りかかる魔法使いはいなかった。動揺するファウストを見たシャイロックが、小動物を愛でるように上品に笑った。
「可愛らしい方。東の魔法使いには、少々刺激が強かったでしょうか?」
「いや、国は関係ないだろう。その紐で何が隠せるんだ?」
 ファウストは至極真っ当なことを言ったつもりだったが、それを聞いたムルの瞳は興味深げに輝いた。
「なるほど。ファウストは下着を『陰部を隠す物』として定義してるんだね。紐みたいな下着でも陰部が隠せていたら大丈夫なんだ! 君の『隠せている』の線引きはどこから? 下着をつけていなくても、魔法で目隠しをしていたら下着をつけてることになる? 布面積がもっと広い下着でも、その布が透けてたらそれは下着? 下着じゃない?」
「履いているのに隠れてないなんて、ムルは面白いことを思いつくね。それでは聞いてください。『紐と肉体と素敵な洋服』」
「わーっ! 待って待って! ファウスト、誤解してるかも!」
 思い思いに発言する西の魔法使いたちだったが、クロエに発言権が移った。
「デザイン性が高い服を着る時に、服が下着のラインを拾わないようにこんな下着を履くんだよ」
「なるほど、無闇に布面積を減らしたわけではないのか。すまない、勉強になった」
「ううん。俺も初めて知った時はファウストみたいにこれが下着!?って驚いたし」
 混沌とした空気が和やかな空気に戻る。忘れ物の持ち主も判明したし、疑問も解消した。今度こそ洗濯を始めようとファウストが話を終わらせようとすると、宙に浮いたムルがファウストの顔を覗き込んだ。
「さっきの俺の質問の答えは? ファウストの下着の定義、気になる!」
「まだ続くのか!?」
 西の魔法使いのおしゃべりは止まらず、彼らの下着談義は白熱し、鍛錬終わりにやってきたカインがキッパリと結論を出すまで続いた。