八神 アリス
2025-08-04 14:04:42
3515文字
Public モノノ怪
 

再び染まりし者の記憶

WEBオンリーに合わせて書き下ろしたエッセイになります。
TVシリーズから劇場版へ。一度離れてもまた戻ってくる、そして再熱した人の記憶と記録です。

【出会いは、突然に。】
私がモノノ怪TVシリーズと出会ったのは、正確には記憶していないが、2010年か11年あたりだったように記憶している。
高校を中退して数年。自宅にまだ籠りがちだったころの話だ。その折に東日本大震災で被災し、自宅も大規模修繕を行っていたところ。
ふと某中古ショップに行ったときに、妖~ayakashi~からTVシリーズのDVDが全部揃って売られていた。全部で1万円を少し超えるくらいの値段が付けられて。
その時、『これは今買っておかないと絶対にダメな奴だ』と本能的に感じてしまって、家族に頼み込んで、そのDVDセットを買ってもらった。お金は後からちゃんと返した。

自分は、その時観た『モノノ怪』という作品に酷く惚れ込んでしまった。
精神的に多感だったのもあるのかもしれない。その時期と近い時期に触れた作品群は、今でも好きなくらいに拗らせてしまっている。
中でも、『鵺』で、私はモノノ怪の背景美術にいたく惚れ込んでしまった。
モノクロームの世界と色による『香り』の表現。今まで観てきたアニメに、このような表現をするものは一切存在しなかった。

何より、『薬売り』という存在に、私はひどく恋をしてしまった。

前身の作品では『男』としてしか書かれておらず、TVシリーズで『薬売り』という名がついた。
彼はいわゆる『観測者』でもあるのかもしれない。そのミステリアスさ、流麗な動き、すべてに恋をした。
通っていた手織り教室で「薬売りさんみたいな羽織を作りたい!」と相談したら、「少なくとも布を一反は織ることになるだろう」と現実的な話をさせられて、諦めた記憶がある。一反織り上げるのも相当だけど縫製は出来そうにない。今もそう思っている。
薬売りさんへの壮大な恋心を抱きながら、月日は過ぎ去っていった。その中で、精神的に酷く症状が出てしまう事柄があり、私は一度、持っていたアニメ、漫画、ゲーム関連の物を、ほぼすべて処分してしまう。という大きな失敗をしてしまった。その中には、あの、DVDセットが含まれていた。

数年後。その頃、何の作品にハマっていたかはもう定かではないが、薬売りさんのスケールフィギュアが発売される、という情報を聞きつけ、即予約を決めた。届いたスケールフィギュアはとても美しく、時を超えた今も、私の部屋に鎮座して、私のゲームや作業を見守っている。
その後、ものすごいプレミアが付いてしまったときには、絶対に手放してはならない。と決意した。
それから暫くして、私は他のジャンルに移り住み、次第にモノノ怪ジャンルからは距離を置いていくことになる。

【十五周年、訪れる転機】
十五周年の報は、SNSで断片的にこちらにも流れてくる程度のものだった。
思えば、あの時。しっかりと情報を見に行くことをしていればよかったと、今更ながらに深い後悔の念が拭い去れない。買えなかったグッズや見ていない情報がとても多かった。
劇場版のクラウドファンディングについても少しだけ見たが、経済的な理由で参加を諦めてしまった。
今更ながら、少額でも支援をするべきだったのでは、と感じてしまう。
それから、私は他のジャンルに住み続け、次第に記憶も薄れていくのだろうと思っていた。

しかし、そう簡単に記憶が薄れることはなかった。
『心に、精神に。深く刻み込まれたものを忘れ去ることが、人という存在に、容易く出来ようか。』
そう言われているような、気がした。
そして、劇場版の情報が次第に広まり始め、私は、二度目の恋をすることになる。

【顕現せし、坤の薬売り】

唐傘の公開が始まった。が、しかしその頃、私は新たな生活を始めたばかりで、なかなか劇場に足を運ぶことが叶わなかった。
劇場の座席は常に埋まっていて、観ようにもなかなか席が取れなかった。
追加上映館も調べつくしたが、電車で二時間、そこからさらに徒歩30分、バスも一日五便。
「何でこんなところを追加上映館にした、無理がありすぎる。」と友人に嘆いては、慰めてもらっていた記憶がある。
幸いにも、Netflixの配信を観ることが出来て、本当に嬉しかった。
美麗に、踊るように動き回る坤の薬売りに、私は二度目の恋に落ちた。
最初は、新しい薬売りとして生を受けた【坤】の薬売りが、果たして受け入れてもらえるのだろうか?という不安があった。
確かにTVシリーズこそが至高と感じている人たちの声も少なからず目にしていたし、仕方ないとも感じていた。その中でも、こうして【坤】の薬売りが愛される存在になったことが、自分は本当に嬉しかった。

【モノノ怪に、再び。染まる】

劇場版を観てからというもの、私は再びモノノ怪に染まっていった。
忙しい日々も、Netflixの配信があるから、新情報の公開があるから、円盤が発売されるから、新しいグッズが出るから。と、モノノ怪に関するすべてが、頑張るモチベーションに繋がっていった。
モノノ怪ジャンルで、新しい友人を作ることも出来た。
自分は学生時代を、いわゆるオタク趣味と重い精神障害のせいで、周りから距離を置かれ、ほぼほぼ一人で過ごしていたので、友達の作り方があまり分からなかったまま大人になってしまった。
そんな自分でも、少しずつ他人との関わり方を学んでいって、親友と呼べる友達が出来るようになって、その経験を他のジャンルでの友人作りにも活かすことが出来るようになった。
これまでにも、人生を好転させるきっかけになったゲームやアニメ、漫画は幾つかあったが、再びモノノ怪に染まったことで、自分の人生をさらに好転させることが出来たのだ。

現在はコミュニケーション能力を磨く訓練をしながら、日々生活をしている。
私は、幼い頃の経験から重い精神障害を患ってしまい、何度も挫折を繰り返し、その度に心が壊れ、十年以上ひきこもりになった経験がある。
その時に、ゲームやアニメ、漫画に救われて、精神的に好転した経験がある。
【モノノ怪】もまた、その【自分を救ってくれた作品群】の一つになったのだ。
劇場版がきっかけで再熱して、芸術祭に参加したり、創作活動を再開したりと、本当に良いことが多かった。

あの頃好きだった気持ちに、時を超えて気づくことが出来た。
自分の周りに、好きなものを好きと言い合える仲間が、たくさん集まってくれた。
劇場版を観て、自分をもっと、許してあげられるようになった。
人と関わることが、少しだけ、怖くなくなった。

ここで、自分の大切な思い出になった話をさせてほしい。
劇場版モノノ怪でメインキャラクターデザインを務め、唐傘のコミカライズを連載していた、永田 狐子先生をご存じの方は多いと思う。
コミカライズを読んだ折、永田先生にファンレターを綴ったことがあり、永田先生がお礼状を送ってきてくださったことがあった。
そのやり取りは数回続き、コミカライズが完結した際に送ったファンレターに、まもなく火鼠が公開となる話を書いて、自分の誕生日も近いことも書き添えて、火鼠を誕生日の前祝として見に行くことを綴った。
そして、自分の誕生日の翌日。郵便受けに見覚えのあるシンボルの封書が届いていた。
中には、永田先生からのお礼と、誕生日のお祝いが書かれ、手書きの薬売りさんが描かれた誕生日カードに仕立てたお礼状が入っていたのだ。
自分の誕生日を覚えてくれていたこと。蛇神の制作に合流した、お忙しい中、誕生日に合わせて送ってくれたこと。全てが自分にとって感動してしまう出来事だった。
今もその手紙はきれいな紙箱にしまって、時々読み返している。例え大地震や津波が再び来ても、必ず持って逃げる。絶対に捨てられない宝物だ。

その後もやり取りは続き、私は6月の初めに大きく体調を崩し、腎臓がんの宣告と即入院が決まってしまった。
手紙も書くことが出来なくて……とSNSの永田先生のアカウントにメッセージを残した。
永田先生はお忙しい中、今度は私が応援する番だと思って。と、私に一枚のイラストを描いてくれた。
治療中もそばに居られたら……と、坤の薬売りのイラストを描きおろし、色紙にして私のもとへ送ってくれたのだ。
退院後にその色紙を見ることになって、即、額縁を買って額装した。
何があっても、坤の薬売りさんがそばに居る。だから私は今日も、辛い治療を頑張る力をもらっている。


結びの言葉になるが、【モノノ怪】は救済の物語だ。
その、【救済の物語】が、巡り巡って、ここにいる、一人の人間を救っていることを、どうか覚えていてほしいと願うばかりだ。