Hari0520001
2025-08-04 02:21:08
14689文字
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Why you?①

相変わらず一緒にご飯食べたり酒飲んだりイチャイチャしている間に人が死んで困っちゃう話。
モロに前々作、前作の続き。
下書き程度の出来なので誤字脱字統一感の無さは目を瞑ってください。

01

一月某日。バイユーの奥、沼地のバンガロー。
真夜中に仕事を終えたその足で呼ばれるがままに向かったその簡素な小屋の中で、その男は刃物を研いで待っていた。
「おや、遅かったじゃないか、お店混んでたの?」
溜めていた水に刃物を入れてすぐに引き上げると、美しく研がれた刃に当たったランプの鈍い光を反射させた。ランプの光自体は鈍いのに、反射した光は鋭く目に刺さるようだった。それだけ丁寧に研いであるということは———
「お前、しばらく大人しくしてるんじゃなかったのか」
その問いかけに、目の前の男はきょとんとした顔をして一瞬ぴたりと動きを止めた。だがすぐにお得意の笑顔を浮かべると、刃物を拭って布で包み、革製のケースに入れてキャビネットにしまい込む。
「あの言葉に嘘や偽りはないよ。だからこうして、刃物の手入れをして、丁寧に仕舞っているんじゃない」
「なら、なぜ俺を呼んだ?刃物の処理を手伝えって?お前が使うものを俺が研いで、後から切れないと文句言われるのは御免だ」
コイツはそういう男だ。
アラスター。善人の顔をして人を殺すシリアルマーダー。ニューオーリンズの悪魔。
「刃物は全部研ぎ終わって———今のが最後さ。君に頼みたいのは別なお仕事で……まずは一杯飲む?」
どこからともなく現れたのは、そこそこ値の張るライウイスキーだ。禁酒法の最中、まずお目にかかれそうにないその瓶をちゃぽちゃぽ音を鳴らしながら振って、ベッドに座るよう指差す。
グラスの三分の一にそれを注いで、まずはアラスターがひと口。香りを楽しむようにゆっくり嚥下する様が艶めかしい。
ひと口飲んだグラスをそのまま手渡され、自身もひと口味わう。メリーランド・スタイルのまろやかな風味が口の中に広がって鼻から抜けていく。喉を焼いていくアルコールの強さに脳が柔らかく溶けるようで、たったひと口でも幸福を感じられた。
「んふふ、美味しそうに飲むねハスク。いつもの安酒じゃあ、そんな風にひと口を味わうなんてしないから」
「うるせえな」
「さて、本題に入ろうか———僕がお願いしたいのはね、調べものなんだ。ある人のことを調べてほしい」
その言葉が発せられるのと同時に出てきたのは、すでに金額が書かれていた小切手だ。桁を数えてほんの少し動揺した。
「なんだこれ」
「なんだこれって、小切手もわかんなくなっちゃった?お酒飲みすぎて?」
「そうじゃない、額の話だ」
いつも手渡される小遣いどころの額ではない。そこまで高額かと言うとそうではないが、明らかに奮発している。いったい誰を調べろというのか。
「これはまあ、必要経費とでも言おうか。今回の頼み事で必要になったら、これを自由に使っていい。余ったら君のものだし」
「んなこと言われたら余る様にしかしないぞ」
「それはそれで構わないよ、別に。ただね、時と場合によっては情報を得るのに金も必要になるだろうと思ってさ」
上手く武器にしてくれて構わないよ———アラスターはそう言った。使うも使わないも自由。こんな額が書かれた小切手だ、何かあった時、見せびらかすだけでも相手を震えあがらせるには十分だろう。
「そんなら、ありがたく頂戴しておく。で、誰を調べりゃいい」
「ああ、それは———
笑顔のアラスターの口から吐き出された名は、意外な人物のものだった。

***

ウォルト・ダドリー。某製薬会社の研究所所長の名だ。享年四十七歳。先日、川のほとりで遺体となって発見された。遺体は見るも無残な姿で、バラバラになって一部は見つからなかった。遺体は何かに食い荒らされたような跡があり、ワニに食われたのではないか?そんな憶測が街中に広がっていった。
だが、警察関係者から語られた死因はワニによる咬傷などではなく———
———遺体からは刃物で切られたような傷が多数あり、切断したうえで遺棄され、そのあと動物によってさらにバラバラにされた可能性があるとのこと。現場の状態から、これはやはりニューオーリンズの悪魔による犯行ではないかとの見解がなされています。ああ、なんて恐ろしい———
か細く震えるような声で読み上げ、合間に自身の感情を入れていく。ただ原稿を読み上げるだけなら誰でもできる。僕の読むニュースでそんなありきたりなことはしない。聞いた人間を巻き込み、舞台のエキストラとする。それはまるで味気ない舞台を盛り上げるためのほんのひと振りのスパイスみたいに。
「でも、これはちょっと味が……喧嘩しちゃうよね」
動いているはずのない舞台装置が動いている。そんなところにスパイスなんか振ったって、想像している味と違う料理の完成だ。それが美味いか不味いかは口にするまで分からないが、美味い方が珍しいだろう。それはきっととてつもない奇跡が起きた瞬間であり、一度きりのご馳走だ。
マイクを切った静寂の中、原稿を置く音だけが響く。
「早く何とかしないとかなあ」
椅子の背に凭れてコーヒーをすする。ラジオが始まるタイミングで入れたものだから、すでに冷たくなっている。この後ももう少し喋るから、席を立ってコーヒーを淹れるなんて余裕もない。ブースの中では一人ですべてが完結できるようになっているが、こういうところは一人でどうにかできるものでもないのがもどかしい。
機械が並ぶ部屋にお湯を沸かす装置を置くのもさすがに気が引けるし、そんな簡単に置けるわけでもない。休憩が終わった後の一時間程度、明るい話題で雰囲気をがらりと変えて気持ち良く僕は退場、あとはほんのちょっとデスクワークをして、でっかい猫のいる家に帰るだけ。冷めたコーヒーぐらい我慢できるというものだ。
「アラスター、コーヒー持ってきたよ」
「ああ、ありがとう」
あと少しで休憩が終わってしまうというタイミングで、温かいコーヒーを持ってきてくれたのはティムだった。相も変わらず局の中で一番気の利く人間だ。周りをよく見ている。コーヒーを渡したあと、静かにブースから出て行った。
熱いコーヒーが、湯気に乗って香る。香りで気分が切り替えられ、あと1時間、気持ちよくトークできるというものだ。

ラジオの向こうにいる民衆をイメージしながら一通り話し終えたあと、自身のデスクに戻ってちょっとした事務仕事をしたら、新聞を出して広げる。ウォルト・ダドリーが亡くなった記事はそこそこ大きく紙面を飾り、ニューオーリンズの悪魔が捕まることなく街にいる事実をありありと告げていた。
だがこれは偽物の悪魔だ。本物ではない。一体誰が悪魔の皮を被っているのかーーー想像こそすれ、まだ確証がないことに少しばかり苛ついていた。
ハスクの調査に文句がある訳では決してない。こういう時の彼は本当に良く働く。つまるところ、それだけ相手のガードが固いということだろう。しかし、簡単に調べがついたらついたで面白くもなんともないと思ってしまう。結局はこの苛つきさえも楽しんでいると言えよう。
「行方不明の彼の記事はもう随分小さくなっちゃったなあ」
新聞の下の方、警察署のお偉いさんが依然として行方不明となっていることが書かれているが、何日も進展がないばかりか、ニューオーリンズの悪魔の再来によって記事が小さく端の方に追いやられてしまった。
「ヘクター警部のそれ、ずいぶん小さい記事になってしまったよね」
後ろから声をかけて来たのは、コーヒー片手に歩いてきたティムだ。いつだっていいタイミングで、僕の言いたきことを代弁する有能な同僚。こんな小さな局に落ち着いているなんてもったいないと、何度か話したことがある。それはお互い様じゃないか、なんて言って笑っていたっけ。
「あのパーティからだろう?重要参考人でもあるし、警察も必死に探してるだろうにまだ見つからないなんて」
“あのパーティ”とは、2週間ほど前にとある新聞社の社長によって開かれた薬物乱用パーティのことである。
VIPとして招かれた客は政治的、軍事的、各業界のあらゆる情報の売買だけでなく、薬物を買って好みの男女をはべらせ淫蕩にふけっていた。危うく僕自身もとんでもない事になるところであったが、何とか危機を脱することができたのは、言うまでもなくハスクを連れて行ったからだ。今回のあれはいい働きだったと言える。
「見る人が見れば、これはあの人がやったんじゃないかって思うだろうね」
「パーティには二人とも参加していた。あの場にいた人間は誰もがヘクターが二人を殺したんだと思うだろう。でも」
「でも?」
「だとしたらわざわざ”ニューオーリンズの悪魔”を装う理由がないじゃない。パーティ会場で死んでたグスタフはただの撲殺だった」
わざわざニューオーリンズの悪魔の手口をまねる意味が分からない。いや、想像はできる。自分から目を逸らすためだ。警察なら悪魔の犯行の手口は嫌と言うほど見て知っているわけであるし、まねることだってできなくはないだろう。ただ、それなら一貫してパーティ会場でもそれらしいことをすべきだったのでは?と思うのだ。短時間でできるものではないだろうからしなかったにしても、もっとそれらしく寄せることはできただろう。
そうしなかったのは、単純に犯人が違うからだと思うのだ。
「ううん、やっぱり僕は警部じゃないと思うな。パーティの方は正直怪しいけど、今回のは違う」
「根拠は?」
……勘、かな!」
「ラジオスター様の勘かあ、それは当たりそうだ」
ひとしきり笑ったところで、本日はお開き、他のクルーがまだデスクに齧り付いて雑務を片付ける背中に声をかけながら、局を後にした。
車に乗りこんで自宅に着くまでの間、勘だと言った先ほどの推理を反芻する。パーティでの犯行はヘクターで間違いないだろう。顧客リストに載らないVIPの中でただ一人、彼だけが事情聴取を受けることなく逃げおおせている。どこに隠れているのか知らないが、そこそこ顔が知れ渡っているだろうによくやるものだ。
新聞社社長、アルヴィンは僕らと一緒にいた時間がちょうど犯行時刻と被っているとかで犯人からはいったん外れている。先日死亡したウォルトも事情聴取自体は受けており、その時間帯はほかの客と浴びるほど酒を飲んで寝ていたという証言があったため、こちらも犯行は不可能とされた。
「正直、パーティの犯行自体はどうでもいいんだよなあ……問題は今回の犯行で……
「考えが全部口から出てるぜ」
玄関からリビングまで、どれだけ口から声が漏れていたかなど自分ではもはや分からないが、出迎えたハスクに指摘されるくらいだ、声のボリュームはそこそこあっただろう。
「ああ、ただいま」
「ん」
不愛想なように見えて、ちょっと嬉しそうなところが何とも可愛らしい。
「おりこうさんにしてた?収穫は?」
「飯ならできてる」
言われてみれば確かに、部屋中ガーリックの良い香りがする。考え事に集中しすぎて言われるまで気付かなかった。
「ご飯も嬉しいけれどね……できれば別な収穫も欲しいところかな」
別な収穫———つまるところ、依頼している調査の進捗を聞きたいのだ。結論が出ずとも、何かしらヒントがつかめれば解決の糸口は見つかる。
「それは飯食いながらにしよう、腹減った」
まるで帰ってくるのを待っていたかのような口ぶりだった。
「待っていなくたって良かったんだけど」
つい指摘してしまう。それも割と、嫌な言い方だ。そんなつもりはなかったが、まるで嫌味のようなそれに飼い猫がどんな顔をするか、多少気まずくはなった。
「一人だと……全部食っちまう」
「なんだそれ!もっとましな嘘はなかったのかい」
言われた本人は特に気にしていなかったのか分からないが、変な嘘をついてまで待っていたことを隠すその健気さに負けた。突然振り向いて、目だけで驚くハスクの頬にキスをくれてやると、頭をわしゃわしゃと音を立てるように混ぜてやる。
「おりこうさんだったんだねえ、ハスカー?たくさん褒めてあげよう」
頭を撫でる手を振り払うと、お決まりのセリフが飛び出した。
「やめろって、もういい、ガキ扱いしてほしいわけじゃねえ」
「わかってるって。でもまあ、そうだなあ……ご褒美は今日の収穫物を品定めしてから決めようか」
羽織っていたウールのジャケットを当たり前のように手渡すと、良い香りのするダイニングへと向かった。

***

テーブルに並んでいるのはポークチョップ。パプリカやトマトが添えられた皿から立ち上るガーリックとケイジャンスパイスの香りが食欲をそそる。
至極シンプルな料理ではあるが、帰宅した時にこうしてテーブルに並んでいるだけで幸福感はあるものだ。
「タイミングを読んだかのように温かい料理が並んでるねえ、ぎりぎりまで待ってたんだろ」
「もういいっての、その話は———早く座れよ」
「待って、良いものを持ってきてあげよう」
秘密の棚———僕が勝手にそう呼んでいるだけだが———とっておきの酒やつまみはこの棚に入れている。ここだけはさすがのハスクも手を出してこない。勝手に開けたらどうなるか、想像がつくからだろう。
「収穫物を品定めしてからって言ってなかったか?」
出してきた酒瓶と僕の顔を交互に見比べて、きょとんとするハスクを見るのが楽しい。
「別にこれがご褒美だとは言ってないだろう?これはあくまでもディナーに合いそうなのを選んできただけだよ」
ウッドフォードリザーブ。高級バーボンなんてこのご時世なかなか手に入らないものだ。ずいぶん昔に手に入れて以来棚で美しく輝いているだけだったが、ここ最近になってその蓋を開けられることとなった。もちろんそれは、この家に酒好きの野良猫を拾ってからのことだ。自分自身、気持ちよく酒が飲める間柄の人間など今までいたことも招いたこともなく、下手をするとこの黄金色の美しい飲み物は空気に触れることなく何十年と眠ったままになってしまうのではと思っていた。
まだ何も入れられていないグラスに注いだ酒が樽の香りとともに甘く香ると、すっかり野生を忘れてしまった猫が喉を鳴らす。
「さて、いただくとしようか」
椅子に座ると、 待っていたと言わんばかりにナイフとフォークを手に取り、肉を切り分け始めるハスクを見て口元が緩む。
「お腹を空かせた子供か、君は……ああ、お腹を空かせているのは事実だったね」
肉を頬張るその姿があまりに可愛らしい。何か言いたげだが、口にめいっぱい含んだ肉が邪魔をして、言い返すことができない。
「どうせ『子ども扱いするな』って言うんだろう?わかってるよ。ゆっくり食べなさい。喉を詰まらせたとき、高級バーボンで流し込むなんて馬鹿な真似はよしてくれ」
目が「うるせえ」と訴えてくる。会話が成り立っていないはずなのに、今日は彼の言いたいことがよくわかるのは、彼が明確に僕に対してそれを伝えたいからだ。
普段、彼が何を考えているか、分からないときはてんで分からない。
「口が落ち着いたら報告を頼むよ、探偵君」
ひと口酒を含んで香りを楽しんでから、自身も料理に手を付ける。
しばらく静かな空間に食器の小気味よい音だけが響いて、皿の上が綺麗に片付いていく。
一足先に料理を平らげたハスクが、適当に口元を拭って酒を飲みほしたところで、一方的な報告会は始まった。
「ああ今、どこから話せばいいか考えてた———まず先に言っておくと、お前が一番知りたいことはまだ分かっていない」
酒に喉を焼かれながらハスクの言葉に耳を傾け、ジリジリとした余韻をゆっくり楽しんでから口を開く。
「一度ですべてが分かるとは思っていないさ、続けて?」
話すことを促しつつ、ハスクの前に置かれた空のグラスにバーボンを注ぎ足すと、酒の色を瞳に映したハスクが顎に手を当てて語り始める。
「まず、件の男と関係がありそうなやつらの経歴だが———アルヴィンは言わずもがな、最近のし上がってきた成金ド変態社長だ。新興会社のわりに資金繰りや人員調達の面で不審な点が多いのは、おそらくお前たちが調べていることが真実だってことなんだろう」
「まあ、先日のパーティで確認した通り、違法とは言えないが合法とも言い難い薬と、株式投資や政財界を有利にできる情報の売買を主とした、決して正攻法とは言えない荒稼ぎによるもので間違いないってことだねこれはレックス刑事も捜査に加わったことである程度明るみに出ているし、僕らも大々的に放送する準備を進めているよ」
パーティでは散々な目に遭った。信じられないことだが、女装までさせられて潜入した挙句、ド変態社長には正体がバレているし、何より僕の正体を知っていながら淫行にふけようとしたため抵抗し、どうにか切り抜けることはできたが、とんでもない姿をレックス刑事に披露する羽目になったし、警察署にも何度も足を運んで事情を説明する手間も増えた。同僚からも散々哀れまれたし、思い出すだけで頭が痛い。
「ちなみにあのオッサン、なんと妻子がいる。別居しているらしいが、金はちゃんと送ってるようだ」
「へえお飾りの奥さんなのかなそれとも一緒に遊んでるのかなそれで?次は?」
「ヘクター警部が警部に昇進したのは7年前。こっちも妻はいる。子供はでかい事件に巻き込まれて死んでるようだ。どうやらそれがきっかけになって出世したらしい」
「美談に聞こえるけど、実際はどうなんだろうね」
「ただ、これも黒い噂はあるらしい。実子じゃなかったとか、そもそもそのテロ自体が本人の自作自演だったんじゃないかとか」
出世のためにテロすら起こしたなんて噂されるぐらいだ、あまりいい人間ではないと思われる。
「でもさすがにそれは証拠も何もないんだろう?」
「ああ、あくまでも噂の域を出ない———次、ウォルト。こいつは独身で研究一筋、人と関わることを極力避けている。某製薬会社に入る前は、薬剤師としてでかい病院に在籍。数年後、急に病院を辞めたと思ったら製薬会社に勤めはじめ、あれよあれよという間に平研究員、役員、研究所所長の椅子に座ってる。」
なんと華麗な出世街道。薬剤師もなかなか稀有な職だろうに、最終的に薬剤を研究する側に回るとは。場合によっては、研究員の方が花開くことなくつまらない人生を送ることになってもおかしくない。
「病院で大人しく薬剤師をしてた方がくいっぱぐれがなさそうだけど、急に研究員ってなかなか突拍子だねそのきっかけは不明かな?」
「これが職を変えるきっかけになったかは分からんが、病院を辞める前に何度か薬剤の投与ミスは起きてるなただ、ウォルトがやったって言う証拠はない。あくまで病院全体のミスとして報じられて、誰がやったのかは追及されてない」
「それ、なんか記憶にあるかも僕が読んだニュースではないけど、局に資料があるかもしれないから、ちょっと見てくるよ」
———追及されていないとはいえ、時系列と職種から見るに、全く関係がないとは言い切れない。自らの手を汚していないにしても、出した指示が誤っていた、と言うケースも十分あり得る。
「ちなみに」
「ん?」
顎に当てていた手を額まで滑らせ、ばらけて落ちた髪をかき上げると、椅子の背に凭れかかって天井を見上げる。
「レックスのオッサンの、奥さんはその病院で死んでる」
「おや!あんな言い方するからご存命かと思ってたのにすでに亡くなってるとは驚きだね。時系列的に関係ありそうかい?」
「わからん。分からんがもう5年は経ってる。大病を患って入退院の繰り返し、レックスのオッサンもずいぶん熱心に看護して、別荘に連れてって療養したり手を尽くしてたらしいが、最期は病院に入院して寝たきりになってそのままだそうだ」
随分な愛妻家、と言うわけだ。奥さんの好んだ紅茶を今でも飲み続けていたり、あの話し方からするとよほど愛し愛されていたのだろうと思う。それを病気で亡くすとは、自分の母に置き換えたり、目の前にいる男に置き換えても、なんとなく心臓のあたりがツン、とする———しかし、僕はいつからハスクのことを家族として迎え入れたのだろう?———
口元を覆って、さらに残ったパプリカを眺める。5年前。5年前か。
「確かに、5年か4年くらい前からかな、レックス刑事の検挙率が右肩上がりになって、新聞でも局でも”とんでもない奴が出てきたもんだ”って話題になったんだ。それからずっとその勢いは増すばかりで、今に至る———奥さんが亡くなって、肩の荷が下りて自由に動けるようになったんだろうね」
愛する者の死を受けて落ち込むより、それすら燃料にして強く生きる。それは誰もが理想とする人間像とも言えよう。だが、果たしてそんな綺麗ごとだけで、ほんの1、2年で検挙率が上がるものだろうか?何か裏がある気がすると思うのは、僕だけなのだろうか。
「話は戻ってしまうけどウォルトが病院を辞めた時期は分かってるのかな」
「病院をいつ辞めたのかは分かってないが、研究所に入ったのは4年前と聞いてる」
「4年で平研究員から所長に?そんなに不自然な昇格がある?怪しいにもほどがあるね」
「このころからすでにアルヴィンと繋がってたんなら、まあ、無理な話でもないんじゃないか?」
「前任者は分かる?」
「そこまでは」
前任者がどういう経緯で所長の座を追われたのか?そもそも健在なのか?気になる点はいくつもある。そこまで調べるには、下手をすると研究所の職員に切り込んでいく必要があるが、あまり追い過ぎるとハスクに危険が及ぶ可能性がある。今彼を失うのは得策ではない。何より自分の享楽が続けられなくなってしまう。
「じゃあ、そこは僕の知り合いに頼んでみようか———一連の事件で製薬会社がこぞって自分たちの潔白を証明しようとしているところだから、取材として足を運ぶ分には、危険は減るだろう」
「力不足だってか」
唇をツンと出し、あからさまに拗ねて見せる。子供っぽい仕草にまた口元が緩んでしまう。
「真実に近づけば近づくほど、僕らは死地に足を踏み入れている。わざわざ敵の懐に潜り込ませてハグを求めるような危険な行為を、君にさせるわけないだろ?僕だってそこまで悪魔じゃないよ」
「どうだか」
口ではそういったものの、頬を少し赤らめたところを見ると、大事にされているという事実に少しばかり喜んでいるようだった。なんて簡単な奴。
「あとは?報告できそうなことはあるかな?ここまでだと割と誰でも調べがついてそうな内容だけど」
「耳がいてえ」
「ないんだ
「いや、あるっちゃあるんだがほんとに薄っぺらい噂程度なもんでな」
酒を勢いよく煽ると喉仏が上下する。もともと目立つそれがさらに分かりやすく動くのを見ているのは楽しい。
「ヘクターらしい男を見たって噂だ」
「ふぅん?」
ティムとも話していた通り、ヘクター警部が行方不明になっていることについては新聞記事も端っこに小さく記事が書かれるくらいで、民衆の興味関心はとっくに薄れている。
だが、この事件、どう考えてもヘクター警部が何かを知る一人であろうということは明白で、僕としては彼を表舞台に引っ張り上げたいところだ。とはいえ手がかりはまるでないに等しい。
「警察ですら彼を見つけられなくて手をこまねいているって言うのに」
「隠れた娼館だ、警察が噂を嗅ぎつけて踏み込んでくるってなったら一貫の終わりだからな」
「君そんなところ行ってきたの?———変なもの、もらってないだろうね」
ついつい顔に不快感が出て、口角が下がるし瞼も重くなる。
「あんなぼったくりの店で身元もよくわかんねえ女なんか抱いてくるかよ……ちょっと遊んで、ちょっと金払って話聞いてきただけだ」
「まあ君がどんな女を抱いてこようが僕には関係ないけど———いやあるな、病気だけは持ってこないでほしい」
「だから!セックスはしてねえっつうの!」
面白いくらい必死で否定してくる。言葉に嘘はない。別にこいつが他所でどんな女と寝ていようが気にしない。女が良い日だってあるだろう。そもそも男を抱きたいと思うのが不思議なくらいだ。女と違って色々と面倒だろうに、こいつは僕を抱きたがる。普段から彼を下僕かペットのように扱っているからか、ベッドの上では優位に立ちたがるのかもしれない。まあ、抱かれるのはベッドの上とは限らないのだが。
となると、やはり”気にしない”と言うのは嘘かもしれない。あくまで”健康で病気を持たない女”であることが条件になる。
「あ、ダメだ、思考が違う方に飛んでいったな———話を戻そう、ヘクターがどこにいるって?」
「おい、まじか、俺の潔白は……くそ、後でだ、あー、ヘクターがどこに潜伏しているかは分からんが、娼館には出入りしてるらしいことを聞いた」
あとでもう一度娼館でのあれやそれを聞かされなければならないのかと思うと少々憂鬱になるが、頭を切り替えるように酒を飲み、深呼吸した。
「娼館に出入りしてるって、女の子たちは顔を見てるってことだよね?いくら何でも軽率すぎやしないかな」
「娼婦たちもまさか本物だとは思わねえだろ?元警察でそこそこの立場にいた人間が、そこそこの娼館に出入りしてるなんざ」
確かにそれはそうかもしれない。あれだけ派手に報道されている事件で行方不明になった市警の警部が、本来なら娼婦たちを取り締まる側の人間が娼婦たちと淫蕩にふけっているなど考えにくい。
「匿われているってことなのか……?ちなみにそこってどこの娼館?」
「驚くなよ?この間お前が世話になったシンシアのやってる娼館だ」
「げえ」
「げえって、すげー顔してやんの」
パーティよりも前だ、ハスクの店で殺人事件が起きた。その時の関係者の1人がシンシアだ。被害者の妻であり、合法カジノや隠れた娼館の経営と手広くやっている資産家だ。裏では合法とは言えない薬の販売ルートを持ち、売り捌いて金を稼ぐだけでなく、自身の夫を使ったマネーロンダリングまでしていたとんでもない女でもある。
「ここ最近で一番思い出したくない人間だよ。とんでもない目に遭わされたし」
「でろんでろんになったもんなあ、あれは———
「はいはい終了、そこまで思い出さなくてよろしい!そんなことよりあの女、まだ娼館続けてるのが不思議だよ、警察入ったんじゃないの?」
「ケネスの偽装の嫁さんがいた娼館には立ち入りがあって解体されたらしいが、あの頭の良い女が一か所集中型で娼館やってるわけねえだろ?」
その考えは正しい。というか、当たり前の発想である。
だが、当たり前だからこそ、警察も一か所に踏みこめたのであれば、別な娼館も芋づる式に叩くべきでは?とも思うのだ。シンシアが上手なだけなのか、警察が無能なだけなのか。僕自身、この街で堂々と犯罪者をしているわけだが、さっぱり捕まる気配はない。捕まるような下手なことをしていないというのもあるが、ここまで来ると警察組織にはすでに限界が来ていると思われる。加えて腐敗も進んでいそうなものだ。
「噂が本当かどうか確かめたいところだが、金は無尽蔵じゃねえし、通い続けるのは無理がある」
「別な角度から切り込む必要がある、か……君の考えを聞こうか」
テーブルの上で手を組み、顎を乗せ、椅子の背に腕を置いてふんぞり返るハスクの顔の位置より低くから目線だけ上にやる。
何かが欲しいとき、大抵の奴はこの仕草で落ちて、望むものを与えてくれるものだが、果たして———
……お前、もういっぺんシンシアのところに話聞きに行かねえか?」
手の甲に乗せた顎が滑り落ち、がくんと項垂れる。深い深いため息が漏れ出て虚空に消えていくと同時に、顔をあげてテーブルの向こうにいるハスクを見やる。
「君が聞きに行くんじゃないのか?そこは!なんかあるだろ、こう、ああいう女に好かれそうなテクニックとか、仕草とかそういう」
「どうやってお近付きになれんだよ、俺が!突然現れたよくわからん男が”この店の元締めに会いてえんだけど”って言って会えると思うか?」
「君、今までそうやって女の家に上がり込んで上手いことやってたんじゃないのか」
「それは出会いがあったからであって、ぽっと潜り込めるわけじゃねえの!」
よりによって僕がまたあの女の家に行くだなんて案、そんな簡単にのめるわけがない。確かに最短ルートかもしれないが、考えただけで悍ましい。
「それか、彼女が絡んでるカジノで目立ってみるとか」
「イカサマしてみるか?目的の女の前にギャングが出てくるっつうの」
「いや、ありかもよ?ギャングが出てきたとしても、うまく彼女の元に行ければいいんだろう?」
カジノに出資しているのであれば、定期的に彼女自身も店に顔を出しているはずだ。そこで上手く目立てば、気に入られるかどうかは別として、お近付きになるチャンスは廻ってくるかもしれない。
ハスクは強面で仏頂面、粗暴なところはあるが女性からは一定の人気がある。ふとした時に見せる柔らかい表情や、なんやかんや女性に対して紳士的だったり、何より頼りになりそうなその体躯が良いとかなんとか。
僕にはそんな顔、これっぽっちも見せたことがないというのに、行きずりの女に対してはそうではないらしい。実につまらない。
「この間渡した小切手を元手にして、カジノ乗りこんでみる?彼女が来そうな日を調べてからにはなるけど」
「そんな悠長にしてていいのか?大体そんな、カジノなんてそんな」
「ハスカー、顔が緩んでるよ、行きたいんだろ?カジノ」
「い、いや、ダメだ、目的が女であって、純粋に遊べるわけじゃねえし」
何の心配をしているんだ、君は———口から出そうになるのを堪え、考えを改める。確かに、悠長にしていられるわけではない。先日のパーティに参加した人間が襲われているのであれば、次のターゲットがヘクターやアルヴィンである可能性はゼロではないからだ。
「まあ、でもそうだね、あまりのんびりしていると次の被害者が出かねないから———気は全く乗らないが、直接話を聞きに行くのはやむ無しか」
「次は俺も行く。二人っきりにならなけりゃ変なことしてこねえだろ」
「あの感じだと、目の前で自分以外の人間がそういう行為に及んでもにこやかに眺めてそうな気もするけど」
「ドのつく変態だな……何も口にしなきゃいい話だ」
それは正論である。前回で学んだのだ、彼女の邸宅では何も口にせず、話だけ聞いて帰ることが望ましい。よくわからない味のするコーヒーを二度も飲みたくはないし、何より下半身で物事を考えるようになってしまったら終わりである。二人してそんなことになった場合———言わずもがなだが、特にハスクの方が我慢できる見込みがない。
「そこまで言うなら、早急にアポを取るよ———全く気は乗らないけど」
……よっぽどだな」
「当たり前だろ……?一回気持ち悪い思いをしてるってのに誰が進んで同じところに行くんだよ、マゾじゃないんだ僕は」
若干小首をかしげたハスクに違和感を覚えたが、追及しないでおく。
「さて、今日報告できるのはここまでだ。ご褒美ってのはどうなるんだ」
「ん、そうだな……まあ、まったく収穫がなかったわけでもないし、あげてもいいよ。何がいい?」
聞かなくてもある程度は察するが、本人の口から言わせなければ意味がないし、何より思っているものと違うかもしれない。
もしかしたら、カジノで遊びたいとか、言い始めるかもしれないし。
———今日で4日目」
「うん?」
「娼館に行った時もやってねえって言ったろ?」
嫌な予感しかしない。
「4日分、発散させろよ」
4日分は———想定していなかった。

***

ベッドで目覚めた時、4日分溜め込んだ何かが無くなった体は軽くて、気分は晴れやかだった。
隣に寝ている男はと言うと、さんざん揺さぶった腰が軋むのか度々呻いて寝返りを打ち、姿勢を変えては一息ついている。
見た目が若いばかりに普段は全く年齢を感じさせないが、こういう時は年相応の仕草が出やすく、見ているこちらからすると痛快である。
それと同時に、ちょっとした罪悪感を感じたりもする。最大限優しく、大事に扱っているつもりだが、一回り近く若い男の身体と言うのは思ったより加減ができないもので、気付くと向こうが限界に達していることがままある。
限界を迎えた時のアラスターといったら……まあ、褒美としては申し分ない。誰も知らない顔、声、仕草。自分がアラスターをそこまで堕とす優越感。身体的にも精神的にも満たされる心地よさ。
唯一辛いのは、これがビジネス的な関係として成り立っているのであって、俺の本心が一切伝えられないことだけだ。それを口にしてしまった瞬間、この関係は崩れていくと分かっているから、それはしないと決めている。
墓まで持っていくつもりでいるが、この、アラスターが眠っているこの時間だけは、ほんの少しだけ、行動に本心を乗せてもいいと思いたい。
居心地が悪そうなアラスターを背中から抱きかかえると、また呻き声が漏れる。
昨晩さんざん抉った下腹部を撫でながら、肩口に顔を寄せて深呼吸すると、男らしい皮脂のにおいがする。これがその辺の男のそれであれば顔を顰めて避けるだろうが、アラスターのそれは全く嫌悪感がなく、むしろ甘さすら感じる。おかしいと笑われるだろうか。香水をつけたアラスターのよそ行きの香りも、まったく飾らない彼自身の香りも、深く吸い込むとなぜか落ち着いた。こんな香りをその辺で振りまいているなんて考えると頭が痛い。
一生こうして自分の腕の中だけに仕舞っておけたらいいのに。いっそ———物騒な考えが頭をよぎる。
「俺もずいぶんこいつに毒されてんな」
もう一度深く息を吸ってから絡めた腕に力を籠めると、丸まった姿勢が腰に響いたのか、アラスターがもぞもぞと身体を捩った。
「は、す……朝から……
「ん」
これで俺だけの一方的な時間は終了。いつも通りのビジネスライクな関係に戻って、ただ朝から盛ってます、まだまだ足りません、下半身に素直なだけなんですというアピールをする男になる。こうして触れられるだけでも儲けもんだと言い聞かせて。
「下腹部じゃなくて……腰を、擦ってほしいんだけど」
「じじくせえな」
「誰のせいだよ全く、ほら」
痛そうに呻きながら、くるりと身体の向きを変えて勝手に人の手を腰に持っていく。
正直これが即効性のある行為だとは思えないが、言われた通り腰を擦ってやると、むき出しの胸に顔を埋めて嬉しそうに笑った。
「君、手があったかいからさあ、ちょっと痛みが和らぐ気がするんだよね。単なる思い込みなんだろうけど」
しばらく腰を撫でるうちに、気を良くしたアラスターの腕が背に回ってきた。お気に入りの抱き枕を抱えるように頬ずりすらして。
呼吸が深くなって、まどろみの中に片足を突っ込み直しているのが分かると、腰を撫でる手を止めて、アラスターに声をかける。
「二度寝して大丈夫か?」
「んー?今日はスポンサーとの打ち合わせくらいしか……
聞くに立派な仕事だと思うのだが、気にも留めていないような口ぶりである。
「夜か?」
「うん……だから、今日は……直接レストランに……
昼はのんびりしていられるというわけだ。現在時刻は6時過ぎ、夜の会食まで余るほど時間がある。自身がスピークイージーに出向くぐらいの時間にちょうどアラスターも支度をして、お互い家を出て、帰るころには夜中だろう。下手をすると顔を合わせるのは夜中どころか朝方かもしれなかった。
「なら、いい」
声を発さなくなったアラスターをもう一度しっかり抱き締める。背中から腰にかけてゆっくりと撫でながら、一定になった呼吸を耳にしているうちに、意識が溶けてついには温かいベッドに流れていき———意識が薄れていく中でシーツもブランケットもアラスターでさえも、境界線を失ってひとつになったようなよくわからない感覚を身体で感じていた。
次に個として目が覚めたのは、あんなに腰が痛いと呻いていたアラスターがいなくなり、ベッドの半分がひんやりし始めた頃だった。
時計は8時を回っていた。

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