悠環 彰
2025-08-03 22:36:53
2884文字
Public MCU:バキサム
 

First Date

初デートとバキサム。

※ミニイベント【#月いち36の日】掲載作

「なぁサム、デートしないか」
 突然の提案に、飲みかけのワインを吹きかけ死ぬほど噎せたのも今では懐かしい。鼻やら何やらが酷く痛くて涙が止まらず、情けなくもワインで噎せて病院に担ぎ込まれるのか、と最悪のニュースが速報としてネットに上がる様子が頭に過ぎったほどだった。バッキーは咳き込み続けるサムを見て流石に慌てたものの、デートと言い出したのはジョークでもなんでもなかったようで一段落ついたところで改めてサムの予定を聞いてきた。
 行き先はブルックリン。バッキーがデートをしようと言ったその月の内には予定の調整がつき、デートの時間が充分取れるようにと飛行機のチケットを取り、空港で待ち合わせとなった。
「デート……デートねぇ」
 バッキーとは、明確に恋人同士になった訳ではない。ただ盾のことやスティーブのこと、キャプテン・アメリカとしてのことなど様々な事情を共有できる人間の中で一番近い場所にいた事、フラッグスマッシャーズの件やサムの実家の件でそれなりに仲を深めた事、そして、なんの因果かある時酔いや何やらに任せて一晩過ごしてしまった事。他にも色々な積み重ねで会う機会も多く、世間一般で言えば親しい仲と言える関係に落ち着いていた。
 そこで、突然のデートの誘いである。正直、サムは驚いたと同時に「今更?」という気持ちもあった。サムとバッキー、特に明確にこれといった普遍的な形に収まらない「ただの二人」である関係を、バッキーは何かごく一般的な枠に嵌めたいというのだろうか。どうにも意図が読みきれない。
 だが、サム自身、驚いたり今更とは思ったものの、特に何か忌避感があったわけではなく。
 比較的早い時間の飛行機を取ったので、サムは前日に用意を済ませた。何を着ていこうかとクローゼットを開けて服を出したり入れたりしてはみたが、まぁ相手はバッキーだし変に気負うのもな、と結論づけてキレイめのカットソーに革のジャケット、ヴィンテージのジーパンとそれなりに普段と変わらないカジュアルめの格好に落ち着いた。
「サム」
 空港に降り立ちモバイルで連絡を取ろうとしたところで声を掛けられた。バッキーだった。彼もやはりピッタリと体の線が出るようなカットソーに革のジャケット、明るめの色のジーパンとカジュアルめの格好をしていて、サムは内心少しホッとした。正直、1920年〜1930年代育ちの伊達男がデートにどんな格好で来るのかなんて予想がつかなかったから、そうちぐはぐな格好の二人にならずに済みそうで安心したのだ。
「行こうか」
 デートとは言ったが、蓋を開ければ特に普段と大きく変わるようなことはなかった。街をぶらぶらと歩いたり、本屋やオーディオショップに入っておすすめをし合ったり、お互いの服を選んでみたり。途中で最近人気のアイスを食べたりもした。ランチは適当なバーガーショップに入り、バッキーが溢れたソースで両手と顎をベチャベチャにするのを声を上げて笑ったりした。幸運なことに服は無事だった。
 腹ごなしに、とブルックリンの街を歩く。しばらくバッキーが先導するように道を進んでいたが、ふとある場所で立ち止まると彼は眉間にぐっと皺を寄せて僅かに首を傾げてみせた。
「なんだ、どうした?」
 同じように立ち止まり、その顔を覗き込みながらサムが問う。
「いや……だいぶ様変わりしたな、と思って」
「そりゃあお前、何十年経ってると思ってるんだ」
 唸るような声に、肩を竦める。
「全く、故郷で迷子とは格好つかないな、爺さん」
 からかうような声で肩を小突くと、バッキーはちょっとムッとしたようにこちらを振り返る。
「ちゃんと改めてリサーチしてきたから、迷子にはなってない」
「そーかよ。じゃあなんだってんだ?」
 改めて問うと、やはりむっすりと顔を顰めながら「いや」と渋々口を開く。
「昔、スティーブと盛り上がって、プロポーズするならココだろって場所を決めたんだが」
 ぐるり、と視線が周囲を見回す。
「なんか……今来ると、思ってたのと違うな、と」
 サムは、一度目を見開いてから、ぐうと怪訝そうに眉を顰めて「プロポーズ?」と繰り返した。
「そうだ……けど、ちょっと、改めていい場所を探しておく」
 バッキーはサムを置き去りに一人そう言って完結すると、次へ行くかと歩き出した。しばし呆然とその背中を見送って、だが立ち止まったままのサムに気づく様子もないので仕方なく歩き出す。
 プロポーズって言ったか、今。誰に、誰が。バッキーが、俺に?
 そう思ったが下手に突くとやぶ蛇に噛まれてしまいそうで、サムは口には出来ないまま。なんとも言えないモヤモヤを抱えたまま、その日一日のデートを終えたのだった。



「なぁ……初デート、どこだったか、覚えてるか」
 傷だらけの体を物陰に潜めながら、ふと思い出したようにサムが言った。同じように傷だらけのバッキーが突然何を言い出すんだとばかりに怪訝な顔をしながら振り返り、だがしばらく考え込むようにして視線をぐるりと宙に回してから口を開いた。
「ベルリンの空港?」
……おい、それって」
「初めて二人きりになったよな」
 ふ、と口元を緩めていうので、今度はこちらが渋い顔をしてしまう。
「いつの話してんだ……っていうかあれはデートじゃねぇだろ」
「じゃあ……ミュンヘン?」
 またドイツか。少し考えてからサムはため息をつく。それは、フラッグスマッシャーズを追っていった先のことだろう。バッキーが高度60mからパラシュートなしで飛び降りたり、トラックにしがみついて急死に一生していた時の話だ。
「それもデートじゃねぇよ」
「うーん、デラクロワ」
「お前なぁ……
 呆れたようにため息をついてから、ふっとお互い顔を見合わせて笑った。おおよそ、満身創痍で敵への一発逆転を狙うために身を潜ませているという状況には似合わない、気の抜けたような雰囲気。
……これが、最後のデートになるか」
 インカムで他の場所に身を潜めている仲間たちに連絡を取り終え、バッキーがふとそう呟いた。
「バカ言え。こんなのデートだなんて認めないぞ」
 というか、さっきからバッキーが挙げているのは何一つとしてデートとは認められない。せいぜい、デラクロワがギリギリデートと言っていいかどうかという感じだ。へっと鼻で笑って、サムがゴーグルを掛け直す。
「まだ連れてってもらってないんだからな、俺は」
 瞬いたバッキーが、なんのことだと言わんばかりにこちらを見る。
……どこに?」
「改めて探したんだろ」
 プロポーズの場所。サムがそう言うと、バッキーはくるりと目を見開き、ぽかんと口を開けた。その間抜け面を見て、思わずふっと吹き出してしまった。ちょうどいい感じに力が抜ける。
……なるほど」
「連れてけよ」
「ああ……喜んで」
 改めて視線を交わし合う。絶対に、ここで終わらない、終わらせないという意志を込めて。
「よし、行くか」
 そして、二人は物陰から同時に身を踊らせた。