柚子子
2025-08-03 17:59:20
8328文字
Public Dog Days of Summer
 
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Dog Days of Summer (4)


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 楽しげな歌声が漏れ聞こえる通路を通って、自分たちの部屋へと入った。室内の照明をつけると、アンプの音量を最小にしぼった。部活帰りで大荷物の黒尾が、どさりと音を立てて鞄をソファーに置く。
 一般的なカラオケの個室なので、広くはないけれど狭くもない。隣同士に座るのも変なので、コの字になったソファの二辺、向き合うのではなく角を挟んで隣同士、という微妙な距離で腰をおろした。
「先に食べるもの注文しとく?」
 テーブルに置かれたメニューを差し出し、私は黒尾に尋ねる。まだ夕方だし、私はそれほど空腹なわけではないけれど、部活帰りの黒尾はもしかするとお腹を空かせているかもしれない。
「いや、また腹減ったら何か考える。苗字は?」
「私もまだいいかな。出てくる前にめちゃくちゃスイカ食べてきちゃったから、あんまりお腹空いてない」
「夕飯前におやつ食べるなって言われない?」
「ちゃんと夕飯も食べるから許してよ、お母ちゃん」
「誰がお母ちゃんだ。せめてお父ちゃんであれ」
「お父ちゃんは私に甘いから、おやつくらいで何も言わないよ」
「そのお父ちゃんのもとのびのび育った娘さんがこちらと」
「すくすくのびのび育ちました」
「ああうん、そんな感じ」
 雑談が一段落ついたところで、本日の目的である課題を開始することにした。テーブルの上に筆記用具とルーズリーフ、チャ-ト式を取り出す。私が残している夏休みの課題は、あとは数学くらいだった。
 数学は青チャがそのまま夏休みの課題になっている。範囲が限定されているとはいえ、これが結構な時間を食う。見ると黒尾も、数学の用具一式を卓上に用意していた。
「で、実際黒尾の課題はどんな具合なの」
「漢字と古典は終わった。数学はまるっと全部残ってる」
「ⅡB両方?」
「両方……
「やば、終わってるじゃん」
「終わってないから困ってんでしょうが」
「トンチじゃん。終わってないから終わってるもの、なーんだ」
「俺の課題ってな。おい、ふざけんなよ、こっちは笑ってらんねーんだっつの」
「可哀相。私が黒尾のぶんまでいっぱい笑っておいてあげるね」
「笑ってないで俺の課題を救ってくれ」
「いや、それは黒尾が頑張るしかないわけだから。頑張れ」
「無慈悲、しかし正論……!」
「じゃあ、やろっか」
 いつまでも喋っていても始まらない。黒尾と会話でじゃれているのは楽しいけれど、だからといって黒尾の課題を妨害するつもりはなかった。黒尾には晴れやかな気持ちで新学期を迎えてもらわなければ困る。
 ドリンクバーで飲み物を注いできてから、本格的に課題を開始した。
 いざ勉強を始めてしまえば、ふざけることも喋ることもなく、私も黒尾も自分の課題に集中する。黒尾の集中力はすさまじく、真剣な表情で文字を追ったり思考している以外は、もくもくとシャーペンをルーズリーフに走らせ続けていた。
 なんだ、一緒に勉強する必要もなかったじゃん。てっきりもっと協力プレイのような様相を呈するかと思っていたので、少し肩透かしな感じではある。
 けれど、そもそもの単純な学力でいうと、私と黒尾はどっこいどっこいのいい勝負だ。今取り組んでいる数学にかんしてだけ言えば、黒尾の方が私よりも成績がいいくらい。一緒に課題をやったからといって、私が黒尾に何かを教えるということもない。
 自分の課題を進めつつも、ついつい頭の片隅で黒尾のことを考えてしまう。顔はルーズリーフに向けたまま、あくまでさりげなく、上目遣いに黒尾の様子をうかがった。集中して問題を解いている黒尾の表情は、惚れた欲目を差し引いてもなおかっこいい。
 もしも私が黒尾の横に始終へばりついていなかったら、きっと黒尾はもっと派手にモテたのだろうなと思う。そう考えると、多少の申し訳なさを感じないわけではなかった。今となっては黒尾が私を好きだと知っているけれど、少し前まではこれでも多少は罪悪感を感じていた。
 この真剣な顔をしているとかっこいい男子が、私のことを好きなのか。改めて、その事実に感じ入る。真剣といっても、実際には青チャが終わってなくて焦っているだけなのだけど、それはこの際置いておくことにする。
 自分ひとりでもちゃんと集中して課題をこなせるだろう黒尾が、こうして私に声を掛けてきた。それはとりもなおさず、課題を口実に私と会う機会をつくりたかっただけなのだと、そう思ってもいいのだろうか。
 そうだったらいいのにと思うし、そうであってほしいとも思う。
 そんなことをしみじみ考えていたせいで、気付けばすっかり問題を解く手が止まっていた。自分の集中が切れたのが分かる。筆箱に突っ込んでいた携帯を確認すると、勉強を始めてからまだ二十分しか経っていなかった。
 コップに残っていたジュースを一気に飲み干してから、私はゆっくりと腰を上げた。腿の裏にひっついていたビニール素材のソファが、ぺりぺり音を立てて足から剥がれる感触がした。
 黒尾が顔を上げ、立ち上がった私を見上げる。
「私ジュースとってくるね、黒尾の分も持ってこよか」
「あ、いや、いい。俺も行く」
 シャーペンを置き、黒尾もまた立ち上がった。
「別にいいよ、課題終わってない人は課題優先してください」
「いいんだよ。俺が苗字と一緒にいたいんだから」
「ふふ、やば。おもろ」
「おもろ言うな。こっちは真剣なんだぞ」
「それは失礼いたしました」
 それぞれコップを手に、一緒に部屋を出た。ラッキーなことにドリンクバーが設置されている階なので、飲み物のおかわりをするのもそれほど面倒ではない。
 どこかの部屋から、野太い声でYUIを熱唱している声が聴こえてくる。お世辞にも上手とは言えないけれど、伸びやかで楽しそうな歌声は、なんとなく聴くものを応援したいような気持ちにさせた。
 ウーロン茶をコップに注ぐ。水と原液が混ざりあうのを眺めていると、だしぬけに黒尾が言った。
「あのさ、昨日電話したときも言ったけど、お前、俺が告白したってこと、ちゃんと分かってる?」
 びっくりして、思わず視線を黒尾に向けた。ドリンクバーのボタンを長押ししていた指が離れる。黒尾はちらとだけこちらを見て、自分のコップに飲み物が注がれていくのを見つめていた。
「分かってるよ」
「分かっててそういう感じなのかよ。本当に俺のこと意識してねーんだなぁ」
……それは、」
「あーあー、いい。そういうつもりで言ったわけじゃないから」
 黒尾が私の言葉を制した。何か果てしない誤解を生んでいる気がするけれど、弁解の余地すら与えてもらえないのではどうしようもない。
 なんといっていいか分からないまま、私はじっと口をつぐんだ。……というか私、そんなにも脈がなさそうに見える振る舞いをしているだろうか。今日黒尾と会ってからの自分を思い出し、私は内心で激しく首を傾げた。
 断言できるけれど、今日の私はかなり恋する女子だと思う。恰好からして、イマジナリー黒尾と相談しつくしたうえで、黒尾が好きそうな服を選んで着てきている。一緒に課題をやろうと持ちかけられ、すぐ次の日に飛んでくるのだって、ずいぶん分かりやすい性格だと呆れるほどだ。
 だというのに、これでも伝わらないものなの……
 黒尾のあまりの鈍さに、私はなかば愕然とした。たしかに「好き」に類するような決定的な言葉を避け、面白がっていたのも否定できないけれども。だからって、だからって、まさかこんなに全然伝わっていないとは思わなかった。黒尾、私のことが分かってなさすぎない……
 しかし思い返してみれば、少なくとも高校入学以降の黒尾には、いっさい浮いた噂がない。黒尾は私のことを好きなのだから、当然と言えば当然の話ではある。だからといって、黒尾が中学時代に誰かと付き合っていたとか、そういう話も聞いたことがない。
 要するに、黒尾は私のことが分かっていなさすぎるというより、そもそも恋愛という分野において、びっくりするくらい乙女心にうといのだ。こんなチャラっとして、俺は大人っぽいですよ、同級生のアホ男子とは違いますよ、みたいな顔しておきながら。
 黒尾、見掛け倒しにもほどがある……
 しかしそうなると、私はどうしたらいいんだろう。いっそもう少し分かりやすく自己主張をした方がいいのか。コップの半分くらいまでたまった烏龍茶を睨みつけ、私は人知れず煩悶した。
「ええと……、そういうつもりも何も、そもそもどういうつもりの話なのかが、今ちょっと私にはよく分かんないけど」
 困り果てて、ひとまずそんなことを言ってみる。黒尾の返答如何によっては、告白の返事を先延ばしにしてほしいという黒尾の言葉に反してでも、さっさと気持ちを伝えるつもりだった。あまり状況がこじれてしまっては、この状況を面白がるどころではなくなる。
 けれど黒尾はくるりとこちらを向くと、
「俺が頑張りますって話」
 少しだけ目を細めて、そんなことを言った。思いのほか軽やかで、そして屈託のない声だった。
 その返事を聞いて、私はほっと息を吐く。自分で思った以上に、私はこの状況に緊張していたらしい。
 ともあれ、そういうことならばもう少しだけ、黙って事の成り行きを見守ってもいいのかもしれない。黒尾が頑張ってくれるというのなら。
 その代わりといってはなんだけれど、私ももう少しだけ、自分の気持ちをオープンにすることにしよう。そのくらいはしてもいいはずだ。自分のためにも、黒尾のためにも。
「そうなんだ。じゃあ、はい。頑張ってください」
「半笑いをやめてくれる?」
「応援してます」
「はいはい、どうもね」
 わざとらしく投げやりに答える黒尾とともに、ふたたび部屋へと戻る。黒尾の課題はまだまだ終わりそうにない。まずは目の前の課題、自分にそう言い聞かせた。

 ★

 苗字のことが分からなさすぎる……
 ドリンクバーから戻って課題を再開したものの、俺はいまひとつ集中力を欠いていた。はっきり言って俺の課題進捗では恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないのだが、そうはいってもこの状況。密室(のようなもの)に好きな女子とふたりきり、逆にさっきまでの俺はよく集中できていた、褒めたたえたいくらいだ。
 ルーズリーフの上に覆いかぶさるようにして問題を解いている苗字を、俺は苗字に気付かれない程度にささやかな視線で見つめた。もともと整った顔立ちをしているとは思っていたが、今日はなんだかいつもより割増しで可愛く見える。
 これはアレなのか、俺の心持ちが押せ押せモードに切り替わったからなのか。だから苗字も割増しで可愛く見えるのか。がっつり恋愛対象として見始めたから、めちゃくちゃ可愛く輝いて見えるのか。
 もっとも切り替わっているのはあくまで俺の心持ちだけであって、苗字から俺に対する態度は夏休み以前からまるで変わっていない。もともと普通の友人関係以上に親しくしていたから、というのもあるものの、夏休みが終わるまでに苗字を振り向かせなければいけない俺としては、さすがにちょっと焦ったりもする。
 待ち合わせ場所で顔を合わせたときには、苗字も多少は俺を意識してくれているのかと思った。しかしこうして一緒にいると、その根拠のない自信はあっけなく揺らいでいく。
 すでに八月、夏休み終了まで一か月を切っている。七月中に意味もなく「押してダメなら引くぜ」などとやっていた俺、ふつうに自分の首をぎちぎち絞めることになってるぞ。助けてくれ。
「黒尾、手ぇ止まってる」
 ふいに苗字から声を掛けられ、はっとした。気付かぬうちに俺はずいぶんと思索にふけっていたらしい。いや、思索などとかっこつけた言い方をしているが、全然ふつうに懊悩していた。悶えまくっていた。
 内心の煩悩をさとられないよう、見た目には平静を装ってから俺は苗字と視線を合わせた。
「ん? あ、ああ。この問題難しくて」
 うそです、あなたのこと考えてました。とは言えない。いくら何でも気持ち悪すぎる。
「そのへん難しいよね。私も先生に聞きにいったけど、黒尾に説明できるほど理解はしてない」
「まあ、空けといて明日部活行ったときに海に聞くか……
 会話が発生したことで、なんとなく空気が弛緩した。苗字が座ったまま腕を伸ばし、うーんと大きく伸びをする。その動作だけで、なんかもう、可愛かった。ありがとう。
「ねえ黒尾、聞いていい?」
 苗字がウーロン茶に手を伸ばしつつ俺に問う。
「どこ? 何の問題?」
「いや、数学じゃなくて。……黒尾って、いつから私のこと好きなの」
「うおっ、急にどうした」
「んー、どうしたってものでもないんだけど……。さっき黒尾、もの言いたげにしてたから」
「さっきって」
「飲み物取りに行ったときにさ」
「ああ」
 苗字にしては歯切れ悪くもごもごした物言い。そういうことかと、俺はようやく察した。
「なに、俺がぐちっぽいこと言ったから、苗字の方から歩み寄ってくれてんの?」
「まあ、……そんな感じ。単純に知りたいから聞いたってのもあるけど」
「ふーん」
 言っていて恥ずかしくなったのか、苗字がふいと視線をそらした。その顔を俺は、それこそ穴が開くんじゃないかというほどまじまじ眺めた。
 苗字との付き合いも二年ちょっとになるが、苗字のこういう顔を見るのは初めてで新鮮だ。苗字、そういう顔もできたのか。いや、できるか。できるわな。今まで俺に見せてくれなかったのは、そういうシーン、そういう空気に俺相手ではならなかっただけで。
 逆に言えば、今この瞬間、俺はこの二年ちょっとの間に苗字との間に一度も生み出せなかった、なんかちょっと恥ずかしい感じの空気を生み出すことに成功しているわけで。
 うおおお、まじか! すごすぎる!
 あっつ! すっご!
 さっきまでの弱気に傾いていた俺の気分が、今この瞬間、一瞬にして最高だぜに傾いた。俺の中の弱気など、蒸発して消え去ったといってもいい。
 だって見てくれ、この苗字の「言うんじゃなかった」感を滲ませた照れ顔を! こんなもん、意識していない相手にするか? するか?? するかもしんないけど、少なくとも俺にはしてくれなかった!
 と、感動していられたのもそこまでだった。
「まあでも、黒尾が言いたくなければ言わなくてもいいんだけどね!」
 感動と興奮がないまぜになっている俺に、苗字は慌てて付け加える。
「『あなたには黙秘権がある。供述は法廷で、あなたに不利な証拠として用いられる場合がある』……
「待って、俺もしかして逮捕されてる? 海外ドラマで逮捕された犯人が言われるやつ、されてんのかな? 風向き変わった?」
「『あなたには弁護士の立ち合いを求める権利がある』」
「この状況で呼ばれても弁護士も困るだろ。……苗字、これまだやんの?」
「勉強の息抜きに海外ドラマ見始めたらハマっちゃって」
「おいおい受験生」
「まあでも、ちゃんと勉強もしてるから」
 へらへら笑う苗字に、またたまらん愛しさがぐわっとこみあげた。いつものノリのやつではあるが、今の苗字には「この照れ照れした空気しんどいっ!」という、無理やりちょけた感じが垣間見える。苗字、俺のことバリバリ意識してるっぽくないか? うおー、嬉しい……、嬉しすぎる……
「で、さっきの話に戻るけど。黒尾っていつから私のこと好きなの?」
 感動している俺にかまわず、頬を赤くした苗字がなおも果敢に話題を蒸し返した。俺はさりげなく喉の調子を整えてから、できるだけ余裕ありげな表情をつくる。
「その話本当にすんの? アホ茶番挟んだから、てっきり終わるつもりなのかと」
「じゃあ終わろうか」
「いやいや、終わんないで。つっても、うーん……そうだな……
 苗字の視線をまっすぐに受け止めつつ、俺は顎に手をあて思案した。
「具体的に、いつからってのはないな。しいて言うなら、高一のわりと最初の方か」
「高一って……、知り合ったばっかじゃん」
「そうだよ。悪いか」
「別に、悪くはないけど……
 苗字が何やら問いたげな目つきをした。まあ、言いたいことは大体分かる。
「そうだよ、一目ぼれです」
 俺がはっきり言い切ると、苗字が変なものを飲み込んだみたいな顔をした。自分で聞いておきながらその顔って、一体全体どういうことだ。納得がいかない。
 とはいえこれで、苗字からの質問には答えたことになるだろう。苗字もまんざらでもない顔をしている。
 ただし、これでこの話題が終わったと考えるのはあまりに早計、あまりにもったいないと、俺の直観がはっきりそう告げていた。これはいわばボーナスタイム。降ってわいたようなこのいい感じの空気をうまいこと使えるかどうかで、今後の明暗が分かれるといっても過言じゃない。……おそらく。多分!
 苗字はすでに満足げな顔をしてウーロン茶を飲んでいる。一仕事終え、すっかり気を抜いているのだろう。俺は今まさに、その油断につけこもうとしている。さながらサバンナの水場に集う草食動物を狩るため、息を殺してくさむらに潜むしなやかな獣……
 ……などと自分で自分を鼓舞しつつ、俺はさらに畳みかけた。
「一年のとき同じクラスになって、そんで最初に苗字のこと見たときに可愛いと思ったんだよな。そしたらそのままトントン拍子で仲良くなれただろ。で、そうなると俺は当然好きになっちゃうわけ」
 まさか話が続いているとは思っていなかったのだろう。苗字は言葉を詰まらせたあと、露骨に視線を左右に泳がせた。
「そ、そんな感じなの? そういう感じ?」
「おう、そういう感じですが。見た目がきっかけで気になって、そのあとは流れでどんどん好きになった。だから厳密には『いつから』という質問には答えようがない。以上です」
 自分で言っておきながら、もう少し言い方があっただろうと思わないでもない。それでも、今苗字に話したことに嘘偽りはひとつもなかったし、話を盛ってもいなかった。
 別に運命的な何かや、ドラマチックな何かがあったわけじゃない。たまたま同じクラスに人目を惹く可愛い子がいたから、興味と多少の下心を持って近づいた。仲良くなったら外見だけじゃなく内面まで好きになった。それで今日まで二年ちょっと片思いをしてきた。言葉にすればそれだけのことだ。
「ていうか黒尾、私のこと可愛いと思ってたんだ」
 苗字がぼそぼそと言う。俺の告白への感想なのか、それともただの呟きなのかも分からないような言い方は、少なくとも告白への反応としては悪いものであるように思えた。
「そりゃあ思ってるに決まってんだろ。今だって思ってるからな」
「か、可愛いなって?」
「そう。可愛いなって」
 ぐう、と苗字が鳴く。そんなところも可愛い。が、何度も好きだの可愛いだの言いすぎて、さすがに俺の方も恥ずかしくなってきた。じわじわと顔が熱くなってくる。
「これ、俺の方も羞恥プレイだな……
「恥ずかしがってんの?」
「そりゃあまあ、改めて確認されると恥ずくはある」
「じゃあ『可愛い』って発言はひっこめますか?」
「ひっこめません」
「ふうん、へえ。そうなんだ」
「にやにやすんなよ。もっと喜ばすぞ」
「どういう脅し? そんなの大歓迎すぎるでしょ」
 にやにや笑う苗字は、コップにささったストローを指先でくるくる回しながら「そっか」とか「なるほどね」とか、ひとりで何やら納得している。浮かれているのだろうと分かり、内心かなりほっとした。よかった、気色悪がられなくて。
 機嫌よさげな苗字は「ていうか結局、課題そっちのけで喋っててダメじゃん」と笑う。その姿を見て俺はようやく、事故とはいえ苗字にちゃんと告白してよかった、あのとき全部ごまかしたりしなくてよかったと、今更ながらに思えたのだった。