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ナスカ
2025-08-03 18:00:00
5754文字
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カラミティアンドアストロジャー 14
前回の続きです。
最初の深穴出現から一年半が過ぎたその日、喜ばしい報告が上がってきた。瘴気の源流が発見されたのである。
これに調査隊拠点は大盛り上がりとなり、すぐにでも叩きに向かうべしとの論が沸き上がった。
だがその場所が『ハイラル城の直下』と知れるや否や、その論は急激に萎んでしまった。それもそうだ。王族の聖なる居城に諸悪の根源がある。王になんと報告すべきか、調査隊も、取材に訪れたシロツメ新聞の記者たちも
……
アストルですらも頭を抱えた。
「報告すべきだと思います」
姫君の言葉に、その場の一同はどよめいた。それは、ゼルダが『ゼルダ』であることで生まれる大きな意味でもあった。
「申し訳ないことに、王がこの深穴と瘴気の問題に真剣に取り組んでいる様子は見られませんでした。しかし原因が城の直下にあるともなれば、顔色を変え、姿勢を改めることでしょう。まずはこの件を、私が王太子に報告致します」
無才の姫だと彼女を嘲笑する者はいなかった。厄災が『消滅した』と思っている人々にとって、封印の力があろうと無かろうと、目の前の姫が民と共に最前線で最善を尽くす人物であることに変わりはない。
「では姫殿下、王太子殿下への報告をお願い致します」
兵士たちの手前、アストルはゼルダを敬称のみで呼んだ。彼が姪と砕けた口調で語らうのは二人きりか、互いの素性を理解している者たちの前だけである。ゼルダの名誉のためにも、アストルはそうしていた。
「お任せください」
「
……
寂しくなります。姫殿下がいらっしゃったことで、とても助けられました故」
ゼルダのまじまじと観察するような目に、アストルは「何か、私の顔についてますか?」と訊ねた。何かを察知したプルアとミツバが「はいはい! みんな仕事に戻る!」「とっとと記事書くで!」とその場を解散させた。ゼルダはそれを見計らって、アストルを廊下近くの曲がり角へ連れて行った。暗がりの中には二人だけ。
「叔父様、最近元気がありません」
「働き過ぎだろうかな」
「彼がいないのでしょう?
……
ガノンさんが」
アストルは数回右へ左へ視線を泳がせる。ゼルダはムッとした顔でこちらを見つめてくるので、観念して「そうだ」と頷いた。
「彼ってば、叔父様を置いてどちらへ行ってしまったのでしょう!」
プンプンと怒りながらも、愛らしさはまるで欠けていない。その様子にクスリと笑いながら、アストルは答えた。
「仕方が無い。私は、恐らく呆れられたのだ。奴の望み通りに、振る舞えなかったから
……
」
「叔父様
……
」
そう、すべては自分がいけないのだ。殺してくれと頼み、絶望すれば殺すという条件を飲んでおきながら、いつまで経っても絶望しない。ガノンから見れば、自分は根っからの嘘つきだ。アストルにそんなつもりは毛頭なくとも、『そう見えてしまう』のは当然のことだろう。
「奴を恨んでくれるなよ、ゼルダ」
「叔父様を大切にされないなら、恨んでしまうかもしれません」
「はは、お前は優しいな」
昔のように、アストルは『星の天使』の手つきで姪の頭を撫でた。だがゼルダは少し不満そうだ。撫でられたことではなく、ガノンの不在に心を痛めているはずのアストルが凪いだ顔をしているのが気に食わないのだろう。
「少しは気持ちを顔に出せ、と思っているな?」
「だって
……
」
「お前の前で泣くなど、『天使』としての沽券に関わる。それを、親族だとわかったからといって崩すわけにはいかないのだよ」
「
……
お役に立てませんね」
ゼルダの翠瞳に、卑屈な『無才の姫』の色が滲む。今こうして尊敬の視線を集めていても、嘲笑された過去は消えない。それがどうしようもなく自分に似ていて、アストルは首を横に振った。
「そんなこと無いさ。お前が私のことを王太子殿下に取り次いでくれたんじゃないか。お前がいてくれたから、私はこうしていられるんだ」
アストルはそれ以上、ゼルダにどうこう言わなかった。ただ「地上への出立は見送っていくよ」とだけ言って、ゼルダを拠点内の部屋へ送り届けた。
✽✽
「ガノンドロフッ! 貴様、我が城の地下に何というものをッ!」
新聞を床に叩きつけ、王は美貌のゲルド王の霊に迫った。シロツメ新聞社が発行したその日の号外は、その重大さ故に直ぐ様ハイラル城へと届けられた。
『衝撃! 瘴気の原因は城の地下に!?』という大見出しの、高精細で本物そっくりな地底の『絵』が掲げられた新聞は王を怒りに駆り立てた。協力関係にあったはずの存在が、よもや自宅の地下深くに根付いていたとは。何より、自分が『使えない存在』として屁も同然と思っていた孫娘や不義の子が、英雄のように取り上げられているのがこの上なく不愉快だった。更に自分は『無視を決め込む王』『これが君主か』とこき下ろされ、挙句の果てに『退位、もしくは譲位を』とまで書かれる始末。
「おやおや、随分とやるじゃないかあのヴォーイ。アンタには勿体ない程出来の良い息子だ」
ガノンドロフは新聞を拾い上げ、完熟直前の橄欖色をした優美な指先で紙面に載るアストルの『絵』を撫でた。
「私のせいではない。大方、私の『身体』が悪さをしているんだろう。文句なら、私の身をここの地下に封じた初代ハイラル王に言うんだな」
「同じようなものだろう!
……
そうだ」
何やら思いついたらしく、王は急激に冷静さを取り戻した。卑劣な腐臭を感じる笑みを浮かべ、それを正義だと思い込んでいるのだから余計にたちが悪い。
「奴等はお前の身体をめがけてやって来るのだろう」
「まあ、そうでしょうね。原因がそれなら」
王が何を言おうとしているのか、ガノンドロフは瞬時に察した。彼は小汚さは醜いが、それこそガノンドロフが彼を気にいっている理由でもあった。目的のためなら手段を選ばない姿は、腹立たしさよりも潔さが際立って好ましい。
「先回りして、奴を
……
アストルを殺せ」
王の目には、狂気にも近い澱みがふわふわと旋回するように舞っていた。ガノンドロフは宙であぐらをかきながら頬杖をついて、ジッと王を見つめ返す。
「貴方、どうしてあんなに息子を毛嫌いしているの? 貴方も、息子に娘であってほしかったのかしら?」
「貴様には関係のないことだ。とっとと殺ってこい。奴の絶望する顔が見たいのだろう?」
「
……
そうね。彼の悲嘆に暮れる顔は、堪らなく艶があるでしょうからね」
ガノンドロフはそう告げ、くるりと宙返りをして、その瞬間には姿を消していた。
✽✽
城の直下へ向かうメンバーはアストルとプルアに加え、調査隊の兵士たちの中でも手練れの者が数名と、ミツバを中心とするシロツメ新聞社の取材班で組まれた。半ば責任者な立場となっていたアストルが同行することに反対の声もちらほらあったが、反対派は、拠点在留組のほんの一部。「ついてきてほしい」「ついていってあげてくれ」と頼む声のほうが多かったので、アストルは堂々とメンバーに入ることができた。
これですべてが解決に向かえば良い。そうすれば兵士たちも地上に戻ることができるし、地上で生活している人々も必要以上に怯えなくて済む。
そうすれば、また元のように本物の星を見ることができるのだ。そしてその隣には、ガノンがいてくれて
……
。
いや、奴はもう私の側にはいないんだった。彼は何処かに行ってしまった。どこにいるのかもわからない。気配すら感じない。今はただ、目の前のすべきことを成し遂げるまで。
そうすれば、何もかも終えた自分は絶望するだろう。
城の方面へ向かうにつれて、瘴気はその濃さを増していった。よくぞそこまで向かっていったものだと、アストルは未だ名乗らぬ原因発見の報告をした者を心の内で称賛した。発見者は匿名で情報を上げてくれたので、余程名誉に対して欲が無いのだろう。
「この辺りから、城の直下になるわね」
板状の物体に拡大縮小可能な地図を浮かべながらプルアは言った。
「何が出るかわからないわ。ひとまず、危険るょう」
それは正規訓練を受けた兵士だけでなく、記者などの一般人もいる状況を踏まえての判断だった。
城の真下は遺跡のようになっており、古代文明の香りが漂ってくる。もしもここにゼルダがいれば、そしてこんなタイミングで無ければ
……
さぞ目を輝かせて喜んだであろう。
プルアの懸念とは正反対に、魔物の類は一切現れなかった。その代わりに、息が苦しくなるほど濃い瘴気が空気中を支配する。光の根の効果もここまで届かない。アストルは天球儀を輝かせたが、周囲を照らすばかりで空気の浄化まではできなかった。ガノンが側にいれば助かるのに、と苦々しい気持ちになる。布で口元を覆い、這う姿勢を取りながらも相当つらい。
「ッ
……
自分、流石に、これ以上はッ
……
!」
「わかりました、戻って下さい。大丈夫、来た道を引き返すだけです。落ち着くように」
根を上げる兵士たちを、アストルは非難することなく、生きて戻れるようにと声をかけた。一人、また一人と減っていく中でも、怯まず進み続けた。
「プルア女史、大丈夫ですか?」
「アタシは、まあ
……
平気。けどアストル、アンタは?」
「私も平気ですよ。ミツバさんも、無理しないでくださいね」
「瘴気が怖くて取材できへんなんて、記者の風上にも置けへんわ!」
三人の他に残ったのは、以前アストルを助けてくれたポール曹長ただ一人だった。初対面では若さにばかり目が行ったが、瘴気に負けず歩みを進めているのを見るに、実力は相当なものらしい。
やがて、大きく開けた空間に出た。狭苦しい洞窟では呼吸もやっとだったが、広さのお陰で余裕が出てくる。
見上げるほど巨大な壁画がそのまま壁の役割を果たしているが、それが何を示しているのかその場の誰にもわからなかった。そしてその先の洞穴から、更に彩度と濃度を強めた瘴気が漂ってくるのが見えた。
「
……
アレやろか?」
「恐らくね」
「私が先行しますので、皆さん、続いて下さい」
アストルを一番前に、ポール、プルア、ミツバと続く。暗がりなので天球儀の光を灯し、足下の安全性を確保した。肩にスレスレで、今にも引っかかりそうなほど狭い階段を、一段一段降りていく。
やがて階段の終わりが見える。その先に何があるのか、アストルは目を凝らして闇の中を覗き込む。ただ暗いだけでない、底なしの執念から来る、ドブのような深い黒さがあった。
「
……
?」
背中を仰け反らせて、かつて瞳があったらしい眼孔は遥か上にあるハイラル城を睨んでいるかのようだ。カラカラに乾ききった身体は見るも悲惨で、腕や首元を飾る宝飾品がかつての身分を物語る。
「ミイラですね」
「ポール、知っているのか?」
「砂漠ではごく一般的な、死体の加工技術のことです。と言っても、この場合生きたまま乾燥してしまったようにも見えますが
……
」
その解説が終わるや否や、ミイラからズルリと瘴気の塊が飛び出した。そこから脱皮する蝶の如く、美貌のゲルドが姿を現す。
「ッ!」
「本当に来てくれたわね、ハイリアのヴォーイ!」
迫る刃に硬直していると、スイッと体が後ろに持っていかれた。ポールがアストルの両肩を掴み、僅かに後退させていたのだ。その脇をポールは潜り抜け、背負っていた剣を引き抜きてガノンドロフの凶刃を受け止めた。
「あら、もうひとりヴォーイが?
……
いや」
ガノンドロフは目を細め、正体を探った。その隙にポールはなんとか押し返し、「逃げて下さい!」と叫んだ。
「だがお前は」
「いいから早く!」
アストルはポールと来た道を交互に見て、降りてきた階段に背を向けた。
「ちょっとアストルさん、何考えてるんですか!」
「ここまで来た意味が無くなる!」
「本当に勇敢なのねぇ、アストル」
ぷるんとした唇に痺れるほど妖艶な笑みを浮かべ、ガノンドロフはひとっ飛びでアストルに迫る。ポールには目もくれない。だがその瞬間、ポールは膝から崩れ落ち、その背中から甲冑を纏った巨体が飛び上がってきた。それは棒高跳びでもするかのように海老反りになってアストルの元まで飛んでいき、三叉の矛をガノンドロフの肩口へ突き刺した。「グッ
……
!」と無様な呻きが、ガノンドロフの口から漏れる。
「アストルを殺すのは、我だ」
「貴様ッ
……
!」
アストルは腰を抜かし、その場に座り込んだ。目の前にいるのは、ガノンだ。ポールの中にその身を潜ませていたのだ。
つまり、離れてなどいなかった。ずっと近くにいてくれていたのだ。
それなのに、勝手に『飽きられた』などと思っていたなど、なんて恥ずかしいことだろう。
「ガノンッ
……
」
「アストル、何とも無いか」
「私は、私は平気だ! ガノン、私はッ
……
」
「ならば結構。そこの兵士と共に、早いところ逃げろ」
「だがお前は」
「我は厄災だ。落盤しようと、潰される身体が無いからな。なに、すぐに戻る」
そう言ってガノンは、ガノンドロフとの一対一の戦いを続行した。ポールと逃げろと言われても、憑依されていた反動でポールは突っ伏したまま動かない。若い同性を運べるほどアストルは屈強ではないし、結局また迷うばかりだ。
「どうせそのヴォーイは裏切るぞ、ガノン!」
「黙れ! 我がどうしようが、貴様には関係ない!」
アストル程度ではどうすることもできない、目にも留まらぬ応酬が続いた。
まだ彼は自分に何かを見出しているのだろうか。何を以てして自分は彼に報いれるのだろうか。絶望するだけで、良いのだろうか。それまで待ってもらうしかないのが、もどかしい。
「貰ったぞ、不肖の子孫!」
「ッ
……
!」
その一言に、アストルは震える脚に無理を言わせて立ち上がる。
彼は、これまで何度も自分を守ってくれた。ならば、その恩を返すのが筋というもの。いや、それだけではない。アストルは、ただガノンを守りたかった。本当にそれだけだった。
魔王と厄災の間に立ち塞がると、瘴気で出来た刃が腹を貫く。それを見たガノンの顔に、アストルは何故か安心してしまった。
お前も、そんな顔をするのだな。私を見て、そんな顔をしてくれるのだな。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
続く
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