むかいえ
2025-08-03 15:27:15
4672文字
Public シャアム
 

女神はもうすぐ微笑む

『女神はまだ微笑まない』の女体化版。一部内容は一緒で展開が違う。Z軸で宇宙に上がったパターンのシャアム♀(未満)。勝利の女神扱いされてる。

「我々には勝利の女神がついているからね」

 ふふん、とまるで自慢するようにクワトロが言い放つその文言は、もはや彼の常套句となっていた。そうなるほど何かにつけて言っている。主に作戦立案などの会議の度に聞く。

 こちらは地球から宇宙に戻ったカミーユ・ビダンである。現在地はアーガマ。図らずも降り立った地球から、紆余曲折を経て宇宙の戦艦まで舞い戻っていた。
 とても悲しい別れはあったけれど、カミーユの精神はどうにかこうにか持ち直している。立役者は再会した幼馴染のファと、同じニュータイプとして悲しみに寄り添ってくれたアムロだ。ーーそう、アムロ・レイだ。
 連邦の白い悪魔と恐れられていたガンダムの乗り手。ファーストニュータイプ。女性であることは知っていたが、実際に会ったアムロは20歳を越えているとは思えないほど幼さが残る面立ちの人だった。ティーンエージャーと言われても納得しそうである。しかし垣間見えるパイロットとしての技量の高さは伝説と謳われるそのものだ。それでいて本人は腕は落ちたなどと言うものだから思わず笑ってしまう。
 さて、話を戻して。そんな彼女は、なんとカミーユたちと共に宇宙に上がってくれたのである。
 以来、クワトロ・バジーナは喜色満面だ。傍目に見てもわかるほど浮き足立っている。アムロと再会した時から何かと因縁めいた空気を感じたり、宇宙へ上がる話を持ちかけていたことはカミーユも知っていたので、然もありなん。余程嬉しいようだった。こんなクワトロは彼も初めて見る。

 クワトロはアムロがアーガマに着艦してすぐにブライト艦長へ報告し、かつてのホワイトベースクルー二人の感動的な再会もそこそこに、さっそく彼女を連れ回していた。名目上は艦内の案内だったが、あれはどう見ても船員たちにアムロを見せびらかしていたように思う。
 ……それに、なんだか二人の距離が近い。主にクワトロが、まるで恋人でも紹介するかのように彼女の肩や腰を抱くのである。アムロはさり気なく手を外しては一歩遠ざかっているのだが、クワトロに磁石のように引き寄せられては結局彼の隣に収まっていた。最後の方では諦めた表情をしていたのが印象に残っている。
 その辺りの無言の攻防で、察しの良い者は二人の関係をなんとなく把握していた。特にブライトは頭が痛そうだった。距離の近い二人を訝しむ船員たちからそれとなく聞かれるからだろう。

「知るか!俺はいつまでもアムロの保護者じゃないんだぞ!男女のことなど本人たちでどうにかしてくれ!」

 とは、眉間に皺を寄せたブライトの返答である。
 アムロとクワトローーもとい、かつて一年戦争での宿敵と言えるシャア・アズナブルとの敵同士ではない再会は、彼らの関係をより複雑なものにしていたらしい。しかし二人で何か話して落とし所でも見つけたのか、アムロの表情は出会った当初よりすっきりしていて憑き物が落ちたようだった。詳しい事情はカミーユも知らない。ただ彼らから感じる思惟が落ち着いたものになったことに安心している。
 男女の仲、と表すには色気も何もなく……好敵手と呼ぶには、些か距離は近いけれど。

 そんなこんながあったものの、アーガマは順調に航路を進めていた。幾らかの戦闘もあったが、アムロという戦力増加のおかげで勝率は高い。たった一人のパイロット加入で?と思うが、その一人が歴代二位の撃墜数を誇る一年戦争の英雄なのだから当然と言えよう。実際、同じ戦場に味方としてあのアムロ・レイがいる、という事実だけで味方の士気も上がっていた。
 ーーそういった経緯から『勝利の女神』などと言われ始めたわけである。もちろん言い出したのはクワトロだった。

「まあどうにかなるだろう。我々には勝利の女神がついているのだから」
「おや、我々の勝利の女神を忘れてもらっては困るな」
「安心したまえ、今そちらに勝利の女神が向かっている!」

 などと、くどいくらいに言い続けている。普通に戦闘中に回線を通じて言うこともある。……だが、それが効果的なものだから、誰も止めないのだろう。
 勝利の女神がいる。アムロが駆け付けてくれる。そう聞くだけで安心感が違うのである。彼女が来てくれるならもう大丈夫、あと少し踏ん張ればいい、ここを死守してみせる。そんな風に思えてしまう。
 もちろん、戦場に絶対なんてものはない。いくらアムロでも全てを守り切ったり、全ての敵を薙ぎ倒したりなんてできないと知っている。それでも彼女は今やアーガマにとって、確かに勝利の女神で、勇気をくれる象徴で、幸運の御守りのようなものとなっていた。

……あなたのせいだぞ」
「ふ、くくっ、そうか、ブライトがな
「うううっ、くそ、笑うな!」

 艦内のフリールームで並んで話をしている二人を見かけたのは偶然だった。なにやらアムロが怒っていて、クワトロが口元を隠して笑っている。険悪な空気ではないものの何の話をしているのか気になり、カミーユは二人に近付く。

「クワトロ大尉。アムロさん。何かあったんですか?」
「カミーユ……君は、私のことを『勝利の女神』なんて呼ばないよな?」
「え?……あ〜〜

 縋るような眼差しでアムロがカミーユを見た。出てきた名称だけで概ね察する。

「くっアムロくんはな、ついにブライトからも『勝利の女神』認定を受けたのだよ」
「認定ですか?」
「あんなッあんなクサいこと言う奴だったか!?ブライトぉ!何が『お前はホワイトベースにいた時から俺たちの勝利の女神だったよ』だ!!」
「あ、ああ〜〜……

 カミーユはうんうんと頷いた。わかります艦長、と全肯定だ。当時のホワイトベースの資料を調べに調べたことがある彼にはブライトの気持ちがよくわかる。ホワイトベースが沈むその日までガンダムを駆り、守り抜いてみせたアムロは正しく勝利の女神だっただろう。

 鳥肌でも立ったように両腕を摩りながら、しかしアムロの頬はほんのりと赤く染まっている。照れているのだ。伝え聞くに、ホワイトベースクルーだった二人はよく衝突していたらしいので、改めて正面から信頼を示されると気恥ずかしいのだろう。
 可愛らしい人だなあ、とカミーユは思った。エマたち大人の女性への憧れと同時に、ファに向けるような庇護欲に近いものも抱く。面立ちの幼さがあるからだろうか。
 そう考えていると、隣から不穏な思惟を感じ取った。先程まで笑っていたクワトロが、一転して面白くなさそうな雰囲気を醸し出している。急に機嫌が降下したのは……恐らく、アムロがブライトの言葉で予想以上に可愛らしく照れたからだろう。ーー要は嫉妬だ。アムロの方は今一つわからないが、クワトロが彼女へ向ける特別な感情は大きい。その中には、独占欲に近いものもあるようだった。

そもそも、『勝利の女神』なんてガラじゃないだろ。白い悪魔の方がまだ似合いだ」

 元赤い彗星の嫉妬に気付いているのかいないのか、顔の赤みが少し引いたアムロがそう続けた。

「いや、今の君には『勝利の女神』の方が似合っている。それに、もう定着してしまっているからな」
「それはあなたが!」
「そう、私が仕向けた」

 アムロがじろりとクワトロを睨め付ける。男は飄々としていた。
 彼女がやって来た当初、クワトロがやたらと『勝利の女神』を多用していたのは皆が知っている。それが人手・兵力共に不足していたこの艦の、負け戦になるかもしれないという仲間の不安を和らげるための方便として使っていたことも。アムロもそれはわかっていたから似合わないと恥じらいながらも受け入れていたのだろう。
 結局、アムロが真実『勝利の女神』となっていったことで、その名称も定着してしまったけれど。

「だからこのままアーガマに、ひいてはエゥーゴに微笑んでいてくれ、アムロ。今は、私たちのーー勝利の女神」

 するりとサングラスが外される。青い瞳がアムロを捉えている。
 うっすらと口元に笑みを浮かべて、唐突に、芝居掛かった仕草でクワトロがアムロの右手を取った。

「え?」
「は?」

 男の手のひらの中で、くるりとアムロの腕が反転する。曝け出されたのは白く細い手首だ。
 あっと思った時には、流麗な動きでその手首の内側に、彼の唇が寄せられる。無重力の中、ふわりと金の髪が揺れた。きらきらと輝くような美貌も相まって、どこぞの御伽話の王子様のようであった。
 ちゅ、と小さなリップ音が響く。
 手首へのキスはーー強い愛情と欲求、そして特別な感情を示す。昔、ファが教えてくれた雑学がカミーユの脳裏を過っていく。

そうしていつか、私だけに微笑んでほしい」
「ーーッ!」

 握ったままの手首を軽く引いて、クワトロは彼女を引き寄せると耳元で囁いた。まるで睦言のように甘く掠れた声は色っぽく、聞こえてしまっただけのカミーユすらも赤面してしまう。
 熱い、火傷しそうなほどに熱の籠った思惟を感じる。カミーユがこれまで感じたことのない、途方もなく大きな熱だ。彼がうっすら感じ取ってしまうくらいだから、直接向けられたアムロは大変な衝撃だろう。案の定、彼女は顔を真っ赤に染めていた。何かを言おうとして失敗したように、はくはくと口元だけが動いている。

「君をーーいや、今はやめておこう。失礼」

 ふ、と意味深に笑ったクワトロがパッと彼女の手を離した。そうしてサングラスを掛け直すと、一言断ってから去っていく。
 あっさりした退場に唖然とするのはこちらだ。残されたのは赤面したアムロと、とんでもない場面に出会してしまった哀れなカミーユだけである。

「う、嘘だ
「あの、アムロさん
「だって、こんな……敵意とかじゃないのか?」
「いや、あれどう見てもアムロさんのこと好きですよ」

 アーガマの皆が触れずにそっと目を逸らしていたところを、もう面倒になったカミーユはズバッと言い切った。目の前であれだけの感情を見せつけられて、これで「好敵手に向ける特別な感情です」は無い。ーーだって明らかに情欲が含まれていた。カミーユも年若い男なので、そのくらいの知識はあるのだ。

「ぼ、ぼくは……

 ぼく?急に変わった一人称に首を傾げる。両手で顔を覆って俯くアムロが、ぶつぶつと何事かを呟いていた。

「くそぉ、シャアシャアめ……言い逃げしてよしうん
「アムロさん?」
「ーー決めた。ごめんなカミーユ、なんか巻き込んで」
「えっ」

 アムロがパッと伏せていた顔を上げる。顔の赤みは引いているが、まだ耳が赤い。瞳も潤んだままだ。だが先程までとは異なり、迷いを断ち切ったような、何だか戦いに赴く兵士のような眼差しをしていた。

「なってやる……なってやるさ、あの人の勝利の女神にだって。それであの人の寂しさが埋まるなら」

 行ってくる!と一声残して、アムロも床を蹴って去っていく。クワトロが向かった方向へ。
 寂しさ?と発言に謎は増えたが、彼女もニュータイプだ。クワトロの思惟に直接触れて何かを感じたのかもしれない。
 結局その場に最後に残ったのはカミーユだけである。

「女の人って、強いな……えっと、つまり、これは………

 収まるところに収まる感じ?カミーユの声が静けさを取り戻したその場に響く。
 古来より、なんだかんだ腹を決めた女はたくましいものなのだ。