焼けたせいでりょうまのところまで運ばれたところからの記憶しかないバグむつ、りょうまの刀である自認はあるけどさかもとの家の刀だったことは覚えてない。まだ駆け出しで戦力もそこそこ程度の本丸で、脇差が欲しかった主がシールで迎えたのがひぜん。顔を合わせて「てめえかよ、むつのかみ」と言われるけど「会うたことがあるがか?」と返し、ひぜんは驚いた顔をしたが事情を聞いて「そうか」と言うだけで、どういう縁があったのかとかは言わないままだった。そのあとむつが話しかけても「おれのことは放っておけ」とか言うだけでろくな会話もしない。「感じ悪いやつじゃのう」とむつはむっとして、第一印象最悪のまま終わった。新入りの指導係を任されているむつは、そのあともひぜんに色々教えたりしたが、必要事項は聞くもののそれ以外の会話にはまったくのってこず、ろくな返事もしない。「斬ればいいんだろ、仕事はする」と取りつく島もない感じで、むつがそれなりに気を遣って茶などに誘っても「いらねえ」と断ってくる。周りとも打ち解けようとする様子もなく、荒々しい口調もあり刺々しい雰囲気だった。「わしはどうもあいつのこと好きになれん」と仲のいいものにこぼすほどに、むつにとってひぜんの印象は最悪なままだった。
「仕事はする」と言っているだけあり、ひぜんは戦闘でよく斬った。ある程度場数を踏んで慣れてきたら、誉をよく取るほどに秀でていた。しかし、主に褒められてもまったく喜ぶ様子はない。むしろ嫌がるくらいの態度をしていて、「なんじゃあ、あいつ」とむつは顔をしかめて見ていた。
そんなある日、ひぜんが隊長に抜擢された。他の面子は短刀で、「お前の裁量に任せる。無理だというところで引き返して構わない」と主は言い、ひぜんもそれに頷きはした、はずだった。だが、帰ってきた部隊はひぜんが重傷、他の短刀は中傷という有り様だった。力の差のあるボス敵に挑み何とか倒したものの、ほぼ壊滅状態になったらしい。手入れに時間がかかる状態のひぜんは札を使われ、入れ替わりに短刀たちが手入れ部屋に入れられたところで、むつはひぜんに詰め寄った。
「隊長に選ばれて調子に乗ったか?皆を無事に帰すのが隊長の役目じゃ、功を急いで無茶をさせるなんぞもってのほかじゃ。おまんがひとりで折れるんなら何も構わん、強い敵を斬りたいなら勝手に挑めばえい。だが、他のもんを巻き込むな!」
むつの叱責に、ひぜんは「…そうだな、その通りだ。おれに隊長は務まらねえ。そう言っておいてくれ」とだけ言い、部屋へさがっていった。反論こそされなかったがどう考えているのかもわからない態度に、むつは腹が煮えくり返るようだったが、この状況で諍いを起こすわけにもいかず耐えた。
やがて短刀たちも手入れが終わって出てきて、むつが「よう頑張った、あんな隊長でひどい目に合ったのう」と言うと、ごこたいが「違うんです、僕のせいなんです…!」と目に涙をためて言った。
ボス敵との実力差は一目瞭然、ここまでの戦いで疲弊している身では勝ちは薄い。ひぜんは「撤退するぞ」と告げたそうだ。けれど、ごこたいが「でも、あの敵、太刀を持ってるみたいです。もしかしたら、いちにいかもしれない…!」と言った。この本丸にまだいちごはいない。あわたぐちは皆いちごがやってくるのを心待ちにしている。この部隊の他の短刀たちも皆あわたぐちで、ごこたいの言葉に「いちにい…」と揺れた。ひぜんは「……兄か…」と呟いたあと、「おれが突っ込んで仕留める。おまえたちは援護に回れ。もし、おれがやられたら、そのときはおれを置いて戻り、助けを呼びにいけ。わかったな」と告げ、進軍した。その結果が、これだ。
「ひぜんさんは撤退しようとちゃんと言ったんです。なのに、僕が、余計なことを言ったから、敵が持ってた太刀はいちにいじゃなかったのに、僕が、僕が悪いんです、ひぜんさんのせいじゃないです…!」
耐えきれずに泣き出してしまったごこたいをなだめながら、むつは先程のひぜんを思い出していた。むつの的はずれな叱責に、何も言い返さなかった。そのことに、胸が痛んだ。いくら普段の態度が悪いからといって、謂れのない謗りを言っていいわけがない。
むつが部屋へ訪れ、外から呼ぶと、ひぜんは戸を開けて出てきた。ごこたいから話を聞いたことを告げ、むつが「すまんかった」と詫びると、ひぜんは「謝るようなことじゃねえ」と言った。
「あいつが何を言ったにしろ、進軍を決めたのはおれだ。太刀だっていちごひとふりじゃなかった。おれが判断を誤ったことには違いない。責められるべきはおれだ。だから、おまえが謝るようなことじゃねえ。おれのことなんざ気にするな、構わなくていい」
ひぜんはそう言うと戸を閉め、そのあとはいくら呼んでももう出てこなかった。「おれのことなんか構わなくていい」と、ひぜんはよく言う。それを聞くたびに「協調性がない」と憤っていたが、思っていたのと違う意味で言っていたのかもしれない。初めてそう思った。
その後しばらく、部隊はむつが隊長でひぜんと短刀たちという編成で回るようになった。「むつのかみがお手本で、隊長としての役回りを学ばせてやってくれ」という主のお達しだ。ひぜんは「おれに隊長は務まらねえから無駄だよ」とは言っていたが、出陣を命じられれば渋ることもなく出てきた。
むつはひぜんに悪い印象ばかり持っていたから、戦闘が一緒になるときもそんなに注視したことはなかった。改めて戦うひぜんをしっかり見たが、太刀筋は美しく正確に敵を斬り、見事な戦いぶりだった。けれど、斬った後のひぜんはやりきった喜びのようなものは欠片もなく、むしろ苦しそうに見える。そんな顔をしているなんて、まったく気づかなかった。誉をとり褒められても喜ぶ様子を見せなかった理由がのぞいているようだった。そんなある日、ひぜんが縁側の片隅でうたた寝しているのを見つけた。珍しいこともあるものだ。こんなところで寝ていたら身体を痛めてしまう、起こしてやろうとむつは近づいた。気配に敏くぴりぴりしているひぜんのことだ、近づけば勝手に起きるだろう。そう思っていたのに、意外にもひぜんは目を覚まさなかった。しゃがみこんで眺めた寝顔は、険が薄れ穏やかだ。いつもこんな顔をしていればいいのに。そんなことを思い、自分でも驚いた。
「ひぜん、起きい。こがあなとこで寝てたらいかんぜよ」
むつが揺すると、ひぜんは小さく呟いたあと、目を開けた。数度瞬きしたあといつもの表情に変わり、「…悪い」とだけ言うと立ち上がり、去っていった。その後ろ姿を、むつはただ見つめていた。初めて会ったときに「てめえかよ、むつのかみ」と言われたことを思い出す。目を覚ます直前、小さな声でひぜんは、「よしゆき」と確かに言った。
いけすかない相手の来歴など見る気もせん、と今まで知ろうともしなかった。むつはひぜんの資料を初めて確認した。さかもとの家で家宝として大切にされていたこと、りょうまが家を出るときに持ち出され、受け渡され、人を斬り、折れ、打ち直され、人を斬り、行方も定かでなくなったこと、さかもとの家ではむつのかみよしゆきと共に所蔵されていた時期があるということ。
むつの記憶は、思い出せないのではなく欠けて失われている。顕現当初に「逸話が少ないのは存在に影響があるのでは」と心配した主が色々検査してくれて、ないものを取り戻すことは不可能だが存在が揺らぐこともない、という結果が出た。むつとしてはりょうまに持たれた記憶さえあれば十分だったので特に気にしていなかったが、さかもとの家でひぜんただひろとむつのかみよしゆきには交流があったのだ。ひぜんは無論そのことを覚えている、けれど口にはしない。言っても仕方ないことだと思っているのだろう。むつとしても、もし聞かされたところで「誰かの思い出」としてしかとらえられないだろう。だから問い質すつもりもないし、他の同位体に話を聞くつもりもない。ただ、どうにもやるせない思いだけが翳りを落とした。
宝物だったのが拵えを剥がされ人を斬る道具になり傷だらけになり折れて打ち直され姿を変えられ、それでもひぜんは人が呼ぶ声に応えた。人の紡いだ歴史を守るために剣を振るい、敵を斬る。苦しくとも辛くとも、それが成すべきことだと、人に寄り添って在る。そこにどれだけの想いがあるのか、むつは今まで見ようともしなかった。周りを遠ざけひとりきりでいようとすることの意味も、考えようともしなかった。来歴を見ただけですべてをわかったような気になるつもりはない。ただ、ひぜんただひろという刀は優しく、悲しく、そして、美しい刀だ。そう感じた。
むつはひぜんのことを見つめるようになった。ひぜんがいると、つい目で追ってしまう。何をしているのか、どう思ってそうしているのか、気になって仕方ない。そうしているのが、ひぜんに気づかれないわけがなかった。
「監視のつもりか」
たまたまふたりだけになったときに、とうとうひぜんにそう言われてしまった。
「見張ってなくても、仕事はきちんとする。もう判断は違えない、この本丸の不利益になるような真似は二度としない。おれなんかにおまえの時間を割く必要はねえよ」
淡々と紡がれる言葉に、むつは「違う」と首を振った。
「そがなつもりやない、わしは、ただ、おまんを見たいだけ、それだけじゃ」
「は? おれなんかを見たいって、どういうつもりだ」
「おまんは、美しい刀じゃ」
むつの言葉に、ひぜんは目を見開いた。
「おまえ、思い出したのか? いや、本当は全部覚えてて、おれをからかってやがったのか」
ひぜんは血相を変えて食ってかかってくる。
「さかもとの家のことじゃったら、わしには欠けて失われてるもんじゃ。思い出すなんてこと出来やせん。疑うなら主に聞いとうせ、検査の結果も持っちゅうき」
「じゃあ、何だっていうんだ。こんなおれに、美しいとかどういうつもりで」
「言葉のままじゃ。おまんの来歴だけは見た。折れて打ち直され傷だらけになって、それでもおまんは人の呼ぶ声に応えた。人に寄り添い、守るために斬る。そん姿が、美しいと思うた。おまんの心が、志が、たまらなく美しゅうて」
その言葉は自然に転げ落ちた。
「わしは、おんしが愛おしい」
それを聞いたひぜんは、ひゅっと息を飲んだ。
「おれは、おれはもう昔のおれじゃねえ。家宝にされてたときとは違う、ボロボロで傷だらけの成れの果てだ、そんなこと言われる筋合いはねえ」
「だからわしは昔のおんしなど知らん! おんしが昔どんなじゃったかなんて、そがなことはどうでもえいし、関係ない。今、目の前にいるおんしを、わしは美しいと思うた。愛おしいと感じた。それだけじゃ」
「なんだよ、なんだ、それ……」
ひぜんは目を見開き、声を震わせる。
「おまえは、このおれでも、そんなことを言うのか。こんなおれでも、いいって言うのか…」
「何べん言わす。わしは、おんしがえい。今のこのおんしがえい、それだけのことじゃあ」
ひぜんの見開いた目から、ぽたり、ぽたりと雫がこぼれ落ちる。うつむき声を圧し殺すひぜんを、むつは抱きしめた。ひぜんの身体はむつの腕と胸にすっかりおさまってしまう。それが嬉しかった。この美しい魂をすべてから守れる、そんな心持ちがした。
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