三崎
2025-08-03 12:19:54
18993文字
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また来年も、みんなで

SUPER COMIC CITY VEGA2025の無配ポストカードのチャ6七夕兼夏祭り話です。

 チャティはいつも、古いアーカイブで見つけた不思議なイベントを私に教えてくれる。今日は七夕というものだった。
 オリヒメとヒコボシという離れ離れになった恋人たちの昔話を背景に、笹の葉というものに紙細工の飾りや願いを書いた短冊をかけ、それが叶うことを祈るというイベントらしい。
「ルビコンには笹の葉は自生していないが……針葉樹の枝で代用してもいいし、レプリカを作ってもいい。かなり近しいことが出来るだろう」
 チャティはそう言って、前日である七月六日から七日にかけて遊びに来ないかと私を誘ってくれた。
「七夕のイベントでは、花火を上げることもあるらしい。花火は用意したから、一緒に七夕をしよう」
 そう誘われて断る理由もなく、私は約束の日を待つことにした。短冊に書く願い事を考えてこいという宿題に、うんうんと頭を悩ませながら。


「叶う叶わないはさておいて、好きに書くのが良いと思います」
「うーん……
 机の上で頭を悩ませている私に、エアがアドバイスをくれた。こういうのは気持ちですからね、そう言うエアの言葉は、確かにその通りなのだろう。でも、考えれば考えるほど、何を書けば良いのか悩んでしまう。考えが煮詰まっているのを見かねてか、エアが私に尋ねた。
……レイヴン、私の願いも短冊に書いてもらえませんか?」
「いい、よ。なんて、書けばいい?」
「ふふ……では――
 エアが教えてくれた願い事は、少し照れくさかったけれど、とても嬉しい願い事だった。願いを言葉にして飾るのは、自分だけでなく、誰かを嬉しくさせることでもあるのかも知れない。
 エアの願いをメモに書きとめたあと、私はウォルターにも願い事がないか尋ねることにした。きっとウォルターにも、こういう時に祈りたい、ささやかな願いがあるような気がして。


 そして、七月六日。約束通り私はウォルターと共にグリッド086を訪れた。
「よう、ビジターさん。ハンドラーさんも、いらっしゃい」
「急に邪魔して悪いな」
「こんにちは。おじゃま、します」
 いつもガレージにいるモヒカン頭のドーザーに挨拶をすると、すぐにチャティもやって来た。
「ビジター、ハンドラーもよく来てくれた。ハンドラー、ボスはいつもの作業場にいる。案内しよう」
「ああ、よろしく頼む」
 ウォルターもグリッド086の勝手は知っているけれど、チャティにエスコートされた方が安全なのは間違いない。私もカーラに挨拶はしておきたかったから、一緒に作業場へ向かった。
 ウォルターに願い事を聞きに行った時、最初ウォルターは「俺はいい」と言って断ってきた。せっかくだし、代わりに私が短冊に書くから、と言っても、なかなか首を縦には振らなかった。願い事を見られたくないのかも知れません、エアにそう囁かれ、なるほどそうかと気付き、私は別の誘い方をすることにした。一緒にグリッド086の七夕のイベントについてきて欲しい、と。
 たまたまカーラに用事があったからなのか、その誘いにウォルターは渋々頷いて、一緒に行くことに同意してくれたのだった。
「やあ、ビジター。ウォルターも珍しいね、うちのお祭り騒ぎに参加しようなんてさ」
……たまにはな。少しばかり仕事の相談事もある」
「おや、そうかい。素直じゃないねえ。じゃあ、私らはあっちで話すとしようか。あんたたちは準備があるんだろ? 行っておいで」
「そうしよう。では、ハンドラー、ゆっくりしていってくれ」
「ああ。チャティ、案内ありがとう」
「じゃあ、ウォルター……、また、あとで」
 忙しなく挨拶を済ませ、私とチャティは早速、明日の準備をしているという作業室へと向かうことにした。
「ハンドラーにも、後で短冊を持っていくとしよう」
「ああ、ありがとう」
 道すがらチャティがそう言ってくれ、私はほっとした。見られながらだと書いてくれない気がするから、チャティのその提案はありがたい。
 とてとて作業場まで向かう途中、チャティが今日のうちにしておきたいことを私に話してくれた。どうやら、七月七日当日には、七夕の飾りは燃やしてしまうものらしい。出来るだけ長く楽しむには、事前準備が大事だという。
「燃やすことを考えて、レプリカではなく近くで採れる針葉樹を使うことにした。で、紙細工なんだが……一緒に作ったほうが〝笑える〟と思ってな。材料だけ準備してある」
「見せて、もらった飾り……綺麗、だった。作れるなら、やって、みたいな」
「作り方は任せてくれ。たっぷり練習したからな」
「練習?」
 聞き返した私には答えず、チャティは突き当りの廊下を曲がって、つい、と廊下の先を指さした。
「あ! あれ……!」
 チャティが指さした廊下には、至るところに七夕飾り……のようなものがいくつも飾られていた。チャティに送ってもらったアーカイブの写真とは違う植物だが、飾られているのは写真と同じ紙細工だ。何枚もの短冊も一緒に吊るされている。
「あ……これ、RaDのみんなの……?」
「ああ、練習がてら作ったら、あいつら、好き勝手に願い事を書いていってな」
 色とりどりの短冊には、ドーザーたちの思い思いの願い事が書かれている。面白おかしいハプニングが起きて欲しいとか、タンクいっぱいのコーラルが見つかって欲しいとか、ボスに百回褒められたいとか、そんな楽しい願い。
 時折笑ってしまいながら短冊を眺めていると、チャティがぽつりと漏らした。
「飾りが賑やかになったのは良いが……
 ドーザーたちに短冊を飾られすぎ、飾りが一つでは足りなくなってしまったらしい。笹の葉の代わりに使った針葉樹の枝は、グリッド086の近くの樹林に行けばいくらでも落ちているから、入手するには困らない。ドーザーたちはこぞって枝葉を持ち込み、短冊を吊るし――そして、紙細工の飾りが足りず、チャティが大量の飾りを作らされて大忙しになってしまったのだという。
「まあ、手伝ってくれるヤツがいるから、まだマシだったがな」
「手伝い……
 ラミーは不器用そうだし、手伝ってくれそうな誰かといえば、思い当たるのは一人しかいない。
「おや、ご友人! ごきげんよう」
 私たちの様子を背後から伺っていたかのようなタイミングで現れたブルートゥは、上機嫌で挨拶をしてくれた。多分、手伝ったのはブルートゥだろう。
「こんにちは……ブルートゥ、も、願い事、した?」
「ええ、もちろん。こちらに吊るしておりますよ」
 なんて書いたのかな、とブルートゥが指さした黄色い短冊を手に取ろうと手を伸ばした。のだけど……
「あっ」
 短冊にふれる寸前、チャティの手が短冊を奪い取り、手の中でぐしゃぐしゃにしてしまった。チャティは怖い顔をしている。
……だめだ、ビジター。こいつの願い事なんて見せられない」
「私のささやかな願いをむしり取るとは……ちょっと横暴すぎるのでは?」
……これのどこが〝ささやかな願い〟だ」
「ふふ……私なりにささやかな願いを書いたのですが」
 私に見せられない願い。見てみたいような、見たくないような……
「せっかく飾り付けを手伝ったというのに、つれないですね。まあいいでしょう。他の飾りにも同じ願い事を吊るしてありますから」
……
「ふふ、冗談ですよ」
 チャティに睨みつけられて、ブルートゥが両手を上げて降参のポーズを取る。仲が良いのか悪いのか、二人のことはよくわからない。せっかくの年に一度のイベントだし、仲良くすれば良いのに。
「では、私はこれで。お二人がどんな願いを短冊に書くのか、楽しみにしております」
……
……
 ブルートゥは丁寧なお辞儀をすると、出てきた時と同じく、さっとどこかへ行ってしまった。ブルートゥは、少しだけ気になることを言っていた。お二人が、ということは。
……チャティ、も、まだ、短冊、書いてない、のか」
「ああ。一緒に書きたい……と思ったのもあるが、正直、何を書いていいのか迷っていてな」
 お前に宿題を出しておいてなんだが、願いを決めるというのは難しいな。そう、チャティはバツが悪そうに言う。
……わたしも、まだ、迷ってるんだ。願い事」
「そうか。じゃあ、飾りを作りながら、一緒に考えるとしよう」
「ああ。そうして、くれたら、助かる……
 作業場まで歩きながら、今まで考えていた願い事を思い出す。みんなが元気でいて欲しい、とか、これからも怪我なく帰還出来ますように、とか、チャティと……ずっと一緒にいたい、とか。短冊を何枚書いてもいい、と言われたらそうかも知れない。でも、それはちょっとズルい気がして、なんとか一つに絞りたかった。
「チャティ、は……どんな、願い事、考えてた、んだ?」
……そうだな、RaDがもっと儲かりますように、とか、ボスにいいアイデアが浮かびますように、とか……もちろん、お前と……その……
 口ごもったチャティの様子から、似たようなことを考えていたらしいことはなんとなくわかった。隣でくすくす笑っていると、チャティがむっとした顔になる。
……笑わなくてもいいだろう」
「ふふ、だって……わたしも、同じような、こと、考えてた、から、嬉しくて」
……そうか」
 からかって笑っていた訳ではないと知って、チャティはふっと微笑んだ。きみの願いを馬鹿にして笑うなんて、私がする訳がないのに。
「少し、わがままに、なったかも。願い事、たくさん、浮かぶ……
「いいことだと思うぞ。わがままな方が、きっとハンドラーも喜ぶ」
「そう、かな……
 いつか、普通の人生を送って欲しい、とウォルターは言う。わがままな方が、〝普通〟なんだろうか。ウォルターは優しい人だから、あまり困らせたくはない。滅多に怒られたことはないけれど、困らせたことは……結構、ある気がする。
「誰かのわがままを叶えるのも楽しいものだ。俺にもわがままを言っていいんだぞ、ビジター」
「う……考えて、おく」
「そうしてくれ。そうでないと、俺からもわがままを言い辛いからな」
「それは……ちょっと、ズルい、んじゃ……
 私がそう言うと、チャティはふっと笑った。ズルいとわかっていて言っているのだろう。チャティはたまに意地悪を言う。嫌じゃないくらいの、かわいい意地悪だけれど。
「さ、作業場はすぐそこだ。忙しくなるぞ、ビジター」
「もう……
 はぐらかされはしたものの、やることが山積みなのは間違いない。チャティが扉を開けると、そこには一際立派な針葉樹の枝葉と、色とりどりの紙が机の上に置かれていた。


「うーん……難しい、な……
 細かい作業は苦手だ。細い棒状に切られた紙をくるりと輪にして、鎖のようにつなげていく。紙が変なふうにくっついてしまったり、のりがついたまま紙を落としてしまったり。長い冷凍睡眠から目覚めてすぐ、手を動かす訓練をしていた時のことを思い出す。あれもなかなかうまくいかなかった。あの時は一人、部屋で黙々とブロックを積んだり、ボールを握ったりしていて、思い返せばかなり孤独な時間だった。けれど、今は一人じゃない。チャティは失敗したら直すのを手伝ってくれるし、ああでもないこうでもないと紙とじゃれあう時間は楽しかった。正方形の紙を折って作る人形や、折った紙を切って作る紙細工、どれも難しいものだったけれど、不格好ながらそれなりのものが出来上がった。
 枝葉にそれらを飾って、フィーカとクッキーで休憩しながら、私たちはいよいよ、短冊に書く願い事について相談することにした。
「いっそ、一枚にたくさん願い事を書くのはどうだ?」
「それは、ちょっと……小さい字、書くの……苦手だし」
「そうか……では、なんとか一つに絞るとしよう」
 チャティは大きな白い紙を取り出して、ペンを握った。
「ボスがよくやっているんだ。行き詰まった時は、書き出すと整理しやすいらしい」
「なる、ほど」
 確かに、考えているうちに頭の中がごちゃごちゃになって、くらくらしてくるような私には、特にぴったりな方法だ。チャティは今まで話に出た願い事を順番に紙に書いていった。ずらりと並んだ願い事の数々。これから一つに決めるなんて、出来るんだろうか。
「ふむ……思ったよりも多いな」
「そう……だね……十二個、もある……
 みんなの無事を祈るものから、また一緒にクッキーを作りたいという小さなものまで、願い事は本当に様々だ。
……よし、まずは、ある程度の分類に分けていこう」
「?」
「まず、この辺の願い事は……すぐにでも叶えられるものや、叶える予定があるものだ」
「うんうん」
 確かに、クッキーを焼いたり、二人で遊びに行ったりは、すぐにでも叶えられる願い事だ。チャティの誕生日パーティもクリスマスパーティも、RaDの毎年恒例のイベントだから、叶う予定がある。
「もちろん、願い事としてあげてくれたのは嬉しいが……七夕の願い事からは、一旦おいておこう」
「確かに、そうだ」
 一つしか出来ない願い事には、確かにこれらは適さない。やはりチャティは頭が良い。私は頷いて、チャティの話の続きを待った。
「あとは、健康祈願、商売繁盛、それと……俺達それぞれのボスのことと、俺達の仲の話だな」
「どれも、捨てられない、な……
 こうして見ると、お互い同じような願い事を考えて、迷っていたのがよくわかる。書き出したはいいものの、結局迷うことになってしまった。
「うーん……
「悩むな……
 行き詰まった私たちは、もう一杯フィーカを入れることにした。クッキーも無くなってしまったから、ウォルターがこっそり持たせてくれたチョコレートを出して、それをちびちび食べた。
 クッキーは作れたけど、チョコレートも作れるものなんだろうか? 口の中で甘く溶ける、こんな素敵な食べ物は、一体何から出来ているんだろう? 他のお菓子の材料になったり、チョコレートというのは、本当に不思議な食べ物だと思う。そんな話をすると、チャティは少し考えて、言いづらそうに口を開いた。
「ビジター、チョコレートは確かに美味い。手作り出来ないこともないが……かなり、難しい」
「そう、なのか……?」
「相当な根気と……力がいる」
「うっ……
 根気はともかく、力にはかなり自信がない。クッキーを作る時だって、生地を伸すのはほとんどチャティに任せて、型抜きばかりしていたくらいだ。それ以上に力がいると言われたら、諦めた方がいい気がする。
「今度、チョコレート工場の動画を見てみよう。作られる工程を見るのは面白いと思うぞ」
「! 見て、みたい……見て、難し、そうなら……諦める」
 私の返事に、チャティは満足そうに頷いた。チャティが言うくらいだから、本当に難しいのだろう。でも、難しいことだったとしても、一緒にやったら大抵のことは楽しい。七夕の飾りを作るのも、願い事を決めるのも、難しい。でも、それ以上に楽しいと思う。また来年も、こうやって一緒に七夕飾りを作って、願い事の相談をしたいと思うくらいに。
 ……あ、そうだ。
「チャティ、いい、こと……思い、ついた!」
「どうした、急に」
「これなら、全部、含んだ、願い事に、なる……と、思う」
「! それは……すごいな。聞かせてくれ、ビジター」
 私はさっきひらめいた願い事をチャティに話した。チャティはそれを前のめりで聞いてくれ、聞き終わると、短冊をわたしに差し出した。
「確かに、それならどの願いもカバーした願い事だ。名案だな、ビジター」
「へへ……
「俺とビジター、連名での願い事にさせてくれるか? 代表として、お前が書いてくれ」
「えっ……
 字にはあまり自信がない。チャティの字はまるで印刷された書類みたいに綺麗だし、書くならチャティの方がいい……と思ったのだけれど。
「お前が思いついてくれたおかげだ。お前が書くべきだと思う」
「うう……
 それは……そうかも知れない。私は受け取った短冊に、一文字一文字、ゆっくりと願い事を書いていった。文字の大きさはばらばらで、お世辞にも綺麗な字とは言えない願い。最後に自分の名前――621と書いて、チャティに短冊を渡した。チャティは綺麗な整った字で自分の名前を書いていく。私の汚い字とどうしても比べてしまって、少し恥ずかしい。来年までにもっと字を練習しておこうと決め、私たちはようやく完成した短冊を、笹の葉に飾った。
「俺たちの短冊も完成したし、ボスとハンドラーにも渡しに行くか」
「ああ。でも、その前に……
 私は机の上に置かれた短冊が入った箱を指さして、チャティに尋ねた。
「一枚、もらっても、いい?」
「かまわないが、どうするんだ?」
……友達の、分……頼まれてる、から」
 一枚、薄桃色の短冊を手にとって、ペンを握る。エアの分を書いて、飾らないといけない。私の汚い字で悪いけど、とこっそり謝って、ゆっくりとエアの願い事を書いた。私が書くには、ちょっと照れくさい願い事だけれど、大事な友達の願い事だ。最後に、エア、と名前を入れた。完成した短冊を笹の葉に吊るして、これでよし。
「友達……か。ここに呼んでも構わなかったんだぞ」
「あ、はは……
 笑って誤魔化すと、チャティは、いや、ドーザーの根城に来たがるとは限らないか、と少し残念そうに漏らした。エアがここに来たがらない理由はまさしくそれだ。チャティは本当に勘が鋭い。そう思っていると、頭の中に聞き慣れた笑い声が響いた。
(ふふ、呼んでも構わないとは……チャティは嬉しいことを言ってくれますね)
……!」
 エアだ。数時間前に、行ってらっしゃいと送り出してくれたのに。ここに来ても大丈夫なんだろうか。驚いている私に、エアが続けた。
(周囲を探ると具合が悪くなりますが……この部屋の中だけなら、なんとかなります。せっかくの七夕、私も見てみたかったので……短冊、ありがとうございました)
(うん……でも、無理、しないで)
(はい、もちろん。つい話しかけてしまいましたが、あとは静かにしていますね。今日は頃合いを見て帰ります。明日、花火をやる頃に、また遊びに来ますから)
(うん。エアとも花火……嬉しいな)
 RaDからの依頼で向かった花火会場で、エアも珍しくはしゃいでいた。本物の花火を一緒に見られたらいいと前から思っていたから、それが叶うのは嬉しい。
……どうした、ビジター」
 急に黙ってしまっていたからか、チャティが心配そうに尋ねてきた。
「い、いや……なんでも、ないよ」
……そうか。ビジターの友達………気になるな。どんなやつだ?」
 チャティの質問はもっともだ。だけど、エアのことを説明するのは難しい。私はしどろもどろになりながらエアについて話した。
「えっ、えっと……その、物知りで、優し、くて……でも、たぶん、ちょっと、寂しがり、な子、だと思う」
……女性なのか」
「ああ、多分……その、はず」
……? ああ、テキストメッセージでしかやり取りがない相手か。だから代わりに短冊に願いを書いて欲しかったんだな」
「あ、ああ……そんな、ところ」
 チャティは一旦は納得した様子でうんうんと頷いている。誤魔化すことになったのは心苦しいけれど、直に会えない相手、という意味では間違いでもない。
「よし、じゃあ、ボスとハンドラーのところに行こう」
「ああ。二人は、どんな願いを……書くの、かな……
 短冊を持って二人のところへ行くと、何故かウォルターが酔い潰れて、カーラは上機嫌で笑っていた。仕事の話をすると言っていたはずなのに、一体何があったんだろう。ひとまずカーラに短冊を渡して、ウォルターを介抱することにした。まだ夕方だけれど、チャティと一緒にウォルターを来客用の寝室に運んで、ベッドの側のサイドテーブルに書き置きを残した。酔いが覚めたら、願い事を書いて、持ってきてください、と。
「ハンドラーは、ボスと一緒だと気が抜けるようだな」
「はは……ちょっと、カーラが、羨ましい……な」
 ウォルターを寝かせた後、私たちは廊下でこっそりとそんな話をした。私と一緒にいる時、ウォルターはいつだってしっかりした大人だった。それはとても助かるし、憧れもあるけれど、少しは身の回りのことも出来るようになったのだから、頼られたいという気持ちもある。酔い潰れて寝てしまうような姿を、私にも見せてくれたっていいのに。
「大切な相手には、格好をつけたいこともあるさ」
「それは……わかる、かも」
 私にも、格好いいところを見せたいときも、そうしたい相手もいる。それと同時に、どんな姿を見られてもいいとも思う。人との関係は色々あって、不思議だけど、面白い。
「ハンドラーにとってもボスは特別な人だとは思うがな、それはそれとして、ビジターにはいい顔をしたいんだろう。それはそれで、ありがたく受け取ればいい」
「そう、だね」
 いろんな姿を晒して、受け入れて、それを繰り返しながら、人と人の仲は深まっていくのだと、そう思う。
 私たちは軽い食事をとって、今日は早めに休むことにした。せっかくだから、七夕飾りはチャティの部屋に持ってきた。エアコンの風に吹かれ、時折ひらりと短冊と紙細工が揺れる。
 明日は、いよいよ七夕。七夕発祥の地では、雨が降ることが多い時期だったらしい。雨が降れば、オリヒメとヒコボシは再会出来ないのだという。幸いと言っていいのかはわからないが、ルビコンでは雨よりも雪が降り、グリッド086は砂嵐が吹くことが多い。ここしばらく、風は落ち着いて、花火日和になるだろうとチャティは話していた。
 きっと七夕の始まりになった場所とは似ても似つかない、遠い惑星。その片隅で七夕を祝う私たちを、オリヒメとヒコボシは、どんな気持ちで見下ろすのだろう……
 ベッドの上でチャティの隣に横になり、揺れる短冊を見つめながら、私はそんなことをぼんやりと考えていた。


 翌日。グリッド086は昼過ぎから大賑わいだった。お祭り好きのドーザーたちが、不思議な衣装や星型の気ぐるみを着て歩いていたり、賑やかさにつられて訪れた区画では、見たことのないお菓子や料理を売る屋台がいくつも建てられていたりする。
「あいつら……いつの間に……
「な、なんだか……嗅いだこと、ない、匂い……する!」
 グリッド086は巨大な工場に近い作りをしているから、大体はオイルや金属の匂いがする。しかし今は、どう表現したらいいかわからない、しかし美味しそうな匂いがそこら中に漂っていた。甘い匂い、しょっぱそうな、香ばしい? 匂い。ふらふらと屋台の方に向かうと、モヒカン頭のドーザーが手招きしてくれた。
「よう、ビジターさん。こっちこっち」
 彼は串を片手に、何かを作っているらしかった。ガレージではいつも暇そうにしているけれど、彼は器用で多才だとカーラから聞いたことがある。
「こん、にちは。何を、作って、るんだ?」
「へへっ……こいつはよぉ、鈴カステラだ」
「すず、かすてら……
 ころんと丸い、一口サイズの甘いお菓子だという。鈴というものに形が似ているから、そう呼ばれているそうだ。
「食べてみるかい? なあに、変なモンは入ってねえ。そのままでもイケるし、シロップをかけてもいい」
「えっと……お金、持ってきて、ない、から……
「そんなもん、チャティに請求しとくよ。ほら、持っていきな」
「あ、ありがとう……
 あとでチャティに払っておかないとな、と思いつつ、ドーザーから渡された紙袋を受け取る。ほんのりと温かくて、優しい甘い匂いがした。どんな味がするんだろう。小さなそれを一つ手にとって、口に運ぶ。
「おい、押し売りは……
……おいしい!」
「ビジター……少しは警戒してくれ……
 チャティがドーザーに文句を言うより、私が鈴カステラを口に入れた方が早かった。あたたかくてほんのり甘いそれは、ふかふかしていて美味しい。呆れ顔のチャティに、詫びをこめて鈴カステラを取り出す。
「ご、ごめん……でも、おいしい、から……チャティも、どうぞ」
「む……まあ、ビジターが言うなら……
 一つ摘んでチャティの口に持っていくと、チャティは私の手からぱくりと鈴カステラを食べてしまった。むぐむぐと食べるチャティを見て、周囲のドーザーがくすくす笑っている。
……確かに、うまいな」
「お金は、あとで、払うから……一緒に、食べよう」
……支払いは気にするな。こういう時は格好をつけたいからな」
「さっすが、俺たちの参謀だぜ。ほらほら、あっちの屋台も見てきたらいい。フィーカも売ってるぜ」
「なんだか……楽しい、おやつに、なりそう」
「ああ、行ってみるか。せっかく、こいつらがサプライズをしてくれているようだしな」
 食べ物や飲み物を売る屋台以外にも、遊べる屋台もあるようだ。私たちは色鮮やかな看板が建てられた屋台を一つ一つ見て回ることにした。


「すごい、見たこと、ない……もの、ばっかり」
 ニホンという国の夏祭りを参考にしたという屋台は、射的や輪投げ、ヨーヨー釣り、スーパーボールすくいといったゲームが出来る屋台から、かき氷やお団子、たこ焼きといった聞いたことのない食べ物を売る屋台まで様々だ。飲み物を売る屋台では、フィーカやもちろん、お酒やコーラルが混ざった特殊なドリンクが売られている。
 私たちは屋台で買ったフィーカを片手に鈴カステラを食べながら、たこ焼きの屋台の前にやって来た。
「たこ、焼き……? たこ、って、なんだろ」
「ふむ……タコというのは、八本脚の軟体生物だ。この屋台ではタコの代わりにミールワームが使われているが、見た目はニホンの郷土料理、たこ焼きそっくりにしているようだな」
「八本……シー、スパイダー……みたいな?」
「見た目は似ているかもな。食べてみるか?」
「ああ。なんだか、すごく……いい、匂い」
 一皿くれ、とチャティが頼むと、店員の眼帯をした女性ドーザーは元気に返事をして、たった一本の細い串で器用にたこ焼きをぽこぽこと皿に盛っていった。不器用な私には絶対出来ない。
「おお……すごい」
「ふふ、そう驚いてくれると嬉しいねえ。お二人とも、マヨネーズはかけるかい?」
「マヨネーズとはなんだ?」
「説明が難しいね……かけると美味しいソースだよ」
「美味しい、ソース……じゃあ、かけよう」
「あいよっ」
 クリーム色のソースが勢いよくかけられていく。チャティは少し頭を抱えていた。美味しいからと言われてほいほい承諾するのは軽率だということらしい。確かに、美味しいものと言われてすぐに食いついてしまうのは良くなかった。
「でも……ここの、食べ物、なら……心配、いらない……よな?」
……それでも、悪いことを考えるやつはいる。ここ以外では用心しろ」
「う……わかった……
 心配してくれているのはわかるので素直に頷いたけれど、ちょっと過保護な気もする。私だって、自分でいろんなことが出来るようになってきたつもりなのだけれど……。チャティに注意された私を気遣ってか、店員は私にほこほこと湯気を立てるたこ焼きが盛られた皿をすっと差し出してくれた。
「ったく、チャティったら小言が多くていけないねえ。ほら、ビジターさん。どうぞ」
「あり、がとう……。わ、あつあつ……
 器ごしでも、それがとんでもなく熱いということがわかる。茶色いソースと、クリーム色のソース、それに、パラパラとした緑色のスパイス? のようなものがかけられた丸いそれを、渡された小さな串で刺して、ふうふうと冷ましながら口に運ぶ。一口に口に入れても良いものか、ちょっと迷ってしまう。
「あっ、一気に口に入れないほうがいいよ! 火傷しちまう」
「気をつけろ、それの中心温度はかなり高いぞ」
 表面は冷めても、中はまだ熱いらしい。おっかなびっくり少しだけ齧ってみると、確かにまだ中は熱い。でも、この味は。
「あつい、けど……これ、すごく、おいしい……!」
 柔らかい生地も、二種類のソースとスパイスも、どちらも初めて食べる味だ。甘酸っぱくて、不思議な風味がして、でも、なんだか癖になる。
「へへっ、嬉しいねえ。ほら、チャティも食べな。ツケにしとくからさ」
 彼女はそう言って、チャティにも同じものを作って渡していた。チャティは熱々のそれをひょいと口に運ぶ。口の中も耐熱素材で出来ているらしい。
……なるほど、確かにこれは……美味いな」
「だろ?」
「だが、やはり熱すぎる。人間は間違いなく火傷するぞ」
「ほふほふしながら食べるのが良いのさ。ビジターさんもそろそろいけるんじゃないか?」
「ん……食べて、みる……
 チャティは心配そうだが、作り手が言うなら、多分大丈夫だろう。
 そう信じて、一口齧った残りを一気に口に放り込む。表面はぬるくなっているが、齧るととんでもなく熱い中身がとろりと溢れた。でも、耐えられないほどではない。
「はふ、あち、あちち……
 柔らかい生地とソースが口の中で混ざり合うのは、とろけるくらいに美味しいし、中のミールワームの歯ごたえも面白い。スパイスも刺激がある訳ではなく、いい風味付けになっている……と思う。もっと食べたいのに、熱すぎてゆっくり食べないといけないのがもどかしいくらいだ。たこ焼きを食べるのに夢中になっている私を見て、彼女も嬉しそうにしている。
「こいつは自分で作るのも楽しいよ。祭りが終わったら機械を貸してあげるから、チャティと作ってみるといい」
「それ、は……いいね。楽し、そう」
 彼女みたいに綺麗に作れるか自身はないけれど、チャティと一緒に作るのは、きっと楽しいに違いない。早々に食べきったチャティも、あとで作り方を教えてくれと頼んでいる。一緒に不格好なたこ焼きを作るのも楽しいと思うのだけれど、きっとチャティは格好をつけようと、先に練習するつもりなんだろう。それもまたチャティらしい気もする。
 私たちはたこ焼きを食べ終わると、空いた容器を彼女に返して、散策を続けることにした。


 あつあつのたこ焼きを食べた後だからか、寒さはそれほど感じない。私たちは途中で買った、串に刺さった甘いお団子を片手に、輪投げをしてみたり、射的の屋台で出禁を喰らったり、スーパーボールというよく跳ねる小さなボールをすくおうとして網を破いたり、ニホンの夏祭りを大いに楽しんだ。
 年中雪に閉ざされたルビコンには、夏という季節はない。夏は暑くて、何もしなくてもじわりと汗をかくほどだと、情報ログで見たことがある。いつか、ルビコンに四季が戻ることがあるのだろうか。昔は四季があり、作物が実っていたとウォルターから聞いたことがあるけれど……
「あ、ウォルター……
 広場を歩いていると、カーラとウォルターが二人並んで歩いているのが見えた。そちらに向かって歩いていくと、二人も私たちに気付いたらしく、カーラが手を振ってくれた。
「ウォルター、カーラ、こんにちは」
「やあ、ビジター。楽しんでるかい?」
「ん……夏、祭り……楽しい、な」
「七夕なんだか夏祭りなんだか……そもそも夏でもないし、めちゃめちゃだけど、私ららしくていいだろう?」
 カーラが言うように、この賑やかさはRaDらしくて、とても〝笑える〟イベントだと私は思った。しかし、カーラはいつも通りに元気なのに、ウォルターの表情は暗い。
「おはよう、ハンドラー。よく眠れたか?」
「ああ……昨日はすまない。面倒をかけたな」
「大、丈夫……ですか、ウォルター。顔色、悪い……ような……
……まだ少し二日酔いでな。心配ない」
 二日酔い。お酒を飲み過ぎるとなるらしい。カーラとウォルターが会った後のウォルターは、いつもそうなっている気がする。
……カーラ、は、二日酔い……しない?」
「私は平気さ。一杯どうかって誘うと、いつもウォルターが――
「カーラ、621に変なことを吹き込むな」
「変じゃないし、事実じゃないか」
 一杯だけ、と言いつつ、きっと一杯だけでは済んでいないのだろう。二人で一緒に飲んでいて、でも、カーラは二日酔いじゃない。ということは……
「ウォルター、だけ……飲み過ぎ?」
「う……それは……
「はっはっは! そうさ、ビジター。ウォルターは、私と飲むのが楽しくて、つい飲み過ぎちまうんだよ」
 そういうものか。確かに、楽しいとついついお酒が進むのは私にも経験がある。ウォルターに介抱されたことだって。その時は手間をかけてしまったと思ったけれど、昨日のように自分が世話をする立場になると、面倒だなんて思わなかった。だから。
……わたし、とも……二日酔い、になる、くらい……お酒、飲んで、欲しい……です」
 そのお願いに、ウォルターは驚き、すぐに困った顔になった。
「621……俺は好んで二日酔いになっている訳では……いや……その……言いたいことはわからなくもないが……
 ウォルターは珍しく口ごもっている。困らせるようなお願いだったかも知れない。私も酒に強い訳じゃないから、逆に私が二日酔いになってしまうかも。でも、カーラと一緒に飲む時のように、私とも飲んで欲しいと思った。
「ふふ、いいじゃないか、ウォルター。たまにはビジターとも一杯やりなよ」
……そうだな」
 カーラに背中を叩かれて、ウォルターも頷いた。嫌そう……ではない、と思う。
「だが、二日酔いは……健康には良くない。一緒に飲むだけだ。いいか?」
「はい。嬉しい、です」
 前にウォルターと二人きりで飲んだのは、クリスマスの夜。特別な時以外で飲むことはなかったから、なんでもない日に二人で飲む約束というのは、なんだかわくわくする。
「良かったな、ビジター」
「うん。チャティ、も……カーラと、飲んだら?」
 親しい人と二人きりでお酒を飲むのは、きっと楽しくて素敵なことのはず。私が提案すると、チャティが返事をするより先に、カーラが笑い出した。
「ははっ、そうだねえ。是非そうしよう。甘いリキュールでも取り寄せようかね」
「甘い酒……それなら俺も美味しく飲めるかも知れないな」
「それは……わたしも、興味、ある……!」
「じゃあ、そのうち四人でも飲むとしようか。賑やかで楽しくなるだろうね」
「ふ……そうだな」
 四人でお酒を飲む、それはとても魅力的な提案だった。私は話すのが得意じゃないから、三人がそれぞれどんな風に飲んで、どんな話をするのか、とても気になる。それに、その誘いにウォルターも同意してくれたことが、少し意外で、でも、とても嬉しかった。
「それで、621……あの、短冊だが」
「! 書いて、くれ、ましたか?」
「ああ」
 二日酔いで辛い中でも、ウォルターは書き置きしたお願いを聞き入れてくれたのだ。ウォルターはコートの胸ポケットから一枚の封筒を取り出した。丁寧にも短冊を封筒にしまってくれたらしい。私はそれを受け取ろうと手を伸ばし……
「だが……お前に見られるのは、少し恥ずかしい。チャティ、代わりに飾っておいてくれ」
「了解した。……悪いな、ビジター」
 チャティはそう言ってウォルターから封筒を受け取ると、すっとジャケットの内ポケットに仕舞ってしまった。
「う……ウォルター、どうして……
「すまないな……
 私だってウォルターの願い事を見たかったのに。でも、恥ずかしいと言われたら無理強いは出来なかった。こっそり見せてもらえないか、とチャティに視線を送ると、見られないように飾っておく、と言われてしまった。チャティにそう言われたら、絶対に出し抜けない。
「全く、ウォルターはまだまだ青いねえ。チャティ、私の分の短冊も頼んだよ」
「了解だ、ボス」
 カーラはむき出しのままの短冊をチャティに渡した。当然、書いてある願い事も丸見えだ。
……ボスらしいな」
「うん。カーラ、らしい……素敵な、願いごとだ」
 チャティと一緒に見たそれは、カーラらしく、そしてRaDらしくもあった。きっとチャティにとっても嬉しい願い事に違いない。
「さて、花火まで、私らも腹ごしらえといこうかね。二人とも、またね」
「ああ」
 夕暮れまでまだ時間がある。見ていない屋台も、食べてみたいものもたくさんあった。二人と別れた私たちは、次はどこへ行こうかと話しながら歩き出し、甘い匂いを漂わせている屋台へと、吸い込まれるように向かったのだった。


 屋台の店員をしているドーザーも、客として遊びに来ているドーザーも、私たちの姿を見ると声をかけてくれる。最初にグリッド086を訪れた時、私はエアと殴り込みに来た。なのに、今となってはすっかり顔なじみになっている。もちろん、カーラやチャティと懇意にしているからという理由はあっても、親切にしてくれるドーザーたちが多いのは嬉しいことだ。
 彼らがルビコンの中でははみ出し者で、市井のルビコニアンたちから疎まれているということは知っている。一人一人が、それぞれの理由で〝普通〟ではいられなかった人たちだ。彼らは乱暴者だけれど、互いに手を取り合い、日々を楽しんで、笑って生きている。
 夕暮れが近づいた頃、私とチャティは部屋に戻り、自分たちの七夕飾りを持って、花火会場へ向かうことにした。
 チャティは丁寧に預かった短冊を飾り、しゃらしゃらと紙細工を鳴らしながら部屋を出た。私からはウォルターの願い事が見えないように、うまく位置取りを調整している。そういう義理堅いところが、チャティのいいところでもある。ウォルターの願いは、すごく気になるけれど。
「わ、すごい、人だ……
「ドーザーは花火が好きだからな……
 薄紫になった空の下、花火会場とされたグリッド086で一番見晴らしの良い区画には、たくさんのドーザーが集まっていた。きっと、カーラとウォルターもいるはずだ。
「ええと……
「二人は先についていたようだな。ほら、あそこだ」
 チャティが指差した先、特等席と言っていい、最前列のフェンスの前にカーラとウォルターはいた。私たちに気付いたドーザーたちが道を作ってくれ、私たちも少しずつ前へと進む。
 最前列の両脇では、グリッド086中から集められた七夕飾りが風に揺れていた。腰の高さほどのドラム缶に詰め込まれているあたり、ちょっと雑さがあるけれど、たくさんの願いが吊り下げられたそれには、きっとRaDらしさが詰まっている。
 持ってきた七夕飾りをドラム缶に刺して、私たちはカーラとウォルターの近くへと移動した。一瞬、人混みに紛れるように、ふわふわの長い金髪が見えた気がしたけれど……。それを確認する間もなく、カーラは私たちに声をかけてくれた。
「やあ。待ってたよ、二人とも。そろそろだ」
 さっきの人影は気になるけれど、こんな時に悪さをする人がいるとも思えないし、きっと大丈夫のはずだ。それよりも――
「花火、楽しみだ……ウォルターも、一緒……嬉しい、です」
……そうか。花火は俺も随分と久しぶりだ」
 エアも見に来ると言っていたけれど、まだ彼女の声は聞こえない。ドーザーたちがたくさんいるから、少し離れて見ているのかも、そう思って後ろをきょろきょろ見回していると、小さな呼びかけが聞こえた。
(レイヴン、こんばんは)
(エア、間に合って良かった)
(私には少し賑やかすぎますが……花火、楽しみですね)
(うん。一緒に、楽しもう)
「ビジター、始まるぞ」
「!」
 ドンッ、と、腹の奥に響くくらいの大きな音がして、夜空に、天へと伸びていく一筋の光が見えた。その次の瞬間、暗くなった空に大きな花が咲く。大きな、黄色の花火だ。それは見事に咲いて、ふっと儚く消えた。RaDのロゴと同じ色。ドーザーたちも歓声を上げ指笛を鳴らし、大いに湧いている。
「わあ……
(すごい迫力です……! バズーカの爆発みたいですね)
(はは……そう、だね)
 その感想にはちょっと苦笑してしまったけれど、エアも楽しんでくれているようで良かった。
(まだ上がりますよ、レイヴン!)
 ドンッ、ドンッ、と爆発音が響いて、エアも大はしゃぎだ。大きな花火に続いて打ち上げられた花火は、黄色が赤に変わったり、複数の色が混ざった花が咲いたり、複数の小さな花が咲いたりと、前にRaDで見たものより、更に豪華になっている。それは、いつかチャティと見た古い映像記録の花火に良く似ていた気がした。
(一体、どんな仕組みなんでしょう……! 楽しいですね、レイヴン!)
(うん。どの花火も、すごい……!)
 エアも歓声を上げながら楽しんでくれている。音も、光も、何もかもが綺麗で、楽しい。カーラとウォルターも、空に咲く花火に釘付けになっている。
「チャティ、花火……とっても、きれい、だな……!」
 ドーザーたちの歓声と、次から次へと打ち上げられる花火の音。それに負けないくらいの声で、私はチャティに言った。その言葉に、チャティは少し照れくさそうに頬を掻く。
……喜んでもらえて、良かった」
「?」
「実は、今日の花火は俺が設計した花火なんだ」
(まあ!)
 チャティの言葉に、私より先にエアが感嘆の声を上げた瞬間。とびきり大きな音がして、私は空を見上げた。コーラルの赤い光と、夜空を流れる煙。その中で、大きな真っ赤な花火と、その周りに小さな色とりどりの花が咲く。視界いっぱいに広がる光景に、思わず息を呑んだ。綺麗だ。これをチャティが作ってくれたのか。そう思うと、じわりと心が熱くなって、きゅう、と胸が苦しくなる。
 誰かを楽しませたいという思いの中で作られた、美しい花火。その下で歓声を上げ、その楽しさに魅入られる。それは何年経っても変わらない優しい光景だと、そうであって欲しいと思った。
 大きな赤い花と、それらを彩る小さな花々はすっと夜空に消え、コーラルの粒子がその残滓のようにきらめいている。静まりかえった空に、ワッと歓声と拍手が響いた。あんなの見たことねえ、最高だ、そんな声に、私まで誇らしくなってくる。
 私はそっとチャティの手を握り、澄んだ緑の目を見つめて言った。
「きみの、花火……最高、だった。ありがとう。うまく、言葉に、出来ているか……わからない、けど」
……十分だ、ビジター」
(本当に素敵な花火でした。聞こえてはいないと思いますが……チャティ、ありがとうございます)
(あとで、伝えておくね)
(はい!)
 せっかくのエアの感想を、すぐにでもチャティに伝えたかった。でも、エアは遠くの友達ということにしているから、そういう訳にもいかない。いつか、チャティとエアが直接話せるようになればいいのに。
……不思議だな、ビジター。俺は、自分がこんなものを作るようになるとは思わなかった。だが……悪くない」
「ふふ……良かっ、た」
 思い返すと、エアが古い花火の映像記録を見つけてくれなければ、一緒にチャティとその映像を見ることはなかっただろうし、チャティと本物の花火をしようとも思わなかった。私たちが花火を楽しんでいたことを知らなければ、ドーザーたちがサプライズの花火を用意しようとも思わなかったに違いない。そして、ドーザーたちが作った打ち上げ花火を見なければ、チャティだって今日の花火を用意することはなかった。こうして、エアと一緒に、チャティが作った花火を見ることも。
 誰かとの関わりが巡り巡って、私も、チャティも、エアも、いろんな人たちが変わっていく。そうやって私たちの営みは紡がれていくのかも知れない。
……また、見たいな。きみの、花火」
「ああ。もちろん。次はもっと豪華にしてやる」
「ふふ……楽しみ、だね」
 〝次〟の約束は、いつだってわくわくする。私たちはふっと笑いあい、静まり返った夜空を見上げた。
 花火は終わり、人々の喧騒だけが残る広場に、ドーザーのアナウンスが響く。七夕飾りを燃やすから、飾りを区画の中心へ持って来るようにとのことだ。
「燃やすの、もったい、ないな……
「願いを空に届けるためらしい。もったいないが、来年また楽しむことにしよう。俺たちが願ったようにな」
「ああ」
 ドラム缶いっぱいに詰め込まれた七夕飾りは、けっこうな重さがありそうだ。力自慢のドーザーたちとチャティが手分けをして、それを指定された場所へと持っていく。円筒形の網カゴの中に燃料の木材が積み上げられ、火が点けられた。本物の七夕の儀式と同じやり方かどうかは、誰も知らない。ぼうぼうと燃え上がる炎、ぱちぱちと鳴る薪の音。その中に、集められた七夕飾りが少しずつ放り込まれていく。乾いた針葉樹の枝葉は燃えやすいから、投げ込まれた端から、それはみるみるうちに焼けて、空に消えていった。私たちの、みんなの願いを乗せて。
 ドーザーたちは勢いを増していく炎に大はしゃぎして、誰も彼もが楽しそうだ。けれど、燃えていく七夕飾りを見ていると、少しだけ切ない気持ちになる。私はチャティの手をそっと握って、目を閉じた。
 どうか、願いが空に届いて、叶いますように。
……叶うさ、きっと」
……そう、だね」
 口に出したつもりはないのに、チャティはそう言ってくれた。握り返された手も、送られる視線も、温かく、優しい。
 私は、炎が立ち上っていく、ルビコンの夜空を見上げた。コーラルの粒子がきらきら舞って、花火の煙がふわりと流れる、美しい夜空。ここは、ルビコンは綺麗に晴れている。オリヒメとヒコボシも、きっと再会出来たに違いない。
 そんなことを思いながら、私たちは全ての七夕飾りが燃え尽きてしまうまで、ずっと炎を眺めていた。

   ※※※

 燃やされた七夕飾りは、炎と煙と灰になって、空高く舞い上がっていきました。私たちの願いと共に、コーラルが輝く夜空へと。
「レイヴンと、ずっと友達でいられますように」
「621が、自分なりの幸せを掴みますように」
「出来る限り長く、皆が笑って生きていけますように」
 私の、ウォルターの、カーラの願いを乗せて。そして、二人の願いも。
「また来年も、みんなと楽しい七夕を過ごせますように」
 願いは、祈りは、美しいものですね、レイヴン。
 まあ、邪な願いごともたくさんありましたが……。様々な人たちがいるからこそ、こうしたイベントは長く続いていくのかも知れません。
 貴方とチャティが祈ったように、また来年も、こうして花火を見て、願いを空に届けたい。
 貴方と友達でいる限り、きっと、それは叶うでしょう。そうですよね、レイヴン。


おしまい