芹沢亀吉
2025-08-03 10:36:51
2572文字
Public 風刺
 

落選10

横暴かつ悪趣味な軍国主義者の楠木武が恥をかく物語の通算117話目。『落選』シリーズとしては通算10話目。

※『落選』1~9はこちら

「現在苦しい戦いを強いられております!どうか皆様の清き一票をこの楠木に!」

 選挙カーの屋根の上に立ちマイクを握る楠木くすのきたけし一等陸佐は現在参議院選挙に立候補中。この国では自衛官のまま選挙に立候補すること自体選挙違反とはいえ、前々から日本国憲法を敵視し大日本帝国への回帰を渇望する軍国主義者楠木は「国防を担う自衛官が選挙に出て何が悪い!それを妨げる法律など百害あって一利無し!」と考えている。

「楠木たけ、じゃなかった、楠木ちからさん頑張って下さい!この国を守って下さい!」

「俺絶対楠木た、力さんに投票します!」

 所謂サクラとして楠木本人に動員された部下の湊川みながわまもる二等陸曹、乃木のぎまさる一等陸曹は彼を「楠木力さん」と呼び、楠木の選挙カーの車体側面には「くすのき力」の表記が。何のことはない、楠木は丁度改選を迎えた参議院議員の楠木力が双子の弟故自分に瓜二つなのを良いことに彼を騙り立候補したのである。参院選には出たい、でも自衛官を辞めるのは嫌、これが双子の弟に成りすます動機なのだから楠木がどれだけ自分勝手かつ遵法精神に乏しいかは最早自明だろう。湊川も乃木も日頃から暴力的な上官の命令には逆らえず私服姿で一般人を装いサクラに徹するばかり。

「そこの若い2人!暑い中この楠木を応援してくれて礼を言う!そうだ、そんな君達にはこの楠木の全裸を見る権利がある!とくと見よ!ミケランジェロのダビデ像に匹敵するこの楠木の全裸を!おっとあっちは冷たい大理石、一方この楠木の肢体は毎日太陽を浴び続けた小麦色故温かみがあったか!グハハハハ!」

 下品かつやかましい笑い声を上げながら服も下着も手早く脱ぎ捨て、運動不足並びに缶コーヒーの飲み過ぎが祟ったブヨブヨの裸体を披露する楠木は湊川も乃木も自分が呼んだサクラであることをすっかり忘れた様子。部下達に自分の全裸を見せびらかすのは楠木の「習慣」とはいえ今まではあくまで信太山駐屯地の敷地内、それも建物の中に限ってのこと。選挙演説中に公衆の面前でそれをやるのは最早露出魔と言うより他無い。

 見たくもない楠木の全裸姿が視界に入り道行く人達が悲鳴を上げるも、楠木本人は普段から女性自衛官達に自分の全裸を見せつけ悲鳴を上げるのを楽しむ身だけに己の醜態を少しも恥じずただひたすら興奮するばかり。道行く人達の中には面白半分で全裸男楠木にスマートフォンのカメラを向け撮影する者も散見され、楠木本人は自分の裸体には撮影するだけの価値がある、やはり自分の全裸には世間が注目しているなどと勝手に思い込みますます舞い上がる始末。本当は公衆の面前で大恥をかいているだけだというのに。

「この楠木の裸体に魅せられた通行人の皆様に本日は特典を用意しております!ズバリ!今から『楠木ゴジラ』をお見せしましょう!昨日まで部下の自衛官達に限り見せていたこれを見れる通行人の皆様はまさしく果報者です!」

 楠木の言う「楠木ゴジラ」は普段信太山駐屯地にて他の自衛官達に披露している火吹き芸を指す。「昨日まで部下の自衛官達に限り見せていた」などと公言し憚らない今の楠木には己が自衛官のまま参院選に立候補という正真正銘の選挙違反をしでかしたことを隠す気も無く、興奮が絶頂に達し完全に見境が無くなっている。そもそも中断した選挙演説は一体何時再開するのやら。

「イッキ!イッキ!」

 湊川、乃木がまるで飲み会で一気飲みを煽るかのような掛け声を上げる中、楠木は脱ぎ捨てた衣服から錫製のウイスキー瓶を取り出し中の液体を口に含んだ。ところが楠木がライターの火目がけて吐きかけた途端にその液体が激しく燃え盛り、全裸男楠木の両目、両耳、鼻の穴、そして尻の菊門から炎が勢いよく噴き出した。心臓も肺も黒焦げになり絶命した楠木の裸体が選挙カーの屋根から落ち、丁度そこにいた湊川と乃木の2人に直撃。全裸男楠木の死体の直撃時に即死したこの陸上自衛官2人の死因は頚椎骨折だったとか。

 夕方のニュースが全裸男武の焼死を大々的に報じていると、力が保護されたとの速報が入ってきた。力本人の供述によると双子の兄武に拉致監禁されるも自力脱出し近くの警察署に助けを求めたとのこと。双子の弟、力を拉致監禁した上彼を騙り参院選に立候補した武の悪行は世間を賑わせ、当初は落選が危ぶまれていた力に同情の声が集まった。

「上手くいった。これで俺の再選はほぼ確実。馬鹿な兄のお蔭だ。」

 実のところ力の供述は大噓。力は自ら兄武に自分の代わりに選挙演説を行うよう依頼していた。前述の通り陸自を辞めずに参院選に立候補するのが夢だった武は改選を迎えた参議院議員である弟力からの提案に即飛びついたのだ、罠とも知らずに。

 双子の兄武に対する力の不満は並大抵ではない。その兄は参議院議員である力に事あるごとに金をせびっていたばかりか、陸自の装備品を暴力団に横流しし私腹を肥やした件に加え、横流しを告発しようとした軽部かるべ孝士たかし一等陸士を撲殺した件の揉み消しまで依頼してきたのだから。武が防衛大学校に入学する前から火吹き芸を好んでいたのを知っていた力は選挙演説中に興奮状態になれば必ずその芸を披露すると確信し、ガソリンが入った錫製のウイスキー瓶を手渡していたのである、灯油入りだと偽って。

 湊川並びに乃木の死亡は力自身全く予測していなかったこと。こう書くと2人は単なるとばっちりに見えるとはいえ、どちらも装備品横流しにしっかりと加担していて上官の武に暴行される度に軽部をいじめて鬱憤を晴らしていた腐れ外道故同情など無用と明記しておく。

「さて、明日から選挙演説だ。あの馬鹿兄ではなく当選3回の参議院議員である俺の。」

 意気揚々と選挙演説に臨む力ではあるものの、何と兄武同様選挙カーの屋根の上で全裸姿に。ようやく目障りな兄を始末し再選の目途も立ったと舞い上がり、朝から浴びるように酒を飲み泥酔状態になったのが見事に祟ったのだ。結局落選した力は兄殺害の件に加え暴力団から金品を受け取っていた件も発覚しあえなく御用に。あれほど兄武を毛嫌いしておきながら自分も兄同様暴力団と癒着していたのだから世話が無い。(終)