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むかいえ
2025-08-03 07:16:44
3535文字
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シャアム
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女神はまだ微笑まない
Z軸で宇宙に上がったパターンのシャアム(未満)。勝利の女神扱いされてる。
「我々には勝利の女神がついているからね」
ふふん、とまるで自慢するようにクワトロが言い放つその文言は、もはや彼の常套句となっていた。そうなるほど何かにつけて言っている。主に作戦立案などの会議の度に聞く。
こちらは地球から宇宙に戻ったカミーユ・ビダンである。現在地はアーガマ。図らずも降り立った地球から、紆余曲折を経て宇宙の戦艦まで舞い戻っていた。
とても悲しい別れはあったけれど、カミーユの精神はどうにかこうにか持ち直している。立役者は再会した幼馴染のファと、同じニュータイプとして悲しみに寄り添ってくれたアムロだ。ーーそう、アムロ・レイだ。なんと彼はカミーユたちと共に宇宙に上がってくれたのである。
そんなわけで喜色満面なクワトロ・バジーナが誕生していた。傍目に見てもわかるほど浮き足立っている。アムロと再会した時から何かと因縁めいた空気を感じたり、宇宙へ上がる話を持ちかけていたことはカミーユも知っていたので、然もありなん。余程嬉しいようだった。こんなクワトロは彼も初めて見る。
クワトロはアムロがアーガマに着艦してすぐにブライト艦長へ報告し、かつてのホワイトベースクルー二人の感動的な再会もそこそこに、さっそく彼を連れ回していた。名目上は艦内の案内だったが、あれはどう見ても船員たちにアムロを見せびらかしていたように思う。アムロの方はそんな彼の様子に呆れながらも、一緒になって艦を周っていた。時々、肩や腰に回された男の手をさり気なく払い除けているのが印象的だった。
アムロとクワトローーもとい、かつて一年戦争での宿敵と言えるシャア・アズナブルとの敵としてではない再会は、彼らの関係をより複雑なものにしていたらしい。しかし二人で何か話して落とし所でも見つけたのか、アムロの表情はすっきりしていて憑き物が落ちたようだった。詳しい事はカミーユも知らない。ただ彼らから感じる思惟が落ち着いたものになったことに安心している。
そんなこんながあったものの、アーガマは順調に航路を進めていた。幾らかの戦闘もあったが、アムロという戦力増加のおかげで勝率は高い。たった一人のパイロット加入で?と思うが、その一人が歴代二位の撃墜数を誇る一年戦争の英雄なのだから当然と言えよう。実際、同じ戦場に味方としてあのアムロ・レイがいる、という事実だけで味方の士気も上がっていた。
ーーそういった経緯から『勝利の女神』などと言われ始めたわけである。もちろん言い出したのはクワトロだった。
「まあどうにかなるだろう。我々には勝利の女神がついているのだから」
「おや、我々の勝利の女神を忘れてもらっては困るな」
「安心したまえ、今そちらに勝利の女神が向かっている!」
などと、くどいくらいに言い続けている。普通に戦闘中に回線を通じて言うこともある。
……
だが、それが効果的なものだから、誰も止めないのだろう。
勝利の女神がいる。アムロが駆け付けてくれる。そう聞くだけで安心感が違うのである。彼が来てくれるならもう大丈夫、あと少し踏ん張ればいい、ここを死守してみせる。そんな風に思えてしまう。
もちろん、戦場に絶対なんてものはない。いくらアムロでも全てを守り切ったり、全ての敵を薙ぎ倒したりなんてできないと知っている。それでも彼は今やアーガマにとって、確かに勝利の女神で、勇気をくれる象徴で、幸運の御守りのようなものとなっていた。
「あなたねぇ
…
俺を利用するのは結構だけど、女神はやめろよ」
「気に入らなかったかな?」
「当たり前だろう。俺は男だぞ。せめて別のものに例えられなかったのか」
「『勝利の女神』が一番言いやすく分かりやすいからな。戦神や軍神の名前を出したとしても伝わらければ意味がない。アレスだのと言われてもパッとしないだろう」
「別に無理に神に例えなくていいだろ
…
」
艦内のフリールームで並んで話をしている二人を見かけたのは偶然だった。通りかかったカミーユはアムロと目が合って、挨拶ついでに合流する。
「何かあったんですか?」
「我々の勝利の女神が名称変更をご希望でね」
「だからその女神ってのをやめてくれ
…
」
「ああ
…
」
難しい表情をしていたアムロが気になったが、理由を知れば納得する。カミーユも女のような名前だと揶揄されて激昂したことがあるので気持ちはわかる。
ただ、その問題に関してはもう手遅れだ。
「でも、もうアムロさんは勝利の女神で定着しちゃってますよ」
「えっ」
「今更変えたところでどうしようもないかと
…
」
戦線にアムロがいるかいないか、『勝利の女神』の名称で伝えられても問題ない程度には広まっている。なんなら通信傍受対策に暗喩として扱われている時もある。ーーつまり、艦長であるブライト公認でもあるのだ。
クワトロが言い始めたことではあるのだが、もはや誰も違和感を抱いていない。カミーユもこうして改めて苦言を聞くまで、アムロが『女神』と称されていることに大して疑問も持たなかった。
何と言っても、『勝利の女神』がしっくりくるので。
「フフ、すぐさま受け入れられるほど相応しいということだろう」
「
……
シャア!貴様のせいだろうが!」
「クワトロだ。
…
君も今まで受け入れていたじゃないか」
「それはこの艦のためで
…
!」
アムロがじろりとクワトロを睨め付ける。彼がやって来た当初、クワトロがやたらと『勝利の女神』を多用していたのは皆が知っている。それが人手・兵力共に不足していたこの艦の、負け戦になるかもしれないという仲間の不安を和らげるための方便として使っていたことも。アムロもそれはわかっていたから黙って受け入れていたのだろう。
結局、アムロが真実『勝利の女神』となっていったことで、その名称も定着してしまったけれど。
「そうだ。だからこのままアーガマに、ひいてはエゥーゴに微笑んでいてくれ、アムロ。ーー私たちの勝利の女神」
するりとサングラスが外される。青い瞳がアムロを捉えている。
うっすらと口元に笑みを浮かべて、唐突に、芝居掛かった仕草でクワトロがアムロの右手を取った。
「え?」
「は?」
あっと思った時には、流麗な動きでその手の甲に彼の唇が寄せられる。無重力の中、ふわりと金の髪が揺れた。きらきらと輝くような美貌も相まって、どこぞの御伽話の王子様のようであった。
ちゅ、と小さなリップ音が響く。
手の甲へのキスは、敬愛と尊敬。昔、ファが教えてくれた雑学がカミーユの脳裏を過っていく。
「
…
そうしていつか、私だけに微笑んでほしいものだな」
「ーーッ!」
囁くような声は、まるで睦言のようだ。カミーユは蜂蜜のようにどろりとした甘ったるい思惟がアムロに向けられたのを感じた。
……
感じてしまった。ならば向けられた当人である彼も、当然受け取っているだろう。
バッとアムロが手を振り解く。男の唇が触れた手の甲を隠すように反対の手で握り締めていた。驚愕に見開かれた目が潤んでいる。じわじわと耳が赤く染まっていくのが、横から見ていたカミーユにもはっきりとわかった。
「このっ、この
……
恥ずかしいやつ!!」
言い捨てながら、アムロは床を蹴って逃げるように去っていく。残されたのは意地悪そうにくつくつと笑うクワトロと、突然発生した出来事についていけないカミーユである。
ええ
…
と間抜けな声が漏れ出る。ちらりと隣の男を見れば視線が交わった。
「あの、クワトロ大尉、さっきのはどういう
…
」
思わず聞いてしまって、カミーユはすぐに後悔する。クワトロの瞳は弓なりに細まっていた。笑っているのにどこかぎらぎらとした光を湛えたそれは、獲物を狙う狩人そのものだ。
「
……
逃すつもりはない、ということだ」
決してカミーユに向けられたものではない。これは、まさしく『勝利の女神』となった青年に向けられたもの。宇宙まで来てくれて、この男と共に歩いているアムロへ向けられた執着。
意味深に微笑む男は、サングラスを掛け直すと、一言断ってから去っていく。最後に残ったのはカミーユだけだ。
「一体何を見せられたんだ
……
」
呆然と呟く。つまり、あれは、そういう
…
?
先ほど感じたクワトロの甘ったるい思惟の中に潜む、もっと深くて大きなーーーー
…
いや、これ以上探るのはやめておこう。自衛のために、カミーユは無理やり思考を切り替える。
兎にも角にも、である。
果たしてあの二人に何があったのかは知らないが。いちゃつくなら、誰も巻き込まずに二人っきりの時にやってくれと、カミーユは切実に願った。
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