二ノ宮てとら
2025-08-02 22:40:32
5835文字
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眠りに降る音

数年後設定 
高校時代と今も付き合っていない城之内と海馬
2014年 サイトから 城之内 海馬 アテム 遊戯王

 20時を過ぎ、そろそろ社長室から退出しようと思っていた。繁忙期前に会社に残っていると他の社員が帰れないと弟に進言されたからだ。
 そこへ城之内は大き目の紙カップを持って現れ、少し時間はあるかと笑顔を見せた。
「誕生日に欲しいもんある?プレゼント交換しないか」
 唐突に訊かれ言葉に詰まってしまった。城之内から何かを貰うということについて思い付かなかった。
そんなオレの姿を予想していたとでもいうかのように、表情に変化は見られない。最近はケンカもしない。お互いに手出しをしていた頃のほうが距離は近かったのかもしれない。

 何を思って訊いてきたのだろう。卒業後に再会してからしばらく経つが誕生日に物を貰ったことはない。メールやカードならばやり取りした覚えはある。意外なことをしてくると笑った。先に貰えばこちらからも返している。それなのに城之内はプレゼントを「交換しよう」と言ってきた。来年の冬には、ここにはいないということなのか。
「どこかへ行くのか、城之内」
 室内は冷房がきいていた。乾燥した空気に蓋をあけたコーヒーの香りが漂う。
「行かないよ」
 一瞬目を見開いてから、ふわりと閉じた。
「今日はもう仕事上がり?ならうちに来るか?」
「用意する」
 返事は今しなくても良いらしい。どうにも調子が狂う。

  *  *

「適当に座って……その前に上着は脱いだほうがいいよな」
 綿のスウェトを手渡される。ゆったりしたサイズのそれは先日持ち込んだ物だ。着替えている間に城之内がケージを開けた。
「待てって。こいつホントに海馬のこと好きだな」
 黒い物体はオレの肩をめがけて床から飛んできて、にゃーと鳴いた。爪が食い込み一瞬痛みを感じたが、ぐるぐると喉を鳴らすと両肩に体を伸ばし落ち着いた。
「オレには全然しないんだけどな。ちょっと妬ける。やっぱお前が連れてけば良かったのに。なーアテム」
笑いを噛み殺しながらの言葉に、肩の上で首を傾げているのがわかる。城之内の言葉に反応を示すのだ、この猫は。オレには自由にさせないというのに。
「毎日乗られたら肩がこる」
「贅沢……。オレも肩に乗せたことあるけど、爪出して逃げられた」
 飼い主は昨日の残りのシチューで良いかと漏しながら台所へ消えていった。長い尻尾がぱたんぱたんと揺れて時折頬をかすめていく。それを軽く払い、柔らかい背中に触れても怒りはしない。けれど顔を見せてはくれない。

 拾った猫に、アテムと名付けたのはその片割れの遊戯だ。
 黒い体に金色の目で、弱っている癖に強い声で鳴いていた。最初はもう一匹いたのだ。土砂降りの中、獣医に連れていく間に冷たくなってしまったが良く似た猫だった。
そんな状況で遊戯が付けた名前に特に疑問は感じないのか、元気になった子猫を城之内が引き取った。
 猫の退院にも呼び出されたオレを見て、幾分大人びた、多分もう一人と同じ背丈になった遊戯が笑う。「海馬くんちでもいいんだよ、アテムはキミのことも好きだから。城之内くんと相談してね」そんな言葉を残しまた海外へと渡航してしまった。
 遊戯とは仕事で会う機会があり連絡も取っていた。しかしただの友人として会うのは猫を拾った晩が初めてだったのかもしれない。

「アテム」
 呼びかけると喉を鳴らす音が大きくなった。確かに好かれているとは思う。
「オレは何をしているんだろうな」
 城之内は今一人暮らしだ。問題を抱えていたという父親は姿を見せない。
 海外支社を留学も兼ね弟モクバにまかせて帰国してみたら、童実野町に残っていたのは城之内だけだった。モクバと気が合うことは知っていたが部下でもないのに出迎えに現れ最初は驚いた。社会に出るようになって髪を整えた程度の違いしかない顔を忘れてはいなかった。
 モクバに頼まれた(何故だ)らしいが、SPも馴染み過ぎている。馴れ馴れしさはもはや才能だと思うことにして現在に至る。
「何会話してんの。アテムのご飯も持ってきたよ」
 黒猫はゆったりとした動作で肩から下りると、飼い主の笑顔を眺めてから食事を始めた。体は相変わらず細身だが拾われた頃を感じさせない優雅な姿に育っている。今まで気にしたことはなかったが、犬には好かれるが猫にはあまり懐かれない性質らしいので、これでも気に入られているほうなのだろう。

  *  *

「んで欲しい物決まった?」
「突然何なのだ」
 食後のお茶とともに肩に戻ったアテムに翻弄され、幾分イラついた声音になった。
「オレ今幸せだから、お前にもそれを分けてやろうかと思って」
こいつにしては珍しい、自信に満ちた言葉に驚きが隠せない。
「みんないなくなっちゃって寂しいなーと思ったら、海馬が帰ってきた。アテムも来たし。願い叶ったから。でもやっぱりオカルトはダメなんだろう」
「向こうで占星術やらスピリチュアルやらには慣らされて、だいぶどうでも良くなったが。……オカルトなのか」
「そうじゃないけど、お祈り?的な」
「アテム!尻尾を前に振るな」
 黒い毛先が口の中に入りそうになって、城之内の表情を見逃した。
「焼きもちか?アテムもかわいいって」
 オレの肩の上が気に入りなくせに、会話に混じれないと拗ねるらしい。(城之内談)
 それより「も」とはなんだ。オレか?お前か?会話を元に戻せ。
「会いたい人とか、叶えたいこととか毎日それを願うんだ。海馬は物じゃなさそうだから早めに訊いて祈っとこうかなって思ったんだ」
 殊勝な顔つきで話すこの男は誰だとついジロジロと見てしまった。願いなど望んで叶う物ではない。計画と行動あるのみだ。
「これ教えてくれたのモクバなんだ」
「モクバ……
 弟の名にしばし黙る。もともとわがままを口にしない、弟の願いとは何だったのだろう。城之内が知っていても訊いてはいけない気がした。
「オレはみんな出て行っちゃって寂しかったから、そばで一緒に遊べる人って願ったんだ」
「それがオレでもか。そばにはいないだろう。はずれていないか」
「高校の時みたいにゲームとかで遊びたかったから良いんだよ。昔はできなかったのに、海馬と普通に話してるだけでも不思議な気分だ」
 黒猫がにゃ、と鳴きながら伸びをした。
「アテムはアテムに似てるしな。さすが遊戯」
 また喉を鳴らしている。飼い主との戯れにしかみえないがオレを間に挟むのはこの猫ならではだろう。同じ名の人間も、そうだったかと思い出す。いかん、何故か感傷的になってきた。もうこの猫の調子を心配をする必要はないし、帰るべきだ。そう思ったのに何かに意識を持っていかれた。

  *  *

 物音がして意識が浮上した。信じ難いことに机に伏してうたた寝していたらしい。早い時期から出ているこの部屋の炬燵と肩の暖かさが原因だろうが、他人の家でくつろぐとは不覚に思えた。
「布団敷いた。起きたならそっちで寝ろよ」
背後から声が聞こえ、様子をうかがうとアテムが城之内の腕の中へ移ろうとしているらしかった。
 顔を上げられずにいた。テレビの前の空間に布団が敷いてあるのが見える。真新しい布団?

 起きて居住まいを正すと、腹辺りに柔らかい感触が乗ってくる。猫の手が伸びてきて頬に触れた。なんだと思って顔を向けると鼻の頭をぺろりと舐められる。
なんでお前ばっかり、ずるいという声が聞こえてきて、気恥ずかしさはどこかへ飛んでいった。この猫は眠りに就く前の一時だけ身を預けてくれるのだ。特別な時間をくれてやろうとでもいうように。

「布団を買ったのか」
「古かったからさ、オレのとついでに。もう一組あるからザコ寝もできるぜ」
城之内は上機嫌なまま襖を開けた。背後に同じような布団が敷いてあるのが見えた。
「でも……
上下スウェトに着替えたオレの上に視線をさ迷わせてから口ごもるな。猫のために用意した服はつるんとしたトレーナー地で、似合わないのはわかっている。
「でも、何だ?」
 昔と変わらず感情の揺れる瞳を瞠った後に自室に半身を入れながらぼそぼそと呟かれた。
「うちに海馬に合う丈の服はないからさ、それ持ってきてくれてよかった。今度ゆっくりデュエルしてくれ」
お休みと言いながら襖が閉められた。

 布団に潜りながら城之内の言葉を反芻する。寂しいと言っていたのは本音のようだ。どうにも間の合わないオレと話し、面倒をみているくらいだから。図々しいと思っていた態度も猫への接し方を振り返るに心配が高じてなるらしい。
 おかしくなって笑いたくなったところでアテムと目があった。アテムは大人しくケージに入っていた。不思議と飼い主と一緒には眠らないらしい。今晩はオレのために居間に残されている。金の目にお休みというと、ごろごろと喉を鳴らした。

 その音を聞きながら眠りの淵に落ちるのは幸せだった。願う必要はないと、そのくらいは起きたら伝えよう。






   + + +





眠りの淵に降る音
城之内から

九月になって思い付いただけだった。
お礼したいなって。
遊戯とパソコンを使って電話できてるのは準備してくれたモクバのおかげだし、何より気後れしないで会話ができるようになったのが嬉しかったんだ。
だから身近な人にお返ししたいなって漠然と思ってた。最後に一筋縄ではいかなさそうな奴が残っちゃったんだ。

高校を卒業して先生の紹介で職業訓練校に行った。地方自治体がやってる専門学校みたいなもの。学費はかからないけど生活費は自前だからバイトを探してた。
学校は夕方からだから昼間に働けるところ。端末で調べてたらKCが出てきた。
ダメ元で履歴書を送ったら面接日程の案内が来た。簡単な事務作業って書いてあったけど、無理だろうなって思ってたから驚いた。海馬やSPさんたちに会ったら気まずいと思ったけど、勤労学生への待遇が魅力的で、一張羅のスーツで面接に臨んだら合格をもらった。
それから知った顔に会うことも無く仕事を続けてた。入ってから知ったけど海馬は日本にいないらしかった。

新しい環境に慣れて疲労もピークだった頃、社食でご飯を食べてたらモクバと会った。でっかい目を見開いてしばらくオレを見てた。久し振りって挨拶したら呪縛から解けたみたいにふらふらーって寄ってきて椅子に腰掛けた。
余談だけど、海馬もありえない場所でオレと会ったとき、おんなじ表情したんだよな。兄弟、似ていないようで似てる。
モクバに社食うまいよって言ったら、嬉しそうに笑った。それから城之内は時間があいてもかわらないねと呟かれた。食事が終わってモクバの分も飲み物を取ってこようかと席を立とうとした。腕をつかまれて、今はいいから今度うちに来てよと言われた。モクバは疲れているみたいだった。オレなんて比べものにならない程。

連絡先を渡され部署に戻ってきたら一躍注目の的になっていた。
副社長戻って来てたんだ!というのが最初の声で、モクバが好かれているのがわかった。あとは知り合いなのってツッコミ。同僚のキラキラした目を見て、普通なら声を掛けてもらう立場じゃなかったんだと気が付いた。
会社のトップとアルバイトってこんな大きな会社じゃ話さないかと言ったら全然違う答えが他の人から返って来た。「副社長は色々な部署に顔を出されるよ。社長は従業員のデータを覚えていると伺ったことがある」まじですか。ひっそりしてようとしてたオレの努力は無駄だった?

モクバは連絡を取ったら、すぐに迎えを寄越した。あの邸に良い思い出がない身としては遠慮したかったけど、食堂での顔を思い出して車に乗った。
邸で会ったモクバはだいぶ元気そうになってた。背も伸びてた。(前回気が付かなかった)
意外なことになんで会いに来てくれなかったんだと、拗ねられた。拗ねる……他に表現しようがないけどそんな感じ。モクバは、兄サマは知ってたのに教えてくれなかったとそっちに怒ってた。海馬にはもうばれてたのか、うーん。
オレの近況を話してKCには良くしてもらってるのと、さすがに副社長室に面会しに行く勇気がありませんでしたと伝えたら笑い出した。図々しいくせに遠慮もあるんだって、やっと生意気な表情に戻った。

それからたまに遊びに行くようになった。時間が合えば本田も連れてった。
以前から思ってたけどアニキの海馬よりモクバのほうが話しやすい。ふとした拍子にそれを漏らしたら難しい顔になってしまった。やばいな、なんか地雷踏んだかとそわそわしてたら頭に爆弾が落ちてきた。
「兄サマの友達になって、城之内ならきっとなれる」
無理だろうって顔をしかめたのはわかったみたいで、今じゃないよ、もっと後でいいからお願いって頼まれた。
それに頷いてしまったのは兄弟愛に弱いからです……。後で本田に話したら、呆れながらもモクバの気持ちはわかると言っていた。(弟同士通じるものがあったのか?)
モクバは遊戯にも頼んでたみたいだけど、なんかうまくいかないんだぜぃと言っていた。遊戯と海馬でもそんなもんかと軽く聞き流していた。みんな進路バラバラで、遊戯なんて海馬がアメリカに連れて行っちゃたような気がしてたくらいだから、ざまーみろぐらい思っていたかもしれない。







「城之内」
「ん?」
「この話はいつ終わるんだ」
「あと二ー三年分かな。オレに文章書かせようってのが間違ってるって、最初に言ったじゃん」
海馬は嫌いな物を嗅いでしまった猫みたいにしかめ面を見せた。
「遊戯はオレが連れ出した訳ではないぞ、言うことを聞くたまか」
海馬はノートを放り出して、こたつに伏せた。
……ノートにコピー紙が挟まってる!下書きまで見られた。文句いってるとこで終わってたような。失敗した。
あれ、海馬寝てる?
アテムが乗ってるから風邪は引かないか。

起こさないように自室に戻ってメールの返信をすることにした。
メールには、遊戯とすっかり大人っぽくなったモクバの写真が添付されていた。
お返しにと、アテムと海馬の写真を添えた。家に着いてすぐに肩に乗られたときの、我ながらナイスショットだ。
挨拶文のあとに続くのは『今日も不機嫌で元気そうな写真を添付します』かな。文才は期待されていないだろうから、きっとわかってくれるだろう。