【スタゼノ】帰り道のUFO

スタゼノワンドロワンライ 第213回お題「渇き」「足りない」
帰り道にUFOを見たような気がしたスタンリーが、ゼノに愛を誓おうとする話。

 帰り道の空に、UFOを見た気がした。
 もちろん俺だって馬鹿じゃあないから、あれは錯覚だったんだろうとは思う。車のバックミラーなんて、いろんなものをいろんな形で映し出すし、誰かが指に嵌めてたリングの輝きを、あの楕円形の形と見違えても別に不思議じゃなかったからだ。
 でも、俺は焦ってた。内心不安だった軍の入隊試験を無事パスして、もうすぐ家を出ることになっていた俺は、あのUFOの幻が天啓のように思えたのだ。そう、俺は焦ってた。喉が渇いてしょうがなくて、水をどれだけ飲んでもそれは足りなかった。早くゼノに愛を誓わなきゃって、そんなことばかりを考えて、頭をぐるぐるさせてた、重力がおかしくなっちまったみたいだった。そう、UFOに連れ去られたって奴らが主張するような、そんなおかしな引力に、俺は翻弄されていた。そしてそれは、ゼノの引力なのだった。
 
 
 ゼノの秘密基地は、彼が住む街の、住宅街の外れにあった。寂れたアパートメントの最上階の隅っこが彼の実験場で、俺達は屋上でよく惑星の観測なんかをした。俺はハイスクールで覚えた煙草を吸い、ゼノはエナジードリンクを片手に天体を見た。
 俺はよくその秘密基地を訪ねた。一週間の終わりには特に。ゼノは教師に押し付けられた厄介なホームワークは片付けてはくれなかったが、大まかなアドバイスはくれた。あぁ、スタンそこの計算式が間違ってる、咄嗟の計算が出来ないとパイロットには向かないよ。そんなふうに意地悪を言って、ゼノは俺が持ち込んだホームワークを軌道修正してくれた。俺は負けん気が強かったし、彼の助言も的を射ていたのだろう、そのおかげか理系科目の成績は良かった。そう、教師が俺がずっと夢見てた軍隊じゃなく、大学への進学を勧めるくらいには。でも自動車修理工の父と、ダイナーのウェイトレスをしてる母を持つ俺の家庭はそもそも金を持ってなかったし、先に仕事に就くにしても、俺は少しでも早くあの閉鎖的な街から出たかった。男がエミネム以外を聞いてたら馬鹿にされるような、そういう街から出たかった。軍も大概マッチョな組織だが、力があればのし上がれる。もう、Don’t Ask,Don’t Tell.じゃない、クリントンの時代じゃあないのだ。
「あぁ、喉が渇いた。君も何か飲む?」
 そんな事を考えていた時、さっきまでラップトップに向かっていたゼノが、椅子から立ち上がり言った。彼は小さな冷蔵庫からやはり毒々しい色のエナジードリンクを取り出して、それをマットレスの上に座る俺に勧めた。俺はビールがあれば良いんだけどって冗談を言って(もちろんIDを偽造したところで童顔な彼が買えないことを知った上で)、ゼノに顔を顰められた。
 ゼノがエナジードリンクを放り投げる。俺はそれを受け取り、タブを開ける。銀色の指輪がUFOに見えたんなら、これもUFOに見えるんだろうか? 綺麗に穴が空いた、望遠鏡みたいなそれ。屋上で空を見た、そんな俺たちにとって印象的なもの。
「なぁ、ゼノ……
「そんなにビールが欲しいんなら買ってきたら良いじゃないか。君なら売ってもらえるよ。僕とは違ってね」
 なんだ、根に持ってるのかって俺は思う。それが可愛らしいとも。でも、そんな可愛らしさじゃ足りないとも。もっともっと、俺をおかしくさせてくれって思う。
 あぁ、喉が渇く。甘い甘いエナジードリンクを飲んでも、その渇きはおさまってくれない。ただ頭がぐるぐる回って、高速で頭が回転して、まるでふわふわと無重力の中にいるみたいになって、あぁ、あんたが好きだって、この男に繰り返し囁いたことを俺は思うのだった。
 ゼノと恋人同士になったのは、ハイスクールに入ってしばらく経ってのことだった。でも俺達はずっと長く友人をしていたし、その時から親しかったので、関係はさほど変わらなかった。もちろんここでファックはしたし、そういう時間の使い方は増えたけれど、やっぱりゼノが研究に没頭している時が、俺にとっちゃあ一番セクシーだったから。初めてゼノに触れた夜も天体観測をしたし、星空の下で彼がふと笑った顔が忘れられなかったから。
「スタン、どうしたんだい? 少し顔が赤いよ。暑さにやられた? おかしいな、エアコンが効いてないのかな。ここは古いから。……もしかして、ここに来るまでビールを飲んだ?」
「まさか。さすがに飲酒運転はしねぇよ」
「だったら良いんだけどね」
 ゼノがまたラップトップの画面に視線を落とす。俺はそれを見ながら、口座にある小遣いの積み立てについて考えたけれど、必死に稼いだそれでだって、彼の美しい指を飾るほどのリングは買えないだろうって思った。金持ちの家のプール掃除をして、隣近所の芝生を刈って、共働きの家のベビーシッターをして稼いだ金でも、ティーンエイジャー向けのファッションリングがいいところじゃないだろうか。ちゃちなものしか買えないんだったら、いっそ何も贈らない方がいい。彼を飾り立てる、それに相応しいものを得るまで、何も贈らない方がいい。
 いや、でも俺は誓いたいのだ。ゼノに、ハイスクールからの帰り道に見たUFOが思わせた、言ってしまえば彼へのプロポーズをしたいのだ。
 俺は強引にタブを引っこ抜く。それを人差し指に挿してくるくる回す。ゼノはずっと熱を発するラップトップを見てて、難しい式の演算を眺めていた。俺はそんなゼノにどう誓うか考える。美しい指を飾る美しい指輪は俺にはまだ買えない。じゃあ軍で成果を上げてから? 危険な紛争地に行って、帰ってきてから? いや、それじゃあ遅い。軍規に従って遺書を書く前に、俺はこの男に誓いたいんだ。
「ゼノ……
「ん?」
 俺は彼の名を呼び、そしてゼノの頬に触れる。いつも通りキスをする。エナジードリンクは机の上に置かれたまま、俺は指にリングみたいなタブを嵌めたまま、彼にキスをする。ゼノの柔らかい髪が指先に触れ、いつもより少し速い彼の息遣いが俺の耳に届く。ゼノが一瞬目を伏せて、なのにすぐにいつものクールな表情に戻る。いつも通りの触れ合いに戻っちまう。
 俺、UFOを見て、そんであんたに人生を誓いたいって思ったんだ。これって頭がやられてるかな? 俺って実は本当にUFOに攫われて、頭をいじられちまったのかな?
 俺はゼノに繰り返しキスをする。愛を誓うにはどうしたらいいんだろうって思いながら、まだ入隊までは時間があるだろうって言い訳をして、ただいつものように、ただ好きだって気持ちだけでキスをする。もし本当にUFOに攫われてたんなら、良い文句が浮かんだらいいのにって思いながら、繰り返し、戯れるように何度も。
 そう、俺は焦ってた。喉が渇いてしょうがなくて、エナジードリンクをどれだけ飲んでもそれは足りなかった。早くゼノに愛を誓わなきゃって、そんなことばかりを考えて、頭をぐるぐるさせてた、重力がおかしくなっちまったみたいだった。そう、UFOに連れ去られたって奴らが主張するような、そんなおかしな引力に、俺は翻弄されていた。そしてそれは、ゼノの引力なのだった。



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