haruka037
2025-08-02 12:14:21
7670文字
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過ち

 スバイカ。
 酔った勢いで関係を持った二人の話。

 目が覚めると頭がズキズキと痛んだ。
 思わず呻いて頭を押さえる。
「ううっ……、どうしてこんなに頭が痛いんでしょう……?」
 胃もムカムカするし、身体もダルい。
 しかし何故私は裸なのだろうか?
 寒さの厳しい冬の里では、裸で寝ていると風邪を引いてしまう。
 ふと、そこで自分のいる所が冬の里の自宅ではない事に気付く。
「ここは……、龍神社……?」
 何故自分は龍神社などで寝ているのだろうか?
 混乱した頭の中で傍らに人の気配を感じてそちらに視線をやると、舞手が眠っているのが見えた。
 舞手も同じく裸で、辺りには服が散らばっている。
 ズキズキ痛む頭で何とか思い出した。
 昨日、舞手が良いお酒が入ったから二人で飲もうと言った事を。
 上等な酒らしく、思っていたよりもずっと美味く、後味がスッキリしていた。
 だからだろうか。
 二人して飲みすぎてこんな事になってしまったのだ。
「ああ……、やってしまいましたね……
 身体がやけにダルいのもそのせいだろう。
 腰が痛い所を見るに、どうやら私が女役だったらしい。
 不本意だが、こうなってしまったのは仕方がない。
 本当ならさっさと服を着てここから去って全てなかった事にしたいが、生憎と酷い頭痛と吐き気で動く事は出来なさそうだ。
「寝直しますか……
 全てを諦めて目を閉じた。


 次に目が覚めると、舞手に頭を撫でられていた。
「なんですか。馴れ馴れしいですよ」
 目を開いて舞手を軽く睨むと、彼はそれでも笑って見せた。
「えへへ。イカルガさんとこんな仲になれたのが嬉しいんです」
「こんな仲……?」
 酒に酔った勢いで身体を交えただけではないのか。
 そうでなければ男など抱ける筈がない。
 眠っていたお陰で頭痛と吐き気も大分良くなった。
 これなら帰れそうだ。
 あまり長居するものではない。
 舞手と一緒にいる所を誰かに見られでもしたらおしまいだ。
 急いで服を身に纏った。
「私は帰ります。今回の事はお互い水に流しましょう」
「待ってください、イカルガさん!」
 腕を掴まれて振り返る。
「なんですか舞手。忘れましょうと言っているんですよ」
「オレは忘れたくありません!」
「何故……。酔って男と寝たなんて、人生の汚点にしかならないでしょう」
 そう吐き捨てると舞手は苦しげな顔をして私を見た。
「イカルガさん、忘れちゃったんですか……?」
 泣きそうな顔でそう言われても、こちらは何も覚えていない。
「忘れました。昨夜の事も、もう忘れます」
 掴まれた腕を振り払って龍神社を後にする。
 舞手は追っては来なかった。
 
 
 家に帰るとすぐに湯を沸かして風呂に入った。
 身体を洗って湯船に入ると張り詰めていた神経が緩んで溜め息が出る。
「はぁ……。とんだ災難でしたね……
 まさか舞手と同衾する事になろうとは露ほどにも思わなかった。
 だが、舞手を責めるつもりはない。
 彼もまた被害者のようなものだ。
 私を酒で酔わせて不埒な行為に至ろうとしていたのならともかく、とても舞手に悪意があったとは思えない。
 けれども正直に言えば複雑な心境なのは確かだ。
 彼は昨夜、どんなふうに私を抱いたのだろうか?
 きっと彼の事だから丁寧に扱ってくれたのだろう。
 身体はダルくはあるが、どこも痛くない。
 肌に散る赤い鬱血痕に、いたたまれなくなって視線を逸らした。
 視界の邪魔をする前髪を後ろに撫で付けて息を吐く。
 動揺していたせいで舞手には冷たい態度を取ってしまったが、それくらいで嫌ってくるような男ではないだろう。
 暫くは微妙な空気になるかもしれないが、それも仕方がない。
「お互いに忘れてしまった方が良いのですよ……
 小さく呟いて目を閉じた。
 

「おはようございます。イカルガさん。里の見回りご苦労様です」
 普段通りに舞手に声をかけられて戸惑ってしまう。 
 暫くは微妙な空気になるかもしれないと言ったのは誰ですか?
 私ですね!
 思わずセルフ突っ込みしながら舞手に向かい合う。
 目の前の舞手は、今朝あんなやりとりがあったと思えない程に、あっけらかんとしていた。
「あなた……、もっと普通はこう、戸惑ったり落ち込んだりするものなんじゃないですか?」
「そうですね。これでもイカルガさんが出て行ってから色々考えたんですよ。それで結論が出ました。昨日の事を忘れてしまったんなら、またオレが一からあなたを口説けば良いって!」
「言っておきますが、私は男と寝る趣味はありません。あれは酔った勢いの間違いで……
「間違いなんかじゃありませんよ」
 舞手は真っ直ぐに私を見つめて来る。
「イカルガさんと寝た事、オレは後悔してません。だから間違いだったなんて思いません」
「あなた、頭がおかしいんじゃないですか?私は男なんですよ。女性と違って子供も産めない。私を口説く意味なんてないでしょう」
「子供なんていなくても良いんです。イカルガさんがいてくたら、オレはそれだけで幸せですから」
 そう言って舞手は私の手をそっと握る。
「オレはイカルガさんが好きです。だから、イカルガさんにもいつかオレを好きになって欲しいです」
「そんな事は無理ですよ……。私には男色の気はありません。あなたの気持ちには応えられません……
 弱々しくそう返して舞手の手を外す。
 彼に背を向けて歩き出すと、舞手が言った。
「イカルガさんに好きになって貰えるまで、オレ頑張りますから!」
 その声に、応じることはしなかった。
 昨夜の事は過ちだ。
 あってはならない間違いだ。
 それなのに、舞手は後悔などしていないと言う。
 私は男色ではない。
 恋愛経験はないが、いずれは女性と世帯を持つことになるのだろう。
 だから、私にとっては昨夜の事は忘れてしまいたい失態だった。
 それなのにどうして舞手は私を口説いてくるのだろうか?
「そんなに私の具合が良かったんですかね……
 自嘲気味に呟く。
 考えられるのはそれくらいだ。
 まさか舞手に想いを寄せられる日が来ようとは思わなかった。
 どうしていいのか分からない。
 飲みすぎてしまった昨夜の自分を呪いたくなった。
 
 
 それからも毎日舞手は私を口説いて来たが、その全てをすげなく断っていた。
「好きです。イカルガさん」
「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが、応えられません」
「それでもあなたが好きです」
「そうなんですね。まあ、精々頑張ってください」
 団子を食べながら平然と応じる。
 所構わず口説かれるせいで感覚がすっかり麻痺してしまっていた。
 いろは茶屋にて団子を食べているとやって来た舞手は、私に告白して来た。
 舞手の告白を受けるのはこれで何度目だろう。
 指折り数えて見るが面倒になって途中でやめた。
「あなたも飽きませんね。どれだけ口説いても私が頷く事はありませんよ。いい加減諦めたら如何です?」
「嫌です。オレは絶対に諦めません。あなたがオレを好きになってくれるまで、毎日会いに来ますから」
 そう言って舞手は笑う。
 太陽のように眩しいその笑顔に、思わず目を細めた。
 嗚呼、あなたは私には眩しすぎる……
 団子を食べて会計を済ませて茶屋を出た。
「イカルガさん。どこに行くんですか?」
「着いて来ないでください。あなたには関係ありません」
「良いじゃないですか。今日はやる事も終わったので暇なんですよ」
「それならその辺の草むしりでもしていたら如何ですか?暇なんでしょう」
「辛辣だなぁ。でも、そんなイカルガさんも好きです」
「あなたねぇ……
 目眩がして来た。
 どうしてこうもしつこく食い下がって来るのか。
 普通はこんなに冷たくされれば諦めるだろうに、舞手はそれがない。
「あなた、いつになったら私を諦めるんです?」
「死ぬまで諦めません」
 キッパリと言い切られて逆に清々しい。
「あなた……、本当におめでたい性格をしていますね……
「褒めてくださってありがとうございます。いやぁ、照れるなぁ」
「褒めてません」
 バッサリ切り捨てても、舞手は変わらず笑っている。
 本当に図太い神経の持ち主だ。
「とにかく着いて来ないでください。あなたがいると皆に生暖かい目で見られて恥ずかしいんですよ」
「良いじゃないですか。オレがあなたを好きな事はもう里の皆は知ってるんですし」
「私があなたと同類だと思われるのが心外なんです」
「そんな恥ずかしがらなくても良いじゃないいですか。今更ですよ」
「うるさいですね。嫌なものは嫌なんです」
 スタスタと歩きながらも、舞手はピッタリと着いて来る。
 式神でも使って巻くかとも思ったが、結局白龍の力で彼はどこへでも行けるのだ。
 だから大して意味はない。
 仕方なく舞手を引き連れて歩く。
「イカルガさんは優しいなぁ」
「私のどこが優しいんです?」
 こんなに冷たくしているのに、どこに喜ぶ要素があるのだろうか。 
 もしや被虐趣味でもあるのだろうか?
 横目で舞手を見ると、彼は柔らかく微笑んでいた。
「だって、ちゃんとオレの相手してくれるじゃないですか。本当にオレの事がどうでも良いのなら、無視するなり、さっさとどこかに行くなりしたら良いのに、今だって式神で追い払ったりする事もせずにこうして話してくれるじゃないですか。やっぱりイカルガさんは優しいですよ」
「そ、れは……
 言われてみればそうだ。
 本当に舞手に口説かれるのが嫌なのなら、身代わりの式神を使うなりして幾らでも彼を遠ざけられる。
 だが、そうしないのは何故なのだろう。
 同じ男である舞手に言い寄られても全く嫌悪感がないのが不思議だった。
「どうして私はわざわざ、あなたの相手をしてあげているのでしょうね……
「それはオレも知りたいです。分かったら教えてくださいね」
 そう言って舞手は笑った。
 
 
 それからも毎日舞手はやって来た。
 いつものようにそれをあしらいながら、舞手に口説かれるのをどこか楽しみにしている自分に気付いて戸惑った。
 私は男は好みではない筈なのに何故なのだろう。
「好きです、イカルガさん」
「ええ。知っていますよ」
「あなただけが私の特別です」
「ありがとうございます」
 居酒屋の所で食事しながら挨拶代わりの告白を受け流す。
 居酒屋はその様子を微笑ましそうに見つめていた。
 以前ならそれを居心地悪く感じたのだが、今はそう感じない。
 この心境の変化はなんなのだろう。
 自分の本心が分からなくて戸惑うばかりだ。
「イカルガさん?」
 手が止まっていたらしい。
 舞手に声をかけられて我に返る。
「なんでもありません……
 何食わぬ顔をして食事を再開するものの、違和感は消えることはないのだった。
 
 
「イカルガさん。今日もあなたが好きです」
「そうですか」
「あなたと恋人になりたいです」
「それは無理ですね。諦めてください」
「諦めませんよ。一生あなたを好きでいると決めたんですから」
 そう言って舞手は笑う。
 その笑顔にクラクラした。
 私は舞手に惹かれて始めている。
 それを自覚して怖くなってしまった。
 もし、舞手の気持ちを受け入れてしまったらどうなるだろう。
 舞手はきっと大事にしてくれるだろう。
 友人として付き合っている時に分かった。
 彼は誠実な男だ。
 決して私を悲しませるような事はしない。
 だが、だからこそ恐ろしくてならなかった。
 女性を選んでいたならきっと、愛しい子供をその腕に抱く事も出来ただろう。
 だが、彼が選んだのは私だ。
 私は男だから彼に子供も産んでやれない。
 私は彼から奪うばかりで何も与えてはやれない。
 終わりにしなければ。
 そうしなければ、いけない気がした。
「もう、やめて貰えませんか……。迷惑なんですよ……
 喉の奥から声を絞り出す。
 彼の想いを拒否しろ。
 舞手を遠ざけろ。
 そうしなければ私は、彼から奪ってしまう。
 輝かしいばかりの未来を。
 愛しい妻と子供を。
「イカルガさん……
「私は、あなたとは付き合いません。あなたなんかに抱かれるより、女性を娶って普通の幸せを手にした方がずっと良いに決まっています。私は普通の幸せが欲しいんです。私に、あなたは必要ない」
 そう言い捨ててその場を後にする。
「待ってください!イカルガさん!」
 舞手の声を振り切って駆け出す。
 感情がグチャグチャになって、苦しくて堪らない。
 胸が引き裂かれそうだ。
 舞手を完全に好きになる前に終わらせる事が出来た。
 これで良かったのだ。
 そう思うのに、次から次に涙が溢れて止まらない。
 次々に溢れて来る涙を拭う事もせずに、私は滲んだ視界の中を思い切り駆け抜けたのだった。
 
 
 その日は上手く寝る事が出来なかった。
 舞手が追って来なかった事に傷付いている自分がいて、馬鹿らしくて笑ってしまう。
「自分で振っておきながら、傷付くなんて浅ましいですね……
 自分が望んだ結末ではないか。
 これで良かったのだ。
 そう思うのに、心は重く気持ちが上がって来ない。
 嗚呼、私はもうとっくに舞手の事を好きになってしまっていたのだ。
「今更気付くなんて愚かですね……
 ポツリと呟いて、自嘲気味に笑う。
 でももう終わってしまった。
 彼はもう私に会いには来ない。
 それで良いのだ。
 これで舞手から未来を奪わずに済むのだから……
 
 
 次の日、やはり舞手は来なかった。
 その次の日も、その次の日も、舞手の姿を見かける事はなかった。
 きっと避けられているのだろう。
 悲しいけれど仕方がない。
 そろそろ潮時なのかも知れない。
 都に帰る時が来た。
 師匠の敵を討って、もうここに留まる意味はなくなった。
 在るべき所へ帰ろう。
 都に帰る為に自宅で片付けをしていると、バタバタと騒がしい足音がして顔を上げた。
「イカルガさんっ!都に帰るって本当なんですか!?」
 息を切らしてやって来たのは舞手だ。
 今更何をしに来たのだろうか。
「ええ。そうですよ。もうここに留まる意味もありませんし、私は都に……
 声が途切れた。
 舞手に突然抱き締められたからだ。
「嫌です。帰らないでください」
 そう言って舞手は強く私を抱き締めた。
「もう、私の事は諦めたのではなかったのですか?」
「諦めてなんていません。会いに来れなかったのは、熱が出て魘されてたからで、あなたを嫌いになった訳でも、諦めた訳でもありません!だから、行かないでください!」
 ぎゅうっと強く抱き締められる。
 まるで逃がさないとでも言いたげだった。 
「私は、あなたの気持ちには応えられない」
 あなたから大切なものを奪う訳にはいかないから。
 だから離れた方が良い。
「それでも良いからオレの傍にいてください!」
 苦しいくらいに抱き締められる。
 それが嬉しくて堪らない。
 良いのだろうか?
 彼から未来を奪ってその手を取っても。
 彼の想いを受け入れて良いのだろうか?
「何故、そんなにも私を好きでいてくれるのですか?」
 その言葉に、彼は笑った。
「あなたの全てに惹かれているんです。あなたを愛しています。イカルガさん」
 身体を離した彼が、そっと私の頬を撫でる。
「だから、オレの恋人になってください」
 真っ直ぐな言葉に心が揺れる。
「後悔、しませんか……?あなたの子供が産めなくても愛してくれますか……?」
「はい!勿論です!死ぬまであなたを愛し続けます」
 彼は私の手を取って、そっと手の甲に口付けて来た。
「だから、オレの想いを受け入れてください」
 迷いのない目が私を見つめる。
 こんなにも真剣で真っ直ぐな想いを向けられて、もう断る事なんて出来なかった。
「はい。あなたの恋人になります」
 そう言えば彼は嬉しそうに微笑んだ。
 ポロリと涙が溢れ出す。
 それは歓喜の涙だ。
 漸く欲しいものが手に入った。
 そんな気がした。

 
 互いに思いを告げあって、心に流されるままに身体を重ねた。
 彼は優しく私に触れた。
 行為の最中も、愛しくて堪らないと言いたげに優しい目で私を見て、何度も「愛しています」と囁かれた。
 幸せで堪らなくて、そんな彼が愛しくて愛しくてどうにかなってしまいそうだった。
 行為を終えると、スバルがポツリポツリと語り出す。
「実は最初に身体を重ねたあの日、先に誘って来たのはイカルガさんだったんですよ」
「そうなんですか?全く覚えていません」
 そう言えば彼は苦笑する。
「好きだと言ってキスされました。そのまま布団の上に押し倒されて、あとはなし崩しに……
「そうだったんですね……。あなたはいつから私を好きだったんですか?」
「最初からですよ。あなたに初めて会ったあの日から、あなたの事が好きでした」
「あなた……、あの状況で普通惚れますか?」
「仕方ないでしょう。一目惚れだったんですよ。でも、あの時から変わらずあなたの事が好きです。オレの想いを受け入れてくれて、ありがとうございます」
 優しく頭を撫でられて、彼に擦り寄って甘えると、スバルは嬉しそうに笑う。
「イカルガさん、オレと結婚してください」
「いきなりですね」
「勿論今すぐじゃありません。あなたの覚悟が決まったら教えてください」
「なんの覚悟ですか?」
「オレと一緒に歩む覚悟です」
「ええ。分かりました。その時はあなたに一番に伝えます」
 そう言って微笑めば、彼もまた笑ってくれる。
 そうしていつまでも二人、寄り添っていたのだった。


 それから数年が経ち、私はスバルと結婚した。
 結婚してから大きくなっていくひとつの想いがあった。
 スバルとの子供が欲しい。
 それはどれだけ望んでも手に入らないもの。
 でも、諦める事はどうしても出来なかった。
「スバル。私はあなたの子供が欲しいです」
 意を決して言った言葉にスバルは微笑んだ。
「そうですね。オレもあなたの子供が欲しいです」
 叶うことのない願い。
 けれども、愛しい伴侶がその願いを笑わずに受け入れてくれた。
 それだけで充分だった。
 その筈だったのに……
 縁結び神社で神から授かったカブの苗。
 それを植えて産まれて来たのは私たちの子供だった。
 スバルに似た髪の色に、私と同じ目の色をした紛れもない私たちの子供。
 それを見た時、嬉しくて堪らなくて思わず泣いてしまった。
 スバルはそんな私を困ったように見つめて、でも赤子を抱いて幸せそうに微笑んでいたのだった。

終わり