haruka037
2025-08-02 12:11:20
8627文字
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不義理なあなたへ

 スバイカ。
 浮気したスバルの話。

 スバルと付き合って数ヶ月。
 私には縁遠かった恋愛というものにも、漸く慣れて来た。
 最初は手を握られただけでドキドキしたものだ。
 スバルに抱き締められると嬉しくて、キスされると幸せな気持ちになった。
 手を繋いでデートする事もある。
 最初は気恥ずかしかったそれにも、次第に慣れて来た。
 私はこれから先もずっとスバルと一緒にいるのだろうと、そう信じて疑っていなかった。
 そんな考えが、浅はかなものであった事に、私は後々気付く事になるのだった。


 鍛冶屋に用があって訪ねると、彼女は私を見て表情を曇らせた。
「イカルガかイ……
「鍛冶屋。何かありましたか?」
 首を傾げると、鍛冶屋は言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「今日……、舞手が知らない女の人と一緒にいるのを見ちまったんダ……
「そうなんですか?またいつものお節介でしょうか」
「それが……、そうとも言えないんだヨ。何しろその人と舞手は手を繋いで龍神社に入って行ったんダ……
 その台詞に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
「有り得ないですよ。まさか、誰かと見間違えたのでは?」
 とても信じられなかった。
 スバルが私を裏切るだなんて……
「アンタと女の人を間違える筈ないダロ。見た事ない顔だったし、どこをどう見てもアンタじゃなかったヨ」
……
 にわかには信じ難い話だ。
 あのお人好しのスバルの事だ。
 その女性の話を詳しく聞く為に、龍神社に行った可能性もある。
 だが、それならば何故その女性と手を繋ぐ必要があったのだろうか?
 嫌な予感がする。
 こういう時の予感はよく当たるのだ。
 だが、勝手に決め付けるのは良くない。
「情報提供ありがとうございました。こちらでも調べてみようと思います」
「あんまり気を落とすんじゃないヨ。何かの間違いってこともあるしサ」
「ええ、そうですね」
 そう返して鍛冶屋に微笑んで見せるものの、それはどこかぎこちない引き攣った笑みになってしまった。
 鍛冶屋にはなんとも言えない顔をされたが、気付かなかったフリをして踵を返す。
「まずは情報を得なくてはいけませんね……
 手始めに冬の里で情報収集をするべきだろう。
 様々な人に訊ねて回ったが、皆言いにくそうにスバルが女性と一緒にいるのを見た事があると教えてくれた。
 その女性の特徴を聞けば、どれも共通している。
 腰まである長い黒髪の若い女性だと言う。
 その女性とスバルは親しそうにしていたらしく、知り合いではあるのだろう。
 だが、皆が目撃する程頻繁に一緒にいるのに、私がそこに鉢合わせなかったのが不思議でならなかった。
 避けられているのだろうか?
「やはり浮気でしょうか……
 ポツリと呟くと、話を聞いていた狩人が応える。
「まだそうと決まった訳じゃない。本人からちゃんと話を聞くべきだ」
「そうですね……。何かの間違いであってくれたら良いのですが……
「とにかく本人に会って話してみると良い。勘違いと言う事もあるからな」
「分かりました。ご忠告痛み入ります。では、失礼します」
 何かの間違いであって欲しい。
 きっといつものお節介で、厄介事に首を突っ込んでいるだけだ。
 そうに決まっている。
 そう思っていた。
 けれども四つの里で情報を集めているうちに分かってしまった。
 スバルは浮気しているのだと言う事が。
 スバルが女性と一緒に龍神社に行った所を見た人物は一人や二人ではない。
 複数の村人がそれを目撃していた。
 しかも二人が龍神社から出て来たのは一時間以上も後の事らしい。
 冷静であれと自分に言い聞かせていたが、もう無理だった。
 今すぐスバルを問い詰めたい。
 スバルを思う様罵ってやりたい。
 どうして私を裏切ったのだと詰めってやりたい。
 ふつふつと燃える怒りを内に秘めてスバルの所に向かう。
 夏の里でその姿を見つけて足早に駆け寄ろうとして、スバルが誰かと一緒にいるのが見えて足を止めた。
 スバルは一人の女性と笑いあっていた。
 それは噂で聞いた黒髪の女性。
 二人はまるで夫婦のように仲良さげに寄り添っている。
 一緒に露店を見ている二人。
 スバルが足を止めたかと思うと、簪を手にして女性の髪に宛てているのが見えた。
『あなたによく似合いますね』
 そう言って笑うスバルの声が聞こえた気がした。
 二人の姿はあまりにお似合いで、込み上げていた怒りがスッと消えていくのを感じた。
『愛しています、イカルガさん』
 情事の時、甘く囁いた彼の言葉を思い出す。
 私は確かに愛されているのだと思った。
 でも、違ったのかもしれない。
 本命はあちらで、私は遊びだったのかもしれないではないか。
 子供も産めない私などより、彼女の方がスバルの隣には相応しいのかもしれない。
 私が身を引くべきなのだ。
 愛おしげに彼女を見つめるスバルを見て、そう思った。
 二人に見つかる前にその場を去った。
 冬の里の自宅に帰って長机の前に座る。
 墨をすって筆を取った。
 真っ白な紙に文字を書いて行く。
『スバルへ。
 初めてあなたに手紙を書きます。まさかこんな形で筆をとることになろうとは露ほども思いませんでした。今日、夏の里であなたがとある女性と一緒にいる所を見かけました。黒髪の、とても美しい方でしたね。聞けばあなたは近頃、あの女性と親しくなさっているのだとか。それを責めるつもりはありません。あなたはきっと、いつも張り詰めていた私を哀れんで一緒にいてくれただけなのでしょう。それを愛されていると本気で信じてしまった私に非はあります。あなたが私に本気でなかった事に気付けなかった自分の愚かさを恥じ入るばかりです。私と別れてください。そしてどうか、あの女性と幸せになってください。私は都に帰ります。もうあなたとは二度と会う事はないでしょう。あなたを心から愛していました。さようなら、スバル。 イカルガ』
 一気に書き終えて頬を涙が伝って行く。
 愛していたのだ。
 特別だった。
 だが、もうそれも終わりだ。
 今は辛くともいつかまた笑える日が来る。
 人を愛すると言う事の素晴らしさも喜びも苦しさも、全てスバルが教えてくれた。
 また違う誰かを愛せるようになるように努力しよう。
 そうして誰かを愛せたら、その人だけを真っ直ぐに愛そう。
「だから……、今だけは許してください……
 誰にともなく謝って、流れ出る涙を手で拭う。
「スバル……、スバル、スバル……
 この名前も、もう呼べなくなる。
 私達は恋人ではなくなってしまったのだから。
 誰かを愛するという事が、こんなにも苦しいものだとは思わなかった。
 こんなにも辛いのなら、愛さなければ良かった。
『イカルガさん、大好きですよ』
 私を抱き締めて優しく微笑んだスバルの顔を思い出す。
 ああ、こんな時でさえ思い出すのは優しかったあなたの事だ。
 幸せだった。
 スバルに愛されていると勘違いしていたあの頃、私は確かに満たされていた。
「あなたの、せいですよ……
 あなたが私をこんなにも弱くした。
 あなたが私を変えてしまった。
 本当は今すぐあなたに泣き付いて捨てないでくれと縋りたい。
 だが、それをしてはならないのは分かっている。
 彼を困らせるような事は出来ない。
「さようなら、スバル」
 小さく呟いて目を閉じた。



 ◆◇◆
 きっかけはひとつの絵馬だった。
『恋人が欲しい』
 そう書かれた絵馬を見て、話だけでも聞きに行くかと思ったのが運の尽きだった。
 その人の狙いは初めからオレだったらしい。
 初めて見た時から好きだった。
 付き合って欲しいと言われて当然断った。
「すみません。ご存知ないかもしれませんが、オレには恋人がいるんです。その人を裏切るような事は出来ません。なのであなたとは付き合えません」
「そう……、貴方も私を拒絶するのね……
 そう言うや否や、彼女は脇差しを自分の首筋に宛てた。
「何をするんです!」
「私と付き合ってくれなかったら死ぬわ!」
 大声で叫んだ女性の目は血走っていて、とても正気とは思えなかった。
 イカルガさんを裏切れない。
 でも彼女を死なせる訳にはいかない。
 苦肉の策で二週間だけなら付き合っても良いと言えば、彼女はにこりと笑った。
「分かったわ。今日からよろしくね」


 それは思ったよりも長く辛い二週間だった。
 イカルガさんにバレないようにするのも大変だったが、それよりも彼に隠れて女性と付き合っていると言う罪悪感がオレを苦しめた。
 だが、それも今日で終わりだ。
 漸く開放される。
 あまり楽しくもないデートを終えると、彼女は柔らかく微笑んだ。
「今日はありがとう。とっても楽しかった」
「そうですか。それは良かったです」
「また会ってくれる?」
「すみません。最初の約束では二週間でしたよね。オレには大事な恋人がいます。あなたと二人きりではもう会いません」
 キッパリとそう告げると「そう」と彼女は返した。
「でも、良いの?貴方の恋人、イカルガさんだったっけ?あの人、私と貴方が一緒にいる所を見ていたわよ。いつも私とのデートは龍神社で長話だったから、なにか勘違いされたかも知れないわねぇ?」
 くすくすと女は笑う。
 その言葉に身体からサッと血の気が引いた。
「まさか……。初めからこれが狙いだったのか!?」
 女を睨み付けると、それは笑いながら言った。
「だって目障りだったんだもの。男同士でイチャイチャしちゃってさぁ、気持ち悪いったらないわね。恋人を放って二週間も他の女と遊び回ってたんじゃあ、愛想つかされても仕方ないわよね」
 あはははははは。ざまぁみろ。
 そう言って女は去って行った。
 残されたオレは拳を握り締めて怒りを抑えていたが、モコロンの言葉で我に返る。
「おい、相棒。イカルガの様子見に行かなくて良いのか?」
「そうだ、イカルガさん!」
 弾かれたように駆け出す。
 イカルガさんはこの時間帯は大抵、秋の里で夕飯を食べている。
 そこに行けば会えると思ったのだが、姿がない。
 里の人に訊ねて見ても、皆知らないと首を振った。
 冬の里のイカルガさんの家に向かう。
「イカルガさん!」
 引き戸を思い切り開いて見ると、そこはもぬけの殻だった。
 長机の上に、白い紙が置いてあるのが見えて近づく。
 それは、イカルガさんの手紙だった。
 それを読んで青ざめる。
「どうしよう、モコロン……。イカルガさん、オレと別れて都に帰るって……
「相棒。初めに言ったよな?ちゃんと厄介事に巻き込まれてるってイカルガに相談しろって」
「それはそうだけど、イカルガさんを危険な事に巻き込みたくなかったんだ……
 もし、イカルガさんに相談して、それがあの女の逆鱗に触れてなにかされるのが怖くて堪らなかった。
 オレだけが我慢していれば良い。
 そう思っていた。
「結局それで勘違いさせたら意味ねぇだろ。それで、どうするんだ?」
「勿論追い掛けるよ。モコロンも一緒に来るよね?」
「しょうがねぇなぁ。手の掛かる相棒だ」
 そう言ってモコロンは笑ったのだった。


 ◇◆◇
 都に戻って数日が経った。
 私が不在の間に溜まっていた仕事をこなしていると、部下に声をかけられた。
「イカルガ様。お知り合いだと言う方がいらしていますが如何しましょう?」
「誰ですか?名前は」
「スバルと言う方です」
「っ……。帰るように言いなさい。私は会いません」
 心が乱れて字が滲んでしまった。
 これは書き直しだ。
 まさか都まで追って来るとは思わなかった。
 だが、私はもう“舞手”とは会うつもりはない。
「承知しました」
 部下が下がって行ったのを横目に見ながら、新しい紙を出す。
 もう少しで書き上がる所だったと言うのに、仕損じるとはらしくない。
 やはりまだ、傷は癒えてはいないらしい。
 それはそうだ。
 まだ別れて数日なのだから。
 今会えばきっと彼に引き摺られてしまう
 だから会えない。
 会ってはならない。
 そう自分に言い聞かせて仕事を進めた。
 やがて、部屋の外がにわかに騒がしくなる。
 誰かの荒々しい足音と、引き止める部下の声。
 これは不味い。
 まさか強行突破してくるとは思わなかった。
 書きかけの筆を置いて立ち上がろうとしたその時、部屋の戸がスパンと勢い良く開いた。
「イカルガさん!見つけましたよ!オレの話を聞いてください!」
 部屋の中に入って来たのは、やはり舞手だった。
 数日ぶりに聞いたばかりだと言うのに、もう懐かしくて堪らない。
 けれどもここで流される訳には行かなかった。
 はあっと大きく息を吐いて振り返る。
「随分と騒がしい登場ですね、舞手。私に何か用ですか?」
 思っていたよりもずっと冷たい声が出た。
 ああ、やはり私は怒っているのだ。
 それに今更ながらに気付く。
 冷たい視線と声にたじろいだ様子の舞手を睨み付ける。
「出て行ってください。仕事の邪魔です」
「イカルガさん!お願いです。話をさせてください!」
「あなたと話す事など何もありません。私はもう用済みでしょう」
「そんな事ある筈ないでしょう!あなたはオレの大事な人です!」
 その台詞に思わず笑ってしまう。
「本当に大事なら、他の女と付き合う前に私を振るべきでしたね」
「イカルガさん!」
「もう結構です。お引き取り願いましょう」
 右手を翳すと陣笠衆が現れる。
「その方を出口までご案内しなさい」
「イカルガさん!お願いです!話を!イカルガさん!」
 舞手の声が遠ざかって行くのを背中で聞きながら仕事を再開する。
「これで諦めてくれたら良いのですが……
 きっと明日も明後日も彼は来るのだろう。
 それならば同じように追い返すだけの事。
 もう舞手と話すつもりはない。
 かける言葉も、聞く耳も、もう私にはありはしないのだから……
 
 
 予想通り舞手は毎日私の所へやって来た。
 だが、部下に絶対に通すなと指示していたからか、無理に押し入って来る事はなくなった。
 舞手はどうやら陰陽寮の外で私を待っているらしかった。
 部下づたいに話をしたいと言って来ていたが、その尽くを無視していた。
 やがて季節は移ろい、夏がやって来た。
 その日は特に暑く、朝から滝のような汗が流れ出て不快でならなかった。
「ああ……、早く屋敷へ帰って湯浴みしたいですね……
 ポツリと呟いた所に部下が慌てたように駆けて来た。
 騒々しいその様子に、思わず眉間に皺が寄る。
「イカルガ様!大変です!」
「なんですか、騒々しい」
「この暑さでスバル殿が倒れられました!」
 それを聞いて身体から血の気が引く。
……ですか?」
「すみません。聞き取れませんでした。なんですか?」
「スバルはどこにいるのですか!?」
 部下の胸ぐらを掴んで声を荒らげると、それはたじろぎながら答えた。
「イ、イカルガ様の私室にお運びしました」
 それを聞いて居ても立ってもいられずに自室に駆ける。
 スバル。スバル。無事でいてください!
 心の中で祈りながら廊下を駆ける。
 すれ違った部下達が皆一様に驚いた顔をするが、そんなものに構ってはいられない。
 自室へ辿り着くと、息を整えて部屋の中に入った。
 部屋の隅に敷かれた敷布団の上に、スバルが眠っているのが見える。
 暑気あたりと言っても油断は出来ない。
 それで人が死ぬ事もあるのだ。
 スバルは固く目を閉じて微動だにしない。
 まさか死んでしまったのではないだろうか?
 怖くなって彼の胸に耳を当てれば、トクントクンと規則正しく動く心臓の音が聞こえて酷く安堵する。
 しかし、暑い中でずっと立っていたせいか汗が酷い。
 近くにあった手拭いを水に付けて汗を拭ってやる。
 そうしていると目が覚めたのか、スバルの瞼が震えるのが見えた。
「う……
 小さく呻いたスバルが目を開く。
「イカルガ、さん……
「目が覚めましたか。まずは水を……
 水差しを取ろうとしたその手を掴まれる。
「やっと、捕まえましたよ……
 そう言って笑う彼に苦笑する。
「毎日私の所になど来て、彼女に嫌われたらどうするのです?」
「ああ、あの人なら里から出て行って貰いました」
 その言葉に驚いて目を見張ると、スバルはじっと私の目を見つめた。
「オレの話を、聞いてくれますか?」
「ええ、聞きましょう」
 今更逃げようとは思わない。
 スバルの話がなんであれ、聞くつもりだった。
「オレがあの人と会ったのは……
 スバルの話を聞くうちに、自分の中にあったわだかまりが溶けていくのを感じた。
 彼女と付き合っていたのは脅されていただけで、スバルの本意ではなかったのだ。
「その話、信じても良いんですね?」
「勿論です。オレはあなたに嘘は吐きません。絶対に」
 真っ直ぐに見つめられて心が揺さぶられる。
「だから、またオレと付き合ってください。今度は絶対にあなたを悲しませたりしないと誓います」
「返事は、少し時間を頂けませんか?あなたの事を信じたい気持ちはあるのですが、心が着いて来ないのです」
 俯くとそっと頭を撫でられた。
「大丈夫です。オレはいつまでだって待ちます」
 その温かい手に涙が滲みそうになって、慌てて立ち上がって背を向けた。
「具合が良くなるまでこの部屋を貸しますが、元気になったらさっさと帰ってください」
「はい。分かりました」
 私の声が震えている事に、スバルは気付いていただろうに何も言わなかった。
 部屋の戸を閉じた瞬間に身体から力が抜けてその場に蹲る。
「良かった……。スバルが生きていて本当に良かった……
 安堵から来る涙は、しばらく止まってはくれなかった。


 それからもスバルは毎日私の所に通い詰めた。
 変わったのは、私の執務室に彼が来るのを拒まなくなった事だ。
 また前のように倒れられても困るから仕方なくそうしているのだと自分に言い聞かせているが結局の所、私がスバルの顔を見たいからに他ならない。
 もうすっかり調子も戻ったようで顔色が良い。
 私の仕事道具を興味深げにしげしげと眺める彼の姿に苦笑する。
「言っておきますが、勝手に触らないでくださいよ」
「分かってますよ。凄いなぁ、イカルガさんは。なんだか難しそうな文字だらけで、なんて書いてあるのかオレにはサッパリだ」
「そうでしょうね。あなたはそれで良いんですよ」
 もしなんと書いてあるのか分かれば、彼は陰陽師になれるだろう。
 同じ職場で働く彼を一瞬想像しかけて首を振ってその考えを振り払う。
「それで?あなたはいつまで私の所に通い詰めるつもりです?」
「イカルガさんがオレを許してくれるまで、毎日来ます」
「では、私があなたを許したらどうなるのですか?」
「毎日あなたを口説きに来ます」
「ははっ。何も変わらないじゃないですか」
 思わず笑うとスバルは嬉しそうに微笑んだ。
「久しぶりにイカルガさんの笑顔が見れた。嬉しいなぁ」
 そう言ってニコニコと笑われるものだから、いたたまれなくなって彼に背を向けた。
「イカルガさん、本当はもうとっくにオレを許してくれてるでしょう?」
 スバルが背後から私を抱き締めて来る。
「許して、ません……
 久しぶりに触れられて、心が震える。
「じゃあ、どうしてオレが触っても怒らないんですか?」
 耳元でスバルの声が聞こえる。
 それだけで心臓がバクバクと脈打った。
「イカルガさん……。ねぇ、許すって言って……
「スバル……
 振り返ると、そこには甘い表情のスバルが居て心臓が跳ねる。
「私は……
 言葉を紡ごうとした次の瞬間、部屋の戸が開いた。
「イカルガ様、失礼致しま……。っ!誠に申し訳ございません!大変失礼致しました!」
 私とスバルが抱き締めあっているのを目撃した部下が、顔を真っ赤にして出て行った。
「あちゃー。見られちゃいましたね」
「今更でしょう。あなたが毎日陰陽寮に通って来るせいで色々噂されているんですから」
「噂?どんな噂なんですか?」
 くすりと笑ってスバル腕の中で反転する。
 スバルと向かい合う形になって、彼を見つめた。
「本当に色々ですよ。私とあなたがデキてるだとか。実はもう夫婦なのでは?とか。後はそうですね……
 スバルの唇を指先で撫でて笑う。
「あなたが私にぞっこんだ、とかですね」
「その噂、全部当たってますね」
「あなたとは夫婦ではありませんが?」
 その言葉にスバルは笑って私の手を取ると、左手の薬指に口付けた。
「あなたがオレを許してくれたら、求婚するつもりなんで覚悟しててください」
「っ……、卑怯ですよ……
 愛しくて堪らないと言いたげな顔でそんな事を言うのだから……
 でも結局、スバルの猛攻に耐え兼ねて白旗を上げた私が、彼を許すまで後十日。


 終わり