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みすず
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創作
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ミロキサ
自転車。
「単車逝ったわ」
うんともすんとも言わない単車を前に、ミロを振り返りながらキサラギは言った。
季節は夏。南北の果てで溶け続ける氷によって海の水位は上がっているが、人類にとって深刻な問題は砂漠化だ。雨季のない地方では年に片手の指を超えるほど雨が降れば僥倖で、それ以外の場所でも照りつける太陽の熱は痛いほど。
そんな陽の下をえっちらおっちらと歩いて行くのは大変で、人々は少しでも速く移動するために乗り物を用いることが多かった。
キサラギとミロの移動手段は専ら単車である。主にキサラギが運転し、その後ろにミロが乗る。バディを組んだ頃に頑丈なものが支給されたのだが、生憎とこのご時世で下っ端に新品ぴかぴかのものが回ってくる確率は低い。ご多聞に漏れずキサラギとミロのもとへやってきた単車も中古品である。頑丈な分、スクラップにされることを回避し続けている逸品らしい。
しかしながら、連日の侵略者との戦闘で悪路を進み、無茶な運転を続ければ単車も「遑をいただきます」とばかりに沈黙する日がやってきてしまった。
それもいざ買い物に行こうというときになって。
「工場へ持っていかないと無理か?」
「そうだな。やだね、また親父にどやされるかもしれねえわ」
「あいつらはなんであんなに怒鳴るんだ?」
「あの連中にとっては可愛いベイビーをぶん殴って泣かせているからじゃねえの」
「
……
そんなことはしてない」
そうね、と言いながらキサラギは肩を上下させる。
今回のように動かなくなってしまうことはなかったが、それでもちょっとばかり調子の悪い単車を持ち込んで工場の技術者に怒鳴られることは間々あった。ミロはその勢いについていけずむっつり黙り込みながらお叱りの言葉を拝聴しているが、キサラギはその日の献立を考えながら聞き流しているのがいつものことである。キサラギ一人で来ていたら指のささくれでも探す太々しさを発揮しているのだが、流石にそんな姿をミロへ見せるのは教育に悪い。
「いまから工場へ行くんじゃ買い物は今度だな」
「
……
あまり食料は残っていないぞ」
「やっちまったな。あー、なんか代替品でもせびるか」
「そんなものがあるのか?」と不思議顔をするミロになにかしらはあるだろうとてきとうな返事をしたキサラギは単車のハンドルを持ち、重たい単車と並んで歩き始める──前にミロを振り返る。
「お前はどうする? 留守番するか?」
「行く。なにか代わりのものがあるなら買い物へも寄れるだろう」
「あいよ」
ここで訊かず、勝手に決めてキサラギだけ歩いていったらミロはきっとむっとした顔をしたのではないかしら。想像してキサラギは忍び笑いをする。
「なんだ?」
「いいや、なにも」
「ほんとうか?」
「バディに疑われて俺は悲しいよ」
「
……
お前はよくてきとうなことを言うだろう」
「はい、言いますが?」
「
…………
だから、俺は
……
」
まさか開き直るとは思わなかったのか、ミロは口をもごもごさせると黙ってしまう。その如何にも納得していませんという顔が可愛くて、キサラギはかんらかんらと笑いながら彼の唇をむにっとつまんだ。
「俺がなにを言ったかより、お前がどう思ったかを大事にしろよ」
てきとうなことばかり言うキサラギであるが、偶には大事なことを伝えることもある。ミロが自分の感じたことを見つめ、取り出せるようになりますように。
以前よりずっと情緒が育ったミロ。いつか自分の口車に追いつくのがキサラギの楽しみだった。
不満そうに押さえられた手を離し、キサラギはけらけらと笑いながらミロと工場へと向かう。
そうして案の定沸いた薬缶のように怒鳴られて、ぶん投げる勢いで押しつけられた代替品。
「今時こんなもん骨董品だろ」
出撃命令が出たらどうするんだよ、と憮然とする自身にもはや返事もしない技術者は諦めるとして、キサラギはどうしたものかとミロを見遣った。
技術者が寄越してくれたのは単車のように発動機を備えて高速を出す乗り物ではなく、漕いだペダルによってチェーンを回し運転する随分と古めかしい乗り物。自転車であった。
キサラギも知識として備えるだけで本物を見たのは初めてで、キサラギが左様であるならばミロも初めてなのだろう。彼はしげしげと物珍しげに自転車を眺め、キサラギに「どうやって運転するんだ?」と問うてくる。
「ここに単車みたいに跨って、これ
……
ペダルな。踏んで漕ぐだけだ。やってみたほうが早いな」
キサラギが促せば、ミロは恐々と自転車へ跨る。
地面へ足をつけている間はしっかりと立っている自転車であったが、ミロが片足をペダルへ乗せた辺りから怪しかった。
「
……
キサラギ」
「どうしたよ」
「バランスが取れない」
「取らないことには乗れねえ代物なんだわ」
信じられないものを見るような目をキサラギへ向けたミロは、まるで猫が砂かけをするような仕草でもう片方の足をペダルへ乗せようとしては足を下ろすのを繰り返している。
ミロはもう一度キサラギを見る。キサラギはにこりと笑い、自転車の後部にある荷物置きを持った。
「支えててやるから漕いでみろ」
「分かった
……
」
キサラギがしっかりと荷物置きを持って支えれば、ミロはよろよろとだが両足でペダルを漕ぎ始める。
もとより運動神経がよくなくては始まらない兵士である。少しすれば均衡の取り方も分かるだろう、とキサラギはミロの運転が安定するまで支えていたのだが、ペダルを漕ぐミロの足が滑らかになってきた辺りでぱ、ぱ、と手を離しもした。いずれは一人で運転しなくてはならないのだ。いつまでも支えているわけにはいかない。
前を見るのに必死なミロは最初、キサラギが手を離したことに気づかなかったのだが、自転車がゆらゆらと不安定になり始めるとおかしいと思ったのか、足を動かしたまま後ろを振り返った。
にこりと笑うキサラギ。両手をひらひらと振るキサラギ。
「おい!」
大きな声を出した拍子に踏み込んでしまったのだろう、自転車がぐん、と速度を出した。
ミロは慌てて前へ向き直り足を動かすが、次第に速度を出したほうが安定すると気づいたのだろう。キサラギが見ている前で自転車はぐんぐんと進み始めて、あっという間に遠くなっていく。
「
……
あいつどこまで行くんだ?」
キサラギは「あら?」と思ってから両手を打った。
ミロは曲がれないのだ。
あらあら、こいつはまずい。キサラギは走ってミロを追いかけるのだが、彼の出す速度ときたら増していくばかりだ。
「ミロー! 止まれ、レバー握れ!」
後ろから大声で言えばなんとか聞こえたのだろう。凄まじい速度で進んでいたミロが急停止し
……
そのまま横転した。徐々に速度を落とすのではなく、急ブレーキをかけたのであれば慣れないものはそうなる。当たり前である。
キサラギは慌ててミロに駆け寄り「大丈夫かっ」とその身を案じる。
「怪我はしていない
……
どうして手を離したんだ」
「
……
お前ならすぐにできると思ってな。実際、ここまで漕げたんだぜ? 大したもんだよ」
「それはほんとうに言っているのか?」
「バディに疑われて俺は悲しいよ。嘘じゃないさ。ただ、悪かったとも思ってる。急ぎすぎたな」
キサラギがくしゃりと頭を撫でると、ミロは一瞬視線を下へ落としてから緩く首を振った。
「いや、実際もう少しでできたんだ。次は上手くやる」
がしゃん、と自転車を立て直したミロは再びサドルへ跨ると、躊躇なくペダルへ足をかけた。咄嗟に後ろを支えたキサラギを振り返る目は真剣そのものだ。
「俺が離せと言うまで支えてくれ
……
今度は黙って離すなよ」
「分かったよ。無理はするなよ」
こくん、と頷くミロはペダルを漕ぎ始める。
最初はゆらゆらと不安定に。次第に速度を出して滑らかに。
「っ離してくれ!」
切羽詰まったような声を出すミロに従い、キサラギは支える手を離した。途端に凄まじい速さで遠ざかっていくミロの背中。
「
……
転ぶなよ、ミロ!」
慣れていればミロは片手を上げて応えただろうか。いまはただ必死に進んでいくミロをキサラギは誇らしいような眩いような気持ちで見つめる。
いつか、こうしてミロはひとりで未来へ進んでいくのだろう。
そうあってほしい、そうなるように努める。でも、少し寂しいと思うのはキサラギがヒューマノイドだからだろうか。
見つめた先で自転車がぐらりと揺れる。
繊細なヒューマノイドはほんのりとした感傷を抱えながら、転んだミロのほうへと駆け出した。
叶うなら、ミロが自転車を乗りこなす前に単車の修理が終わりますように。
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