ロンド
9495文字
Public くにぐに
 

あまねくは玉座の純真がゆえ

デンがアイスに特別な贈り物をする話。時代は16世紀初頭。アイスは6歳、デンノルスー三人は16~17歳(当時の基準では大人)の外見というのが前提で、全員にズレがある。

 火と氷の島の子供は、宗主からの贈り物にはめったに感情をあらわにしない性質だった。
 もちろん、人前では喜んでいるように振る舞っている。贈り主のデンには毎回きちんと礼を告げる。装飾品であれば一度は身につけてデンに見せに来るし、食物であればその晩の食事に調理してもらえるようわざわざ厨房までお願いに行く。
 どこぞの無愛想な兄貴とは大違い、いじらしく愛らしい。親友のノルなぞはたいがいの贈り物には慣れきったもので、しかも貿易港で目が肥えているものだから、質が悪ければ容赦なく不満を云いつのり、最悪突き返してきて数日はご機嫌ななめ、いわんや受け取ってもらえてもよほど気に入ったものでなければ、さっさと身の回りの世話をする使用人に下賜してしまう。一度気に入ると肌身離さずなのでいっそわかりやすいくらいだが。
 アイスはノルほどあからさまに態度には出さないが、心を引かれるものの差異はあるようで、高価な品物よりは実用品を好んだ。長い冬を越すのに充分な羊、羊の番をしてくれる賢い犬、冬至祭前のあたらしい衣服、家の修繕をするのに必要なだけの材木や石材、その年に挽きたての小麦。ものめずらしい食材や美しく飾られた金銀宝玉にはとんと興味がない。嗜好品で類のないほど反応を示したのは、庶民には手が届かない貴重なインクと羊皮紙をふんだんに使って職人が一つひとつを手掛けた写本だったが、豪華絢爛な工芸の出来よりは、物語を好きなだけじっくり読めることに夢中になっていた。むろん、まっさらなインクと羊皮紙を与えたときにはたいそう喜んで、ノルに呆れられるほど長く長く、何日も休むことなく書き綴っていたことは云うまでもない。
 そんなわけで、デンは事あるごとの土産には、アイスには書物や衣服をやっていたが、百年を超える付き合いになってくると、そろそろめあたらしい反応が見られなくなってきていた。いつも似たり寄ったりの贈り物だから当然の流れだったろう。
 たまにはアイスをあっと驚かせてみたい。あわよくば、感動に泣いて喜んで、ほてっためんこい笑顔で「ダン大好き」と云われてみたい。
 その後でノルに蹴られるとしても、アイスからの好意はデンにとって無類の幸福だったから。

     *

 よい銀を仕入れたっぺ、と銀細工職人はデンに云った。デンは上司の奥方のための装飾品一揃いの注文の様子見に城下町の工房に顔を出して、あくせく働く職人たちの作業を見学させてもらったり、デザイン案のアイデア出しに貢献したり、有意義な時間を過ごしていた。
 職人の親方はまだ形の仕上がっていない純銀をデンに見せてくれ、あたらしい銀細工の注文はないかと伺った。
「こっだいがい塊が針を通したみてえな細工物になんのけ。んで、磨かれて、キラーンとすんのか。たいしたもんだなや」
「首飾りでも耳飾りでも、天井の装飾でも、錠前でも。デンマークさんの頼みなら、張っ込んで仕事すっぺよぉ」
「つっでも、俺はこん前作ったばっかだし……。ノルにでもなんか細工物やっかなぁ」
 ノルにはきれいな宝飾品がよく似合うし、貴金属はほぼ確実に受け取ってもらえる。たとえノルに似合うようにと贈ったはずのそれがときおり、田舎に帰郷する侍女や従僕の退職金に化けていることにはなにも云うまい。
 トレードマークのクロスピンに似せた髪飾りか、それとも帯飾りか。銀の小箱にするのもいいだろう。職人に勧められるがまま案を連ねているうち、ふいにデンは思いついた。
 ノルの弟、アイスは実用的な品をとりわけ好む。田舎の島には宝石を見せびらかすこともないでしょ、とごもっともなひねくれ口を叩いて、贈り物は宝石箱の中に丁重にしまいこまれてしまう。大事にしてくれているのはわかるが、財力は示してこそと思うデンには歯がゆい。
「なぁ、相談なんだけんど……
 それは最速で承れた。先の王妃の装飾品一揃いが出来上がるころにはデンの注文も仕上がったので、共に王城へと運び込まれた。
 デンが思う通りの素晴らしい出来だったので、職人たちにねぎらいの言葉と上乗せした報酬を弾み、跳ねるような足取りで贈り物を抱えたデンはアイスの部屋を訪ねた。
 西の塔の一室、めったに島から出てこないので騒然に慣れないアイスのために、島向きの方角の閑静な離れが与えられている。それは中央に居室を持つデンや、デンに次ぐ地位のノルやスーとの明確な扱いの差を生んでいることにほかならなかったが、現状に満足するデンと遠慮がちで発言力も小さいアイスのどちらとも云い出したことはない。
 ちょうど、数年ぶりに宗主国へと訪れていた幼い主は在室だった。衛兵を退けさせ、デンは意気揚々と入室する。世話付きの侍女二人はまっさきに礼儀正しくデンに礼をした。
 アイスはというと、短い滞在の間にできるだけ知識を詰め込みたいとばかりに読み漁っている、あたらしい写本からちらと顔を上げただけだった。到着したその日に仕立ててやったゆったりした衣装がよく似合っていてデンは鼻が高い。机にはいつも連れている黒い鳥が羽を休めていた。
「どうしたの、ダン」
 兄も連れていないのになんで来たんだろう、というような訝しげな顔で、しかし宗主を立たせて自分は座っているのは悪いと思ったのか、幼い背丈に対して高い椅子を降りた。いまから驚かすのだと、デンはそわそわと花を飛ばした。
「アイスにサプライズだっぺ!」
 デーン! とデンは後ろ手に隠していたものをアイスに掲げて見せた。
 それは銀の鳥籠だった。
 円柱の柱に囲まれ、上部はドーム状に覆われた、優美な形の鳥籠だ。デンマークでいちばんの職人たちが奮って装飾を凝らし、底には海の魚を、側面にはかの海鳥の仲間たちが羽ばたく場面が刻まれる。扉を閉じる鍵もまた揃いの純銀で、首にリボンを結んでいる飼い鳥の彫刻が打たれていた。
 アイスとアイスの鳥のための特注だ。デンみずからがデザインを描き、職人たちにあつらえさせた。美しく豪奢なばかりでない、実用的な逸品だ。
「きれーだけどちゃあんと使えんだ。アイスはそん鳥をいつも肩か あだまに乗っけてっけど、外じゃ飛んでげずるかもしんねえべ? こんでおめの鳥は逃げずらねっぺ」
 ほら、とデンは満面の笑みで銀の鳥籠を見せびらかす。こんな斬新で風変わりな贈り物はデンが初めてだろう。デンはアイスが驚き飛び跳ねて、無邪気に喜んでくれる姿を想像した。
 アイスは葡萄色の瞳をこぼれそうなほど見開いて、銀の鳥籠を凝視していた。子供の薄い肩がぷるぷると震え、だらりと下ろされたこぶしは汗を握っている。眼にいっぱいに涙を溜めて感情をこらえているのを見て、感動しすぎて泣きそうなのだと解釈したデンは垂れ眉をますますにやけさせて、ずいと背の低いアイスにも手が届くように差し出してやった。
 数秒の沈黙のち、アイスはきっとデンを見上げて、机でうとうとしていたらしい黒い鳥をさっと両手に抱え上げてデンから距離を取った。
……らい」
「んか?」
「パフィンは、僕を置いてどっか行ったりしないもん! ダンなんか大嫌い!」
 一気に噴火した興奮をほとばしらせてまくし立てたアイスは、上気した頬で息を乱していた。あっけにとられたデンが間抜けにも口を開きっぱなしで呆然としていると、アイスはぎゅっと黒い鳥をデンから守るように抱きしめた。鳥が目覚めたらしくあくびをするように鳴く。それにはっとして、アイスはデンと侍女たちの間を駆け抜けた。
 一枚板の扉を勢いをつけて開け放ち、アイスがいつになく風のような俊敏さで立ち去る。行き場を失った銀の鳥籠を手に立ち尽くしていたデンに、幼い部屋の主の遁走をぎょっと見送ってしまったらしい衛兵が声を張り上げた。
「あのー。どうしたんだっぺが」
 デンが振り返ると衛兵は困ったように突っ立っていた。侍女はそれぞれ驚愕に固まったり、青ざめていたりしていたが、デンはまったく構うことなく衛兵に歩み寄る。城に勤めて二十年近くなる古参の衛兵に、デンは肩を落として情けなくもささやいた。
「俺にもわけがわがんねえんだっぺよ……

     *

 城の中といえども、火薬庫だとか地下牢だとか、あるいは王の居室だとか、アイスを気軽に近寄らせたくない場所もある。それにいくら数百年を生きている北の島の化身であるとしても、子供のなりをしたアイスはなるべく一人で出歩かせたくはない。デンは手近な部下にアイスの捜索と銀の鳥籠の保管を頼み、自身はアイスが一等に行きそうな場所――ノルの居室に向かった。
 最初に訪ねた寝室でも応接室でもなく、ノルは兵士の鍛錬のための広場にいた。兵士に混じって木剣を振るノルは顔に似合わず勇ましく、対戦相手の兵士の剣を打ち飛ばして腕を叩き切る。わっと周囲の兵士たちの歓声が上がる。模擬戦闘でなければ兵士は死んでいただろう。
「ノル! しーんゆ!」
 広場に現れたデンに兵士たちがそれぞれ敬礼をしたりはしゃぎはやし立てたりする中で、剣を握りしめたままのノルは凶悪に面倒だという内心を隠しもしない顔で舌打ちをした。このような不遜な態度は連合する前から微塵も変わらないので、デンはちっとも気にせず表面上は笑顔で手を挙げる。アイスはノルのところに逃げ込んではいないようだった。
 デンが肩を組んで輪の中から連れ出してみれば「暑苦しい」「水浴びさせろ」「鬱陶しい」と棘をはらんだ辛辣な言葉が次々と飛んでくるが、木剣は突き出されない。広場からほど近い回廊でデンはノルと相対した。広場からはまだ歓声が聞こえてくるが、会話に支障はない程度の静けさがある。立ち話にはうってつけだ。
「あのよ、アイスがよ」
「アイスば手ぇ出したら殺す」
 修練用の木剣であるはずなのににぶくきらめく剣にデンは降伏の意を示した。ノルのアイスに対する愛着はもはや狂気の沙汰だが、実際にはデンが資金援助をしているとしても名目上はノルが最初の宗主であるし、ノルはアイスを弟と扱ってはばからない。たしかに顔立ちはよく似ているものの、どうして同じ種と胎から生まれたわけでもないのに兄弟だと断言できるのかは、はなはだ疑問だがノルは妖精を話し相手とする不思議な奴でもあったので、デンはそういうものかと受け入れている。
 アイスの話となれば鬼気迫るノルに猛烈に嫌な予感はしたが、話を始めた手前、デンは口を開いた。
「さっき贈り物さだしたんだけんど」
「あ?」
 地を這うような威圧にデンは眉を下げて笑顔を作る。
「その剣下ろしてくんちょ」
「おめ……俺に許可もねえで抜げ駆げすっどはええ度胸 じぐだべな……
「だあああ結局渡せてねえんだっぺよ! つーか贈り物くれえおめの世話なんかねぐったって」
……
「すんません」
 ノルの眼光は鋭さを増していたが少なくとも剣はしまわれた。方や丸腰、方や鈍器持ちとなればデンも分が悪い。かといってノルも一方的にデンを滅多打ちにしたとなれば、それが王城の内部であれば、どこぞで噂が回って立場を悪くするのは目に見えている。なにせ騎士階級というのはたいそう名誉を重んじるべきなのだ。それは王の相談役であったり兵士の鍛錬に混じったり農民のように農作業したりと実に微妙で曖昧な立場である国の化身にも適用されていた。
 ひとまず、無愛想に顎をしゃくってノルが続きをうながす。
「その……渡そうとしたら、アイスにげさったんだっぺ。そんじ、ノル見てねえか、アイス」
「は?」
「だがら、アイス」
「おめそっだ説明で納得すっど思っどんのけ。吐け。最初から」
 用件から切り出そうとすれば、ほとんど同じ目線の端麗な顔が、獰猛さを和らげつつも真剣さを帯びて近づいてきたので、デンはごくりと息を詰めた。つい先ほどの出来事をきちんと思い出そうとすると、だんだんと事態が呑み込めてきて、戦場にも感じなかったような武者震いが凶暴に襲いかかってくるようだった。
 大嫌い、と云われたのだ。あの可愛い可愛い、目に入れても痛くないような、デンをもう一人の兄のように懐いてくれている、末っ子のアイスに。
 経緯を話しながらじわじわとこみ上げてきて、最後の締めくくりには男泣きでノルに抱きつこうとすれば片手で頭を押さえて拒否された。それも追い打ちをかけた。おんおんと泣くデンにノルは心底から呆れきったため息をつく。
「あんこ……こそこそ何やっでんのかと思えばはんかくせえ……こんでアイスに あまされて二度と口効いてもらえね方が俺にとっちゃええべしゃ」
「ノルー! そりゃねえっぺよぉ!」
「んでアイスの居場所ば素直に教えてもらえっど思っどんのけ」
「頼んますノルウェー様俺が悪りがったですから! こんとおり!」
「半端な丁寧語ばやめろ」
 ノルはふいと空中に視線をやる。デンには視えないが、そこにノルの小さな、あるいは大きな友人が浮いているらしかった。ノルはデンに対するものよりもはるかに優しい声色で端的に「頼む」と告げ、答えを得られたのか軽く頷く。代わって妖精がアイスを探しに行ったのだろう、ノル自身はデンのためにその場に留まってくれた。この厳しくも情に厚い親友にはきっと報いようと、デンは決心をあらたにする。
「なぁノル。なしてアイスは贈り物さ受げ取ってくんねがったんだ?」
 間違いなく喜んでくれると思ったのだ。
 アイスはいつも連れている黒い鳥をとても大事にしているように見えた。ときおりは独り言のように鳥に話しかけていることすらある。本来は海を渡るらしい種であるようだが、リボンを巻いたその鳥は寿命をはるかに超えて、ずっとアイスのそばに在った。しかしときどき鳥は仲間を探してか食料を求めてか、あずかり知らぬ地へと飛び立ってしまうようだった。するとアイスは鳥がいつ帰ってきてもいいように窓を開け放ったまま、一日中でもぼんやりと寂しそうに窓の外を眺めている。
 大切なものは、ちゃんと手元に置いておくべきだ。そして、それがお気に入りだと周囲にも理解できるように美しく飾り立て、自分のものだと誇示しておかなければ。主張しなければ、いつの日か奪われたっておかしくないのだ。
 そのところをまだあまりよくわかっていないらしい幼いアイスは実用的な品だけもらえたらいいとよく云うが、デンの贈り物を受け取り、身に着けることはれっきとした占有に他ならない。デンに守られている間は、アイスもアイスの鳥も、他の誰にも手出しをされずに済むというのに。
 銀の鳥籠は、アイスの好む実用と、デンが贈るにふさわしい華美の両方を備えた、優れた贈り物のはずだった。ところが現実はどうだろう。
 しゅんと肩を落とすデンに、ノルはなぜかいらいらと石造りのタイルの床を足裏で叩いた。
「そっだこともわがんねえあんこは阿呆だべな。友達さ閉じ込める宝箱なんかおめえでもねえのに喜ぶわけねえべ、白夜で頭真昼になってんでねえかこん阿呆が」
「なして二度も阿呆って云われてんだっぺ⁉」
「阿呆だばって」
 三度目の一刀両断にますますデンは落ち込んだ。ノルの弁舌は銀の皿によそうまでもなく毒をはらんでいる。デンだけに投擲される毒舌も常ならば大海の心で受け流してしまうが、今回ばかりはぐさぐさと刺さった。
 いよいよ本気で泣き出したデンをノルは非常に面倒そうな顔で受け止め、しかし上衣が汗と涙で染みることは免じた。

     *

 結局ノルの云うところでは女たちの洗濯場にまぎれて隅に座り込んでいたらしい。その後ノルが迎えに行ったのか女たちが連れ戻したのか、デンは詳しく聞くことはできなかったが、アイスは居室に籠ったままその晩の夕食の席には現れなかった。
「あれどした」
 ふたたび銀の鳥籠が話題に上がったのは二日後のことだ。執務室で探し物に追われながら、ノルが訊いた。極寒の冬が来る前にノルのところへまとまった物資を送る手筈になっていたが、一覧表をノルが欲しいと云い、しかしデンが持っているはずの紙束がどこかに埋もれてしまい見つからないのだ。結局ノルも一緒になって探している。
「あれ、って」
「銀細工」
 これも違った、とノルは丸まった紙束を床に投げ捨てる。さらに散らかっているがこの二日間は仕事に身が入らずもとより酷い有様だったので文句は云えまい。
 デンはそのことを考えないようにしていたが、アイスの「大嫌い」が耳に響いてずんと胸が沈んだ。
「あんこがそっだ辛気臭え顔してたらさだだって、俺にまで話が来やがった」
 机上を諦めてノルは本棚に放り込まれているものを検分し始める。ノルによって床に落とされたものをのろのろと拾い上げていたデンは顔を上げた。
「話って、誰からだっぺ」
「上司」
 ノルは短く答えた。上司とノルの間でどんなやり取りがなされたのか、デンは知りたいような気持ちを覚えたが、ノルはデンの粘つくような視線をよそに本棚をあさる背中を向けたままでいる。どんな表情をしているかはうかがい知れないが、一房浮いたフィヨルドと同様に、いたって普段通りの素っ気のない無表情であるに違いなかった。
「あんこがそん陰気だと、周りが気ぃ使うべ」
……そーけ」
「陽気でもうぜえし、陰気でもうぜえっつーのは」
 続けて、ノルは他人に聞かれたら眉をひそめられることうけあいの俗語を吐き捨てた。デンは聞きとがめて云い返す元気もない。たしかに昨日も今日も鬱屈した曇り空ときどき雨という天気だったが、ノルが云うのはそのせいばかりではないだろう。ノルは本棚から引き出した羊皮紙の封を乱暴に破り、水車の歯車が軋むかのように動きを止めた。どうやらそれが目的の品であったらしい。
「アイスに謝れっか」
 紙束を乱雑に掴んだノルがとつとつとデンに近寄ってくる。にこりとも笑わない代わりにぐっと覗き込んでくる意志の強い瞳に、デンはたじろぐ。
「パフィンはアイスの大事な友達だべ。友達にあんこが触ってごめんなさいしろ。しだら、アイスは許すべ」
「そだっぺか」
「ん」
 採決を下すときのようにノルが重々しく首肯する。なぜその結論に至ったのかは、デンにはおもんばかることができなかったが、デンは素直に頷いた。アイスに関してはノルの意見がいっとう正しいのだ。
 デンが了承したのを見届けて、ノルはすっぱり面倒事は終わらせろとばかりに、さっそくアイスを執務室まで連れてきた。あの黒い鳥は伴をしていない。アイスはいかにも不安げな様子を隠しもせずにおずおずとノルの服の裾を掴んでいたが、ノルは強引に腕を引っ張ってデンの正面に立たせた。アイスに兄と呼ばせることには異様な執念を燃やすノルだが、ノルの感性に合っていなければむやみと甘やかしはしないものだった。
 じっとどぎまぎしながら、デンが手に汗を握っていると、アイスが先走って口を開いた。
「ダン、嫌いなんて云って、ごめんなさい」
……お、おう。俺も、ごめんな」
「うん」
 仲直りしてしまえば、デンは特大の幸福が胸に満ちあふれるのを感じた。アイスに本当に嫌われたわけではなかったのだ。駆け寄って抱き上げて子供のまろい肌に頬ずりしていたら、アイスが心底ほっとしたように笑ってくれたので、ノルに脇腹をどつかれても構いやしない。

     *

 以上が顛末だった。
……そが」
「アイスがめんげくってよー。そん夜は俺と一緒に寝っぺっつーて、俺ん部屋に寝がってノルがすんげえがめた顔しどって」
 ノルは悪魔が乗り移ったのではないかという影を背負っていた。翌朝、腹いせに鍛錬の時間で一切の容赦なく打っ叩かれたがデンはへこたれない。なにせおやすみを告げるときにアイスに「ダンのこと、ほんとは好きだよ」と告げられたのだ。そのことをノルに知られれば骨折で飽き足らず半殺しにされかねないのでデンは心に秘めている。
 領地から帰ってきたばかりのスーを捕まえ、寝酒に誘ってほろ酔いになっているデンは、たったひとつの蝋燭の灯りに照らされるスーの表情が疲れ切っていることに気づかない。もっともスーの風貌は年々険しさが増して配下でさえ不意打ちで悲鳴を上げているほどなので、喜怒哀楽のどれであってもさしたる違いはなかった。
 スーの杯が空になっていたのでデンが手ずからなみなみと注いでやると、スーはすぐには口をつけず、灯りを絞った居室でもなお目立つそれにじとりと眼を向ける。
……あれは」
 銀の鳥籠は空っぽのままデンの居室に置かれている。
 ノルのなだめも聞かず、アイスはごねて贈り物を受け取らなかった。宗主のデンに対する侮辱と捉えられかねないことでもあったが、アイスのふくれっ面の可愛らしさと仲直りに免じてデンは寛容な心を以って許した。それに、少しも渡せなかったわけでもない。
 アイスの黒い鳥を模した彫刻の、銀の鍵だけはアイスに与えた。揃いの銀の鳥籠がなければ何の用途も見いだせない。それだけちょうだいと、アイスが実用的でないものを欲しがるのはいままでにないことだった。
「しゃーんめえから潰して他のもんにすっがなぁ……。ほだ、スヴェーリエにも何か贈っが⁉ 帯飾りはどーだっぺ!」
「要んね」
……何だと。おめえ、最近つっけし目に余るっぺよ」
 反射的に突っぱねられた一言に、機嫌よく呑んでいたはずが、デンには腹に重たいものが落ちていた。思えば最近は頻繁に対立していた。ノルはなんだかんだ、表向きはデンを立ててくれていたが、スーの態度はいつまでも拗ねた子供のように生意気で、上司に忠誠心を見せない。フィンとともにしばらく城を空けていたのもスーの家で謀反の噂ありと鎮圧に向かっていたからで、今回はたいした衝突もなく平穏無事に処理したとのことだったが、この数年、頻度が上がってきていた。
 二人はひととき、無言で睨み合う。
 根負けしたのはスーの方で、酒の席で喧嘩することもねえと疲れたように眉間を揉みながら云ったのでデンも溜飲を下げる。今度はよくものを考えて発言がもたらされた。
「俺よりもノルがまっと上手く使うべ」
「あー、やっぱしな。けんどノルさやってもすぐどごがさ行っちまうのは虚しくもなっぺよ」
「富ば独占するもんでね」
「んぁ?」
 杯の酒を飲み干し、スーが立ち上がる。一瞬、足元がふらついて机に手をついたので相当に酔っているものとみてデンは次の杯を勘弁してやった。そもそも、スーは帰城してからも取りまとめでまた根を詰めて一晩眠らずでも仕事をしそうなところをデンが寝酒をすると引っ張って無理に休ませたのだが、思い通り眠気に負けているようだ。
……んだば、帯飾りくれえならもらってやる」
 酔いに任せてか強情なスーのめったにない甘えに、デンは飛び上がった。おやすみも告げず居室を出て行こうとするスーの背中にデンは声を張り上げる。
「きっと、スヴェーリエさ似合う物にすっぺ!」
「うっつぁし」
 スーを見送ってからデンも酒を切り上げて、蠟燭の火と羊皮紙と羽ペンを引き寄せた。
 頭の中にデザイン案はいくらでも湧いてくるようだ。ノルは贈り物を拒まないだろう。スーも受け取ってくれるというならば。デンはペンを走らせる。三人で揃いの衣装と装飾品を身に着けて並び立つ、輝かしい光景が浮かぶようだった。