隠し味はいらない

レノ✕シスネ

 ──レノがゴンガガを訪れたのは、任務のついでという建前だった。
 鬱蒼とした森を抜け、湿った土の道を進む。絡み合う木の根が足元を覆い、ジャングル特有の熱気が肌にまとわりつく。遠くから水の滴る音や、小さな獣の鳴き声が響き、緑の匂いが濃く漂っていた。
 タークスの極秘訓練施設があるこの地に、彼が顔を出すことは珍しくない。けれど今回の足取りは、いつもよりゆっくりで、迷いなく一軒の家へと向かっていた。
 玄関先で迎えたのは、ここでの生活にもすっかり馴染んだシスネだった。落ち着いた動きでドアを開ける彼女の瞳に、懐かしい色が揺れている。
「わざわざ来なくてもよかったのに」
 言葉とは裏腹に、わずかに緩む唇。レノには、その奥の感情を見抜けないはずがなかった。
「いいじゃねえか。顔見たかったし」
……相変わらずね」
 家に足を踏み入れると、どこか不穏な空気が漂っていた。レノが鼻をひくつかせる。
「なんか……焦げくせぇな」
……気のせいよ」
 シスネはさっと視線をそらした。だがその背後には、哀れに黒く焦げたフライパンと、原形を留めていないオムレツ。そして妙に甘い香りを放つ謎のスープ。まるで戦場の跡のように散らかったキッチンがあった。
……シスネ?」
「黙って。失敗したの……ごめんなさい」
 俯いた横顔の、長い睫毛が震える。タークス時代、何でもそつなくこなし、完璧な立ち回りを見せていたシスネ。そんな彼女が、たったひとつ上手くいかないものを抱えている。それが料理だということを、レノは知っていた。
……どうして、いつもこうなっちゃうんだろう……
 吐息のように溢れたその声が、レノの胸の奥を掠めた。自然と、口元に笑みが浮かぶ。
「なあ、シスネ」
……なに?」
「俺が食いに来たの、料理じゃねーし」
……は?」
 唐突に腰を引き寄せられ、シスネが驚きに目を見開く。そのままバランスを崩し、レノの胸に抱き留められた。
「食いたいの……おまえだから」
「ちょ、何言って……っ」
 唇が触れる直前、頬が赤く染まっていく。もがくように身をよじるが、レノの手はその背をしっかりと抱きしめて離さない。
「いーだろ? おまえは充分頑張った。今度は俺がご褒美やる番だぞ、と」
「ご褒美って……レノ、やだ、待って……っ」
 抗う声は、もう甘く震えていた。ベッドの縁まで後退させられ、そっと押し倒される。
「おまえが可愛すぎんのが悪ぃんだぞ、と」
 赤い髪を指に絡め、熱を帯びた肌に口づけを落とす。小さく漏れる吐息が耳元をくすぐり、胸の奥に火を灯す。
……ほんと、ずるいわね、あなた」
「だろ? でも……好きだろ、こういうの」
 シスネは黙って視線をそらす。それだけで、レノには十分だった。
 焦げた匂いに包まれた夜は、やがて甘く、静かに溶けていった。