夜明 奈央
2025-08-02 20:00:00
3598文字
Public 中太SS
 

中太 中也の周りの人間がみんなバニー衣装を着てる

2025年8月2日のバニーの日に寄せて

 俺が最初に異変に気がついたのは、ポートマフィアの仮眠室を出てすぐのことだった。目の前をバニー衣装の男が通過していって、当たり前だが二度見した。ついさっき起きたところだし、寝惚けているのかもしれない。そう信じて目を擦り、通りすぎて行った奴の後ろ姿を再度確認したが、やはりバニーにしか見えない。えっそういう趣味……
 人の趣味をとやかく言う気はないが、せめて私室とかそういうイベントとかでやってほしい。少なくとも職場の廊下をその格好で歩くのは許されることではないだろう。ポートマフィアに服装規程などというものはないが、公序良俗に反しない格好は最低限求められる。犯罪組織ではあるが露出狂は話が変わってくるのだ。
 しかし追いかけてまで注意する気にはならず、一旦見なかった振りをすることにした。俺が注意せずともそのうち誰かが何か言うだろう。正直なところあまり関わりたくない。
 そのまま廊下を進んで人通りの多いエリアに到達して、ようやく異常事態だと認識した。行き交う人々が全員バニー姿なのである。男も女も、若い者も年老いた者も。胴体だけを覆うボディスーツと衿元には蝶ネクタイ、お尻にはもこもこの尻尾が付き、両脚は網タイツで覆われている。足元はハイヒールで、頭からはうさ耳が伸びている。ちなみに普通の耳も付いているのでカチューシャか何かだと思われる。全員あの露出の多い衣装を恥ずかしがることもなく着用し、平然とした顔で歩いている。衣装もそうだがあのハイヒールで誰も彼もが危なげなく歩いているのはシンプルにすごくないか?
 あまりの光景に動揺して立ち止まっていると、芥川が通りかかった。当然芥川もバニー衣装である。弛んだ肌やだらしない下腹のおっさんよりはマシといえるが、明らかに男の骨格の身体にバニー衣装はとても似合っているとはいえない。こいつ脛毛薄いんだな、なんてくそどうでもいい情報を仕入れてしまった。
 芥川は俺に気づくと黙礼し、そのまま立ち去ろうとしたのでそれを呼び止める。
「お、おい。どうしたその格好?」
「どこかおかしいですか?」
 芥川は一切おかしいと思っていないようで、自分の全身に視線をやる。
「これは失敬。スカーフが曲がっておりました」
 そして、蝶ネクタイの位置を直すと再び黙礼して去っていった。
 今、芥川は〝スカーフ〟と言った。実際に直していたのは蝶ネクタイにしか見えなかったが、どうやら芥川にはいつも通りの視界が広がっているようだ。こう見えているのは俺ひとりなのかもしれない。となると原因は異能力。これしかない。こんなふざけた異能力に一体何の意味があるのかは全くわからないが、自分で異能を選べない以上、くだらないカスのような能力が発現してしまうことだってあり得る。何故それを掛けられたのかはわからないが、嫌がらせ程度の効果はある。
 嫌がらせ、という単語に反射的に相棒の顔が浮かぶが、あいつの異能は異能力無効化。今回は除外していいはずだ。
 状況はいまいち理解できないが、あまりここで油を売っている時間はない。本来は会議に参加する予定だったのだ。異変が俺ひとりであればなおさら会議に遅刻するわけにはいかないので、足早に開催場所である会議室へ足を進める。その間に会う人間も全て漏れなくバニー姿である。若い女性なんかは眼福といえるが、腹の出たおっさんのバニー姿はなるべく視界に入れたくない醜さである。
 異能力、と仮定すると、知らない間に誰かに掛けられたことになる。寝る前から順に行動を思い返す。寝る直前は事務仕事をしていて仮眠室に入るまで誰にも会わなかった。その前の現場仕事中はチャンスがあったはずだが、事務仕事に入る直前まで会っていた部下は皆、普通の服を着ていたはずだ。いまいち「あの時だ」と思えるタイミングはない。まさかこんなふざけた異能に発動条件が付与されていると言うのか?
 色々と考えているうちに会議室に辿り着く。既にメンバーの半分程が集まった部屋で、皆澄まし顔で開始を待っている。当然自分以外全員バニー姿だ。あまりにもシュールな光景である。今回の俺はほとんど横で話を聞いているだけのような立場だから、隅の席に座ってなるべく周囲を視界に入れないように決め込む。
「中也や、最近の活躍は目覚ましいものじゃそうだな」
「は、はい。恐れ入ります」
 背後からの姐さんの声に反射的に振り返って、俺は即座に後悔した。当然姐さんもバニー衣装である。おっさん共と違って大変に似合っているのだが、何せ露出度が高い。目のやり場に困る。
「なんじゃ、何か叱られるようなことでも仕出かしたか?」
 すぐに俯いて目を逸らした俺に姐さんが怪訝そうにする。俺が不審な行動をしているのは間違いないので、姐さんの反応は尤もである。が、お願いだから今はあまり突っ込まないでほしい。
「い、いえ。そんなことは」
 否定しつつなんとか顔を上げると、胸元に大きめの黒子が見えた。そんなところに黒子があったんだなぁと普通に生きていれば一生知らなかっただろうことを知ってしまってますます居た堪れない。
「ではその態度はなんじゃ?」
 姐さんが眉を吊り上げて無礼を咎める。あまり近づかれると本当に困る。俯いていた所為で太腿の柔らかな肉に網タイツが僅かに食い込んでいるのが見えて、耐えきれなくなってその場を逃げ出した。
「後で謝罪に伺いますので勘弁してくださいっ!」
 俺は一目散に太宰の執務室へ走り、中に飛び込んだ。揶揄われるのは目に見えているからできれば頼りたくなかったが、そう贅沢も言っていられない。今のところ原因に全く見当がついていないのだ。この異能が時間や条件によって自動で解除されるタイプであれば良いが、そうでなければいつまでもこのまま。とてもじゃないが仕事にならない。会議には遅刻するだろうが、あんな状態じゃ参加してもしなくても大差ないだろう。
「入る前にノックくらいしたら?」
 機嫌の悪そうな太宰の声がして、今日は探し回る必要がなかったことに安堵する。こういう必要な時に限って音信不通になるのが太宰の十八番だからだ。そのくせ必要ない時にはくだらないことでしつこく電話してくるのには本当に辟易している。
「ああ、ちょっと……
 いつもなら嫌味のひとつでも返してやるところだが、今日はそんな余裕もない。素直に太宰の方を向いて、俺はあんぐりと口を開いた。なんと異能力無効化の能力者であるはずの太宰までバニー姿なのである。目を見開いて固まる俺に「なに?」と怪訝そうな追撃がくる。
「い、いや……?」
 誤魔化しながらも視線は太宰の全身を舐めるように這っている。さっきまでの奴等は全員ただのバニー姿だったが、太宰の手足は残念ながら包帯に覆われている。日頃から「包帯は皮膚の一部」なんて嘯いているからだろうか。というか包帯の上から網タイツを穿くのって難しくないか? 幻覚なら実際に穿いているわけではないからそんなものなのか?
「ほんとになに? 人のことじろじろ見て」
 太宰がこちらに近づいてくる。包帯のお陰で露出は控えられているが、それでも際どい格好であることに代わりはない。おまけに太腿の付け根やら胸元やら本当に隠すべき箇所には巻かれておらず、素肌が覗いている。
「ま、待て、それ以上近づくな」
「莫迦は風邪引かないって言うけど熱でもある?」
 ハイヒールの所為で普段以上に開いた身長差で見下ろされる。その格好で蔑まれるとちょっとMに目覚めそうだ。なんて莫迦なことを考えている間に太宰の右手が額に触れた。その瞬間異能光が煌めいて、太宰はいつも通りの黒スーツへと戻った。
 確かに戻してほしいと思ってここに来たのだが、それにがっかりしてしまったのは言うまでもない。どうせならもう少し堪能したかった。結局うさ耳がどういう理屈で付いていたのか(異能で見た幻覚なら本当に生えていたのか?)はわからないままだし、他の奴等はともかく太宰の後ろ姿は見ていない。俺が太宰より身長が高ければあの短時間でも胸元の隙間から乳首を覗けたのかと思うと今世紀最大級に己の低身長が悔しい。
「露骨にがっかりした顔しないでよこのすけべ」
 太宰がさっと身を翻す。その腕を慌てて掴んで引き寄せる。
「は? お前なんか知ってんのか?」
「知らないっ!」
「絶対なんか知ってんだろ」
「なんの話?」
「答えろ」
「莫迦力で掴むのやめてくれる? 痛いんだけど!」
 結局どれだけ問い詰めても答えは得られず、その日の俺は諦めるしかなかった。

 後日、今週の負け惜しみ中也に俺が顔を真っ赤に染めて半ベソで会議室を飛び出した時の写真が掲載され、再び太宰の部屋に怒鳴り込みに行くのはまた別の話である。
 というか俺あんな情けない顔してたか!?


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