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雪成はす子
2025-07-28 22:30:52
2703文字
Public
💛関連
春と嘯く
💛のホラー、春夏秋冬+旗揚げ組シリーズ第一弾
🐧視点、叔父屋敷を出て森で暮らしていた🐬くんが偽りの春に誘われる話
肌同士の接触がありますが応急処置的な意図しかありませんしカプ要素もありません
無断転載・AI学習・コピペ・自作発言禁止Repost is prohibited
ぱちん、と薪の爆ぜる音に目を覚ますと、小屋の中にシャチの姿はなかった。
「シャチ
……
?」
いつもそこに在った姿がないという事実に気が付き、それから一気に意識が覚醒する。隣で寝ていた筈のシャチの姿が何処にもないという事に、ドッと心臓が大きく鳴った。ブワリと嫌な汗が冷たく頬を落ちる。
帽子を被り、マフラーを巻いて小屋の扉を開ける。昨夜からずっと降り積もっている雪の勢いは少し穏やかになっていた。小屋の外に点々と残っていた足跡は、まだ完全には埋まっていない。まだ遠くには行っていない筈だと確信し、俺は白い闇が踊る森の中を駆けだした。
「シャチ! 何処だ!!」
何度も何度もシャチの名を呼びながら、俺は森の中を足跡を頼りに進んでいく。吐く息は白く、吸い込む空気は肺が凍りそうなほどに冷たい。やがて森の中にひときわ大きな大木と、その大木の傍で倒れているシャチの姿を見つけた。
「シャチ!」
シャチに駆け寄ると、シャチは薄く目を開いて俺の方を見た。シャチを抱き起こすと、シャチの体はすっかり冷え切って冷たかった。シャチは俺を見ながらぱちぱちと瞬きをし、それからふわりとシャチは笑った。
「ペンギン、どうしたの?」
「どうしたの、は俺の台詞だ!! こんな所で一体何をしているんだ!! 凍える前に小屋に戻るぞ!!」
「待って、ペンギン」
「シャチ
……
?」
戻ろうとする俺を制し、シャチは俺の袖を引っ張る。何事かと首を傾げる俺を他所に、シャチはすっと俺の後ろを指さした。何があるのかと後ろを振り返ったが、そこには四方の暗闇に伸ばした枝で雪を抱き留める大木が一本あるばかりである。
シャチはその大木を指さしながら、ふわりと笑っていた。
「ペンギン、桜がとっても綺麗だよ。だから一緒に見よ?」
「は
……
?」
シャチが一体何を言っているのか、俺にはさっぱり分からなかった。
目の前には、変わらず黒々とした枝を伸ばした大木しかない。花はおろか、葉のひとつもないただの枝。降り積もる雪は花びらに見えなくもなかったが、それでもこんな真冬に咲く花なんて、少なくともスワロー島では椿くらいしかお目にかかれない。
――
ましてや桜なんて、それこそこんな真冬に咲くはずがない。
「
……
シャチ、お前には、桜が見えているのか?」
「うん。すっごく綺麗だったから、ついつい見とれちゃってた。花びらがいっぱい降り注いで綺麗だなって」
恐ろしさにかちかちと歯が鳴る俺を他所に、シャチは無邪気に笑うばかりだ。俺はある事実に気が付き、シャチの体をぎゅっと抱きしめた。シャチがあの大木を見ないように、シャチを隠すように抱きしめる。びゅう、と風が大きく薙いだ。
冬が長いスワロー島では、誰もが春の訪れを待ち望んでいる。
春を告げる花を、スワロー島の住民はみな愛している。
だからだろうか、時折、森の奥から春を嘯くものが現れるのだという。
まだ訪れていない春を偽装し、あちら側へと引き寄せようとするのだ。
「
……
連れて行かないで」
シャチを抱きしめ、俺は大木へと呼びかけた。
「シャチを俺から離さないで、お願いだ。お前はまだ春じゃない。シャチをあちら側に連れて行かないでくれよ
……
っ!!」
ぽたり、とシャチの頬に雫が落ちた。けれどそれに構わず、俺は言葉を続ける。
「シャチはお前らのモノじゃねえ! これ以上、誰かの都合でシャチを振り回さねえでくれよ!! お前らの都合で、シャチをあちら側には絶対に行かせねえ!! これ以上、シャチを苦しめるな!! なあ、いい加減、シャチを『切り離してくれ』!!」
ぴぃん、と空気が張り詰める。音もない沈黙の中で、ちりちりと雪が積もる音だけがいやに耳に響いた。
白い闇の中に伸びていた黒い枝が、僅かに揺れる。ざわざわ、ざわざわ、次第に大きく揺れ始め
――
――
ざあああああっ
枝に積もっていた雪が、一斉に地面に落ちた。ざわざわ、ざわざわ、枝はなおも揺れ動いている。
まるで嘆き悲しむような仕草だ
――
と、俺は思った。
俺はシャチの体を抱きしめ、ごめん、と呟く。
「ごめんな。
……
でも、シャチを連れて行かせる訳にはいかねえんだ。でも、春になったらまたここに来る。だからそれで赦してくれないか?」
ざわざわ、ざわざわと風もなく揺れていた枝が、次第に落ち着きを取り戻していく。いつの間にか雪は止んでいて、うっすらと残っていた俺の足跡が雲間から現れた月にさあっと照らされていた。
「行かせてくれるんだな。
……
ありがとう。春になったらまた会おうな」
俺はシャチの体を抱え、足跡を辿って小屋へと戻った。
シャチの体はすっかり冷え切っていた。
まだ辛うじて燃え残っていた薪を足し、少しでも小屋の中を温める。冷え切ったシャチの体を温めるため、俺はシャチの服を脱がした。痣だらけの痛々しい体を横たえ、同じように服を脱いでシャチの体ごと毛布で包む。冷え切ったシャチの体にぶるりと震えるが、それでも俺はぎゅっとシャチの体を抱きしめた。
俺の体温なんか、全部シャチにくれてやってもいい。
でも、どうかシャチだけは、シャチだけは連れて行かないで。
「シャチ
……
」
ぱちん、と薪が爆ぜて、その音を知覚したのを最後に俺は意識を手放した。
冬が長いスワロー島では、誰もが春を待ち望んでいる。
雪が解け、温かな日差しと花が咲き乱れる春を待ち望んでいる。
けれども時折、春を嘯いてあちら側に誘う存在が現れる。
けれど住民の大半は、偽りの春に惑わされたりはしない。
本物の春の暖かさを知っている者たちは、偽りの春が温度を持たない事を知っているから。
絶望の淵に立たされた者ほど、偽りの春に惑わされる。
スワロー島の住民たちは、その事を嫌と言うほど知っている。
「ローさん、ベポ、ヴォルフ!! 早く、こっちこっち!!」
バスケットを携えたシャチが、ひらひらと手招く。
「あんまりはしゃぐなよシャチ。足元ちゃんと見ねえと転んじまうぞ?」
「分かってるって。でも、やっと皆でお花見できるからさぁ」
「
……
そうだな」
淡い緑色の森を駆け駆け抜けると、やがて一本の大木が姿を現した。
四方に伸ばした枝に、薄紅色の淡い花びらを抱いた大きな樹だ。俺は樹の傍らに荷物を置き、シートを拡げる。大きな樹の幹にそっと触れ、誰にともなく囁いた。
「約束、果たしに来たぞ。これでもう寂しくなんかねえだろ?」
ざわ、と枝が揺れ、ひとひらの花びらが風に散った。
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