☆人/H星人
2025-07-28 20:27:55
133549文字
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現代編 五話 約束と五つの終演



━━その大陸には
五つの王国があった。


法と秩序を司る知の国
『ケフラー』

守護と武力を司る武の国
『ホド』

芸術と自由を司る創の国
『ティファレト』

生産と商業を司る工の国
『コクマー』

耕作と自然を司る農の国
『イエソド』


五つの国の五人の王は
お互いを支えあい、
平和で豊かな日々を
作り出していた。



始まりは
『ただ一つの糸』
細く脆く、確かな糸。
糸は絡まり、

檻を壊した。

籠を飛び出した鳥は
『自由』を手に入れた。

しかし、
それは

『約束』という
曖昧なモノに縛られる。

全てを
『真実だと受け入れ』
『拒絶』した。


それが望みなのならば、

それを

壊さぬように

守ろう。


二度と




壊れないように━━


○○○

五つ国創国『ティファレト』には、甘いスイーツ類の店が並ぶ通りがある。
連日各国の女子が多く訪れ、ツアーまで組まれていたりする人気スポットだ。


その通りの一角に、少し小さなカフェが建っている。
ツアーや観光客にはしなびた潰れかけた店に見えてしまうだろう。
それもそのはず
店の中は薄暗く、ショーケースの中には何も入っていない。
むしろショーケースというよりガラスがない。ただの物置か棚だ。
店主はヨボヨボの老人で、よく観察しなくともよく居眠りをしているのが分かる。

誰が見ても、入りたくはない雰囲気だ。


しかし、店の前に四人の女の子達が止まった。

先頭のふわふわした子は言う。

「ここです。私がいつも通っているのは」

ふわふわにはーと笑うと、後ろの小さな女の子は腕を組んだ。
「見るからに閉店しかけですけど?」

隣の長い群青髪の娘は外に置いてあるティーテーブルに触れた。
「でも、凄く綺麗にされていますよ?ほら、店内も」

ずっときょろきょろしていた一際美しい女性は首を微かに傾げた。
「どこからか、甘い香りがしますね。今まで通ってきたどのお店よりも柔らかい


それぞれにそこまで言うと、店のドアが突然開かれた。
チリンと小さく鳴り響くベルの音は、一同の耳に心地よく吸い込まれる。

最初にふわふわの子が振り返ると、再びにこりと微笑んだ。

ドアには一人の青年が立っていた。

創国特有の美しい顔立ちに、小奇麗な服は黒を基調としたギャルソン服だ。

青年は微笑み返すと恭しく頭を下げた。

「ようこそ、カフェ『セフィロトの樹』へ」


「このお店は、創国の人でもあまり知らない、老舗なんですよ」

青年ギャルソンに促された娘達は、古いテーブルに座った。
椅子は思った以上に座り心地がよく、店内も薄暗いものの、清潔にされている。

ふわふわした娘は三人を見回し、にこりと微笑えんだ。

「アレフ様もここのケーキがお気に入りでしてむしろここのしか食べないんですよ」
「はい。王族の方々には御贔屓にして頂いています」

ふわふわした娘の言葉を終わると同時に、薫りの良い紅茶が運ばれてきた。

平凡な紅茶の薫りではない。
珍しい、かつ心地良い甘さだ。

青年ギャルソンは恭しく頭を下げた。

「アオイナの葉の紅茶でございます。薫りはリラックス効果を促します。ご注文は祖父マイスターのお任せでよろしいでしょうか」
「はい。お願いします」

ふわふわした娘が頷くと、青年ギャルソンは再び頭を下げ、裏へと歩き去った。

ぽかんと見つめる三人の視線に気がつくと、娘は恥ずかしそうに微笑んだ。



その日、次期王妃であるアテナ、シルヴィー、カリンは新しい友人のエレンを誘い創国のカフェへやってきていた。

歓迎会の意味もあるが、何よりカリンが『凄くお勧めのお店』へ連れて行ってくれるというので、半分は甘いお菓子が目当てであった。
エレンもそれは承知で、今度ヒサギへプレゼントするケーキの参考にしたいらしい。
目が見えないので食べただけで、参考に出来てしまうエレンも凄いと一同は関心してしまった。


そして、
一同は通りの隅にある古い店に入り、

今、

「美味しいですー」「甘すぎもなく、しっとりしていて」「カスタードクリームとフルーツが良いバランスですね」「にゅふー、幸せですねー」

至福の時を過ごしていた。


噂では創国設立からあると言われるカフェ『セフィロトの樹』。
そこの唯一のパティシエ、老人は昔城で料理人として働いていたとも言われているが記憶している者はいない。
しかし、老人の作るケーキや菓子は体隅々に染みわたる様な心地良い甘さと幸せを味わう事が出来た。

老人を『マイスター』と呼ぶ青年は、恐らく孫なのだろうが詳細は分からない。
礼儀正しい挙動と流れるような聞き心地の良い声。そして綺麗な顔立ち。
彼の淹れる紅茶は普通に売られているモノとは違い、自身で作っているらしい。
飲む者に合わせて、リラックス効果や体調を整える配合をしてくれる。


創国の住民でも知る者が少ないカフェ『セフィロトの樹』

四人がこの場所を集合場所に決めるのに、時間はかからないだろう。



「さすがカリンさんですねぇ。こんなお店を知っているなんて
「ふふふ

カリンが頬を染め、アテナの言葉に微笑むと隣に座るエレンがまた紅茶を一口含んだ。
まるで、味を確かめるように。

シルヴィーは一同を見回すと、ナイフから一旦手を離した。

こほんと咳払いをする。

「えー、今日ここに集まって頂いたのは、エレンさんの歓迎会です。ようこそ、エレンさん」
「はい、ありがとうございます」
「次期王妃代表としてー」

以下略。
シルヴィーの話は相変わらず長い。
すでに慣れているアテナとカリンは苦笑を浮かべるが、エレンは嫌な顔せずニコニコと聞いてくれている。
むしろ、代表とは最初に王妃に選ばれた者がふさわしい気がするがアテナはあまり気にしていなかった。
シルヴィーはしっかりしているし、まとめ役にも向いている。




そういえば」

未だ話を続けるシルヴィーを尻目に、カリンは紅茶の入ったカップをニギニギしながら首を傾げた。
アテナはきょとんとカリンを見つめた。

「どうしました、カリンさん?」
「以前、知の国のフェルナンド様は婚約したと聞いたのですがそのお相手はどな━━」


 ピ タ ッ 


その場の全員が固まった。
それだけではない。
空気も一瞬冷結する。

アテナは笑ったまま冷や汗を流し、エレンは真顔になった。

カリンは訳も分からず、

「ふ、ふにゃ?」

首を傾げた。


凍りついた空気に、カチャリとカップの音が響いた。

シルヴィーは口からカップを離している。
まるでいつもの様子だ。
紅茶の味を確かめるように、味わうように一口。
そして、溜息にも似た息継ぎをすると、

「いえ、お気になさらず」

シルヴィーはピシッと手で一同を静止させるように、いつもの冷静な様子で言った。

心なしか機嫌を損なったようなとげとげしい口調だが、何でもはっきりという彼女にとっては普段通りにしているつもりだろう。

シルヴィーは続けた。

「むしろ気にされる方が困りますし、もう何ヶ月も前の話ですから」
「シルヴィーさん

自分達を気遣っている。
そうアテナは感じた。

確かにシルヴィーは出会ってから一度も『元知国次期王妃』という事実は多く語らなかった。

あの出来事からしばらくは記者等に追われていたらしいし、酷い新聞記事も書かれた。
アテナは新聞を読まないむしろ難しくて読めない。
だから、この全てはザードからの又聞きな為、どこまでが事実かは分からない
しかし、もっと辛い事もあっただろうと容易に考えられた。
ザードも、それはあえて言わなかったのだろう。


シルヴィーには沢山助けられたと思う。
外に出掛ける事も教えてもらったし、友達にもなってくれた。
たまに暴走する事はあったが、それは相手を必死に助けようとした結果。

だから今度は、こちらが助けてあげなければ

友達だから━━


「シルヴ
「フェルナンド様も全く気にしていませんしね。そうそう、先日も一緒に調べ物していたら記者に追われて大変だったんですよ、全くあの方々も暇なんですねっ!そのせいで、私が先に見つけた文献をフェルナンド様に取られるし……くやしいっ」


・・・・・・・ん?


一同は同時に首を傾げた。
何やら、話が、読めないのですけれど?


あの、シルヴィーさん?」
「フェルナンド様に貸されたら一ヶ月は返って来ないんですよ!?殆どが処分されたと言われる幻のティカマクラノカミ説を説いた本あああ、読みたい!」
「シルヴィーさーん?」
「はっ、まさか記者を使って私を足止めしているのでは!?いえ、サルゴン様が人を疑っては駄目だと言っていましたししかし、フェルナンド様なら本の為にやりかねない
「シルヴィーさぁーん」
「はっ!?ああ、なんですか」
「何だか、聞いているとよくフェルナンド様と会っているように聞こえるんですが
「会ってますよ(さらり)」

「えええぇぇええ!?」


緊迫した空気から一転、店内は何故か賑やかになり始めた



一同が声を上げるのも無理はない。

フェルナンドとシルヴィーは『元』婚約者。
しかも、シルヴィーが一方的に(?)婚約を破棄したのだ。

気まずいを取り越して、フェルナンドにも嫌われそうである。
婚約破棄した例の式では、フェルナンドもそれを容認していたようだが、やはり立場的にプライドが傷つけられたのではないだろうか?

とにかくも、自分がフェルナンドならシルヴィーとは距離を取りたいものだ。


だが、

「覚えているかと思いますが、以前知国の王立図書館に行った事がありましたよね?エレンさんも今度一緒に行きましょう。あそこは、本当に全ての書物が集まっているようなものですから、自然と人も集まるのです。ですから、よくフェルナンド様とも会うんですよ。先日もシィルァタキティカ理論の事で話しあったばかりです」

王子が街へ堂々と出歩くのもどうかと思うが
それを言ったら他の四人もなのだから、何も言えない。
アテナは「これもザード様が頑張って悪者対峙してくれてるおかげなんだなー」と脳内で少しのろけてみた。


それにしても、フェルナンドに図書館で会うとは、会っても話せる二人が随分とサバサバしているというか
おそらく知の民特有の性格なのだろう。
過程がどうあったとしても、結果自分達にマイナスはない。
イコール同じ知識を共有する知り合いとなった。

なんともあっさりした二人である。


「ふ、フェルナンド様は、とっても頭が良いんですよね?そんな方と同じく話し合えるなんてシルヴィーさんすごいですね」
「知国淑女のたしなみですから」

カリンの言葉に、シルヴィーは当り前のことのように答えた。

知国の娘否、住民とはいえ、知識の頂点にいる王族と対等に話せるのは普通の事ではないはずだが

そこらへんのツッコミは、するだけ無駄だと紅茶を飲むシルヴィーを前に、三人は悟ってた。



「それは、私の事はどうでもいいんですよ!」
「え?」

『もっと大事な事がある!』と勢いよく立ちあがったシルヴィーに一同は首を傾げた。

「確かに私はフェルナンド様の元婚約者でした!しかし!今は違います!そう私を助けてくれた『あの方』が……フェルナンド様は何をしているのでしょう?」

シルヴィーは言葉尻を小さくしつつ、先程の勢いはどこへやらへにゃりと椅子へ再び腰を下ろした。


今まで、毎日新聞を開く度に、シルヴィーは
『あの人』を探していた。
臙脂色と黒い瞳を持つ、あの女戦士を。


「私が、サルゴン様と恋人になれたのは、私の力ではないんです」


自分はただ、流れにそっていただけ。
それを受け止めてくれたのはサルゴンで、流れを変えてくれたのはフェルナンドだ。
しかし、流れを弱めて自分に疑問を持たせてくれて、勇気をくれたのは━━

知城で出会った、あの『娘』だ。


彼女はしっかりとフェルナンドが好きだと言っていた。
自分よりもはっきりと、そして嬉しそうに。

その意思が羨ましくて、今でも思い返している。


「あの方がいたから、私はここで、皆さんとお話が出来て、サルゴン様と共にいれるんです。ですから、あの方も幸せになって欲しいと思っているんです」

しかし、いつになっても知国の次期王妃の情報は入って来ない。
そうこうしているうちに、他国の四人さえ決まってしまっていた。

フェルナンドは、そしてあの娘はどうなってしまったのか━━
図書館でよく会い、よく話すとはいえシルヴィーには聞く勇気がなかった



「シルヴィーさん

俯くシルヴィーに、一同も沈黙した。

いままで、彼女のこんな姿は見た事がない。

いつものシルヴィーはハキハキとしていて、少し強引なまでに皆を引っ張る。
それで、以前アテナやカリン、エレンも助けられた。


窓の外からの風の音が妙に近くに聞こえ、店の奥からの何かの作業音だけが耳に響いている。




らしくないですよ、シルヴィーさん」
え?」

外の風が一旦止むと同時に、静寂をが破られた。
一同、もといシルヴィーは顔を上げると真剣な表情のエレンが目に入ってきた。

聞き役に徹しあまり人の意見に反論しないエレンの静かな言葉に一同は目を丸する。
以前の彼女ならば考えられないことだ。

エレンは一同の視線に気づいているのか、ゆっくりとカップの縁をなぞる手を止めると、シルヴィーに改めて向き直った。


「私を、助けてくれたシルヴィーさんはそんな事で立ち止まる方ではありませんよ」
「そんな
「私に言ったではないですか。『動かなければ、何も始まらない』と」


あの時━━

エレンが外に出ようとせず、殻に籠っていた、あの頃

シルヴィーはエレンに真っ直ぐ、はっきり言ったのだ。
『怖いモノは怖い。しかし立ち向かわなければならない』と


今のエレンも、まだ少し外は怖い。
だが、シルヴィーに言われた言葉のおかげで外へ踏み出す勇気を貰った。

小さな一歩だとしても
それは、大きな前進になった。



「悩むなら、その解決方法に悩みましょう」

エレンはすくっと立ち上がり、微笑んだ。

「行きましょう、そして、直接聞けばいいじゃありませんか。ね?ヒサギ様の時と同じように」

エレンの茶色の髪が窓からの光で、柔らかく輝いた━━



エレンの颯爽とした様子に、アテナとカリンは顔を見合わせた。

以前は、あんなに大人しかった人が

あのヒサギとの日以来、エレンの中で何かが変わったのだろう。
劇的と言えばそうだが


エレンさん……そう、ですねそうですよね!悩んでいても答えは出ません!直接フェルナンド様にお会いして、あの方の事を聞かないと明確な答えはでません!」
「そうですよ、私達も一緒に参りますから、大丈夫です」
「ありがとうございます、行きましょう!」
「はい!」

変な方向に劇的変化してしまったのではないだろうかと、アテナとカリンは苦笑を浮かべた







「そういえばカリンさん、-本当にフェルナンド様とシルヴィーさんの事知らなかったんですか?」
「は、はいアレフ様はりゃ略奪愛良いね、としか言ってくださらなくて」
え」
「新聞もその記事だけ切り取られていましたし
「(苦笑)」
「あ、アテナさんの事も言ってましたよ」
え、あまさか」
……あ、愛人とか


あの鬼畜で何を考えているか分からないアレフらしい

アテナは逆に笑ってしまった。



○○○

知の国ケフラー

この国は隣を自然豊かな農の国イエソド、全ての夢を叶える創の国ティファレトに挟まれ、昼間でも静かで厳かな雰囲気に包まれている。

街を通るのは、小さな市場の店主や買い物をする平民、そして重そうな荷物を持つ学者だけだった。

けして創のように賑やかでもなく、農のように穏やかでもない。


「ほとんどの人は家かティファレトにいますからね」

シルヴィーは馬車から降りつつ、当たり前のように答えた。
その言葉にアテナが首を傾げると、後ろからエレンと共に降りてきたカリンはおずおずと口を開いた。

「知国には、全くの娯楽がないんで学者さんや勉強熱心な方以外は創国へ買い物に行くんですよ」
「えぇ?み、皆ですか?」
「実際私の母は創国の宝石店や服屋に入り浸ってますよ」

『我が母ながら全く』とシルヴィーは溜息を吐きつつ、歩き始めた。

確かに、知国の住民全てがシルヴィーやフェルナンドのように本の虫というわけではないだろう。
知国は創国同様に『貴族』という階級がある。
貴族は王の側近や遠縁の者の特別階級の事で、黙ってても遊んで暮らせる金が貰えるらしい。
だから、娯楽のない知国などではなく隣の創国へと毎日買い物等へ行ってしまう。

シルヴィーの母も貴族出身の為か、とても派手な金使いのようだ


「きぞくそれは凄い人達ですね。農国には、階級なんてありませんから」
「ないんですか!?」

ニコリと微笑むエレンの言葉にカリンは目を丸くした。
アテナも耳を傾け、頷く。

「そう言えば、農国の方々は皆サルゴン様達とも普通に喋ってますよね」
「ええ。一応は王族という身分は認めているんですが意識は薄いですね。サルゴン様達も気にしていませんしむしろ、皆同じ仕事をしている『仲間』と思っていますよ」
「武国も同じようなものですよね」

前を歩いていたシルヴィーは振り向き、後ろ歩きで口を挟んだ。

「武国は王族、領主、平民と階級はありますが、武人の気質なのか王族でも平民でも同じ『戦士』として認識しているようですよ」

そういえばとアテナは納得した。

城でレオやザードに敬語を使う者は少ない。
演習でも遠慮なく二人をボコボコしているし、食事の時も譲り合いなど皆無だ。


「国によって随分と違うんですねぇ」

アテナとカリンはお互いに顔を見合わせ、何度も頷いた。



そうこうしているうちに、一同の目の前に知の城が現れた。


五つ国の五つの城は全て同じ作りをしているらしい。

しかし、五つの城は全く同じに見えない。

長い年月を経て、それぞれの国の城は一部が壊されていたり、外観が改造されていたり、木と一体化している為、同じだと気付かない人は一生気付かないだろう。

それに比べて、知の城は全く手を加えられていないらしく本来の城の原型そのままが残っている。

「綺麗なお城ですねー」

灰色の城を見上げたアテナは声をあげた。

綺麗さでは創城の上はいないのだが、アテナの言う『綺麗』とは『整った』の意味である。
確かに、装飾類が施されていたり、蔦の処理もされていないが城らしい城に見えた。
双頭の塔に厳粛なオーラを纏う城壁見事な建築美である。
遥か昔からの歴史を感じさせた。


「城を見れば、王族が分かるって本当なんですねー」
「と、ところでどうやって中に入るんですか?」

城の前で立ち止まる一同のカリンはおずおずと呟いた。


確かに、フェルナンドに話を聞く。という発想までは良い。
しかし、相手は王子だ。
城の中にいる。
どこかの王子達とは違い室内での公務なのだ。

シルヴィーは忘れていたとばかりに、腕を組んだ。

「それもそうですねそこまで頭が回りませんでした」
「?普通に入ればいいじゃないですか?」
「え、エレンさん?」

首を一瞬傾げたエレンはスタスタと城の門前へ歩き出した。

他の三人が止める間もなく、エレンは門番と何かを話し始めすぐ戻ってきた。

「駄目でした
「あ、当たり前です!」
「でも、農国だと自由に出入りできますよ」
「農国が特殊なんですよ

当り前だが、知国だけではなく、工、武、創の城に入るには許可がいる。
装飾品が盗まれたり、王族の身に何かあったら大変どころではない。
特に、武の城は五つ国中一番チェックが厳しい。
むしろ近付く者は斬られる位である。


対照的に農の城は国民全てに解放されている。
休憩所に使われていたり、たまに宿にも使われていたりとにかく『城』ではない使われ方をしている。


「ですから、別国の次期王妃とはいえ、直接関係のない私達は知の城には入れないというわけなんです」

エレンはカルチャーショックと言わんばかりに驚いた顔をすると、ションボリと肩を落とした。
アテナも何故か武国のセキュリティーの高さに驚いた。

「わ、私いつも普通に通ってますけど
「アテナさんはまあ、特別なんですよ(エンジェルとか言われていたし)」

『とにかくも』と、シルヴィーは溜息を吐くと、眉間に皺を寄せて唸り始めた。


そういえば、以前城壁に穴が開いていた。
そこから入れればしかし、それは不法侵入ではないだろうか?
ここは出直して、各王子に頼み城に同伴してもらう、という方法が一番安ぜ



「あぁああああああああ!お前ら!」



刹那、
一同の後方鼓膜を破らんばかりの大声が耳へ飛び込んできた。



その場に響き渡った声に一同が振り返ると、知国には不釣り合いな完全武装した武人娘がズンズンと歩み寄って来ていた。

「お前ら!アレだろ!?」
「貴方は

シルヴィーは目を見開いた。

臙脂色の髪を高く一つにまとめ、まるで炎のように荒々しくもじゃもじゃしている。

漆黒の瞳は武国特有の鋭さはあるものの、人懐っこい柔らかさもうかがえた。

腰には一つ細身の剣が差されている。
それは以前図鑑で見た『刀』という特殊な物だと判断できた。

最近増えている、装備をごちゃごちゃ着けている武人かぶれとは違い、簡素だが動きやすく、必要な個所のみを守る鎧を纏っている。


シルヴィーの記憶と目の前の姿が一致した。


「あの時の武人さん!!」
「元良い漬物!!」



……


シルヴィー以外は目が点になった。
しかし、それも気にせず目の前の二人の会話は続けられる。

「おおぉ!久々だな!」
「ええ、あれからお会いする機会もありませんでしたからね」
「そうだ、見たぜ!あの飛び降り!いやぁ、度胸あるな。さすがフェルナンドの良い漬物に選ばれただけあるぜ」
「あれは貴方のおかげのようなものです。あの時私を城から逃がしてくれなければ
「礼は良いって。フェルナンドの嫁に俺以外がなるてのが許せなかっただけだしよ」



……?」「良い漬物?」「ああ」

アテナとカリンの頭に『?』が浮かび上がっている横で、エレンは手を打った。

許嫁(いいなずけ)の事じゃないですかね?」

良い漬物→良い漬け→許嫁


ああー」

三人は顔を見合わせた。
ちょっとどころでなく苦しい言い方な気がするが、そこはあえて考えない事にした。



「それに、お前知ってるぞ!」
「えっ!?」

臙脂の娘は勢いよく振り返ると、アテナを指さした。

「お前、あの馬鹿王子の嫁だろ?俺んとこでも皆話してるぜ!『あの馬鹿の嫁は働き者で美人!』だってな!うちの奴ら、たまにぷろまいどだかなんだか持ってきて騒いでるぜ。たーしかに可愛いな、お前」

ニカッと笑うとアテナの頭をぐりぐりと撫でる。
アテナは顔を真っ赤にして首を振った。

「わ、わたそんなことないです!ザード様の家に居候している身なので

と、ここでアテナはさらに首を振った。
無意識に『馬鹿』をザードだと肯定していた。

「(ごめんなさい、ザード様)」
「あとの二人は創と工の嫁だろ?」
「え」「お嫁ではありませんが

カリンとエレンにも話を振られ、一瞬固まった。

この臙脂の娘は切り替えが早い。
それに、よく自分達を知っている。

「私とアテナさんはともかくどうしてカリンさんとエレンさんが次期王妃だと分かったんですか?」

消去法と推理でどうにもなるが、この娘から考えるとそれはない。

臙脂の娘はきょとんとしたような顔を浮かべ、当たり前のように言った。

「フェルナンドが言ってたぜ?ウェーブと背の高い奴だってな」
「!?」

『フェルナンド』という単語にシルヴィーはピクリと反応した。
そうだ。
自分達は彼に、フェルナンド王子に会いに来たのだ。

目の前にいる臙脂の娘について聞くため━


「そうだ、まだ名前言ってなかったな。俺はユラ。武国のカンバー領に住んでる。よろしくな」


臙脂の娘、ユラは屈託なく笑った。



○○○

一同は城の裏庭に立っていた。



シルヴィーが『フェルナンドに会いに来た』と言うと、ユラは再びきょとんとした顔になり、城壁の裏へと案内してくれた。

……やはり

シルヴィーが予想通りだと溜息を吐く間に、ユラは無理やり城壁の石を取り抜け穴を作っていた。
修理された跡があったが、見なかった事にしよう。

しかし、これでは不法侵入である。
ユラには悪いが断ろうとしたが、すでにエレンはくぐって行ってしまっていた。
むしろアテナも行っている。

これでは致し方ない。
シルヴィーとカリンもくぐり、裏庭へと足を踏み入れたのだった。




「う、薄暗いですね

カリンは隣のアテナにくっつき、ふるりと震えた。

確かに、丁度城が影になり、日が当たっていない場所のようだ。
ただし、よく見ると辺りの木々は手入れされている。

「大丈夫ですよ。お化けの正体はザード様ですから」
え??」

アテナの良く分からない励ましを尻目に、エレンはシルヴィーに声をかけた。

「これからどこに行けば?」
「そうですねフェルナンド様は恐らく城内。中に入らなければ」
「おう、任せときな!」

シルヴィーが穏便な侵入方法を模索する前に、ユラは元気よくシルヴィーの腕を掴んだ。


━━デジャブ


「そこの窓から入ればいいんだよ!いっくぜぇえええい!!」
「ちょっきゃああああぁぁ」


ドドドと効果音通りの走りを見せ、ユラはシルヴィーを引き摺りつつ、走り去って行った。


残された三人は

行きましょうか」
「は、はい」
「エレンさん足元気を付けてくださいね」

ゆっくりとその後に続いて歩き始めた。


知国の廊下は静かなものだった。
アテナ、カリン、エレンが辺りを警戒せずとも普通に歩けるほどだ。

「おかしいです普通なら見回りの人でなくても、どなたか歩いているはずなんですけど

カリンはエレンの手を引きながら疑問を口にした。

知城には初めて入るが、創城となんら変わらないとアレフが言っていた。
創城とて、廊下を歩くとすぐに人と出会う。
むしろ賑やかだ。

何か事件ですかねぇ」
「じ、事件ですか!?」

エレンの言葉と対照的なのんびり口調にアテナはフルリと震えた。

昔何かの童謡で大泣きした記憶がある。
確か最後は

「誰もいなくなった」
「はぅっ!!」
「そういう歌、ありますよね」

エレンがニコリと笑いながら言うと、アテナはカリンに飛びつき、カリンも涙目になった。

今の雰囲気で、それは洒落にならない。

それほど城内は静まり返っていた。


「一体何があ
「何か聞こえてきましたね」

ぷるぷる震えるアテナとカリンの言葉を制止し、エレンは耳をすませた。

静まりかえる廊下に響く足音。
息を止めなければ聞こえないようなその音。

しかし、すでにそれは近くまで迫ってきていた。

三人は角の壁に寄り、息を止めた。


「待てぇえええ!この不法侵入者ぁあああ!!」
「待てと言われて待つかぁ!」
「も、止まっいやぁあああっ」

走り去る大勢の兵士に見覚えのある娘二人

まさかとは思うが


「もしかして、お城の人達皆ユラさんを追いかけて

エレンとカリンは無言で頷いた。


とにかく、自分達は追われる心配はないようである。



○○○

三人はうろうろと城を周ると、一つの部屋の前に辿り着いた。

位置的に考えると、城のほぼ中心だろう。

ドアは他のものとは違い、装飾が多少細かく施されている。
見るからに、重要な部屋だろう。


中から話し声が聞こえますね」

エレンは手を耳にあて、小さく呟いた。
それに続きアテナとカリンも耳をそばだてた。


「次に物価の事についてだが最近肉類の流通が滞っているようだがヒサギ」
「それはこっちの責任じゃねぇよ。出荷数が少なくて、仕方なく高くなってるんだ」
「この前の大雨で、上手く干し草が育たなかっただよんだがら、肉付きが良くなくて
「ちっ、ここ最近肉食べてねぇうちの奴らも暴動起こしかけてるんだ。どうにかしろ」
ザードのところから、最近こっちにたくさん来ると思ったらそれのせいなんだ興味無いけど」
……記録によると、創国が多くの肉を買い占めていると書かれているぞ」
おい」
「興味無いし」
「創は金払いが良いからなてか、ザードこの前の修理代払え」
「あれはテメェが折ったんだろうが!」
「脱線しているぞ!とにかく、工は創への取引を一部制限するようにアレフもそう伝えるように」
はいはい」
「サルゴンは引き続き、出荷量を元に戻せるように最大限の事をいいな?」
「ごめんなぁうちのせいで」



ドアの前の一同は顔を見合わせた。
部屋の中の声は確かに王子一同である。

「ああそう言えば今朝、ザード様が会議だと言って出て行きましたね」

将来、国を背負う事となる王子は週に一度、会議を行う。
今聞こえた話しあいから察するに、すでに重要な決め事も王から任されているようだ。


でも、これでフェルナンド様に話が聞けますね」

エレンはニコリと微笑み、ドアをノックしようと手を上げた瞬間、両脇を押さえられた。

「だだた駄目ですっ」「ちょっと待ってくださぃ!」

?」

エレンは首を傾げた。
目の前に目的の人がいるのに

アテナはきょとんとするエレンの腕を引き、少し後ろへ下がった。


「あの今日、私ザード様に内緒で来ているんです」
はい?」
「外出するなと言われてるんです、私」

エレンは怪訝そうな顔をするが、ザードがそう言うのには理由がある。

アテナは実にトラブルに巻き込まれやすい体質(?)なのだ。

外出すると必ずと言っていいほどトラブルに巻き込まれる。
実際、シルヴィーやカリンやエレンに出会ったのもある意味トラブルによってと言っても過言ではない。

ザードはそれを毎度のようにフォローしている。

だから、城でおとなしくしていろと言うのだ。



「わ、私もアレフ様にここにいると知れてしまったら

エレンの片腕にひしりとくっついたカリンも、俯きつつ首を振った。

「カリンさんも外に出てはいけないと言われているんですか?」
「いえ、そこまではでも」

アレフは、とてもカリンが大好きである。
むしろ彼はカリンしか目に入っていないのではないだろうか?

そして、とてもヤキモチ焼きだ。
先日も双子の姉へ会いに行き、旦那さんと話をしていたらアレフがやって来て、頭をぺしぺし叩かれ、頬もつねられてしまった。

今日も、もし自分以外の男性に会いに来たと知られたら

「あ、アレフ様に、おしおきされてしまいますはぅ」
「なんで嬉しそうなんですか?」

カリンの紅潮顔がまるで見えているかのように、エレンはすかさずナイスツッコミを入れたのだった




二人の制止もあり、エレンは後ろへ下がった。

ヒサギなら慌てつつも嬉しい声を出すかもしれない。
あとでこっそり来たと伝えてみても良いだろう。

前は怖かった声も、今はヒサギの様々な声が好きになっていた。


「では、会議が終わるまで一旦どこかに隠れてましょうか」
「そうですね。遠くにいてもすぐに分かりますよ、ザード様声大きいんで」
「私も……ん?」

カリンが頷こうとした瞬間、後方から何かが迫りくる音が響いて来た。
まるで動物の大群の足音のようだ。

三人は振り返った。

そして、

「きゃあ!」「ふにゅああぁ!」「エレンさんこっち!」

避けた。



○○○


「では次の━━
!?」

会議の最中、ザードは立ち上がった。
向こうから、何かが来ている。

この部屋のドアは厚く、防音性に優れているはずだ。
耳を直接くっつけないと、外の音など聞こえない。

そのはずなのに

常人では聞き取れない音を感じる事が出来たのは、ザードが幾多の死戦を潜り抜けてきたからだろう。

サルゴンも同様にドアを見つめていた。
ちょうど、暴走した野牛の大群の駆ける音に似ている。
反射的に目が鋭くなった。

「アレフ、ヒサギ!こっちこっ!」
ん」「んだよ、急に!?」
「フェルナンドも下がってな!何か来るぞ!」
「なっ!?」

ザードが身構える。
サルゴンはアレフとヒサギを引き、フェルナンドが身を横にずらした瞬間、


「きゃあ!」「ふにゅああぁ!」「エレンさんこっち!」

「うりゃああああああ!」「いやぁああああ!!」

「はぁ!?」「!!シルヴィー!?」「……わぉ」「ななな、え!?」「何だと!?」

部屋のドアが破壊され、二人の娘と兵士の大群が雪崩込んできた。




「とーーーちゃっく!」

雪崩込んできた大群の先頭に立っていた女戦士はガッツポーズを決めた。

それと同時に、手を掴まれていた小柄の娘はぽーんと投げ出され、宙を飛ぶ。

サルゴンは慌てて娘、シルヴィーをキャッチした。


「この、野蛮人めが!城から出てゆけ!」
「うっせぇなー!俺は案内しただけだ。あとフェルナンドに会いに来た」
「どちらも許されんと何度も!」

兵士達は腰の剣に手をそえた。

戦うのは専門ではないが、これでも武の戦士にも引けをとらないはずだ。
実際戦った事はないが

「もう許さん!武力行使で
「私の前で剣を抜く気か?アントニー守護団長

一瞬の静寂に、凛とした声が響いた。

先頭の男は声のする方へ顔を向けると、後ろの兵と共に膝を地に付いた。

「失礼いたしました、フェルナンド様!」
ここはもう良い、引け」
「し、しかしこの娘を
「私の横にいる者が見えぬか?知らんようならよく見ておけ」

フェルナンドは視線だけを横のザードに向けると、鋭い瞳で兵を圧した。
それだけで一面に緊張が走る。

兵は深々と頭を下げると、無言で退室していった。




さて」

部屋に静寂が戻ると、フェルナンドは溜息を吐いた。

「この状況を、説明してもらおうか?」

一同の目の前は、ドアが破壊され、椅子は机と共に端まで飛ばされ、書類は落ち、シルヴィーが目を回していた




「さっきも言っただろー!俺はこいつらを案内しに来ただけだぜ。あとフェルナンドに会いに来た!喜べ、褒めろ!」

フェルナンドにギロリと睨みつけられつつ、ユラはえっへんとばかりに胸を張った。

ユラには怖いものがないのだろうか
部屋を包むフェルナンドのイライラに、女子一同は身を縮めた。

……まあ良い。貴様の城への侵入は今に始まった事ではない他の者たちは何用でここまで来たんだ?場合によっては━━
「俺に会いに来たんだよねふふ」

窓側で暇そうにしていたアレフはすたすたとカリンに近づき、頭をぺこぺこと叩き始めた。

「夜まで我慢出来なかったのかな悪い子だ
「ふにゅー」
「御仕置きしてあげる
「お前は黙っていろ」

そちらに視線を移しもせず、フェルナンドはぴしゃりとナイスツッコミを決めた。


「おまっ!城でおとなしくしてろって言ったろ!このアホっ!どっかの奴に拉致監禁されたらどうすんだ!?え?言い訳聞こうか!?」
「ご、ごめんなさいぃ!レオ様が許可くれましたし送ってくれたので
あのバカ親父!」
「レオ殿の説得をよくしておけ!」

溜息を吐くザードにこれまた溜息を吐くと、フェルナンドは次に視線を移した。

「な、なんでいるんだよ!?」
「え?……うーん、そうですねぇヒサギ様に会いに来た、という事にしておきますね」
「ば!?俺にってこのばばバカ!別に来なくていいし!い、良いんだからな!」
「では、フェルナンド様に会いに来ました、と言う事に
「ばかぁああ!」
「お前がバカだ静かにしろ」

半泣きなヒサギとニコニコするエレンから向きを変えると、困ったようなサルゴンと目があった。
腕の中にはシルヴィーが未だにクルクル目を回していた。

……どうすっぺ」
シルヴィーはまだ目を回しているのか」
「フツーに走ってきたんだけどな」
「貴様の普通は普通ではない」

カラカラと笑うユラを再びギロリと睨むと、一度部屋を見回した。

「とにかく説明してもらおうか?先程、エレン殿が言った『私に会いに来た』理由を」

部屋は再びシンと静まった。



アテナはオロリと慌てた。

いつも前で堂々と相手に対峙するシルヴィーは今目を回し、とても説明できる状態ではない。
かといって、自分もカリンも説明が得意ではない
ユラなど、首を傾げている。当り前だが

このままではただフェルナンドのイライラを積もらせるだけである。


「私達は理由を聞きに参りました」

静まりかえる部屋に、カツンと一歩前に出る音が響いた。
一同がその音に視線を集めると、エレンがフェルナンドと対峙するように凛と立っていた。

「エレンさん
「まずは、何故シルヴィーさんとの婚約を破棄したのか
……
「知の国の王子が、後先も考えずに行動するはずはありません。私は、シルヴィーさんの他に好きな方がいるのかと思っていました」

瞳に光のないにも関わらず、エレンの光のようにはっきりした存在感は、フェルナンドに引けを取らせなかった。

やはりエレンは、本来このように凛とした女性なのだろう。
その姿は、誰が見ても見惚れてしまう位凛々しく、美しい。
エレンは続ける。

「でも貴方は婚約を破棄した後も行動を起こさなかった。もし、好きな方がいるのならすぐに行動を起こすはず……他の方にとられないように」

王妃の決まりの一つに、王子の選ぶ娘の国はバラバラになるようにというものがある。
例えばa国の王子がb国の娘を選んだら、他の国の王子はb国の娘を選べないという物だ。

これから必然的に、次期王妃は早い者勝ちになる。

「もしかしたら、フェルナンド様の好きな方はすでに選べない国の方だったかもしれませんしかし、それでも慌てた様子もありません」

エレンは、サルゴンと幼馴染だ。
昔から他の王子の事をちょこちょこと聞いている。

その話からも、フェルナンドが落胆したり慌てた情報はなかった。

ただ、静かに、普段通りの彼のままだった。


「そして、最後の疑問です。特に慌てない様子から考えると、どの国の女性でも良いまたは武国の方を選びたいと見れますしかし何故、残った武国ユラさんを選ばないのですか?フェルナンド様には次期王妃を選ばない、理由があるのですか?」
……

エレンは瞳を開いた。
見えていないはずだがその瞳にはフェルナンドが映っている。

フェルナンドは

……ふ」

笑った。

 


「私の行動には、全て理由がなければならないというのか、エレン殿?」

フェルナンドは真っ直ぐにエレンを見つめる。
外からの緩い日の光に、エレンの美しい顔と亜麻色の髪が鈍く輝いた。


二人はお互いに無言で向きあう。
空気で牽制しあうかのように



理由などない。ただのきまぐれそれだけだ」

先に口を開いたのは、フェルナンドだった。
ゆっくりと顔にかかる前髪を退け、軽く目を伏せる。

エレンは微かに体を揺らした。


「私は忙しい。恋や愛にうつつをぬかしている暇などないのだ」
……
「未だ法をかいくぐり、悪を繰り返す輩が山といる。パンも買えずに路地裏で命を途絶えさせる子供、望まぬ争い、病と闘う者私には救わねばならぬ者がいる」

フェルナンドは窓の前に立つと、青い空を見上げた。

目を細めると一旦言葉を置き、また振り返った。

「お引き取り頂こう。くだらぬ問答で時間を削りたくはない」


『今日はこれにて解散』と続け、フェルナンドは部屋から立ち去った。
エレンもそれを止める事はせず、ただ見送り俯く。


後には、沈黙する一同だけが残された。


○○○

「あのフェルナンド様が、歯切れ悪いですね

知城から出、やっと目を覚ましたシルヴィーはエレンの話に腕を組んだ。

いつもの彼ならばはっきりと理由を言うだろう。
『他の事で忙しい』のは分かるが

「ありゃ照れてるんだよ!ほら、俺が目の前にいたからよー」
「その様子はなかったですけれど

たはーっと頭を掻くユラに、エレンは鮮やかなツッコミを入れた。


「てか、お前らはそんな事を聞きにここまで来たのかよ」
「そんな事とはなんですか!」

ザードは溜息交じりに言うと、シルヴィーはギロリと眼を鋭くした。

「これは大切な事です。何より、フェルナンド様には色々お世話になっていますし!ね、サルゴン様」
「あーんだなぁ……土下座級けぇ
「なにより、フェルが急いでくれなくちゃうち、子供出来るよ」

先程からギュモギュモとカリンを抱きしめるアレフはクスリと笑った。
カリンはにゅーにゅーと何かを言いながら赤面している

「全くだな、俺のと」
「黙れ、歩く18禁にエロ脳筋!!!!」
「うぉっ!この上げ底!」

ヒサギはザードへ回し蹴りをかました。
ちなみにヒサギのブーツは鉄入りである。
ザードは予想していたように避けると、反撃した。

「あ、上げ底言うな!」
「はんっ、チービチビ!」
「お前がでかいんだよ!このアテナの布で窒息してしまえ!糸になって雑巾になれ!」
「そっちこそ乳でか女より小さいとか言われて半泣きになれよ!」
「俺の方がデカイわー!ちょっとだけ」


「あの二人はほっときましょ」
ヒサギ様、上げ底なんですか」
「ザード様呼び方恥ずかしいです


『わいせつ話はなしです』とシルヴィーが言うと同時に、エレンとアテナは苦笑を浮かべた。

後でヒサギがエレンに物凄い勢いで弁解する姿が目に浮かぶ


「そういえばユラさんはフェルナンド様と知り合いなんですか?」

ふと、アテナは手を叩いた。
シルヴィーが助けられた、そして城の中を熟知していたという事は以前からの知り合いだったのだろうか?

ユラはアテナの質問に、胸を張った。

「おう!もちろんだ!フェルナンドはな、命の恩人なんだぜ!」
「命の?」
「そ!ガキん時にさ

ユラは、ゆっくりと髪を束ねたハンカチに手を運ぶと照れたように笑った。

「約束したんだ!」


武国はさ、王王子を殺せば、殺した奴が次の王になれるつー決まりがあるんだ。

だから、今でも色々な奴が城に攻め入ってるみたいだよな。
あ、まあアテナは心配するなよ。
あの馬鹿王子が守ってるんだろ?
だつたら大丈夫だぜ。

それはそれでさ

今からえーと大体5年前?
そんくらいの時、俺の親父ああ、俺の親父は今カンバー領の領主してんだけど、その時はただの一兵。
その親父が、5年前に部下達を連れて城に攻め入ったんだ。
俺はガキだから留守番な。

結果は親父の降伏。
こちらは一人も死んでないのによ、すぐに降伏しやがったんだ

負けても、多少は武勇と勇気で尊敬の眼差しを受けるんだけどよ、一瞬で降伏した親父は弱虫とかヘタレとか、軽蔑された。
その後、領主としての仕事を言われても、それは変わらなかった。

腰抜け剣士、土下座上手、ごますり野郎色々言われたな
そのせいで、俺んちはしばらく食べる物もなくてよ
水も汲ませてくれないし、パンも金もない。
あー、今思い出しても酷かったなぁ

そん時、俺はあまりの腹減りと周りの嫌味に耐えかねてよ、家出したんだ。

まずは隣の工国に行こうとしたけど、通行止めで逆方向の創国へ行った。
けど、あの国は酷いなー
人の姿見るなり「コジキは消えろ!」って追いかけてくるの。
必死で逃げて、なんとかまた隣の知国まで辿り着いたわけ。

そこもまあ、創国みたいに追いかけてはこないけどよ
無関心に、俺を見ようともしない。
酷いよなぁ

んで、食べ物もないし、俺はとうとうぶっ倒れちまった。
あー、もう俺は死ぬんだなーと思ったその時!声をかけられたんだ。

目を開けると、そこにパンと飲み物が置かれてた。

俺は無我夢中で食べた。
もう、めちゃ旨いの!
今まで食べた食べもんの中で、一番!
今でもそれは変わらない。

で、食べ終わってから目の前の人影に気づいたわけだ。
その食い物を置いた奴な。

そいつはサラサラした長くて濃い金の髪が肩ぐらいまで伸びてて、深い青い目がビー玉みたいにキラキラしてた。
顔も綺麗に整っててよ、こっちを見てにっこり笑ってくれた。
俺は、一目で惚れちまったよ。

『どうして倒れている?』
そうか、それは大変だったな』
『でも助かって良かった』

そいつはそう言ってくれた。
今まで、優しい言葉なんてかけられてなかったしちょっと泣いちまったよ。

でもなそいつはそれだけじゃなかった。

『どうして逃げてきた』って言うんだよ。

どうして、父親や信じてくれている部下の人々を置いて、逃げてしまったんだ?
君は軽蔑を受けないようにするために何かしたか?

今の君は、ただ逃げ出した負け犬だ。


そいつはそう言った。
俺は、
悔しくて言い返した。

『今すぐ領に戻って、再建してやる!だから、それが終わったら、嫁にしてもらうからな!』

そいつは笑った。
そして、
『出来る物なら、やってみな。もし、出来たら結婚してあげよう』
そう言いながら、立ち去って行った。
遠くの人影に手を振りながら

俺、確かに聞いたんだ。
人影が『王子』って言ってるの!
あいつは絶対従者だぜ!

で、俺はすぐに家に戻って、親父たちに喝を入れてやったんだ!
領を再建するために!
王子金の髪したフェルナンドの嫁になる為にな!
この、パンを包んでたハンカチに誓って!



で、うちの領も安定したし、嫁の変な決まりもなくなったし俺はフェルナンドのとこに乗り込んだ、けど」

あとは何となく察しがついた。

フェルナンドはユラを拒否し続けている
というわけか。


「でも、昔二人の間でそんな事があったんですね。まさに運命的じゃないですか」
「へへっ、そうだろ?」
「ハンカチに誓った、プロポーズですかぁにふー☆」

アテナは目をキラキラさせて、ユラの髪を束ねたハンカチへ目を移していた。
カリンも頬を染めながら、ふにふに鳴いている。

しかし、シルヴィーは首を傾げた。

「それにしてもフェルナンド様が約束を無視するのはおかしいですよね

約束した、という証拠の品ハンカチもある。
そしてユラの記憶のフェルナンドらしき人物の容姿もはっきりとしていて、的確だ。
ユラが約束したというのは、確かな事実だろう。

それなのに

これは、何かもっと何か秘密がありそうですね」

エレンの言葉にシルヴィーは頷いた。






……
「うにゃ

アレフは目配せすると、サルゴンは首を横に振った。

 

○○○

今でこそ、平穏で大きな争いもない五つ国だが、ほんの10年前まではほぼ毎日のように内乱が起きていた。

人々は飢え、心も荒み、血と悲しみで溢れていた。

ホドを襲った『あの事件』もその中の一つであり、ただ≪普通の出来事≫でしかなかったのである。


その戦乱時代が始まってしまった原因は、時の彼方に締まっておきましょう。

今は、



月の光が太陽のように、明るく、城を照らす夜。
長い廊下を走る兵士。



終演が始まったのだから



「お逃げください、フェルナンド様!」




○○○

窓から差し込む朝日に、ユラは目を擦り、身を起こした。

ユラのベッドは質素で布団と呼べるものはなく、お世辞でもただの『ボロ布』と言うしかない。
武国は温暖とはいえ、このボロ布では少し冷えるかもしれないが

「んっー!よく寝た!」

本人は大して気にもしていないようだ。


ユラは服を着替えると、テーブルの少しいびつに畳まれたハンカチを手に取る。

一応毎晩キチンと畳もうとするのだが如何せん手が不器用な為、どうしても形が整わない。
おかげでハンカチには変な皺が出来てしまっている
まあ、それも気にしていないのだが

ハンカチは色褪せているがとても柔らかく、とても存在感を感じる。

あの日、あの時、見せた笑顔とともに

ユラは毎朝の日課である、このハンカチへの誓いを反芻させた。
ゆっくりと瞳を伏せ、胸の奥で高らかに唱える。

『俺はこの領そしてフェルナンドの為に戦う。絶対に逃げない。そしてフェルナンドに、認めてもらう』

ユラは瞳を開け、ニカッと歯を見せ笑うと、ハンカチを髪に結んだ。

「よーーーしっ!いっくぞーー!!」

身を引き締めるように声を張り上げ、ユラはドアの隣に立てかけられた剣を腰に差し、部屋を飛び出した。




ユラの家は、寮のようなものを営んでいる。
厳密には『営んで』はいないのだが

カンバー領はいつぞやの戦いで更地になっていた。
そこに領主のユラ父がやってきて、今の家を建て再建を始めたのだった。
しかし、父に付いて来た部下達にはもちろん家はない。金もない。食べ物もない。

どうしようかと、考えて行き着いた先が、今の家に皆で共同生活をしようと!という考えというわけである。

現在は領の再建が完了しているが、父を好く部下達はこの家を離れず、いつの間にか住み込みで仕えるようになっていた。
後から来た兵士達がその様子から『寮』と勘違いして、家賃を納めてくれている。

別に寮ではないがまあ、ありがたい。


それはさておき、ユラは階段を下りるとホールにある写真立てを撫でた。

今は亡き母の写真が飾ってある。

自分が小さい頃に古傷が元で逝ってしまったが、母は本当に皆の事を支えてくれた。
凛としていて、武人でありながら女性らしく、戦う姿は花とまで言われたらしい。
実際には見ていないのだが、ユラは幼い頃の記憶の母の姿から、それもすんなりと信じられた。

今の自分は正反対の男勝りだが
将来は母のような凛として物静かな女になりたいと思っている。
……思っては、いる


「ああ、おはようユラ」

その時、気の抜けた声が背後からかけられた。

振り返ると、少し猫背な中肉中背の男が立っていた。

……父だ。

「はよっ」
「うんうん、今日も元気だ。で、きょ
「もーちろん行くぜー」

ユラは父から朝食のおにぎりを受け取ると、一口かぶりついた。

父はぞわわっと青ざめた。

「や、やめてくれえええ!き、昨日も、知城で暴あああ、母さんごめんよぉおお、ユラの育て方まちがえたかなぁあううカガリ助けてぇえええ
「はいはい、行ってきまーす」

さめざめと泣き崩れる父を尻目に、ユラは外へのドアへと向かった。


父は王妃の決まりが改定し、ユラがフェルナンドの元へ走って行くのを、めちゃくちゃ激しくこの世の終わりのように止めた。
普段から、腰がとても低くというか、プライドがないようにすぐ土下座しまくる父だ。
『王妃になるなんて、恐れ多いし無理だ!』と涙ながらに言っている

こんなんだから、領の再建も自分が指示しなければ進まなかったのだ


「お、ユラ嬢!今日も知国へかい?」
「あまりユエ様を泣かせないでくださいよ」
「カガリさんと違ってお転婆じゃからのほほ」

家からでると、数人の兵士達に声をかけられた。
『ユエ』とは父の名だ。
ちなみに母は『カガリ』

兵士達は、他の領では考えられない否、レオ王の部下よりも、ユエへの忠誠が高い。

どうして、あんな父に付いているかは分からないが

「はいはい、分かってるよ。親父もお前らも心配症過ぎるっつの」

ユラは後ろ手に手を振ると、軽く柔軟体操を行った。

太陽は雲一つかかっていない。
今日も一日晴れなのだろう。

「うっし!じゃ、行ってくる!」

ユラはまるで足に風を纏ったかのように、走り出した。

今日は調子が良い。
この調子ならニ時間程度で知国まで辿り着くだろう。


「待ってろよー!フェルナンドー!」



毎日の道のり。
毎日の声。
毎日の景色。

ユラは毎日毎日自分の家から知国まで走っていた。
常人では、途中すぐにバテてしまうだろうが、ユラは途中多少の給水を取るのみで、ほぼ走り続けている。
体力だけの理由ではなく、フェルナンドに会いたいという気持ちが、彼女を動かしいるのだろう。


そうこうしているうちに、ユラの足はいつもの場所で止まった。

雄大であり、国の要。
誰もが後退りしそうな厳格なプレッシャーを纏っている。
歴史を感じさせる薄汚れた石。
天閣にはためく、神獣の旗。

ここは、フェルナンドの住む家

知国ケフラー城━━



ユラは改めて空を見上げると、すでに昼時を示していた。
丁度の時間だ。

裏手に回り、城壁の印を確認する。
この印がある場所が丁度裏庭の正面に出れるのだ。

ユラは城壁の頂上を睨むと、少し後ろに下がった。


……っし!」


地面を蹴り、城壁へと走る。

ぶつかる直前にジャンプし、そのまま勢いを殺さず壁を、走る。

落ちる前に、もう片方の足を上に。
もう片方の足がバランスを崩す前に、もう片方を前に

それを繰り返し、ユラは頂上へ飛び出した。

「おりゃああああぁあ!!」

あとは中へと下るだけだ。
着地に備え、体に力を込める。


「とーーーーちゃく!!」
少しは静かに来れんのか、貴様は

軽やかに地面へと着地したユラはポーズを決めた。
しかし、ツッコミは毎度ながら冷静だった


ユラの視線の先には、いつも通りの場所で紅茶を飲むフェルナンドが座っていた。

スラリと細く、白い肌と体は自分とは正反対で、屋内の仕事が主だと容易にわかる。
さらりと流れる薄い金の髪は、鋭い水色の瞳を少し隠す。

その姿はまるで遠い国の物語の挿絵のように整っていた。


「おー!今日も来たぞ!」

ユラは毎度ながらフェルナンドのイケメンさに見とれながら、それを悟られないように笑いながら近付いた。

フェルナンドは溜息を吐き、手の本を閉じる。

「昨日の今日でよく来れるな」
「昨日?ああー、細かい事は気にすんなよ」
……

ユラはケラケラ笑い、遠慮なく正面の椅子へ腰掛けると、テーブルの上のサンドイッチを頬張った。


初めの頃は椅子も食事も用意されていなかったのだが、いつの間にかそこに置くようになていった。
フェルナンドは何も言ってはこない。
しかし、もう一つの椅子を使うわけでもなく、サンドイッチに手を付けるわけでもない。

それは、明らかに「誰かの為に」用意されたものだった。


「んまっー!このパンうまっー!」
食事中は喋るな」
「だってよー、この白菜が
「それはレタスだ、馬鹿者」
「んーレタスねーうまうまー」
……今朝、運ばれてきたばかりだからな」

フェルナンドは幸せそうにサンドイッチをかじるユラを横眼で見、微笑んだ。

普段は静かな庭が、騒がしくなる。
しかし、その騒がしさは耳触りではなく不思議と頬の緩む感覚だった。


良い日和だな」
「んあ?」
「お前は気にするな」

首を傾げつつ、最後のサンドイッチを口に運ぶユラは、再び本へ目を落とすフェルナンドを目に映した。



○○○

ユラが三回ほどサンドイッチをおかわりした頃、フェルナンドは顔を上げた。

昨日の」
「んあ?」
「お前は、昨日のエレン殿の話をどう思った?」

『ズズっ』と紅茶を啜ると、ユラはきょとんとした顔でカップを置いた。

昨日エレン
ああ、あの難しい話。


そう言えば、『他の国に好きな人』とか『何を企んでいる』とか言っていた
自分にはさっぱり分からなかったが、とにかくフェルナンドはカッコ良かった。
うん、あのキリッとしつつ、鋭い目とか笑った口元とか、あとあの難しい話をきっぱり返したところとかイケメン過ぎる。

やっぱり、フェルナンドが好きだ。


まあ、お前が何か考えるわけはないか
「ぐっしつれーだな!ちゃんとな、考えたぞ!」

『言えないだけだ』と赤面しつつ、ユラは今考えた事をもにょもにょと飲み込んだ。

毎日嫁にしろとは言っているが、こんな女っぽい事は口が裂けても言えないし、自分には合わないだろう。
むしろ言ったところで気持ち悪い。


フェルナンドは女っぽい方が好きだろうか?
自分の家の奴らも言う。
母のように女性らしくて、しとやかの方が良い、と。


いや、自分は自分だ。
何が何でも、フェルナンドは自分と結婚する。
好みはフェルナンドがそんな細かい事気にするわけないと願いたい。

待て、この考えが女々しい。
気持ち悪いの退散!


……まあ良い。これから分かるだろうからな」

ユラが一人でもがいている姿に溜息を吐くと、フェルナンドは視線を庭の先に向ける。
何かを瞳に捉えているようだ。

ユラもそちらへ顔を向けた。


あれ?」

自然と立ち上がると、ユラは声を出していた。


お前確か、サルゴン?」
……ん」

庭の入口に立つ青年、サルゴンは曖昧に返事をして、目を逸らした。



昨日見た時はニコニコとしていたサルゴン
が、今日は様子がおかしい。

ユラが訝しげに眉を動かすと、横のフェルナンドが声をかけた。

「何用だ?今日は定例会議の日ではないぞ?」
んだな、でも」

サルゴンは、一瞬戸惑うような表情を見せるが、すぐに何かを振り切るようにユラの元へ歩み寄ってきた。

「え?な、なんだよ?」
「ユラ、ちゃんには助けてもらったでなだから……嘘は、つけね」

サルゴンはポケットから一枚の写真を取り出すと、ユラに手渡した。

フェルナンドは微動だにせず、その様子をただ静観している。


状況の飲み込めないユラは、手渡された写真を見た。


五人の少年が写っている。
少し画質は悪いが、これはカメラが出始めた頃のものの為だろう。

五人の少年には、今の面影がキチンと残っている。
特徴的な髪色なのは、目の前のサルゴンだろう。
そして小柄で少し垂れ目のは工国の奴。
その頭を掴んでじゃれているのは、武国のバカ王子。
静かな視線を送るのは創の王子。きちんとカメラ目線だ。

そして、

?」
「それ、大体五年前のだ」

ユラは何度も目を擦った。
しかし、写真の姿は変わらない。

薄い金の髪を一つにまとめ、浅い水面のような水色の瞳。
溜息を吐いているような呆れている表情は、ニコリとも笑っていない。 

違う。
しかし、
目の前にいる人物そのものだ。

「確かユラちゃんは、五年前助けてもらった人んこと濃い金髪が肩ぐらいまでで、深い青い目がビー玉みたいとか言ってたべな」
……
それ、五年前のけぇ……フェル、今まで髪は肩ぐらいまで伸びたら縛ったで目も、そこまで濃くねし
……

写真を凝視するユラに、サルゴンは眉を下げ言葉を続けた。

「も、もしかしたらユラちゃんがちょっと言い間違えちまったとか、記憶が曖昧だったとか……オラ、そう思いたい
俺は」

「人違いだ」


顔を上げたユラの横から、ピシャリとした声が響いた。



ユラが視線を移すと、丁度フェルナンドがティーカップを口に運んでいた。

見慣れた光景なのに、不思議と動きが止まってしまう。

ごめんな、フェル」

動きを止めるユラとは対照的にサルゴンはフェルナンドに向き直り、眉を下げた。

「アレフに、言うなって止められてただが
「アレに気を遣わせるとは私もまだまだということか」

フェルナンドは自嘲的に笑うと、ユラに鋭い視線を向けた。
ユラは一瞬ビクリと胸を震わせた。

ユラ私は今言ったように、お前の探していた人物ではない。人違いだ」
「なっ!?」
「以前お前が話した、食料を分け与えたという話私は身に覚えはない。そのハンカチとて

ユラはハッとしたように、ハンカチを髪から外した。

確かに、このハンカチを貰った時『王子』と聞いた。
それはよく覚えている。
昨日のことのように、よく、覚えているのだ。

ハンカチだけではない。

その出来事だって、目を閉じれば思い出せる。

だから

写真の、目の前のフェルナンドが『記憶の人物』ではないと分かってしまった。

しかし、このハンカチは━━

「そのハンカチとて確かに私のだが、昔、従者に失くされたものだ」
「従者?」
……丁度六年前いや、私は一時期王立図書館で王制の教えをうけていたことがある。その際、昼食は従者に届けさせていた」

フェルナンドは少し目を伏せると、一瞬苦しげな表情を浮かべた。
しかし、すぐに普段の冷静な顔に戻ると言葉を続けた。

「そのハンカチは、母から十の誕生日に貰った大事な物だった毎日昼食を包むのに使われていたものしかし、ある日従者は道に落としたと言って来たそれ以来そのハンカチは見ていない」
……

ユラはゆっくりハンカチに目を落とすと、端に刺繍されている金のエンブレムをなぞった。
知を司る神獣に『10』と描かれている。

確かに、

確かにフェルナンドの言ったことに違和感はない。

『従者』という人物以外



「そ、その従者は誰なんだよ!?」

ユラは自分でも驚くぐらい、必死な声を出し、フェルナンドに詰め寄った。

おかしいじゃないか。
従者とか、よく分からない人物を出して

「そこまで覚えているなら、その従者の名前も覚えてるだろ!?」
ああ」
「い、言ってみろよ」

ここで、少しでも口詰まったりしたら
いや、してくれ。
そうしなければ、『嘘』だと言えない。

嘘だと言い返して、またフェルナンドを好きになる事が出来ないではないか━━

「その時の従者は、アントニーお前が毎日追いかけられているあやつだ」
「え
「奴は、その一件私への届け物を落としたとして、従者から守護団へと移って行ったのだよく覚えている。嘘だと思うのならば、本人から聞いてみろ」
……


ユラは一瞬目眩を感じた。

『アントニー』?
いつも追いかけっこしている?

そんな奴の顔は、正直覚えていない。

そういえばあの、小さいの
そう、確か名前は『シルヴィー』といったか?

シルヴィーを初めてみた時、『似ている』と思った。
髪も瞳も『記憶のフェルナンド』に。

この知国に来てから、通り過ぎるのは皆同じ色ばかり
金の髪に、青い瞳。
武国は、多彩な色が集まっているが、この国はほぼ統一されている。

いや
統一ではなく、揃ってしまっているのかもしれない。
自分はよく知らないが、金の髪と青い瞳は知国元来の種族の色なのか


頭がこんがらがってきた
「ユラちゃん

普段使わない頭を回転させ、ユラは知恵熱が出そうになっていた。
その様子にサルゴンは心配そうな視線を向けた。

透き通った緑の瞳に、薄い紫の髪

お前はなんで、そんな色なんだ?」
「へ?」
いや、変じ
「とにかくだ、ユラ」

目を回すユラに脇からピシャリと声がかかった。

私がお前に会ったのは法が改正した次の日今から数ヶ月前だ。

だから、お前の探し人とは、違う」


フェルナンドはそこまで言うと、再び紅茶を口に運んだ。

その様子は、普段通りの、冷静で動揺などした事がないような姿であった。

まるで、ユラの事は見ていない。


そうかそうかよ」
「あ、ユラちゃん!!」

サルゴンの声にも振り返らず、ユラは踵を返して城壁の上へと消えていった。

後には、普段通りの静けさが残った。




サルゴンは振り返った。

「フェル
……私は事実を言っただけだ」

フェルナンドは視線を移さず、ティーカップをを覗いた。

紅茶には、
微かな波紋が出来ていた━━




○○○


月明かりの差し込む部屋に一人の兵士が飛び込んできた。

「お逃げください、フェルナンド様!外にホドの者達が大軍が!」

兵士の声に小さな体を起き上がらせると、王子は窓の外へ視線を移した。

ゆらゆらと、大量の松明が揺れている。
恐らく攻めてきたという大軍の物だろう。


しかし、何故


「城は囲まれました!早くこちらへ!」

王子は兵士に手を引かれ、廊下へと走り出た。


廊下は外の騒ぎが嘘のように、静寂を保っている。
兵士は王子を前に歩かせると、剣を抜いた。

どうやら、ホドで反乱があったようです」
……またか」
「はい。しかし、今回はホド城を直接狙うのではなく、他国を攻め、周りから崩してしまおうと
なるほど」

王子は前を歩きながら、視線だけ外へ向けた。

『他国を先に崩す』となると、王ではなくその子、次期王の王子達が狙われると言う事だ。

工と農は自己防衛が出来るとは思うが、創はどうだろうか

そして、

「ところで、貴様は
「はい?」

「この城で見かけたことがないが?」


今、後ろで剣を振り上げられた自分は、どうだろうか━━?




○○○

ユラは混乱していた。

記憶の恩人。
ハンカチ。
金の髪に青い瞳。
恩人の笑顔。

フェルナンド。


わっかんねぇ」

ユラは頭を抱え、しゃがみ込んだ。
人々は、その様子に無関心で過ぎていく。


確かに

確かにフェルナンドの言った事は正しい。
多分、事実だ。

自分を助けてくれたのも、フェルナンドではなくどうしても顔の思い出せない、あんパンとかそんな名前の奴だろう。

だけど、

「よくわかんねぇ、わっかんねぇ!」

このモヤモヤは何なんだろうか?

恩人が分かったのに。
約束だって、果たせるのに。


フェルナンドじゃなかった。


『約束』したのが、フェルナンドじゃなかった。


領を再建すれば、『フェルナンド』と結婚できる。
あの笑顔がもう一度見れる。
優しい声も、叱る声も、傍にいてくれる。

初めて人を好きだと思えた。

だから、フェルナンドと結婚したかった。
だから、今まで頑張ってきた。
何度も挫けそうになったけれど

『約束』のハンカチがあった。



でも、


俺が好きなのは、フェルナンドじゃなかったんだ


ユラはハンカチを握ると、

そのまま力を抜き、風に飛ばさせた。



ユラが重い足取りで自宅へ戻ると、何やら来客が来ていた。

父の知り合いか、はたまた武器等の商人か
なんにしても、立ち入る気力もない。
ユラは父と来客の横を通り、自室に向かおうとした━━しかし、


「ユエ殿今こそカガリ殿の敵をとる時ですぞ!」

「!?」

ユラはサッと身を壁に付けると、来客達の声に耳をすませた。

「カガリ殿は、あの戦いの傷でユエ殿!それは貴方も承知しているはずだ」
ええ」
「そもそもあの狂王のせいで!奴は我等、民否、戦士の命を何とも思っていない!」
……ええ」
「私は、二十年前のユエ殿の姿が今でも忘れられません打倒レオ王の反乱軍を編成し、あと少しまで追い詰めた猛々しい姿今も昔もレオ王と引き分けたいや、撤退させたのはユエ殿だけですぞ」
あの時は、若かっただけです」
「いえ!今でもその気迫は衰えていないはず!ユエ殿、どうか私達の作戦に手をお貸しください!」

来客の言葉が終わると、その場に静寂が流れた。


いつも腰に差す刀を見て分かるように、父も一応戦士だとは分かっていた。
自分の剣術も父に教わった物だ。

しかし、あの来客の言うような『レオ王を追い詰めた』までは考えられない。
今の姿では
父の姿は、しなびれた中年親父である。
最近はよく土下座のしすぎで腰が痛いと言っているくらいだ。


答えは聞きませぬ。今日から一週間後、計画を実行いたします。もし、手を貸して頂けるならば、各城まで
ええ」

静寂に耐えきれなくなったのか、はたまた父の無言に呆れたのか来客は静かに言い残すと、出口へと歩き去って行った。



「ユラ」
「うぉっ!」

壁に張り付いたままのユラは、突然かけられた父の声に肩を揺らした。

おずおずと顔を覗かせると、普段通り気の抜けた頼りない表情の父が立っていた。

「おかえり」

父、ユエはにっこりと優しく微笑んだ。



ユエは娘のユラを食堂の椅子に座らせると、深い溜息を吐いた。

今、家には二人しかいないようだ。
他の兵士達はどうやら外へ演習か飲みに行ってしまったようである。

ユラは父に視線を移した。
すると、ばっちり目が合ってしまう。

……
「まあ、隠しても仕方ないか」

父ユエは苦笑を浮かべると、向かい側の椅子へと腰を下ろした。

「今の話聞いただろ?」
親父が何かすげー奴とか言われてたな」
「ははっそうだね」

『昔の話だけどね』と、ユエは呟いた。

ユラも知っての通りちょっと前までは、このホドという国は荒れていた」

父の言葉にユラは頷いた。
頻繁に内戦があったし、酷い時には道に死体が放置されていたりもした。

自分の家は、一度戦いに負けてからその内戦等に巻き込まれる事はなかったが
ただひもじい思いはした。

「その原因は今の王、レオ王にある」
そうなのか?」

以前、遠くから現王ザードと一緒に歩くレオの姿を見たことがある。
寡黙で冷静な姿は、息子のザードとは正反対で、本当に親子なのかと疑いたくなった。

彼は、ホド国の戦乱を収めたと聞いていたが

「もう、二十年位も前前王が崩落した時、レオ王は

城の兵士の大半をその手で殺した」

「!?」
理由は分からない知る者は、皆殺されてしまったからね


ユラの背中をぞわりと何かが通り抜けた。

確かに
確かに武王族の評判はあまり良いものとはいえない。
しかし、それは自分達では敵わない力量からなる嫉妬と恐怖からだと思っていた。

だから、皆レオ王もとい、ザードの命も狙っている


「その時は城にも多くの戦士が仕えていたんだ私の父、いや、ユラのお祖父さんだった人もね」
まさか」
殺されたよ」
んな」

ユラは絶句し、言葉が出なくなっていた。

その様子を静かに見つめると、ユエは暫し目を伏せ、再び口を開いた。

「私だけじゃないよ他の人達の家族も殺された多くの人たちの家族が城で亡くなったんだ。━━そこから、レオ王に反感を持つ者は増えていったんだ私も、その一人」

ユエは腰に差していた刀を机に乗せると一撫でして、溜息を吐いた。

「さっきの話でもあったように、若い時はやんちゃでね……反乱軍とかおこしてその戦いでカガリ、母さんも大怪我を負ってしまった」

レオを守るただ一人の女戦士が前に立ちはだかった。
カガリはそれを止め、ユエはレオに向かった。

詳しくは語らなかったが、父ユエの自虐的な表情で何となく状況は把握出来た。


「それから大きな反乱は少ししかなかったようだけど今から六年前、その作戦は実行されたんだ」
「六年前?」

ユラはゆっくりと瞬きをすると、一瞬五年前の『フェルナンドに助けてもらったと勘違い』していた記憶を蘇らせた。



○○○

兵士はフェルナンドの後ろで剣を振り上げた。

生きたまま捕えろ、との作戦だが、今殺してしまえば知国は崩れる。
そうすれば武国を落とすのも楽になるだろう。


他の皆は武王家に恨みやらなんやらがあるようだが、自分には特にない。

ただ、金が欲しかったからこの戦いに参加した。
家には老いた母と身重の妻がいる。
しかし、薬代もない、産む金もない、食べ物を買う金もない。

この作戦を考えた奴は大声で言っていた。

『私が王になれば、皆平等に金も食べ物も分け与えよう!』

本当かは分からない。
でも、

金と食べ物が欲しかった。



兵士は笑った。

「そうですね。私達は、初対面ですよ。フェルナンド王子!」
……

フェルナンドが振り返るのと、兵士が剣を振り下ろすのは同時であった━━


○○○

「六年前

ユラは記憶を振り払うと、確かめるように再び同じ言葉を呟いた。

「『その作戦』って?さっきの奴が言ってた、計画か?」
ああ」

父ユエはゆっくりと頷いた。

「六年前、生き残った者達が『五つ国包囲計画』という物を考えたんだ」
「包囲?」
「正面から武王族には敵わないだから、他国から落としてしまおう、という考えに行きついたんだ」


先行部隊は、まず工国で武具を調達。
幸い工王は『話の分かる』人物だった為、快く様々な物を提供してくれた。

後は創、農、知の城を攻め落とし、人質でも死体でも出せばその国の民は味方になる。
他国がそうなれば、武王家とて弱体化するだろう。
そこを突けば、もう終わったようなもの。
幸い、工以外は戦いの備えのない、脆弱国家。

成功したも同然だった

しかし、

途中で武王族に計画がバレ、あと少しというところで失敗してしまったのだった。


「あの時は、気付かれるのが早かっただけど、今回は兵も増やし戦力も固めたらしい」
……
私が言うのもなんだけどこの作戦は完璧に近い。確実に武王家を、いや、今の五つ国の王制を破壊することができる」

ユエは、ゆっくりと立ち上がると、ユラに背を向けた。

「昔は、戦乱という緊張があったけど今は武王家も平和で気を抜いている。狙うなら今しかないという事だ」
「今
「ユラ」

俯く娘に、ユエは鋭く目を細めた。

お父さんは、この計画には手を貸さない。けれど、ユラは自身で決めなさい。武、いや、フェルナンド殿を殺すか否か


ユエはそう言い残すと、その部屋から退室していった。
その後姿は『戦士』を感じさせた━━



六年前

残されたユラは呟いた。

自分の記憶と六年前にあったと言う、計画。
王家が狙われた。

もちろん、フェルナンドも━━


ユラは何も言えずに唇を噛んだ。



ユラが胸をモヤモヤしたまま自室へ戻ると、窓から綺麗な夕日が差し込んできていた。

部屋全体がオレンジに染まり、自身もまるで光の一部になったかのようだった。


ユラは窓を開けて、遠くの夕日と対峙した。

大きく、まるで饅頭のようだ。
いや、オレンジだからミカンか?
違う、たこ焼きだ。

そういう問題ではなく。

モヤモヤした雰囲気に、自分で水を差してしまった
例えが食べ物しか出て来ない自分の頭が恨めしい。
フェルナンドだったら、もっと上手く言ってくれるだろう。

そう、以前フェルナンドは夕日を見上げて、『命』のようだと言っていた。
意味は分からないが見上げる横顔は、凄く綺麗だった。


ユラは溜息を吐いて、夕日から視線を外すと見覚えのある人物が目に飛び込んできた。

濃い青の長い髪に、武国にしては厚く着こなす服。
右顔を髪で隠し、何だかおろおろと歩いている。
しかし何故、足元に兎がいるのだろうか


とにかく
あんな特徴的なのを見間違うわけがない。
あんな娘、五つ国に一人しかいないだろう。

ユラは窓から飛び降りると、その人物の元まで向かった。

「アテナ!?」
あ!ユラさん!」

ユラが声をかけると、娘アテナも駆け寄ってきた。
手には大きな袋を抱えている。

「やっぱりここらへんだったんですねー」
「どうしたんだよ、こんなところまで?」


アテナは武の城に住んでいる。
詳しくは知らないが、工国から城に連れて来られ、嫁になったらしい。
だから一応、一緒の国に住んでいるという事にはなる。

しかし、この領カンバー領は武国でも端に位置している為、城から来るとなるととても時間がかかってしまう。
途中、荒くれ者の無法地帯もある為なおさらだ。
さらにアテナは武人ではない。
歩いていたらすぐに捕まりそうだが

「いえ、今日アップルパイを作ったんでお裾分けをしようと思いまして。それと、ユラさんの住んでる場所はどこだろうなーと」

アテナが手元の大きな袋を開けると、ふわりと甘い香りが鼻を撫でた。
覗いてみると、とても美味しそうに焼けたアップルパイが夕日にキラキラ輝いている。

大きさはかなり大きいが

「あ、先日サルゴン様からリンゴを沢山貰ったので大き過ぎました?」
「いや

ユラは首を振ろうと顔を上げると、その瞬間腹の虫が盛大に鳴いた


ユラはアテナを家に招くと、早速アップルパイを御馳走して貰った。

甘すぎず、かつ香ばしい。
少し冷めているがそれが逆に爽やかな酸味を引き立てている。

これは、家の奴に分けずに一人で食べてしまおう。にひひ♪

「気に入って頂けたようで何よりです」

アテナはユラの様子をにこにこと見ながら、肩に前足を乗せてくる兎を撫でていた。

どうやら、偶然いた兎ではないらしい。

その兎なんなんだ?非常食?」
「違いますよー、この子はザー君っていうお友達なんです」
「と友達?」
「はい。それでレオ様の弟子なんですよ」
「弟子!?」
「暇な時に鍛えてるってレオ様が今日も私のぼでーがーどに連れて行けって言ってました」

ほにゃっとアテナが笑うと、兎ザー君はユラに向かって「ぶうっ」と鼻を鳴らした。
何だかとてもイラッとする

しかしこれで、アテナがどうやってここまで無傷で来れたか、分かった気がした。
あのレオ王の弟子?なのだから、本当に強いのだろう。
兎だが


「それに、ザー君は私をザード様に会わせてくれたキューピッドさんなんですよ」
「きゅーぴっど?」

アテナは頷くと、ザー君と出会った時の事を話した。

アオイナの実を採りに行った事。
ザー君が罠にかかっていた事。
そして、ザードが城でザー君を投げくれた事。

何だか随分と昔に感じるが、ほんの半年前位の出来事である。
ザー君を助けていなければ、今頃まだ塔の上で布を織っていた事だろう。
もし、ザー君が工城に連れて行かれなければ


そっか」

柔らかく微笑むアテナに、ユラは目を細めた。

少し前まで、武の王子といえば手のつけられない乱暴者で、気に入らない事があればすぐに破壊に走っていた。
よく、他国の森で狩りをしているという噂も聞いていた。

しかし、ある時を境にその噂はぷっつりと途絶えたのだ。

今考えると、それはアテナが城に来てからで婚約してからは、人が変わったように国の治安を整えているらしい。


そういえば
隣の国も変わった、と誰かが言っていた。

工国は武具の流通が少し抑えられたらしい。
創国も税金やらが少し低くなったらしい。

理由は分からないが
創国は婚約を発表してからだし、工国は王子の過去の清算が出来た、と聞いたのと同時期である。


「なあ、アテナ」
「はい?」

ユラが呼ぶと、アテナは変わらぬ笑顔で首を傾げた。

お前は、あの馬鹿いやいや、ザードが好きなのか?」
「え?」


アテナの頬が一瞬にして赤く染まる。
突然の問いに手で顔を覆うが、アテナはチラリとユラへ視線を向けると

はい!」

はっきりした声で、頷いた。



アテナの無垢な返事に、ユラも微笑んだ。

家の野郎どもが騒ぐわけである。
アテナは本当に可愛らしい。
自分も男だったら惚れていたかも。

それにしても、先程からその野郎どもが騒がしい。
外の方でガヤガヤしている。
アテナを見つけて騒いでいるのだろうか?

ユラは立ち上がると、玄関を覗いた。

しかし、玄関の前は人の壁が出来ていてどんな状況かが全く見えない。
何やら緊迫したようなしていないような雰囲気だが本当に何かあったのかもしれない。

「おい、何があったんだ?」
「ああ、嬢ちゃんいや、実は」

ユラが通りかかった男を引きとめると、男は微妙な表情を浮かべ、軽く溜息を吐いた。

「外をいや、さっき来た嬢さんを外に連れて行ったほうが良い」
「は?」
「説明はしてるだけ無駄。さっ、連れて行って」

状況の飲み込めないユラは、首を傾げながらアテナを玄関まで連れ出した。
玄関の男壁はアテナを見るなり少し騒々しくなり、しかし、あっさりと道を開けてくれた。





外に出ると、すでに空には星が出ていた。
向こうの空にはまだ微かに夕日が残ってはいるが、もう夜と言っても良いだろう。

ユラの前には、父の背中が見えた。
そして、その先には

「あ
……おい、勝手に出歩くなって言っただろ」

機嫌が悪そうに腕組みし、仁王立ちの武国王子、ザードがこちらを睨んでいた



「あぁ、ザード様見つかっちゃいました?」

ユラの後ろで、アテナはふにゃりと笑った。
少し肩をすくめながら、首を傾げる姿はとても可愛らしい。

しかし、ザードは溜息を吐いた。

お前、よくもまぁ俺の言う事何度も破るよなぁ」
「だっ、だってですね!今日は凄く美味しいアップルパイが焼けたんですよ。だから、お裾分けしなくちゃいけないんです」

アテナはザードに詰め寄り、キリリッと言った。
内容は、どうにもアレだが

「だったら、俺に言えばここまで連れてきてやったのによ!このアホ」
「ザード様忙しそうだったじゃないですかー」
「だっー!うっさい!とにかく帰るぞ!夜はあぶねぇんだからな、たくっ

ザードはアテナの髪をくしゃりと撫でると、
軽々と抱き上げた。
わちゃわちゃともがくアテナを無視し、そのまま漆黒の馬ブラックに乗せた。


どうやら、ザードは毎度ながら脱走(?)したアテナを迎えに来たらしい。
聞く話によると、ザードは本当に心配症というか、アテナがすぐにトラブルに巻き込まれるので、それを止めているらしい。
傍から見れば、保護者と子供のようだが

とにかく、行きは無事でも、城までの帰りは昼間とは比べ物にならない位危ないだろう。
アテナでなくとも、出歩くのは自殺行為だ。
ここはザードが来て丁度良かった、というところだろう。


「おい、そこのじゃじゃ馬」
あ?俺か?」

そうこう考えていると、突然ユラは声をかけられた。
相手は、ザードだ。

……んだよ、この馬鹿王子」
「バカはいらねぇだろ、ザード王子様だ土下座しろ」
「こっちだってユラっていう名前があるんだよ、べっー!」

一瞬睨みあった二人は、すぐに溜息を吐いた。
ユラは腕を組んで、ザードに普通の視線を送った。

なんだよ?」
……アテナが、お前の為に作った事忘れんなよ」
「え?」
「菓子の事だ。あと

ザードは目を伏せると、軽く舌打ちをする。
珍しく言いにくそうな素振りをするが、真剣な表情で顔をユラに向けた。

「フェルナンドの事だが
「!?」
………人違いでも、お前の事、そんなに嫌ってはいないみたいだぜ」

最後の言葉を言い終わる前に、ザードは踵を返した。
バサリとマントが鳴り、馬の手綱へと手をかけた。


邪魔したな!」
「ユラさん、また遊びに来ますねー」

馬が走り去るまで、アテナは手を振り、ザードは一度も振り返らなかった。




「あいつ

工王子とじゃれていたかと思えば、何気に聞いていたのか
そして、

「ユラ」
……あ、ああ」

父の声に、ユラの思考は止まった。
自分らしくない
まるで、あの馬鹿王子の気迫に当てられたようだ。

違う違う


「ユラ……答えは出たかい?」
「答え?」
……

ユラは首を傾げた。
その様子に、父ユエは何も言わずに家へと戻ってしまった。


ユラは夜空を見上げた。


答え


星は、ただ輝くのみだった━



○○○

剣が振り下ろされた瞬間、肉を切る音ではなく、鉄のぶつかり合う音が廊下を響き渡った。

兵士の剣が刹那に弾かれ、的を遥かに外してしまう。
同時に下へ、剣を弾いたナイフが落ちた。

「ちっ、なん!?」

兵士が舌打ちして、ナイフの出所へと視線を移すと、

一瞬にして視界は真っ暗に染まり、意識が途絶えた。



ザード」
「怪我はないか、フェルナンド!?」

フェルナンドは、倒れる兵士の顔面に足を乗せたままのザードを見つめた。

ここまで、走ってきたのか息も荒く、そして装備もボロボロである。
心なしか、剣も欠けていた

ああ、大丈夫だ」

平然を装いつつ、フェルナンドはやっと動かす事が出来た指を何度か曲げた。

血の匂い、外の騒ぎ、そして命を奪われそうになった恐怖
今すぐにでも泣き叫びたくなる。
そうすればどんなに楽になるのだろうか

しかし、理性がそれを止めた。


「知らせが来たんだ、他の国が攻め入られるってな!くそっ」
……他の国はどうなった?」
「創へは親父が行った。農も他の奴に任せて、俺はお前を助け出しに来た。親父さん達は他の奴が行ってるからよ」
「工は?」

説明へ割り込むようにフェルナンドが言うと、ザードは一瞬暗い顔になった。

あそこは大丈夫だ。攻め入られてない」
何故?」
……ヒサギ達が武器や防具を、反乱軍に提供したからだよ!」
何?」

ザードは吐き捨てるように言うと、踵を返して歩き出した。

長く暗い廊下に足音が鳴り響く

フェルナンドもそれに付いていくしかなかった。



廊下の窓から外の乱戦が見える。

揺れる火に反射する剣━━
戦士の声が絶え間なく耳に飛び込んでくる。

フェルナンドは思わず目を背けた。


よし、ここから抜けられそうだな」

青ざめているフェルナンドを尻目に、ザードは廊下の途中で足を止めた。

横の、メイド達が寝起きしていた部屋はドアが壊されている。
中も随分と荒らされ、明らかに物色された跡があった。
ここで眠っていた娘達はどうなってしまったのか

「おい、行くぞ」
ああ」

ザードはフェルナンドの思考を止めるように腕を引っ張った。

恐らく、ザードは知っているのだろう。
しかし、あえてそれは言わなかった。


大部屋の奥には、ガラスの扉を隔てたバルコニーが存在する。
人が二、三人立つのがやっとの小さなものだ。
ザードとフェルナンドがバルコニーに出ると、丁度目の前に大きな木が立っていた。

「見張りも手薄みたいだなここから降りるぞ。掴まれ」

ザードはザッと辺りを見渡すと、一瞬でフェルナンドを抱えこんだ。
フェルナンドが戸惑い、反論する間もなくヒラリと二人は宙を跳んでいた。

落下と同時に、空いている左手で木の枝を掴むと、速度を弱め、そのまま地上に着地する。

声を出す暇もなければ、まばたきも出来なかった。

よし、あとは外に出るだけだな」

フェルナンドを離し、平然と話すザードは、さすがと言っても良いだろう
この歳で、すでに場慣れしている。

……そうだな」

褒めていいのか、
感心すればいいのか、

それとも、


「かかったな!ガキ共!」
「!?」「なっ

突然の声に振り返ると、目の前は松明に囲まれ、剣が輝いていた。

隠れてやがったのか!!」

ザードは咄嗟にフェルナンドを背の木に押し、守るように立つ。
同時に剣を抜いた。


フェルナンドの体は、
一瞬、震えた━━




「こうも簡単に、ここまで来るとは思わなかったぞバカめ」

周りを囲む反乱兵の一人が松明を王子に向けた。

二人の顔はそれぞれに焦りを感じ、余裕などない。
反乱兵は口を歪めた。

「いい顔だな……悔しさと、後悔を感じるどうだ?我ら我等と同じ気分を味わうのは!?」

一人の反乱兵が叫ぶと、周りの兵も同じように叫び出した。
今までの苦しみを言う者、飢えを嘆く者、恨みを叫ぶ者

フェルナンドは恐怖に耳を押さえようとしたが、体が上手く動かなかった。
まるで腕は鉛が付いたかのように、重い。


刹那、先頭の男が手を上げ、声は止んだ。

叫んでいた所で、何も始まらんだろう……我等は、ここへザード王子とフェルナンド王子が来ると予想して身を隠していた。本当に来るかは、賭けに近かったが見事に当たったわけだ」
俺がフェルナンドを助けに来る、まで予想してたのか?」
「もちろん。ティファレトにはレオ王が行くように多くの兵を送った。農は手薄にして必然的にお前はここに来るしかなかった」

男の言葉にザードは舌打ちをした。

もし、ザードが知国へ来なかったとしても、フェルナンドを殺して知国を落とす。
来たら来たで、今のように二人を囲み、ザードを殺す

二人は、最初から罠にはめられていたようだ。


「王はわざと逃がした狙いは、子供二人だけにする事……国を落とす事だ!!」
「フェルナンド!下がってろ!」

下がっていろ、言われても後ろにはすぐに木があると、脳が逃避した瞬間目の前に反乱兵が走り寄って来た。
一人ではない。
一斉にだった。

ザードが大剣でそれを牽制すると、一瞬だけ動きは止まった。

しかし、たかが一瞬
すぐに兵たちは剣を振り上げた。


ぶつかり合う鉄と鉄。
不協和音に重なり合う金属音。
それはザードの声なのか、反乱兵の声なのか戦士の叫び声がいくつも混ざりあっていた。


大勢を一人であしらうザードは、本当に戦い慣れをしている。
相手が闇雲に武器を振り回しているのもあるが、それでも大勢と対等に戦えるザードはすでに一流の戦士と言っても過言ではなかった

「後ろがガラ空きだぜ!王子様!」
「!?」

フェルナンドがザードに釘付けになっていると、横から突然鉛色の光が飛び込んできた。

風を切る音と共に背を木にぶつけると、目の前の足元に剣が刺さっていた。

!」
へへっ、外した次は!」

フェルナンドが剣の主を見上げると、目の血走った男と目があった。

男は顔に大量の汗をかいており、泣いているような笑っているような表情を浮かべている。


フェルナンドは思わず、木から身を離し後退りをした。



聞いたことがある。

人間は戦地のような極限状態にいると、正常な精神状態を保てず、この男のように、崩壊すると


「死んじゃえよぉおおおおおお!!」


フェルナンドは瞳だけが揺らし、固まった瞬間、剣は振り下ろされた。







切られた衝撃とも違う、痛みが肩に走る。

これは

切られたのではない
突き飛ばされたようだ。


地面に倒れた衝撃に耐え、上半身を起こすと、


「ぐっっあああああっ!」
「!?!!」


フェルナンドの目に、胸を切られるザードが飛び込んできた。


ザードはフェルナンドを突き飛ばし、その胸に斬撃を受けた。

それは、フェルナンドの目から見ただけでも致命的に深かった━━

「ザード!!!!」

その場に倒れこむザードに駆け寄ろうと、足に力を込めるが、駄目だった。
何故か、力が入らない。
まるで痺れたかのように、言う事を聞かなくなっている。
もどかしさに足を思い切り叩いた。

刹那、

フェルナンドは立ち上がった。

━━否、立ち上がらせられた。

腕をがっちりと掴まれ無理矢理、木に背を押しつけられる。

「っ!」
「はっはっ残るは、非力な口だけ貴族だけだ
「口だけ!?」
「ケフラーはそうじやないか」

フェルナンドを木に押しつけながら、反乱兵は鼻を鳴らした。

「お前らは『内乱を止めろ』『他国の防衛という本業をしろ』命令ばかりだ」
「そ・・・れは、めいれっいでは、ないだろう!?」

武国の役割は、五つ国の守護。
他大陸の侵略から五つ国を守るのはもちろん、一般市民を悪の手に落ちないように見張ることだ。

なのに、ここ何十年と武国ホドは内戦を繰り返している。

だから、これは『命令』ではなく『頼み』なのだ


「当然のことを言って、何が悪っ
「お前らは武国のいや、平民の暮らしを知っているのか!?」

反乱兵はフェルナンドの言葉を遮るように、頭のすぐ上の幹を叩き、叫んだ。

「食べる物もない商売をするが、税で売り上げを殆ど持って行かれる不作で売り物になるものもねぇ病気の薬も寝る場所だってない!」

兵士の声はだんだんと弱まり、震えていた。

「何が、戦いを、武器をだ。お前らみたいな恵まれた国はいいな不自由のない余裕のある王族はいいな!隣はいつもパーティだ、音楽会だとかこっちを笑ってるみたいだ!お前らはただ本を読んで、食事が出来上がるのを待つだけだ!俺達は、その時も苦しいのに
っ」

フェルナンドは首元を掴まれ、強く絞められた。

「王族を殺す事が、五つ国を壊す?!ああ、壊れてしまえば良いんだ!こんな、腐った国……全部、なくなってしまえば良いんだっ!」
「!?」

苦しげな瞳に、銀の光が差し込んだ。

剣だ。

月明かりに照らされた、

血に汚れた
銀の剣



ザードはまだ倒れている。
ピクリとも動かない。

周りには、紅い池が出来ている。


フェルナンドは

「しんでしまえぇえええええ!!!」

ザードの動かぬ姿に

肩を震わし、目を閉じた。
 


「っぅぁああああああああ!!」

刹那、
反乱兵の後ろから叫び声が響いた。

フェルナンドが目を開けると、片手ナイフを振りかざし飛びかかるザードが映った。


まるで自分の周りだけ時がおかしくなったかのように、フェルナンドの瞳に映る光景は遅く見えた。

反乱兵が声に振り返る。

ザードのナイフが光る。


瞬間、

一気に時は早さを取り戻し、目の前に血が飛び散った。

ナイフは反乱兵の肩を刺す。
痛みの叫び声を上げると、ザードはそれを遮り蹴り飛ばした。

フェルナンドが地面に落ちると、頬にザードの血が滴り落ちた。


「行くぞ!」

ザードは鋭い瞳でフェルナンドの腕を掴むと、引き摺るように無理矢理走り出した。

胸の血は、未だ止まらなかった。



どのくらい走ったのだろうか
否、時間にしたらほんの一瞬かもしれない。

しかし、フェルナンドの心臓は爆発寸前のように鼓動していた。


ここで、少し隠れる」
「ザード

脱出できそうな場所は全て反乱兵が囲っていた。
そして、今まで後ろも追われていたのだ。

今、城から出るのは不可能だった


ザードとフェルナンドは裏庭に生い茂る薔薇の蔦陰に身を寄せ、息を整えた。

しかし、見つかるのも時間の問題だろう。

ザードの胸からは血が止まらず、自分達の居場所を教えるように滴っていた。

フェルナンドはそれから目を背け、震える肩を押さえるように、腕を自身に回した。

……
フェルナンド」

細い体の震えを必死に抑えるフェルナンドに、ザードは目を細めた。


知国は、生命の危機にさらされる事はない。
だからフェルナンドも、今まで味わったことのない恐怖を感じているのだろう

『死』という未知の闇に


大丈夫だ、俺が、死んでも守ってやるから、よ」

ザードは笑い、フェルナンドの頭をガシガシと撫でた。
手は血などで汚れているが、この際気にしない。
今は、この『守らなければならない』者の為に、戦うだけだ

「武国の、兵士の奴らは、『民を守る』って、使命があるんだぜ
……
「でもな俺達、武王族は、それにもう一つ……あんだよ知ってたか?」
……
……『王族を守れ』『命に代えても』」
「え

フェルナンドの瞳が一瞬揺れた。
嫌な予感がする。
ザードへと向くと、相手の顔は蒼白になっていた。

「親父が、言ってたけど、よ俺達、武の王族には、代わりがいくらでもいん、だ。戦えれば、いいんだから、なでもよ、他の奴らは、違うだろ選ばれ認められた、んだろだから」

フェルナンドは声を出そうとするが、何故か言葉が出なかった。

ザードは首を振るフェルナンドを横目に、続けた。

「だから俺は、死んでも、お前を守る……もう、もう大事な奴を、失うのは
「ザもっもう、いい!」
嫌なんだ」

その瞬間、ザードは糸が切れたように倒れた。

同時に何者かの足音がこちらへ近づいてくるのが分かった。

フェルナンドはザードの体を揺さぶる。
涙が出ていた。
普段、大声も出さない、フェルナンドが


━━泣かせちまったな

ザードは薄く空いた視界で、フェルナンドの泣き顔を見つめていた。

━━俺って本当に、情けねぇな

また、泣かせちまったよ


二人に大きな影がかかった。

フェルナンドはザードの手を握り締めた。



ザードはゆっくりと瞳を閉じる。
このまま、眠ってしまいそうだ。

駄目だと思うと、もっと深みに沈む気分になる。

そして、ふと、フェルナンドと『あの子』が重なった。


━━なぁ、ほんと、バカだよな


「ヒルデ

その瞬間、ザードの意識はプツリと途切れた。



「残党は残らず捕らえよ!後々、また同じことを行う!生き残った者たちは急いで保護し城下の医院に運べ!それと━」

叫ぶ声に混じり子供の声がする。

男は足早にそちらへ向かった。





「ザード!ザード!っ

フェルナンドは動かなくなった友の手を握った。
まだ、温かい。

後ろからの足音、そして、影
もうそんな事は関係ない。

友がザードが、

もう動かない

フェルナンドが俯いた瞬間、真後ろに何者かが立った。


!フェルナンドか!」
「!?」

聞き覚えのある、低く落ち着いた声。
反射的に振り返ると、

「れレオ王!」
「怪我は……ないようだな」


武国ホドの王、レオがしゃがみ込み、顔を覗いていた。

その様子は、驚くほど冷静だった

フェルナンドはこみ上げる感情を抑えきれなかった。


「ざ、ザードが!ザードが、私を!今、動かなくなって胸がっ!」
そのようだな

フェルナンドとは対照的に、レオは冷静すぎる位低く、頷いた。


レオは手早くザードを抱えると、空いた手でフェルナンドの頬を撫でた。

「レッ!」
とにかく落ち着け私が今、ここで動けているという事は、ザードはまだ死んでいないということだ……フェルナンド」

一旦、そこで言葉を切るとレオはフェルナンドをザード同様に抱え、抱きしめた。

「ザードが守った命無駄にしないでくれ」
……


レオは、濃い血の匂いがした。
しかし何故か安堵する。
とても温かく、懐かしい。

父と母は、今どうしているだろうか
今のように、自分を抱きしめてくれるだろうか。
インクと埃の混じった、あの香りで



レオが歩き出すと、微かに腕が震えているのが分かった。


フェルナンドは


そのまま気を失った。



○○○

どのくらい眠っただろう

フェルナンドが目を開けると、見慣れない天井が視界に映った。

知の城のように白いが、何かの古代神話を彫刻したような絵のようなものが描かれている。
まだ目がぼやけていて、判断は出来ないがとにかくここは、自分の部屋、ベッドではないようだ。

「フェルナンド」

はっきりしない意識は、横からの声で一気に鮮明に浮きだした。

フェル生きてる?」
馬鹿者これが死んでいるように見えるか?」

起き上がると共に体を横に向けると、ベッドの脇に見慣れた、そして懐かしく感じる友人が座っていた。

絹ののように輝く銀の髪と海の底のように深い青の瞳、そして整ったはまるで作り物のように、綺麗だ。
ある者は『綺麗過ぎる』と言っていたが、それも頷けるほど、彼は美しい。

「フェル

サラリと髪を揺らし、目の前の少年創国ティファレト王子アレフは顔色を変えず、フェルナンドを抱きしめた。

いつもなら振り払う所だが、今日は不思議とその気になれなかった。
代わりに、ポツリと尋ねてみた。

ここは、創か?」
「うん」
「『アレ』は私はどのくらい眠っていたんだ?」
……まだ、一日も経ってない」
……そうか」

フェルナンドか頷くと、アレフはゆっくりと体を離した。

その顔は表情もなく、そして青ざめてもいなく、感情が読み取れなかった。


窓へ視線を移すと、まだ朝の鳥が鳴いている。
アレフの言う通りだとすると『あの戦い』から夜が明けたばかり、と言う事になる。
自分も含めて、王子が二人生きていると言う事は反乱は失敗に終わったのだろう
そして気を失った自分はここ、創国に運ばれた

フェルナンドは安堵する前に、ハッと息を飲み込んだ。

「ザードザードはどうした!?」
……
「ここへは来ていないのか!?」
知らない」
「知らない!?」

フェルナンドが目を見開くと、アレフはそれを避けるように立ち上がった。

よく見ていなかったが、アレフの服装はいつもの普段着ではない。
パーティや音楽祭等、公の場の正装だった。

アレフは無表情のまま、口を開いた。

「うちはすぐに降伏したから何もされなかった。ザードは、レオ父様に抱えられて、帰った死んだかもね」
!?」

フェルナンドが声を出す前にアレフはドアへと歩き出した。
振り返らず、再び続けた。

「これから、食事会だからもう行く」
「しょ!?こんな時に!?」
……知らない」

アレフはドアを開けると、目の前にメイドが数人立っていた。
よく教育されているようで、ピタリと頭を下げ動かない。

『いつも通りの創国の光景だ』


「アレフ!!」
……何も、感じなければ……大丈夫」


『俺は人形。何も感じない人形』

アレフが呟くと同時にドアを閉まった━━



それから、数時間もせずに父母がフェルナンドの元へとやってきた。

母は起き上がっているフェルナンドをみると、ほっとした様に抱きしめてきた。
父はゆっくりと瞳を伏せる。

外傷がなくて良かった

普段は凛としていて、無駄な事はしない父ナルセスが、フェルナンドの頬を撫でた。
言葉は普段通りだが、その奥に親としての感情が隠れていた。

フェルナンドは懐かしさと温かさを噛み締めると、すぐに身を離した。

「父上」
なんだ?」

フェルナンドの表情に何かを感じたのか、ナルセスは目を鋭くさせた。
母は二人を交互に見、溜息を吐く。

ザードは武国はどうなったのですか?」
……反乱は抑えられた。だが、武国だけでなく五つ国全体が疲弊している」
……

ナルセスが遠回しに『ザードの容体は分からない』と言っているのが分かった。
否、武だけではなく他国も『同じく崩れかけている』ということか

反乱は失敗に終わった。
しかし、確かにその効果は出ている。

実際
この創国は、外見は美しいままで被害は見えていない。
だがアレフは、瞳が闇に染まっていた


「先程
……
「先程、アレフが『食事会』だと言って、出て行きました」
そうらしいな」
何故、こんな時にそん

「ここは創国、ティファレト。自由と芸術の国━━だからだよ、フェルナンド君」

ナルセスに向けられるはずの視線は、ドアに向けられる事となった。
まるで歌うように、綺麗な声。
そして、それに相応しい美しい外見。

「この国では、全ての現実を忘れることができる。全ての娯楽がここに集まっている。辛い事は、全て消える」

銀の髪を揺らし、舞台を歩くようにフェルナンドの横へとやってきた。

「だから、『現実から逃げる為に』僕たちは、道化になるのさ」

創国ティファレト、国王リーフは当り前のように普段の微笑みを浮かべた。

まるで、
それしか記憶されていない『人形』のように━━



「リーフ

突然の来訪に言葉が出ないフェルナンドの代わりに、ナルセスが低く呟いた。

それに応えるリーフはベッドの端に腰掛けると、足を組んで首を傾げた。

「表面上では冷静でも、動揺しているのがバレバレだよ、フェルナンド君?」
「な

目を見開くフェルナンドにリーフはケラケラと笑った。

「いいねぇ、子供は。僕、いやいや、『僕達』なんて、もう忘れちゃったよ。『動揺』な、ん、て、さ☆」
「リーフ!」
「おっと、睨まないでよ。事実じゃん。君達ケフラーの好きなじーじーつー☆」

強い口調のナルセスをぬらりとかわし、リーフは改めてフェルナンドに向き直った。

「フェルナンド君は、事実が、好き?」
……言っている意味がわか」
「僕は嫌い。事実も、現実も僕だけじゃない、この国にくる人は、みーーーんな、嫌いなんだよ」

リーフの瞳が一瞬ドロリと揺れた。

フェルナンドは何故か『それ』に恐怖を覚え、目を逸らした。

他の国は酷い有様らしいよね。きっと道端に死体とか転がってたり、ね」
「っ
「でも、この国は、綺麗なものだよ。『いつもと変わらない』」


ニコリと笑うと同時に、部屋のドアがノックされた。
ドアが開かれると、リーフの妻であり側近のアイカが立っていた。

「リーフ様、そろそろ時間です」
「わー、アイカー☆」

リーフの表情が先程とは違う『笑顔』になると、まるで風のように超速でアイカに飛びついた。
生えてはいないが、勢い良く振られる尻尾が一同に見える

抱きつかれたアイカは必死にリーフを引き剥がすと、一回頭をひっぱたいた。
それでもリーフはニコニコしている。

「アイカー、愛してるよー(ニコニコ)」
……外に馬車が来ていますので、すぐに来てください。以上です、失礼しますくっつかないでくださいっ!」

再びアイカはくっつこうとするリーフの頭を
叩くと足早にその場を去って行った。

不思議な夫婦だ。


アイカがいなくなると、リーフはくるりと振り返り、華麗に礼をした。

「と、いうことで、僕行かなくちゃいけないから。じゃあね」

リーフはニコリと微笑み、ドアノブに触れるが、

「あ、言い忘れた」

振り返った。


「フェルナンド君」
はい?」
「事実と現実から逃げたい時はいつでもおいで」
……
「どちらも、見過ぎると壊れるよ」

フェルナンドが顔を上げると、リーフはやはり笑っていた。

……
「現実があるから、逃避がある。現実の為に『夢』があるね、この意味、よく考えてごらんよ。好きでしょ、謎 解 き ☆」

「じゃあね☆」とウィンクするとリーフはそのまま退室していった。


部屋には再び静寂が戻った



フェルナンドは首を振った。

アレフの言う事もたまに良く分からないが、リーフの言葉はもっと意味が分からない。

何だか他国語を話されているようで、少し気分が悪くなった。


「フェルナンド」

表情の固まる息子を見て、ナルセスは声をかけた。
しかし、フェルナンドは顔さえ向けず、黙っていた。

ナルセスは静かに溜息を吐いた。

お前は、五つの国が『何故その位置』にあるのか、考えた事はあるか?」
……位置?」

五つ国大陸は大体円形の形をしている。
知国を頂点と見て、左から創、武、工、農が隣同士並んでいる。

「工国の隣の武、農は分かりやすいが」
「農から素材を運んで工で加工して武に出荷されるそういう事ですね」

ナルセスの言葉を待たずに、フェルナンドは答えた。

そんな仕組みは百の承知である。
それに今、そんな事は関係がない。

溜息を吐くフェルナンドにナルセスは目を細めた。

「では他の国が、その位置にあるか分かるだろう?」
今、それを考える必要はあるのですか?」
「なければ言わん」
……


部屋がシンと静まりかえり、父と子で微妙な空気が漂い始めた瞬間、パチンと手を叩く音が響き渡った。

視線を向けると、母がニコリと笑っていた。

「はいはいはーい。もう、ナルセス様も子供にムキにならないでください」
ファリス」
「フェルナンドも、もっと柔軟になりなさい。探求とは、受け入れる事ですよ」
はい」

妻、母ファリスの一言に男二人はシュンと黙り込んだ。
何故かファリスの言葉には弱い。
そんな父子である


「それにしても、リーフ様も面白い事言いますね。ふふっうちの人とは違って、ね。嫌いじゃないですよ」
「あっあのような何を考えているか分からん奴が良いのか!?あれは仕事もせずフラフラと!しかもごもごも」
「大丈夫ですよ、私はナルセス様だけですから」
「そ、そうか」

ほっとしたように肩を撫で下ろすナルセスは、少し赤面した。

笑うファリスはしゃがむと、フェルナンドの視線の高さに合わせた。
ゆっくりとフェルナンドの頭を撫でると、少し首を傾げ、口を開いた。

「フェルナンドは『答え』が気になる?」
え?」
「ザード君も気になるでしょ?」
「はい
じゃあ、決まり」

ファリスは勢い良く立ち上がると、ナルセスに向き直った。

彼女はいつも即決だ。
探求の為ならば、どこの国にでも足を運ぶ。

今の笑みも、きっとそうだ

ファリスは腰に手をあてた。

「ナルセス様とフェルナンド、二人で行ってきなさいな、武国へ」



「は?」

妻ファリスの言葉に、ナルセスは思わず気の抜けた声を出してしまった。

しかし、ファリスは笑顔を崩さず続けた。

「だって、心配なんでしょう?ザード君がだったら、お見舞いに行った方が良いわ。ね、フェルナンド」
見舞い」
「ちょっと待て!外否、武国はどうなっているか分かっているのか?!」

フェルナンドには話していないが、窓から武国方向を見ると、度々何かが燃えているような煙がでている。
反乱は、まだ国内では続いているのかもしれない。

それでなくとも、武国の今の状況は危険過ぎる。
いつ反乱軍が再び他国へと攻めてくるか、分からない。

そして

今の武国は、昨夜の比ではなく酷いぞ」
……
「確かに、心配なのは分かる。私も問いを出したのは軽率だった」
……
「問いの答えは『今知らなくとも良い』ザードの容体も、使者に報告させる。だから今は」


「行きます、武国へ」


フェルナンドはナルセスを遮るように、確かな口調で言った。



ナルセスは目を丸くした。

「ば馬鹿者!私の言った事が分からないほど愚かではないだろう!?もう一度言う。止めろ」
行きます」

しかし、フェルナンドは首を横に振った。

「私を助けた為に、ザードは重症を負いましたそれに、私は……


フェルナンドの脳裏にリーフに言われた事、昨夜反乱兵に言われた事、そして
『自分の代わりはいくらでもいる』
ザードの言ったその言葉が木霊していた。


反乱兵は、のうのうと暮らす王族に反旗を振りかざした。
五つ国が壊れてしまえ、と
自分を殺そうとした。
しかし、それをザードが止めた。
『命に代えても守る』『自分の代わりはいくらでもいる』と言って、倒れた。

創に運ばれ、アレフと再会したのだが、表情がなく『普段通り』茶会へと行ってしまった。
リーフは言った。
『現実の為に逃避がある』と。

そして父は問う。
『五つの国はどうして、そこにあるのか』



「私は知りたいこの国五つ国がどうなっているのか。目に見えない、何かが、あるのか……私は知りたいんです!」


フェルナンドの声が部屋に響く。
外からの朝日が、ゆらゆらと顔を照らしてた。

ナルセスは
溜息を吐き、それ以上何も言わなかった。




○○○

幸い、城の従者達のほとんどは創へと避難してきていた。
一部は、逃げ遅れたようだが

城の廊下を歩くフェルナンドとナルセスに無事を喜ぶ声が多数かけられた。
その表情は少し疲れていたが、それでも笑顔を見るとフェルナンドは安堵の息を吐いた。




「反乱兵達は城を直接狙ったらしいです。ですから、国民達には多少の被害金品を奪われた者が少数いたくらいです」
そうか何にしても、早々に戻らねばならんな」

馬車を引く馬の手綱を持ち、知の若い従者は言った。
この状況で、各国を周り情報収集を行った優秀な忠臣である。
ナルセスは青年に改めて向かい直した。

すまんな、メルローズ」
「いえ、ナルセス様の為ならばそれに創は比較的安定していましたし、デューンやポルナレフに頼むのも酷でしょう」
「そうだなポルナレフは無事か?」

青年は首を振った。

「未だ、連絡は途絶えています……途絶えた時に、手を打っていれば良かったのかもしれませんね」
「ああ恐らく今回の反乱に気付いて

ナルセスは一回溜息を吐くと、首を振り、馬車の入口へと歩き出した。
青年もそれを確認すると、馬車の前へと座った。

「メルローズ、武国ホドへ。城へ向かってくれ」
「かしこまりました」

ナルセスが言うと同時に、馬車は走りした。

ガタン、と揺れるも窓から外を見つめているフェルナンドはただ、黙っていた。


馬車の窓から見える創国の街並みは、とても美しい。

道を歩く人々も『普段通り』楽しそうにおしゃべりしている。

見るからに知国の住民らしき人物も、笑顔を浮かべつつ買い物している。

大道芸人も楽しげな音楽を奏でて、子供達とともに歌っている。

恋人達は手を繋ぎながら、幸せそうに歩いている。


「フェルナンド」
……
はぁ

困惑したような表情を浮かべるフェルナンドに、ナルセスは目を細めた。

フェルナンドの言いたい事が言わずとも、聞こえてくる。

━━『どうして、普段通りなんだ?』


フェルナンド」

ナルセスはゆっくりと口を開いた。


「『現実の為に逃避がある』だ」


フェルナンドは、やっとナルセスの方を向くと、黙ったまま見つめた。
ナルセスは少し間を置き、目を伏せた。


「人とは、とても脆いものだ。体は鍛えれはなんとかなるかもしれん。しかし、『心』は違う」
『心』?」
「現実は時に、心の許容範囲を超えてしまうことがある。受け入れたくない、現実がある」

ナルセスはゆっくりと顔を上げると、窓の外を見つめた。

その瞳は、暗く深い傷を見るように、揺れていた。

「だから、人は逃避する。現実からこの国へ、自身を保つために」
……自身」
「現実のを受け入れる為に、この国はある。全てを包み込み、癒すそれがティファレトの役割だ」


創国ティファレト━━

この国には、全ての欲を叶えるモノが揃っている。

食べ物、娯楽、性や装飾、金銀財宝

毎日のように人々が訪れては、気のすむまで欲を叶えていく
着る物さえも全て投げ捨てて、娯楽へと身を投じた者もいる。

来る者は拒まず、骨の髄まで夢の蜜を吸える、ティファレト。


「ここには『現実』はない。全てが夢のようなものだ……だから、王は『現実』を見てはならない。人々を現実から離れさせねばならない。癒し続けなければならない」
……ああ」


フェルナンドは窓から背を向けると、目を閉じた。


『自分は人形』
アレフの言葉の意味が深く胸を抉った。

彼は、
『何も感じない人形』であり続けなければ、ならなかったのか━━



○○○

馬車に乗り続け、どのくらいの時間がたったのか

フェルナンドとナルセスが馬車を降りると、記憶にあった武城の城壁が一部消えていた。
それだけではない。
頑丈に作られていた門は無残に地面へと倒され、石畳を割っている。

いたる場所に壊れた武器が投げ捨てられ、壁の端には布の掛けられた『何かが』積み上げられている。
中身が何かは考えたくもない。

今通ってきた道の光景から見ても、武国の現状は話以上に酷いものであった。
民の半分が反乱に加担していた為か、街も人が倒れ、子供は泣いていた。
襲われていた家と店もあった

ここは、人間の住む場所ではない

フェルナンドは思わず目を逸らしてしまった。


城に一歩踏み入れると、街以上の血の匂いが体中にぶつかってきた。
フェルナンドが眉を顰めると、その場にいた兵士達が一斉にこちらへと振り返った。

知の」「なんだ

一同は一瞬それぞれに武器に手をかけるが、すぐに構えを解く。
どうやら彼らは反乱兵ではなく、忠誠ある城の兵士のようだ。

立っている者もいれば、座っている者もいる。
否、立てないのだろう。
見ると、足に血の滲んだ包帯がされている。
他の兵士達も体のいたる場所に怪我をしていた。

その顔は疲労と血で汚れていた。


「レオ武王レオに面会をしたいのだが」
今は、王子の部屋さ……俺達は案内できない。見てわかるだろ」
ああ」

一人の兵士が満身創痍の周りを指さすと、ナルセスは大人しく頷いた。

恐らく、この者達は残党を城に入れないように門を見ているのだろう。
立つ事も出来ないのにも関わらず。


ナルセスが声をかけるまで、フェルナンドはその場所に立ちつくしていた。




城の中は荒らされていないようだが、元から武の城内は床もひび割れ、シャンデリアの形さえない。
知らない物から見れば、まるで城内で乱闘が起きたかのように見える。

掃除する者もいない為、仕方ないは仕方ないのだが

長い廊下を進むと、そこにザードの部屋がある。
ドアはどの部屋も一緒なのだが、何故かザードの部屋だけはボロボロで壊れかけている。

ナルセスが軋むドアをノックすると、中から低い声が聞こえてきた。
聞きなれた、武国王レオの声だ。
しかし、普段よりも低く感じる


「失礼する」
ナルセスフェルナンドもか」

ナルセスとフェルナンドが一歩部屋に足を踏み入れると、まず床に無造作に捨ててある血のついた包帯が目に飛び込んだ。
鉄の臭いは薄く開けられた窓から多少は抜けているようだが、まだ濃く漂っている。

すぐに視線を移すと、ベッドにザードが横たわっていた。


「ザード!」
……

フェルナンドはレオへの挨拶も忘れ、ザードへ駆け寄った。

息は、乱れてはいるが、している。
顔は普段見ている健康的なものではなく、蒼白
以前見た、『あの内乱』の時ように、血が足りていないようだった。


まだ油断はできんがとにかく今は落ち着いている」

レオがポツリと呟いた。
振りかえると、自分の代わりにナルセスが頷いていた。

「無事でなによりだ。しかし、城下を見たが
「残党は捕まえ切れん関係のない者もそれで多く

レオはゆっくりと窓へ視線を移した。

よく見ると、レオ自身顔の血も拭いていない。
怪我など手当てなどせず、乾ききっていた。

日を眩しそうに、目を細めると眠っていないのがよく分かる。

「やはり、私には守りきれんものだな

レオの言葉に、ナルセスは口を開きかけ、そのまま目を伏せてしまった。



レオ王」

フェルナンドはレオに体を向けると、目を鋭くさせた。

レオは、自分の血さえ拭わず、ザードの横で静かに看病していた。
しかし昨夜、彼はザードは確かに言った。

「『自分の代わりはいくらでもいる』そう、ザードに言ったのですか?」
……

レオは答えず、腕を組んだ。

ザードは言っていた。
『武王族は、自分の命に代えてでも他王族を守る義務がある』
『自分の代わりはいくらでもいる』

だから、ザードは瀕死になろうともフェルナンドを助け、守り、今倒れている。


「レオ王ザードに何故そのような事を言ったのですか!?ザードの、友の代わりなどどこにもいない!ザードはザードなのですよ!?それっ
「私は事実を、我が王家の使命を述べた。それだけだ」

フェルナンドは口ごもった。
レオの目が、凍りついたように鋭く突き刺さる。
感情の読めない口調と目の奥は、フェルナンドの後の言葉を封じた。


確かに、王族の使命というものはある。
口出しするのは間違いかもしれない。

しかし、

フェルナンドは分からなかった。

レオは、ずっと一人でザードを育てていた。
母は事情はよく知らないがいない。
だからこそ、母の分まで大事にしている様子が見ていて、よく分かった。

今もそうだ。
ずっと隣で看病していた。
大事にしていた。

なのに
何故『死ね』と言わんばかりに使命を冷たく遂行させようとするのか

フェルナンドには、目を細めるレオの心が読めなかった。



「フェル」
「!?」

その時、フェルナンドの耳に絞り出すような声が飛び込んできた。

勢い良く振り返る、そう思うがどうにも体がゆっくりにしか動かない。

フェルナンドは声のする方へと振り返った。

んきそう、じゃぇか」
「ザード!!」

名前を呼ぶと、ザードは歯を見せて笑った。
赤茶の瞳にはまだ痛みを堪える色が見えるが、確実にしっかりとした表情をしている。

フェルナンドは思わず駆け寄った。

「ザー!大丈夫か、お前は今まで
ああわ、てる」
「!?、まだ起きては!」

フェルナンドの制止する手を退け、ザードは無理矢理起き上がった。

血が足りないようで、少し眩み揺れるがザードはレオに視線を移した。

レオも痛みに耐える息子を見つめていた。

た、たかいは?」
表面上は、終結したと言っていいだろう」
「そか」
他国の王族も、皆無事だ」
……ああ」

レオの言葉に、ザードは肩の力を抜いた。
ゆっくりと視線を移すと、力の入らない腕を伸ばし、フェルナンドの頭へとボサリと置いた。

撫でるわけでもなく、髪の感触を確かめるわけでもなく、ただ、置いていた。

「ザード
もれた、な」

フェルナンドが瞳を揺らすと、ザードは手を下ろし、ベッドにどさりと倒れこんだ。
一瞬ヒヤリとするが、しっかりと開かれた目に、安堵した。

俺は、守らねぇ、といけない」

ザードの視線は、窓の外へと向けられていた。

太陽の光が、ザードの赤茶の瞳をより鮮明に照らしている。

『あの娘』と
出会って、笑い合って、一緒に笑い合ったのもこんな天気のいい日だった。

「男は好きな女を、守らねぇといけねぇのに俺、は」
「ザードもう喋るな」
失いたく、ねぇ……

『二度と
そう呟き、ザードは再び意識を失った。

しかし先程よりも呼吸が安定している為、一同はホッと息を吐いてそのまま部屋を後にした。



血の匂いの残る城前まで、レオはナルセスとフェルナンドを見送りにやってきた。

空に登る太陽は、金の髪を持つ知の二人を輝かす。
レオは目を細めた。

早々に、送り出してしまってすまないな」
「いや、急に邪魔したのは私達だ」

ナルセスはゆっくりと首を振る。
しかし、フェルナンドは先程までいた、ザードの部屋の方向を凝視したまま、動かない。

ナルセスは息子の頭を軽く撫でた。

フェルナンド、いくぞ」
……納得、できません」
……
「他の王族を守るのが使命それは分かります。しかし、何故何故命までかける必要があるのですか?命は、私達皆同じではないのですか?反乱軍もそうです。戦いを起こせば国は荒れる。荒れれば、国はもっと貧しくなるなのに、何故!」

フェルナンドは真っ直ぐレオを見上げた。

━━いつも、寡黙で、獲物を静かに見つめるような獣の瞳を持つレオ。
フェルナンドの視線に射抜かれようと、それは変わらなかった。

足元で紙くずがカサカサと擦れる音が通り過ぎると、レオはゆっくりと口を開いた。

それが、使命だからだ」
「使命なのはわかりま
「『男は好きな女を守らなければならない』ザードはそう言っただろう」

レオの言葉にフェルナンドは口ごもった。

一国の王にして、武王。
先刻の創王リーフとは威圧感が違った。

「アレは守れなかった。好きな者を『使命』から解く事も、出来なかったそれを今でも悔いている」

レオが空を見上げると、戦乱には不似合いな真っ白い鳥の群れが飛び去っていた。

「武に生まれた者は、戦う事しかできない。戦って、傷付けて、殺すそれしか、守る術を知らんのだ」
……レオ」
「ナルセス、お前も知っているだろう?愚かな武王を」
……
「自分の命惜しさに、守るべきモノを、守れなかった……アイツは、それでも

レオは自嘲気味に笑うと、軽く首を振った。

「私は愚王だだから、使命など守るつもりはない」
「え?」

フェルナンドは目を丸くした。
レオは振り返り、城を見上げた。

「私は、他国の王族よりもアイツの遺してくれた者を、守る」


レオはずっと、ザードの隣で彼を守ってきた。
頬の血も拭わず。

ザードに母はいない。
事情は知らないが

武王族には、使命がある。
それは自身の命を捨ててでも果たさねばならぬ使命。

しかし、

レオの後姿を見つめていると、彼の本当に守っているものが、分かった気がした━━



○○○

フェルナンドを先に馬車に乗せると、ナルセスも手すりに手をかけ乗り込んだ。

「ナルセス様」
ポルナレフは?」

ドアを閉めつつ、メルローズは目を伏せた。

申し訳ありません城下を走ってみたのですが
「そうか」

ナルセスは軽く息を吐き、武の街へと視線を移した。

まだどこからか煙が上がっている。
道に座り込んで、家の壁に寄り掛かる人々もいる。

酷い有様だ。

ポルナレフは武の監視者を務めていた。
今回の反乱も、知らせる前に捕まり、行方が知れない

……もう死している可能性もある。今はコクマーへ急いでくれ……だが、引き続きポルナレフの捜索を頼む」

メルローズは肯定の証に深く頭を下げると、前へと回り、馬の手綱をとった。

「工国コクマーにはすでにマイティが戻っています。事情を聞きましょう」

メルローズがそう言い終わると、馬車が動き始めた。



武の城が遠ざかっていく。
その距離に比例して、フェルナンドの胸は締め付けられた。
かと言って、他の場所に視線を移しても戦いの傷痕を残す町並みが目に付く。

反乱軍は、こんな事を望んでいたのだろうか?
人々が傷付き、住む場所を破壊し、金品を奪い

それで、彼らは幸せになれるのだろうか?


全て王族が本当にザード達が悪かったのだろうか?

ザードもレオ王も、守るべきモノを守った。
アレフもリーフ王も、人々の日常を取り戻そうとしていた。

王族は、人である前に王族なのか
自分の身、意志を

犠牲にしなければならないものなのか



「フェルナンド」
……
「今から工へ向かう今回の反乱で、武器や必要品を提供したのは工ヒイラギ達だという報告を受けている。場合によっては、処罰を与えねばならない……いいか?」
……答える質問がよく理解できません」

フェルナンドはゆっくりとナルセスに視線を移すと、父は組んだ手を見つめ、俯いていた。

私が、王になった時一番最初に行った事が、ヒイラギの処罰だった」
え?」
「しかし、私はその罪を許してしまった今でもそれが良かったのか……分からない」

ナルセスは顔を上げると、国境を抜けた街道の木々を目に映した。

五つ国の不穏な空気を知ってか知らずか、真逆に青々と揺れている。
陽の光で朝露も消えていた。


私は法を司る知国ケフラー王だ。公平に、判断しなければならないフェルナンド、お前もよく覚えておけ」

ナルセスの言葉に、フェルナンドは頷いた。



○○○

街道を抜け工国へ入ると、先程の武国とは比べ物にならない位、街並みは普段通りの姿を保っていた。

丁度、創国と同じ位だろう。
報告によると、創と工は被害がなかったらしい。
比較的知国は少なかったらしいが、実際見ていない為、どの程度かが分からない。
早く戻らねば

逆に武と農の有様は酷いとのことだ。

武は先程見てきたが、飢えていた反乱軍にとって農は格好の餌食だっただろう

「フェルナンド、降りるぞ」

あの屈託のない笑顔を脳裏に過らせ、すぐに振り払った。

今は、事情を聞かなければならない。

「工王……そして、ヒサギに」




馬車を降りると、見慣れた、異様な城が目の前に立ちはだかっていた。
いたる場所から煙を出す煙突が付きだし、崩れたであろう場所は鉄の板らしきもので修理されている。
城、というには疑問を持たせる外見だが大きな工場と言った方が良いかもしれない。
しかし、五つの国の城の中では、一番の技術で造り直され続けているらしい。

いつか歩きだしそうな勢いである


フェルナンドが城を見上げていると、音もなく目の前に一人の青年が跪いていた。
黒いフードで顔は見えないが

「マイティーか」
は」

マイティーと呼ばれた青年は、顔を上げずに返事らしき声を一言出した。
服も黒く、判断は難しいが赤茶の染みが出来ているのが分かる。

ナルセスはマイティーに歩み寄ると、一旦間を置き口を開いた。

体は大丈夫なのか?」
……まぁ」
「今回の反乱気付いて、知らせたのはお前か?」
武が、過剰な発注をしていた……油断して、捕まりましたが

マイティーは途切れ途切れに呟く。
彼は、元々滅多に喋らない。
だから声も聞きとりにくいのかもしれない

フェルナンドが目を細めると、ナルセスは工の城へと向きを変えた。

「工ヒイラギが、武の反乱軍に武器を提供していたのは、事実なのか」
は」
……そうか」

ナルセスは城を見上げ、軽く首を振った。

マイティー、ご苦労だった。メルローズ、マイティーを」
「かしこまりました。出来る限りの治療を致します」
フェルナンド」

名前を呼ばれ、フェルナンドは頷いた。
ナルセスも、その先は言わず歩きだした。


私情ではなく、王として。
法の番人として。

確かに、王は人である前に、国を支える王なのだ。

そうでなければ、ならない……



目付きの悪い工城の兵士が門を開けると、一気にオイルと鉄の匂いが全身を襲って来た。

武国のよりかは、遥かに生きた匂いだがなれるのには、少々時間がかかりそうである。


「やっぱり来たか」

フェルナンドが独特な匂いに顔を振っていると、目の前に黒いシルエットが映し出された。

貴様自ら、出迎えるとはな入られたくない理由でもあると見える」
こっちは隣からの難民を追い返すのに忙しいんでなお引き取り頂こうか」

長く黒い服をバサリと揺らし、ナルセスに歩み寄る、黒いシルエット否、工王ヒイラギは創王リーフの飄々とも違う掴みどころのない笑顔を見せた。
かといって、武王レオのように威圧感を感じる声である。

本来、城の主である王が客人を出迎える事はない。
それが例え他国の王だとしても


ナルセスは眉間に皺を寄せた。

追い返している?今、五つ国の現状を知らぬとは言わせん。武と農は多大な被害を受けた。それを」
「知ってるさ。聞いたからな、武器を持って行った奴らに」
「武器!?」

当り前のように答えるヒイラギに、ナルセスは一瞬声を荒げた。

やはり、

反乱軍に物資を提供したのは、工。
しかも工王族がそれを支援していた

ナルセスはヒイラギを睨みつけた。



静かに不穏な空気を漂わせる父を隣に、フェルナンドは城の柱の影に動く、水色の髪に気付いた。
ふわふわしていて、特徴的に髪が跳ねている。

少し見つめていると、予想通りに見慣れた顔が覗きこんだ。

工王子、ヒサギである。

小柄で、まだ幼いが、その腕は確かなものだ。
いつも先頭に立って、ザードと一緒に悪戯ばかりしているが

しかし、

「!!?」
「ヒサギ!!」

今のヒサギの瞳は脅えに染まりきっていた。



「ヒサギ!」

フェルナンドが歩を進める前に、ヒサギは後退り、背を向けた。
そのままうずくまると、小さい体は震えていた。

ヒサギ」
れは、わる、くない
……
「俺は、悪くない!父さんも悪くない!悪くない!悪くなんかないんだ!」

ヒサギは口を挟む隙もない位、ヒステリックに叫んだ。


ヒイラギも知っていたように、ヒサギも他国の状況は把握しているのだろう
反乱軍の物資を工国自分達が提供した事によって、どうなってしまったのか

フェルナンドは震える小さな彼に、静かな口調を投げかけた。

「ヒサギ」
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!」
「ザードが、死にかけたんだぞ
っ」
「アレフも、感情を亡くしてしまった」
「うるさ」
「サルゴンだって、今

「じゃあ、どうすればよかったんだよ!?」

言葉を遮り、ヒサギはフェルナンドの胸を突き飛ばした。

フェルナンドは少しよろめいてしまったが、力が入っていなかったのか、倒れはしなかった。


ヒサギは泣いていた。


「武器をつくらないと殺すって母さんに剣を向けてたんだぞ!?つくらなくちゃ、街から略奪するってあいつらあいつら

ポタポタと流れ落ちる涙は、みるみるうちに地面へ染みを作った。

小さな体は震え、弱い拳は涙を拭い濡れていた。


あいつのところまで侵入された、ウチの警備が甘かったんだがなそれで、脅されたのさ。『自分達に協力しないと、殺す。略奪する。武国の前にこの国を破壊する』てなだから、『快く協力』するしかなかった

黙っていたヒイラギがポツリと呟くように言った。

「この国はやっとここまで復興することが出来た。前王がいや、俺が滅茶苦茶にしてしまった、この国をもう、壊すわけにはいかない」
ヒイラギ
「俺は『王』として、サラの『夫』として、ヒサギの『父』としてこの国を守った。それで罪になるのなら、罰すればいいさ

ヒイラギは泣くヒサギへと歩み寄り、黒く長い服で包み込むように、抱きしめた。
ヒサギは父にしがみつき、なお震えていた。

ナルセスは何かを言いかけ、俯いた。


ナルセス俺は、あの時とはもう違う。大切な物がある。だから

死にたくはない」



ナルセスもフェルナンドも、何も言えずに城へと戻るヒイラギ達を見送った。


ヒサギは、いつもザードにくっついて遊んでいた。
ザードもヒサギを弟のように可愛がっていた。

ヒサギは、ザードが瀕死になってしまった事を悔やむだろう。
『自分のせい』だと。

ヒサギは、人の痛みの分かる、優しさをもっているから

しかし

他に、方法はなかったのか

フェルナンドの呟きは、城の歯車が回る音でかき消された。




城の前には少し大きな広場がある。

広場はちょっとした露天市場となっており、毎朝多くの商人達がテントを張り、商品を持って騒がしく呼び込みをしていた。

今日も、街の人々が多く集まり、賑わい始めていた。


「隣の国で、反乱ですって怖いわねぇ」
「武国は死者がたくさん出たんでしょ?そう言えば、国境にたくさんの人が集っていたって聞いたけど
「そうねぇ私の叔父がキルティー領にいるけど、どうなってしまったかしら
「でも、この国は無事で良かったわなんたって、この国は流通の中心でしょ?なくなったら全部の国が大変じゃない」
「そうね他の国には悪いけど


「あれ?おやっさん、売り物はこれしかないのか?」
「そうなんだよ。ほら、昨日武国で反乱が起きただろ?あれのせいで、農国から何も来ないんだ。それも昨日の売れ残り」
「えぇ?そういえば、新聞に書いてあったけどよ反乱って本当の話なのか?」
「あー。ウチはヒイラギ様のおかげで被害はないようだがこれからしばらく食料不足になりそうだな」


……

フェルナンドは広場に集まる人々の言葉を静かに聞いていた。
隣の国で起こった事も、まるで対岸の火事のように、現実を帯びていない。

しかし、民は無事だ。
誰一人として、傷付いていない。
明日からの生活をどうしようか、今晩の夕食の材料はどこか、亭主の給金が少ない
誰も、些細で、一人にとっては重要な、暖かみのある悩みを呟いている。


「父上ヒイラギ王はヒサギは、悪いのでしょうか?」
……
「私には、分かりません。何が、悪いのか、何が正しいのか
フェルナンド」

ナルセスはゆっくりと首を振った。
それが何を表わしているのか分からなかったがフェルナンドは広場の人々の生きいきとした表情に、言葉にならない答えを見たような気がした。



「メルローズ、行ってくれ。農国イエソドへ」
「かしこまりました」


工国の人々を見送りつつ、馬車は走り始めた。
農国は酷い有様だと聞く。
一刻も早く様子を見なくては

そして、サルゴンは


フェルナンドが城を振り返ると、一瞬水色の影が見えた気がした。



○○○

工から農。知から農への道は舗装されていない。

通常、どの国へ続く道でも多少は平らにされ、馬車も走りやすくなっているのだが農領地だけはそれがされていない。
工へ交易しているのだから、何故走りやすくされていないのか、という疑問があるがとにかく馬車はガタガタと忙しなく揺れていた。


少し揺れが酷くなると、どんどん中心に近付いている事が分かる。
農の半分以上は農地だ。
そこは『人が通るべき道』というよりも『自然と大地を優先』しているのだろう。

そこに木の芽が生えれば、そこが『木の場所』となり人間が避ける。
そこに動物が住めば、立ち去るまで見守る。

なすがまま

言ってしまえばそのようなものだ。
この酷い道からも、農国の性質が分かった気がした。


!?」

外を見るナルセスの様子に、フェルナンドが視線を移した。

一瞬目を見開き、伏せる。

フェルナンドも父の視線の先へと顔を向けた。

「っ!?」

そこには、

骨が積み上がっていた。
目を凝らして、それが人の骨ではないと判断出来たが

周りを見渡すと、『元』は牧場だった事が分かった。
しかしそこにはいつもの牛や羊の姿はない。


走り続ける馬車から、移り続ける光景。
大きな焚火の跡と足跡しかない荒らされた畑。
牧草のところどころに残る、茶色の染み。
たまに人を見かけても、皆が皆、黙って土を掘っていた。

ただ、子供だけが泣き、『生きた心地』を感じる事ができた。


……急いでくれ」
「はい」

ナルセスが言うと、馬車を繰るメルローズの低い声が鮮明に響いた。



農の城は他国のとは違い、色がある。
しかしそれは、城の色ではない。

では何か?

農の城は大樹と同化している。
細かく言うと、大樹の枝と蔓が城に絡まり、壁を茶色にしているという状況だ。

内部は一部大樹に浸食され、使えない部屋もあるらしいが

「ナルセス様!フェルナンド様!ああ、メルローズまで!」

フェルナンドの思案を突き破り、農国に入ってから初めての明るい声が響いた。

三人に走り寄る青年はやはり農国特有というべき作業着を着ている。
腰からは軍手と手ぬぐいが下げられ、手には先が三つ又に分かれた奇妙なくわらしきものが持たれている。

「大丈夫ですか!?いやいや、知国は大変だってこっちは残党を追ってますけど、こう広くちゃねぇ
「デューン、王の前ですよ」
「おっと、すみません」

デューン、と呼ばれた青年は分かってましたと言わんばかりに、慣れた動作でナルセスとフェルナンドに跪いた。

「こちら農国イエソドは人命誰一人欠けていません。被害は家畜・農作物の略奪、森等の火災のみです」
『のみ』か

ナルセスはデューンの言葉に含みを持たせた。


デューンは農国の監視者である。
見た目は農民だが、よく見るとキチンとした身なりをしている事が分かる。
長靴だと思われた靴は機能性を重視したブーツ。
作業着も実は工国の監視者マイティに作らせた高性能な物である。
そして何より手に持つクワは、トライデント。三叉槍という武器だ。
良く見ると刃の部分に紋章が掘られている。


農国とは、身分を見た目で分からせてくれない、恐ろしい国だ


して、ラルゴいや、王はどこだ?詳しく話を聞きたい」
「城内の『処理』をしています」

デューンは顔色を変えずにハキハキと言った。
監視者の為、そう動揺はしないのだろうが

「農国の家畜という家畜は全て食べられちゃいましたから。中は特にあー、フェルナンド様はここにいた方がよろしいかと」
サルゴンに会いたいのだが」
「サルゴン様ですかー難しいですねー」
「デューン、勅命ですよ」
……

メルローズがピシャリと言い放つと、デューンは一瞬苦い顔をして恭しく頭を下げた。

……かしこまりました。では、ラルゴ王とサルゴン王子をここに連れてまいります。しかし少しお時間を頂きたいのですが」
「連れて来るだけだろう?」

フェルナンドが先程から無礼な言葉遣いと態度に腕を組むと、デューンは真顔と淡々した口調で言った。

「ではフェルナンド様は、血まみれのご友人を見たいのですか?」



○○○

一時間否、もっと短かったかもしれないが、フェルナンドにはサルゴンを待つ時間がとても長く感じた。

見回すと、他国では包まれていた『無気力感』がなかった。
だらりと崩れている者はいない。
精力的とまではいかないが、常に忙しなく動いている。
しかし、
何かを堪えるように『何か』を埋め続ける人々の表情は苦しげであった。


「フェルナンド!!」
「!」

フェルナンドが振り返る前に、視界が一瞬ぶれた。

否、抱きつかれた。
あまりの勢いに、倒れそうになったが抱きついて来た本人が支えてくれたおかげで転倒だけは免れた

「フェルナンド!えがった!えがった!ほんに
サルゴン……苦しいのだが」
「あ、ごめ」

フェルナンドがふぅっと息を吐くと、抱きついて来た少年、言わずもがな農国王子サルゴンのくしゃくしゃの薄紫の髪が目に入った。

印象的な緑の瞳は人を和ませるように、いつもの慈愛に満ちた光をたたえている。
屈託のない表情は、フェルナンドを心配していた、無事だったという感情で溢れている。

フェルナンドは今日、初めて肩の力が抜けた。

「どうしたん?どっか、痛むんけ?」

サルゴンが首を傾げると、フェルナンドは溢れ出そうになる何かをグッと堪えた。

アレフは感情を亡くした。
ザードは使命で倒れた。
ヒサギは自身を保守し、自身を傷付けた。

皆が、友が『壊れて』いくのが怖かった。

だから、サルゴンに会うのも怖かった。
彼も、『壊れて』しまっているのではないかと

しかし、

「お前は、お前のままで良かった」

目に映るサルゴンは、変わっていなかった。




「確かに、『そのまま』やなぁ」

ナルセスの横まで歩み寄り、腕を組む農王ラルゴは涼しげに言った。

「うちは、なーーんも変わっとらんなんも、な
……

ナルセスの目に映るラルゴとサルゴンは


『同じ』に見えた。


「ザードは大怪我をしてしまったアレフとヒサギは無傷だが
そか」

フェルナンドが語る五つ国の状況を、サルゴンは言葉少なく聞いていた。

農は辺りを見渡す限り酷い有様だ。
知と工の状況が分かったとしても、少し離れた武と創は情報が入ってこないだろう。

サルゴンも友人達の無事に、安堵のため息を吐いているようだ。

えがった皆、生きてるけぇな」
「ああ」
「うんじゃあ、早く元気になってもらわんといけんね」

サルゴンは大きく頷き、笑った。
屈託がなく、黒くない、笑顔。
フェルナンドも頬が緩みかけた。

「うちは『誰も死んでへんから』皆のとこより、楽だけぇ」
?」
「早く『片付けて』、皆に会いに行かんと」
片付ける?」


フェルナンドは言葉に出来ない『違和感』を感じた。

否、サルゴンは普段通りだ。
この非常事態の中で、心配しているし、ちょっと疲れているし『普通』だ。

しかし

「フェルナンド?」
サルゴン、一つ聞いても良いか?」

フェルナンドの真顔に、サルゴンは微笑しつつ首を傾げた。

やはり『普通』だ。
これは『いつものサルゴン』だ。
勘違いでも、思いこみでもない。

アレフのように『異常な普通』ではない。

だが、だが

「先日、お前の所で生まれた、子ヤギはどうなったんだ?」

フェルナンドの手に汗がにじんだ。

『普通』のサルゴンは笑った。

「ああ、死んだべよ」


━━ああ


フェルナンドの目に、何かが溢れた。



自分でも、足元から眩みを感じているのが分かった。
地面が揺れている?
否、自身の足が震えている。

フェルナンドのおぼつかない体をサルゴンはガシリと掴んだ。

「フェル?だいじ?!」
っ」

フェルナンドの体が一瞬ビクリと震えたが、相手の手を退ける力は出なかった。

むしろ、体頭の中がぐちゃぐちゃになり、何をまとめれば良いのか、分からなくなってきた。

サルゴンは心配そうな視線を送り、口を開きかけた、その時、

「サルゴン、放してやり」

フェルナンドの体を支えるサルゴンの腕が剥がされた。

サルゴンは頭上を見上げた。

おっ父?」
「『現実』を受け入れられへん『傍観者』に今のお前は、猛毒やで」

フェルナンドは一歩後退りをした。

外見は農民しかし、薄く見える眼孔は鋭く、相手を射抜く。

農国イエソド国王、ラルゴ。

彼の言葉が頭に木霊した。


『現実』『傍観者』『猛毒』
まるで、
まるで自分が『逃げているかのようだ』

自分は逃げていない。
現実を見る義務がある。
『現実』は『真実』だ。
逃げていない。
国を支える未来の『王』として


自分は『見てきたのだ』


「わ、私は
「ここは、何も変って無いやろ。他の所は酷いらしいけど『ここは最初から』こうなんやで」

ラルゴはフェルナンドの青ざめる顔を無視してか、分かっているのか
ニコリと笑った。

「家畜は『食べられる』のが仕事や。だから、腹が減ってたあいつらに食べられるのは、仕方ない事なんや」
「でも」
「でも?なんや?」

フェルナンドは言葉が出て来ず、そのまま固まった。

ラルゴの視線が怖い。

武や工の威圧感ではない。
これは、創に近い『悪寒』を感じる。
脳内で『逆らってはならない』と警報が鳴っている。

ヘビに睨まれた蛙のようだ。


「フェルナンド

フェルナンドがカタリと震えると、サルゴンがポツリと声をかけてきた。
その表情は、哀しそうに瞳の奥が冷めていた。

うちの育ててたの全部食われちまったべよ」
……
「フェルナンドは『悲しい』と思ってんでもなうちは、昔から『そうだったんだけぇ』」

サルゴンは一歩歩み寄ると、フェルナンドを真っ直ぐ見つめた。

「ここの牛もニワトリも、全部全部皆が食べる為に育ててるへ。だから……オラ、上手く言えねけど……オラ達が『悲しい』なんて、思ってたら皆が飢えてしまうんよ」
……サルゴン」

サルゴンの口元だけ微笑む顔を見て、フェルナンドの胸がズキリと痛んだ。

「『仕方ない』け。皆、死んじったけど人は死んでない。それを、喜ばんといけん。オラはオラ達は『悲しむ』よりも『働かんといけん』」


頭上で枯れ葉が飛び去った。
強い風が吹いているのだろう。

ずっとずっと上から、人間の叫び声のような空気を切る音が響いていた。



サルゴンは昔からそうだった。

いつでも笑顔を絶やさず、人を拒まず、全てを受け入れてくれた。

どんなに悲しい時でも、けして、けして弱音を吐かずに、働き続けていた。

誰にでも優しく、尊重し、手を貸していた。


しかし、それは、
『そうするしかなかった』のではないだろうか?

農国は全ての素材の生産国。
少しでも流通が滞れば、全ての人々が飢えてしまう。
だから、サルゴンは産まれた時から教えられていたのだ。

『一人が止まれば、皆が苦しむ』と。

動物一匹でも殺せば、それだけ食べられるものがなくなってしまう。
なくなるけれど、食べる人の数は変わらない。
変わらないのならば、どうするか。
また作らねばならない。
足りるまで作り続けなければならない。
丹精込めたとしても、人々の為に出荷しなければならない。
細かい感情をもってはならない。
悩む前に、作り続けなければならない。

サルゴンは優しい。
皆を心配し、皆に心配かけさせないように、平然と『農の使命』を続けている。
『疑問』を持たないように、自分に言い聞かせつつ



「私は

フェルナンドは、走る馬車の中唇を噛んだ。

ラルゴの言葉が頭に何度も何度も回っている。
それは、真実だ。

『傍観者』『現実を見ていない』

知国は、事実を見つめる、公平の国。
しかし、

「一番、現実から目を背けていたのは私だったのかも、しれない


フェルナンドは窓の外から目を背けた。



フェルナンドは懐かしき知の城の前に立った。

どこも壊れてはいない。
見慣れた古く、歴史ある城だ。
自分はここで、五つ国を『見てきたつもり』だった。

しかし

自分はずっと『現実』を見ていなかった。


フェルナンドは見晴らし台への階段を上る。

普段は兵士が城を警備するために使っている見晴らし台だ。
王族が立ち入ることはない。

フェルナンドが一段一段足を運ぶ度に、体が疲労で悲鳴をあげている。
だが、その歩みは止められなかった。

頂上に着き、フェルナンドは太陽の沈みかける光に目を細めた。

城下がオレンジに染まっている。
まるで、炎で燃えているかのようだ。
そして、肉眼では確認しきれないが、家が壊れている場所も、人が道端で座り込んでいる所、本を燃やして暖をとる人々もいる。


『どうして五つの国はそこにあるのか』

創は『現実を見続ける』武と知を癒し、『戦い続ける』武へ工は手を貸す。『人々を助け続ける』工へ農は『命を渡し続ける』。

では、

では知はケフラーは何故存在しているのだろう。
人々に秩序を?
今の状況を見て、秩序は本当に与えられていたのか?
何も出来ずに、ザードに助けられ、アレフに心配をかけさせ、ヒサギを責め、サルゴンを拒絶してしまったではないか。

フェルナンドは胸の痛みに顔をしかめた。

ツライ。
自分が何も、見ていなかった事が

否、

友が苦しんでいるのを、ただ見ている事しか出来なかったのが、辛かった。

友は、皆『王族』として『民』をそして『国々』を見ていた。


私は

フェルナンドは城下を改めて見つめた。

自分はじき、この国を背負う。
民一人一人の命を支える事となる。

では、『自分』は誰が支えてくれるのだろうか?
『皆』は誰が支えてくれるのだろうか?


「王は人である前に、王なのか」


━━違う

王は、我等は『人』だ。
痛みも悲しみも喜びも悔しさも全て全て、自分達は持っている。
お互いに笑い合って、バカな事をやって、手を取り合って、

『当り前』の感情を持ち、生きている。


それでは駄目なのか。
きっと駄目なのだろう。
今の五つ国を見れば、駄目だと言う事だ。

では、

守ってやろう私が」

全てを守る。
それが望みなのならば、それを壊さぬように守ろう。

国も民も

大切な友も


二度と


壊れないように━━



フェルナンドは休む間もなく、父の職務室にある法の本を全て開いた。

五つ国が出来て、今まで決められた法はざっと数えて数百。
自分はもとより、歴代の知王でさえ全ての法を覚える事はできない。

ならば、民や他王族も知らない法も当然あるだろう。

中には矛盾したものもある。
すでに守られていないものもある。

これでは、自分達は『法の番人』と名乗る資格はない。


フェルナンドは羽根ペンを手にとり、一つ一つの法を書き写し始めた。
一条、一条、丁寧に。
何日、何年かかっても良いだろう。
矛盾や必要のない物を見つける為ならば

皆を守る為ならば━━


自分はザードのように剣を振るう力はない。
しかし、それでも皆を守る武器はある。

力だけが戦う武器ではない。
自分には、ペンと考える頭脳がある。

誰も傷付けないように、


フェルナンドは戦い始めた。



○○○

「急にお呼び出しをして申し訳ありません」

反乱事件から数日がたとうとしていた。
それぞれの国は少しずつだが日常を取り戻し、その事件を忘れようと必死になっていた。

そんな時、フェルナンドはナルセスに頼み、国々の王と王子を武国へと呼び集めた。


フェルナンドはそれぞれの体勢で座る王と王子を見回した。

ナルセスは自分の隣に立っている。

ザードは何とか起き上がれるようになったのか、キチンと椅子に座っている。
しかし胸の包帯が痛いたしい。
隣にはレオが腕を組み目を伏せる。

ヒイラギはけだるそうに堂々と座っているが、ヒサギは落ち着きなく俯いている。
ここに来てから、誰とも目を合わそうとしない。

ラルゴとサルゴンは普段通りだ。
普通に大人しくしている。
ただ、少し顔が疲れているのは食料確保の為だろう。

リーフはニコニコしながらこちらを見ている。
銀の髪をクルクルと手で遊びつつ、まるで人の心を見透かそうとしているようだ。
アレフは椅子に座ろうとせず、窓から外を覗きこんでいる。


はぁ」

フェルナンドは一度息を吐いた。
そして、

「ザードは先の闘いの傷がまだ完治しておりません。ですので武国への集まりをご理解下さい」

鋭い視線を走らせ、戦う者の瞳へと変化させた。


「お呼び出しした理由を単刀直入に言いましょう。法を変えます」
「!?」
「詳細は手元の資料をご覧ください」

一同の衝撃をよそにフェルナンドは淡々と続けた。

「この数日、私は五つ国の法を見返してみました。歴代の王が積み重ねた、理を

一度言葉を切ると、フェルナンドは手元の分厚い本の一冊をめくり、中の文章をなぞった。

「五つ国ノ理、第241条五つノ国ハ己ノ領分ヲ守り干渉サレヌコトこれは、それぞれの国の文化を守り、それぞれ独自に発展する事他国に影響されない事、と言う事です」

静かに本を閉じると、次は別の本を開き、再び文字を指で辿った。

「しかし、第401条をご覧ください。『五つノ国ハ互いノ文化ヲ高メル為交流欠サヌコト』これは第241条を制定してから200年程後に決められたもの明らかに矛盾しています」
ようするに、自国の文化を高める為に他国の文化も取り入れろって事か」

フェルナンドの言葉に資料も持たず、けだるそうに伸びをするヒイラギが言った。

「工国は、他国の文化を複合させて形勢されてんだ。241条なんかあったら国が潰れちまうな」
「そうですね。これの他にも矛盾、今の五つ国には必要のない無意味な法律が山のようにあります。ですから、私は『法の整理』をしようかと思っています」

『法を変える』とはその事かと一同は理解した。

確かに、今の五つ国の法は複雑で、正しい事だと思っても禁止された法があったり、正しい法があったり
昨今の治安の悪さも、この『矛盾の法』が原因なのかもしれない。

フェルナンドは一同が理解したのを確認し、続けた。

「この考えには、現知王ナルセス王も賛成し、件を私に一任してくださいました。ですから、私の言葉はナルセス王の言葉だと思ってください」

「随分と強気だね」と呟くリーフを流し、フェルナンドは息を吸った。


━━ここからが、私の闘いだ


目の前の王という名の『敵』を見まわし、一層瞳の光を鋭くさせた。



「まず、法159条に則り、工国コクマーは武ホドの難民を受け入れ、農国イエソドを支援してください」
「は!?んな事
「第159条、五つノ国ハ互いニ支エ合ウコト」
「支え合う?笑わせるな。こちらには受け入れる余裕はない。受け入れた所で、こちらの治安が悪化するだけだ」
「では、言い方を変えましょう。五つの国は『支え合わなければ崩れます』。貴方は城下の民の声を聞いていますか?先の反乱で農国は大半の食糧と物資がなくなりました。そのせいで、他国工国で売られる物がなくなっています。売られていたとしても、高額で裕福な民しかそれは手に入らないのです。このままでは、民は飢えて滅ぶでしょう。また、武の難民が工国へ行けないとなると、全て創国ティファレトへと流れるでしょう。すると、どうですか?創国の治安が悪くなり、一般市民が手に入れられない食料を買う裕福な者がいなくなってしまいます」

怯む事のないフェルナンドに、ヒイラギは言葉を詰まらせた。

数日前の、あの『世間知らずなフェルナンド』はどこに行ったのか
ヒイラギは舌打ちをした。

「次にレオ王」
……何だ?」
「今回の反乱を起こした者達は、牢ですか?」

レオはフェルナンドの問いに無言で頷いた。

各城の地下はそれぞれ独自に改造されている。

武国では、捕まえた罪人を捕らえる牢がずらりと並ぶ。
今は反乱を起こした者が入れられているようだ。

フェルナンドはレオに視線を送られ、同じように頷いた。

「よろしい。では、その捕らえた者達を農国イエソドへ」
!?」「なんやて?」

今まで感情の読めぬ無表情だったレオはフェルナンドの言葉に目を見開いた。
しかし、それよりも農王のラルゴが静かに口を開いた。

わて、最近耳が遠くてなぁフェルナンド、もういっぺん言うてみ?『農の土地をめちゃくちゃにして行った反乱兵達をどうするって?』」

ラルゴは普通に喋っている。
だが、部屋の中がズシリと重い威圧感に包まれた。
隣に座っているサルゴンも困った顔をしている

では、もう一度言いましょう。今回の反乱で捕まった者達を、農国イエソドで働かせます」

刹那、ラルゴの瞳が見開かれた。

普段彼の目は細く、中の瞳は見えない。
しかしそれが通常の大きさ、というわけではないらしく、

「意味が分からへんな。それとも、農国には滅べといっとるんか?茶番やな

感情が露わになった時に、彼の素の目が見れる。

昔、ザードとヒサギが農国で悪戯した際、一度だけ見開かれた目で睨まれたがその時はあまりの恐ろしさに二人だけではなく周りの王子達も震えたくらいだ。

今も、一同はぞわりと恐怖を感じている。

だが、

「逆です。農国には再生して頂きたく、この提案をしています」

ただ一人、フェルナンドは変わらず、毅然とした態度でラルゴに向き合っていた。



「今のまま、反乱兵に罪状を出せば『斬首』でしょう。ザード王子を傷付け、各国を破壊したのですから。しかし、それでは未だ捕まらない残党そして斬首された反乱兵の家族達の恨みが積み上がります。そうすると、再び同じ事が起こりかねません」
……

フェルナンドの真っ直ぐな視線に、ラルゴはゆっくりと瞳を細く、普段の表情に戻していった。

フェルナンドはそれを確認すると、続けた。

「そこで、私は彼らを殺さず、『自分達で破壊した物を再生させる』という罰を与えたいと考えています」
それで、うち農国に連れてくる、と」

確かに国の被害が酷いのは、武と農。
武に放すと再び武器をとる可能性がある為、除外。
残るは農。
今、農の生産物の大半は反乱兵に奪われてしまった為、出せる物がなく、食料危機が近くに迫ってきている。
今は食糧がない為、どうする事もできない。
しかし、少しでも飢えるの期間を短くするために、今から沢山の食糧を育てなければならない。
それには人数が必要だ。

「なるほどな。確かにうちは今、少しでも人手が欲しい。それで、反乱兵達を働かせる、と
「ええ、そうです」

ラルゴは感心した様に声を出すと、背を背もたれに預けた。
どうやら、フェルナンドの意見を理解したようだ。


しかし、次は武王レオが首を振った。

確かにお前の意見は合理的だだが、再び反乱が起こらないという保障はない

レオは静かに、だが鋭い視線をフェルナンドに送った。

私は武国王いや、友として、ラルゴを危険な目には合わせたくはない
「では、警備を出せばいい」
「こちらにはその余裕はない。残党を捕らえ、破壊された物を建て直し負傷した者も少なくないしな」
「武国からは、出さなくて結構。警備優秀な『法の番犬』が知国にいます故」

レオの目がピクリと揺れた。


今回の反乱で農国に、死者は出なかった。。
家畜や作物は駄目だったが何故死者が出なかったのか?

レオは思い出した。

農国へ行った際、『知国の使者』が一人で多数の反乱兵を取り押さえていた

青年は自分を『法の番犬』だと名乗っていた。


ポルナレフの、仲間か」
「ええ。彼らは、『法を守る為』に特殊な訓練をしていますから」

レオの言葉にフェルナンドは頷いた。




「リーフ王」
「はいはーい、僕はどうするのかなぁ?」

レオから視線を離したフェルナンドは、次に創王リーフへと顔を向けた。

リーフは相変わらずニコニコと、表情を最初から崩していない。
本当に感情の読めない人だ。

ヒイラギやラルゴ、レオは表情や言葉で多少なら心が読める。
しかし、リーフは読まそうとしない。
けして『他人には踏み込ませない』

こんな人物が、一番苦手だ

フェルナンドは軽く息を吐くと、改めてリーフの瞳を真っ直ぐ見つめた。

リーフ王には、各国の復旧の為に資金提供をして頂きたいのです。無理にとはい
「了解しましたー。帰ったらすぐに指示しまーす」

フェルナンドは資料を握る手を一瞬揺らした。

絶対、反論されると思っていた。
それを見越していたから、出来る限りの資料(武器)を集めて、今までの王達も何とか説得してきたのだ。

なのに
リーフのあっさりとした肯定で、フェルナンドは思わず拍子抜けしてしまった。


「だってフェルナンド君の目、本気なんだもん」
え」
「ふふっ綺麗な目だね」

フェルナンドの考えを見透かしているかのようにリーフは答え、クスリと笑った。

「フェルナンド君は、次の王。僕達よりもずっーと長い先を見るんだよ。だから、僕は先を生きる君に任せる。ううん、『君達』だね」


首を傾げながら戻ってきたアレフを膝に乗せると、リーフは頭を撫でた。
そして、一同を見回すと再びニコリと微笑んだ。


○○○

フェルナンドは後の事を父、ナルセスに任せて退室した。
『自分の言葉は王の言葉』とは言ったが、やはり、自分はまだ王子である。
正式な指示ではない。

だから、ナルセス父にちゃんと『知王の勅命』として言わなければならない。

そうすると、もう王子である自分が立ち入ることは出来ない。
だから、退室するしかなかった。


フェルナンドが後ろを見ると、他の王子も退室否、追い出されている。

その中の一名、壁に寄りかかるザードに歩み寄った。


「ザード、傷はもういいのか?」
「お?まだ、んな事言ってんのか。俺様を誰だと思ってんだよ。無敵のザー

ザードがニヤリと笑い、胸を張った瞬間、すかさずアレフがポカリと彼の傷へ一撃を加えた。

「んぎゃっ!!」「ザード!」

ザードは声にならない声を出し、壁に顔を押し付けて震えた。
やはりまだ痛いらしい

アレフは知らないよー、と言わんばかりにサルゴンの後ろへと隠れる。


フェルナンドは溜息を吐いた。

ザード、無理をするな」
「む、無理なんてしてねーし!これは、ちょっと寒いだけだ!」
今の体感温度は汗ばむくらいだが?」
「俺は寒いくらいなの!ほっとけ!」
「ザード」
「あーあ、なんだか喉渇いた。何か飲んで」
「我々をヒサギを気遣うのは分かるが、痛みを耐えるのは体に悪い。止めろ」

「!?」「っ

フェルナンドの言葉の瞬間、ザードは振り返った。

そして、

ドアの前で俯いていたヒサギはビクリと肩を震わせた。



「ヒサギはずっとザードいや、皆を傷つけてしまったことを気に病んでいる。ザードはそれに気付いた。だから、『自分は平気だ』ということを、気にするなということを無理にだしている違うか?」
……

ザードは答えず、舌打ちをした。

『あの事件』から、ザードは人に心配される事を極端に嫌った。

フェルナンドは思う。
心配されると言うことは『弱さ』をさらけ出してしまう事だと、ザードは考えているのではないだろうか。

それに、
ザードはヒサギを弟のように大事にしている。
ヒサギだって彼を兄のように慕っている。

ザードは『大事な人』を泣かせたくないのだ。

気に病んで欲しくない、そう思うのは分かる。しかし、ザードには無理をして欲しくはない。友の『お前の代わりはいないのだから』アレフだってそう思っている」

フェルナンドが体を向けると、アレフはピョコリとサルゴンの後ろから顔を出した。

その表情は、いつも通り美しく、まるで人形のように整っていた。


アレフはサルゴンから離れると、軽く首を傾げた。

どうして、ザードは我慢してるの?分かんないよ。ザードも皆も、どうして我慢してるの?」
……
「だって痛いんでしょ?泣きたいんでしょ?逃げたいんでしょ?ねぇ、そうでしょ?」
ああ」
「なら、どうしてしないの?皆は、人形にならなくていいよ」

アレフの表情は変わらない。
瞬きもせずに、四人を目だけで見回した。


アレフは昔から感受性の強い性質だった。
少しの顔の変化、否、まるで心を読んでいるように相手の感情を感じていた。

悲しい時は無言で隣に来て、ずっと傍にいる。
嬉しい時は頭を撫でてくれた。

誰よりも感情が豊かで、誰よりも心を知っていた。
しかし、
それを環境が許してくれなかったのだ。

皆の『逃避』を受け止めるために、誰よりも『現実』を見て、誰よりも『逃避』しなければならなかった。
だから、何も感じない『人形』になるしかなかったのだ。


フェルナンドはアレフを見つめる。

アレフは、皆の事が大好きだ。
だから、自分のようになって欲しくない。

彼は、誰よりも優しくて、温かい。


フェルナンドゆっくりと口を開いた。

「お前は、『人形ではない』」
……

静まる一同に、アレフの視線はフェルナンドを捉えた。



俺は、『人形』だよ」
「違う。お前は『アレフ』だ」

フェルナンドはアレフの前に立つと、それ以上は何も言わず、ただ見つめた。
アレフも静かに、

瞬きをした。
それと同時に、ゆっくりと口が動き始めた。

フェルは、『俺』を見てくれるんだ」
いや」

アレフの言葉にフェルナンドは首を振った。

「私だけではない。我らは、いやお前の身近な人々は皆、『アレフ』を見ている」


人形は『ただの人形』だ。
アレフがどんなに抑えたところで、人形にはなれない。
むしろ、抑えている、という行為こそが『アレフ』が『アレフ』という証なのだ。

だから、
アレフは『自分達の大切な友』だ。


うん」

アレフは頷くと、クルリとフェルナンドから身を離し、再び俯いていたヒサギへと抱きついた。
ヒサギは声にならない怯えた声を出し、固まる。
しかし、アレフは離れなかった。

「っあ」
ごめんね」

アレフは目を見開くヒサギにポツリと呟いた。

「ごめんね」
……
「ごめんね」
ぅ」
ごめんね」

だんだんとヒサギは震え始めた。
同時に、顔はくしゃりと崩れて、瞳に大きな涙が溢れた。

アレフの体と声は、とても温かかった。
ヒサギで何かが崩れると、白く細い体に抱きついた。


「ごめっ、うわぁああああっ!お、俺、みなっを……ご、ごわぐでうわぁああああぁごわがっだよぉおお!」

廊下中にヒサギの泣き声が響いた。

アレフが何故詫びたかは分からない。
しかし、彼にはヒサギの胸に刺さっていたモノを理解していたのかもしれない。
今、それが取れた。
そして、ヒサギは『本来の』ヒサギに戻れたのだ。


ヒサギは、友を傷つけてしまった。
そして、自身も身の危険に曝された。

それが、怖かったのだろう。

友を傷つけるのも、自身が傷つくのも
それは誰でも恐れる『矛盾』
当たり前の自己防衛で、当たり前のエゴ。

だから、フェルナンドを含め全員が理解していた。

『ヒサギは悪くない』と。


「たくっ馬鹿か、お前?はっきり言えばいいじゃねぇか。怖がりヒサギなんだからな」
「う、うっざい!ばかぁ!脳筋!」
「大丈夫。ヒサギは怖がりだからヒサギなの」
「ばかばかばかぁ!ドS変態アレフ!」

ヒサギはグシッと涙を流しつつ、アレフの服に顔を押し付けた。
アレフは変わらず、ヒサギを受け止めている。
ザードは笑い、ヒサギの頭をぐしゃりと撫でた。




フェルナンドは目を細めると、サルゴンの横に移動した。



サルゴンはフェルナンドに気が付くと、ニコリと笑いかけてきた。

『いつものサルゴン』だ。

「えがった。皆
……

フェルナンドはその笑顔に答えず、目を細めた。

サルゴンはどんな時でも笑顔だ。
今まではそれが、当たり前の事だと思っていた。
穏やかで、優しいからいつも微笑んでいられる。いつも人に気を使える。
そう思っていた。

しかし、先日の彼を見て気付いた。

それは違うと。


お前も」

フェルナンドはゆっくりと、サルゴンにだけ聞こえるように呟いた。

「お前も、辛いのなら泣けばいいのだぞ」
?」

微笑みながらサルゴンは首を傾げた。



やはり
サルゴンは『それが当然』と思っている。
惚けているわけでもない。
我慢しているわけでも、感情がないのでもない。

サルゴンは『それしか知らない』のだ。

アレフは内に感情を溢れさせている。
ザードとヒサギは自を抑えず、周りに見せている。

しかし、サルゴンには大きな感情と言うものが欠如していた。

普通にしていれば、普通に笑うし悲しむし、怒る。
だが、それは表面的でしかない。
他の者のように、心の底から、というものはなかった。

先日の様子で、それがはっきりと分かった。

普通ならば大泣きするところを、彼は平然と笑い、友人が負傷したのを心配するのに言葉は軽く聞こえた。

サルゴンは優しい。
相手を否定しない。拒否もしない。何でも笑って受け入れてくれる。

だが、それは、はたして『本当の優しさ』なのだろうか?
否、『優しさ』とは何か?

優しさとは、ただの『逃避』ではないのか?


サルゴンは、相手がどんなに間違っていても否定はしないだろう。
自身も間違いとは分かっているだろうが


「サルゴン」
「なん?」
ザードもアレフもヒサギも、皆傷付いた。それを、お前はどう思った?」
……皆、無事で良かったべよ」

サルゴンは一瞬フェルナンドに泣きそうな視線を送るが、すぐに微笑んだ。
『もちろんフェルナンドも』と付け足して。

その笑顔は、普段の穏やかな、それだった。


フェルナンドは目を伏せて、こみ上げてくるモノを抑えた。

どうして、気付かなかったのか
どうして、こうなってしまったのか


サルゴンは
自身の感情が『分からない』のだ。


相手を『生かす』為に
他者の『命』を見過ぎた為に

自身の中身は二の次になってしまったのだ。
自身の感情が分からなくなってしまった。


フェルナンド?」
……いや」

覗きこむようにサルゴンが首を傾げると、フェルナンドはキッと目を鋭くさせた。

一瞬、サルゴンは後ずさった。

「サルゴン」
「ど、どうしたん?さっきから、変だで」
「変で結構。それが私の『普通』なのだ」

フェルナンドはサルゴンにジリリと歩み寄ると、相手の胸に人差し指を押し当て、鋭い眼のまま言い放った。

「『普通』は人それぞれだ。だが、時にはそれを壊さねばといけない時がある。今がその時だ。だから私は壊す」
「な、え?」
「お前が思うほど、人間は単純ではない。ザードに代わりがいないように。ヒサギが怖くて泣くように。アレフが人形ではないように」

フェルナンドは振り返った。

それぞれ、皆がフェルナンドを見つめている。

「サルゴン、お前だって、『見なければならない現実』と『守るべきモノ』があるはずだ心の底から、思わねばならん時がある」



窓の外に木の葉が飛んだ。
木の葉は高く高く飛び去ると、彼方へと消えていった。



王子達の後方で、薄くドアが開かれている。
フェルナンドが閉め忘れたのではない。

中の父、否、国王達がこっそりとドアを開け、王子達の話を静かに聞いていた。



「フェル君は、急にどうしたのー?」

一同の沈黙を創王リーフが破った。
相変わらず飄々とおどけたような口調だが、瞳は笑ってはいなかった。

全くだ。一体何なんだ?前々から生意気だったが、今はそれ以上に一人前な口をききやがって
「『一人前』と認めているのか」

リーフに続き、工王ヒイラギが口を開くが、クスリと笑う武王レオに突っ込まれ、舌打ちをした。
レオはヒイラギに足を蹴られつつ、続ける。

「今回の反乱後の巡回で、何か悟ったようだな
「はー、偉いわー。あの拒絶してたお子ちゃまがなー」

農王ラルゴは冷めきったお茶を口に運びつつ、棒読みで言う。
しかし、こちらは目が笑っている。


四人の王がそれぞれに意見を述べると、今まで沈黙していた知王、ナルセスが顔を一同に向けた。

その表情は険しつつも、いつも以上に凛としている。
瞳には微塵も暗さはない。

「フェルナンドは、この五つ国の事実を知った」
「それで脅えきったなぁ」
「世間知らずの坊っちゃんが」
「ラルゴにヒイラギも口が悪いー。逃避は悪い事じゃないよー。と う ひ はね
フェルナンドには少々辛かったのではないか?」

レオが視線を送ると、ナルセスは頷きも否定もせず、答えた。

「そうかもしれんだが、賭けでもあった」

一同はそれぞれに目を細めた。
あのナルセスの口から『賭け』という言葉が出てくるとは

これは彼にさえ予測不能な事なのだろう。


「ふーん、ナルセスってばギャンブラーだねぇ……子供を賭け物にするなんて」

おどけたようにギシリと椅子に背を任せて伸びを一度すると、リーフは一瞬にして真顔になった。

「人生は吊り橋さ。綱が切れて奈落に落ちるかもしれない。切れずに進み続ける事が出来るかもしれない。でもね、ボロボロの橋は賭けで渡すようなモノではないんだよ」
「しかし渡らねば先に進めぬ」

リーフに間髪いれず、ナルセスは言い放った。

「フェルナンドは吊り橋の五つ国の『真実』を知りたいと言った。どうしてザードが傷付く必要があるのか、どうしてアレフが自身を殺さねばならぬのか、と」
」「

ナルセスの静かな口調に一同は沈黙した。


確かに、フェルナンド以外の王子は産まれた時から『真実』を見せられている。
そして『使命』に生かされている。

武国は『守護』
創国は『自由』
工国は『生産』
農国は『命』

そう生きなければならなかったのかもしれない。
でなければ、五つの国が崩れてしまう。


前王達はその『摂理』を崩し、国々は不安定になってしまった。

ナルセスの父も自身の使命と真実の重圧に耐えかね、逃避し続けていた。
何も何も見ようと気付こうとしなかった。
知国の人々はそんな彼を『愚王』と罵り、結局殺されてしまった。

フェルナンドにはそうなって欲しくなかった。
だから、順をおって真実と使命を教えていく予定だった。

だが、

今回の反乱事件で真実の断片を知ってしまった。
武国の反乱理由、ザードの使命、アレフの使命


「フェルナンドは『疑問』を持ってしまった。この国の歪みに」

一同はナルセスを見つめる。
呼吸の音も耳障りなほど、部屋の中は張り詰めている。

五人は悟っていた。

これが崩壊と再生の『分かれ道』だと。



「歪みを見てしまったフェルナンドを、私はもう止める事が出来なかった探究心と使命に満ちたあの瞳には」

自分と妻に似て、フェルナンドの探究心は人一倍だ。
しかし、それを受け入れるかは、別だ。

自分も真実は『怖い』
出来る事ならば、前王のように逃避し何も見ないようになりたい。

王とは重い。
並大抵の強さでは、押し潰されて狂ってしまう。
前王のように

フェルナンドとて、この『血』が流れている。
心の弱い血が。

真実を知ったら、もしかしたら逃げてしまうかもしれない。
自らの血を恨むやもしれない。
自ら命を絶つやもしれない

だから、

これは賭けだった。



で?結果はさっきのかいな?」
「ああフェルナンドは、『真実を拒んだ』」

ラルゴの問いに頷くナルセスに、一同は訝しげな視線を送った。

『拒んだ』のなら、どうして法を変えようとする?
どうして真剣な進言をする?

どうして、
王達に立ち向かい、王子達を庇う?


「あやつは真実を受け入れず、拒絶した。だが、『目を背けようとはしなかった』」
「矛盾してんぞ?」
戦う事にしたのだ」
「戦う?あの細腕で?」

ヒイラギとレオは目を合わせて肩をすくめるが、ナルセスはドアの隙間から息子達へと視線を移した。


前王は国の摂理を壊した。
自分達は国自体を壊した。

そして、

王子達は国を再構築し、
新たな『五つ国物語』を作るのだろう。



○○○

武国の反乱事件から数年。
それから五つ国は急速に復興し始めていた。

工国の建築士達が各国の壊された建物を直し、農国には反乱を起こした兵達が日々畑を耕し働いている。
その修築と食料をまかなう資金を創国が出していた。
武国は王直属の衛兵を動員し引き続き反乱兵残党を追っている。


そして、知国は


「父上、暫し国立図書館へと行って参ります」

フェルナンドは父、ナルセス王の返事も聞かずに歩きだした。

知国では、復興の指揮を執っている。
そして、今まで目をつぶっていた食料、日用品、贅沢品等の流通価格も見直しの為知王へと一時委任された。
その他諸々、細かい改正を続け、五つ国全体を変えようと動いている。
もちろんフェルナンドもそれを手伝っているのだが、少し手が空くと自主的に図書館、資料館へと勉強をしに行くようにしていた。

自分は五つ国を知らな過ぎる

フェルナンドはあの反乱でそれを実感した。
それぞれの国が『何故あるのか』それさえはっきりと明言できない。
否、それははっきりと言えぬ事なのかもしれない。
遥か昔から続く、役割と使命の鎖で繋がれている真実は奥に行き過ぎて見えない。
しかし、それを断片でも見つけなければならないのだ。

フェルナンドは走り出した馬車から外へと視線を移した。

未だ、各国からの難民がちらほらと来ている。
何より、反乱以前から豊かではなかった武国は未だに飢えで人々が苦しんでいるらしい。
先日も武国では小規模の反乱が起きたらしい。
負傷者どころか死者も出ず、相手が一瞬で降伏したとのことだが


フェルナンドの瞳にフラフラと歩く一人の少女が映った。
恐らく武国からの難民だろう。
赤みの強い臙脂色の髪が印象的だ。
きっと、彼女もこんな飢えの時代でなければ路地を走り回る元気な子供だろう。

こちらの視線に気づかず、少女は路地裏へと姿を消してしまった。

後で、使者に食料を分けるように指示してやろう。
そして願わくば、強く生きるように


フェルナンドは、少女の消えた路地を見つめ、改めて五つ国の再生と改変を誓った。


人間というものは、やはりただでは起き上がらないものらしい。
反乱から急速に再生した五つ国は以前よりも生き生きとし、そして強くなった。

小さな反乱はあるが、その殆どが死傷者も出さずに収められ、毎年の豊作で各国の飢えも軽減した。

五つ国の運命を司ると言われる女神の恩恵か、と言う者もいる。
しかし、それだけではないだろう。
きっと人々が『生きたい』と思ったから国は建て直したのだ。

王族とは、国の一部でしかない。
本当に国を作るのは、そこに住む人々なのだ。
もし、王制がなくなったとしてもこの五つ国は崩れたりしないだろう。

人間とは、弱くともとても強いものなのだから━━



○○○

今から約半年前

工国キルティー領の領主が妻および使用人殺害、そして実の娘の殺害未遂、軟禁の罪で捕らえられた。

領主は18年間も完璧に罪を隠し続けた。
それが何故今となり露見してしまったのか?

それは、殺害されそうになった娘
今は『アテナ』と呼ばれる娘が武国ホドの王子、ザードと偶然にも出会ってしまったからである。

アテナには、殺害未遂の際に付けられた火傷の痕が右顔に残っている。
そして、彼女の髪がザードの過去に刻まれた傷と一致していた。

それを聞いた工国の王子ヒサギが不審に思い、彼女の事を調べ事件が発覚。

領主は島流しの刑を言い渡され、事件は終わりのはずだった。
だがザードとアテナは恋仲になっていたのだ。

王子がただの平民しかも他国の娘となど認められるはずがない。
しかし━━
ザードは引かなかった。
アテナを妻にすると。

確かにアテナは『ザードの大事な娘』に似ていた。
似ていたが違うと、それよりも大事だときっぱりと言った。


『あれから』ずっと『彼女の面影』に囚われ続けていたザードが、やっと自分の道を歩きだす事が出来た。
アテナと共に。


二人の婚約が認められると同時に、法はまた少し変えられた。
恋に国境は関係ない。そんな感じだ。


ザードとアテナの件から少しして、私の方にも婚約の話が持ってこられた。

私の場合は生まれた時から許嫁は決められている。
だから、驚きはしなかった。

しかし、それ以上に驚く事があった。

中庭で休んでいたら突然武の娘が乗り込んできたのだ。
赤みの強い臙脂色の髪に、ぱっちりとした黒眼。
剣は構えていなかった為、反乱分子ではない、と言う事は分かった。
だが、その娘は『自分を嫁にしろ』と言いだす。

私は断った。
許嫁の話、私がお前の好きな者ではないと言う事を説明して。

それでも、諦めない。と叫んでいた。


私は

彼女、ユラの事を覚えていた。



それよりも、許嫁のことだ。
許嫁は知国ヴィーナス領主の娘、シルヴィー。
たまに図書館で会い、話す事はあった。
最近の女性には珍しく、頭がキレ、探究心も旺盛、そして思慮深い娘である。

彼女には不満はない。

だが、婚約の話をする当日に事件は起こってしまった。

彼女一人を乗せた馬車が暴走し、行方が分からなくなってまったのだ。
両親、関係者総出で探すが、見つからない。
もうなす術がない、と思った矢先に知城に農王が現れた。
なんでも、シルヴィーが農国で保護された、という。

暴走した馬車は森に投げ出され、シルヴィーはオオカミに襲われそうになった。
そこを農国王子サルゴンが助けたらしい。


後日、またシルヴィーと会う事にしたが、いつもの明快さがなかった。
いつもの彼女ならば、目の前に現れた武人怒り心頭なユラなど助けを呼ぶか、口でねじ伏せるはずなのだが
それをせずに、何かを悩んでいる様子だった。

先日、農国で何かあったらしい。
サルゴンと何か、の方が良いだろう。

ユラはシルヴィーを逃がし、私は周りに嘘をついた。
嘘はもしかしたら初めて言うやもしれない。
しかし、ユラの満面の笑みは、何故か心地が良かった。

私はある種の賭けに出た。
賭けとは言うが、結果は分かっている。

シルヴィーと結婚式を行う。

ユラは驚いていたが、意外にも冷静に頷いていた。
自分は見ている。と言ってそのまま立ち去って行った。


サルゴンは昔から、何かを欲しがるという事はなかった。
他に興味がない、と言った方が良いかもしれない。
そんなサルゴンが、初めて『欲しい』と感じたのが、シルヴィーだったようだ。
シルヴィーも、以前会った時の表情とは違い、何かの心情の変化があったようだ。


サルゴンはシルヴィーは婚約した。
賭けは当たっていた。

周りには「許嫁が奪われた」と言われるが、そんな事は気にならなかった。
好きという感情もなかった上に、サルゴンとシルヴィーの気持ちが分かっていた。

それに

いや、今はいいだろう。
サルゴンはやっと『人間らしさ』を手に入れた。
心の底からの感情というものを知った。

今は、その事実だけでいいだろう。




法が変わり、一ヶ月は過ぎようとしていた。
さて、最近アレフの口から『カリン』という言葉が出ていない。
以前からしつこく聞かされていたのだが

カリンとは、アレフの昔からの知り合いらしい。
叩くと喜ぶ、と言っていたが詳細は考えたくもない。

だが、アレフは彼女の事を話す時、とても嬉しそうにする。
その様子は『好き以上』の何かを感じた。
そして、『人形』ではない、生きた表情をしていた。


アレフは以前言っていた。
"別に、自由は欲しくない"
"ただ"
"『自分』を見てくれる人が欲しい"
と。

推測するに、それがカリンなのだろう。
話を聞く限り彼女もアレフの事を好いているようだ。

お互いに、お互いの事ばかり見ているという事か
なんとも理解を上回っている。


ある日突然、アレフの婚約が発表された時は溜息が出た。
そして、その数日後ザードの愚痴を聞いてさらに頭が痛くなった。
プロポーズに他人を巻き込むな、と説教するしかないようだ


アレフは自分を『人形』と言っていた。
しかし、カリンは『アレフ』を好きになったのだろう。
だから、アレフもカリンが愛おしい、それ以上なのかもしれない


そういえば、この時にユラが壊した城壁の穴がまだ完全に直っていない。
ヒサギが手抜きしたのだろう
説教するしかない。



どうにも、最近ヒサギの様子がおかしい。

表面では分かりにくいが、きっと他の皆も気付いているだろう。
サルゴンはどうかは分からないが

そう、特にサルゴンに対してはいつも以上につっかかる。
何故かは予想も出来ない。

昔から、ヒサギはサルゴンを突然叩く事があったり、『嫌いだ』と泣きだす事が多々あった。
それも、最近は出ていなかったのだが

ヒサギの感情は突拍子もなさ過ぎて分からない。


そんな事を考えているうちに、ある日、ヒサギが会議室の前でウロウロしていた。
挙動不審者である
しかし、その瞳は

「思い込みとは怖いものだな」

ユラに向ける自分の瞳にそっくりだった。


「頭では分かっているはずなのに、意思の強さがそれを霞ませる
どういうことだよ」
「答えから目を逸らすな、という事だ」


これは自分に言い聞かせる言葉。
ヒサギが何に悩んでいるのかは判断しかねる。
だが

真実を言ったら、きっとユラは自分の元から離れてしまうだろう。
ヒサギも、またそうなのだろう



次の日、渡し忘れた会議の資料をヒサギの元へ届けようと工の城へ訪れた。
しかし、城の中は何やら異様な雰囲気に包まれている。
不審に思いつつ、ヒサギの元へ行くと

血まみれのリスがいた。

いや、ヒサギが瀕死のリスを持って何故か泣いている。

この時点でおかしいのだが、とにかくリスの治療をした。
ヒサギは震えていたがとにかく、立たせた。


ヒサギと私はよく似ているのかもしれない。

ヒサギは「何もしていない」と言った。
だから、自分は悪くない。

昔の私も、そう思っていた。

だが、
それは違った。

「何もしていない」から人は傷つき、自身も傷つけてしまうのだ。
だから、
だから、「やらねばならない」



ヒサギは目が覚めたようだった。
詳しい状況は別紙に書くが、ヒサギは最後まで戦った。
怪我をして、死にかけてしまったが
彼女、エレンという娘に想いを伝えた。

はっきりと返事は貰えなかったがようだが、それでも二人はそれで十分なように笑っていた。


『真実から目を背けない勇気』

私もまた、

背けてはならないのだ


フェルナンドは手記を書く手を止めた。


この一年も経たない間に色々な事があった
法も変わり、王子の心も、そして国も━


窓へ視線を移すと、夕日は沈む瞬間。
うっすらと星が空に姿を現していた。

夕日と星はけして共になる事はない。
時が来れば、いつか離れてしまうのだ。


そう、真実を知ったユラは、

真実を最初から知っていた、隠していた私は、



ふっ」

フェルナンドはクスリと笑う。
何がおかしいのかは分からない。
ただ、自然と口元が揺れてしまった。

終わった事だ。過去だ。私は今を見なければならない」

今までもそうして来た。
皆を支え、見守り、見送る。
そうしなければ、

再び壊れてしまう。

これは自分にしか出来ない事だ。
背負う物の軽い自分にしか。
だからよそ見をしていては、背負う物に押しつぶされてしまう。


しかし、
いつからだろう?
背を軽く感じ始めたのは

いつから、
ユラを待つようになったのだろう?


「私は
「フェルナンド様!」

フェルナンドが呟く瞬間、突然前触れもなく自室のドアが開けられた。

ドアに立つ兵士の顔色は青い。

何事だ?」
「城を
……まさか」

「城を反乱兵達が囲んでいます!」




○○○

夕日を背に、男達が走っている。
知国の人々は集団の背や手に光る銀の刃物の輝きに震えあがり、逃げ惑った。

六年前と良く似ている。
否、全く一緒だ。

人々の脳裏に『反乱』という文字が横切った。



先頭の男は足を止めると、面前の城を見上げた。
背では知の民衆が逃げ惑っているであろう声が響き渡っている。

「━━民衆は放っておけ!今は崩しに集中する!」

そう、略奪など後でも出来る


男は口元を微かに上げると、一同の方へと振り返った。

「今、我らが飢えているのは何故か!?我らが苦しむのは何故か!?━━全ては、この国を司る王が私欲に走り、民の命を削り続けている為だ!このまま野放しにしていていいのか!?このまま我等は我慢し続けなければならないのか!?否!今宵、我らが道を開く!明日の朝日は━━我等民の物だ!」

男の言葉に兵士達は声を上げた。
それぞれに武器を高々と掲げ、周囲は地響きに揺れる。

先頭の男は笑い、頷いた。

六年前は失敗に終わった、この作戦
しかし今回は違う。

王族にばれないように、違和感のなく長い時間をかけて準備を進めてきた。
工は金を渡したら素直に手を貸してくれた。
特に王子は物分かりが良い。
今回、彼の用意してくれた武具はとても作りが細かく、上物だ。
自分達も見た事のない構造をしているが、振ってみるととても手に馴染む。
六年前の事で、状況を理解したのだろう。
最高の武具をありがとう、王子。

まあ、後で工も潰すが


前回の作戦をそのままに、それぞれの国の城へ兵士を送る。
ただし武の城には足止めとして大人数を『贈って』やった。
前はばれない事を重視してそちらは手付かずだったが
正面から挑んでも、あの武王族化け物親子には敵わないだろうが、足止め位は出来るだろう。
その間に、他の部隊が他国の王族を確保。
今回は人数のばらつきなく、均等に、大人数。
そして、王族の生死は関係なく、ではなく、きちんと決めた。

殺して首だけ確保。

首を見せれば、民衆も此方の言う事を聞くしかない。
そして反乱の手に加える。
他国の王族を失った武王族は弱体化する上に、罪もない民衆を斬る事は出来ない。

これで、奴らは終わる。

これで

自分が五つの国全ての王になれる。



男は二ヤリと笑った。



「我等、第一部隊は無意味な法で縛る知国ケフラーを落とす!」

反乱兵リーダーの声が響くと同時に、部隊の後ろから一人先頭へ向かって来た。

長い臙脂色の髪を高く一本に結び、腰に刀を差している。
装備は軽装だが、機能性を重視し動きやすいようになっている。
真っ直ぐ向ける漆黒の瞳は強い意思を感じさせた。


「ユラ」

リーダーは目の前まで来たメンバーの一人ユラの名前を呼ぶと、再び一同に視線を移した。

「城内の案内はこのユラに任せる。落とした暁には、この城を指令本部とする」

一同は肯定の代わりに雄たけびを上げた。



「そういうことだ。任せたぞ、ユラ」
……

ユラは答えずに視線を城へと向けた。

毎日毎日、フェルナンドに会いにこの城へと来ていた。
そして、毎日フェルナンドと昼食を食べた。

フェルナンドは小食で、自分ばかり沢山食べていた。
美味しかった。
武国というか自分の家はそこまで裕福ではないから、そんなに美味しい食事も望めない。
だけど、フェルナンドは王子だからたくさん美味しいものを食べていた。

だから美味しい……のではない。

きっと、どんなに高級で美味しい料理を出されても、フェルナンドと食べないと美味しくないだろう。
きっと。絶対。

フェルナンドと食べる時、色々な事を喋った。
フェルナンドはあまり喋らないから、自分ばかり喋った。
フェルナンドは静かに聞いてくれた。
たまにクスリと笑ってくれたりした。
フェルナンドは意外にどんな話でも好き嫌いないようだった。
パッと見は堅苦しいが、内面は柔軟なようだ。
だから、たくさん喋った。
楽しかった。
嬉しかった。

ずっと、続けばいいと思った。



「ユラ、どうした?」
……

リーダーに肩を叩かれても、ユラは微動だにしなかった。

少し拳をきつく握り、目を伏せた。

フェルナンドは自分の探している、恩人ではなかった。
好きだと思った人物ではなかった。

自分は生活が苦しい。
自分だけではない。
仲間も、周りの人々も皆、飢えている。

それは何故か?

王が皆悪い。
フェルナンドが
国全ての王族が



でも、━━━




ユラは腰の刀を抜き、風を薙いだ。
同時に横に立っていた反乱リーダーは後ろに跳ぶ。

一同は騒然となった。

「何をするんだ、危ないじゃないか!ユラ!?」
やっぱり、やめる」

ユラは刀を持ち直し、構える。
背に城を置き、鋭い眼孔は反乱兵一同に向けられた。

周りは一瞬の静寂に包まれた。


俺は頭悪いから腹が減ったとか、苦しいとか王以外が貧しいのが王のせいなのかは、分からないけど、

けど!アテナはあの馬鹿王子の事がすきなんだ」


少し前の武国は、内乱と王達の横暴で荒れていた。
王達は人の命を考えない。
王達は自分達だけの事しか考えない

そう、思っていた。

しかし、
アテナは次期王ザードの事が好きだと、はっきりと言った。
顔を赤らめ、真っ直ぐの瞳で言った。

『好き』だと。


確かに、自分も王族は嫌いだった。
王が父を負かしたから、自分は腹が減って、ずっと辛かった。

でも、ザードは一言だけ『ユラを気遣って』くれた。


「俺はアイツが全部悪いとは思えない!全部悪かったらアテナみたいなのが好きだって言ってくれないだろ!?それに親父が負けたから辛かったんじゃない。周りが俺達が悪かったんじゃないのか!?

本当の事は分からないわかんねぇけど!」



以前ユラは知国で小さな娘、シルヴィーに出会った。
彼女は迷っていた。
目の前ではなく、どこか遠くを見つめていた。
だから、自分ははっきりと言ってやった。

『考える前に行動しろ』と。

背中を押してやって、そして、彼女は行動した。
精一杯。
本当に好きな人の為に。

農国の王子、サルゴンは自分から行動はしていなかったようだ。
シルヴィーの事が、好きだった。
しかし、自分からは手を伸ばさなかった。
それは仕方のないことだったから

だが、そんなサルゴンがフェルナンドの隠していた否、自身が聞こうとしなかった事実を伝えてくれた。
『助けてくれたから』と本人は言っていた。


そして、
今、自分はここにいる。


「俺達は何もしてない責任を全てあいつらに押し付けてるだけじゃないのか!?」

ユラは叫ぶと、足元の木の葉が揺れた。
しかし、一同は何も感じていないように動かない。

刀を持つ手に汗を感じた。

「だからだから俺は、やめる!そして、お前らを、止める!止めて、フェルナンドに━」
「ああ、そう」
「!?」

ユラの言葉が終わらないうちに、リーダーだけではない。
まるで糸が解き放たれたように一同はそれぞれの武器を抜き、一斉にユラへと跳びかかった。

一人、二人は峰打ちであしらうが、三人目で刀を弾かれ、倒される。
瞬きを擦る間もなく、瞬時に腕を押さえられると地面に顔を叩きつけられた。

「ぐっ!」
「まだ殺すな、それは餌だから」
!?」

何事もなかったように飄々と話すリーダーはユラを覗きこむと、口の端を歪ませた。。

「ユラお前は知国のフェルナンド王子と親しいらしいじゃないか?」
まさ、か!」
「慈悲深い王子様が、知り合いを見殺しにするわけないからな!」

リーダーが高々と声をだして笑うと同時に、ユラは無理矢理立たされた。
反乱兵の一人が剣を抜き、ユラの胸に付きつける。

「だから、ユエ殿が一緒でなくとも快く仲間に入れた。だから私と共にここに連れてきた!

お前は最初から、フェルナンド王子を誘き寄せる餌になってもらう手筈だったのさ!」

リーダーの高笑いが城前に響き渡った。



「この!卑怯者が!」
「卑怯?はっはっはっ今の自分の状況が分かってないみたいだな?」

ユラの胸に少し剣が食い込む。
まだ体には触れていないが、服は破れた。

「くっ
「女ってのは難儀だなぁちょっとでも素肌を晒すことを本能的に嫌がる
ふ、ふざけるな!」
ふん」

リーダーは兵士から剣を取り上げると、ユラの頬を切った。

地面に一滴、鮮血が零れる。
ユラは顔を歪めた。

「っ
「お前は、本当に分かっていないいや?分からない位バカなのか」

リーダーは剣についたユラの血を指で拭うと、その指で服の破けた部分をさらに裂いた。

「女ってのは黙って私達に足を開いて媚びていればいいんだよお前も、良く見れば可愛いから、な」
「こやめっ

もがこうと体を揺らすが、ビクともしない。
これでも日々体は鍛えている。
だから男にも負けない自信はあったしかし

「くそっ!大勢で!」
「はっはっはっ手段を選んでいる場合ではないのだよ。さて遊びはそろそろ終わりにして餌を放とうか」

リーダーは静かに言うと、顎で指示をだした。

ユラは無理矢理に前へ押し出され、腕を掴む力がさらに強まった。
苦痛に顔をしかめると、眼前に剣が晒される。

リーダーはユラの首に剣を当てると、叫んだ。

「聞こえているんだろ!?出てこなければ、コノ娘を殺す!」
あいつが出てくるわけ!」
「こちらはどちらでもいい!これを殺したところで、城を、お前らを殺すのには変わりはない!ただ出てくれば、これの命は助けてやる!」

そこまで叫ぶと、城前は静寂に包まれた。
門には誰も現れない。

散った葉が足元を騒がしく過ぎ去っていく。
空には、普段飛んでいる鳥さえいない。


ほらな」

ユラは笑った。

「あいつが出てくるわけないだろ!?あいつは、あいつは俺なんかいつも、帰れって

渋いモノでも食べたような顔でいつも
『また来たのか』と言う。
『帰れ』と言う。
『騒がしい』と言う。

でも、

いつもテーブルには二人分の紅茶と昼食が用意されていた。


「あいつは、俺が勘違いしてるって、知っていたからいつもいつも帰れって」


ユラは瞳に湧く熱いモノを抑えた。
その横でリーダーは舌打ちをする。

兵士が小声で何か言っている。
すると周りも頷いた。
リーダーも溜息混じりに

剣を構えた。




「ユラを離してもらおうか」

刹那、辺りに通りのいい声が響いた。

一同は城の門に注目する。


整った薄い金色の髪に、水のように透き通った瞳。
すらりと細い体に合う、青い正装。

「フェルナンド!」「王子、お待ちください!!」

背後から呼び止められようと、青年、フェルナンドの足は止まらなかった。

門をくぐり、颯爽と兵士達の前に立つ。

フェルナンドは鋭い瞳でもう一度言った。

「ユラを離してもらおうか」


ユラは目を見開いた。

何故、フェルナンドがここに出てきたのか?
出てきたら最後殺されてしまう。

否、フェルナンドの事だ
何か作戦があってのことだろうか?


「やっと、出てきたかフェルナンド王子」

リーダーは口の端を歪めながら、フェルナンドに歩み寄る。

「待ちくたびれましたよ?全く」
前置きは結構。ユラを開放してもらおうか?」
「随分と御熱心だ」

笑みは崩さず、リーダーが手で合図するとフェルナンドは後ろ手に縄をかけられた。

後方では、手出しが出来ずに手をこまねく知城の各人がいる。
反乱軍の兵の多さに、敵わないと分かっているのだろう。
だから、手が出せない。


フェルナンドが捕らわれると、ユラも縄で縛られ地面に倒されてしまった。
まだ完全には解放をしてくれないようである

ユラはそれでも顔だけを起こし、フェルナンドに叫んだ。

「何か、考えがあるんだろ!?助かるような、作戦が
あるわけなかろう」
……!?、じゃあ、なんで出てきたんだよ!?いつもはちゃんとしてるだろ!」
「そうだな。私らしくもないなだが」

フェルナンドは微かに微笑むと、ユラと視線を重ねた。

「ユラ」

「男は、大事な者を

好きな娘を

死んでも守らなければならないもの、らしいぞ」


言い終わるが早いか、後ろから押されるのが早いか

フェルナンドは兵士によって城前の広場の中心へと連れて行かれてしまった。


ユラはその後ろ姿が見えなくなると同時に


「フェルナンドーーーーー!!!!」


空気を切り裂くような叫び声をあげた━━



○○○

五つ国、武国ホド。
武力と守護を司る国。

つい先ほどまで夕日が街を照らしていたが、
今は星と月が身を明るくしている。

しかし国の中心に位置する武の城は、それよりも赤々と染まっていた。
ユラユラと赤い松明が揺れ、歴代の時代に多くの反乱を耐え抜きし、その城は再び

「城の周りの反乱兵━約400!」

その戦乱に巻き込まれようとしていた。



門を破られるのは時間の問題だろう
「はっ随分と集めたもんだな」

偵察兵の報告に武王、レオが眉を顰めると、隣の王子、ザードも吐き捨てるように呟いた。


六年前と同様の反乱が起きたと気付いて、半刻
反乱兵は五つの国全てに散らばったようだ。
すでに城は多くの反乱兵に囲まれ、他国へ向かう事も難しい。

400先鋭された城の者達、そして我等王と王子の力を使い、全てを殺す事はたやすいだろう。

だが

「行かんのか?ザード?」
……けっ」

ザードはマントを翻し、レオに背を向けた。
空に薄く出始めた星々と、揺れる松明の火に彼の髪が鈍く反射する。

ザードは外の反乱兵達に向かう事を『とめた』

いつもの彼ならば、先陣を切って斬りに行くだろう。
しかし、今回はそれを良しとしなかった。


このまま手をこまねいていたら、いずれ城内に侵入され、こちらが追い込まれてしまう。
ザードもそれは百の承知のはずだ。


レオはザードの横顔を眺める。
目を細め、城の入口を見つめる姿は、何かを心に決めた事があると示しているようだった。

その瞬間、ザードは目を見開いた。
レオもそちらに視線を移すと、

「ザード様!」
って、中にいろって言ったただろ、アホ!」

城内から走る娘アテナが飛び出してきた。


アテナは胸にとびこむように、駆け寄ると、ザードを見上げた。

「ザード様
「隠れてろってい
「すみません!でも、でも、私

瞳がうるりと滲むと、アテナの身がフルリと震えた。

「窓から、外見てたくさん、兵士さんがいてザード様
……
「死なないでください

アテナの瞳から、とうとう涙がぽろぽろ流れ出した。

「ザード様は、昔から命を狙われているって知っています。だから、こんな風に沢山の人が来て……皆さんが争って殺し合うって知っています。でも、でも私には分かりません!どうして、傷つけあわなくちゃいけないんですか!?」

アテナはボロボロと泣きながら、ザードの胸に額を押しつけた。

城門の反乱兵達が何かを叫んでいる。
しかし、この場は不思議とか細いアテナの声だけが響いていた。

「ザード様が何か悪い事をしたんですか?王様、という身分はそんなに良いものですか?武国の人達は、皆を守る事が、お仕事なのにどうして、争わなくちゃいけないんですか?傷付かなくちゃいけないんですか?」
……
「王子じゃなくても、弱くても、どんなザード様でもザード様自身が好きなんです。凄く苦しんで、皆が大好きで、心配症なザード様がだから

誰も、死なないでください」



ちっ」

ザードは舌打ちした。
しかし、それは自分に対してのようだ。

アテナの顎をツイッと軽く持ち上げると、ザードは溢れる涙をガシガシとぬぐってやった。

「泣くなよ、バカ」
「だ、だってですね」
「俺が、死ぬわけねぇだろ」


レオは一歩後ずさった。
ザードの目配せに気付いたからだ。
言葉を交わさずとも、行動で示す。

『上で号令を下すのは、お前に任せる』と。

その瞬間、ザードはアテナを抱えて、少し高い台になった、簡易壇上木箱がいくつか並べられた台へ駆けあがった。


木箱と言っても、体感すると意外に高い。
そこに集まる城兵の顔が全員見渡すことが出来る。
戦場に出る際は、いつもここでレオが号令を出す。

ザードは一度、一同を見渡してから、息を吸った。


「命を簡単に奪う奴はただの殺戮者だ!」

ザードの最初の言葉に、兵士達は騒ぎもせずに聞き入った。

その瞳はいつものおどけた様子はなく、主君に従う、忠実なる騎士の瞳である。

ザードは続けた。

「俺達は、殺すのが使命じゃねぇ『大切なモノを守る』のが使命だ」

少し間を置き、視線を移すと、胸の中でアテナがこちらを見つめていた。
琥珀色の大きな瞳、そして長く絹糸のような濃い青の髪
ザードはアテナの細い腰を改めて抱きなおした。

誰にだって、譲れねぇ何かがあるはずだ。死んで悲しむ奴だっている。こいつみたいになそれは相手だって同じ。何かの為に戦ってんだ。
だから、俺から言う事は一つ!
死ぬな!そして、殺すな!
自分の大事な物の為に、絶対だ!

俺達が、負けるはずねぇ。なんたって

戦の女神がついてるんだからなぁ!」

その瞬間、兵士達は一斉に自らの武器を掲げ、雄たけびを上げた。
外の反乱兵よりも遥かに数が少ないにもかかわらず、その場には地響きが響く。

レオはゆっくりと目を伏せ、微笑んだ。



「ザード様

アテナはゆっくりとザードに話しかけた。

「女神様が?」
「んだよ?自分の名前も忘れたのか?」

ザードが顔を覗き込むと、アテナはハッとしたように顔を赤らめた。

そう、『アテナ』は大事な名前。
ザードが付けてくれた、とても愛しい名前。

「お前は城で大人しく俺を待ってろ。ま、ついでに他の奴らもな誰かが待っててくれるってのは、良いもんだしな」

ザードは最後の言葉をポツリと小さく呟くと、アテナと軽くキスを交わした。
一瞬の事で、アテナが再び顔を赤らめる頃にはザードが門の前まで走り去っていた。



「敵はたかが400だ!一気に攻めるぞ!俺様に付いてきやがれ!」
考えもなく突っ込むな。相手も素人ではない、油断は禁物だ」

門が開く瞬間に、ザードの前にレオが立ち、振り返った。

しかし、一瞬一同を見渡すと何も言わずに正面へと向き直る。


門が

開かれた。




目前には、400もの反乱兵が立ちふさがっていた。
城兵達、反乱兵は同時に武器を構える。

ザードは叫んだ。

「武の国ホドの名において反逆する全てを滅する!」

先頭の反乱兵は応えるように叫ぶ。

「腐った奴等が!全員殺すまで引かん!」


城前の広場は戦士達の咆哮で埋め尽くされた瞬間、武器同士がぶつかり合った。



━━音が違う

ザードはここの反乱兵を率いているリーダーに剣を振り下ろすが、予想通りにそれを容易く防がれた。
これは牽制。
だから、防がれるのは想定内だが、

「ふふっ気付いたか、小僧!」

リーダーはザードの顔色を読み取り、ニヤリと笑った。

「この剣は、特別製でなこの軽さ、この純銀の輝き、そしてこの美しい装飾そこらの武器とはワケが違う!」
ちっ、通りで!」

ザードが感じたのは、まさにそこだ。

通常、剣武具同士がぶつかり合うと、鈍い銀や金物の音がするはずだ。
だが、今重なり合った時の音はまるで中身のない薄い鉄の箱を叩いたようだ。
しかし、明かに不自然な音がするにもかかわらず、ヒビも入らない。

どう言う事だ━━!?


「はっはっはっ!本当に、工の特に王子は協力的だよ!わざわざ、こんなに素晴らしい武器を、全員分作ってくれるんだからな!」
「!?まさか!」
「御名答!そう、これはヒサギ王子の作品!

『これで他の奴らを殺せばいい』

そう言っていた!後で自分がこれで殺されるのも知らず!」

反乱兵リーダーの高笑いとは対照的に、ザードは苦虫を潰したように、渋くなった。

あのヒサギが。
六年前にも後悔して、大泣きしたあの


否、

ザードは剣を握り直した。

知ったこっちゃねぇな
「はっ、開き直りか?」
「アイツが、反乱に手を貸そうとなかろうと
反乱を止めて、ヒサギをブン殴れば良いんだからな!」


ザードは言い終わる前に、地面を蹴った。
少し助走を付け、思い切りジャンプをする。

ザードお得意の空中からの奇襲。

全体重を剣に乗せ、相手に斬りかかる。
そのスピードに、相手は防御するしか手はない。
だが、防御したところでその勢いに負け、地面に叩きつけられる。

━━そのはずだった。

鉄と鉄が重なり合う音が響く。
次の瞬間には、相手が地面に倒れなかった。

リーダーはザードの最強技を、何とその軽い剣で防ぎきったのだった。


「はははははは!素晴らしい!」

リーダーは何度目かの高笑いを上げた。

「あの王子の攻撃を防げるとはこの剣は最高の作品ではないか!」

ザードは油断せずに、剣を構え直した、が、内心動揺を隠せなかった。

自分のあの攻撃が防がれる事など、今までに父親位しかできなかった。
なのにあのヒサギはとんでもない武器を作ったものだ。
『本気で』人殺しの武具を作ったのではないか!?

ザードの額から汗が零れた。




んぬ?」

その時、リーダーは手元の異変に気付いた。
カタカタと武器が揺れている。
自分の腕ではない。
剣自体が揺れている。

この異変に目を細めた
刹那、

「なっ!?」
「!?」

剣、それだけではない。
周りで戦う反乱兵達の武器、防具全てが

粉々に崩れ落ちた。



「な、なんだぁ!?」

反乱兵の一人が、鎧の剥がれ落ちた部分胸を押さえながら、思わず、すっとんきょうな声を上げた。

一人だけではない。

反乱兵全員が、突然砕けた武具に目を丸くし、うろたえている。


「━何をしている!今だ!」

ポカンと何が起きたか理解しきれていないザードは後方からレオに怒鳴られると、ハッと気が付いた。

武具が突然壊れた。一斉に。
理屈は分からない。
分からないがようするに━

「もう、抵抗できねぇって事だろ!っしゃ、捕まえろ!」

ザードがビシリと反乱兵達を指指すと、城兵一同は気合の入った声をあげた。



後は、まるで食卓の肉料理を平らげるように、容易く事が進んだ。
多少、逃亡しようとした者もいたが、何とか反乱兵全員の身柄を確保することに成功した。

さすがに怪我人はいるが、死者はなし。

完全に武国、王族側の勝利である。



「ザード」

レオに呼ばれ、反乱兵一人一人の身元等を確認していたザードは振り返る。
すると目前に折れた剣が飛び込んできた。
どうやら、レオが投げたらしい。
ザードは反射的にそれを受け取ると、その剣の軽さに目を丸くした。
そして、折れた部分を見て、さらに驚き、

笑った。

「反乱分子が使っていた物は、全てこれのようだ」
「はっ随分と粋な事してくれるじゃねぇかあの垂れ目チビ」


ザードの手には折れた剣がある。
ポッキリ折れた部分を覗くと、中が空洞になっていた。
道理で軽いわけである。
しかし、過剰な装飾によりその強度は絶妙に調節されていたようだ。

柄の部分に工王族の紋章が刻まれている。

普通に考えれば、こんな滅茶苦茶な武具などすぐに仕掛けがばれてしまうだろう。
だが、反乱で使われるまで、気付かれなかった。
そして、それがザードの攻撃さえ一度防いでしまった。

こんなバカな物を、この日の為に

ヒサギは『本気で』作りあげてしまったようだ。



○○○

五つ国全体が反乱で騒然としている。

しかし、工国コクマーの武具生成場は『別の意味』で大騒ぎになっていた。

外は夕日の赤い光で染められている。
だが、工場内はそれよりも赤く、そして熱い。
そこでは鍛冶師達が休まず、大汗をかいて動き回っていた。

男達の手では過度な装飾の剣や鎧、盾等が鍛えられている。
入口から「追加!」と言いながら飛び込んでくる男もいる。

作業する男達を尻目に、工場内の片隅で束になった紙を凝視している青年がいた。

工国王子、ヒサギである。
さすがに熱いのか、上着を脱ぎ、汗もポタリと垂らしている。
しかしそんな事も気にせずに、紙を見つめ続けていた。

ヒサギの見ている紙は、武具の設計図。
何度も書き直された跡がある。
しかし、ヒサギはその設計図をぐしゃりと潰すと、新たな紙に再びペンを走らせ始めた。


「ヒサギ様!」
なんだよ!?」

鍛冶師の一人がヒサギに歩み寄る。
そして大声で声をかける。
工場内は騒音が酷く、大声でないと聞こえないのだ。
その声掛けにヒサギは紙から目を離さず、返事をした。

「新しい材が届きやしたよ!」

ヒサギは手を止まると、顔を上げ、

ニヤリと笑った。



「これで国内のクズ鉄は全部です」
「ああ、御苦労」

採掘作業員らしき男の持ってきた大きな荷物を見上げ、ヒサギは目を細めた。

中身は『クズ鉄』だ。
ここ一週間、国内の使えないクズ鉄は全てこの工場で武具に作り変えてきた。
もちろん、クズ鉄が原料なのだから、まともな武具が作れるはずもない。
強度は玩具程度、本物の剣ではありえない軽さになってしまう。
だが、それを隠すために、設計図も毎日デザインを変えてカモフラージュした。


今から一週間前
突然武国から武具の発注がきた。
一つや二つではない。
途方もない、終わりのない
『一週間作れるだけの数』という奇妙な注文だ。

それが王族からの注文ならまだ分かる。
だが、それは、一般の兵からだった。

そこでもう、武具が何のために注文したか理解できる。
それに、注文してきた兵士がチラチラと剣を見せていたから

反乱で確定だ。

どうせ断ろうものなら、六年前と同じようにまた人質でもとって脅すのだろう。卑怯だ。
だから、『喜んで』引き受けた。
だが、今回は王が指揮を執るのではない。

王子ヒサギ自分が全ての指揮を執る事にした。

あいつらに、六年前の恩返しをしてやろう。
最高の武具を作ってやろう。

有意義な、
反乱失敗を贈らせて頂こう。



「ま、そのせいでこっちは赤字だけどな」

ヒサギの後方から軽い声がかけられた。
振りかえると、こちらへ歩み寄る父工王ヒイラギが見えた。

ヒサギは答えずに、再びクズ鉄を見上げた。


クズ鉄で作られた武具の強度を調節するために過剰な装飾を施す良い考えだが、普通に作るよりも金と手間がかかる。分かってんのか?」
「分かってるから、こんな馬鹿な事をやるんだよ」
「はんっ本物の馬鹿だな」

口では厳しく言うが、ヒイラギは笑っていた。

確かに無謀な作戦である。
だが、嫌いじゃない。


今回、武具の製作を言われた時、ヒサギが真っ先に『やりたい』と申し出てきた。
驚いた。がその顔はすでに子供ではなかった。

この前まで泣きながら自分にすがり寄って来ていたのに子供の成長は早い。


だが、そろそろ反乱兵の馬鹿共だって気付く頃だぞ。この子供騙しに」
だな」

反乱が開始されてから、数刻。
それぞれの国に着き、準備をして襲いかかるまでに時間は違うが、どこかの国の反乱はさすがに始まっているだろう
戦いで、この玩具のような武具が耐えられるのは僅かな時間。
激しく揺らすだけでも、壊れる可能性がある。
特に武国内の反乱で一分耐えられたら良い方だ。
ザードの攻撃は一応考えて設計したのだが

とにかく、すでにどこかではバレているはずだ。

"工が裏切った"と。

武と農はともかく、他の創知の兵士が反乱兵を止められる可能性は低い。
そうとなると、こちらに裏切りの報復として攻め入ってくるだろう。

そろそろ、防衛の準備をしといた方が良いかもしれない。


「ヒイラギ様!ヒサギ様!」

ヒサギが動きだそうとした瞬間、工場内の扉から城の兵士が転がり込んできた。
息が荒くキチンと喋れていないが、その表情からただ事ではないと読み取れた。

ヒサギは舌打ちし、ヒイラギは兵士に歩み寄り、視線を鋭くした。

「━報告しろ」
「はぁ、はぁはい!

農との国境付近に、たくさん、大体、約150の反乱兵を、確認しました!」

兵士の言葉に、工場内は騒然となった。
しかし、すぐに作業は再開される。

自分達は、ひたすら打ち続けるしかない。
それが、自分達の『役割』だ。


「すぐに国境へ向かう!行くぞ、ヒサギ!」
「言われなくても!」

走り出したヒイラギを追いながら、ヒサギの脳裏に一つの顔が横切った。


農からの兵。
彼女は

エレンは、無事なのだろうか



○○○

夕日が沈み、月がうっすらと輝き始める頃、農国との国境付近には、報告通り大勢の反乱兵がひしめき合っていた。

しかし、武器を手にしていないのはもちろん、何故かこちらに襲いかかっても来ない。

ヒイラギとヒサギが駆け付けた時には、拍手も起きたくらいだ。
ワケが分からない。


「工王、王子とお見受けする!」

怪訝そうに、眉間に皺を寄せる二人の前に、背の高いがっしり筋肉質の兵士が歩み寄ってきた。
口調からして暑苦しいが、やはり敵意は感じられない。

ヒイラギは気を取り直し、頷いた。

如何にも、俺私が工国コクマーが王、ヒイラギだ。お前は、どう見ても武国の反乱兵だな聞くまでもないとは思うが、何をしにここまできた?」

いつもよりも低く、そしてキツい声を聞きながらヒサギは密かにコートの下の武器へ手を伸ばした。
『聞くまでもない』とは実に皮肉に満ちた言葉だ。

反乱兵、否、武国の戦士の出来る事など『戦う事』のみ。
武力でしか、物事の解決を知らない、脳筋馬鹿だ。
だから、反乱が起こる。
だから、アイツも自らを傷付けてまで戦うのだ。

誰も、誰かが傷付く事なんか望んでいない。

王や国が悪いのではない。
傷付ける武器が悪いのではない。

大切なものの護り方に気付けない、愚か者が悪いのだ。

かつての自分のように



「手厳しい言葉ですな」

ヒサギが目を細めると、反乱兵が笑った。
この緊迫した空気が分かっていないように。

「確かに、我等は反乱を起こそうと、しました」
「しました?」

兵士は頷き、何かの合図をすると、後方の数人が前に出て袋の紐を解いた。

中からは

笹の葉に包まれた大量のおにぎりが出てきた。


なんだこれ?」

ヒサギは思わず気の抜けた声を出してしまった。
否、その場にいた工兵も目が点になっている。
もちろんヒイラギもだ。

反乱兵は大きく笑った。

「良い反応ですな!これだけではただの握り飯だしな!はっはっはっ!」
「これと今の会話に何の関係がある?」
我等は、武国の民は、飢えています」

今まで明るいトーンだつた反乱兵士の声が、急に低く、静かになった。
それと同時に、後方の兵も俯いた。

「日々、食べる物もなく働くにも飢えで体力がない。我等男は、まだ良い。女子供年寄りは動く事も出来ない位なのです。
だから、反乱に参加した者の大半は、食料の為に武器を取ったのです」


知っている。武国は昔から貧しい国だ。
あのザードでさえ、食べる物がなく倒れた事がある。

だから、六年前の反乱の時に農国は食料略奪という甚大な被害を受けたのだ。
あの時は国の半分以上の作物はなくなった、と聞いた。

その位、武国の飢えは酷いのだ。


「我等は、農国に食料を奪いに行きました。以前の反乱では、抵抗もなく簡単に奪えたのでしかし、今回は違いました」
抵抗されたのか?」]
「そうですな抵抗、いえ、気付かされたのです」

反乱兵は一瞬目を伏せると、懐から一枚の紙を取り出した。
そして、ヒサギに向かって差し出した。

「これを、渡してくれと」
?」
「我らの前に立ちふさがった青年あと、この握り飯をくれた女性が、ヒサギ王子に渡してくれと言っていました」

ヒサギは差し出された紙を受け取り目を落とす。

カサリと風に揺らされると甘酸っぱい気持ちが込み上げてくるような気がした。



○○○

「死にたくなけりゃ、人間は城にでも引っ込んで祈ってな!」

農国イエソドの反乱進行は、一人の農民がかけられた言葉で始まった。


農国担当の反乱兵はいち早く、行動を開始した。

数人の兵を先に送り、国民達を城へと追い込む。
略奪をスムーズに、そしてゆっくりと食す為に邪魔な人間は閉じ込めるのだ。

別に反乱とは言ったものの、無駄に人を殺したいわけではない。
ただ、食料が手に入ればいいのだ。
農国民だって、無駄に抵抗して命を落としたくはないだろう。
むしろ国民を殺しては、この先の作物が収穫できない事態になる。
だから、農国民を下手に殺せない。

本隊が来るまで、先に来た兵士は待機する。
先に獲物に手を付けては、後で他の者に何を言われるか分からない。

とにかく、
あと少しで腹いっぱいの食糧が手に入るのだ━!




城の窓から、反乱兵の笑みが見える。
ちょうど、六年前にも同じ光景を見た。

城の中にも兵士が侵入してきた。
そこで、
肉を捌き、焼き、酒を飲み、嬉しそうに歌っていた。

子ヤギの肉は、柔らかくて美味しいそうだ。

そう笑いながら、兵士は脅えた瞳をした、産まれたばかりの子ヤギの首を掴んでいた。

その瞳を見ないように、
その声を聞かないように、
目と耳を押さえた。


「サルゴン兄ちゃん

サルゴンは服の裾を引っ張られ、ハッと我に戻った。
ゆっくりと下を見ると、泣きそうな顔をした子供ライラがこちらを見上げていた。

どうしたけ、ライラ?」
「どうして、外に出ちゃいけんの?」
……今な、危ないけぇ。仕方ないべよ」

サルゴンはしゃがみ、ライラの頭を撫でると、今度は背中に何者かが抱きついて来た。

「危ないんは、もっとダメじゃき!」
「ととっリック、どうし
「子ヤギ迎えに行かんと!」

サルゴンに抱きついて来た少年、リックは、ポカポカと腕を振り回しながら叫んだ。

「この前ライラんちで生まれたんじゃ!子ヤギ!サル兄も見たじゃろ!?」
「ん、あーうん」
「ライラな、お母ちゃんに言われてな、ここに来たんよ。でもな、もう子ヤギにお乳やる時間なんよ」
「危ないんじゃろ!?子ヤギ連れて来んと!」

両脇から話されたサルゴンは少し苦笑を浮かべた。
しかし、すぐにその表情は曇った。

父ラルゴがこちらを見ている。
その瞳は開かれ、見る、というよりも睨まれていると感じてしまう。


六年前もそうだった。
目を逸らした自分を、父は何も言わずに見つめていた。
あの時、何が言いたかったのかそれは今でも分からない。
だから今、目の前の父の心中も分かるわけがない。

責めているわけではない。
咎めているわけでもない。

ただ、
『どうするのか見ていた』だけなのかもしれない。


自分は長年、物心ついた時から家畜の出荷を目の前で見ていた。
ある時は加工も見た。
そのまま連れて行かれる時もあるし、病気で生きたまま埋められる時もあった。

家畜だって、野菜や果物と同じ。
熟せば人に食べられる為に、殺される。
それが当り前だし、

仕方のないことだ。


「今外には怖い人が沢山いるけぇ」

サルゴンはライラとリックの肩に手をポンと乗せると、静かに言った。

「怖い人はな、お腹、空いてるけ。んだから

その瞬間、胸の奥がチクリと痛み、言葉が続けられなかった。



先日、シルヴィーは測りを持ってきた。
何に使うのかと思えば、ビビの大きさを調べるとのこと。

どうやら、他の雛より成長の遅いビビを心配して、成長日誌を書き始めたようである。
それには、何とも言えぬ絵と共に、事細かく成長記録が書かれていた。

シルヴィーはビビが大きくなるたびに喜び、ビビもシルヴィーが笑うたびに嬉しそうに鳴いた。


春先には、様々な作物の種を植える。
近年は気候も安定して、豊作が続き、五つ国の食料事情も豊かになってきた。
作物が大きく、沢山実るたび、とても嬉しくなった。
一緒に畑を耕した牛のゴンも満足そうに、それを眺めていた。



「サルゴン兄ちゃん?」

急に黙ったサルゴンに、ライラは首を傾げた。
リックも不安そうに彼を見つめている。

サルゴンは二人の視線にゆっくりと微笑むと、立ち上がった。

「二人は子ヤギの事、大事?」
「?当り前じゃき!」「うん!」
「でもな、外には怖い人が沢山いるけ。もし見つかったら、殺されるっぺ」
「うでも、でも!」「ライラ怖くない!」

少し後退りしたリックを尻目に、ライラはサルゴンに詰め寄り、真剣な瞳で見上げた。

「子ヤギはな、ライラの、妹やねん!だから、お世話しないけんの!助けないけんの!」

ライラの声が城内に反響する。
その力強さとは反対に、彼女の瞳には涙が溢れてきた。

子供心にも、今から動物達がどうなるかなんとなく理解しているらしい。
しかし、それを振り払って叫んでいる。
『助けたい。死んじゃいやだ。でも行けない』
その感情が涙で零れていた。

ライラ」
「俺も、怖くない!だから、助けに、行く」
「リック

二人は声を殺して泣き始めた。
ポタリと床に涙がいくつもの染みを作る。

サルゴンは目を細めた。


「オラは怖いけぇ」


ハッとライラとリックが顔を上げると、サルゴンは出入り口の扉へと足を進めていた。
その場にいた全員がざわりと慌てた。

「サルゴン、止めとき。お前が無駄死にしたら、わて等も死ぬんや」

騒然となる場で、王ラルゴのみが静かにサルゴンへと話しかけた。
その静かさが逆に威圧感を与える。

サルゴンは

「仕方ないべよ」

へにゃりと、いつもの笑みをラルゴに向けた。


予想外の笑顔を向けられたラルゴは、思わず眉をひそめた。
それを無視して、サルゴンは続ける。

「オラが出ててって、それで死ぬんは、仕方ないけ。

でもな、大事な動物達や、丹精込めて育てた作物が荒らされるんは仕方なくないべよ」


騒然とした場は、最後の一言でシンと静まりかえった。

サルゴンは扉の前で一同を見回す。

「オラは今まで『大事』とかよく分かんなかったんだけど、それは、物凄く近くにあったんやって今更気付いてん。
上手く言えんけど、オラにとっては、ぜーんぶ大事だべよ。ここにいる皆も、家族も、動物達も、作物も、森も、大地も全部オラの大事なもんだ。

大事なもんが目の前でとられるんは凄く、嫌だ」

サルゴンは一旦そこで言葉を切ると、ゆっくりとライラとリックへと視線を移した。

涙は止まったものの、二人はまだ辛そうな顔をしている。
サルゴンは微笑んだ。

「死ぬんは、オラも怖い。怖いけどそれでもやらんといけん事もあるんよ」


以前━
シルヴィーに言った言葉がある。
『誰でも体験した事がない初めての事は怖い』
悩むシルヴィーにかけた言葉だが、

それは自分自身に言っていたのかもしれない。

変わる事はどうしようもなく、怖い。
自分は今までずっと目を逸らしててきたのだ。

しかし、シルヴィーは違った。
怖くとも、どうなろうとも、必死になって自分の元へやって来てくれた。
小さな体で、飛ぼうとした。

初めて見た時から一目惚れしていたが、あの姿を見て、シルヴィーがもっと好きになった。

しかし、本当の臆病で変わろうとしない自分を見て、シルヴィーはどう思うだろうか?
やはり見損なうか
そんなのはやはり、男として、シルヴィーの……恋人として、許されない。

彼女からは、沢山の事を教えられた。
大切なものを知った。
勇気を貰った。



「だから」

サルゴンは扉に手をかけ、一気に開け放った。

「オラは、譲れねぇ大事なもんを守る。皆の分も、全部!……シルヴィーにもカッコいいって言ってもらいたいし、な」

最後の言葉はボソリと言い、反乱兵の元へと走り出した。



武国からの反乱軍、本隊が農国へと到着した。
しかし、前進は出来ずに全員が立ち止まっている。

農担当の反乱兵リーダーは一歩前に出ると、低く声を出した。

「おい、兄さんそこ、どいてくれないか?死にたくはないだろう?」
駄目や」

兵の前には一人の青年が立っている。

特徴的な薄紫の髪に、深緑の瞳。
まだ少し高い夕日に照らされ、鈍く輝いている。

リーダーは溜息交じりに笑った。

農国次期王、サルゴン殿とお見受けするがここの王子は、命を無下にするような愚か者だったのか?」

後ろの兵士が笑う。
中には武器をちらりと見せて、煽る。

前に立つ青年、サルゴンは表情を変えぬまま反乱兵を見つめた。


兵の数はザッと見ても、100は超えている。
抵抗しても、敵うはずがないだろう。

だが、この数で国の食料否、自分の家族を荒らされ殺されるとなれば五つ国全てが、この先飢えで苦しむ事になるだろう。

もちろん、この兵達も、一時は満たされるだろうだが

「引いてくれねか?」
「ん?」
「オラはあんたらと戦いたくね」

サルゴンは静かに言う。
反乱兵達の間に一瞬の沈黙が流れた。

しかし、

「ぷっ

それはすぐに、解けてしまった。

「あっはっはっはっ!戦いたくない?!なら、城の中で大人しくしていればいいんだ!」

反乱兵は一斉に武器を抜いた。
その瞳は、狂気に満ちている。
口元は歪み、笑っている。

サルゴンは眉をひそめた。

「我等が戦わねば、皆が死ぬ!飢えと飢えと飢えで!皆が、腹を空かせているんだ!」
「それは分かってるけ!でも!」
「煩い!飢えも知らないお前に何が分かる!?━退かんなら、殺す!首を晒してやるわ!」

武器を高々と掲げ、兵は雄たけびを上げた。

もう説得は無理なのか━━

サルゴンは一歩後ろへと後ずさった。


刹那、


「自分の言い分しか言えん奴が本当の愚か者ちゅーんや」
「!?」

兵士の視線がサルゴンの後方へ注がれる。
サルゴンも、後ろを振り返った。

そこには
城に逃げ込んでいた国民達が、王ラルゴを先頭に立っていた。

数は反乱兵より少ないがその気迫は同等かそれ以上に感じられる。

「おっ父どうして?」
ま、皆同じちゅー事や」

ラルゴが笑うと、後ろの国民がクワを掲げ、叫んだ。

「オラんとこのベコを食われてたまるかい!」
「わ、わしゃあ!70年も!米を育ててるんじゃあ!家族同然なんじゃあ!」
「後少しでリンゴの収穫じゃ!盗られるのを黙って見てるわけにはいかんぜよ!」


「皆

サルゴンが一瞬震えると、ラルゴがその横まで歩み寄り、反乱兵から視線をはなさず口を開いた。

「見ての通りや。皆、大事なもんを盗られたくないんよ。
……奪おうとすんなら来るとええ。でもな、ただじゃここは通らせへん」

ラルゴはにやりと笑った。


いつもならば、すでに仕事を終わらせた民達が家路をのんびり歩いている頃だろう。

しかし今は、屈強な反乱兵軍と地味な農民達が対峙している。
夕日に照らされた、その状況は異様の他に言葉が出てこない。

反乱兵のリーダーは舌打ちした。

俺達に敵うわけもないのに馬鹿な奴らだ」

リーダーは剣を構える。

「馬鹿?ああ、馬鹿かもしれん」

農民の先頭に立つサルゴンは目を細めた。

「敵うはずないのは、分かっているけ。でもそっちが引かん限り、オラ達も退くわけにはいけんのや

この国の命は、皆の命だ。おめらだけが独り占めして良いもんじゃないべ……もう黙って見てるオラ達じゃね

農民をナメんじゃね!」


後方から農民達の掛け声が響き渡ると同時に、反乱兵も武器を掲げて走り出した。



サルゴンは足元のクワを拾い上げ、向かってくる反乱兵の剣を防いだ。
滑るようにそれをあしらうと、柄の部分で相手のみぞおちを突く。

多少ならば、いつも食べ物をたかりに来るザいやいや、友人で鍛えられている。
他の民もそうだ。
普段は農作業で使われている体力と馬鹿力で次々と反乱兵の武器を破壊していく。


武器が壊れる?


「どーやら、相手さんの武器には細工があるようやな」

ラルゴはどこから拾ったのか、相手の持っていたと思われる、派手な剣をサルゴンの横でボキリと折った。
道具は使っていない。手二本でだ。

サルゴンは頷き、笑う。

「素敵な細工だへ。作った人の顔が、見てみたいけぇ!」

向かい来る反乱兵の脆い武器を蹴りで破壊しつつ、サルゴンは工国の方角をチラリと見た。


農民と反乱兵がぶつかり合って、数十分
勝敗はあっさりと農国民の勝利に終わった。

勝負にさえならなかっただろう。
反乱兵の武器があまりにも脆く、飢えで弱った体では、隠れムキムキの農民に体術も効かない。

城の前には、縄で縛られた反乱兵全員がうなだれていた。


「うっし、ここに来た反乱兵はこれで全員だろ。骨が折れそうだけど知国へ連行してくるよ」
「よろしくな、デューン」

ラルゴに名前を呼ばれた青年デューンは「あいよ」と返事をした。

知国はどうなっているのか
それは分からないが、とにかく農は守れた。
前回のように残党兵もいないだろう。

デューンはホッと溜息を吐いた。



ちくしょうちくしょう

反乱兵の集団の中で、サルゴンは一人俯き泣いている男を見つけた。

リーダーだ。

先程までは、静かにしていたのだが
周りの兵士達も、俯き、苦い顔をしている。


なぁ、だいじ?」

見かねて、サルゴンは声をかけた。
全く大丈夫に見えないし、空気を読まない問いだが他に言葉が見つからない。

自分でも、場違いな言葉に歯がゆくなった。


これで、俺の家族は死んだ」

サルゴンの焦る姿を見ずに、リーダーは絞り出すように呟いた。

「子供達もかみさんももう一週間まともに食ってない……もう、限界だったんだ。
それに、それにお前らは反乱に手を貸した俺達を処罰するんだろ!?家族も、皆、罪人として国から、追い出すんだろ

リーダーはそこまで言うと、喉に何かを詰まらせたように、むせた。
涙を地面に落とし、家族に詫びる。

周りも耐えきれずに、泣いた。


誰にも、大事なものがある。
もちろん、この反乱兵達にも

サルゴンは言い表せない胸の痛みに目を逸らした。


「あの

その時、サルゴンの横をゆっくりと通り過ぎる影があった。
一瞬、目で追いかけられなかったが、後ろ姿ですぐに誰かは判断できた。

さらさらとなびく茶色の髪に、スタイルの良い体のライン。

まるで目が見えているかのように、兵士リーダーに歩み寄ると、盲目の美女、エレンはしゃがんで手に持つ物を差し出した。

「これ、食べてください」

エレンの手には湯気の上がるおにぎりが乗っていた。



リーダーはエレンの差し出した物に困惑した。
自分達は、食料を奪おうとした。
だから、施しを受ける資格等ない。

しかし腹の虫は鳴く。


なんのつもりだ?」

リーダーは耐えるように呟くと、エレンは少し困ったように眉を下げた。

「理由なんてありません。ただ、食べて頂きたいんです」
「何故?」
皆さん、お腹が空いているのですよね?だからです」

エレンは手探りでリーダーの縄を解くと、その手におにぎりを持たせた。

「確かに、貴方方はこの国の食糧を奪おうとしました。でも、それは大切な方々を助ける為、なんですよね?」
……
「それが悪いとは言いません。でも、『奪った』物で助けても、それは助けたとは言えないと思います」

エレンがゆっくり立ち上がると、リーダーや兵士達もそれを目で追った。

彼女の姿は、沈みゆく夕陽に照らされ神々しく、そして美しい。
まるで、女神のように慈愛に満ちた声を響かせる。

「貴方方に大切なものがあるように、私達にも、守らないといけないものがありますサルゴン様が言ったように」

斜め後ろに立つサルゴンは一瞬ピクリと反応し、目を細めた。

「この国の食べ物は、全ての生き物の命です。もちろん、貴方方のでもあります。だから、大切なものなんです。

飢えている、というなら私達の分を差し上げます。皆さんの大切な家族にも、分けてあげてください。だからお願いです

これ以上、お互いに大切なものを壊さないでください」


エレンの透き通った声に、兵士達は口を閉ざした。

━否、一人だけが口を開けている。


開けた口は、手に持つおにぎりに向かい、かぶりつく。
何度も米を噛み締め、一心不乱に食べる。

いやに塩味の利いた飯だ。
それに、水気が酷い。

しかし、美味い。

リーダーは涙をボタボタと流しながら、おにぎりを食べ続けた。



その様子を見て、サルゴンは兵士達に歩み寄った。
一人一人の縄を解く。
一瞬兵士も、農民も驚いたように目を見開いていたが、抵抗はせずに、すぐに状況を飲み込んだ。

「ほら、たくさん作ったよ!腹いっぱい食べや!」
「まだまだありますから、遠慮なくどうぞ」

城の中から、女性達が大量のおにぎり片手に現れる。
どうやら、男達が応戦している時に、皆で作っていたらしい。
それを兵士達に差しだし、温かいお茶も出した。

兵士達は最初は黙って食べていたが、だんだんと遠慮もなく、頬張り始めた。



「私達も、この兵士さん達も同じなんです」

エレンはサルゴンの横で呟いた。

「譲れない、守りたい何かがあるんですサルゴン様の言葉を聞いて、気付きました。だから、私にも出来る事が何か考えたんです」
「うん、ありがと、エレン」

エレンの微笑みに、サルゴンは笑い返した。
彼女には見えていないけれど、何となく、そうした。


 
兵士達の腹ごしらえが終わる頃、すでに夕日は沈み、うっすらと月が見え始めていた。

反乱、否、元反乱リーダーはラルゴとサルゴンそして農民全員に頭を下げた。

「温かい握り飯と茶、そしてお言葉ありがとうございました」
「いや、困った時はお互いさまちゅーことにしとこや」
「それよりも、この武器はどこで仕入れてきたん?やっぱり、ヒサギのとこけ?」

サルゴンは反乱に使われた脆い武器を手に尋ねた。

柄の部分に小さく工王族の紋章が彫られている。
まるで、自分達に向けてのメッセージのようだ。

「ええ、今回戦いに使われる武器は全て工王族いえ、ヒサギ王子に頼んで、専用を作らせましたまさか、こんなにも脆く作られるとは思いもしませんでしたが

リーダーはもちろん、他の兵士達も頷く。

やはりこの武器はヒサギが『わざと』脆く作ったようだ。
外見の装飾は派手にして、中身はろくな材料も使わずに、ボロの剣に仕上げる。

とんでもない力技だ。

ヒサギ様は、皆を傷付けたくなかったんですね」

エレンがゆっくりと近付き、微笑んだ。
先ほどよりも、何やら安堵したような表情をしている。

「ヒサギ様らしい。捻くれた事をふふっあの人は今、無事なんですね」
「んだなでも、この武器が不良品ってばれたら危ないべよ」

そう、確かに武器を封じれば反乱軍の力も半減するだろう。
だが、それも一時の足止めにしかならない。
武器など、どこにでもある。
ましてや、武器などなくとも体術で戦う事も出来るだろう。

そして、一番心配されるのは
わざと不良品を作ったと、反乱兵が工へ攻め入る事だ。

もちろん、裏切られた反乱兵達は工へ全力で攻め入るだろう。
いくら態勢を整えたとしても、相手は戦いを専門とした戦士だ。
本気を出されたら、ひとたまりもない。


昔はあんなに臆病だつたヒサギなのに
サルゴンは目を細めた。


「それなら、ご心配なく!」

サルゴンの様子に、リーダーは胸を張った。

「これから、我等は工へ向かい、防衛に努めようと思っています」
「防衛?」

首を捻る農一同へ、兵士達はお互いに頷き合う。

「我等は、自分達だけの理由で反乱を起こそうとしました。もし、武器が壊れなければこの国を荒らし尽くしてしまった事でしょう。そして、こんなに、温かい施しも受ける事も、大事なものに気付く事も出来なかったでしょうだから、せめてもの償い、礼に工を全力で守りたいのです。皆さんの為にも」

リーダーは、一瞬俯くが、すぐに真っ直ぐサルゴン達を見つめ返した。

農民たちも否定はしない。


少しの人数は農国に残り、他の反乱兵へ応戦する。
そして、リーダーを含めた半分とちょっとは工へと向かう。

農の女達は、そんな兵士たちに沢山のおにぎりを作り持たせた。
きっと工の方でも、お腹を空かせた鍛冶師達がいるだろう。
お腹が空いても、疲れても、他国の為に脆い武器を作り続けているだろう。
だから、せめてたくさんのおにぎりを届けてほしい。

農民達は兵士にそれを託した。


「サルゴン様」

兵士達が工へ出発する準備している時、エレンがサルゴンの元へやってきた。
手には一枚の紙と、ペンを持っている。

「すみません、手紙を書きたいのでお願いしてもいいですか?」
「手紙?」
「はいヒサギ様に」


○○○

ヒサギは兵士から受け取った紙へ目を落とすと、見慣れた字が飛び込んできた。
少し汚いが、ちゃんと読める癖のある字サルゴンの字だ。

何故、サルゴンが自分に向けて手紙を

その疑問が頭をよぎった時、一番上の名前に息を飲んだ。

『エレン』と書いてある。

エレンは目が見えない。
だから、何かを書く時は誰かに頼まなくてはならないのだろう。
高鳴る胸を抑え、ヒサギは文を追い始めた。


『ヒサギ様へ
エレンです。そちらの状況は如何でしょうか?
こちらは、説得のおかげで兵士の皆さんも分かって頂けました。
今、この手紙を渡した兵士さん達は敵ではありません。ヒサギ様や国を守る為に、そちらに向かって頂いた、仲間です。どうか、ヒサギ様も彼らに協力してあげてください。

この手紙を書く少し前、農国でも反乱が起きました。兵士さん達を説得する前ですね。
その時、私達も抵抗しました。農具や色々なもので、兵士さん達に立ち向かいました。
敵うはずないとは思いました。でも、相手の使う武器が、脆く壊れたそうです。サルゴン様も驚いていました。
その武器は、ヒサギ様が作られた物だと聞きます。工の紋章も入っていたそうで

ありがとうございます。

ヒサギ様が武器に細工しなければきっと今頃私達、いえ、全ての国の人達が傷付いたでしょう。
ヒサギ様のおかげで、沢山の人達が助かったと思います。

ヒサギ様、今日が終わったら私の家まで遊びに来てください。先日美味しい桃を頂いたので、一緒に食べましょう。紅茶もヒサギ様の好きな葉をとりました。
今、とても貴方に会いたいです。直接お礼して、お話がしたいです。
ヒサギ様の隣に行きたいです。
自分勝手ですが、本当の気持ちです。

今日までの事で、疲れているでしょう。大変だったでしょう。
私は、こんな手紙でしかヒサギ様を励ます事しかできませんが、精一杯の言葉を詰めました。
どうか、無理をしないで、これからも皆を守る為にヒサギ様なりの戦い方で、頑張ってください。

早く、お会いしたいです。

エレン』


ヒサギは手紙を閉じると、俯いた。
そして体が震えている。

周りが訝しげに声をかけるが、反応がない。
ヒイラギは無理矢理ヒサギの顔を覗きこんだ。
すると、

ヒサギの顔は茹でダコのように真っ赤になっていた。

夕日はとうに沈んでいる。
ましてや、暑い工場内でもない。
これは明らかに

その紙、アレかあの牛乳娘からの手紙か」
「うええええエレンは、牛じゃ、ばかぁ!」
……図星か」

ヒイラギが溜息を吐くと、ヒサギは顔の赤いまま、踵を返した。

「すぐに武具生成を再開する!」
「この兵士達は?」
「こいつらは敵じゃない。各国境付近に均等に配備して防衛させろ。新しい武器はすぐ作る。無理?無理をどうにかすることを考えろ、低能!新しい武具が届くまで予備のを支給しろ。城の地下に置いてあるだろ、アレだ」

歩きながらテキパキと指示を与えつつ、ヒサギはエレンからの手紙は丁寧にポケットへしまった。
その様子は、すでに一人前に王の姿をしている。
しかし、その片手は手紙をしまったポケットにずっと触れている。

ヒイラギは笑いをかみ殺した。


「少しでも早く反乱を終わらせろ!俺達は直接加勢できないが工には工なりの戦い方があるんだ!

エレンが俺に会いたいって言ってくれたからな!」



○○○

農が反乱兵を退け、工が防衛準備を進め、武が勝利した、その頃━━

創国ティファレトの中央に位置する大きな広場を少数の反乱兵が占拠していた。

美しい像に美しい彫刻のされた噴水の縁に、創の反乱兵ほを率いる、リーダーらしき人物がどっかりと腰掛けている。
その他の反乱兵も、それぞれに力を抜いて、周りを眺めていた。

その姿は、芸術の国には到底不釣り合いな異物であった。


創へ送り込まれた反乱兵は他国よりも少数である。
それも、この国の王は武器をチラつかせればすぐに降伏する為だ。
それが一人であろうと変わらない。
また、王族を守るべき近衛兵も武国の戦士の前では所詮は飾りである。


反乱兵は創へ進軍すると、すぐに城へと乗り込み王を降伏させた。

あとは首だけだ。

今回の反乱の目的は、五つの国の王族を全員始末し、国を一つに統制することである。
それには、国の、平静の象徴である次期王の首を刈り、民に見せつけ、王政の終わりを分からせねばならない。

一部はあまりにも強引だと反抗した。
しかし、これ以外の方法は果たしてあるのだろうか?

王政は継ぐものがいると、何が起ころうと続いてしまう。
生かしておけば、理が働き、せき止めはいつか破壊されるだろう。

だから、ここで元から失くす。

王子の首を刈るという方法で


「連れてきましたぜ」

前方から、反乱兵の一人の声がした。
同時に周りも少しざわめく。

声の方へ視線を移すと、リーダーも目を細めて軽く息を飲んだ。

月明かりに輝く白銀の髪に、まるで深海のように深く青い瞳。
そして、現実味のない、人形のように整い過ぎた容姿

リーダーは立ち上がると静かに声を出した。

「ようこそ、アレフ王子」


二人の兵士に連れられて来た創国王子、アレフは答えず、長い睫毛をゆっくりと揺らし瞬きするのみだった。

瞬きも息もしている、だから、コレは本物の人間なのだろう。
リーダーは一人自分に言い聞かせた。

以前、遠くからアレフ王子を見た時は人間とは思えなかった。
まるで作り物の人形だ。
その整い過ぎた容姿に、表情のない顔。
同じ人間だとは到底信じられなかった。

だが、目の前で見ると体も細く、まるで女のように儚げだ。
まだ幼い色が目の奥に見え隠れしている。

コレは同じ人間だ━━


「ここまで、御足労でした」
歩き疲れたよ」
「しかし、まさか何の抵抗もなく来て下さるとは王子も素直ですな」

アレフは目を細めて、一瞬俯いた。



アレフがここに来たのは、父や母、そして皆を守る為だった。

反乱兵が城に攻め入った時、王子の首を所望すると宣言された。
過激で、その真っ直ぐな要求に恐怖よりも感心した。

父は刃物を極端に恐れる。
理由は分からないがとにかく、兵士の武器を見ただけで倒れそうになっていた。
そこですぐに降伏した。
無駄に抵抗しても敵うはずもない。

そして要求だ。

初めは全員が拒否したが、再び刃物を抜かれると父が倒れた。
それを見て、兵士は笑っていた。

このままだと城にいる全員が殺されてしまうだろう。
城だけではない。
国の民も、あるいは


アレフは両親や官の制止も聞かずに反乱兵のリーダーの元へと向かった。
自分の首で、多くの民

否、

自分の命より、誰の命よりも大事なカリンを守ることが出来るのならば、

喜んで差し出そう。



アレフが目を細め、一瞬俯いた瞬間、リーダーが立ち上がり歩み寄ってきた。

前に立つと、アレフの顎を指で持ち上げて目線を無理矢理合わせた。

「すぐに殺すのは、惜しい綺麗さだな。そこらの女より楽しめそうだ」
俺は一思いに殺して欲しいね」
「俺達に犯されるのは死ぬより嫌か?」
「嫌だね」
「媚びて命乞いの一つでもすれば、命だけは助かるかもしれないぞ?」
「そんなことする位なら、舌を噛み切って死んだ方が幸せだ」

アレフは表情を崩さず、光のない冷めきった瞳でリーダーを見つめた。

まるで、人形のように。


「ふっあっはっはっはっ!面白い王子だ!その強気な態度が良い!」

リーダーは高々と笑うと、アレフの服を掴み、力任せに引きちぎった。
そのせいで、アレフの表情は一瞬苦痛に歪む。

露わになった白い肌に触れながら、リーダーは変わらず笑う。

「どんな強気の態度をとる奴でも、最後は快楽に溺れて自ら腰を振るんだよ俺はそれを屈服させるのが好きでなそう、ちょうどお前みたいな奴をな
奇遇だね、俺もだよでもね、屈服するのも、あんたみたいな気持ち悪い人種に触れられるのも大嫌いなんだよ」

『いつまで大口叩けるかな?』と呟き、リーダーはアレフの首筋に舌を這わせた。

アレフの表情に、微かな嫌悪の色が映る。
しかし、それは本当に小さく、誰の目にも表情が変わったようには見えなかった。


抵抗した所で、敵いはしないだろう。
抵抗は無駄な事だ。
抵抗すれば機嫌を損ないかねない。
抵抗すれば国の人間の命が危うくなる。
抵抗は
抵抗は


アレフの瞳に影が落ちた。

何も感じなければ、何も感じなくなる。

そう、

自分は人形。
何も感じない人形。
全て受け入れよう。
人形は

何も感じない。

 

「リーダー!」

リーダーが自身の上着に手をかけた時、後方から反乱兵の一人が駆け込んできた。

リーダーは舌打ちしつつ、振り返る。

どうした?まさか、武王の奴らが来たとか言わないだろうな?」
「いえ、それが

兵士は複雑な顔をした後、体をずらし背後を見せた。

そこには、もう一人の兵士に掴まれた

カリンが立っていた。


「俺達が見回っていたら、木棒で襲いかかって来たんです。斬るのも何なので連れてきました」

兵士に押さえられたカリンはうるうると泣きそうな瞳で俯いている。
体は震え、脅えきっているのがすぐわかる。

アレフはゆっくりと目を見開いた。

どうして、カリンがここにいるのか?
国の人間は家や教会に避難しているはずだ。
今、兵士が『木棒で襲って来た』と言ったがカリンがそんなことするはずない。
臆病で、いつも震えている彼女が

「アレフ様っ!」

アレフの脳裏にその考えが響き渡った時、急にカリンの声が飛び込んできた。

「あ、アレフ様を、離して下さい!じゃ、じゃないと、私、私!」

カリンは押さえられた体をもがもがと揺らし、必死に逃げようとしている。
そして目線はアレフの元へ向けられている。


カリンは
アレフを助けに来たようだ。

木の棒で勇気を奮い立たせて、反乱兵に挑んだのだ
あのカリンが━━

「ほーう?この人形王子を助けに来たってのか?」
「っあ」

リーダーはニヤニヤと笑い、近付くとカリンの頬に手をあて、唇を指でなぞった。

「あいつの女か?なら止めときな、俺に犯されるのを抵抗もせずに受けようとしてるやつだぞ?ははは、本当に人形みたいにな」
「ちちがっ!アレフ様は人形なんかじゃ!」
「違う?何が?顔にも感情がない。抵抗もしない。人形と何が違う?……お前が来てから、一言も言葉を発していないんだぞ?なぁ?」

カリンはハッとした様に、目線をアレフに向けた。

アレフはカリンと目が合うが、声を出さない。
表情も感情も全て、内に仕舞い込んだまま、カリンを見つめた。

反乱兵のリーダーは笑う。
まるで、滑稽なサーカスのピエロを見るように。


「ちちが、う」

カリンは首を振った。
押さえられている為に、大きくは振れないが確かに否定の意思を示す。

「アレフ様は、アレフ様は人形なんかじゃない」

カリンの足元にポタリと水滴が落ちた。

「アレフ様は、優しくて人の気持ちを、すぐに理解してくれて
「はっ、どこがだ?」
「アレフ様は私の好きなアレフ様なんです!」

カリンの叫びが終わるか終らないか、その瞬間、カリンは押し倒された。

石畳に半身を打ち、痛みに涙が零れる。

反乱兵リーダーはそんな事も気にせずに、カリンの太ももへ手を伸ばす。
いやらしい吐息がカリンの髪を揺らした。

カリンは恐ろしさに硬直した。

しかし、

反乱兵リーダーの頭の向こうに、メイスを振りかざすアレフを見た瞬間


笑った。


周囲に鈍い音が響き渡る。
同時に、反乱兵リーダーが低い悲鳴を上げ、ドサリと地面に倒れた。

後方には、メイスを持ち、その倒れる様子を冷たく見つめるアレフが立っている。
表情はない。
否、微かに微笑んでいるように見えた。

しかしアレフはすぐに腕を掴まれ、取り押さえられた。
メイスは地面に落ち、カランと音を立てて、割れた。

そのメイスには工の紋章が描かれていた。


「このっ!俺のメイスを!」
「リーダー!大丈夫ですか!?」
「ぐっあ、ああ

兵士の一人が駆け寄ると、リーダーは後頭部を押さえながらふらりと立ちあがった。
どうやら、アレフの力ではそこまでのダメージを与えられなかったようだ。
まだ少し頭がガンガンするようだが、そこは武人としての慣れで堪えた。

リーダーはアレフに歩み寄り、首を掴んだ。

「っ
「いてぇじゃねぇか
……はっ

周囲も固まるリーダーの鋭い睨みを、アレフは嘲笑うかのように答えた。

「カリンは俺のだよそれとも、そんな事も分からない位馬鹿なの?あ、脳みそまで無駄な肉で占めてるから、分からないんだ?変態肉達磨さん」


アレフは今までにない位饒舌にリーダーの顔に向かって笑いながら喋った。
瞳には光がある。
しかし、それは彼の深い青を濁し、月の反射で紫に錯覚させる光だ。

まるで、狂気のような光だった。

月が揺れ、微かに赤く染まっていた。


「カリンは俺のだ。触れるな触れるなフレルナふ  れる な!」
狂いやがったか」

リーダーが気味の悪そうな声をだし、アレフを突き飛ばす。
地面に手をついたアレフは、一瞬動きを止めるがグリンと首を上げて、立ち上がると、落ちているメイスを再び手にした。

落とした際に割れてしまったメイスは月に、尖った先端を輝かせる。

アレフは一歩よろりと歩むと、急に駆けだした。

瞳にはカリンが映っている。

アレフの瞳に映るカリンは、兵士に囲まれながらもゆっくりと腕を広げ、幸せそうに微笑んだ。




アレフの振るった壊れたメイスは『叩く』という本来の行為は出来ずに、兵士の腕に尖った先端を刺した。
周囲の兵士は一斉に自身の武器に手をかけるが、その一人の足にカリンが抱きついた。
バランスを崩した兵士は隣も巻き込み倒れこむ。

カリンは立ち上がった。

アレフはメイスを引き抜くと、頬に鮮血を一滴浴びた。


「アレフ様!」
「カリン!」

カリンが走り出すと、アレフはそれを受け止める為に一歩踏み出した。

一瞬、兵士の動きが止まる。

月明かりが舞台のライトのように、二人を映し出す。
本能的に、
否、
見惚れてしまい動けない。

まるで劇のような美しい場面が眼前で行われている。

手を伸ばせば止められるだろう。
しかしそれは出来ない。

触れたらならない物なのだと、兵士達は一瞬の静止でそれを理解した。


カリンはアレフの腕の中に飛び込んだ。
アレフはカリンの柔らかい体を思い切り抱きしめた。

「アレフ様アレフ様
カリン」

お互いの名前しか声に出ないが、お互いの心は手に取るように分かった。

会いたかった。
怖かった。
寂しかった。
もう離れたくない。

お互いの名前には、その想いを沢山詰め込んだ。
でも、もう、大丈夫だ。
今こうやって触れ合えているのだから


「茶番だ!」

刹那、剣の抜く音が響いたと思うと、舞台に勝手に野蛮な男反乱兵リーダーが登った。

「お前らも何をしているんだ!我等の目的は、国を崩す事王子アレフの首をとることだぞ!」

反乱兵リーダーは剣をアレフに向ける。

「二人まとめて、殺してやれ!それがせめてもの慈悲だ」
……
「ふんっ人形がお前らがいくら立ち回ろうと、ただの茶番なんだよ!大人しく死ね」
い」
「あ?」

リーダーのまくしたてるような声の下に、アレフの微かな言葉が重なった。

カリンはゆっくりと顔をアレフの胸に埋める。
すると
心臓の鼓動が優しく体に響き渡った。


「俺は、人形じゃない」



アレフはカリンの髪を撫で、目を伏せた。

「人形は恋をしない」

アレフは周囲を軽く見回した。

「人形は世界を見れない」

アレフはカリンの体を抱きしめ、クルリと踊るように回った。

「人形は

感情を持たない」


は?」

目の前の気味の悪い綺麗過ぎる瞳をした王子の言動に、反乱兵リーダーは「ワケが分からない」と言わんばかりに肩をすくめた。

戦場を知らない人間は、戦場での独特な空気に頭がおかしくなる。
この王子は元からおかしいのだろう。
まるで温室の中の植物のように、大事に傷つかないように汚れないように、育てられてきた。
何不自由もなく。
それもそれで、まるで操り人形のようだとは思うが死を知らないのは、幸せな事だ。

人形は何も心配しなくて良い。

考えるだけで腹が立ってくる。

「ワケのわかない事言ってんな!おい、お前ら、殺れ!」
「君達には愛する人がいないの?」

一同が武器を構えた瞬間、アレフは呟いた。

「君達は何のために戦っているの?何のために俺達を殺すの?何のために、国を壊そうとしているの?」

アレフの声はだんだんと大きく、そして風に乗り響き渡る。
舞台の中心に立つ主役のように、アレフは反乱兵に問いかけた。

「俺はカリンを愛してる。カリンが愛する全てが愛おしい。カリンが見つめるもの全てが愛おしい。カリンを包むもの全てが愛おしい。だから、

もう何かを傷付けるのはやめてよ


カリンの薄汚れた頬にそっと触れると、アレフの手は震えた。
同時に、何かが頬に落ちる。

カリンは一瞬雨かと思ったが、すぐにその正体に気付くと、反射的にアレフを抱きしめた。


「君達が守ろうとしているのは、本当に、守るべきモノなの?それを守る為に破壊するのは、本当に守る為?破壊からは破壊しか生まれない。破壊で手に入れたものは、破壊されて奪われる君達のしようとしている事は、誰の為にもならない悲しみしか生まれない」

アレフの瞳から、一滴地面に涙が零れた。



反乱兵リーダーは苦虫を潰したように、顔をしかめた。
言っている事が綺麗事だ。

武国の戦士の使命は『守護』。

そんな事、耳にタコが出来る位昔から聞かされ続けた。
では、どこまでを守ればいいのか?
守るとは何か?自分自身を守ってはいけないのか?自分の家族を守る為に戦ってはいけないのか?


リーダーが眉間に皺を寄せた瞬間、後方から金属の落ちる音が耳に飛び込んできた。

振りかえると、兵士の一人の武器が地面に転がっていた。
しかし、兵士はそれを拾おうとせずに、アレフを見つめている。

「おい、どうした?」
俺は何のために、戦っているんだ?」

兵士はゆっくりと自分の頭を抱えた。

「弟が農に行ったお袋の為に、食料をじゃあ、俺は何のために人を殺そうとしてるんだ!?」
「おい、何を言ってんだ!?俺達は国を変える為に戦ってんだ!こいつらみたいな腐った王族がいるから、俺達が苦しむんだ!だから殺せ!殺すんだ!」

リーダーは吐き捨てるように叫ぶ。
しかし、頭を抱えた兵士は蹲り、首を振った。

「あんたは隊長は、言ったはずだ王族なんて、自分の事しか考えない奴らだってでも、でも違うじゃないか!どうして、この王子が泣いてるんだよ!自分の事しか考えられない人形って言ったじゃないか!」

兵士が思い切り叫ぶと同時に、周りからも、武器の落ちる音が多数響き渡った。

リーダーは慌てて周りを見回す。

すると、自分以外は全員武器を手放している事に気付いた。

「なっなにを!?」
「俺国で、女が待ってるんだこの、戦いが終わったら、結婚しようって、約束したんだ」
「妹が赤ん坊産んだんだ。まだ、顔、見てねぇンだ」
「爺さん不味い芋粥、また作ってくれてんだろうな屋根も、雨漏りが酷くてよ」

一人、また一人と、兵士は武器を落としていく。
その音は、まるで音楽を奏でるように広場を包み込んでいた。。

リーダーは意識せず、焦りを顔に出した。

「な、なにをお前ら!?何してんだ!?何武器を、戦いをやめるな!殺せ!この腐っ
「戦いは終わりだ」

リーダーの叫び声は、静かに消された。

カツンと石畳を踏む足音が耳に飛び込むと、周囲の兵士達は低く溜息を吐く。


広場の中心に神がいた。

月明かりに白銀の髪を輝かせ、青い瞳に人間の顔を映す。
白い頬に、伝う涙の痕。

神に寄り添う妖精のように儚げな少女は、今にも月明かりに消えそうだ。

リーダーは言葉を失った。


「これ以上は、涙と破滅しかない」

幻想的な光景の中、神否アレフがゆっくりと動かした唇からは、まるで歌のように言葉が流れる。

「手にする刃は、自身の身を引き裂くだろう。
それでも、この首が欲しいならば、切るがいい。出た血は毒のように周りを侵食して、五つの国全てを、狂気で犯す」

アレフの言葉に、リーダーは剣を握りなおした。
手に汗が溜まる。

リーダーは目の前の王子に、言い表せぬ圧倒的な重圧を感じた。
先ほどまでとは違う、弱々しく繊細な雰囲気ではない。
否、否!
それは今も変わらないはずだ。
そのはずなのに

この言葉の重さは、何なのだ

周りの兵士達は、王子の言葉に酔うように、武器を捨てて立ち尽くしている。


「武人の武器が、刃ならば」

リーダーの瞳に映るアレフはスローモーションのようにこちらを指差した。

「こちらは、言葉で心を動かす。

国を守らんとする戦士達よ!破壊と血を求める反乱者を捕らえよ━!」

アレフが声を張り上げると同時に、周りの兵士が一斉にリーダーへ飛びかかってきた。
あの、腕を刺された者も、リーダーの側近も全員━━

リーダーは叫ぶ間もなく、地面に顔を強打していた。

その様子を

アレフとカリンは黙って見ていた。



「アレフ様」

噴水に座るアレフは、カリンの声に顔を上げると、その視界は一瞬暗くなった。

……
「あ、すみませんあの、兵士さんにマントを貸して頂いたので

顔にかかるマントを取ると、目の前にほにゃりと笑うカリンが映った。

視界の端には、縛られ気絶している元反乱兵リーダー。
そして、アレフに跪くように周りを囲むのは、元反乱兵。
まるで主君のように、大人しくアレフへ頭を下げている。

アレフはそんな兵士達には興味がないように目線を外すと、カリンを引き寄せ自分の膝に座らせた。
カリンも抵抗なく、従う。

「アレフ様ちゃんと羽織らないと、体に悪いです」
「ん

乱れたマントを整えると同時に、アレフはカリンを抱きしめた。

「あ、アレフさ
「ありがとう来てくれて」

もし、カリンが来ていなければ助けに来なければ、自分は死んでいただろう。
現実から逃避し、犯され、抵抗もなく、首と胴体が分かれて、

五つ国は狂っただろう。


「創は俺は、皆の狂気を受け止める、拠り所。もし、創がなくなれば全ての国が

アレフはそれ以上を口にせず、カリンの髪に頬をつけた。

少し泥の匂いがするが、甘くて心地良いカリンの香りが同時にする。

自分が人々の拠り所ならば、自分の拠り所は


「カリンだよ
「あっ

マントがひらりと二人の上に被さると、アレフはカリンに口付けた。




○○○

各国の反乱が抑えられた、その頃
未だ、知国では地面にユラが倒れていた。


ユラの周りには、反乱兵が見渡す限り立っている。

兵士は武国に乗り込んでいった数と同じくらい多く来ているはずだ。
この反乱を取り仕切る、本当の意味での反乱兵リーダーは、この知国を本拠地とすると言っていた。
だから、実力のある者を集め、固めている。

そして、
ユラに抵抗されるのを恐れ、大勢で見張っているのだろう。


ユラは全身を縛られた状態で未だもがき続けていた。

フェルナンドが連れて行かれた。
自分が捕まってしまったから。
このままでは、フェルナンドは首を切られて死んでしまう。
自分せいで

「くそっ俺が、油断しなければ

ユラは自分の不甲斐なさに、目が熱くなった。
今まで、勝負に負けてもこんなに悔しくはなかったし、泣きたくもならなかった。
どんな事があってもただ、前を見つめるだけで、元気が出た。

それは

前に、フェルナンドがいてくれたからだ。

昔助けてくれたのは、フェルナンドではない。別の名前を忘れたアイツだ。
しかし、自分はずっとフェルナンドを目指していた。
フェルナンドに会いたくて、フェルナンドにお礼が言いたくて、フェルナンドに

好きだと言いたくて

その為に、ずっとくじけずに来た。
だけど
だけど、このままでは


「う、うわぁああ!お、お前らの好きには、さ、させるかぁあああ!」
「!?、な、なんだお前ら!」

刹那、間の抜けた声が響いたと思うと、反乱兵士と貧弱な兵士が対峙していた。

「我等は、知国ケフラーの、城兵!こ、この国を好きにさせられない!」

震えた声で貧弱な兵士が剣を抜き、叫ぶ。

ユラの目から見ても、明らかに敵いそうもない。
一分であの世直行だ。

「お、おい!お前ら、やめっ
「ユラさん、静かに!」

ユラが城兵を制止する声を上げようとした瞬間、横からそれを逆に止められた。

「あの人達は囮ですユラさんを逃がす為の」
!?おまっシルヴィー!?」

ユラが目を見開いた先に、小さい少女否、シルヴィーが縄を必死に解こうとしている姿が飛び込んできた。



シルヴィーは知国でも身分の高い家の出身だ。
そんな者達は、いち早く避難したはずだが

「すぐに、解きますから!」
「お前っ、足の所に仕込みナイフがある。それでなんとか!」

ユラが指示する場所を探ると、確かに小さいナイフが出てきた。
シルヴィーはそれでユラの縄を全て切る。

反乱兵士達は城兵に気を取られていて、まだ気づいていない。

ユラはシルヴィーに視線を合わせた。

「シルヴィー、どうしてここに!?」
私は、知の城に避難していました。それで、ユラさんが捕まった一部始終も見ていました」

シルヴィーは目を軽く伏せると、口早に呟く。

「ユラさんが捕まって……城の誰もが『無視をしろ』と言っていました。でも、フェルナンド様はナルセス様に頭を下げて、『行かせてくれ』と、言っていたんです」
えっ!?」

シルヴィーは言い終わると、すくりと立ち上がった。
しかし、ユラは動けなかった。

ユラの脳裏に、今起こっている事への問いが過り続ける。

あのフェルナンドが頭を下げた?
自分を解放してもらうために!?
どうして?


刹那、ユラの耳奥に『あの』言葉が蘇った。
先程聞いたばかりなのに、どうしてか懐かしく、夢の中のように響いている。

ユラの唇は勝手に動いた。

「━━『男は、大事な者を好きな女を死んでも守らなければならないもの、らしいぞ』」

「!?ユラさん!」

微かに頬を染めたユラと叫んだシルヴィーの正面へ、反乱兵が走り寄って来た。
手には大きなハンマーを持っている。

間合いは一気に詰められ、振りかぶったハンマーは地面を大きく割った。

「きゃあっ!」「っシルヴィー!」

地面を割るハンマーは、ギリギリで二人の横をすり抜ける。
しかし、シルヴィーはその場に尻もちをついてしまった。

ユラは再びハンマーが振りかぶられる前に、シルヴィーの腕を掴み引き上げた。
ハンマー男と少し間を空け、シルヴィーからナイフを受け取る。

「大丈夫か!?すまん、ちょっと気抜いてた!ちっ厄介な奴に見つかったな」
……
「シルヴィー、ここは俺が」
「行ってください、ユラさん」

シルヴィーが前に出るのが早いか、ユラが言葉を理解するのが先か

「ここは、私が引き受けます!」

一瞬言葉を失ったユラを後ろへ押し、シルヴィーはハンマー男と対峙した。




「お、まっ!?何言ってんだ!?フェルナンドといい、城兵といい知国の奴ら皆無謀だ!」

ユラは予期せぬシルヴィーの行動にも、動揺を隠せぬ声を出してしまった。

そうだ。
フェルナンドも
城兵も
シルヴィーも
皆、何故、敵いもしないのに立ち向かうのか?
死ぬと分かっているのに


「ここで逃げたら、笑われてしまいますから」
は?」

シルヴィーはハンマー男から視線を離さず、声を張り上げた。

微かに足は震え、汗が頬を伝っている。
だが、けして目の力は抜かなかった。

「確かに、無謀です。私だって怖いです。凄くでも、でも怖くても逃げちゃダメな時だってあるんです」

周りで城兵達と反乱兵が走り回っている。
たまに止まっては、武器を交え、また走り出す。
その繰り返しがいつまで続けられるのかは分からないが、今は十分『囮』にはなっていた。

「それにここで逃げたら、サルゴン様に笑われてしまいますし」


シルヴィーは一歩前に踏み出すと、息を大きく吸った。

「私は、知国ケフラー、ヴィーナス領のシルヴィー!農国の次期王妃!私を捕らえれば、農国は貴方方の思い通り落とせるでしょう。さぁ、私を捕まえて御覧なさい!」

その叫び声と同時に、男はハンマーを振り下ろした。
シルヴィーは慌てて避け、走り出す。

「ユラさん!行ってください!フェルナンド様を、お願いします!」

言うが終わるが早いか、シルヴィーは街の路地裏へと姿を消した。
幸い『次期王妃』という言葉に釣られたハンマー男はそのままユラを無視してシルヴィーを追いかけて行った。

ユラは拳に力を込めた。

そして、

フェルナンドガ連れ去られた方向へ走り出した。
 


○○○

城から真っ直ぐの道を進むと、国の中心に位置する大きい広場に辿り着く。

昼間の広場は民が自然と集まり、おしゃべりや読書を楽しむ。
子供達も仲良く遊ぶ、憩いの場だ。

しかし、今は正反対に重い空気が流れ、集まるのは武装した反乱兵である。

広場の中心には今回の反乱を仕切る隊長が腕を組み、イラついたように立っている。
その横には、縛られた知国次期王フェルナンドがいた。


報告はまだか!?」
「トレイター隊長!」

名前を呼ばれた反乱兵隊長はそちらへ視線を移した。
そこには息切れした兵士が走りこんできていた。

「やっとか遅いぞ!」
「緊急事態です!」

隊長トレイターが一瞬フェルナンドの縄を掴みかけた時、兵士の言葉に固まった。


武国以外の王子の処刑は一斉に行う。
そして一気に弱った武国を攻め、落とす。
そのような手筈だ。
だが、予定よりも遥かに遅れている。
そして兵士のいう『緊急事態』とは何なのか?

トレイターは兵士に詰め寄った。

「言ってみろ緊急事態とはなんなのか?」
「はい!
先行して向かった農、創へ向かった部隊共に裏切りました!」
「!?なんだと?」
「農部隊は分散して農と工の護衛に回り、創部隊は王子の言いなりに!」
「馬鹿な農へ向かわせたフレッサーも創へ向かわせたアヴィドも簡単に寝返る様な奴では」
アヴィド隊長は、他の兵士の一斉攻撃に合い
それだけではありません!工に作らせた武具全てがクズ鉄製のようで、一定の力を与えると崩壊します!」
くそっ!」

兵士の報告を途中で遮り、トレイターはフェルナンドの首を掴んだ。

フェルナンドは少し唸り声を出すが、その表情は微かに微笑んでいた。


どうやら、他の者達は何とか反乱を回避したようだ。
自分は捕まってしまったがユラを助けられただけ幸いとしよう。
どうにかしてここから逃げ出したいが、良い手立てもない。
実際今、首を絞められる力が強くなってきている。
無下に命を落とすつもりもないが

「貴様何を笑う!?この反乱を知っていたのか!?だからこんな我らの計画は完璧だ!」
「ぐっ

トレイターは叫び、一層フェルナンドの首を絞める力を強めた。


「と、トレイター隊長!!うわぁああ!」


刹那、
トレイターの後方から兵士の叫び声が響いてきた。
同時に周囲もざわめく。

トレイターは反射的に振り返る。

瞬間、トレイターの視界は黒く染まった。
 


「ぐっ!!」

トレイターは咄嗟に顔を腕で覆うと、そこに強い衝撃を感じた。
少し耐えるも二、三歩後退りすると、隣で着地する足音が聞こえてくる。

トレイターは腕を下ろし、勢い良く横へと視界を移した。

ふわりと揺れる赤毛がトレイターの視界をかする。
勇ましい横顔。
細く鍛えられた体。
曇りのない漆黒の瞳。

トレイターは息を飲み、叫んだ。

「ユラ!!」

呼ばれた娘、今、彼の顔面へ飛び蹴りを繰り出したユラはキッとトレイターを睨みつけると正面のフェルナンドの腕を掴んだ。

そのまま引き摺るようにトレイターと距離を置くと、フェルナンドを縛る縄をナイフで切り解いた。


「ユラ何故来たのだ!?」
「お前を助けるからに決まってるだろ!」
「助けに

フェルナンドは周りを見渡すと、倒れている反乱兵が何人もいる事に気付いた。
どの者も、顔面に黒い跡が付いている。
どうやら、ユラが顔面を蹴って倒したらしい。

女のする事ではない
だが、

お前らしいな」

フェルナンドは笑った。
 


「だがユラ、自分の武器がなくてどうする?」

フェルナンドの微笑みは一瞬で消えると、すぐに眉間に皺を寄せ、声は低く落ち着いたものに変わった。

そう
今、ユラはナイフしか持っていない。
自身の武器、刀は奪われてしまったのだ。

「そこらへんに倒れてる奴から借りる!」
「ここの武器はヒサギがすぐに壊れるように加工したようだ使えん」
じゃあ、体術でアイツの武器を!」
「相手の武器は、自分で用意した物のようだ。素人目の私にも技物だと分かるぞ」

フェルナンドの言葉に、ユラは「むぐぐ」と唸る。

ヒサギが用意した武具は、確かに各地で反乱を抑制している。
だが、このような場面では逆効果だったようだ。

ユラの刀は盗られたまま。
持っているのは小さなナイフのみ。
周囲に落ちている武器は不良品。
相手の武器は普段から愛用しているであろう大剣。

八方塞がりとはこの事だ。


「ちっ、どうすりゃいい
……ユラ」

焦りを感じ始めたユラの横で、フェルナンドは薄く瞳を伏せた。

「助けに、来てもらったのは礼を言う。だが、このままではお前まで危険に晒されてしまうだろう。今からでも遅くはない。ここは私がどうにかする。……逃げろ」
「な!?」
「情報によるとどうやら、知国以外は反乱が治まったらしい。そちらへ行けば、保護してもらえるだろう行け」

フェルナンドは言葉が終わると、一歩前に出た。

どんな事をしてでも、ユラは守りたい。

ユラは自分を助けに来てくれた。
自分の身も顧みず

彼女がそうするのならば、自分もそれ以上に応えなければならない。


「ユラ、行━」
「嫌だ」

フェルナンドが振り返る、その前に、ユラは彼の袖を引っ張り後ろへ追いやった。
そして、ナイフを構える。

フェルナンドは予想外の事に言葉が出ず、困惑してユラへ視線を送った。
気配を悟ったか、ユラはトレイターから目を離さず、言った。

「俺はフェルナンドからもう離れない。逃げないし、疑わないしとにかく!ここにいる」
馬鹿者!私は以前、このような場面に出くわした事がある!だからこそ現状がどれほど危険かわかるのだ!このままこの場にいれば、お前も
「女はどんな事があっても好いた男のそばを離れちゃ駄目なんだよ!石頭フェルナンド!」

言葉を遮られたフェルナンドは、言い返そうとする。
しかし、ユラの突然の叫びに声が出てこなかった。

後ろから見るユラの頬は微かに赤く染まっていた。


「何をごちゃごちゃ言ってやがるぅ!」

横から、怒声と共に反乱兵が数人襲いかかって来た。

ユラはフェルナンドを抱きつくように庇うと、手にしたナイフを兵士の一人に投げた。
ナイフは兵士の武器に当たり、地面に落ちる。

同時にユラは地面に倒れている兵士の壊れかけの武器を奪い拾うと、続けて敵に投げつけた。
剣はもちろん、メイスも投げつけたので、相手は一瞬対処に戸惑い、見事にクリーンヒットする。

襲いかかってきた兵士は次々と倒れた。


「ユラ、大丈夫か」
「ちっ人が話してんのに、攻撃してくんなよ!」

ユラは舌打ちしつつ睨むが、フェルナンドの胸に触れた手に気付くと、顔を赤くし慌てて一歩離れた。

一瞬、狼狽を見せたユラだが、すぐに足元の工国産の武器を拾い、構えた。

脆くても、少しは役に立つだろ」
だが」
「俺はさ、お前が助けてくれたって、ずっと思ってた。勘違いしてた。でもさ、俺はフェルナンドに会う為に今まで頑張って、負けないように来れたんだ。だから、俺の恩人はフェルナンドだ。

昔に会ってなくても、俺は、やっぱりお前の事が好きだ。うん、大好きだ!一緒に飯食べて、話してフェルナンドの声が好きだ。笑顔が好きだ。機嫌の悪い顔も怒った顔も、難しい事言うのも、全部全部好きだ!イケメン過ぎるだろ、フェルナンド!
昔なんて関係ない

俺は『今』、フェルナンドが好きなんだ!」


ユラが叫ぶと、次は後方から鉄球が飛んできた。
叫んだ息継ぎもままならないうちに、ユラはフェルナンドを庇い、跳ぶ。
勢いで二人は地面に叩きつけられてしまうが、しかし、相手は待ってはくれない。

続けざまに剣を振り下ろされる。
ユラは剣で防ぐが、ピキピキと微かにヒビの広がる音が耳に入ってくる。

腕が震える。
このまま押し返したいが、少しでも変に力を入れたら、恐らく剣は壊れてしまうだろう。
それは相手も同じ事。
力を抜いた方が、斬られる。

フェルナンドを守る。
母は昔、父を守る為に体の一部を失った。
そうなっても構わない。
フェルナンドを、
好いた男の背中を守り、一生連れ添う。

それが武国の女の生き様だ!



フェルナンドは地面に叩きつけられた衝撃に顔をしかめた。
しかし、ユラはそれに耐え、応戦している。

こんな時に力のない自分が情けない。


だが、フェルナンドの心中は不思議と落ち着いていた。
周りの兵士達の動きを冷静に見つめられる。
誰が脅え、誰が我を忘れているか。
誰がこちらに狙いを定めているか。

トレイターと呼ばれた反乱兵長はこちらの様子を窺いつつ、警戒を解いていない。

アイツはかなりの手練だ。


フェルナンドは瞳だけ動かし、辺りを見回した。
全体が浮足立っている。
今なら、王子の首を取れる。
そう思っているのだろう。

フェルナンドは視線を一点で止めた。

少し離れて倒れている兵士の腰に見覚えのある刀が見える。
見間違いやもしれない。
否、これでも記憶力には自信がある。
視力は少し心配だが、この際、自分を信じるしかない。

城へ毎日やってきたユラは腰に素人目にも業物だと分かる刀を差していた。
意識はしていなかったが、よく記憶には残っている。


フェルナンドはそこまで考えると体の痛みを抑え、立ち上がって走り出した。

刹那、今までフェルナンドのいた場所に弓矢が刺さる。
どこからともなく舌打ちが聞こえ、一同の視線がフェルナンドに集められた。


フェルナンドの足はそれほど速くはない。
だが、彼の状況判断力のおかげか、包囲の薄い場所を的確に捕らえ、どんどん前へ進む。
反乱兵は相手の動きを読めずに、もつれる足で追いかける事しか出来なかった。


フェルナンドは息を切らせながら、目標点に辿り着くと、ニヤリと微笑んだ。

倒れた兵士の刀は、確かにユラの物だ。

恐らく取り上げられた後、この兵士に渡されたのだろう。
不自然にもう一つ剣を手にしている・

フェルナンドは間髪入れずに刀を取り返すと、大きく息を吸った。

「ユラ!こっちだ!」


ユラの耳には確かにフェルナンドの声が聞こえていた。
しかし、今はそれどころではない。
敵と自分の剣が重なり、鍔迫り合いになっている。
力を抜けば、それまでだ。
かといって、力を入れれば脆い武器が壊れてしまう。

だから、ユラはフェルナンドの言葉に応える事が出来なかった。


フェルナンドはユラの様子に、一度剣を持ち直すと再び息を吸った。

「足元がガラ空きだぞ!」

周りから兵士達が集ってきている。
フェルナンドはすこし小走りに、ユラの元へ走り出した。


ユラは一瞬フェルナンドの言葉を理解出来なかった。
足元?
自分は今、地面に背中を預けている。
相手は自分に乗るように、剣を振り下ろしている。

自由なのは、足。


このぉおおおおおお!!」
「むぎゃッ!!?」

ユラはハッとした様に、自由だった足を思い切り上へ振り上げた。
すると、反乱兵男の足の間へ見事命中し、急所を潰してやった。

反乱兵は悶絶し、飛び跳ねるようにユラの上から離れると、地面へ転がった。

見るからに哀れだが、とにかくこれしか方法がなかったのだから仕方ない。

フェルナンドの言葉は、どうやら相手の兵士に言っていた事だったらしい。


「フェルナンド!」

ユラは反乱兵を退け、フェルナンドの元へ走り出した。
視界に映る彼はしっかりと刀を持ち、こちらへ向かって走っている。

目と目があった、その瞬間、二人は再び向かい合っていた。




「はぁっ大丈夫か、ユラ」
「こっちのセリフだ」

フェルナンドは少し息の上がっている。
柄にもなく、走ってしまったからだろう。

だが、今はそれに構っている暇はない。
周りに反乱兵が集まり始めている。

ユラはフェルナンドから刀を受け取ると、鞘から抜き、構えた。


「フェルナンドは、俺の後ろに」
「分かった援護はする」
「援護?」
「お前では、全体は見れんだろう」

フェルナンドとユラは背中を合わせ、囲まれた周囲を見回した。

自分で身を守れないフェルナンドは圧倒的に不利だ。
だが、先程のように的確な状況判断があれば何とかなるかもしれない。

ユラは刀を握り直した。
フェルナンドは目を細めた。

後方で見つめる反乱兵長、トレイターは声を張り上げた。


「殺れぇええええ!!」



ユラは一歩前に踏み出すと、相手の武器に目掛けて刀を振るった。

まるで滑るように、鮮やかな身のこなしに、反乱兵は一瞬自分が何をされたか理解出来なかった。

しかし、その刹那に武器が割れ落ち、地面に破片が転がる。
さらに、一人だけではなく数人の武器が同様に崩れ落ちた。

兵士が驚き、自分の手をや武器を見つめた瞬間、ユラの蹴りが顔面にクリーンヒットした。


「ユラ、こっちだ!」

ユラの耳にフェルナンドの声が飛び込んできた。
視線をそちらへ移すと、フェルナンドが倒れた兵士の前に立ち、向こうを指さしている。

倒れた兵士達はお互いの武器の破片が頭に乗り、伸びている。
どうやら、同士打ちに誘い込んだようだ。
どうやったかは分からないがさすがフェルナンド、と言ったところか。

ユラはフェルナンドに走り寄る。
すると、少し離れた場所にトレイターが立っているのが見えた。

トレイターの横には二人の兵士が立っている。
ただの兵士ではない。
今までになく、殺気を放ち、こちらを圧倒している。

ユラは刀を構えた。

「フェルナンド、下がってろ」
あの二人場慣れしているぞ」
「ああ

フェルナンドが眉間に皺を寄せると同時に、兵士二人が剣を抜いた。

「トレイター隊長、ここは私達が」
女に貧弱な王子十分だ」

兵士の言葉に、トレイターは目を鋭くしつつ、頷いた。

「よし、こちらは態勢を整え直す。創へ行って、王子を殺すお前らもすぐに来い!」

「はい」「……

兵士の返事を聞き、トレイターは踵を返して走り出した。

追いかけたいのは山々だが、目の前の二人がそうしてくれない。
ユラは舌打ちして、刀を握り直す。


相手二人はユラとフェルナンドの様子に動じず、同時に戦闘の態勢をとった。

細身の男は長い髪を一つにまとめ、ザードにも負けない位大きな大剣を持っている。
もう一人の男は顔に刺青をしているが、そこに表情はない。
武器は中ぐらいの剣だ。

どちらも工国で作られた剣を使っているようだが、何故か雰囲気で圧倒され、思わず後退りをしたくなってしまう。
だが、ここで下がれば、確実に斬られる。
相手二人の目は、獲物を狩る獰猛な光をたたえていた。

「俺は、そちらのお嬢さんを相手にしよう。お前は王子を」

長身の優男が指示を出すと、刺青男はコクリと頷いた。

ユラは衝動的にフェルナンドを後ろへ押す。

刹那、

男二人の剣がギラリと輝き、ユラとフェルナンドに襲いかかってきた。



長身の男が振るった剣をユラは刀で弾く。
だが、すぐ横に刺青男の斬撃が迫って来ていた。

刺青男はユラではなく、フェルナンドを狙っている。
こちらも弾き返したいが、再び長身男の剣が振られ、庇えない。
よそ見も出来ない位、動きが早く、掠っただけで服が切れてしまう。
大剣を振るう動きではない、まるで小さなナイフでも扱っているようだ。


フェルナンドは刺青男の斬撃を辛くも回避した。
どうやら、男の動きはそこまで早くないようだ。それに、命中力もない。
これなら、対処も出来るだろう。
そう思った。
だが、刺青男の攻撃はこれで終わりではなかった。

フェルナンドの足に激痛が走った。
一瞬火の棒で叩かれたように、熱さを感じ、よろめく。
足元を見ると地面が割れ、石畳の破片が周囲に散らばっていた。
割れを辿ると、始点は刺青男の外したはずの攻撃跡から始まっていた。

どうやら刺青男の攻撃は、相手に直接当てるのではなく、『剣で割った地面や物を当てて』攻撃するスタイルのようだ

フェルナンドは切れた足の痛みに耐え、刺青男を睨んだ。

刺青男はフェルナンドの視線を受けても表情を崩さず、。瞳からも感情が読み取れない。

ただ、冷たい視線をフェルナンドに突き刺していた。



長身の男の斬撃は続く。
ユラは必死にガードをするが、防戦一方である。

それにしても、相手の武器は確かに工国の脆い剣のはずだ。
だが、普通の頑丈な剣の如く振るわれている。
細工をしている様子もない。

絶妙な力加減。
剣を当てる位置。
そして動き。

全て、脆い武器でも十分に戦えるように調節している。
それでなくとも、動きがトリッキーで、読むのが難しい。
大剣使いの動きではない。
無駄に振り回すのでなく、間合いを調節し、かつ、小回りを利かせ、近距離でも対応してくる。
普段はナイフでも使っているのだろうか?
否、それでは大剣の使い方が上手すぎる。

ユラは、長身の男達が予想以上の達人という事実に焦りを感じた。


フェルナンドも刺青男の攻撃をかろうじて読み、致命傷を免れている。
しかし、体のいたる所は石畳の破片で切られ、ボロボロだ。
また、元々体力のないフェルナンドの息は上がりきり、視界もぼやけてきている。

これは危ない。
このままでは、次の攻撃でまともに食らってしまう。
自分のような戦闘訓練をされていない者など、確実に一撃で絶命するのは間違いない。

刺青男はフェルナンドの様子をゆっくりと観察しながら、次の攻撃の機会をうかがっている。
やはり何度も避けられている為だろう。
次は確実に当てるつもりだ。


「早く仕留めろ!」

フェルナンドとユラが焦りを見せた瞬間、長身の男は叫んだ。
どうやら、刺青男に向かって、らしい。

刺青男はちらりと長身男に視線を投げた。

「いつまでも遊んでるんじゃない。こちらを手伝え」
遊んでない」
「王子一人なんて一分あれば片付くだろう!?」
そっちこそ、女一人に何分かかっているんだ?……自分の事ばかり棚に上げる嫌な男
「いっ!?女性を無下に殺す事はしない。再起不能位にする為に!」
「赤い髪の女だから、だろ?女というだけで手加減するのは甘い証拠だ今すぐ逝け」
「手加減しているのはそっちだろう!?それとも本気で戦ってそれか!?ふん、弱者の遠吠えは耳触りだな」

長身男と刺青男は武器を下ろし、突然口喧嘩を始めた。
どうやら、普段からこの二人は仲が悪いようである。
一応の連携はとれているようなので、仲間は仲間のようだが

フェルナンドは一歩、横に足を移動させると、刺青男を避け走り出した。
ユラへ否、長身男の方向へだ。

刺青男は一瞬を突かれたにも関わらず、咄嗟とは思えない一撃を繰りだした。
石畳を剣で切り裂き、衝撃波の如くフェルナンドに亀裂と破片を襲わせる。
今までの攻撃とは比べ物にならない位、鋭く、速く、大きい。

それが刺青男の本気だったのだろう。衝撃で、彼の剣は真っ二つに折れてしまった。


フェルナンドの足では、振り切る事は出来ない。
衝撃波が一気に彼へ襲いかかった。
ユラは思わず、駆けだそうとした

瞬間

視界は一瞬にして、星空へと移り変わった。



ユラの体は石畳に叩きつけられた。
しかし、痛みはあまり感じない。
むしろ顔が熱い。


ユラはフェルナンドの胸の中にいた。


状況を判断するのに数秒かかったが、
フェルナンドが走り際に自分へと飛び込み、そのまま抱きしめる形で横に倒れたらしい。

まるで芝居の中で、ヒーローがヒロインをピンチから庇う時のようだ

ユラは慌ててフェルナンドから離れると、後ろから、舌打ちが聞こえた。
フェルナンドも起き上がり、笑った。


「上手く、いったようだな」
戦う力がない代わりに、頭は働くようだな」
「手に持つ物だけが、武器だと思わないで貰おうか」


ユラは再び、状況が理解出来ずに数回瞬きをした。

刺青男は自分の攻撃で武器を壊してしまった。
石畳も亀裂が走っている。
その亀裂は、フェルナンドと自分の横を通り過ぎ、長身男の前へと伸びている。
長身男の武器は折れている。

「自分を囮にして、全力の攻撃を出させる。人間は咄嗟だと、力の調節が出来ないからなその攻撃を俺に当たるように、直前で避けるそいつの攻撃をよく見て、短時間で理解したなんてな

長身男は口だけ笑った。

フェルナンドが見た限り、刺青男の攻撃は直線にしか伸びない。
曲がったり、直角に折れたりは決してしない性質のようである。
それを突いて、横に避けたとしても破片が刺さるように弱点をカバーしている。
だが、それもある程度の距離のみ飛び散る。また、先に伸びるにつれて破片の威力、量も少なくなる。
刺青男の攻撃は実質、直線上のみ強力と判断できた。

直線上の攻撃は、当たれば即死だろう。
それだけ強力なのだ。
だから、
フェルナンドは油断した男二人をハメた。

二人は仲が悪いと判断した。
喧嘩をして、お互いにお互いを『仲間』と半分思っていない。
普通なら、咄嗟だとしても仲間の方向に攻撃は繰り出さないだろう。
ユラで死角になっていた事もあるが、しかし、刺青男は見事に全力の攻撃を出してくれた。
その結果、刺青男は武器を壊した。
そして、出した攻撃をフェルナンドは十分に引き付け、ユラを庇いつつ、長身男にぶつけた。
多少足に破片は当たったが、それ以上に長身男への衝撃波の威力は凄まじいものだった。
長身男は咄嗟に大剣で防御したが、それでも後ろに2m程度押し出された。
服も少し破け、頬からは切り傷が出来、血が流れた。
そして、大剣は見事に折れた。
その程度とは思うが、長身男ほどの実力の持ち主が防御しきれないと考えると、刺青男の攻撃は恐ろしい威力だったのだと分かった。


長身男は肩をすくめる。

「まさか、相打ちを狙われるとは君の判断力に脱帽するよ」
これで貴様等の武器はない。引いてもらおうか」
「ふぅんそうだな。用意してくれた武器は壊れてしまったどうする?」
……こうする」

刺青男は長身男の言葉に、壊れた武器を捨てた。




そして、腕の防具から隠し剣を取り出した。

長身男も、腰から針のように細い隠し剣を抜く。

引きつる口元のフェルナンドとユラを尻目に長身男は笑う。

「さて、次はどうやって抵抗するんだい?」



○○○

今回の反乱を企てた反乱兵のリーダー、トレイターは、先程までいた広場を立ち去った後、知国の迷路のような路地裏を進んでいた。

「くそっまさかユラが来るとはそれに加えて王子まで……いや、他の国の奴らは何をしているんだ!?たかが王子の首を獲るだけなのに

━否、それは人の事を言えない。
貧弱な知国王子、フェルナンドの首を獲れなかった。

いや、いいや、これからまた挽回する。
すぐに態勢を立て直し、首どころではなく体中を切り刻んでやる。
大丈夫だ。
こんな事もあろうかと、十分に計画を練り、十分に準備した。
そして、この先に待機兵を用意しておいたのだ。
そいつらを使い、また、攻める。
まずは創へ向かう。
一番攻めやすいだろう。
ユラは女のくせに手ごわい。
それで兵力を削られるのは避けたい。
だから、創へ一旦目標を変える。
報告によると、創の兵士の多くは裏切ったと聞くが、創へ送った兵士の数はかなり少数だ。
心配する事はない。
ただの雑魚だ。
自分の計画に、ミスなどない。
完璧なのだ。
たかが、ユラやフェルナンド、王族に邪魔されて崩れるものではない。


トレイターは自分に言い聞かせ、路地を抜けた。

そこには、大勢の兵士達が待機している。
万が一に備えて


どう言う事だ!?」

トレイターは目を見開き、絶句した。
目の前にいるはずの

兵士が一人残らず倒れている。

うめき声を出している者もいるが、立ち上がれないようで、石畳に顔を押し付けもがいている。
血は一滴も残されていないので、全員が致命傷ではない事は分かるのだが

しかし、これでは使い物にならない。

ユラがやったのだろうか?
否、フェルナンドの元へ来るのに、遠回りするはずがない。
では、誰が?


「トレイター殿
「!?」

気配なく、背後から声をかけられたトレイターは反射的に剣を抜き、振り返り様に構えた。
すると、正面に対峙した声の主は小さく悲鳴を出し、後退りした。

「ひっと、トレイター殿、私です、剣は止めてください」
ユエ殿?」

トレイターは剣を下ろさず、正面の男を改めて確認した。

ユエ反乱参加を断った、ユラの父親だ。
頼りのなく情けない表情に、少し猫背の体。
腰には娘ユラと同系の刀が差してある。
ユラの父親とは思えない位、意志の弱そうな瞳と気迫。
今回の反乱も、娘だけを出して、自分は留守番していた。
昔は鬼神とまで呼ばれた剣豪だったが今は見る影もない。

しかし、その男ユエがどうして、この場にいるのか


ユエ殿?どうしましたか?家でガタガタ震えているはずじゃないんですか?」
ははっそうするはずだったんですけどねぇ。私は臆病ですから」
「そう、ここは臆病者が来る場所じゃない
「ところで、剣を下ろして下さいよ。物騒だなぁ」
「一つ聞こう、ここの兵士をやったのは
「剣を下ろせ!!」

トレイターが目を細めた瞬間、

周囲から大勢の武器を持った戦士が叫びながら飛び出してきた。

トレイターは動ずることなく、周りを囲む者達を見つめる。
戦士達は今にも飛びかかる勢いだ。
しかし、
ユエが片手を上げ、それを止めた。


「駄目だぞ、皆。トレイター殿は一人だ。大丈夫、彼は私を襲わないよ。武器をしまいなさい」

ユエの言葉は、一同の威圧的な気を一瞬にして打ち消した。

この戦士達は、彼の部下のようである。
武国でもユエ、カンバー領の戦士達は統制も取れ、強者揃いと聞く。
今回の反乱ではユラを除き、一人も協力しなかったが

この様子だと、周りの待機兵を倒したのも、この者達の仕業だろう。
指示したのは、ユエか?

トレイターは眉間に皺を寄せ、ユエを睨みつけた。



「どういうことだ、ユエ?」
「?なんのことですか?」

トレイターは舌打ちをする。

今回の反乱で、彼を誘ったのには理由がある。

ユエは誰よりも武王、レオを憎んでいるのだ。
彼の親は城に近衛兵として仕えていた。
しかし、ある日突然にレオは城の兵士達のほとんどを惨殺してしまった。
もちろん、ユエの親も

それだけではない。
20年程前ユエの妻、カガリはレオによって致命傷を負い、その傷が元で若くして命を落としたのだ。

恨んでも恨みきれないはずだ。
好きさえあれば、その首をとりたいはずだ。

だから、反乱に誘った。


「お前はレオ王を恨んでいるはずだ!なのに何故、奴の肩を持つような行為をする!?この反乱が成功すれば、奴の首もとれるんだぞ!!?」
……何を勘違い、しているんですか?」

トレイターの言葉に、ユエは困ったように微笑んだ。

だが、

「私は、レオの味方をするつもりはない」

瞳は冷たく、黒く揺らいだ。


「願うならば、すぐにでもレオの首を切り落として、両親と妻の墓に供えてやりたい」
では、こちらの邪魔をするな!今からでも遅くはない。ユエ、殿。協力しろ」
……

トレイターの言葉を、ユエは無言で否定した。

ユエはゆっくりと溜息を吐く。
トレイターは小さく舌打ちをする。


「お前は矛盾している!我らの、レオの味方もしない!では、お前は何のためにこの場にいる!」
そろそろ剣を下ろして頂けませんか?危ないですよ」
「どちらにしろ我らの邪魔をするなら、殺すだけだ!」
「トレイター殿、物騒な物言いはやめて下さい。あ、皆も武器は下ろしたままで」
「なめるなぁああああああああああ!」

トレイターは地面を蹴り、飛び出した。

その速さは、まるで風のように吹き抜ける如くだった。
常人の剣士以上の実力がなければ、ここまで速さはでないだろう。
トレイターもまた、達人の域に達しているのだ。

そんな達人の動きを目の前に、ユエは腰の刀を軽く持ち上げ、鍔を『カチリ』と鳴らした。


風は吹き抜けた。

そして、

トレイターはその場に体を倒した。


あ!?」

トレイターの上半身は切られたような痛みが走る。
しかし血は出ていない。
ただ、痛みだけが上半身を駆け巡っていた。

「安心してください。峰打ちなんで、ちょっと動けなくなるだけです」
「つっな、なん!?」
「さすが、トレイター殿。私の峰打ち後に喋れた人は初めてですよ」
「ど、どし!?」

痛みを堪え、トレイターはユエを見上げた。

そこには、変わらず少し猫背で微笑みを湛えながらも、冷たい目線を送るユエが立っていた。

「そうだ、トレイター殿。気を失う前に教えときます。私は貴方の味方でも、レオの味方でもありません。
私は

娘の、ユラだけの味方なんです」


ユエが言い、瞬きをした瞬間、トレイターの意識は深く落ちていった。

 


レオは、自分の両親を奪っていった。
それを過去の事だと、全てをチャラにする心の広さは私はさすがに持っていない。

だが

それは相手も同じなのかもしれない。

周りは妻、カガリをレオに殺された。と言っている。
しかし、それは違うのかもしれない。
確かに、カガリはレオの隣にいた女戦士に切られ、体の一部を失い、その傷から伝染病にかかり死んだ。

その原因を作ったのは、誰だ?

両親を殺したレオか?
レオの隣にいた女戦士か?
否、
正義だの、復讐だのと、自分の事ばかり叫び、戦いを起こした自身が原因なのかもしれない。

カガリは一度も誰かを恨むような事は言わなかった。
戦いに向かう自分を黙って追い、体の一部を失った時も嘆く事も呪う事もせず、最期まで笑っていた。

まっすぐ過ぎる正義と意志は、周りを傷付ける事があるのだろう。

だから、争わないように、穏便に生きる事にした。
人はそれを『負け犬』『臆病者』と呼ぶだろう。
しかし、
戦いによって周りが傷付くよりも、ずっとずっとマシだ。

これが、私の守り方だ。


たが、ユラは昔の自分にそっくりだ。
まっすぐで、周りを考えずに突き進む。

私は戦わないと誓った。
だが、ユラが戦うと言ったならば、その誓いを破ってでも娘を守る為に戦おう。
カガリが遺してくれた、宝物なのだから。

ユラがレオについても、反乱軍につこうと関係はない。
ユラが選んだ道なのだから。
一度道を誤った父が口出す事ではない。


そして、ユラは『好きな人を守る』道を選んだ。

その瞳と意志の強さは、よく、カガリに似ている。
はっきり言って、男で一つで十分に育てられたとは思っていなかった、がしかし、ユラはもう一人前の戦士であり、女性なのだと思えた。


カガリ。
君と私の娘はもう、大丈夫だ。
私達のように過去に囚われることもなく、新しい道を歩き出せた。
だから、天で安心して見守ってくれ。
そして、もう少し私を待っていてくれ。



「ユエ様」
「ああ

兵士達が低く声を上げた先を、ユエは見上げた。

そして、近付いてくる数人の人影に目を細めた。



○○○

ユラは息も絶え絶えに、付きそうになる膝を何とか奮い立たせて、刀を再び構えた。

「まだ構えるのかい?全く往生際の悪い娘だ

長身男は軽く笑うと、隣の刺青男と共に剣を構えた。


フェルナンドは服の裾をナイフで壁に磔にされ、必死に引き抜こうともがいている。
ヒサギの作った武具は確かに脆い。
しかし、フェルナンドの力では強度に違いなく、固い
服を引きちぎる力もなく、ただユラが傷付く様を見るだけになってしまっている。

「王子は、そこで見学を大丈夫、女性を殺す趣味はないので

長身男が剣を不自然にクルリと回した瞬間、ユラへ刺青男の蹴りが繰り出された。
普段のユラならば、軽々とあしらえるだろうが、負傷している彼女では

致命傷は免れたが、ユラはフェルナンドの隣の壁へと、背中を叩きつけられた。

「ユラ!!」
「っぐ!つつっだ、大丈夫!だけど、駄目だ、二対一じゃ、敵わない」
「お前だけでも逃げるんだ!相手は、私を狙っている!だから

「美しい愛だ」

叫ぶ声を遮り、長身男は剣をフェルナンドの首へと当てた。

「自分を犠牲にして、愛する者を逃がす劇にしたら連日満員間違いなしの美談だ」
「やめろ!フェルナンドから離れろ!」
「それには従えないな。今、俺達はトレイター殿に雇われている。目的は、王子の首。

俺達は、依頼内容をきっちりこなすタイプなんでね」


長身男は、整った顔でウィンクをユラに飛ばすと、剣に力を込めた。





「そこの二人、手を上げろ!」

刹那、後方から大勢の足音がしたと思うと、一気に周りを武器を構えた男達に囲まれた。

ユラには、一同に見覚えがあった。

反乱を起こす際、農国へ向かう事となった兵士の一部だ。
どうして、知国にいるのかいや、そんな事は後から考えればいい。
今は、
兵士達が自分達ではなく、長身男と刺青男に武器を構えている事を理解した方が良いだろう。


向かう相手が違うんじゃあ、ないか?」

長身男はフェルナンドから剣を下ろしつつ、囲む兵士達に向かい直った。

ユラはその隙にフェルナンドの袖に刺さる短剣を引き抜き、長身男と刺青男から少し間合いをあけた。

ユラ達の動きに興味がなさそうに無視し、刺青男は兵士達に剣を構えた。

……
「止めておけまだ『味方』の可能性がある限りは、剣を下ろしておけ」

刺青男は長身男の言葉で、素直に剣を下ろした。
たが、その瞳は殺気を放ったままである。


長身男は口だけで微笑んだ。

「さて?どうして、あんたらは俺達に剣を向けているんだ?俺達は『味方』のはずだが?それとも

裏切ったのか?」

長身男は目を細め、笑っているのか睨んでいるのか分からない視線を送る。
しかし、兵士達は怯まず剣を構え続けた。


どういうことだ?どうしてあいつら『味方』のはずだぞ?」
そうか、そうだったな
「フェルナンド、何か分かったのか?」

フェルナンドは、冷静に今の状況を整理していた。

自分がまだ反乱兵に捕まっている時、耳にした情報
『農に向かった兵士が裏切った』
確かに、そう言っていた。

ということは、今ここに来ている兵士達は、反乱軍を『裏切った』者達だと言えるだろう。
もしかしたら、農のサルゴンが知国まで兵士を送ってくれたのかもしれない。
いや、そうでなくとも兵士達自ら、この国を救うために来てくれたのか?

何にしても、

守るべきモノがある、全ての人々が一つとなって戦っている。

結果は
目の前にあった。



もう、この闘いは終結。ということか」

長身男は肩をすくめ、剣を鞘に収めた。
目で合図すると、刺青男も渋々剣を元の所へしまった。

「多勢に無勢。依頼人も、こんな状況では恐らくどこかで倒れているだろうな」
結局タダ働きか」
「しようがないさ。また別の仕事を探そう」

長身男は苦笑を浮かべると、突然走り出した。

男の怯まない突っ込みに囲む兵士は驚き、一瞬後退りしてしまった。
男はその隙間を通り抜け、包囲を突破した。
刺青男も兵士達の頭上を飛び越え、それに続く。

「ま、待て!」
「俺達は、報酬がないと分かっていて戦う性質じゃないんでね。負け戦もごめんだ」

兵士の一人が手のナイフを咄嗟に投げるが、男二人はそれを鮮やかに避け、

「じゃあ、またどこかで会おう勇敢な王子に綺麗な瞳のお嬢さん

薄明かりの中を駆け抜け、路地の向こうへと姿を消してしまった。



○○○

フェルナンドとユラが城に戻ると、無事を喜ぶ喝采で迎えられた。

それだけではない。
すでに反乱軍の指揮官、トレイターも『ある一団』によって、たった今追い詰めた、と報告された。

怪我人は多少いたが、死者は幸いにしていないらしい。
各国の民衆はすでに復興に動き始めたとの事だ。


五つの国、全ての反乱が治まり

長い一晩は終わった。



ま、実際武国はまだちょこちょこ反乱が続くんだろうな」
「そうかもしれんなそれが私の今後の課題となりそうだ」
フェルナンド」
「何だ?人の顔を見て」

ユラはフェルナンドの顔を覗きこみ、キョトンと目をぱちくりした。

「別にさ、『お前の課題』にしなくてもいいじゃね?」
「何だと?」
「だってさ、お前は知国の王子だろ?上手く言えないけどさこういう反乱とか戦いとか、そう、痛い思いするのは俺とか、馬鹿王子に任せとけばいいと思う」
……痛い思い、か」
「俺も頭悪いから、そんな言葉しか思いつかないけど痛い思いしても、お前みたいなのが後ろで支えてくれてるから、大丈夫だ!痛くない!」

ユラはニカッと笑う。

確かに言葉の端々は足りないが何が言いたいかは何となく理解した。


今回の反乱で、分かった事がある。

今までは自分が皆を支えてきた。
正しい道に導き、支え、傷付かないように守り続けた。
自身の事は二の次で、ずっと、だ。

だが、今回はどうだ?
実際自分は何もしていない。
ユラに助けられただけだ。

しかし、各国では自分が何もせずとも反乱を退けた。


ザードは兵士達を捕らえたが、一人も処刑はしなかった。
逆にすぐ解放して、壊した城の壁を直させている。と報告があった。
自分もその作業に参加し、アテナもそれを手伝っているらしい。

ヒサギは武具の生成を一旦止め、働いた鍛冶師達にしばらく休養をとらせるそうだ。
工へ来た兵士達には、各国で壊された建物の修復と武器の回収をやらせている。
その際に、エレンらしきおにぎりを持った女性が彼の元へ尋ねて来ていたらしいが深く考えないでおこう。

サルゴンは民衆にいつもの農作業、兵士にその手伝いを頼んだ後、どこかへ走って行ってしまったらしい大体予想はつくが、恐らく知国に来ているのだろう。
シルヴィーも無事だといいがあの娘がそう簡単にやられるとは思えない。

アレフとカリンは何故か兵士達に『神』と崇められてしまったらしい。
状況がよく理解できないが、元々アレは人の心を操る術を熟知している。恐らく、何かしらの事をしたのだろう。
しかし武国へ帰そうにも時間がかかりそうである。



「どうしたフェルナンド?どこか痛むのか?」
いや、大丈夫だ」


六年前の反乱の時は、皆が『独り』だった。
自分の体と同じように、小さく、弱く、脆い心しか持っていなかった。

だが、

人は成長出来るものなのだ。
四人否、五人がそうなれたように。

「もう、私の手がなくとも自身の歩くべき先を、見付ける事が出来たのだな」


フェルナンドが顔を外へ向けると、空へ朝日が昇り始めていた。 



フェルナンドが城の外へ出ると、その後をユラが追って来た。

「どこに行くんだよ。全くあっちこっち落ち着かない奴だなー」
ユラ、見てみろ。陽が昇っている」

フェルナンドが指差した先に、赤々と燃える朝日が昇ってきていた。
陽の光は二人の顔を照らし、新たな一日が始まる事を喜んでいるようだった。

反乱事件が終わり、そして、自身の王子達の整理も終わった。
これからは、新たな五つ国の物

「(ぐぅ!)はぅあ!?」
……

フェルナンド自身に決着をつけるための思考は、隣からの腹の音でスッパーンと払いのけられた。
どうやら、一晩中戦い続けたユラは空腹のようである。

「き、昨日の晩飯どんぶり五杯しか食えなかったからさ、ははは」
「私には十分に思えるが?」

照れたように頬を染め、屈託笑うユラの顔にフェルナンドも釣られて微かに微笑んだ。

「お前らしいな確かここに」

フェルナンドは怒る事もせず、おもむろに胸のポケットをポンポンと叩いた。
ユラが『まさか』と心を躍らせると、予想通りの言葉が返って来た。

「こんな事もあろうかと、ここに非常食飴を用意しておいたのだ」
「本当か!?」
「さぁ、手を出せ」

フェルナンドの言葉に、パッと表情を明るくするユラは、疑いもなく手を差し出した。

頭の中は飴の味の事で一杯だ。
ミカン?いや、フェルナンドの事だからメロンかもしれない。
ここは意表をついて塩飴か?
なんにしろ、フェルナンドから貰えるモノは何でも美味しい。

そんな事を考えていたその瞬間、ユラの手は




飴玉ではなく、フェルナンドの手に掴まれていた。




「???ふぇ、ふぇるなんど?」

手を掴まれたという予想もしなかった事態に、ユラの声は裏返った。
顔は熱した餅のように赤くなってしまっている。

しかし、フェルナンドはそんな彼女の様子を気にせず、手を掴んだまま跪いた。

「えっえ、ええ?あおおおい?」
「武国ホド、カンバー領主の娘ユラ・カンバー」
「え?」
返事しろ」
「あ、はい!」
「我はそなたを見初め、国を導く者に相応しく思う。よって、知国ケフラー王子、次期王フェルナンドと婚約を交わす事をここに誓って頂きたい」
「な?え、ななんだって?」
……私の妻になるかどうか聞いているんだ答えを早く言え」

『この姿は些か恥ずかしいのだ』とフェルナンドは微かに顔を赤くし、目をそらした。

ユラは、口を開けながら脳内で今の状況を整理していた。


フェルナンドが今しているポーズは前にどこかで見た事がある。
えーと、どこだったかな?
シルヴィーのあああ、とにかく今フェルナンドは何て言った?
味噌メタ?味噌?味噌違う違う!
こんやく?こんにゃくみそこんにゃく
俺は何を考えてるんだ
そうじゃなくて、フェルナンドはその後何か言っていた。

つま?ツマ?妻?

『妻』!?


「ふぇフェルナンド!?」
なんだ?」
「今、おまっ、つつつつつま!妻って!?」
「そうだ。お前を私の妻にしたいということだ。何か、不都合があれば言」
「ばかやろぉおおおおおおおお!おまっ、俺は、フェルナンドの事が、す、好き過ぎなんだぜ!ずっとずっと昔から!だから、だからっ
「だから?」
「・・・・・・・・・・・・妻になる」

顔を真っ赤にするユラにフェルナンドはクスリと笑い、ゆっくりと掴んだ手のひらへ口付けした。

朝日は二人を祝福するように、眩しい光を放ち続けている。
昨日の陽とは何も変わらない。
だが、人々は『新たな光』だと口々に囁き合う。

何かが終わり、何かが始まるそんな予感のさせる朝日の暖かさだった。


フェルナンドは立ち上がると、少し微笑んだまま、ユラを見つめた。

「ユラ、約束しよう」
 
ユラは顔を赤くしたまま、閉じれない口をそのままにポカンとフェルナンドを見つめている。

「この五つ国全てを、私一人では争いのない国にする事は出来ないだろう皆の力がいる。王族だけではなく、この五つ国に生きている全ての者の力がそれを伝えるのが、私の務めだと思う。一生をかけても行わなければならない。皆を守る為に。

だから

今ここで、お前に、このハンカチに誓う。私は全てを守る。ユラを守る。だが、もし私が立ち止まりそうになったら、後ろを押してくれないだろうか共に、皆を守ってくれないだろうか」

フェルナンドは胸ポケットのハンカチを取り出し、ユラの髪へ結った。

以前結っていたハンカチはもうしていない。
新たに結わえたそれは、ヒラヒラと風に遊ばれ揺れている。

ユラはまるでスローモーションのようにゆっくりと頷くと、ニカッと歯を見せ笑った。

「言われなくても俺はお前について行くさ!お前が全部守るっていうんだったら俺も全部まとめて面倒見てやるし、お前がとまったら頭を叩いてやるよ!」
「お前のような馬鹿力で叩かれたら脳細胞が全て死にそうだな」

フェルナンドと軽い溜息と共に、クスリと笑った。
ユラもプププっと吹き出し、笑う。

朝日はすでに国全体を照らし出している。


「俺からも約束だ!俺はもうフェルナンドを疑わない。だから、難しい事でも何でも、俺には正直に何でも言えよ。嘘はだめだからな」
「私が嘘を吐いたか?」
「今吐いただろ。飴」
信じる方が不思議だったがな」
「だから!俺はフェルナンドを疑わないって言っただろ!……だから、絶対俺の事ちゃんとしっかり嫁にしろよな」

風が二人の髪を揺らし、ユラの顔を隠す。
彼女はこう見えても、純粋な乙女だ。
きっと例によって顔を赤くしているのだろう。

フェルナンドは微笑んだ。
そして、ユラの耳元で囁く。
ユラは熱せられたやかんの様に真っ赤の顔で飛び上がった。




「今すぐ城に戻って、五国を建て直す。それが終わったら、正式に妻になってもらうぞ」



朝日はいつしか昼の陽に変わり始める。
そして、時が経つと、再び夜の月がぼんやりと空に浮かぶ。

毎日はその繰り返しである。

人々に混じり、王族達の姿も街に見えている。
恋人同士の再会を喜び、人々を導き、建物を建て直し、皆の無事を喜ぶ。

そこに地位の違いなど微塵も感じられなかった。

我等は、この国の全てはかつて負の連鎖によって蝕まれていた。
それが、人々の不信感を募らせ、国を壊さんとする反乱活動に行きついてしまったのやも知れない。

しかし、昔は昔である。

我等は、今こうしている間にも人生を歩んでいる。
確かに、割り切れない過去もあるだろう。
変えられない過去もある。
だが、
後ろを見ているばかりでは、進めない。

私もいつまでも後ろに皆がいると思っていてはいけない。
すでに皆は後ろにいない。
速度は違えど、我等は同じ線上を歩き始めている。
遅れてはならない。
大丈夫だ。今はそれぞれに共に歩く者がいる。

私の横には馬鹿力の腕を鳴らす者がいる。
少しでも私が立ち止まろうものなら、その鉄拳が飛んでくる。
これはうかうかしていられない。
彼女に叩かれないように、
彼女の手を掴んで前を見て歩こう。
飴をやる、と言えばすぐに信じる可愛い奴だ。
それでいて、傍にいる事が心強い。

きっと皆もそうだろう。

どんな関係であれ、共にいる者は心の支えとなる。


後ろは暗い。
だが、
前は明るい。
明るすぎて、道さえも見えない。
否、前に道などないのだろう。
もう過去から続く道は終わった。

我等は

五つ国は新たな道を歩み始めた。

始まりはただ一つの出会いだったかもしれない。
それぞれに嬉しかったり、辛かったり、小さな些細な一瞬の出会い。

それが今、『本当の始まり』を紡ぎ始めた。

これは誰かが決めた物語ではない。
我らが作り、我らしか進めない、自分だけの物語。


最後になったが、ここに記すものは、物語の一部でしかない。
幕は降りるが決して終わりではない。
終わりは始まり、始まりは途中でしかない。

どこぞの創のような表現だが、今のところ一番適切な言葉はそれだけだろう。

五つの物語はここで一時閉幕。
だが、すぐに新たな物語を記し始めるだろう。
その時は再び会おう。


この手記を後世の我が子達に残す。
知国ケフラー 第55代目国王 
フェルナンド=ケフラー



「フェルナンド様」

フェルナンドがペンを置くと同時に、自室のドアがノックされた。

軽く返事をすると、執事がドアを開け、頭を綺麗な角度で下げる。

「失礼いたします。フェルナンド様、ユラ様がお見えです」
「そうか、もうそんな時刻か」
「はい。今日も」
「壁を乗り越えてきたか何度注意しても治らんのだな分かった、すぐ行こう。下がれ」

執事は再び頭を下げると、退室した。

フェルナンドは軽く溜息を吐く。
しかし、顔は笑っていた。


窓の外は晴々としている。
小さく見える城下の人々は、生き生きと笑いながらのんびりしたり、忙しそうにしたり


この平和が好きだ。
ずっとこうやって人々の幸せを耳にしながら、のんびり読書を楽しみたい。

それはこの先の自分のやり方次第だ。


「とにかく、今は」

フェルナンドは席を立ち、中庭を目指す。
きっとそこに、腹を空かせたユラが待っているだろう。
城門ではなく、何故か城壁を飛び越えてくる、とても無謀な彼女だ。

ユラの幸せそうな顔を見ながら、この先の事を考えよう。
急ぐ事はない。時間はたっぷりある。

今は

彼女の笑い顔を見て、自分も静かに笑おう。


○○○


フェルナンドが退室した部屋の机に、本が一冊残されていた。

普段から整理整頓を心がけている彼には珍しく、出しっぱなしのままである。

それは少し表紙の禿げた本。
使い古された頁の本。
インクが染み込んだ本。
ずっと昔から手記を書き続けている本。
先程、手記を書き終えた本。
もう続きを書かれる事がない本。


その本の題名は


『五つ国物語』



【完】
ありがとうございました。