☆人/H星人
2025-07-28 20:25:40
13414文字
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四話 叶いの罪 ≪エレン視点≫


【叶いの罪 エレン視点】

第四話の裏話もといエレン視点。
本編と合わせてご覧ください。
恐らく、こちらを読まないと本編が分けわからなくなりそうなので

どうぞ、のんびりとご覧ください。


ーーーーーーーーーーーー

滅多に鳴らない家の呼び鈴がエレンの耳に聞こえてきた。

エレンは顔を上げた。


【背ける真実】


両親は仕事で出掛けている。

エレンはゆっくりと階段を下り、玄関のドア越しに声を出した。


どなたですか?」

外から数人の声がこそこそと聞こえてくる。
どうやら、顔馴染みのサルゴンではないようだ。

エレンは再び声をかけた。

今、両親は出掛けていますので、またあとで
「いえ!」

エレンがドアから離れつつ、溜息を吐くと外の声ははっきりと答えた。

「私達はエレンさんに用があるんです」




聞き覚えのある声だった。

エレンは素直にドアを開けると、今度ははっきりと確信した。


「突然すみません、エレンさん」
シルヴィーさん?」

エレンの前で、凛とした声のシルヴィーはお辞儀をしたようだった。

「こんにちは」
「あ、ここんは」

後に続いた声は確か、武の次期王妃のアテナさんと創のカリンさん。

エレンは軽く会釈をして、首を傾げた。


「どうして、ここに?」
「ここの家はサルゴン様に聞きました。それで……エレンさんの事が心配でここに来たんです」
「え?」

シルヴィーは頷いたように、一息置いて続けた。

「先日のエレンさん、とてもつらそうでサルゴン様との浮気を勘違いしたお詫びも兼ねて、今回の事件私達に解決させてください!」
「大丈夫です。危なくなったら、きっとザード様が助けてくれますよ」
「わ、私もシルヴィーさん達に助けられたんですよ」


エレンは少し驚いたが、すぐに微笑んだ。



昨日今日会ったばかりの自分を助けてくれるなんて


「ありがとうございます皆さん優しいですね」


凄い、と思った━━



○○○



エレンは三人を家の中に通し、お茶を出した。

その作業中、心配したアテナが来てくれたが、一人でもスムーズに紅茶をいれる事が出来た。
アテナはびっくりしたようだ




「エレンさん、今回の事件の事を詳しく聞かせてください」

シルヴィーは、真剣な声で言った。
『辛いでしょうが』と後に続けて。

エレンは俯き、少し考えた後ゆっくりと頷いた。


「先日も、少し説明したように森に出掛けた時に仲良くしていた動物……小鹿が殺されたんです」
その前日や前に、前兆などはありましたか?」
「いえ、ありません。本当に、突然にだだ」

エレンの最後の言葉に、一同は息を低くして聞きいった。

家中が静寂に包まれるのを感じる


エレンは声を小さくした。


「毎回同じ足音と声が聞こえるんです」


エレンは目が見えない分、聴覚は人一倍良くなっていた。

近づいてくる足音で、誰が来たか分かるし、呼吸でも分かる。


「足音も、声も変えられる物ではありません。たとえ子供の頃から比べたとしても、根本的な特徴は変わらないんです」

一同はエレンの強い言葉に、訝しげな間をおいた。

「私は、嘘は言っていないんです信じてください、今から話す事を」


エレンは過去にあった事を三人に話し始めた。


ピチの事。
看病していた事。
その時はまだ目が微かに見えていた事。

そして、

ピチを殺された時の事を━━



話の途中で、勘のいいシルヴィーだけではなく、アテナもカリンも気付いた。

過去の話と今回の事件を繋ぐ意図を━━



「私は『あの人』をただ当てずッぽうに犯人だと決めつけている訳じゃないんです……『あの人』は、確かにピチを、殺したんです忘れもしません。あの声も、気配も━━」


エレンの見えない瞳に、『あの少年』の姿が浮かび上がった。

無邪気に笑い、矢の刺さるピチを持っていた


空の色も、森の色も、両親の顔も忘れてしまったのに━━

『あの光景』は忘れる事が出来なかった。


「信じてください確かに『あの人』なんです。いつも、動物達が殺される度に現れるのは

エレンはそれ以上は言えずに俯いた。


「エレンさん

少しの沈黙が流れ、エレンの肩に手が添えられた。
耳元に聞こえる声は、アテナ。
とても優しい人だ


「━━分かりました。エレンさんを信じましょう」

シルヴィーは凛とした声で言うと、勢いよく立ちあがった。


「直接、話を聞くことにしましょう。ヒサギ様に」
「ふえちょ直接ですか?」
「カリンさんの時はまどろっしく回り道をしたからあんなことになったのです。ですから、今回は直接聞いてしまいます」

『あわわ』と慌ててるらしいカリンの横を過ぎ、シルヴィーはエレンの元へ立った。


「エレンさん、参りましょう」
「でも
「このまま何もしないのはいけません。行動しなくては」

シルヴィーはエレンの手を取り握った。

「誰でも怖い事は怖いですでも、立ち向かわなければいけない事もあるんです」
……

エレンは


ゆっくりと頷いた。


【続く】


ーーーーーーーーーー

【罪の身代わり】


エレン達は森の中を歩いていた。


農国には、他国のように定期に走る馬車がない。
そのため、隣の国に行くには徒歩しかなかった。


「確かこの道が工国への近道だと思ったのですが

シルヴィーは先頭に立ち、首を傾げた。
サルゴンにかるーく説明されたのだが、如何せん目印がないと森の中はどこも同じ風景に見えてしまう。

唸るシルヴィーを横目に、カリンはエレンを覗きこんだ。


「迷ってもエレンさんがいれば大丈夫です。ここ、よく来るんですよね?」
「あ

エレンの顔が一瞬曇った。

「エレン、さん?」
……ごめんなさい私、分からないんです」
「ふぇ?」

カリンは大きい目をさらに見開き、動きを止めた。
エレンも立ち止まり、俯いた。


「私あの広場切り株の場所にしか行けないんです」

『目が見えないから』

エレンは最後、呟くように言った。

目が見えないから、何もできないしどこにも行けない。
森の中も、分からない。

「だから、待っているだけなんです」
?」

カリンが首を傾げると、前から声がした。


シルヴィーの隣のアテナだった。
頭にリスが乗っている


「う、上から降ってきましたよ」
「大丈夫ですか?!」

わたわたとするアテナとシルヴィーを無視して、リスは大きくジャンプをして着地すると、カリンの目の前に走り寄って来た。

リスはフンフンと鼻を鳴らすと、カリンの足をペシリと叩いた。

「あう」
構えって事ですかね」

エレンがしゃがんで頭に触れると、リスは身を振るってカリンの体へ登り始めた。


「あわわ
「カリンさんが良いみたいですね」

リスは肩に移動すると、再びフンフンと鼻を鳴らした。

その姿は可愛らしくも、憎たらしい


「カリンさん、気を付けてください!リスは爪が鋭
「え、そうなんですか?私も塔の森でリスさんと仲良くしてましたよ」

シルヴィーとアテナが近寄り、リスを見た。


エレンはやんわりとした雰囲気に笑みがこぼれた。

皆がいる事もそうだが、何より警戒して出てこなかった動物が出てきてくれた事が嬉しかった。





刹那、



森に何かの影が横切った。
誰も気付いていない。

微かにエレンだけが何かの足音に気付いた。

この寒気は━━


「きゃあっ」



エレンが口を開く前に、カリンが地面に倒れた。
後ろの木に何かが刺さる。
リスがカリンの肩から、地面へ叩きつけられ、アテナとシルヴィーは動揺したように、小さく悲鳴をあげた。


エレンは瞬時にその状況が『いつもの』事だと、判断した。
近づいてくる。
『あの足音』が━━


「動くな!」




その声に反応して、シルヴィーが振り返った。
地面に倒れるカリンに、アテナが手を差し伸べる。
エレンは

また

血の匂いを感じて、身を震わした。





シルヴィーの視界に、ボウガンを構える『あの人』ヒサギが映った。

カリンが倒れた少し先に、リスが身を横たえている。
ボウガンの矢で体を抉られ、すでに虫の息だ。


ヒサギはシルヴィーの視線を無視するように木に刺さった矢を引き抜くと、目を細めた。

その様子に、身が熱くなった。

「やはり貴方が犯人だったのですね!?目的はなんですか!?」

シルヴィーはヒサギを睨みつけた。

この状況で一人、冷静なヒサギ━
普通ならば事情を聞いてもいいではないか。
状況が飲めているから、慌てないのではないか

「俺は━━」

ヒサギは怯えたような表情を見せた。
しかし、それはほんの一瞬の事だった




「動くな、この外道!」

別の声が響いた瞬間、ヒサギのボウガンに矢が刺さり、弾かれた。

ヒサギが膝を付くと、一人の青年が前に立ちはだかりボウガンを向けた。


「大丈夫かい、エレン!?」
「━━テッド?」


エレンはハッとし、名前を呼んだ。


青年、テッドは昔からの顔馴染みである。
よく畑で採れた野菜などを差し入れしてくれる


テッドはヒサギの頬にボウガンを押しつけると、睨みつけた。


「最近このあたりをうろうろしていると思ったらエレンに何をするつもりなんだ
……

ヒサギは答えず、視線を泳がせた。


「彼女をこれ以上悲しませるな!」
「っ━━」

テッドは心の底から叫ぶと、ヒサギは身をよじり、ボウガンから逃れた。
そして振り返りもせずに走り出した。

テッドは捕まえようとするが、足元のリスが消えている事に気付いて、立ち止まった。

「待てっ!」

ヒサギの背中が小さくなっていく。



テッドは舌打ちをした後、女の子達へと振り返った━━


【続く】

ーーーーーーーーーー


【ずっと前から】


一同はエレンの家へ引き返すと、カリンの手当てをした。

幸い、カリンの怪我は膝と手を多少すりむいていただけだった。


「大丈夫みたいだね」
「ははぃ

カリンを覗きこみ、テッドは微笑んだ。
その笑顔は柔らかく、優しかった。


テッドは、三人を守る様にここまで付いてきてくれた。
何でもここ最近、怪しい人影を見かけていたから森を見回ってくれていたらしい。


「ありがとう、テッド」
「いいんだよ。俺暇だしさそれに、エレンが心配だったし」


テッドは照れたように、頭を掻くと窓の外を覗いた。


「あいつよく見かけてたんだ。毎回動物の死骸を持って走ってた」


テッドの言葉にエレンは一瞬身を震わした。

その様子に、シルヴィーは目を伏せた。


「エレンさんの証言そして、私達の目の前で起きた事実……もう、ヒサギ様が犯人だと言わざるえませんね」
でも」

アテナは首を振った。

どうしても、悪い人だとは思えない。
自分を助けてくれた。
法が変わった時、とても優しそうに笑ってくれた。

さっきの表情も


とにかく、相手は一国の王子だ。次に行動をした現場をおさえよう」


テッドが言うと、シルヴィーも頷いた。


「もう、エレンを悲しませる事はさせない」
「テッド

エレンが顔を上げると、テッドが肩に手を置いた。


『ピチ』と同じような事も、させない」
え」
「『ピチ』を殺したのも、アイツなんだろ?

ええ」
「『ピチ』はエレンの大切な友達だった俺が一番よく分かっていたよエレン」


テッドは言葉を一旦切り、エレンの手を取り握った。


「テッド━━」
「エレン、ずっと昔から子供時から一緒だつたよね」
……
「初めて会った時から、君に恋をしていたんだ」


テッドの手が震え、力が増した。


「今回の犯人アイツが捕まったら結婚、してくれないか?」


一同の耳に、テッドの低い声が余韻のように木霊した。


告白を自分にされたかのように
いや、自分の時を思い出しているのか、外野の女の子三人は赤面していた。


エレンの体が微かに揺れた。


テッド」
「いや、返事は俺があいつを捕まえてからにしてくれ」

テッドはエレンから身を放すと、ドアに向かつた。


ドアノブに手をかけると、振り返りウィンクする。
まるで『見ててくれよ』と言うように



テッドが退室した部屋は、一瞬の沈黙の後騒がしくなった。


「エレンさん!」
「ててててテッドさんに告白を!」
「おめでとうございますです」

アテナ達三人は顔を見合わせて笑った。


エレンも

早く捕まるといいです」

微笑んだ。



【続く】

ーーーーーーーーーー

シルヴィーは目の前の家の呼び鈴を鳴らした。
その音は周囲に響き渡る


昼間の農国は畑以外静かで、人気がない。
恐らく国の住民全員が仕事に出掛けているからだろう。
家の周りも例外ではなく、薄暗い。


しかし、シルヴィーの前の扉は開いた。

うっすらと開かれた扉の向こうに、見慣れた顔が覗く。

シルヴィーは丁寧に頭を下げた。



【お菓子】



「急にお邪魔してすみません」
「いえ、大丈夫ですよ」

シルヴィーの言葉に、前を歩く女性エレンはニコリと答えた。

本来のエレンはこのように、落ち着いた美しさを持っているのだろう。
その笑顔は、同性のシルヴィーでさえ頬を染めてしまうほど綺麗で、心を和ませた。

そんな彼女に辛そうな顔をさせるとは
シルヴィーの胸はチクリと痛んだ。



「今、丁度マフィンを焼いたところなんです」


エレンはリビングルームへシルヴィーを案内すると、先客がこちらへ振り向いた。


「━━あ、テッドさん」
こんにちは」


シルヴィーが頭を下げると、テッドは爽やかに微笑んだ。

恐らくテッドはエレンの事が心配で、様子を見に来てくれたのだろう。
やはり、家であろうと何があるか分からない


「すみません、お二人のところお邪魔して
「はは気にしないで。二人より誰かいた方が楽しいし」


テッドはそう言いながら、シルヴィーを向かいの椅子へ促した。

エレンは
どうやらキッチンへ向かっているようだ。



「ところで、今日はどうしたんだい?君一人が来るなんて


椅子に腰かけたシルヴィーにテッドは訝しげに尋ねた。

てっきり遊びに来る時はアテナとカリンも一緒だと思っていた。と言わんばかりに。

特にテッドは怪我をしたカリンを別れるまで心配してくれていた。
━━優しい性格は、農国の標準なのかもしれない


シルヴィーは首を振った。


「いえあれから、こちらに動きはあったか気になりまして
そうかいや、こっちもあれから動きはないよ。エレンも少し元気になったし」

テッドは軽くキッチンへ目配せすると、にこりと微笑んだ。

「このまま、もうアイツが現れなければ良いんだけど

『絶対捕まえたいというわけではないんだ』と、テッドは呟いた。
もう二度と、エレンに近づかなければそれで良い。
訴えたり、告発もするつもりはないのだ。


「エレンが幸せなら泣かないのなら、このままでいいんだ」
「テッドさん


シルヴィーが声を下げると、エレンが紅茶とマフィンを運んできてくれた。


部屋にマフィンの香ばしい薫りが漂う。
それに紅茶の薫りも混ざり、心を落ち着かせる。

ちょっと暗い雰囲気は、エレンの登場で柔らかく明るくなったようだ。


「どうぞ、ムラサキンの実を練りこんでみたんですよ」
「わぁ

薄紫のマーブル模様のマフィンは店に売られていも不自然ではないぐらい、美味しそうな出来である。
エレンはにこりと微笑むと、シルヴィーの分の紅茶を注いでくれた。

シルヴィーは目を輝かせてマフィンを手に取ると、感動の声を漏らした。


「これはエレンさんが作ったのですか?」
「ええ。材料は、用意してもらった物ですがあとは全て私が」


エレンが注いだ紅茶を差し出すと、シルヴィーはマフィンを一口頬張った。

その瞬間、シルヴィーの顔は一段と綻んだ。


「美味しい!」
「本当ですか?ふふ、ありがとうございます」
「甘さも丁度いいですしエレンさん凄いです!」
「え?」


シルヴィーはあっという間には一つ目のマフィンを食べてしまうと、紅茶を飲んで一息ついた。


「私、どうしても料理が上手くいかないんですよ
「そうなんですか?」


エレンは言葉を選びながら、以前サルゴンが話していた事を思い出していた。


お昼に出されるおにぎりが赤いとか、クッキーがしょっぱいとか


「本を見て作っているはずなんですがサルゴン様 以 外 は美味しいって言ってくれないんです」
ま、まぁ」
「一昨日なんて、お父様が私のつくったケーキで寝込んでしまいましたしちょっと青かったのが悪かったんですかね?」
……(汗)」


シルヴィーは「むう」と唸ると、ちっと困っているエレンへ顔を向けた。


「私は、目が見えても本を読んでも、上手く料理が出来ないのに本当にエレンさんは凄いです!」
「いえ、昔からやってますし
「そこが凄いんですよ」

シルヴィーが席を立つと、エレンは首を傾げた。

「シルヴィーさん?」
「私に出来ない事を、エレンさんは出来ます。そうですよね!出来るんですよ!」


困惑するエレンの手が、突然握られた。


「人に出来ない事なんかないんですよね!やれば出来るんですよ私だって頑張れば!」
……あの」
「ありがとうございます、エレンさん。私、エレンさんのおかげでちょっと勇気出ました」


シルヴィーは勢いよく踵を返すと、出入り口へと走った。

ドアノブを握ると、一旦エレン達の方へ振り返り、深々と頭を下げた。


「お茶とマフィン、御馳走様でした!私も今から帰って何か作ってみます!」


「失礼します!」と言いながら、シルヴィーの声は遠のいていった

部屋に残された二人は、嵐のように去ってぃった彼女に言葉が出て来ないようである。


「何しに来たんだあの子」

テッドはエレンの隣に立ち、首を傾げた。
しかし、すぐに表情を曇らせるとエレンの髪を撫でた。


今の、気にするなよ?」
「え?」
……まるで、自分は目の見えないエレンと違って何でもできるそう言ってるみたいじゃないか」

テッドの言葉にエレンは俯いた。

そうですね」
「エレン

その動作に、テッドは思わずエレンの手を握った。
そして、額を重ねた。


「エレンは、そのままで良いんだ。そのまま変わらないエレンでいてくれ今でも十分、魅力的だから」



テッドの優しい声が、エレンの心に刺さる。

エレンは、笑った。


ありがとうテッド」



【続く】

ーーーーーーーーーー

その日の農国はよく晴れいた。
盲目の身とはいえ、頬に受ける心地良い風は、自然と外へエレンを誘った。


【オススメ】


風が地面に落ちている葉を巻き上げ、カサカサと音楽を奏でている。

エレンは、以前より賑やかになった森に耳を傾けながら歩いた。


そう、何もなかった時は穏やかで、心地良い場所だったのだ。
今は━━随分変わってしまったが


「エレン?」


後方から足音を感じ、エレンは振り返った。
その声は聞きなれた、優しく、温かい彼のものだ。

エレンは名を呼び返した。


「サルゴン様」
「今、家に行こうと思ってたとこだで。丁度良かったべ」

声の主サルゴンは明るい調子で歩み寄ると、手に持たれた籠からブドウ出して、エレンの頬に付けた。

エレンは動じずに笑った。


まあ、ブドウですか」
「んだ。今日収穫したけ、エレン家にもお裾分け」
「ありがとうございます」

エレンが頭を下げると、サルゴンもニコリと微笑んだ。



エレンとサルゴンは昔からの幼馴染のようなものだ。
だから、差し入れの時も今のように物を肌に触れて確かめさせる。
その事を知っているから、エレンも動じない。

そう言葉を交わさずとも、お互いの様子は手に取る様に分かるのだ━



エレンは歩き出すサルゴンを感じて、後を追った。
きっと、ブドウを家まで運んでくれるのだろう。

それに、


最近は、平和だべな」

サルゴンは呟くように、小さな声で言った。

先日もシルヴィーが来てくれたが皆エレンの事が心配なようで、。サルゴンもエレンの様子を見に来てくれたのだ。


エレンは、ゆっくりと笑顔を作ると、サルゴンの方へ顔を向けた。


「ええ。少しずつですが、森も活気付いていますし。もう、心配ないですよ」
……


サルゴンは昔からエレンの事を気にかけてくれていた。
目を患い、外出もあまり出来ないエレンの元へ来ては、話し相手になってくれたり、手を引いて遊びにも連れ出してくれた。


「エレン
「?」

その時、サルゴンの足が止まった。
不意を突かれたエレンは少し前に出てしまう。

森の木々がザワザワと揺れた。


「サ
「まだヒサギの事を犯人だと思ってるのけ?」

鳥の群れが飛び立つ。
足元の花が、花弁を落とした。


「オラも、最近ヒサギの事は見かけねぇ。でもな、ヒサギは何もしてねよ。オラの友達は、皆優しいけぇ」

『エレンも含めて』
サルゴンは最後に、強調するように付け加えた。



二人の間を枯れ葉が通過する。
風の音は小さく、遠ざかった。



私には、分かりません。何も━」

エレンは俯くと、ゆっくりと首を振った。

サルゴンの心情は分かる。
しかし、表情は暗闇に阻まれていた。



……そか。ごめんな、急に」
「いえ」


エレンが息を吐くと、再びサルゴンは歩き出した。

その足取りは、先ほどよりもゆっくりとしたもので、エレンも歩きやすかった。


「━━そうだ。サルゴン様、丁度昨日タルトを焼いたんです。家に着いたら是非食べてください」
「本当け?オラ、エレンの菓子好きだでー」


サルゴンはいつもの調子で、人懐っこく答えた。
エレンもその声に微笑む。


「シュシュの実を昨日テッドに貰ったんです」
「シュシュの実けぇ。もうそんな時期だべなーテッドも元気け?」
「ええ、とても」


シュシュの実は、農国の山地に自生する甘酸っぱくて焼き菓子に重宝する木の実だ。
一年のうち、わずかな期間にしか収穫できないため、農国以外ではあまり食べられない、ちょっと貴重な物である。
乾燥させた物は朱色の染料として用いられ、某布織りの名手もよく使っている。


サルゴンは、何かを思い出したように手を叩いた。


「そだ。シュシュの実といえばエレン、この前カップ割ったとか言ってべな」
「えあぁーそうですね。洗っていたら、持ち手がぽろっと二つでセットだったんで、ちょっとショックでしたね」

エレンは苦笑を浮かべた。
お菓子作りが好きな彼女は、ティーカップも少しこだわりがあるようである。

サルゴンはうんうんと何度か頷いた。


「この前な、工国へ野菜卸しに行った時、陶器工房を見ただよ。そしたら、朱色の綺麗なカップがあったべよー」
「まぁ
「エレンも行ってみると良いけぇ、あそこのほんと綺麗だで」


サルゴンは前方に見えてきた家へ、小走りに足を運んでいった。


「サルゴン様━━」

手を伸ばして追おうとした。
しかし、

エレンの手は、引かなかった。



「エレンー早く来いなー」

サルゴンの声は、タルトを待ち兼ねる明るい声だ。

エレンは

━━はい!」

答えた。



【続く】


ーーーーーーーーーー

庭先の花は、もう満開となっている。
甘い蜜の薫りに顔が綻ぶ。


【甘い薫り】


「あれ、エレン何してんだ?」


エレンが家の庭先でビンを洗っていると、聞きなれた声が後方から聞こえてきた。

ちょっと幼さも残りつつ、優しい声だ。

エレンは笑顔を浮かべた。


「テッドええ、ちょっと果実酢でも作ろうと思って」
「へえー」

テッドは、エレンの後ろにある沢山の果物に気付いてか、納得した様に頷いた。



エレンは水洗いしたビンを軽く拭くと、事前に切ってあった洋ナシをビンの底へひいた。
その上に砂糖を詰め、酢を流し込んだ。


「あとは棚の中に入れるだけと」

エレンはホクホクとした様子で、漬けたビンを新聞で包むと、テーブルの上へ置いた。


テーブルの上には、果物のほかに氷砂糖や酢という基本的な材料が置かれている。
テッドは、その中の見慣れない物に首を傾げた。

やかんに、熱湯が入っている。


「エレン、これやかんは何に使うんだい?」
「それ?消毒用に」

エレンはにこりと笑うと、やかんを手に取った。

「果実酢って、長期保存するでしょう?だから、消毒しといた方が安心なの」

エレンは次のビンを片手で持つと、やかんを傾けた。
消毒といってもかなり適当なようだ
というか、熱湯の後に水洗いは如何なものかと思うがそれがエレン式というか、農国ならではの緩さなのだろう。


しかし、テッドは『わあ!』と叫ぶと、エレンの腕を掴み、やかんを取り上げた。


「あ、危ないじゃないか!もし、火傷なんかしたら

テッドがブルリと震えると、ビンも取り上げた。

「俺がやるよ。エレンは、見えないんだから危ないよ」
テッド」


エレンは少しの沈黙の後、ゆっくりと頷いた。


○○○


全てのビンに果実酢の元を詰め込むと、エレンとテッドはやっと一休みできた。

二人の前には、以前作っておいたサクランボ酢が飲み物として出されている。
その味は疲れた体に程よい酸っぱさと甘さで、とてもリラックスの出来た。


風が二人の髪を揺らす。


「良い風だな」
「ええ」

はっきり聞こえるわけではないが、微かに鳥の歌声が響いて来た。

だんだんと生き物が森に戻りつつあるようだ━━


テッドはサクランボ酢を一口飲むと、ぐるりと周囲を見回した。


「うんやっぱり、こうでなくちゃな」
「え?」
「森や動物達が元気じゃなくちゃ駄目ってこと」

エレンはニコリと笑い、頷く。


温かい日差しを受け、見えない瞳さえ眩しい事を思い出しそうだ。
まるで事件などなかったように、穏やかで静かである


テッドも頷いた。


「だよな。やっぱりエレンが引き立たないしそうだ、エレン気を付けてくれよ」


うんうんと頷いていたテッドは手を叩いて、エレンに向かって乗り出した。


「今日は何もなかったけど、熱湯なんか使って危ないじゃないか」
「えでも、いつも使って
「これからは、俺が全部やるから。エレンに何かあったらあー、考えたくない」
「テッド」
「大丈夫大丈夫。俺、結構家事とか得意だし。今時男もそのくらい出来なくちゃな」

テッドは笑いながら、そっとエレンの髪に触れた。

ふわりとしていて、まるで羽根のようだ。
テッドは愛おしそうに目を細める。


「エレンは何も心配しなくて良いんだ」
テッド」
「大丈夫、俺がいるから俺を頼ってくれ」


エレンが口を開こうとすると、突然抱きしめられた。


鳥達の声が霞む。
風が止んだ。

まるで二人だけしか世界にいないと思わせる位、周囲は静かになった。



愛してるよ、エレン」
「テッド」
「綺麗な髪も、顔も、体も全て」
……
「俺だけのエレン



テーブルの上にある、飲みかけのサクランボ酢が、氷を溶かし、カラリと鳴った。



【続く】

ーーーーーーーーーー


テッドは納屋に野菜をしまうと、額の汗をタオルでぬぐった。


少しゆっくりとしたいが、休んでいる暇はない。
脇に置いてあるボウガンを手に取ると、テッドは歩き出した。


毎日の日課となっている、森の見回り。
『あいつ』が来ていないか食事をする時間も削り、見回っている。


何もなければ、それで良い。
エレンが、自分を頼ってくれているから━━



【傍で笑うのは



テッドは眼前に見えてきた人影に声をかけた。

「エレン!」

しゃがんでいた人影エレンは振り返ると、笑顔を浮かべた。

どうやら庭の花壇に水をあげていたようだ。
ジョウロの水滴が反射し、キラキラとエレンの微笑みが輝く。
その美しい笑顔は、森を歩きまわった疲れを飛ばしてくれた。


「エレン、今日も森を見回ってきたよ。誰もいなかったし、静かなもんだった」

エレンは『そう』とほっとした様に息を吐いた。

きっと、俺を心配してくれていたのだろう。
そんな優しいエレンも好きだ。
そして心配そうな表情も綺麗だ。
エレンの全てが好きだ。


テッドはエレンの頬を撫で、その幸せな一時を味わった。
彼女の肌は陶器のようにすべすべで、ケーキのように柔らかい。
ずっと触っていたくなる。


しかしエレンも恥ずかしいのか、すぐに離れてしまった。
そんなはにかむエレンも好きだ。


エレンは気を取り直すように、庭のテーブルへ案内してくれた。
すぐに甘い紅茶と手作りのタルトを運んで来てくれる。
疲れた俺をいたわる様な、チョイスだ。
そんな気のきくエレンが好きだ。



「エレンは昔から料理が上手だよな」

俺はエレンと昔の話をした。

昔作ってもらったプリンは分離していたよね。とか、一緒に虫取りや花も摘んだ。

そうそう、俺があげた七色の花を持って、満面の笑みを浮かべたエレン
本当に可愛かった。


エレンには花が似合う。
でも、持ち帰ろうとした途中に山羊に食べられたよな。
二人して、笑った。


動物とも仲良くやっていた。
ピチも、とっても大事にしていたな
ピチとエレンと俺ずっと一緒に遊んでいたかった。

いや、暗い顔になってしまう。
忘れよう、ピチは。
そして、『アイツ』も。


目が見えなくなっても、俺の気持ちは変わらないよ。
だって、エレンは綺麗だから。
全てが綺麗だから


ああ、もう休憩時間も終わりだ。
持ち場に戻らないと、親父にどやされてしまう。
昔から人使いの荒い人だ。
俺ばかりに仕事を任せている。

エレン、明日も来るから。
いや、ずっとずっと未来まで




「テッド
「ん?」

エレンは立ちあがるテッドに顔を向けずに、呟いた。
手を握り、少し震えている。

「エレン?どうし
「どうして、ピチの事知ってるの?」
「え?」

テッドが良く分からないとばかりに声を出すと、エレンは何度も首を横に振った。


「テッドはピチの事知らないでしょう?」
「何言ってるんだ、エレン?ピチは俺が
「違うピチは……あの人から預かったの」


エレンは一瞬言葉に詰まりながら、しかし、最後の言葉ははっきりと言った。


「だって、テッドとはピチが殺されてしまってから、初めて会ったから!」

テッドの動きが止まった。
否、硬直した。

エレンはそれに気づかず、続けた。


「よく覚えてる凄く明るい声だったからピチがいなくなって、凄く悲しかった時に、沢山果物とか持って来てくれたから……でもあの時、テッドは自己紹介もしなかったよね」

二人の周りに風がなくなった。
しかし少し、肌寒い


「ピチだけじゃない。私はテッドと出掛けてない料理も、最近食べさせたばっかり
「エレン」
「テッドからは果物とか野菜とかそれしか貰った事ない花は
「エレン!」
「止めて!」


エレンは掴まれた腕を振りほどき二、三歩後退った。

周りはシンと静まりかえり、緊張の空気が肌をキリキリと締る。


テッドは手を伸ばした。


「何を言ってるんだ、エレン。エレンはずっと笑ってくれていたじゃないか。傍で。隣で。俺の為に。そうだろ?好きだと
「ごめんなさい


テッドの瞳孔開いた。


「もっと、早く言えば良かった私には、好きな人がいるの遠い、とても遠くて手の届かない人だけどずっと昔から一緒にいてくれて……私と笑ってくれた


エレンは俯くと、家に走り出した。




テッドは


独り残された━━



【本編へ続く】