☆人/H星人
2025-07-28 20:15:28
47622文字
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現代編 三話 衝撃の不協和音


嘘は甘美な蜜の味。恐怖で支配してあげる━━


さあ、どうしてくれようか?


監禁して

毎日、一日中、一瞬も目を離さず

そうだ、コウノトリを試そうか?


いや、まずは膝砕き器で歩けないようにしよう。


そうしたら木馬で遊んでやろう。


許しを請い、涙をダラダラと流す顔が目に浮かぶ

でも、許してなんかやらない。


苦悩の梨、異端者のフォーク、魔女の楔、バイオリン

試したい器具は山とあるのだから


俺の名前を呼びながら、


苦しみで、俺の事しか考えられないように


ぐちゃぐちゃに

痛めつけてやろう。


アハハハハハハ

ハハ
ハハハハハハハハ
ハハハ 




○○○○

晴れ渡った空の下━━

すでに日常となった大声が響いた。




「俺をよ!!」
「寝言は寝て言え、愚か者」


今日も知国ケフラーの中庭は賑やかだ。

武の国の娘ユラが日課と化した知の王子フェルナンドへ求婚を迫っている。



「むっきー!!
このアホフェルナンド!!許嫁との結婚はやめて俺を嫁にしてくれる約束じゃないのかよ!?」
「私がいつそんな約束をした?
ユラ、いい加減に武国の男を捜さんか」
「嫌だ」
「では黙れ」


農国イエソド王子サルゴンの婚約が発表されて一ヶ月

あれから五つ国内は静かなものだ。
まったく動きがないというのが正しいか。


とにかく、


「嫁にしてくれるまでここをうごかねぇし!!」
「城の衛兵は間に合っている」


この二人は今回も発展はないようだ。





「このっああ言えばこう言うバカナンド!!
お前、あの時の約束忘れちまったのかよ!?」

ユラは高く結ばれた髪を解き、結わえていたリボンを差し出した。


「俺が、家を領を建て直したら嫁にしてくれるって!!」
……


中庭に静寂が流れた。


ふと、本を閉じる音がすると、フェルナンドは静かに立ち上がった。


「ユラ
世の中で一番信用ならない事は何か分かるか?」

ユラはフェルナンドの意図が分からず首を傾げた。

その様子を鋭い瞳で一瞥すると、立ち去りながら呟いた。


「人間の記憶だ




○○○○


同時刻━━━
所は変わって

武国ホドに移る。



武国は他国の花嫁騒動等、関係ない為か普段と変わらず喧騒が響いていた。

もう心配しなくとも、国の将来は約束されている。

実際、次期王妃が決まってから大きな騒ぎもなく平和だ




そんな中、一人の娘が腕組みをして


「ここを通してください」

ホド城前に立っていた。


背丈は少女
しかし、強い眼差しの瞳はしっかりと大人の雰囲気を出していた。


門番は鼻で笑いながら、少女を覗きこむようにしゃがんだ。

「お譲ちゃん、ここをどこだか分かって言っ
「無論です。貴方達のように脳がお飾りではありませんから」
「なっ!?」

軽く溜息を吐きながら、驚く門番にジロリと軽蔑の眼差しを向けると少女はもう一度言った。


「ここを通してください。私はこの国の次期王妃様に会わなければならないのです」


門番達は目を見開いた。



次期王妃
そこらの平民
いや、目の前の少女等が会えるような人ではない

それでも会いたいとなればもしかしたら


「てめぇ、殺し屋か!?」
「は?」


そう武の王妃の暗殺など日常茶飯事である。
なんたって、殺せば王も簡単崩落するのだから

王を殺せば次期の王になれる武国だからなおさらだ。

門番の一人が声を張り上げた。

「アテナちゃんを守れ、野郎共っーーーーーー!!!」
「マイラブエンジェール!!」
「あとで撫で撫でしてもらうどー!!」


一部不純な動機が混ざっているがとにかく、城の兵士達が門前に大量増殖した。


少女は軽く焦りながら後ずさった。


「な私は
「かかれーーーー!!!!」


兵士が一斉に少女へと飛び掛った




何十という屈強な兵士が少女に飛び掛る。


「きゃあああああっ!!」


少女が目を瞑った刹那、




「ちょっと待ちぃ」



ごんっ
ばちっ
ばしっ




なにやら、
変な音はしたが少女の体は無事だ。


少女が恐る恐る瞳を開けると、

「この子はオラの嫁っ子へ。殺し屋じゃないけぇ」

見慣れた青年が兵士の攻撃を
す べ て
受け止めて退けていた。



少女の表情がパッと明るくなった。

少女の無事を確認すると、青年も微笑んだ。


「ごめんなー
ちょっと牛止めるの手間取ったけぇ」
「ピッ」


青年が困ったように頭をかくと、後ろから黄色いモコモコ
否、雛が飛んできた。


「あ、ビビ」
「ピー」


ビビと呼ばれた雛は慣れた動きで少女の頭に着地した。


「ビビはそこが好きだっぺなー」
「ピッ」
「私は首が痛いです
「あははだいじだいじ」
「大丈夫じゃありませんって」




「な、なんだありゃ」
その異様な光景に兵士達は目をむいた。


異様に偉そうな振る舞いの少女。
金の髪をきっちりまとめて、服装も整っているから一見貴族に見えるが



十数人の攻撃を軽く退けた青年。
薄紫のボサボサ髪に汚れた作業着
というか、手にはめた軍手で剣を受け止めたのか!?
屈託のない笑顔がまた異様位爽やかだ。

そして、

何故雛が飛んでいるのか!?




「あ、新手の殺し屋だ!!」

一同頷いた。

こんなピンチを乗り越えられないのでは、選りすぐられた武の兵士の名が笑う。

なにがなんでも


「こいつらを殺せーーー!!!」
「おおおぉぉおおおお!!」

兵士は再び武器を取った。





刹那、
頭上が輝いた━━━




「おぉぉおお━━むぎゃっ」


二人に飛び掛ろうとした瞬間、『ぐしゃっ』と最前にいた兵士が倒れた。


否、踏み潰された。
上から降ってきた者に。


一瞬兵士達は武器を構えるが、すぐに相手を確認して、溜息を吐いた。


太陽と見紛う茶金の髪を風に揺らし、派手な赤の防具━━


城の上から飛び降りてきた青年はニヤリと笑った。


「よぉ、サルゴン」


作業着の青年いや、サルゴンもにっこり微笑んだ。



「ああ、ザード。こんちは」


武国ホド王子ザードと
農国イエソド王子サルゴン、

二人の王子が対峙した。



○○○○


「で、何の用だよ?」

ザードは来客二人(と一匹)を城内に通しつつ、ジロリと後ろを見た。


定期的に野菜などを持って来はするが、今回はその様子でもない。
子連れだし


「そのチビまで連れて来て
「チビではありません。シルヴィーです。女性の名前をそのように略すなんてまったく兵士がああなら、まとめる王族も同じのようですね野蛮極まりないです。それにサルゴン様を殺し屋と勘違いするなど各王子の顔くらい覚えさせるべきですね」

小さな娘
少女と言っても不自然ではないシルヴィーは溜息交じりに、廊下を見回しながら言った。

「内装もダメですね」
「このっ!さっきから言いたい放題しやがって!!助けてやったのにおい、サルゴン!!お前の女だろ、この減らず口どうにかしろ!!」
「まあまあシルヴィーはちょっと緊張してっぺや。本当は素直で良い子だけぇ。なっ?」
「はい、サルゴン様(愛)」


サルゴンとシルヴィーはお互いに見つめあい、微笑んだ。




ザードは頭を抱えた。

(この、バカップルが!!!!)


サルゴンとシルヴィーが婚約を交わしてから一月

二人の仲は見ているのも嫌になるくらい、円満にほのぼのとまたーりとゆったり(略)ラブラブとしていた。


まあ、知らない人から見れば、ただの仲良し兄妹にしか見えないのだが



「俺だってな!アテナとイチャイチャなんだからな!!」

二人の様子にザードは変な対抗意識を発揮した。


と、言っても

実際ザードは国の見回りと賊の討伐、アテナは城の家事などであまり二人だけの時間を作れていないのだが


シルヴィーはザードの強がりを察したのか、鼻で笑い切り替えした。


「変な対抗意識は結構です。私はその次期王妃アテナさんに会いに来たのです」


シルヴィーは相変わらず王子に対しても強気な口調である。

まさにミニフェルナンドと言った所か


ザードは切り替えしが気になったが、それよりも訝しげな表情を浮かべた。


「は?アテナに何の用だよ?」
「少しは自分で考えるということをしないのですか?」

むかっとするザードを、苦笑するサルゴンがなだめた。


シルヴィーは腕を組み、ちろりと怒るザードを見ると溜息を吐いた。

「私とて農国の次期王妃となる身将来同じ身分となる他国の方に挨拶するのは当然です」


『少し遅れてしまいましたが
と最後に呟くと、頭の上のビビも頷いた。

確かに、ここで交流をした方が後々いいかもしれない





━━と、


サルゴンか」

その時、気配もなく後ろから声がかかった。



一同が後ろを振り返ると、ザードと同じ茶金の髪をした男
武国ホドの国王にして、ザードの父、レオが立っていた。

いつもながら、異様な威圧感を纏っている。


しかし、ザードは慣れているのか、感じていないのか変わらない口調でレオを睨みつけた。


「んだよ。気配消して来るなっていつも言ってんだろ」
「この程度も読み取れぬようでは、まだまだ未熟者ということだ」


レオは軽く息子をあしらうと、サルゴンに歩み寄った。


「婚約おめでとう」
「ありがとうございます」
「ふむ良い娘を見初めたな」

レオは頷きながらシルヴィーに笑いかけた。

シルヴィーは慌ててそれを会釈で返した。

王がこんなにも近くに来るとは思っていなかった
しかも、笑った!!


シルヴィーの頭は予想外に混乱した。


その様子を気にせず、レオはサルゴンに視線を戻した。


ところで、最近花子の食欲が悪いのだが
「え、そりゃ心配だが」


花子とは、白い毛並みを持った武国一美しいの馬である。
レオの愛馬でもあり、戦の時の駿馬としても知られている。


「うーんちょっと見せてくれねぇだか?もしかしたら病気かもしれねぇべや」
「ああ、頼む」
「あ、俺のブラックも蹄が


サルゴンを含め農王族は武の城にいる馬の主治医みたいなもので、ちょくちょく来ては世話をしてくれている。

今回もその役目が回ってきたようだ。


「シルヴィー、ちょっと行って来るけぇ」
「アテナは裏庭で洗濯してるぜ。一人で行けよ、チビ」
「えちょ」


有無言わさず、シルヴィーは一人残されてしまった

男って奴はいやいや、サルゴン様は馬が急病でしょうがないとして


「ぴっ」


シルヴィーは一回溜息を吐くと、とぼとぼ廊下を歩き始めた



〇〇〇〇

「今日も良いお天気ですねぇ


所は変わり
城の裏庭に一面、色とりどりの洗濯物が吊されていた。


城のメイドいやいや、次期王妃アテナはそれを眩しそうに見上げるとにっこり微笑んだ。


「夕方までには乾くわ」
「ぶっー」



何故次期王妃がこんな使用人みたいな事をしているかと言うと、
簡単だ。

城に女手がないからだ。


城には屈強な戦士ばかりで、家事などおざなりにされていた。
そこへ来た、健気で献身的で天然なアテナはその現状を一気に引き受けてくれた。

しかし、


「ぶ?」
「え、ああその日当たりのいい場所は、ザード様の専用ですよ。ザード様にはピカピカでいて欲しいんで

恋人で王子なザードの役に立ちたいのが一番の理由である。
アテナは頬を染めながら、一際派手なマントをぎゅっと抱きしめた。


足元のペット、兎のザー君は不機嫌そうにそっぽを向いた。




刹那、



「ぶっーーーー!!!」
「ザー君!?」


ザー君は突然走り出した。

その赤い瞳は、まるで姫を守る騎士のような勇ましさを宿していた。



ザー君の向かう先に人影が見えた。

ぐんぐんと距離を縮めると、飛び掛った。

ザー君の必殺頭突きだ!!
これはあのザードでさえ恐れる、かなり痛い技だ!!
これを食らえば、常人はひとたまりもない。


「きゃあっ」

ザー君の姿に人影は悲鳴をあげた。

しかし、


「!?」
「ぴっーーー!!!」

攻撃は遮られた。

額に蹴りを当てられてしまったのだ。

ザー君は信じられないと言わんばかりに着地した瞬間、侵入者に睨みつけた。


相手も着地し、こちらを見る。

「ぶっ!?」
「ぴぃ!!」

雛!?

確かに雛だ。
黄色いモコモコした毛にクリッと丸いつぶらな瞳。

「ぶふっ!?(てめぇ何者だ!?)」

ザー君は吊り目の瞳を一段と細めて、草食動物にあるまじき殺気を放った。

しかし、目の前の雛
いや、こいつはきっといくつもの戦場を潜り抜けてきた猛者だ!!
猛者は動じず、馬鹿にしたように鼻で笑った。

「ぴぴっ、ぴー(ひとになまえをきくときは、じぶんからってごんがいってたよ)」
「ぶふっ!!ぶぅぶー!!(このガキ!!噛み千切ってやる!!)」


どんな猛者が来たとしても、負けはしない!!
自分はアテナの騎士。
愛するアテナを守るため、この身が朽ちようとも戦い続ける!!

雛は挑発するように羽をクイクイと動かした。


いざ、尋常に、しょ

「ダメよ、ザー君」
「ビビ、危ない事はいけないと何度言えば分かるのです!?」


小動物二匹の無双タイム終了←



ザー君を抱き上げながら、アテナは正面にやって来た少女に目を向けた。


金の髪を綺麗にまとめ、大きな青の瞳はキラリと輝いている。
薄い緋色の服は、一見シンプルに見えるが『布姫』と呼ばれていたアテナから見れば、なかなか凝った作りをしている。
さらに生地は高級な絹染料も、ああ、あの縫い方は


「あのー
はっ!!すみません!見入ってました!!」


アテナは少女の声に我を取り戻した。

いけない。

服やら布の事になると、自分の世界に入ってしまう
気をつけなければ。



━━と、アテナは改めて少女の顔を見た。

どこかで見たことがある。
なんだか衝撃的な場面で見たような


そう、最近だ。
確か白いドレスに、高い


……あっーーー!!」
「なっなんですか!?」
「も、もしかしてあの、フェルナンド様の許嫁だった!?」



思い出した。


一月前に知の国の挙式で大胆な行動をし、許嫁との結婚を拒否した

そうだ。
あの時の衝撃的で感動的な行動に泣いてしまった。

「今はサルゴン様の婚約者ですがまあ、いいでしょう知の国ケフラー、ヴィーナス領のシルヴィーと申します。以後よしなに」
「はっ、はい!!アテナです」

シルヴィーは鮮麗された動きで、礼をした。

アテナも慌てて返すが、ただのおじきとなってしまった



「あ、あの何か御用でしょうか?」


アテナはシルヴィーの気品溢れるオーラによろめいた。

この感覚は、初めてフェルナンドに会った時と同じだ

まさに、知の国威圧である。


そんなたじたじなアテナをよそに、シルヴィーは


「会ってみたかったんです、貴方に」


先程の厳しい顔から一転、優しい笑顔を浮かべた。




シルヴィーは先日、サルゴンからアテナの話を聞いた。



武国の次期王妃になる前は城に軟禁され、解放されたと思ったら鍋に落とされたり



自分より波乱な体験をして、
愛する人と結ばれた

だから、会ってみたかった。
そんな心の強い人に



シルヴィーは慌てているアテナを見上げた。
(自分が小さい事が恨めしい)



アテナは優しげで可愛らしい顔立ちをしている。
特に琥珀色の、宝石のような瞳が印象的だ。

しかし、前髪でその右顔を隠してしまっている

こんな可愛らしい顔をしているのなら、隠さずに見せれば良いものを


と、一瞬ふわりと覗かせると酷い火傷の痕が見えた━━


あ、すみません気をつけていても、たまに

アテナはシルヴィーの視線に気が付くと、慌てて右顔を押さえた。


シルヴィーは首を振った。
しかし、続く言葉が声にできなかった

アテナは苦笑を浮かべると、一息ついて、

と、言っても私が生まれてすぐなんで記憶はないんですが」

自分の出生をポツポツと話し始めた。




母の事、火事の事、火傷の事━━



ザード様はこんな酷い人生なんて初めて聞いた、って言ってましたけど私はそんな不幸とは思っていません。お父様はお継母様の事を愛していたから、あんな事をしてしまったのでしょうし


アテナはそこで言葉を切ると、微笑んだ。


「なにより、ザード様に出会えたから今が幸せだから良いんです。昔のことなんて」




シルヴィーは思わず目頭を熱くさせてしまった。

前はこんな話聞いても、なんともなかったのに



「でも!!
私なんかよりも、シルヴィーさんの方が凄いですよね」
え?」


アテナはキラキラとした純粋な瞳でシルヴィーを見つめた。


「だって私だったら、あんな高い場所から飛び降りれませんもん」



ああ、あの時のことか。



シルヴィーは挙式の時、サルゴンに会いたくて城の上から飛び降りた。


人はそれを口を揃えて凄いことと言うが、シルヴィー本人はなんとも思っていなかった。


そりゃ、軽く三十メートルは越していたが


あれは、サルゴン様が必ず助けてくれると分かっていたので」
「分かっていたんですか?」
「もちろんです。サルゴン様と私は


シルヴィーはそこで顔を赤らめた。


今気付いたが、随分恥ずかしい事を言おうとしていないか?

そうだ。
サルゴン様と婚約いや、出会ってから、すぐに目頭が熱くなったり恥ずかしい事を言ってしまったり
「と、とにかく!!凄い事なんてありません!」
「でも
「だったらアテナさんの方が!」


そこで目が合った二人は、

声を出して笑ってしまった。



○○○○

「いつもこんな事をしているのですか?」
「ええ、私に出来ることはこのくらいですから」


アテナは洗濯を再開した。
シルヴィーも、少し手伝うことにしたが、苦い顔をした。


「アテナさん、次期王妃ですよね?」
「えそうなんですかね。ザード様の奥さんになるのなら
「そうです」


王妃
すなわち国の頂点近い身分だ。
それが何故、城の使用人みたいな事をしているのか

いや、アテナの言動からいって自分が王妃になる。という自覚を持っていないのだろう。



それにしても、毎日毎日毎日城の家事ばかりしているのだろうか?


「アテナさんは毎日家事をしているのですよね」
「はい」
「では、外には
「ザード様が外は危ないって言ってたんで、あまり出たことありませんね」



な ん で す と !?



「そりゃ武国の街は治安が悪いですがそれではあまりにも!!」


シルヴィーは最近までの自分を重ねた。


知の王妃に相応しい教養を身に付ける為に、娯楽など殆どしなかった。
もちろん外で他の子供達と遊ぶ事も


それを、壊してくれたのがサルゴンだ。
毎日毎日外に誘ってくれる。


知らないことも、驚きも沢山知った。


だから


「アテナさん!!」
「ははい!?」


シルヴィーはズイッと歩み寄ると、勢い良く言い放った。


「外に遊びに行きましょう!!」




「えっ遊びにですか?」
「はい。毎日家事ばかりしていては、人権云々ですよ!!
外へそうですね、観光ならば創国がいいかもしれません」



シルヴィーの言葉にアテナは目をぱちくりさせた。


━━遊びに行く


そんなこと考えたことなかった。


昔から塔に軟禁され、働かせられそして、ここでも家事で一杯一杯だ。

『遊び』なんて自分には関係ない事だとばかり考えていた。



「でも
「いいんですよ。あの野蛮人の言うことなんか聞かなくても」


そう外に出るなと、ザードは口を酸っぱく言っている。
そんな暇があるのなら働けと


きっと自分が外に出れば追いかけて、連れ戻すだろう





━━━追いかけて、連れ戻す?




「シルヴィーさん」


アテナは満面の笑みを浮かべた。


「行きましょう、遊びに♪」
「はい!行きましょう!プランはこちらにお任せを♪」

シルヴィーも微笑み、頷いた。







アテナは心の中で呟いた。


(これで、最近忙しいザード様も私を構ってくれるはず♪)



シルヴィーの推選結果、
遊びに行くのは明日創国ティファレトに決まった。



ティファレトは五つ国中随一の美しさを持った国である(らしい)


観光客も多く、初めて訪れた者は涙してしまう位だそうだ。


騒がしい武国の隣にそんな凄い場所があるなんて想像も出来ないが、以前真っ白な創国の城を思えば頷けるかもしれない。




そんなこんなで、アテナは明日創国の城門前でシルヴィーと待ち合わせる事にして別れた。


○○○○


夜、アテナは自室に戻り、昼間の事を回想した。



自分が遊びに行けるなんて
凄いことだ。


ああ、それよりも誘ってくれたシルヴィーは良い人だ良かった。
凄く良い友達を持てた。



友達」


アテナは機織り機の前に座りながら、頬を染めた。



━━友達なんて、初めてだ。


今まで近くにいたのはリンスロットは、友達ではなく『家族』だしザードは恋人だし、城の皆も殆ど家族のようなものだ。


「あわわふふふ」


アテナは頬を染めながらユラユラと揺れた。

嬉しい嬉しい。
友達が出来た。
こんな自分に友達が出来た。


「うふふふ」
何一人で笑ってんだ?」


アテナは突然した声に肩をすくめた。


……あ、ザード様」
「あ、じゃねぇ。呼んでもドア叩いても反応しねぇたぁ、どういう了見だ、あぁ?」


ザードは口調こそ荒いが、端々にアテナを心配する雰囲気を漂わせている。

アテナはそれに気付いている。
だから微笑んだ。


「ありがとうございます」
礼を言われる事もねぇ」


アテナの笑顔に少しはにかみながら、ザードは簡素なベッドに腰掛けた。


で、なんで一人で笑ってたんだよ」

『幻でも見えたか』と続けたが、アテナはそれを気にせず満面の笑みで答えた。


「はい!聞いてください!私にもお友達が出来たんですよ!」
「友達?」
「シルヴィーさんです♪明日


━━━と、アテナは口を押さえた。


「?なんだよ」
「ななんでもありません!とにかく、お友達ができたんです」



明日、遊びに行く事は内緒にしておかなければ

そして、

心配してもらうんだ



○○○○

晴天。

新聞でも今日は一日行楽日和と書いてあった。


「良かっただねー、晴れて」


隣でサルゴンが微笑んだ。


わざわざシルヴィーの家まで向かえに来てくれて、創国まで送って行ってくれている。

荷車はゴトンと揺れた。


「はい!今日は、と、友達コホン、アテナさんと観光ですからね。本当に良かったです」
「うんうん」


シルヴィーは舗装された創国への並木道を見上げた。



昨日はよく眠れなかった。

初めて出来た友達と遊びに行けるのだから緊張してしまった。



勢いで遊びに行こうと言ってしまったが実際自分で遊びに行ったことがなかった。
サルゴンとは、農国内で仕事しながらだし

何より一緒に行く友達がいなかった。


昔から勉強勉強読書読書で友達なんか作っている暇など皆無だった


だから、今回初めて遊びに行ける友達が出来て、


「サルゴン様、私の髪乱れてませんか?」
「だいじ」
「あ、服に皺が!!」
「そんくらい気にならねぇぺ」
「そ、そうですか」
「んだ。あとは、普通に笑えれば文句なし満点けぇ」


表情まで硬くなる位緊張している



サルゴンはその様子に、苦笑を浮かべた。


「んな、かちかちにならんでもええべ」
で、でも
「友達てのは、自然な姿で触れ合う仲の事を言うでな。今のシルヴィーみてぇにコチコチじゃ、アテナちゃんもこまっちまうべ」


言い終わると同時に荷馬車がゴトンと揺れた。



サルゴンの横顔にシルヴィーはキュンとした。

確かに言う通りだ。

自然体を受け入れられなくて、何が友達だ。



「やっぱりサルゴン様は凄い方です」
「えぇ?どこがへ?」


照れたように笑うサルゴンに、シルヴィーは


「全部です」

寄りかかった。



○○○○

「シルヴィーさぁーん!!」


シルヴィーとサルゴンが創国の城門前に来ると、すでにアテナが手を振って待っていた。


シルヴィーは慌てて荷馬車から降りると、ニコニコと笑うアテナに歩み寄った。


「アテナさん、早いですねー」
「はい!ザード様が起きないうちに、とレオ様がここまで連れてきてくれたんですよ」


なるほど

確かにザードに見つかっては元も子もない。
絶対に止められるだろう

レオ王が理解ある人で本当に良かったかもしれない。


「あっサルゴン様もザード様には内緒でお願いします」
「あっああ、分かっただ」
「ありがとうございます」


アテナは再びニッコリと笑うと、ワクワクと言わんばかりに歩き始めた。


「じゃあ、早く行きましょう♪
私楽しみで楽しみで
ほら、早くー」
「あ、待ってくださいアテナさん!!あああっと言って参ります、サルゴン様!」



軽やかな足取りで歩き出す二人の後姿に手を振り、
サルゴンは苦笑を浮かべた。





何故ザードがこんなにアテナを心配しているのか
サルゴン否、王子全員はその理由をよく知っている。


それは、
彼女がかなりの誘拐され体質だからだ。


聞いた話だと、三回は誘拐(連れ去られ)いるらしい。
そのうち一回はザード自身の、もう一つはヒサギの犯行だが
しかし、ザードに出会ってから一年も経っていないにも関わらずにそんな回数となるとは



「(聞かれたら、言うしかねぇべなぁ)」

ザードも大変だなと、サルゴンが苦笑とともに、荷馬車に戻ると、一迅の風が吹いた。



温くもなく、冷たくもない━━



……まさかな」



一瞬、銀の微笑が脳裏を駆けた。



○○○

アテナとシルヴィーの二人は広い広場に出た。

そこには煌びやかな服を着た人々はもちろん、二人同様に観光へやって来た人、商売をする人など
とても賑わっていた。


きょろきょろとするアテナを尻目にシルヴィーは手に持つ本に目を落とした。


「ここが国の中央広場ですねで、あれがゴーデス大聖堂です」


シルヴィーの指を指す方向に、大きい純白の建物が建っていた。


━━なんと言っていいのか
生まれて初めて見る物で言葉に出来ない


いたる場所に綺麗な装飾が施され、上部にステンドグラスが輝いている


綺麗」


アテナは率直な感想を述べた。
それしか言葉が出なかった。

ここでどんな言葉を並べようと、この美しさにはそぐわない。



キラキラと輝き、
ここにいるだけで、天からの祝福を受けているような感覚を覚えてしまう


国の町並みは、その国を統べる者の姿を表わすとよく言います」


シルヴィーは目から一筋の涙を流すアテナを見上げ、呟いた。


「知国には無駄がなく、きっちりと整備されています。農国は何もありませんが、大きいですね。
では、創国は


アテナはシルヴィーに向き直り、頷いた。


「怖いくらいに、綺麗です」



○○○○

「ここは劇場街です」


広場から少し歩くと、大きな劇場が並ぶ道に出た。


「毎日、それぞれ違う演目を開催してあ、デートにぴったりだそうです!!はい!」


シルヴィーは先程と違う本を片手に叫んだ。


「劇を見た後は、もう少し先の菓子通りでお茶して、定期馬車にのって美術館通り、工房通りでお買い物がおすすめコースだそうで要チェックです」
「シルヴィーさん楽しそうですねー」


何冊もの本いや、ガイドブックを広げて頬を染めるシルヴィーにアテナは微笑んだ。


隣の国だし
ザード様だって頼めば連れて来て貰えるかもしれない


ふふふ」
「まずはこのお店でブツブツ


道端で、ユラユラ揺れる娘と顔を赤くしてブツブツ呟く少女は、傍から見れば変質者に間違いなかった



ほどなく、
二人は街の警備に追いかけられる事となった。


━━確かに、行動が随分と怪しかったので仕方あるまいに




そんなこんなで、何とか警備から逃れたシルヴィーとアテナは閑静な公園へと辿り着いた。


「はぁはぁアテナさん、大丈夫ですか?」
「ははいぃ」


弱弱しくも頷くアテナを確認すると、シルヴィーは近くの木陰へ腰を下ろした。


アテナもそれに続いた。


「まったく私達はただの観光人なのにブツブツ
「そうですよねー『怪しい動きだ、排除するー』って、誰かと間違ったのですかねー
「そうに決まってます、ええ間違いありません。なんたって
「私はただ

「『サルゴン様』『ザード様』の事を考えていただけなのに」


同時に言った言葉に、二人は顔を見合わせた。


しかし、
すぐに正面に向き直ると、

「ふふふ」
「ふふ

同じ微笑みを浮かべた。



「お互い、好━━」

刹那、
暖かくもなく、冷たくもない風が吹いた━━━



なんと気持ち悪い風か。


温かくもないのに汗が出る。

冷たくもないのに背筋が凍る。


威圧を感じるわけでもない

ただ



「い……あっああ!!」


嫌な予感が
突如全身を駆け巡った━━




「いぁああぐ


二人の目の前で一人の娘が膝をついた。


青銀の髪がキラキラ輝き、服もフワリと可愛らしい。
うつ向きながら嗚咽を漏らしていなければ、人形と間違えてしまったかもしれない


それほど目の前の娘は整っていた━━━





しかし、その姿はすぐに数人の女性に囲まれ見えなくなってしまった。



一人が髪を掴み上げる。


「逃げてんじゃないわよ」
「んっ
「これからが本番なんだから」
「きゃはっ!私達だって言われてやってんのよ、少しは認めてよね♪」
「そうそうあの方の為に」

一人が頷くと同時に、娘の頬が平手打ちされた。


「ひぅっ
「痛そ
「死なない程度に痛めつけるんでしょ?」
「それにしても、こうなるって分かってて何で来るのー?頭おかしいの?」
「じゃあ、もう一回━━」


再び一人の娘が手を振り上げた。

瞬間、


「駄目っ!!」



娘達の後方から声が上がった。


一同が振り返ると、微かに震えた青髪のいや、アテナが立っていた。


「どどんな理由か分かりませんがあのダメです!!」


語尾は変な発音になってしまったがアテナは以前見せた、意志の強い瞳をしていた━━


「なによ、貴方」
「外野は黙っ
「━━刑法169集団で暴力を加えた者は、同等の痛みを知らねばならない


娘がアテナに掴みかかろうとした瞬間に、凛とした声が空気を変えた。


「犯罪を見過ごすほど、私は甘くはありません」
「シルヴィーさん


まさに法の国の鋭さと言っても過言ではない視線は、一同を固まらせるには十分だった。


「目撃者は私達二人物的証拠もあります。通報するにはお釣りが返ってくるほどですね」
「この!!」


一人の娘が手を振り上げた。


「黙って聞いてれば、なんなのよ貴方達!!」
「きゃぁっ」
「アテナさん!!」


アテナは力一杯に叩かれ、よろめいた。

シルヴィーがそれを支えると、次は髪を掴まれた。


「いっ・・・たっ!!」
「このチビ!なめんじゃないわよ!」


再び手を上げた。





しかし、
その動きは止まった。


風が吹いた━━━




「それ以上は止めた方が良いよ」



━━━ドロリと
嫌な雰囲気が体を包んだ。



「その二人さー次期王妃だし」


規則正しい足音。

芸術的な音色の声。

揺れる白銀の髪。



「なにより、ザードとサルゴンに殺されるよ君達」


作り物のような

美しい

笑顔━━━



「強姦された後に生きたまま手足をバラバラにされて



━━━これだ。


これが、

温かくもないのに汗が出て
寒くもないのに背筋が凍る


「ふふ死にたいなら、俺が今殺してあげるよ」


正体だ━━




その瞬間、
囲んでいた娘達は悲鳴をあげて走り去っていった━━




辺りに静寂が戻ったが、違和感のある雰囲気は変わらなかった



つまらないな」


娘達が走り去って行った方向を、本当につまらなそうに見つめた後、軽く溜息を吐いた。



その横顔に、アテナは見覚えがあった。
いや、シルヴィーにだって同様だ。



「ア……レフさまぁ」


その言葉を言って良いのか
迷っている時、地面に蹲った娘が呟いた。


薄茶の瞳は涙でぐちゃぐちゃに濡れ、顔は泣いたせいか火照っている。


娘は再び震え始め、泣き始めた。


許してくださ
「ダメだよ」


即答して歩み寄ると、髪を鷲掴みにして顔を近づけた。


「カリンはもっともっと苦痛と恐怖を感じて貰わないと死ぬぐらいに」


小さい悲鳴が聞こえていないのか、髪を掴んだまま歩き始めた。


娘は弱々しく抵抗したが、それに従った




「ちょっ待ちなさい!」

唖然と見ていたシルヴィーは我を取り戻すと、歩き出す二人の前に回り込んだ。


何か用?」


青年の美しく整った顔は微かに邪魔そうな雰囲気を出している

シルヴィーは後退りたい気持ちを飲み込んで、強く指差した。


「創国次期国王アレフ!
すぐにその手を離しなさい!しなければ、法の国の民として黙ってはいませんよ!?」


青年━━
否、創国王子アレフは少し間を置いてから何かを呟くと、ソッと娘の髪から手を離した。


瞬間、
娘は倒れてしまうが、アテナが慌てて支えになり怪我はなかった。


シルヴィーもホッと息を吐くと、キッと視線をアレフに向けた。

かくいうアレフは、つまらなそうに眺めている


「ふーん流石、あの二人を相手にするだけあるよ」

アレフは軽く髪をかきあげると、目を細めた。


恐れを知らないね」



長い睫毛が揺れ、
瞬き一つさえも美しい


アレフはシルヴィーに向き直り、表情のないまま口を開いた。


「武国はいつ殺されるか、いつ滅ぶか分からず、ただ無意味な戦い続ける国
農国は自分達の命を削り、誉められる事も感謝されることもなく他人の命を作る国
そんなめんどくさい国によく嫁入りする気に
「っ黙りなさい!」


アレフの言葉が終らぬうちにシルヴィーは本を投げつけた。


本はアレフの顔にクリーンヒットし、気持良い音も出た


「あ貴方がサルゴン様と同じ王子だなんて
めんどくさいとか女性を傷付けるとか貴方は最低最悪です!島流しになってしまいなさい!!行きましょう、アテナさん!」
「えあ、はい!」

シルヴィーは踵を返すと走り始めた。

アテナも蹲る娘とそれに続いたが、一瞬止まり、

「あのっアレフ様、ごめんなさい!」


頭を下げて走り出した。





残されたアレフは、下に落ちた本を拾い笑った。


……流石、二人が選んだだけある」



━━楽しくなりそうだ



〇〇〇〇


……どの位走っただろう


息を切らした娘達は、よろりとベンチに座り込んだ。



「はぁっはぁっ今日は走ってばかりです」
「そですね」


アテナは頷きながらも、隣でうつ向く娘を覗きこんだ。


顔色は見えないが、青銀の髪が微かに揺れている


「大丈夫ですか?震えていますよ」


アテナは優しく肩を摩ってあげると、一瞬ビクリと奮えたが、すぐに沈黙した


━━あんな体験をすれば、当たり前か


シルヴィーは目を細めると娘の前にしゃがんで手を握った。


「もう安心してください。あの人もここまで追っては来ませんさぁ、顔を上げてください」
……あ」


俯いた娘はゆっくりと顔を上げた。


ありがとうござい、ます


シルヴィーとアテナは、娘の容姿に目を見開いた。



まさに人形━━


大きな薄茶の瞳も、ふわりと緩いウェーブがかった青銀の髪も、濃青を基調としたゴシック調の服も、
そして、白陶器のような白い肌と熟れた果実のような唇


娘のすべてが、まるで作り物のように整っていた。


創国テファレトを体現していた



「お人形みたいに、可愛いです」


アテナは思わず声を出してしまった。

娘がそれに首を傾げる仕草さえ、可愛らしい

ちょうど、小動物かテディベアを思い出される。




「ああの
「はっ!!」


もゆーる(?)と娘に見惚れていた二人は我を取り戻した。

シルヴィーは首を振って、位を正した。


「すみません、考え事をしていました私は知国ケフラー、ヴィーナス領主の娘シルヴィーと申します」
「あえーと……武のお城でお世話になってるアテナです」


二人が頭を下げると、娘も慌てて続いた。


「そ、創国ティファレト、ミリアム領のカリンです!!」


娘、カリンは微かに微笑んだ。



「先程は本当にありがとうございました」


カリンは改めて二人に礼を述べた。

しかし、シルヴィーの表情は険しくなった。


一体何があったのですか?最初は大勢の女性に暴力を振るわれていたように見えましたが最後の様子だと
はい」


カリンは眉を下げて頷いた。


私に手を上げていたのは、アレフ様が指示したことです


シルヴィーとアテナは眉を顰めた。


この儚げなカリンが暴力を受けるほどの罪を犯したとは思えない

むしろアレフの方が犯罪者ではないか?



いいんです私にはアレフ様に恨まれて当然ですから」


沈黙する二人の様子にカリンは無理に笑顔を作った。

「アレフ様は、何も悪くありません。私が━━」



しかし、すぐに泣きそうな表情になり、俯いた。


肩が震えている。




「私が、アレフ様の愛する人を殺してしまったから━━」






公園に冷たい風が吹きぬける



シルヴィーは目を見開いた。
 
「殺した!?それは」
「っ


カリンは立ち上がり、二人にお辞儀をした。
声が出ないのか、そのまま踵を返すと走り始めた。


「あっ!カリンさん!!」


アテナが呼び止めても、聞こえていないように後姿は小さくなっていった



残された二人は顔を見合わせた。



○○○○



『カレンは出来た子』

そう、『カレン』は何をやらせても上手くこなせた。



『カレンは王妃に相応しい』

そう、だって『カレン』は頭も良くて美人で明るくて、芸術に天賦の才があったから



『貴方が死ねばよかったのに!!』


━━━━……



そう。

……そう、
私が死ねばよかったのに。



「この、人殺し」



思考の海に声が割り込んできた。


カリンが振り返るまでもなく、声はドンドン耳元に近づいてきた。
「『カレン』は完璧な子だったよね。将来の王妃は彼女に決まったようなものだった。だから、」
「や
「殺したんだよね」

「やめてぇえええええ!!!」


カリンは耳を押さえて、数歩走ったが足が縺れて転んでしまった。


その動作しかしていないのに、息はすでに絶え絶えとなっている


後ろから規則正しい足音が聞こえてきた。
カリンは蹲った。


「もやめ
「カリンは俺の事が好き誰にも盗られたくなかった」
「いや」
「『カレン』がいなくなれば、自分が結婚出来るかと思った」
「ぅっ」
「カリン顔上げてよ」



瞬間、
カリンは髪を掴まれ、無理矢理顔を上げられた。



視線の先には、
人形のように整った顔で嗤う


「もう、逃げちゃ駄目だよ」


アレフが映っていた━━



○○○○


十年前━━

その時まで、
創国ティファレト、ミリアム領には可愛らしい女の子の双子がいた。



双子の親は城の重臣。
自然と、同世代の王子と一緒に遊ぶ事が多かった。




王子の名はアレフ。
子供ながら、その悪魔に魅入られたかのような美しい容姿は万人を虜にさせた。


双子の姉はカレン。
気立てが良く、利発で心優しい。
音楽をやらせても、絵をやらせても難なくこなせた天才。


妹は

「カリン
何度言えば分かるの?」
「はぃ
「カレンは一回で覚えたのにはぁ」


諦めたかのように退室する母の後姿にカリンはピアノの前で俯いた。





双子の妹、カリンは不思議なほど何を遣らせてもダメだった。
姉とは正反対に内気で泣き虫。
周りには見放されていた





カリンは俯きながら、涙を零した。


何も出来ない自分が疎ましい。

カレンみたいになれない自分が大嫌いだった━━




「カリン、レッスン終わった?」


カリンが涙を拭いているとき、部屋のドアが開かれて笑顔の可愛らしい女の子が入ってきた。


「カレン
「あまた、泣いちゃって


少女、カレンはハンカチを取り出すと、優しくカリンの涙を拭った。


「大丈夫カリンにはカリンの良い所があるわ。優しいし、可愛い。あと、お花を育てるのが上手
「ふにゅ
「だから泣かないで、カリン」


カレンはカリンの頭を撫でると、微笑んだ。


「カリンは笑っている方が似合うんだから、ね?」



「むにゅふぅぅカレふぁああ!!」


カリンは再び泣き出した。

そして、カレンの胸に飛び込んだ。



「あらあらしょうがないわね」


カレンはカリンを抱きしめた。



○○○○○


優しいカレン。

可愛いカレン。

大好きなカレン。

庇ってくれたカレン。

完璧なカレン。




何故、

何故、死んでしまったの?



いいえ


どうして、
私は、
背中を押してしまったの?




そう、


それは、


悪魔に魅入られてしまったから━━



悪魔の名は


○○○○



「アレフ」


カリンは、手を引かれて城の中庭に出ると、創国王子アレフがしゃがんで何かをしていた。


「ピアノ貸してくれてありがとうってカリンが」
……ん」
「何しているの?」


双子が覗き込むと、アレフは木の棒で蟻の巣を破壊していた。



子供ならば誰でもやる悪戯だが、アレフはそれよりも執拗にぐちゃぐちゃにしている


カレンはアレフの手を掴んだ。


「かわいそう!やめて!」
……
「小さくても命があるんだからお願い」
………


アレフはゆっくりと棒を離すと、立ち上がって双子の方に体を向けた。


白銀に輝く髪に深海のように澄んだ青い瞳

アレフは誰もが見入ってしまいそうな魅力を子供の時点で持ち合わせていた。


「分かった」


アレフは頷いた。


「じゃあ、こっちで遊ぶ」


一瞬微笑んだ瞬間、
アレフの手がカリンの頭を叩いていた。


「ふにぁっ!!」
「叩くたびに鳴く面白い玩具♪」
「あ!ダメ!」


カレンの制止も聞かず、アレフはカリンの頭を叩き続けた。


カリンは、せっかく泣き止んだのに


「ふあぁぁぁぁん!」


再び大泣きし始めてしまった



幼少の頃からだった。
むしろ、初めて会った日からだった。


アレフはカリンを見付けるたび、叩いたりつねったりたまに針で刺したり、階段から突き落としたりとにかく過度なイジメを続けていた。


カリンが泣くと、満足そうにした後もっと暴力を加えてくる。



毎日その繰り返しだ。



「ダメだからね!カリンが可哀想なんだからね」
ん」


しかし、何故かカレンの言うことには素直に頷く



「(アレフ様は、カレンが好きなんだ)」

子供ながらにそれは分かった。
喋るのもカレンとの方が多いし、静かなアレフとは性格が合う



カリンは瞳に涙を溜めた。

自分がもっと明るければ、泣き虫じゃなければ、ノロマで物覚えが悪くなければ

彼の隣にいるのは
自分だったのに━━


カリンは二人の後ろで俯いた。



ねぇ」


突然カリンの耳元で声がした。

一瞬身をすくわせてから、顔を上げると、目の前にアレフが覗き込んでいた。

なんともいえない、良い香りがする


カリンは思わず顔を赤くして、再び俯いた。


しかし、なおアレフは顔を近づけて話しかけてくる


『死なずの崖』に行こうよ」
「え、あそこは危ないよ」
ん」


顔を俯かせて答えないカリンの代わりに、カレンが眉を顰めて首を傾げた。
それにともない、アレフも向きを変えた。


「あそこには、最近恐い人達が出るって
そこで永遠の愛を誓った二人は、幸せになれるんだって」


『父様が言ってた』とぼそりと続けると同時に、カリンの髪が引っ張られた。


「聞いてる?カリン
「うあぃ


突き刺すような青い瞳に睨まれ、カリンは反射的に頷いた。


━━自分には関係のない話だ。


手を引かれればどこへでも行くし、所詮アレフとカレンのデートのようなものだ


部外者の自分は、ただなんとなく頷くしかないのだ



じゃあ、行こう」


アレフはカリンの髪を掴んだまま歩き出した。


「だから、カリンを虐めるのはダメー」
……ん」
「ぅう」
「それに、危ないって!!」




幼い三人の足取りは軽かった。


しかし、
確かにそこには

不協和音が響いていた━━



崖は城下町を真っ直ぐ抜け、海辺近くの林の先にある。


眺めは良いのだが、あまりの高さで近づく者はいない━━

確かにそんな危険な場所でプロポーズすれば、どんな事があっても大丈夫だろうが





「カリン」

俯きながら歩くカリンの耳元で再び声がした。


「手、出して」


顔を上げるのも待たずに、カリンは手を取られた。


折っていい?」
「ぇだっ!!」


カリンが顔を向けると、取った手の指を撫でるアレフがいた。


アレフの指は、ピアノをやっている為か撫でるカリンの指より数倍綺麗だ


思わずカリンは顔を熱くさせてしまった。



アレフはその様子にも目もくれず、なお指を見つめていた。


「カリンの指折ったらきっと、気持ちいいだろうね」
「やっやだぁ!!」
「だから」


アレフは微笑を浮かべると、握った手に指輪を嵌めた。


「将来、折ってあげる」
「ふぇ」


一瞬身震いすると、手は解放された。


指には薄茶色の宝石が嵌められた指輪

サイズは、ぶかぶかだ。




アレフはカリンを指差し、無邪気に言った。


「それ、俺の玩具の証だから」




そして、再び歩き出した━━



カリンはアレフの後姿を見つめながら、顔を赤らめた。



すると、後ろから様子を伺っていたカレンが覗き込んできた。

一回溜息を吐くと、指輪を指差した。


「カリン、それ外しちゃってもいいんだよ?」
え」
「だって、それこの先も虐めるの証だよ?」


確かにそうだ。

プレゼントとは違う。
ただ、目印烙印として渡されただけだ。


でも、


「でもアレフ様がくれた物だから……


カリンは指輪をした手を強く握った。



そうだ。
どんなに玩具としか見られていなくても、カレンのように自然に傍にいられなくても━━


「私、アレフ様が好きだから
「カリン


愛する人から初めて貰った贈り物。


玩具でも奴隷でも家畜としてでもいい。
自分を見てくれればいい。



その証ならば、



一生、いや、生が終わったとしても



この身から離しはしない━━




林を抜けると、崖が見えてきた。



カレンが走り寄ると、強い風が身を揺らした。



噂通りの、断崖絶壁だね」


よろけるカレンの横を過ぎ、アレフは崖の下を覗き込んだ。


崖の下は海。


鋭い岩が無数に連なり、それにぶつかり渦が巻き、恐ろしげな音が響く


前にあの自然に詳しい友人が『海は何よりも恐ろしい』と言っていたが、この光景を見るとそれも頷ける。




アレフは振り返った。

後ろの二人は高さに足が竦んでいる。


こちらに来ないと、始まらないのだが



あ」


一瞬、
視界の端で影が動いた。


なるほど
噂は馬鹿にできないようだ。



アレフの髪が風で吹き上げられた。



楽しくなりそうだ━━━



「きゃあっ!!」



刹那━━

カレンとカリンの後ろに大男が立っていた。

いやらしく笑うと、二人を掴もうと手を伸ばす。

しかし、二人が走り出すのが早く、難を逃れた。



「ちっ


男は舌打ちすると、正面のアレフに目を移した。


一瞬目を見開くと、再び笑った。


オジサン、噂の賊?」


アレフは変わらぬ調子で口を開いた。

後ろでは、カレンがアレフの服を掴んで震えている


男は笑ったまま、答えた。


「運が良い身なりの良い餓鬼かと思えば、くくっまさか、王子がいるとは!!」


男が語尾を強く言うと、後方から十数人の同様の大男が飛び出してきた。



女の子二人が小さく悲鳴をあげた。



「くくっ王族特に創国は五つ国中一番の金持ちだって言うじゃないか」
「うん、間違ってはいないね」
「だったら


男が手を差し出した。
同時に後ろの男達が剣を抜いた。


「痛い目に合いたくなかったら、一緒に来てもらおうか」


男はいやらしく笑った。




「だだから、危ないって


カレンはアレフの背中で囁いた。
隣ではカリンがすすり泣いている。


アレフは動かない。



「なんとか、逃げられないのかな?」
「前は賊の大群後ろは崖」
うぅん」






━━二人の会話が、まるで壊れた蓄音機のようにぼんやりしている。

カリンは恐怖に目の前が白と黒でちらちらし始めていた


逃げるなら、
自分は置いていかれる。

だっていつも、追いかけっこは自分が転んで終わり。
または、足が遅いからオニが自分ばかりで、終わり。


「カリン」


そう。
いつも、この声で終わりが告げられる。


「カリン、俺の事好き?」


━━え


「だったら、」



波の打ちつける音が意識を現実に引き戻した。

アレフはカリンにしか聞こえないように、囁いている。




「だったら、死んで」



カリンはアレフの言葉に顔を上げて、目を見開いた。


「俺カレンと結婚するよ」
「!?」
「だって、何でも完璧にこなせるし、可愛いし


アレフはカリンの耳に息がかかるくらいに近づき、嗤った。


「カリンみたいに、ウザくないし」




体が震えた。

賊のせい?

否、

否、



「ぁぁあ


否、
あざ笑うような視線を送る、アレフのせいだ。


「今、ここで逃げれるのは、俺を含めて二人だけだから、カリンかカレンどちらかが犠牲になってもらわないとねぇ


いや




好き
愛している

アレフのことが、


「好なんです
「うん。知ってる」
「だから



そんな目で見ないで━━


光に反射する瞳が

常闇に似た
紫に
見える


その
視線


イタ



いやだ
苦しい
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいくるしいくるしいくるくるくるくるくるくるくるクルクルシシシシシシシシシシシシシシシ死し四肢四氏孜孜しし




指にはめられた指輪
体躯のフルエで
がくがくがく




そうだ
将来、折ってくれると、約束したではないか

この

指輪は


玩具


あ か し 



カリンは嗤った━━



「アレフ様


カリンはアレフから離れた。


「好きです
それで?」
「愛してます
「うん」
「私の、全部、アレフ様に、あげます」


もう周りは見えていない。

大男が何か言っている。

聞こえない。


私の
目には


「アレフ様の玩具は私一人で良いんだからぁあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


その場の空気が振動した。



━━イッショニニゲルノハワタシ
━━━アレフサマのドレイハワタシ

結婚スルノハ


「私なんだからぁあああああ!!!」



カリンは瞬きも涙も流さず、一人の腕を掴んだ。


少女とは思えぬ力で、崖の端まで引き摺り




背中を

背中を


「ひぁっ
「カレンなんかっ」


力一杯


「しんじゃええええぇぇぇえええええええエエエエエエエエエエエエエエーーーーーーーエっ!!!」



押した━━━



「きゃああああぁぁあっ━━


崖に悲鳴が木霊した。


しかし、
それも数秒で途絶えた


残ったものは、肩で息をする少女の荒い呼吸音だけ━━






「人殺し


カリンは身をすくわせた。


頭の中の靄が
晴れてゆく━━━


「人殺し」


声は繰り返した。


「人殺し人殺し人殺し」
「ぁ


急に寒気に襲われた。


━━私は、何をした?


カレンがいない。
隣にいたカレンがいない。
崖の下からの風が冷たい。

カレンは?

どこに行ってしまったの?

どうして耳に
カレンの叫び声が
こびりついているの?



「カリンがカレンを殺した!」


「ぃいゃやぁあうああああ!!!」



カリンが

自分の愚考を思い出すには

アレフの声は

最高の材料であった━━━



○○○○


どうやって帰ったのか、


視線の先には見慣れた自室の天井が広がっていた。



体が重い。
体が熱い。
体が痛い。



10年前の夢を見た後はいつもそうだ

ベッドから起き上がる気力もなく、そのまま寝返りをうった。





━━夢の続きを目を伏せて回想する

記憶は曖昧だが

確かな事実は思い出せる。




あの後、
気が付くと家にいて、
両親に頬を叩かれている途中だった。

(王子が誘拐された)
(カレンが崖から落ちて死んだ)
(お前が突き落とした)

(お前が死ねば良かったのに!!)



「っ


枕に涙が流れた。



幸い、アレフはすぐに武国王子によって助けられたが、



「カレン


カレンは
見つからなかった━━━




自分がカレンを突き落とした事件はすぐに国中に広がった

幸い、当時は年齢が年齢なだけに罪を問われる事はなかったが、世間からの非難は耐え難いものだった。


特に、毎日カリンの部屋に来ては『人殺し』と罵るアレフは酷かった。

何度大怪我を負っただろうか


もう、覚えていない。



どうでもいい。



眠ろう


そして、

また、


同じ夢を━━━




○○○○

月夜の光が妖しく人影を映し出した。



ポロンと弦を揺らす音。


「この世で一番愚か者」


噴水に腰掛ける人影の口元が歪んだ。


前に立つ人影は目を伏せた。



「それは人を愛する事を知った人間」
「それは人の心を欲した人間」
「それは人の全てを欲した人間」
「それは人の全てを奪いたい人間」





それは━━━





月の明かりは二人の白銀の髪を美しく輝かせた。



聞きたいな」


一人は笑った。
一人は頷いた。



「弾いてよ、父様の狂った証」





星々は

きっと

酔いしれるだろう

地上に響く

狂った愛の調べに━━




○○○○


空はいつも変わらぬ晴天。


創国は比較的に季候が安定している。

武国のように暑いわけでもなく、工国のように寒いわけでもない。
ましてや、農国のように季候が不安定でも知国のように乾燥しているなんてこともない。


創国は恵まれた国だ。



カリンはそんな空を見上げた顔を正面に向けた。


視線の先には、創の城門━━


いつも決まった時間に、街へ視察に行くアレフが出てくる。
そろそろその時間だ。



最近は求婚者達が大勢、門前に集まっている。

カリンはいつもそうしているように木の陰へ隠れて開門を待った。





十年前から、
毎日こうして木の陰から高い空を見上げている

もちろん、アレフを待つために。


会えば必ず酷い仕打ちをしてくる。
しかし、

「それで隠れてるつもり?」
「━━━!?」


カリンは突然後ろから首を絞められた。



声がでない。

耳に周囲の娘達の甲高い声が木霊する。

目は霞む━━━


「昔から、カリンは変わらないね」


首に絡まる手の力が緩むと、崩れ落ちる体を抱きしめられた。



耳を犯されるようにゆっくりと息をかけられ、カリンは体を震わせた。


「本当に、俺の事が好きなんだねカリン」
「ぃっ


その瞬間、
愛撫から一転、耳を千切れるくらい強く噛まれた。



カリンは抱きしめられた腕から解放されると、地面に膝をついた。


「もう、イっちゃった?」


頭上から、
聞きなれた声がする


十年
否、初めて会った時から、


「まだ、遊びは始まったばっかだよ」
「あレフさま」
「さぁ今日も俺を満足させるまで鳴いてよ

大丈夫

何度だって、絶頂を味わせてあげる」


私は、
アレフ様の奴隷だ━━








「お待ちなさい!この、変態!」


刹那、良く通る声が周囲に響いた。



規則的な足音。

颯爽とした姿。

意志の強い視線。


「公然わいせつ罪で牢に入れますよ?!」
また来たの?」


アレフは嫌そうに、少し眉をピクリと動かした。

視線の先には小さな少女
否、


「今日は本は投げませんサルゴン様に窘められたのでっサルゴン様に感謝してください!」


次期農国王妃シルヴィーが立っていた


アレフは軽く溜息を吐くと、カリンから身を離した。


何か用?」
「女性に暴行を加えているのを見過ごすわけにはいきません」
「カリンは自分から俺のところに来ているんだよ


にやりと笑うと、アレフはカリンの髪を掴みあげた。


「だって、カリンは俺の事が好きなんだよねふふふ」
「やめなさいと何度言ったら!!」


シルヴィーは手のファイルを一瞬動かしたが、我慢して拳を握った。


カリンも抵抗をしないし
これでは、キリがない。

なんとか、カリンを解放して『あの事』を聞きたいが



あの」


シルヴィーが唸る後ろから、控えめな声が上がった。

アレフは声の方に目だけ向けると、興味なさそうにすぐそむけた。


何?愛人さん?」
「あ愛人じゃありません。アテナです。
その、アレフ様に聞きたいことがあるんです」


シルヴィーの後ろでハラハラと状況を見ていたアテナだが、度胸があるのかそれともこんな時の扱いが恋人のおかげで慣れているのか

意を決したように話し始めた。


昨日、カリンさんは『アレフ様の愛する人を殺した』と言っていましたが十年前の事を言っているんですか?」


アレフの眉が動いた。


アテナがチラリと視線を送ると、シルヴィーは意図が分かったのか頷き、後の言葉を続けた。


「気になったので、調べさせていただきました武国とて、資料はあるものです。戦いの要因、規模、結果そして、死亡者


シルヴィーは手のファイルを開いた。


「この資料には、『その事件自体』載っていませんでした」



「昨日の事をザード様に話したら、昔起きた事件の事を教えてくれました


アテナは少し俯き、続けた。


「昔、アレフ様が賊に襲われたでも、怪我もなかったし賊を含めて死者も出なかったと、言っていました」
ふーんあの発情トカゲも記憶能力あったんだ


アレフは目を細めると、アテナとシルヴィーに歩み寄り、微笑を浮かべた。


「つまらないな本当に」


震えるほどに美しく整った顔は、逆に、


「つまらなくて、楽しいね


恐ろしかった━━━





後退りする二人を尻目にアレフは歩き始めた。


言葉はなかったが、
その氷の様に青く冷たい瞳は真実を隠していると、語っていた


「『また』ね俺の玩具」


○○○○


カリンは、気が付くと広場の木陰に座っていた。


目は覚めていたが、
どうやら脳が働いていなかったようだ


「(そうさっきアレフ様に首を絞められて)」


カリンは自分の首に恐々触れると、うっすら痕が付いていた



白い肌には映える痕━━



カリンは顔を赤らめた。


「カリンさん?」
「うぇはっ!!」


急に後ろから声をかけられ、カリンは変な声を出してしまった。


慌てて振り返ると、
心配そうに見つめる青髪の娘アテナといったかが立っていた。


「大丈夫ですか?ずっと、声をかけても反応がなかったので
「ぁごめんなさぃ


いつも、アレフに何かされると頭に靄がかかる
そして、自分が自分でないような行動をしてしまうのだ


カリンは顔を火照らせて、俯く


「ごめんなさぃ」


もう一度、謝った


……━━

アテナの話によると、

アレフが立ち去った後、周りの娘達が蹲る自分に酷いこと
━━恐らく、石を投げて来たり、蹴ってきたりしたのだろう

とにかく、大勢でそんなことをされ始めたので、慌ててここまで逃げてきたのだそうだ


確かに、隣に座るアテナの服が少し汚れている


ご迷惑、おかけしました」


カリンは頭を地に付くほど下げた。



涙が出てしまう。
どうして、自分は人を不幸にしてばかりしてしまうのか

やっぱり、

やっぱり、私が死ねば━━


「顔を上げてください、カリンさん。悪いのは、アレフ様です」


アテナとは違う凛とした声に顔を上げると、小さな女の子いや、恐らく自分より年上か意志の強い瞳をしたシルヴィーがいつのまにか、前に座っていた。


シルヴィーは手に持つ濡れハンカチでカリンの頬を拭うと、一層表情を険しくした。


「全てが、あまりにも不自然ですカリンさんの言う事件、消えた記録、アレフ様の行動


シルヴィーは少し俯き、
すぐに立ち上がった。


「知国のケルビムと呼ばれた、この私に

裁けぬ謎はありません!!!」


その声は、
広場によく響いていた








あ、あのあの方はいつもあんな感じなんですか?」
高い所から飛び降りる位ですから


後ろで見守るアテナとカリンは苦笑を浮かべた



○○○○

三人は暫し馬車に揺られ、隣の国知国までやって来た。



シルヴィーは馬車を降りると、一際大きい建物を指差した。


「あれが、国立図書館ケフラーの頭脳を集めた資料館です」


外観は薄汚れた石造りの建物だが、なにやら口に表わせぬ荘厳な雰囲気が漂っている。


五つ国には、『国立』と付くものは少ない。


国立とは、いくつもの条件をクリアし、かつ王にその役割の重要性を認められたモノだけが与えられる称号━━

この図書館以外は武国のコロシアムと創国の教会位だろう



「ご安心ください。ここは一般人でも利用できる施設です。さぁ、入りましょう」


シルヴィーは厳かな雰囲気に唖然としている二人に気付いてか、にっこり笑うと図書館のトビラに歩み寄り、手をかけた。


独特な埃っぽさとインクの匂い、そして静まり返る空気が三人の体を突き抜けた。



国立図書館。


その名に恥じない、
視界は数多の本に埋め尽くされた。



「まぁ、シルヴィーさん」
「ファリス館長、お久しぶりです」


アテナとカリンがきょろきょろと周りの風景に見入っていると、いつの間にかシルヴィーは一人の女性の元に歩み寄っていた。


栗色の髪はもじゃもじゃと


「あ、ごめんなさいね。少し、髪がはねているけど気にしないで」


女性はアテナ達の視線に笑顔で答えた。


少しどころではない。
某農王子以上に髪の寝癖が酷い

絶対に梳かしていないだろう。

さらに、かけたビン底眼鏡は少しずれている。
さらにさらに服もヨレヨレだ。



知国の人間で、こんなにだらしない姿な人は初めてだ、とアテナとカリンは目を見開いた



「ファリス様は、この国立図書館の館長をなさっているのですよ」
「よろしくね、アテナちゃん、あとー
「あカリンです」


カリンは慌てて頭を下げた。
アテナもそれに続いた。


少しの違和感を感じつつ━━


「それで今日は何の本を探しにきたの?」

ファリスは眼鏡のズレを直しつつ、訊ねた。
シルヴィーは頷く。

「はいまず、ここ十年でつかまった犯罪者賊のリストを」
「まぁ随分と物騒な話ですこと」
「それと、同じく十年前から今までの病死以外の子供死者リストをお願いします」


ファリスの表情が一瞬、なくなった。


しかし、すぐに微笑むと踵を返して歩き始めた。


「それなら、奥へ」


ファリスの向かう先は薄暗く、不気味だ。
だが、三人はそれに続いた。




そこに『事実』はあるだろう。

だが、

『現実』はないだろう━━


何故そう思うか、それは分からない。 


ただ、

アレフの冷たい瞳が、

『現実』と『真実』を切り離していたのだ━━━


奥に通されると、少し狭い部屋だった。

壁一面に本が積まれ、少々埃っぽい
しかし、真ん中の机の上は綺麗に整頓されていた。


「ここは、私の部屋まぁ、早い話が司書室よ」

ファリスは言いながら、詰まれた本を迷いなく探ると、一冊のファイルを取り出した。

それを机において、パラパラとめくった。


「この十年捕まった賊の数は少ないわ。賊が少なくなったから


ある一ページで指を止め、三人に指した。


「理由は簡単。十年前に各地を元締めしていた賊が捕まったから」




━━カリンは目を見開いた。



いやらしく笑う口。
鋭い目。


 こ
の人
だ。


カリンさん」

シルヴィーは静かに問いかけた。

「この写真の男この者が
「はい」


カリンの体は震えた。

何度夢に出てきたか。

忘れられない。



「この人が


笑って

掴んで

連れ去って


「アレフ様を、連れて行っこの人が私達の前に来て!!」



その瞬間、
カリンは目眩に襲われ、その場に膝をついた━━



「カリンさん!!」


アテナはすぐさましゃがみ、カリンと目線を合わせた。


しかし、カリンは視点が定まらず、何かを呟きながら震えていた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
「カリンさん
「とにかく、その椅子へ」


シルヴィーが部屋の隅にある椅子を指すと、カリンはアテナに手を貸してもらいながらも座った。



「大丈夫ですか?」
「はぃすみませんでした」


アテナは首を振り、静かに微笑んだ。


━━━さすがに、
突然写真を見せるのは酷だったようだ


ファリスはリストを閉じると、目を伏せた。



少し、何かを考えたあと、重そうに口を開いた。



……この、賊の事はよく覚えているわ。アレフ君いえ、創国王子を誘拐して大騒ぎになったから。
でもね、その誘拐事件の事よりも、私は捕まった時の『言葉』が耳に残っているの」




窓外の木々がざわざわと揺れ始めた。


風が雲を運んで、日を隠していく。


今晩、
否、

もうすぐ一雨くるだろう。



そんな雨前の静けさが広がる部屋は、だんだんと重く居心地の悪い空気になり始めていた。


部屋の主が口を開く。


「賊は捕まった時、こんな事を言っていたそうよ
『俺達を捕まえるよりも、やる事があるだろう?死人が出たぜ。俺達のせいじゃない。勝手にやったことだ。娘が、崖から落ちたいや、落とされたんだよ。王子に聞けば分かる。』」



カリンは耳を押さえようとしたが、上手く体が動かない。

聞きたくない。

でも



「王子に聞くと確かに、ミリアム領の女の子が崖から落ちた、と言っていたわ。でも、」




周囲の空気が張り詰めた。



「その子は『死者リスト』にも『行方不明リスト』にも、載らなかったの



カリンは顔を上げた。


━━意味が、分からない。


視線を移すと、アテナも首を傾げていた。


ようするに、その女の子は『死んでもいないし』『行方不明にもなっていない』ということですね」


シルヴィーは眼光を鋭くさせ、顎に手をあてた。
ファリスも同時に頷く。


「ええ資料的にはそうなるわよね。追加されたら私だって気付くはずですもの『この二十年女の子の死者、行方不明者も追加されていないんだから』」



カリンの視界がチカチカと霞んだ。


どういうことだろう


確かに、

確かにこの手で



「嘘!カレンは死んだんです!その資料が間違っているんですよ!だって、だって私が」
「カリンさんといったわよね」


ファリスはゆっくりとした動作でカリンに顔を向けた。


その視線は独特の威圧感があり、カリンの動きを止めるには一秒もかからなかった


「事実がなければ、罰を与える事は出来ない。嘘偽りもなく事実は、この資料館もとい、私の元へやってくるわ……私は、『十年前ミリアム領の女の子が崖から落ちた事件』を知らない。そう『事件』は」



震えるカリンから視線を離し、ファリスは外を見つめた。



「そんな事件、なかったのよ」



カリンの視界が
チカチカと


瞬間、

真っ暗になった━━




ここは


『ウ

ウウ』



崖。

『はぁ

ぁああ
あ』


風の声。

違う。


『クル 
 シイ
ヨ』
『ぁあああああああああああああああ』
聞きたくない『嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああ
あああああああああ』ヤメテ『嗚呼ああああああああああああああああああああ』カレ ン『苦しいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお』もう『ツメタイヨォアアアアアアアアアアアアア』


やめてぇエエエエエ絵ええええええええええええええええええ!!

『人殺し』



『死んでよ』


『ウザイからさ』




『ふふ



『ふあはははははははは』




「カリンさん!!」
「━━ぁ」


カリンは視界を取り戻した。



体がダルイ
額がじっとりと湿っている


「いまのは?」
「カリンさん目を開けたまま


アテナはカリンの頬に張り付いた髪を払いつつ、眉を顰めた。



━━分かっている。



今のは、私の、罪」


━━夢


でも、


「私は、カレンを、殺した」
「カリンさん」
「それは、事実なん、で、す」


行かなければ

資料も現実もどうでもいい私はカレンをころしたのあれふさまのたいせつなひとをつぐなわなければつみをころしたあいしたわたしがあいしたああああ


「わタシはあれふさまに、コロサレて、幸セに、なり、マス」


その瞬間、

制止する声が聞こえていないように、カリンは外へ走り出した。



○○○


「カレンカレン


カレンが死んでから、
お母様は毎日のように泣いている。


お父様は私を呪い、

仕事で気を紛らわせるように家に帰ってこない。


数日前までカレンが描いていた油絵は、もうヒビが入っている。


数日

もう、何年も前の事のようだ



外で風が鳴く。


刹那、


「アレフ様
「カリン」


窓の外


青い瞳は美しく輝いた。



「遊ぼう殺してあげるから」


嗚呼


私は、


「は、い」


頷くしかない




○○○○

わたしがカレンをころした。

わたしがカレンをつきおとした。

わたしがカレンを



「どうして



カリンの虚ろな視界には、腕を組みながら鋭く見つめるアレフが映っていた。


幻か、現実か、

もう、分からない。


今自分が立っているのさえ、

生きているのかさえ
分からない。


そんなことどうでもいい。


「アレフ様

どうでもいいの。

幻でも現実でも


「好きです好きなんですアレフ様
……
「好きどうして、好きなのにこんなに好きなのに」
………
「どうして」



ああ

界がおかし


銀に

つつ
まれてい



うわた
しのあたまのな




「どうして死んだカレンしか見ないんですかぁあああああ!!!!」



カリンの思考がプツンときれた。



○○○


「人殺し」

アレフはカリンに馬乗りになり、首を絞めた。

カリンは抵抗もせず、行為を受けている。



家の使用人も一人として止めなかった。

使用人は夫人の涙を止めるのに夢中だ。
主人は帰らない。


「苦しい?ねぇ、苦しい?」


子供の力では、絞め切れていない。

そう、殺さないように
しかし、
死にかけるくらい苦しめて


「感じてよ、俺の感触。詫びてよな泣いてよ求めてよ


アレフは笑った。


「『殺してください』って、もっと俺を見てよ」


カリンは



○○○○


「アレフさ」


アレフの首に手を回した。



ここは、

崖だ。


過去?
現在?
フラッシュバックのように何度も情景が変わる。
一体どれが現実なのか、夢なのか



どっちでもいいよ」



アレフはカリンの耳に囁くと、髪を掴んで体を離した。

そのまま、顔をこちらに向かせると、無表情で口を開いた。



「今、カリンは俺の手の中」


空いた手でカリンの唇を撫でると、指を口に入れてきた。


「カリンは俺のモノ」


その行為は卑猥で淫靡で
体を犯されているような感覚に陥ってしまう。


「カリンは俺しか見てない」


そう、
もう他の事は考えられない。

カレンの代わりなんか嫌だ。
愛してほしい。

自分だけを見て欲しい。

見つめて欲しい。


だから、もっと


「カレンを殺した悪い子をめちゃくちゃに虐めてください」


ゾクリと体が波打った━━━



○○○○

創国の中央通りを二人の娘が走っていた。

「大丈夫ですか、アテナさん!?」
「ははいっ!!」
急ぎましょう!」

一人は正面を睨みつけるシルヴィー。
もう一人は息も切れ切れなアテナ。


二人はカリンを追っていた━━



「不自然そう、不自然なんてものではありません!最初から間違って仕組まれていたんですよ!」
「はい!」
「『事故』なんてない
「はい
「何故もっと早くに気付かなかったのでしょう!!ああぁ、私の馬鹿っ!!」


シルヴィーは手を強く握った。


このままでは、
カリンが危ない━━




二人は城下町を抜け、林へ入った。




○○○○

風が強い

潮風が顔に痛い


「カリン」


耳元で心地良い声がする。


「覚えてる?」


指がくすぐったい。

撫でられてる?

いや、舐められている?

どちらでもいい。

全てが

快感


「可愛い手


なんだっけ

約束したような

気がする

そう、

確か拒んでしまった


「折ってあげるよ」


玩具の約束━━━



「お待ちなさい、この外道!!」


アレフが手に力を入れようとした瞬間、崖に声が響いた。


「カリンさんから離れなさい!」
……


━━またか

アレフはジロリと後ろを睨みつけると、そこに息の上がった娘二人が立っていた。


こっちは今、忙しいから帰れ」


アレフは最高に不機嫌
いや、むしろ他の者とは違う恐ろしい殺気を放ち、二人を威圧した。


しかし、シルヴィーもアテナも引かなかった。


カリンさんを解放しなさい」
「もうやめてください!」
……

溜息を吐いた。


ウザイ。



うざいうざいうざいウザイ!!


「お前らなんか一瞬で
「?なにを言っ」
「ギロチンにかけて、一瞬で殺してやろうか


シルヴィーはそこでやっと足を後ろに運んだ。


━━この、男


「狂っています」
「ふふふ人は皆狂うものさねぇ、カリン」


アレフは後ろで虚ろにしゃがみこんでいるカリンの顎を軽く持ち上げると、目を細めた。


「カリンだって、狂って壊れちゃった」
ぅ」
「でも、壊れたって玩具は俺のモノ」
「やめなさい!!」


シルヴィーは叫んだ。


怖い、怖いが


「カリンさんを放しなさい!!」


自分は
自分と同じ『檻に閉じ込められた』人を助けると

心に決めたのだ


「(見守っていてください、サルゴン様!)」


「貴方はカリンさんを追い詰めて、殺そうとしている」


シルヴィーは強く瞳を光らせ、アレフを指差した。


「貴方にとって、これはゲーム人を苦しめて殺すというゲームなんです!」
……


アレフの眉が一瞬揺れた。


「先程の発言ギロチンが証拠です噂で聞いた時があります。昔創国に残虐趣味の王がいた。その王が所持した拷問具は数え切れないくらい今でも城のどこかに眠っている」



黙って聞いていたアテナは瞳を閉じた。

以前、工国の地下牢屋道を通ったとき、微かに、見えた機具。
黒い物体。


「あれは、まさか」
「子孫である貴方にもその残虐な血が流れていても不思議ではありま」
「へぇそれで?」


アレフは言葉を遮るように、口を開いた。


「カリンは、俺と結婚するはずだったカレンを殺したんだよ?これは復讐それでいいじゃん」
「それもおかしいです」


シルヴィーはゆっくりと腕を組んだ。

瞳は光を増し、真実に近づきつつあることを示している。


「カレンさんは、死者リストに載っていません。ということは」


アテナはこの場の空気に身震いした。

何かが始まる

終わりは


「カレンさんは死んでいません」


見えない━━━



シルヴィーは軽く溜息を吐いた。


「リストに載っていない私の頭が固くなっていました。載っていなければ、死んでない。当たり前の事です」
「死んでないなら、何で言いに来ないの?『私は無事よー』ってさ」
「なんらかの衝撃で記憶をなくしたこれは可能性が低いので、却下ですね。ならば、可能性がもっとも高いもの


アレフの口元が緩んだ。

シルヴィーは無視して、続けた。


「カレンさんも、共犯者です」


その場の空気が一瞬重くなった。


アレフが放つ殺気か
否、彼の焦りか


シルヴィーは確かに真実の感触を感じていた。


「カレンさんは、いわばアレフ様の許嫁恋人ですね。そのカレンさんが協力して殺人を自演したもちろん、賊も同じように雇った、というならばそれならば説明がつきます」

残らなかった記録。
起こらなかった事件。


全てが繋がる。


「貴方はイジメを楽しんでいたカリンさんが苦しむ様を見て、面白がっていたそして、仕上げに殺そうと最低です」


シルヴィーは視線をはずした。




━━声が聞こえる


さっきまでの
アレフ様の声ではない。


女の人の声?


これは━━




「王族とて、犯した罪を償わねばなりません」


シルヴィーはアレフを横目で睨みつけた。

もう、逃げられはしないだろう

殺人未遂に脅迫罪。
カリンも少しずつ正気を取り戻しているようだ。
彼女が訴えれば、もっと正確に罪を問えるだろう。

シルヴィーは勝利を確信した。


「法とは平等に」
「あはははははははははは」


刹那、

アレフは笑い始めた。


あまり大声を出さない、笑わない彼にも関わらずだ。


「なっなんです!?」
「あーふふふまさか、そこまで推理できたなんてね
「━━━!?」


再び、浮き足立つ空気が流れ始めた。


アテナは眩暈を感じた。


━━終わりは見えない

嫌な予感は、的中してしまった



崖に強風が吹きぬける━━


アレフは髪をかきあげた。

「さすが、知国の人間だよねふふっ御見逸れしました」


笑顔は見惚れるほどに美しく、そして冷たい。
アレフの青い瞳が常闇のように淀む


シルヴィーとアテナは身がすくんだ。


「君の言ったこと正解。大正解だよでも」
「!?」
「大ハズレ


瞬間、アレフはカリンを立ち上がらせ崖の端まで押した。

あと一歩進めば、落ちてしまう。


まさか━━━


「やっやめなさい!!」
「君の推理に則ると、こういう事だよね」

カリンは虚ろに動かない。
シルヴィーとアテナが動けば、落とされる。

アレフの目は脅しではない、本気で落とすそんな狂気に満ちていた━



「俺はカリンの痛がる顔が好き。快感許しを請う、歪んだ顔
「狂ってます!!」
「そう人は狂う愛に」

アレフはカリンを強く抱きしめた。


「愛する人の望みを欲を叶える為なら、なんでも、する」




刹那

風景がゆっくり

流れ始めた。



アレフは
カリンの肩を

掴むと


一瞬で








カリンは微かに微笑んだ。

もっと


もっともっと









突き落とした



嗚呼
アレフ様が笑っている━━

嬉しそう

私も嬉しい


アレフ様が喜ぶなら

私は

なんでもしよう


アレフ様の

瞳に焼きつくならば


私は








「カリンさんっ!!!!」
「いやぁっ!!」


シルヴィーは崖に走り寄るも、すでにカリンの姿は見えなくなっていた。

海の波が、非情にも荒く岩に打ち付けている。


「なんてことを


シルヴィーは膝を付いた。

足が震えている
目の前で人が死んだのだ当然だ。


後ろのアテナもふらふらと歩み寄り、崩れ落ちた。




「その反応良いね」


アレフは二人の姿に笑みを浮かべた。

涼やかに前髪をかきあげ、平静に海の向こうへ視線を移した。


「さて答え合わせの続きだよ」
!?」
「きゃあっ」


一瞬、嫌な気配がした。

すぐに顔を上げたときにはすでに遅く、シルヴィーは腕を掴まれていた。

続けてアテナも同じように無理矢理立ち上がらされた。


「いゃっ!!」
「何をするつも
「俺ね、ここでカリンに告白されたんだ」


アレフは崖の下を見つつ、突拍子もない事を言った。


「カリンは、俺の事が好きなんだって」
「っそれをあなたは!!」
「俺はカリンのものなんだって」


アレフは笑った。




「何を当たり前なことを」






ハッとする間もなく、
シルヴィーとアテナは



宙に放り出された。



○○○○


「カレン、カリン。この方がアレフ様ですよ」


その日、カレンとカリンは両親に初めてティファレト城へ連れて来られた。

二人の両親は城でも高い位の重臣。
将来は自分達も城で働く事になるだろう。
だから今のうちに王族へ顔合わせをしておき、あわよくば王子の妻に


「こちらがカレン、そしてカリンです。どうぞ、よしなに願いますアレフ様」

母はめかしこんだ娘達を押し、王子の前へ突き出した。





カリンは一瞬で、王子に魅入ってしまった。
話には聞いていたが、絹糸のように美しい白銀の髪に、海よりも空よりも青い瞳。
顔も作り物のように整っている。

窓際に座り、こちらを向く動作さえ鮮麗され、少年にも関わらず色香を感じさせる。


ふーん」


声も綺麗だ。
美しい容姿によく合っている。


「双子初めて見たけど本当に似てる」

王子は呟くと、二人に歩み寄り顔を覗き込んだ。


「こっちは?」
「私はカレン。よろしくお願いします、王子」
じゃあ」

『こっちは』と呟いた瞬間、カリンは耐え切れずカレンの後ろに隠れてしまった。


今、顔が真っ赤だ恥ずかしい


カリン?」


不意に名前を呼ばれた。
さらに紅潮してしまう



君は、自分で自己紹介も出来ないんだ?ちょっと、頭弱いの?」

アレフは微笑んだ。


アレフの言葉にカリンは胸が一度大きくドキンと高鳴った。


「何も言えないの?口がきけないの?」
……
「ねぇ、聞いてる?」
……
ねぇ」

アレフの声が低くなった、そう思った瞬間、カリンは髪を掴まれむりやり顔を上げられた。


痛い━━
髪が、肌がちぎれる!!

どうして抵抗してないのに
頭が痺れ


痛いいた


「あぅん」
……へぇ」


アレフは微笑んだ。

視線の先には瞳を潤ませ、顔を紅潮させた


「こういうのが、好きなんだカリンは」


快楽を味わう
カリンが映っていた━━



○○○○

「またアレフに虐められたの?」


カレンは頬を赤らめたカリンに溜息混じりに言った。


「まったくもうカリンも少しは抵抗したら?」
ううん、いいの」


━━アレフ様が私虐めている顔は、とても楽しそうだ。
私もアレフ様が楽しいと嬉しい。
それに


「痛いけどなんだか、凄く気持ち良いの」
……


カレンは呆れたような表情を作ると、深い深い溜息を吐いた。


「私の可愛いカリンが
「?何?」
「ううん、なんでもない」


カレンはにっこりと微笑むと、椅子に腰掛けて机に肘をついた。


「カリンはアレフと結婚するの、駄目だからね」
「えっ」
「私が認めませんー」


カリンはズキリと胸が痛んだ。


アレフは誰しも魅了される美少年なうえに王子。
カレンとて


「好きなんだ
「あんな悪魔に私の可愛くて可愛くて可愛いカリンをあげられますかブツブツ」
「ふぇぇえええん」


カリンはカレンの呟きに気付かず泣き出した。


「アレフ様、好きぃい!結婚するー!!うああーん!」
「ああん、もう


カレンは苦笑を浮かべつつ、カリンを優しく抱きしめた。

その手付きは優しく、そしてふわりと柔らかい香りがする

「カリン
「うぇっく」

声は聖母のようだ。

「私は、誰よりも貴方の幸せを願ってるアレフが貴方の幸せなら何も言わない。でも」



○○○


カリンは大きな水音に意識を取り戻した。


「いやぁあああ!!!」


落ちるカレンの声が、
肩を押したアレフの顔が、
崖を見上げた時の風の音が、
脳裏に焼きついている━━━


落ちる

落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる水水水水水水水水水水水



「いやぁあああああああああ!!!」


そうだ、自分は落とされた。
アレフに

カレンの復讐の為に


死ん



「起きたのかい?」

肩を一瞬震わせると、視界がはっきりしてきた。

「大丈夫?水いるかい?」
え」


カリンが身を起こすと、自分が簡素ながらも暖かい毛布に寝ていた事が分かった。

小さな家だ
自分のいるベッドの部屋と隣は台所か
それしかない。

屋根からは所々に雨漏りがしている。
外は大雨のようで、先程目を覚ました時の水音はそれだろう


視界を移すと、手に水の入ったコップを持った男がこちらに歩み寄っていた。


「どうぞ」
「あすみませ、ん

コップを受け取ると、男はにっこりと笑った。

「良かった。なんともないようだね。これでカレンも安心するよ」


カリンの動きがピタリと止まった━━



━━これも
夢なのかもしれない


確かに、自分は崖から落ちたはずだ。
カレンのように。


カレンは死んだはず


なのに、なのに、


「君を見つけた時はびっくりしたよ。あの時と全く同じだったし
「あの、時?」


カリンは顔を向けると、男ははにかんだように微笑んだ。


「ま、あ一目惚れだったというかあははは照れるね」

男が頭をかくと、薄い壁の外が雨音とは違う地面を打つ音がした。

訝しげに首を傾げる間もなく、その瞬間ドアが開いた。


「カリンさん!!」「おじゃましますー」
「あっ

声の主を認識する前に、カリンの視界は強制スクロールした。

宙に舞うコップ。
男のナイスキャッチが一瞬見えた。

「怪我は!?意識は!?正常ですか!?」
「凄い雨でしたー」

気が付くと、
視線の先には天井。
雨で染みが出来ている。

「頭打ってません!?操は無事ですか!?」
「あ、こんにちは」

今、自分が押し倒されたということに気付いた。

えーと


あの私は、大丈夫です。シルヴィーさん」
みたいですね」
「はい

押し倒してきた娘、シルヴィーはカリンから手を離すとホッと息を吐いた。


カリンが身を起こすと、アテナが男にお辞儀をしている。
男もにこやかにそれを返す。



状況が、飲み込めない



「この二人もアレフに落とされたみたいなの」


ドアが閉まった━━



「ああ、おかえり」
「雲の切れ間が見えたから、そろそろ雨も止むと思う」


カリンはドアに視線を移した。


━━男がドアの前の女性に上着をかけている。
女性は男に笑顔を向けた。




自分と同じ顔で









「カレ」


唇が勝手に動いた。


瞳が
がくがくと震える。



夢だ。

そう、
慣れている。
もう慣れている。



これは


「幻じゃないよ」


カリンはふわりと懐かしい香りに包まれた。


「また虐められたの?」
ぁ」
「少しは抵抗してもいいんじゃない?」
「ぅあ」
「もう


声は聖母のようだ。


「私は、カリンの幸せを一番に考えてる。でも、」
「ぁあ」


笑顔は


「私の可愛いカリンを泣かすのは許さないんだから」
「カレンんんんっ!!」


少女のように愛らしかった━━


カリンは何度も何度も目の前のカレンに触れた。


夢じゃない。
幻じゃない。

温かい。
血が通った人間だ。

悲鳴をあげる
カレンではない。

優しく笑う
私の大好きな
カレンだ!!


「ふ、ぐごめさ、カレぅああああ」
「ほら、泣かないで。笑って、カリン」


カレンはハンカチを取り出すと、優しくカリンの涙を拭った。


外見こそ、成長して大人の顔になってしまったが内面は変わらず、世話焼きなお姉さんだ。
少女の時と同じ微笑みをなげかける。


「ぅううく」


カリンは俯いた。


涙しか出ない。
償わなければならない事がたくさんありすぎる。

今更言葉を並べても遅い。

どうすればいいのか、もう分からない



カリン」


俯き、嗚咽を漏らすカリンを見つめ、カレンは目を細めた。


聞いてそのままでいいから」


カレンの手がカリンの髪に触れた。



「ごめんね……ずっと、苦しかったよね」


優しく、囁くような声は、外の雨音さえ遠ざけた。


「私、自分の事が凄く嫌いだったんだ




毎日のようにあるレッスン
人形のようにこなす自分
天才と呼ばれる自分


家が大嫌いだった。
芸術なんて嫌いだった。

嫌いなのに抵抗できない自分が嫌いだった



将来は有望な創国王妃。
自分の意思さえ
恋することさえ
奪われた。

王子、アレフの事は何とも思ってなかった。
むしろ
アレフも私なんて眼中になかった







私とアレフが出会った時、お互い一目惚れで。相性も合うみたい。

めでたしめでたし



じゃなくて、

アレフはね、考えたの。
どうやったら確実に相手と一緒になれるか。


邪魔な人が一人いる。


だから、
あの日消そうとしたの


○○○○○


気が付いたら、見知らぬベットに寝かされていた


「大丈夫?」


声のする方へ顔を向けると、心配そうに見つめる女性が座っていた。


ここは━━


「貴方、浜辺に流されていたのよ?覚えてる?」
「浜


瞳を閉じると、ぼんやりとだが自分の身に起きた事が思い出される。


━━崖に行こう

━好きだから

━━━賊の人?


━━アレフ様と結婚するのは私なんだからぁあああ!!!!



「カリン!!」

少女、否、カレンは一気に覚醒した。

慌てて起き上がろうとすると、フラリと足が縺れてしまった。


「まだ起きてはダメよ。三日間眠っていたんだから」
「三日!?そんな


自分が崖から落ちて、三日
あんな険しい崖から落ちて生きているのが奇跡である。

しかし、三日も経ってしまっては


「私、死んだ事になっちゃうカリンもきっと泣いちゃう


言うことを聞かない足が恨めしい

あの心優しくて、すぐに傷ついてしまうカリンは、きっと自分を責めてしまうだろう

駄目そんなの、絶対に


「私、行
「母さん」

カレンが再び立ち上がろうとした時、女性の後ろから声をかけられた。

「お客さんその子に用だって」

女性の息子らしき少年は、何故か不機嫌そうに外を指差した。



一瞬、銀の光が目を掠った━━


「やぁ、カレン。元気そうだねふふ残念だよ」
「アレフ


カレンは呆れたように、ベッドの横に立つ少年王子アレフを睨んだ。


「よくもあんな崖から落としてくれたわね許さないんだから」
「俺が落としてんじゃないよ。カリンだよ」
「アレフがカリンを惑わしたんでしょ!」

アレフはクスリと笑った。


カレンはアレフのこの笑顔が嫌いだった
大事なカリンを玩具のように弄ぶ時と同じ顔

自分には、けして向けられない、幸せそうな笑顔━━


死ぬかも、しれなかったんだから
「それはないね」
「そう言えるのは今私が生きてるからで!」
「言ったじゃん『死なずの崖』だって」

アレフは髪をいじりながら、笑った。

「本当に、こんな簡単に皆引っかかるなんてふふ……あそこの崖昔は度胸試しに使われてたらしいよ?パッと見、凄い光景だけど実は潮とか関係で、窒息する前にこの村の浜辺へ流されるんだって言ったはずじゃん


━━嗚呼


そういえば、アレフははっきり言っていた
『死なずの崖』と。

だまされた


「まぁ、俺もさ、この前にフェルのとこの古文書読んで知ったんだけど周りの大人ふふカレンのお葬式やっちゃったし」
………え」


カレンは、
固まった……



アレフは楽しそうに微笑むと、踵を返した。


「これでカレンは帰れない。俺と賊さんの証言でカリンはカレンを殺したことになる。カリンは独りになる。カリンは罪に縛られる。ふふふふふ
「アレフ!!」


カレンはおぼつかない足で立ち上がった。


止めなくては、
この、


「カリンは俺だけのものになる」


悪魔を━━━!!



しかし、カレンはその場に膝を付いてしまった。

三日間眠っていたブランクは思った以上に大きい


カレンは頭上のアレフを睨み付けた。


「やめて!カリンがカリンが可哀想!」
……そんなに、戻りたいんだ?お人形に


アレフは目を細めた。


「人に言われるままに動いて、褒められて、笑って将来も決められてる」


アレフはカレンを見ずに、話している。


「自由なんてない自由と創造の国なのにね」
……


カレンは言葉につまった。
これは、己に言っていることだ。


アレフは次期創王。
カレンが知るずっと昔から、王になるための英才教育を受けていた。

言われるがままにピアノを弾き、勉強し、礼を刷り込まれた


「カレン」


そういえば、アレフがカレンに話しかけたのは初めてだ

俯いているカリンは気付いていないかも知れないが、いつもいつもアレフはカリンにだけ話しかけていた。


カレンには、適当にしか返事もしない。

でも、


「俺はカリンを貰えればいいよ。だから、カレンには


自由をあげる」


アレフはちゃんと、こっちも見ていたのだ




○○○○

「そうして、私はここで暮らし始めたのこっそりとね」


カレンはゆっくりとカリンの頬に触れると、少し切なそうに微笑んだ。


ごめんねずっと、私のせいでつらかったでしょ?」
「カレン
「ごめんね
……


カリンは無言でカレンを抱きしめた。


カレンがいつもそうしてくれるように━━

涙を隠した。






「ああ雨が止んだね」

窓際に歩み寄った男が呟いた。


先程までの土砂降りが嘘のように青空が広がっている。
遠くに聞こえる波の音も穏やかだ。


全ては終わった━━


シルヴィーとアテナは顔を見合すと自然と笑みがこぼれた。




━━が、
一瞬にしてアテナの表情は凍りついた。


「あっ
「アテナさん?」


アテナはシルヴィーの問いに声を出さず答えた。


窓の外を指差す。




キラキラと光っている
太陽の光に反射して、まるで宝石のようだ。

青い瞳は
ゆっくりとこちらを映す。

口が動いた。


『お』

『い』

『で』


「どうしましたか?」
「カリンさん見ては駄目です!」
「ぇ

『カ』

『リ』

『ン』


カリンの瞳の光は悪魔の微笑みにかき消された。


アレフは雨上がりの海岸を歩いていた。


水平線はかなたに遠く、
手が届きそうで、届かない。


「見えるのに、触れられないなんて

アレフは髪をかきあげながら振り返った。

「嫌いだ」
「アレフ様



カリンは家を飛び出し、アレフの後を追いかけてきた。

どうしたい、どうしたい?


「アレフ様


名前を呼ぶ。

足りない。

違う。

こんな事をしたいわけではない。


「アレフ様私」


そう、

カレンが生きていた。

それはアレフが仕組んだこと。

どうして?


「私アレフ様」


アレフはカレンの事を助けたかった?

違う。

アレフはカレンに興味はなかった。


どうして?


どうして、こんなことを



「答えは、いつでも出てたじゃん


アレフはカリンに歩み寄り、唇を指でなぞった。


「俺は、カリンの事が好きなんだよ」



アレフは目を細めた。


「この唇も瞳も体も全部全部、俺の物にしたくてたまらないんだよ」
「アレん」


カリンが言葉を理解する前に、アレフは不意に唇を奪った。


舌もねじ込み、何度もしつこく重ねるとカリンの頭は思考を停止させた。


「んはぅふ」
「カリンは可愛いね潤んだ瞳で、俺を誘って淫乱」
「ひぅっ」

アレフは首に舌を這わせると、空いた手で胸を持ち上げた。


「このやらしい体も、今すぐ
「ああぅ」
「ふふでもカリンはそんな事じゃイケないよねロバに乗せてあげようか?それとも、振り子を使おうか?いや苦悩の梨で、ぐちゃぐちゃに壊してあげようか?」


アレフは再びカリンと唇を重ねた。


カリンは『公園』の時と同じ、紅潮した表情を浮かべている。



もう、周りの声は聞こえない。

瞳には

「痛みと快感で俺のことしか考えられないように


アレフしか映っていない━━


「俺も、もうカリンしか考えられない



━━━刹那


「こっのぉ!公然猥褻っっっ!!」

本が飛んできた


アレフはカリンを抱えて軽く避けると、振り返った。

分かりきった様子が見える。


「まぁたサルゴンに怒られるよ」
「お黙りなさい!外で堂々とその、は破廉恥なことをしている方が悪いのです!」

言わずもがな
雰囲気ぶち壊しもいいところだが、それよりもぶち切れているシルヴィーがイチャコラしていた二人の近くまで歩み寄った。

後にはアテナとカレン、男が立っていた。


「こ、告白ならば普通に言葉で言いなさい!」
「ごめんなさい
アテナさんが何で謝るんですか?」

アテナは俯いて赤面した。

アテナのせいではないが心当たりはあるようである。


……まぁ、男は皆同じって事よね」


アテナの肩を叩くと、カレンは含み笑いを浮かべた。


「うちの旦那もそうだったし」
「ちょっカレン」
「この人ダンリックたら急に『結婚してくれー』って大勢の前で言ってきたんだよ。アレフはまだ私達だけだからいいんじゃないかな?」
「あの時の事は勘弁してくれ

男、いや、ダンリックはカレンの口を押さえるように、背中から腕を回した。


アテナとシルヴィーは目を見開いた。


「えっカレンさん、結婚していたんですか?」
「あれ?だって、この人がいる時点で気付いてたんじゃ?」
「全く」
「何でいるのかなーとしか」


ダンリックは二人の言葉に情けない顔をして、苦笑した。



その様子に、カリンも静かに微笑んだ。

━━カレンは幸せのようだ


ずっと、ずっと
自分の夢では苦しそうに叫びを上げていた

でも、


「この人、影薄いからねーふふふ」


今は笑顔が広がっている。



「カリン」

カリンも微笑んだ瞬間、耳元に声をかけられた。



「続き
アレフ様


アレフはカリンを後ろから抱きしめ、手をとった。


髪に触れる頬がくすぐったい
甘い香りも頭をぼぅとさせる



周りの声はすでに聞こえない。
その場だけは、誰にも邪魔されない甘美な聖域だ。


アレフはカリンの左の薬指に、指輪を差し込んだ。



指輪は薄茶の石がキラキラと光に反射して至高の美しさをだしている━━━

「これは」
「失くしちゃ駄目だよ

アレフは指輪と共に手を撫でた。

「創国の王族は、代々求婚を申し込む時に、相手の瞳と同じ色の宝石を使った指輪を贈るんだ


これは、
この指輪は


「俺の玩具俺の物の俺の花嫁の証


そう
あの日
運命が分かれた日に贈られた大切な指輪だ。


一生、いや、生が終わったとしてもこの身から離しはしない━━


そう誓った。





アレフはカリンの前に跪いた。


「カリン」


白銀の髪が揺れる。


「創国ティファレト王子アレフ、私の


低音の声は心地よい。


ずっと、ずっと聞いていたい━━



「花嫁になれ」


アレフはカリンの手を再び取ると、恭しく手の甲に口付けをした。


「これお願いじゃないからもう、決まったこと」
アレフ様」
「誰にも渡さない。カリンは俺の物。俺だけが、


愛してあげる」




アレフはカリンを抱きしめた。



○○○○


「知っていたんですか!?」

武の城に一際大きな声が響いた。





創国での騒動から一夜


シルヴィーとアテナはあの後、イチャこらする二人をカレンに任せ、帰途を辿った。



今回は結局、アレフがカリンを手に入れるためにやっていたことで、カリンもそれが快感だったと
なんとも振り回されてしまった。


シルヴィーは一夜が明けると、すぐさまアテナの元へ(の前にサルゴンのところだが)走った。

昨日の事を色々話したい否、愚痴りたいからだ


アテナも同じこと(?)を考えていたのか、シルヴィーが武の城に着くとすぐに駆けて来た。


お互いにあーだこーだとか、『水に落ちるのはもう嫌です』とか『高い所から落ちる事に呪われている』とか色々言い合った。


水分補給の紅茶もすでに空だ。


「ふぅ」「はふぅ」


二人は一息をつく。
すると、今まで自分達の声で聞こえなかった話し声が耳に飛び込んできた



あのエロ野郎、本気で崖のやったのか」
「んだなぁ
「よくもアテナをあとで覚えてろよ
「まあまあ、あそこは安全だで。オラ達もやられた時ピンピンしてたくれぇだったし」
「ふん、それだけじゃねぇ。わざと誘拐されて助けた時なんていったと思う?『もっと遅く来てよ』だぞ!?どんだけあの女を喜ばせたいんだよ!!こちとら必死にごっつい奴らをぶっ飛ばしてきてやったのによ」
「はははまぁなんけ?カリンちゃんけ?その子もそういう虐められるのが好きみたいけぇ来恋路の手伝いをしたと思えば
「信じられねぇ!うぜぇ!うがぁぁあ!!」



……」「……

シルヴィーとアテナの動きが止まった。

なんだか、会話がおかしい


まるで


サルゴン様?」

シルヴィーは恐る恐る後ろを振り返った。

後ろには、少し離れてザードとサルゴンが立っている。


……今回の
ごめん。知ってたけぇ、アレフの計画

「知っていたんですか!?」


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「アレフな、昔っから言ってたけぇカリンって子が好きって」


サルゴンは二人のお茶を煎れてあげながら苦笑を浮かべた。


「叩くと、喜ぶから凄く良いって」
「ぶっちゃけ、アイツその女の事しか話さないしな」


サルゴンがアテナにカップを差し出すと、それを横からザードが取り上げて飲み干した。

「この茶まずっ甘すぎ」
「ということは」

シルヴィーはズィッとサルゴンに歩み寄った。

「分かってて、私達をほっといたんですか!?ひどいです!」
「ごめんごめん」

プイッとそっぽを向くシルヴィーの顔をそっと覗き込み、サルゴンは頭を掻いた。


困った顔も人懐こくて、きゅんとする
シルヴィーはちょっと和んだ。

と、危うく許すところでした。弁解くらいなら聞きますが?」
「あー……実は、アレフに口止めされてただよ本当の事言うの」


アレフはカリンが怯え、泣く顔が大好きだそうだ。

この十年カレンの事で追い詰めていたのはそのせいか。
バレては元も子もない。

だから、事実を知る者に口止めをしていた。


さらにそれで、壊れてでも自分の物にするつもりだったらしい。



「怖い奴だよな全く」

ザードはアテナに渡された水を口に運びながら呟いた。


口止めされていたとは言え、何故二人は言わなかったか



言えなかったのか━━━





「俺が皆のアイドルだからかな」
「ぶっ!!」


その瞬間、
ザードは後ろから何者かに抱きつかれ、水を吹いた


一同がザードの後ろに視線を集中させると、


「跪いて俺を称えてよ、下僕になれ、女王様とお呼び」


美しい白銀の髪を揺らした話中の人物アレフが笑っていた。


「なこの、妖怪!」


ザードは距離を取ると同時にアテナを確保した。


「おまっ!何の用だ!?てか勝手にうち来るな!」
「ここまで来るの疲れた。お茶出してよ。二人分ね」


アレフはザードを鮮やかにスルーして、椅子に腰掛けた。


『二人分?』と首を傾げたサルゴンだったが、次のシルヴィーの声で、納得した



「あっカリンさん!!」


シルヴィーが見つめる先に、

人形のようにふわふわと可愛い容姿に潤んだ瞳
そして、何故かよろよろとした足取りのカリンが歩いていた。


カリンは一同に気付くと、深々とお辞儀をした。



「カリンさんご無事で何よりです」
「ははひ
「?どうしました?」
「いえ」
……

首を傾げたシルヴィーとは裏腹に、アテナは何も言わず椅子を勧めた。


アレフが満足そうな表情なのも気になる。


???」
「サルゴン様は優しい方でよかったですね」
「はい?」


アテナの苦笑の意味がシルヴィーにはよく分からなかった



○○○○○


「あの皆さんに、とてもご迷惑を


お茶を一杯飲んだカリンは改めて頭を下げた。


どうやら、今までの事を謝りに来たようだ。

「あの、武のお城に、来れば皆、いるとすみません、勝手に
「いいよ、ザードの家なんて壁壊して侵入しても怒られないし」
「怒るわ!!」

ザードはアレフの頭にチョップを食らわした。


「いたいヒサギには怒らなかったのにー」
「るせぇ!あれは弁償させたわ!」
「わー、助けてサルゴーン(棒読み)」
「え、ああまあまあ」



あちらは勝手にさせておきましょう」

シルヴィーは軽く溜息を吐いて、カリンに向き合った。


「何はともあれご無事で」
「ありがとうございますです」

カリンはお辞儀をした拍子に勢いよくテーブルに頭をぶつけた。

慌ててアテナが手を差し伸べて、おでこを撫でてやった。


「だ大丈夫ですか!?」
「は緊張し、て」
「緊張?」

カリンは頷くと、城を見回して王子達へ視線を移し、そして俯いた。


「ま、まさか、私がお城の、王子様方にすみません」


なるほど。

アテナやシルヴィー達には既に当たり前だが、ザードとサルゴンはこれでも一応国でも尊い王子様だ。

カリンが萎縮しても当然か


「大丈夫ですよ!私も最初は緊張しましたザード様はちょっと乱暴で角が痛そうだしでも、本当は優しいし、剣を持たなければただの大きい人です」
「そうですよ!王子だと思うから緊張してしまうのです。サルゴン様はそう、ただの農民だと思えば良いのです」
はぁ」

二人とも酷い言い様だが、カリンの肩の力はおかげで多少抜けたようだ。


「それに、カリンさんも私達と同じになるんですよね?」


アテナはニッコリと微笑んだ。


そう、昨日確かに聞いた。


「アレフ様のお嫁さんになるんですよね」
あぅ」

ニコニコと問うアテナに対して、カリンは俯いた。
その表情は暗い。

シルヴィーはハッとした。


「そういえばそうです……今日の新聞に
「新聞?」
「次期王妃が決まったとなれば、大々的に新聞に載るはずです。しかし


シルヴィーは後ろを睨みつけた。


刹那、
アレフの顔に本が投げつけられた。


攻撃はクリーンヒット。


結構痛かったようだ


「さっきから痛い
「あ、アレフ様~あわわ」

一同は本の出所に視線を集中させた。


サルゴンは頭を抱える


「シルヴィー本は投げるもんじゃなぃ」
「こっの人でなし王子!!」


シルヴィーはズンズンとアレフに歩み寄ると、一層鋭く睨みつけた。
しかし、アレフはおでこを摩りながら飄々と涼しげな顔をしている。


「昨日、私達は確かに貴方がカリンさんへ言った言葉を聞きました。王子の婚約が決まったらすぐに公表されるものです。なのに、何故なにも伝わってこないのですか?」
勘違いしてない?カリンは」

アレフは整いすぎた美しい顔で微笑んだ。

「俺の性奴隷人形だし」


その瞬間、

サルゴンが止める間もなく、再び本は投げられた



「最低です人でなし王子の風上にもおけません島流しにしてくれます!!!!!」
「落ち着くっぺ、シルヴィー」


うがうがと暴れるシルヴィーをサルゴンがひょいっと持ち上げ、抑えた


「酷いなー俺、叩かれるより叩く方が好きなのにー」
酷いです」


ぼそりと聞こえた声に視線を移すと、アテナが


「それじゃあ、カリンさんがふぇええ」
「ぬなっ!泣くな、アテナ!」

泣いてしまっていた

アテナはザードにしがみつくと、えぐえぐと声を震わせた。


「よくも俺のアテナをよし、アレフそこに立て、フルボッコにしてやんよ!!」
「アレフオラが言うのもなんだが素直になったほうがええべ?」


………はぁ」


アレフは目を細め、深い溜息を吐いた。


視線を移すと、カリンが心配そうにこちらを見つめている


カリンは、ゆっくり微笑んだ。


「アレフ様あの、いいんです。私は、アレフ様のそばにいられたら、奴隷でも人形でも……


甘い、たどたどしい声━━


「アレフ様が、好きですから」


全て


「アレフ様?」


残らず


「アレ
ね」
「え?」


奪って、壊してしまっても

いいんだね?



「我慢、しなくていいんだね?」




アレフの口元が残忍に緩んだ━━




翌日、創国王子の婚約は五つ国中に広まった。





余談だが、次期王妃二人はまた新しい友達が出来たとはしゃいでいたそうだ
そう、友達の婚約と共に



○○○○

「やっとか

朝の紅茶を一口飲むと、新聞を置いた。


「あやつも、昔から五月蝿く言っていたからな


縛ったとか、落としたとか、吊るしたとか

自分がフォローしてやらなければ、王子という身分だとしても捕まっていたかもしれない

以前から思っていたが、
全く持って、

「世話のかかる連中だ
「フェルナンドおぉぉぉおおお!!!」
!?」


名前を呼ばれた瞬間、
頭上を巨大な何かが通過していった。


飛んでいった方向を見ると、砂煙をたたせる大きなハンマーが木を折っていた


……ユラ」


フェルナンドはゆっくりと飛ばしたであろう人物の名と共に、その方向を向いた。


そこには予想通りの、ユラが立っていた。


「どうだ、特注だぜ!?」


ユラはニヤリと笑った。

フェルナンドの頬に汗が流れる。


「人の記憶が信用できないとかなんとかよくわかんねぇしでも、衝撃とかで思い出すって聞いたことあるぜ!?だから、これで殴れば思い出すだろ?へへへ」


ユラは邪気のない、純粋に言う。


「昔の約束、思い出させてやんぉおおりゃあああああ!!」
「くるなぁあああああああ!!!!」


その日、


知の城の


轟音が


止む事はなかった




【第三話 終】

第四話へ続く