玄関の扉が開く音がよく響く作りの部屋だから、リビングのソファーで寝転がっていた僕は玄関の方へ顔を覗かせることもなくスマホをいじったまま「おかえりなさーい」と声を上げた。荷物が床に置かれる音、玄関の鍵がカチャッとかけられて、脱いだ靴を端っこに寄せたあとフローリングの軋む音が近付いてくる。
「ただいま。……朝と全く同じ状態に見えるが、ちゃんと食べたか?」
「適当につまみましたよ」
「ならいいが。ん、土産だ」
「やった」
テーブルの上に置かれた大きな紙袋にパッと体を起こす。立花先輩はネクタイを緩めてジャケットを脱ぎ、僕が起きたことで空いたソファーの片側に腰掛けた。
はぁと大きなため息を吐いてお疲れな様子だから、紙袋の中身を漁る手を止めて先輩の頭をぽんぽんと撫でる。目を丸くして、先輩はふっと気の抜けた笑みを浮かべた。
「大学の同期の結婚式でしたっけ? 知り合いばかりでしょう、なんでそんな疲れているんですか?」
「知り合いばかりだからこそ、付き合ってる奴はだとか結婚する予定はあるのかだとか絡まれて疲れた。二次会は二次会で酒が入った女子に囲まれて……」
「……ふぅん」
「……全て断った」
「そうでしょうね。ちゃんと帰ってきているわけですし」
「連絡先すら交換していない」
「あなたの交友関係を縛るつもりはありませんよ、どうぞご自由に」
「喜八郎」
「……ふ、うそ、冗談です。いい子ですね、先輩」
むすっとした顔で睨まれたので変顔を返し、今度こそ紙袋の中身を取り出す。紙箱を開けると中にはいろんな種類の焼き菓子が入っていた。先輩は甘くて食べなさそうな、チョコレートのかかったクッキーを選んで個包装を開ける。隣から伸びてきた手は一番シンプルなプレーンのクッキーを取っていった。
乗り出していた体を引いてソファーに背を預けると、先輩が僕の頭の上にほっぺたを乗せてそっと寄りかかってきた。僕に甘えられるのは好きだけれど自分から甘えることはヘタクソな人だから、すっごく珍しいことだ。からかいたい、と思ってしまう心をグッと抑え、僕も先輩の方に体を寄せる。
「おいしいですね」
「甘い」
「甘いのがおいしいんです。コーヒー入れますか?」
「後ででいい」
「……ぎゅーってします?」
「……」
ふっと軽くなった体は次の瞬間には先輩の腕の中に閉じ込められていた。何も言わずにただ僕を抱きしめる先輩に心の中で首を傾げる。幸せな結婚式を見てセンチメンタルになるなんて、らしくないな。
「結婚したくなりましたか?」
「は? ……しらん、どうでもいい、おまえがいればいい」
「……珍しく素直ですね」
「どの女子もおまえより良いと思えなかった」
「……でもそのうち良い人と出会えるかもしれませんよ」
「別れたいのか?」
「いえ。……好きです、別れたくないですよ、でも先輩は好きにしてください」
本心からの言葉を呟けば先輩は僕の背中を抱いていた腕をバッと離し、怖い顔で僕のことを睨みつけた。
「一人でのんびり猫と暮らすのが夢だと言ってきた」
「……はい?」
「結婚がどうだとか家庭がどうだとかくだらないことを言ってくる奴らに、私は自分の好きな場所で一人でのんびり猫と暮らすからそういうのはいいんだと言ってきた」
「……僕のこと猫だと思ってます?」
「気まぐれで自由で寂しがりな可愛い猫なんだ。今さら手放すわけないだろう」
「……、……にゃー」
もう一度、さっきより強く抱きしめられて、僕は笑いながら先輩の背中に手を伸ばした。先輩のことをぎゅーってできる猫はこの世にたった一匹だから、死ぬまでずっと大切にしてね。
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