路人乙
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【ライスバ】僕だけの一等星

例の温泉ラスネタを書いたぞ!!
現パロです、が、二人は既に社会人になってしまった

 スーツケースに簡単な衣類を詰め込みながら、笑い合っているうちにラインハルトは荷物を車の後部トランクに積み込み、スバルは部屋の中に忘れ物がないかを確認したあと、慌てて駐車場へ向かいラインハルトと合流した。

 これは社会人になってから、久しぶりの遠出デートだった。

 行き先は日本の最南端として有名な観光地。ラインハルトが温泉に入った経験がほとんどないこともあり、スバルが資料を調べて、この時期に一番お得な観光地を選んだのだ。日本なら都市部を離れれば大抵の宿に温泉が付いているけれど、せっかくの長期休暇ということもあり、少し贅沢をしてみたかったのだ。

 賑やかな都市を離れ、緑の多い田舎道へ。車内での会話が弾む中、スバルはふと静かになり、小さな寝息を立て始めた。
 赤信号で車を止めたラインハルトは、無意識に恋人の様子をうかがった。口元からよだれがこぼれそうになっているスバルが、自分の名前を寝言でつぶやく様子に、ラインハルトは思わず苦笑し、愛おしげに手を伸ばしてその可愛い口元をぬぐおうとした ───
 もっとその幸せを噛みしめようとしたその時、後ろからクラクションが鳴り響き、ラインハルトは慌ててエンジンをかけ直した。危ない、もう少しで寝ているスバルにキスしそうになっていた。反省しつつ、彼は深く息を吸って運転を再開した。

「───スバル」
「んがっ?」

 目を覚ましたスバルの目の前に、ラインハルトの顔がぐっと近づいてきた。

「着いたよ、降りようか」

 ラインハルトが車から降りる気配を感じながら、スバルはまだぼんやりした頭を覚まそうと目をこすっていた。─── さっき、何があったっけ? ラインハルトがやたら近かったような……頬のあたりがくすぐったい気もするし、それに、唇が ───

「スバル?」
「おっ! おう! 今降りる!!」

 慌てて助手席から立ち上がったスバルは、膝の上に何かを置いていたことをすっかり忘れていて、スマホを落としかけた。幸いにも、充電ケーブルがまだ車に繋がっていたため、地面に直撃せずにすんだ。これでようやく頭が完全に覚めたらしい。

 その様子をラインハルトは横で満足そうに眺めていた。決してわざとではないが、スバルが慌てふためく様子は、やっぱり可愛くてたまらない。

「ここってお寺?」
「うん。宿はすぐ前にあるよ」

 それは田舎にしては十分な規模の寺で、鳥居の外からでも本堂の存在がすぐに見て取れるほどだった。
 かつて偉大な高僧がこの地を訪れたこともあり、この寺は観光名所のひとつとして知られている。時には大地を自らの足で踏みしめる旅人たちがここを訪れ、記念品を購入するための売店も設けられている。

「ラインハルト! 見てよ、これ!」

 スバルは店頭で売られていた精巧な「破魔矢」を手に取った。矢の部分と尾羽しかない簡素なものだったが、細部の作り込みから、かつてはしっかりとした弓の一部だったことが一目で分かる。

「懐かしいなあ。学生のころ、スバルは弓道部だったね」
「そーそー、あの頃の部活は毎回遅くまであって、いつもお前を待たせちゃってたっけ」
「スバルも剣道部に入ってくれたらよかったのに」
「ふざけんな、俺全然無理って知ってるだろ!?」
「でもね、弓道部のスバル、僕はとても好きだったよ。集中している時のスバル、すごく格好よかった」
「はあ!? おまっ、ここ外だぞ!!」
「ふふっ」

 スバルは記念として破魔矢を購入した。専用の白い包みに包まれ、さらに立派に見えた。

 寺から外へ出ようとしたとき、鳥居の内側から見上げた景色は、二人にとって想像以上に壮大だった。
 視界一面に広がる青い海。涼しい海風が頬をなで、遠くから漁船の汽笛が聞こえてくる。都市では味わえない、まさに旅の醍醐味だった。

「これは温泉がますます楽しみだな」
「そうだね。スバルと二人きりの時間が、何より楽しみだよ」
「おいおい、旅館の人に迷惑かけるんじゃないぞ? お前のいやらしい本音はもうバレバレなんだからな!」
「何の事かい? 僕はただ、スバルと一緒にお風呂に入りたいって。『迷惑』って、何の話?」
「いい! もういいから、そんな近づいても無駄だ! その子犬みたいな目で見るのもやめろ!! ってか見るな!! こっちだって顔が熱くなりすぎて、自分でもやばいって気づいてんだぞ!!」

 ラインハルトがわざとその話題を引っ張らなければ、スバルもこんなに余計なことを考えたりしなかったのに。いや、きっと何も起こらないって。貸切風呂はスバルが「高い!」って言って予約しなかったし、入れるのは普通の共同浴場だけ。人がたくさんいれば、ラインハルトだって下手なことはしないはず。仮に何かしてきても、大したことにはならないし、それに対して止める理由だってちゃんとある。うん、そういうことだ。
 スバルは自分では、ラインハルトとの入浴タイムを楽しみにしてるわけじゃないと主張した。

「いらっしゃいませ。本日はご予約されていますか?」
「はい、アストレアの名で予約しています。和室のツインルームを一部屋」
「かしこまりました。確認いたしますので、少々お待ちください」

 旅館の一階はそれほど広くはなかったが、必要な設備は一通り揃っていて、プライベートな休憩スペースもあった。飲み物が欲しければ自販機もあり、こういうのはよく考えられた配慮だ。誰もが他人と話したいとは限らないから。小腹が空けば軽食も買える。たぶん田舎だからだろう、この旅館を出ると周囲にはお店がなさそうなので、これはありがたい。夜に小腹がすいても安心だ。

「? どうしたの、ラインハルト?」
……いや、なんでもない」

 館内を見回していたスバルは、すぐ後ろにいるラインハルトの様子がおかしいことに気づいた。ちょっと嬉しそう?やっぱり温泉を楽しみにしてるのかも。

「お部屋までご案内いたします」

 案内された部屋は二階で、ちょうど男湯の共同浴場の隣に位置していた。そのせいか、スバルはさっきの会話を思い出し、無理やりに落ち着いてスタッフの説明を聞こうとした。

 食事処もちょうど向かい側のレストランにあり、距離の近さに驚いた。たしかに数日前に予約したばかりなのに、こんなに条件のいい部屋が取れるなんてもしかして今日は空いてるのか?だとすれば、多少騒いでも問題ない?

「どうぞ、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 部屋の広さは「二人部屋」にしてはやけに広かった。布団を敷けば五人は寝られそうだし、それ以上もいけそう。必要な設備は整っていて、窓からは海も見える。この内容でこの料金はちょっと安すぎるかも?観光客を呼ぶためとはいえ、これが田舎旅館の魅力なのかもしれない。

「スバル」

 この甘ったるい声を聞いた瞬間、スバルの肌に鳥肌が立った。
 むくれて振り返れば、そこにはニヤニヤしていて腹立たしい男の顔。とはいえ、スバル自身、心の準備はとうにできていた。むしろラインハルトと温泉旅行するって決まった時点で、いろいろ調べたりもしたけど……そんなことは絶対口には出せない。出したら墓穴掘るだけだ。

「うぐっ行こうか

 共同浴場の脱衣所は広すぎず、けど狭すぎず。だが今のスバルにとっては、その空間がラインハルトとの距離をやたら近く感じさせ、彼の体温まで伝わってきそうだった。ちょっと体をひねっただけで目が合いそうで――ああもう、自分も内心すごく期待してるみたいじゃないか、どうすんだよこれ。

誰かいるみたいだね」

 ラインハルトが、備え付けのかごに他の客の衣類があるのに気づいた。どうやら中の浴場には先客がいるようだ。でも、中を覗いて確認するのはさすがにマナー違反だ。

「はー、残念だなー! うんうん、残念だ! 中に人がいるからね、ラインハルトはちゃんとおとなしくしててね?」

 スバルはわざとらしく大声で言い放ち、ラインハルトを一切見ずに浴場へと足を踏み入れた。─── 今、彼の顔なんて見たら、あとで絶対うろたえるに決まってる。

 中には確かに、年配の男性が一人、湯船で気持ちよさそうにしていた。人影に気づいたスバルはそれ以上見ようともせず、少しがっかりしつつも空いている場所に腰を下ろした。そして、ラインハルトに銭湯の蛇口の使い方を手取り足取り教えた。

 年配の男性はまだゆっくり湯を楽しんでいた。半分目を閉じたその表情からして、しばらく出るつもりはなさそうだった。
 スバルがやたらとその男性を気にしていたのか、それともあえてそうしていたのか、ラインハルトはスバルが普段よりも洗いに時間をかけているのに気づいた。そして彼は、スバルの視線を感じ取ったあと、湯船にいる男性に話しかけた。

「こんにちは。観光でこちらに来られたんですか?」
「ああ、すまんすまん、ちょっとウトウトしちまってたな。ワシはこの辺に住んでるんだ。風呂が好きでね、よく来るんだよ」
「そうでしたか。とても気持ちよさそうに見えましたよ」
「ははっ、坊やは外国の人かい? ええ髪の色してるねぇ」
「お褒めいただきありがとうございます。あそこにいる彼とは、学生時代からのクラスメートなんです。半分は外国人かもしれませんね」
「なるほど、長い付き合いってわけだ。じゃあオジサンはこれ以上邪魔しないでおこうかな。若いもんの邪魔は無粋ってもんだ」
「そんなことはありませんよ」
「さすが“半分外国人”? 口がうまいねぇ。ワシも長湯しすぎた、この辺で引き上げようかね。あとは若いもんに任せるよ」

 老紳士は笑いながら浴場をあとにし、スバルとラインハルトは自然と目を合わせた。これはラインハルトの策略だな、そうスバルは思いたくなかったけど、彼が手招きしてくる姿を見て、どうしても疑ってしまう。
 でも、さすがはラインハルト。ああして自然に声をかけられるのはすごいと思う。たとえその意図が相手に見透かされていたとしても、角が立たないその振る舞い、スバルはやっぱり尊敬している。

「待って、スバル。お湯はかなり熱いよ。ちゃんと慣らしてから入ってね」
「お、おう? ほんとだ、ちょっと火傷しそうな勢いだ」

 ラインハルトはもともと体温が高い方なので、少し慣らしただけでゆっくりと湯船に浸かっていった。その上、外国人体型のせいで、彼の胸元はほとんど湯に浸からない。先ほどの老紳士の姿を思い出すと、あの人はほとんど首まで浸かっていたので、湯船が浅いのかラインハルトが高すぎるのか、もはや分からなかった。

「スバル、そのままじゃ永遠に入れないよ」
「うぐっ」

 どれだけお湯をすくって体にかけても、いざ湯に入ろうとすると熱くてたまらない。本当にこれ温泉なのか?もしかして人を茹でるための湯じゃないか?スバルはちょっとフロントに文句を言いたくなってきた。でも、さっきの老紳士はどうやってあんなに気持ちよさそうに浸かってたんだ?あれは気絶してたんじゃ

 スバルが油断している隙に、ラインハルトがそっと隣にやって来て、片手でスバルの腰を抱き寄せ、もう片手で湯をすくってスバルの体にかけた。その行動に、スバルはびくっと身体を強張らせた。

「ら、ラインハルト?!」
「僕が手伝った方が早いと思って」
「なっ!」

 もともと体温の高いラインハルトに後ろから抱きしめられると、腰のあたりが特に熱く感じられる。その上、ゆっくりと流れ落ちる温泉の湯。ラインハルトが丁寧に湯をかけてくれる姿を見つめながら、その腕の中に抱かれている感覚に ───

「んっ

 自分の体に流れている水さえも、スバルに錯覚を引き起こした。その水滴は胸からゆっくりと両足の間に流れ落ち、灼熱の液体がスバルは思わず足を閉じ、体も徐々に熱くなっていった。

「も、もういいラインハルト


高温で汗を流しているスバルの姿、そして心理的な状態も相まって少しぼんやりとした様子で、ラインハルトは息を切らしているスバルを見つめて、二人は思わず距離を近づいてきた。

 あつい。それは温泉のせいなのか、それとも二人間のせいなのか。

 何であれ、スバルは口の中が乾き、ラインハルトの肩から滴る汗を見つめ、一口だけ、と口を開けて息を吐き、その汗を一口舐めてみたいという衝動に駆られた。一瞬だけでいい。

 スバルを見つめ、今回、ラインハルトはついに我慢できずにキスをした。

「んっあ...」
「ふぅ...」

 まるで待ち望んでいた解放のように、ラインハルトはスバルの舌腔の隅々まで積極的に舐め回した。ラインハルトが触れる場所すべてが、スバルを敏感に震わせた。絶えず圧迫される息づかいに、スバルは大きく呼吸をしたくなったが、すぐに押し付けられて、そうやって逃げ場がなくなった。

 しかし、スバルはこの機会を逃したくなかった。本当に長い間、ラインハルトとこんなことをしていなかった。

 ラインハルトの香り。鼻腔に広がる香りも、口の中で味わう香りも、スバルの中にはラインハルトのことだけでいっぱいになり、ラインハルトのすべてを欲しがっていた。過剰な情報でスバルは処理しきれないほど。今、彼はただ相手にもっと密着したい、身体の上下すべてで相手の体温を感じたい、心もラインハルトで満たされたいと願っているだけだった。

 もうちょっとだけ、あともう一秒だけ。もう待ちきれない様子で、スバルは、膨れ上がった欲望を今すぐにでも発散したいと思った。─── かわいい、待ちきれない彼の様子を見て、スバルも我慢できなくなることを自覚し、ラインハルトに自分の期待するものをすべて体内に注ぎ込んでほしいと思って ───

『カラン』と、音が響いた。

 悔しいことに、二人の理性が現実へと引き戻した。

……
……

 公衆浴場であわやという行為に及びかけたことを反省し、視線を逸らした二人は、無言で冷水シャワーを浴びて、下半身を隠しながら他人の視線を無視して部屋へと戻った。

 もちろん、部屋に戻った後にどうなったかは、また別の話である。

 夜が訪れ、二人は身支度を整え、外へ出て星空を見に行くことにした。

「─── あ、お二人は個人のお客様ですよね?」

 それはチェックインの際に出会ったスタッフだった。彼は今まさに外出するところのようで、なぜ声をかけたのか不明だった。

「実は他の旅館から団体客が来てて、今から案内のお手伝いに行くんです。もしよければ、一緒にどうですか? 人数が増えても問題ありませんので」
「案内?」
「知らなかったんですか? 夏の間、毎週水曜日に岬まで星空観察にお連れしてるんです。あちらのポスターに書いてあるんですよ。すごく綺麗なんです」

 スタッフは自動販売機の横に貼ってあるポスターを指差した。そこには灯台から見上げた満天の星空が描かれており、星空が大好きなスバルは、思わず心を弾ませた。何しろ都会では見られない絶景なのだから。

「行きます! 案内、お願いします!」
「はーい! ではこちらへ!」

 二人はスタッフの後をついて行き、すぐに他の旅館の団体客とも合流し、あっという間に賑やかな雰囲気となった。

 先ほど言っていた岬とは、スバルたちが最初に立ち寄った寺のことであり、その前にある小道を通って海岸まで出ることができる。その道は人工的に整備されたもので、道中、ラインハルトはスバルが石に滑らないように手を引いてくれた。

 およそ五分ほど歩いたところで、ポスターにもあった灯台へと到着した。

「おおおっ!」

 二人は思わず空を仰ぎ見た。無数の星々が視界いっぱいに輝き、人々はまるで空に吸い込まれるかのように口を開けて笑いながら空を指差し、「見て、星だよ」と子供のように無邪気な声をあげた。

「綺麗だな

 スバルはこんな景色を見るのは久しぶりだった。故郷を離れて以来、満天の星空を眺める機会がなかったため、幼い頃に恒星を好きになった理由を思い出した。

「ライン───」

 名前を呼ぼうとした瞬間、目の前の光景に息を呑む。

 ラインハルトは驚いたように果てしない星空を見つめていた。彼の故郷でも別の星空を見ていたかもしれないが、それでもどこであろうと、この満天の星空には人の目を奪う力があるようだ。

……ふふっ~、こういう時にはラインハルトを試したくなるんだよな」
「ん?」
「星と言えば、やっぱりこれだよ! さあ! この星空の中から“昴”を見つけてごらん!」

 スバルは得意げに空を指さして叫んだ。その姿は、ラインハルトと初めて出会った頃、自分を紹介した時とまるで同じだった。

「どっした? やっぱりラインハルトでも知らないことはあるんだ?」
「自分の得意分野で人を試すなんて、さすがスバルだね」

 スバルがまだ得意げに笑っていると、ラインハルトはそっとスバルの両手を握った。

「な、なんだよ?」

 スバルはその意味がよく分からなかった。しかし、ラインハルトの瞳は真っすぐ彼を見つめ、まるで体の奥底まで見透かされそうなほど熱を帯びていて、さっきの出来事を思い出させるような視線から、目を逸らさずにはいられなかった。

「─── 僕が闇の中で行き場をなくしていたとき、星空のように僕を照らしてくれたのは、いつだって目の前の“スバル”だった。だから、僕の中の星空、あの昴星団は君だけなんだ」
「うわ……まじかよ……こんな場所でそんなこと言うのか?」
「最初に話を持ち出したのはスバルだよ? スバルはずっと、僕のスターなんだ。スバルがどこにいても、僕は必ず君を見つけ出す」

 どこにいても、いつだって ── 闇の中で輝くその星を、僕は見つけ出す。

「ま、待て! ラインハルト、周りに人がッ!」
「スバル」

 まるで星の光が、寄り添う二人の上に降り注いでいるかのよう。人々の視線を浴びながら ─── どうやらこれだと、もう逃げられそうもないらしい。