Hari0520001
2025-07-27 23:35:25
6635文字
Public
 

今日だけ僕は⑦

女装終わっちゃって残念だけど事件はまだまだ続くんだな。

07

とんでもない恰好で参加したパーティから二日。ハスクに与えたシャツとスーツをクリーニングに出したあと、その足でレックス刑事のいる市警本部まで車を走らせた。隣にいるハスクには例のリストを入れた封筒を持たせている。
「一日中人の名前ばっかり書かされて手がいてぇ」
昨日からずっとこれだ。ぶつくさ文句を言って、何か訴えている。
「ご褒美は用意するって言ったろ?チーズもお酒も、君が好きなものを用意してあげるし、一日くらい君のわがままを聞いてあげる日を作ってあげてもいい。それとも何?手を撫でてほしい?母親みたいに?」
「そこは恋人みたいに撫でてほしいね」
「それ、違いある?」
「全然違うだろ」
とまあ、朝からずっとこんな感じである。ご褒美が嬉しくないわけではないが、とにかく直接的に労ってほしいことだけは分かる。毎回同じパターンな気もするが、ここからハスクを宥めて従順なペットに戻すのには、割と苦労するのだ。
「ほらほら、拗ねてないで。そろそろ着くよ」
本部の手前で車を止める。中に入るとあわただしく人が動いているし、自分の用を済ませるのに何時間も待っている人間も多く居座っていて、僕らが待てるようなところなんてありはしなかった。
受付さえも人であふれていて、誰にどう用事を伝えればよいのかも分からない始末である。
「これだから役所とか、警察署とか、公の機関の施設は好きじゃないんだよね———どうせなら一階をコーヒーハウスにしてほしいよ」
「そりゃぁ、無理なご相談だ」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「おや、レックス刑事!素晴らしいタイミングだ、まさか待っていらしたとか?」
「来るってご連絡いただいてたもんでね、アラスター氏が見えたら教えろと言ってただけだよ」
またなくて良くはなったが、言われるがまま進んでいく先は一般人が入っていくようなところではなく、周りはどんどん警察関係者だけになっていった。
「これ、進む方向合ってます?」
「あー、今の時間、良い部屋が空いてなくてな……
案内された先は、とんでもない部屋だった。
「おいこれ、取調室じゃねえか」
「ふふ、なかなか体験できないんじゃない?僕はここで大丈夫ですよ」
「お前さんのそういうところ、ちょっと羨ましいよ」
———まるで映画みたい。簡素な椅子とテーブルに、中途半端な明るさのライト。雰囲気たっぷりだ。いつか、自分がニューオーリンズの悪魔だと知れて捕まった時、きっとここに連れて来られて、根掘り葉掘り聞かれるんだろうと思うと、ちょっとわくわくした。
まあ、今の警察の手腕では、まずそんなことにはならないだろうが。
「さて、まずはお詫びをしなくちゃ———ハスカー、それ頂戴」
「ん」
茶封筒を受け取ると、紐をほどいて中身を出した。つい先日、ハスクの下着の中に隠して持ち帰ったあのリスト。
「これは」
「手癖の悪い猫が、先日のパーティ会場のとあるお部屋から拝借してしまったようで……僕もちょっとお借りしました」
本来なら窃盗罪を問われてもおかしくないが、レックス刑事のことだ、これがどれだけ重要な資料であるかは一目でわかるだろう。
「あの会場で行われていたのは、薬物や未公開情報の売買で、これがその顧客リストです。一般客は二十一時には会場から出なければならないが、VIPとして招かれた人間はそのあとも二階の部屋で取引に参加可能だった」
「で、お前さんたちはその現場を押さえようとしてあの部屋に……?」
「最初は僕だけ、アルヴィン社長から声を掛けられて———一緒に食事を」
「で、その間俺は別な部屋でアルヴィンに女をあてがわれてたんだが、社長がいなくなった隙に女たちを酔い潰して部屋を物色して」
「お前さんめちゃくちゃしてるな……本来なら窃盗罪だぞ」
「俺だってくすねるつもりはなかったさ!ちょっと見たら戻そうと思ってたんだが、タイミング悪く警備員が入ってきたもんで、咄嗟に服の中に隠しちまったんだよ」
これは嘘半分、真実半分の話だろう。服の中どころか下着の中だが、それは言わないことにする。
「ずいぶん手癖の悪いこって……で、お前さんがそれを取り出したのは———これかい?」
レックスの後ろ側に置いてある棚の上、リストがちょうど入るようなサイズの箱を彼は指差した。持ち運びできるサイズの金庫だ。鍵がなければ開けることなどできない。
「え、君あれから出したって言うの」
「出したし、代わりのもんを突っ込んで……鍵も閉めた」
「鍵も閉めたのか?とんでもない手業だな」
まさかそこまでしていると思わず、声が出なかった。いくら手癖が悪いと言っても、金庫を開け閉めするほどとは。こればかりは驚きを隠せない。
「僕も君がそこまでしてるとは思わなかったな……
「俺だけ女とよろしくやってるわけにはいかねえだろ」
僕としては、会場に一緒に来てくれるだけでハスクの仕事は終了だと考えていた。後は一人でもどうにかなると思っていたからだ。もちろん、危ない時は頼るつもりではあったが、そこまで手伝わせる気はなかった。
「まあ、おかげでこうして証拠品として提出されたわけだが、危ない真似はやめていただきたいねえ」
「ごもっともで」
「で、それが見つかってボコボコにされ、そのまま僕のいた部屋に合流———その頃にはいかがわしい薬を飲まされていたと……社長は何度か部屋を行ったり来たりしていましたけど、グスタフ氏が亡くなった頃は僕らの部屋にいたはずですね」
死亡推定時刻が偽られていない限り、社長の犯行はあり得ない。ハスクのいた部屋、僕のいた部屋、おそらくそれ以外の部屋にも、客を招いて回っていただろう。ほんの少し予定が崩れただけであの喚きよう、人ひとり殺して平然とほかの人間と会うなんてできそうにない人間である。
「で、一つお伺いしたいんですが」
「何かね」
「パーティが始まった時、僕たちはある人物がアルヴィン社長と一緒にいるのを見ているんです。確か———ヘクター、ヘクター・ジャイルズ警部」
レックス刑事からすれば、上官とも言える。会場では名前を思い出せずにいたが、何かの式典で代表としてスピーチした時の写真が紙面を大きく飾っていたのを、スクラップブックから見つけたのだ。
「警部が会場に……?いや、会わなかったな……
推察が確信に変わる。やはりあの犯行は、ヘクター警部の犯行で間違いなさそうだ。
「社長やその取り巻きにも聴取はしているんですよね?ヘクター警部がいた事実は誰も口にしてはいないと?」
「ああ、誰もだ……余計に怪しいな」
アルヴィン社長の後ろに控えるように立っていた事実と、顧客リストに載ってはいないことから、やはり身内であると考えるべきだ。理由はどうあれ、彼が不利になるような発言は避けているのだろうが、彼がいたことはそのうち何も知らない人間の口から漏れてしまうに違いない。
容疑者として名前が挙がるのは時間の問題だ。ここが汚職に塗れていなければの話だが。
「僕意外のクルーも見ているかもしれない……誰か寄越しましょうか」
「お前さんと口裏合わせてるってことはないだろうな」
「僕らが口裏合わせて何の得があるんです?ニュースのネタ?ナンセンスですよ」
「冗談、冗談だよラジオスター。そんなのお前さんが許さんだろう?」
当然である。嘘で固められたラジオを誰が好むというのか。僕がやりたいのはあくまでも真実を届けるラジオだ。だからこそ今回はあんな格好までしてパーティ会場に乗りこんでいったというのに———
「そういえば、アルヴィン社長の方は何のお咎めもないんですか?」
元はと言えば、あの社長の裏の顔を暴きに行っていたのである。事実として、薬や情報の売買を上流階級の人間たちとしていることは明白だが、彼は事情聴取された後、そのまま解放されている。
「確かに彼は薬を使ってよからぬ商売をしているみたいなんだが、薬がその、違法なものかというとそうでもなさそうでねえ」
「違法じゃない……?」
「彼も薬を使って商談を進めたり、女を侍らせたりしていることは認めたんだが、使っているのはどれも医療用として処方可能なもので、立件できるほどではなかった」
「医療用を変なことに使ってる時点で違法じゃねえのか」
ハスクの口からまともな意見が出た。ごもっともな意見ではあるがそうはならない。大量に買い付けて変な使い方をしているとしても、あくまで医療用だ。死人が出たとかいう話にならない限りは手が出せないのだろう。
「いわゆる媚薬の類も、麻薬とは違うんでグレーだそうだ」
「君あんなに元気になってたのにねえ……
隣に座るハスクを見やると、なぜか気まずそうな顔をして目を合わせようとしない。頬杖をついて壁の方を向いている。
「そもそも若いし、状況が状況だったからじゃないのかね?」
「雰囲気で盛り上がっちゃったってこと?信じらんない!僕あんな目に遭ってたのに!」
「薬の効果がゼロってわけじゃねえだろ!おっさんが言ったじゃねえか、若いんだよ、薬効きすぎただけだっつーの」
前々から思っていたが、この男、ちょっと変な性癖を持っているような気がする。何かの病気じゃないかちょっと心配なくらいには、思いもよらないところで興奮する。
女装した僕に興奮するのも———正直どうかと思う。
「まあ、それは置いておいて……とにかく客のリストがあるからそれは別件で動くことになるだろうさ。今回の件は、警部殿の動向を追ってみるしかなさそうだ」
「署には顔を出していないんです?」
「俺は会ってないね。お偉いさんはこう、苦手でな」
レックス刑事の性格からして、上とは反りが合わないのは想像に難くない。上としては検挙率をほめそやしてもいいと思うが、同時に耳が痛いこともあるだろう。前回の自県で初めて会った時も、乱暴な捜査の仕方が反感を買った———それには僕も裏でいろいろ小細工したわけだが———実際に何度か話してみるとまっすぐでいい刑事ではあるのだ。やり方がちょっと強引なだけで、この街を好いていて、犯罪をなくすために努力しているのは感じられるし、ハスクから聞いた話だと普段は気さくで温厚だという。
上の気持ちもわからなくもないし、下の気持ちも分からなくはない。
「僕らが裏口から出た時、すでに野次馬に紛れて新聞記者が何人か写真撮ってたくらいですから、なんでそこに集まったのか聞ければ、ヘクター警部の影も見えそうですけどね」
「何社かあたってみるかねえ……そういえばお前さんたち写真に撮ってる記者いたなあ」
「あれは……忘れてください、誰にも言わないで、本当に!」
テーブルに拳を置いて前のめりになってレックス刑事に迫る。あの新聞に載ってるのが僕だなんて世間にばれてしまったら……
「別に仕事で行ってたんだし、そこはあれじゃねえの、仕事熱心な男って———
「そんなわけあるか!僕まで特殊性癖持ちみたいに見られちゃうだろ!君と違って僕は顔が広いの!信用がた落ちになるだろうが!」
「むしろ人気出るだろ、そういう層に———ッ!いってえ!」
気付いた時には左手がハスクの頭頂を殴っていた。
「見ろ!暴行罪!逮捕だ!」
「いや、今のは痴話喧嘩か、親に叱られた子供みたいにしか見えんよ、坊主」
「誰が坊主だ!誰が!」
そんなこんなで、僕らの事情聴取らしい時間は幕を閉じた。まるでコーヒーハウスで世間話でもしているかのような時間だったが、レックス刑事はヒントを得たようで満足げだった。

***

笑い溢れる事情聴取から帰ってからも僕の仕事は続いた。ペットの世話である。
レックス刑事にまで子ども扱いされたハスクの機嫌は想像以上にどん底まで落ちているようで、車の中でも無言を貫いていた。いつぞやの不機嫌猫ちゃんの再来である。
とは言え、ハスクはいつも不機嫌気味なので、これは本当に扱いづらい状態になっていると言っていい。思いつく限りのご褒美とスキンシップで、そこそこ従順に働く猫に戻さねばならないのだが、これが加減が難しい。やりすぎると子供扱いだなんだと騒いで余計に拗ねるからだ。僕からすれば彼のそういうところこそが可愛いところではあるが、あまり放っておくと頼み事も普通に断ってくる。
———今はそこそこ大きな仕事を任せているので、途中で頓挫されても困るのである。
「ハスカー、今日はどこかで飲まない?そうだなあ、街外れのバー、賭け事強い奴が集まってるって、君気に入ってたろ」
家に着いたばかりではあるが、だからこそ外へ出なおす良いタイミングだ。もっとのんびりしてからでは尻がソファに根を張ってしまう。
「あそこ、出入り禁止になった」
「は?なんで?」
……女が俺のせいでその、喧嘩して、店をめちゃくちゃにしたから、来るなって」
「いつの間にそんな面白いことしてたの?僕を呼べよ」
「全然面白くねえ!いい遊び場が一個減っちまった」
これは逆効果だった。まさかそんなことになっていようとは思いもしなかった。ハスクも女からは良くもてる。賭け事もまあまあ強いし、手品もできて———つまり、手札をちょいと変えるようなこともしているのだが———強面で屈強な見た目をしていて、あまり言葉は発さず寡黙に見える。かと思えば女に話しかけるときは、表情こそ変えないがどこか柔和だ。女はそれに惹かれるらしい。
コイツの方が、切れたら僕よりおっかないんだけど。
以前、待ち合わせしていた酒場に着いたら、ハスクがある男を、それはもう見るも無残な顔になるほど殴り倒していたことがあった。止めに入ったがなかなか止まらず、どこから出ているのか分からないほどの力でその場に留まり、どれだけ引っ張っても動かせなかった。おかげで僕も彼を一発殴らざるを得なかったが———それでようやく止まったハスクに訳を問いただすと、どうやら相手が僕のことを相当おかしなふうに話していたらしい。それを聞きつけるや否や無言で頭をかち割り、圧倒的な力で相手を抑えつけ殴り続けた。誰も止めることができず、マスターも止めるよう声をかけることしかできなかったところに、僕が入ってきてようやくその場を収められた。
僕がマスターだけでなく殴られていた男にも小切手を切ったことにハスクは相当怒っていたようだったが、治療費と口止め料だと言って何とか店から連れ出した。その日も彼を宥めるのにさんざん苦労したものだ。
「まさか、それで君も暴れたりしていないだろうね」
「してねえよ、何も知らなかったんだ。店に入ったら即つまみ出されちまった」
「なら、いい。僕まで入れなくなっちゃうのは変な話だし」
ハスクと僕がつるんでいることは、そういった酒場に出入りする人間には知られている。ハスクが暴れると僕までとばっちりを受けることがあるから要注意だ。
「なあ、今日は……
「わかってる、ご褒美が欲しいんでしょ?外に行くのが嫌なら……いつもどおりだけど、何が食べたい?」
「普通の肉……オレンジソースの……
前に作ったことがあった、牛肉のオレンジソースがけのことだろう。酸味と苦みがあって、牛肉の脂とも相性がいい。
「牛肉は———この間買ったのがあるけど、オレンジが少ないからな……ちょっとワインでアレンジしてもいいならそれにしてあげる」
「ん」
短く返事をしたと思うと、早速ソファに寝転んで眠り始めた。いつもながら素晴らしい入眠の早さである。
足音を立てずにソファに寝転ぶハスクに近寄る。そっと顔を覗き込んでみるが、どうやら本当に夢の中にいるようで、まったく目覚める気配がない。寝息を立てて上下するその肩に手を置く。
「今回はさほど大変な仕事じゃなかったと思うけど———まあ、裏でもいろいろやってるし、無理もないか」
もう少しだけ、その仕事は続くんだけど。

ハスクの機嫌を取って、なんとか普通の猫ちゃんに戻した翌日、僕が目にした新聞にはある男の死亡について大きく書かれていた。
当然、その男は僕が読み上げるニュースの原稿にも現れる。
その名はウォルト・ダドリー。ニューオーリンズの悪魔によって無残に殺され、川のほとりで見つかった男。
僕の知らない悪魔がとうとう、その手を伸ばし始めた。


To be continued