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ロンド
2734文字
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くにぐに
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tie(丁諾)
デンノル。指輪の話。
(
……
あんにゃろう)
顔を洗おうと鏡の前に立ち、ノルは盛大に顔をしかめた。
寝起きからうすうす感じていたことだが、鏡に映る半裸にはおびただしい痕跡がまとわりついていた。他人に見られればドン引きされることうけあいの、数えきれないほどの赤い花が、肩にも胸にも腕にも散らされている。ノルには見えないがきっと背中も酷いことになっているにちがいない。
ひとつやふたつなら愛情と取れるかもしれない。けれども、何度云って聞かせても殴っても改善しないとなれば狂気だ。まるで誇示するような執着。逃がさないとばかりに結ばれた縄。首もとのワイシャツで隠れるかどうかあやしい接吻痕を指でなぞりながら、ノルは舌打ちした。
そして、もうひとつ見逃せないものに気づき、ノルはまた苛立たしく眉をひそめる。まもなくけたたましい足音がやってきて背後に大柄な影があらわれた。
「おはよう、ノル、っ痛っだ!」
朝からうざったいほどに威勢のいい声の持ち主に対し、ノルは思いっきり踵を踏み下ろした。爪先を踏まれて飛び上がったデンは壁に頭をぶつけてまた呻いている。いい気味だ。ノルは溜飲を下げた。
デンもまた下着のみを履いた半裸で、獣にでも噛まれたのかという噛み痕が肩にいくつも散らばっていた。昨夜ノルがつけたものだ。おなじく背中もぞんぶんに引っかいてやった覚えはあった。
「ノルー。ご機嫌ななめけー?」
「ご機嫌がよろしくあればええっつうめでてえ頭さもっかいふたぐってやっが」
「んかんか、悪りがったな」
はやくも立て直したデンがまなじりに触れるだけのキスをしてきたので、ノルは白い眼で諾々と受け入れてやる。キスはきらいではない。キスマークで身体を埋め尽くすのはやめろとは思う。その流れで抱きしめようとするデンに向き直り、ノルは左手を差し出す。
「ん」
「んあ?」
てのひらを見せられたデンはとぼけた顔をしていたが、もう一度「ん」と押し出すとようやく理解したようだった。デンは白い歯を見せて破顔した。
「いやー悪りぃなぁ! おめえも昨晩はすんげえ
――
へぐっ」
「うぜ」
「い、だだだだ!」
無防備な肌を爪先でつまんでやると地味なダメージを与えられる。真顔で実行したノルは、デンの顔が引きつって回転しそうに身をよじりだしたあたりで勘弁してやった。最中のことをそうでないときに云うのは万死に値する。とくに痛覚やら快楽やらでわけがわからなくなって無我夢中でいるときのことは。
ノルは左手を掲げてみる。どう見ても、左手の薬指に丸い輪っかに似た赤い痕が走っている。その形はまさにデンの肌に残されている痕跡と似ていた。
自分で噛んだ覚えがないとなれば、消去法でこの男ばかりとなる。
まるで指輪だ。場所もあいまって。指輪と違うのは、自分で付け外しができない。まったくもって腹立たしい。
「見えるとごさ痕つけんなっつっだべ、なぁ」
見せつけて云いつのると、さすがにデンももうしわけなさそうに眉を下げた。
肌に無数の痕跡をつけられることには繰り返し文句を云っているし、実際に暴力にうったえてみたことも何度もある。しかし一向に改善の兆しが見えないもので、いいかげんノルはあきらめ、せめて衣服で隠れるところ、日常生活に支障が出ない範囲でと厳しく取り決めた。近年は思春期に突入した実弟の視線が冷ややかに突き刺さってきて堪えるので、デンもおとなしく従っている。が、たまに盟約を破られる。
指なんてめったに隠せるものでもない。野外では手袋をすれば隠せるかもしれないが、式典でもないのに屋内でまで手袋を身に着けているとなればあやしまれる。消えるまでの数日、自宅に閉じこもっていろとでも云うのか。
「けったくそ悪りぃ
……
」
吐き捨てるようにつぶやくと、ますます図体の大きな身体が縮まる。そのままピンボールサイズにでもなれば少しは愛らしいかもしれない、とノルは思って、デンである時点でちっとも心をそそられなかった。
「あー、ごめんな? でも興が乗っちまってよ
……
」
「でももだってもへったくれもねえ」
ノルはもごもご言い訳をしかねないデンをばっさり切り、当初の通り顔を水だけで洗って洗面所を出ていく。着替えは寝室にある。数歩もいかないうちに背後から足音が追ってきて、クローゼットを開けたノルにすがりついてきた。むっちりと筋肉のついている肌はまだ熱く、甘えるようにノルの腰から腹の引き締まりを撫で回す。昨夜さんざん触れられたところだった。
「俺が悪りがったから。どうしたらえがっぺ」
うなじに息がかかってくすぐったい。
「
……
酒買っでこ」
「おう」
「あど、飯。腹減っだ」
「ん。なに食いてえ?」
「ワッフル」
「ん、わがった」
要求にはあっさり了承して、温度が離れようとしたのでノルは身体をひねって間近に顔を寄せる。またたきをしたブルーがやわらかく微笑んで、唇に湿っぽいものが降りてきた。角度を変えながら食むように味わい、水音を立てて息を継ぐ。デンの親指が執拗に耳を撫でている。
「考えがあんだけんど」
「
……
」
「ちっとまえに指輪やったべ。あれ着けてくんちょ?」
「
……
あん趣味の悪い指輪け
……
」
「ノルが選んだんだっぺよ⁉」
最近と呼べる最近にもらった指輪は、ひとつしか思い至らなかった。宝飾店に連れて行かれて、さあどうぞ好きなものを選べとデンと揃いで買った指輪だ。デンが気前よく全額出してくれたのでうんと高価なものを買わせた気がする。形は忘れた。思い入れもないのでしまいこんでいた。
たしかにデンの云う通り、痕は指輪ひとつぶんで隠せるだろう。ノルは眉をひそめる。
だが指輪なんて身に着けたら、まるで正式に認めたようではないか。人目にわかるように、自分のものだと誇示するように。ノルにとっては他者の評価はおぞましく、意味がない。どうせ指輪を着けたところで、デンの肉体も感情もなにもかもまるごとすべてが、ノルだけのものになるわけでもないくせに。
答えあぐねていると、デンがノルの指を取る。取り外せない赤い指輪をうっとりと撫でさすられ、昨夜にたしかにあったように、しかしはるかにやわく甘噛みされる。それで痕が上書きされるまでもない。唇から抜かれた指は濡れそぼって透明な糸を引き、やがてかぼそく千切れた。デンはうっそりと暗く重く眼を細める。
確信犯であることを知ってもノルには拒否の選択肢は与えられていない。ノルの欲とデンの欲は似ているようで明確に種類が異なっていて、ときたまデンは見える形を求めてノルに従わせる。ただ、ノルは朝食のワッフルはたっぷりの生クリームを乗せることに決めた。
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