ナスカ
2025-07-27 18:00:00
5082文字
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カラミティアンドアストロジャー 13

前回の続きです。

やはりそうだったか。ハイラル城の、王の執務室を背にしてガノンは得心した。自分の目下の敵を把握し、またそれが予想通りだったと知って、安心していた。
一度脇役と呼んで、魂を麻痺させた相手が黒幕。彼がいる限り、アストルの命に危機が続く。殺られる前に殺るべきだと、ガノンの『謀反者』としての部分が囁いてきた。
しかし今上王の側には、あの『ガノンドロフ』がいる。戦って勝てるかどうか怪しい相手だ。
理性の燃えカスでしかない自分は、彼女の剣に貫かれれば消滅するだろう。それほどまでに危うい存在だ。が、それと同時に、彼女も霊体でしかないはず。本来男で生まれてきたのに、明らかな女性として立ち振る舞っていた。『魂の貌』があの姿だということなのだろう。彼女も、ガノンの武器が掠りでもすれば相当なダメージを負うはずだ。
ならば一瞬の合間が勝負となる。あのすましたツラに、一発叩き込んでやる。そう意気込んで三叉矛の柄を握り、すり抜けるべく壁に突撃した。まず狙うのは、あの腹立たしい王である。
「貴方の殺気はバレバレなのよ!」
ズク、と肩の肉が削げるように熱くなった。ガノンドロフの持つ刀の、鋭い切っ先が見事に直撃していたのだ。胸を大きく外していたのは幸運だろう。向こうも壁越しの殺気は察知できても、ガノンの現在地を正確に捉えられるわけではないらしい。
ガノンは片手で肩を抑えながら、大きく矛を振った。ガノンドロフはそれがスローモーションに見えているかのように、優雅な後方宙返りを披露する。ギリリとガノンは歯軋りした。
「ほう、これがかの『厄災』の真の姿とは。だがコイツには到底敵いそうにないな」
王は艶のある上質な木で作られた椅子に座して、ガノンドロフを見上げながら言った。ガノンのことも、ガノンドロフのことも舐めきった態度に、柄への握力がグンと増す。
「貴様はハイラルの王だろう。それが何故『魔王』などの力を借りておる!」
『王』としてのガノンにとって、敵方に阿るのは許されざる行為。ガノンがハイラル王国の傘下に加わった時は成り行きで、その上若さ故にそれを覆せなかったが。
しかし『魔王ガノンドロフ』はこの国に実害を齎している。そんな奴を味方に付けるなど、どうかしているとしか思えない。
「貴様には関係のないことだ。……しかし、良いのかね? 或れの元を離れて」
「何?」
してやったとばかりのたらし顔に、ガノンは数秒思案してからはたと気がついた。もしや、自分は罠にかかったのでは無かろうか。
自分とガノンドロフを囮にして、真の狙いがアストルだったとしたら。
「ふざけおって!」
ガノンは瞬時に王の執務室を離れ、アストルがいるはずの地底へと舞い戻っていった。『間に合ってくれ』、それだけを思いながら。

✽✽

星あかりを携え、今日もアストルは休息中の兵士たちの間を縫い歩いた。地上に似た景色を見て、彼らの心は安らぎを得る。
「凄い、晴れた夜空みたいだ」
「綺麗だなぁ……
地上を支える地盤に映し出された星ぼしに見とれ、うっとりとしたため息を吐く。その光景が何よりも幸せなものだと見回して、アストルは柔らかな笑みを浮かべた。星の光に宿る不思議な力は、人々の心を満たしてくれる。そんな確信を得ることができた。
……それ故か、進む先に怪しい影が潜んでいることに気付かない。
「アイツだな。毎日この時間にこの辺りを彷徨いてるんだってさ」
「ほっせぇなぁ、ガリガリじゃねぇか」
「けど顔は良さそうだぞ。ちっとばかし味見して、あとは埋めちまおうぜ」
「金はもらってるもんな」
闇の中で交わされる物騒な会話も、アストルの耳には入らない。彼の思考は今、この上なく澄んだ湖に浸っているかの如き静謐に満たされていた。それはどんな騒音だろうと弾き返す、鏡の盾とも言える。
「じゃあ、お前がアイツの腕を引っ張れよ」
「オレは脚だ」
「オレは胴体と口を」
下賤なやり取りなど露知らず、アストルの足は角を曲がるべく右を向く。その瞬間、手首が掴まれ力強く引きずり込まれた。天球儀が地面に転がり、光を失う。
「ッ!?」
口の周りが分厚く生温かいものに覆われ、脚や腹に自分よりも筋肉質な腕が回される。助けを呼ぼうにも、これでは声が出せない。
だがアストルは意外にも冷静だった。正体がわからないわけではない。自分を気に入らない奴等に襲われただけだと、瞬時に理解していた。
(貧相なお前に、幾つか護身術を教えておく)
ガノンの言葉を思い出し、アストルは『その通り』に動いた。
(我もお前もそうだが、男というのは底抜けのバカだ。力づくでどうにかしようとするだろう。手首を掴まれたら、まずは拳を作り捻りをかけながら引き抜け)
途端に、スルリと掴まれた腕が自由になる。暴漢の驚く声が響いた。こんな痩せっぽっちに振りほどかれるとは思わなかったのだろう。
(腕が自由になったら、手近にいる奴の髪を思いっきり握り込め。頭皮ごと引き剥がす勢いだぞ。そして、普通であれば周囲に壁だの床だの硬いところがある)
喚く男の頭を、振りかぶって、硬質化した巨大な植物に叩きつけた。
(容赦するなよ)
潰れた呻き声を漏らしながら、男が一人戦闘不能となった。抵抗させずに済ませるどころか、思いの外苦戦している。アストルを威嚇しようと、残りの不届き者らが大声を出した。
(とにかくデカい声を出せ。それがお前に勇気をくれるだろう)

✽✽

地底に戻ったガノンは、大急ぎでアストルの気配を辿った。耳を塞ぎたくなる嫌な悲鳴は聞こえてこない。恐らくアストルは無事なのだろう。その代わりに聞こえてきたのは、正義を体現したようにキリリとした若い青年の声。
「ったく! 寄って集って、この卑怯者!」
物陰から顔を覗かせれば、そこにいるのは腰が抜けて座り込むアストルと、声の主らしい麦穂のような髪をしたあどけなさが残る青年。そして彼を襲ったらしい男たちが、青年によってふん縛られている。
「俺が通りかからなかったら、どうなってたことか!」
「すまない。まさか、年下に助けられるとは……
「気にしないで下さい。俺はこれでも、正規のハイラル王国軍の所属ですから」
「名前を聞いても?」
アストルに名を聞かれた青年は、ピッとした敬礼を見せた。子どもの兵隊ごっこのようにも見えたが、アストルは助けてくれたことに敬意を表して笑いを堪える。
「自分はポール曹長と申します。本日付で地底調査隊に加わったのですが、周囲を探索しないと気が済まない質でして……あちこち見て回っておりました」
「それで、私を助けてくれのだな」
「と言っても、もうほとんどお兄さんがノックダウンまで追い込んでましたけどね」
若い曹長の言葉にガノンは目を丸くした。男は全部で四人。しかもそれなりに上背のある、こ奴等をアストルが一人で伸したらしい。
アストルは天球儀を拾い、丁寧に指先で砂埃を払った。それを見たポール曹長が「もしかして」と、助けた相手の正体に気がつく。
「お兄さんが、『地底の星』のアストル?」
「過ぎた名だ。そんな呼び方はいらないぞ」
「いえ、お会いできて光栄です。シロツメ新聞に連日貴方のことが載っています。皆、貴方のことを知っていますよ」
……それがどうしたという」
ポールの嬉しそうな表情はアストルの憂いによって溶け、真顔が現れた。
「私の名が知られたことで、瘴気の問題が解決されるとでも? 私が出来ているのは、所詮気休めだ。根本的な解決に至る道すら見つけていない。……なのに、そんな担ぎ方をされても困る」
アストルは口惜しそうに地面を睨みつける。自分の名声が高まることなど、彼にとっては何の意味もない。城の下から出てからずっとアストルと共にいるが、本人の口から聞くとそれが本音なのだと改めて感じる。
……立派な方ですね」
「だから、その言い方をやめてほしいんだ。私はただ、星星の真意を皆に伝えているだけなのだから。……では、そろそろ行かせてもらう」
アストルに背を向けられて、ポールは「待ってください!」と叫んだ。
「またいつコイツらみたいなのが襲ってくるかもわからないんですよ!? そしたらどうするんですか!」
「どうするもこうするも、またこうしてやればいい」
「けど……
……これを、待ってくれている者たちがいる」
天球儀に落とされる、黄玉色の視線は柔い。ポールは不安かもしれないが、アストルは見た目ほどひ弱ではないと証明された。必要以上に気をかけることも無いだろう。
「地底に星を届けるのは、私の仕事だからな」
そう言ってアストルは、ゆっくり立ち上がって天球儀を灯す。ふわりと広がる淡い輝きに、すぐ近くで疲れ果てていた兵士たちは頭を上げた。
「星が見えるぞ」
「アストルさんが来たんだ」
「見ろよ、あれ、うちの娘の星座なんだ……元気にしてるかなぁ」
「早く帰りたいなぁ」
思い思いのことを口にしながら、彼らは一時の至福として天体観測を楽しむ。しかし中には、地面に伸びるアストルの影にそっと口付ける者がいた。涙しながら行われるそれには、感謝と敬意と、貴方に祝福あれという祈りが込められている。ポールはその光景に、アストルは噂以上の存在なのだと突きつけられる思いだった。
……随分と元気そうだな。では、奴等を叩きのめすよう我は我で算段だ」
ガノンはそう呟くと、地底の闇に姿を晦ました。

✽✽

ガノンのことを見かけなくなった。天球儀への礼を言って以来、顔を合わせていない。私の仕事が忙しくなったからというのもあるだろうが、彼の方から姿を見せてくれることは全く無くなっていた。
瘴気による被害は絶えることを知らない。幾つもの光の根が発見されても、無限に湧いてくる瘴気は人々を苦しめる。原因がわからない故に、どうしようもできない。
「アストル、ねぇ、そろそろ休まないと身体を壊すわよ」
……プルア女史」
個室で一人、机に向かっていると、オイルランプを持ったプルアが近くにいた。ノックも無しに、と思ったが、どうやら何回も外から呼びかけた末の行動だったらしい。
「姫様も心配してたわ。お願いだから、少しは休んでちょうだい」
……あと少し、このホロスコープを書いてから……
書くものは膨大だった。星図やホロスコープだけでなく、兵士たちの家族へ手紙を代筆し、城へ届けるための調査報告書、各種物品に対する請求書や記録、令状……。私の名義での提出を求められた故、他の者には任せられなかった。
「そう言って、何日も寝てないじゃないの。知ってるのよ? 天球儀点けっぱなしで、ずっと作業してるじゃない。このままじゃ、死んじゃうわ!」
死ぬ……。それを望んでいた。どうにもならない現状を、死という最終手段を取ることですべて諦めようとしていた。
だが、まだ死ねない。
……奴が、いないのだ」
「へ?」
「私を、殺すのは……アイツ、で……
あぁ、筆を動かさなければいけないのに。頭も、手も、全身も、重怠い。これはなんと言うんだったか。
……眠気、か。


死んだ母は、城の裏手にある小さな森に埋葬された。いや、埋葬なんて丁寧なものではない。ただ掘られただけの穴に、雑に放り込まれ、埋められた。副葬品を添えることも許されなかった。母が埋まる地面に泣いて縋る私を、あの男は……王は引き剥がした。
時折眠る度に見る夢はこれだ。何度も何度も、辛い記憶を思い出させられる。私は未だ、奴の手という監獄から出られずにいるのかもしれない。
ガノンは、私をそこから連れ出してくれた。その証拠に、ガノンが側にいてくれた時は、そんな悪夢を見ずに済んだ。
ガノン、私に飽きたのか? いつまで経っても絶望しない私を、嘘つきだとして見限ったのか?
そうかもしれない。お前は、たくさんの部下や、自分の民に、裏切られてしまったのだから。
お前の心は、今も、殺されたあの場所に留まっているのか?
けど、な、ガノン。私は……お前と一緒にいると……どうしようもなく、自由になれていたんだ。自分のしたいことを無理やり止められることもなく、思うがままに行動することができた。
私は、とても、私らしく在れたんだ、ガノン。
だから、帰ってきてくれないか。もう一ヶ月だぞ? 私は、お前の側に居たいんだ。もし探せと言っているなら、何処に居るかもわからないのに、どう探せば良い?
なぁ、ガノン……。一人は……一人は、嫌だ。


続く