ベルコル

我儘。

 軍の訓練所へ顔を出したベルトランを遠目に見つけ、コルネイユはなんとなく胸が擽ったくなりながら彼へと近づいていった。
 陽の光を浴びて金色の髪をきらきらと輝かせながら佇む青年は端整な顔立ちをしていて、恋物語に登場する理想の王子様の形をそっくりそのまま取り出したように見える。実際に王子様なのだから、きっと彼に憧れを抱いたものも初恋を奪われたものも数多くいることだろう。
 それに関しては深くいえないか、と唇をむに、と動かしながらコルネイユは頬を掻く。
 サンティエの第三王子殿下、ベルトランにまんまと初恋を奪われたのはコルネイユも同じである。
 近づくコルネイユに気づいたのだろう。向けられた顔が穏やかな笑みを浮かべるのに、コルネイユの胸はどっと音を立てるようだった。いつの間にか追い抜かれてしまった身長。銀色の目はいつの間にか甘やかにコルネイユを見下ろすようになり、コルネイユはその視線を受けるたびに心臓が慌ただしくなる。元々の自分はこうではなかっただろうと思った時期もあるが、そも恋をしたのはベルトランが初めてであれば比べるべき「以前」は存在しないことになる。
「コルネイユ、元気だった? 少し間が空いたよね」
「ああ。元気かっていうなら殿下のほうだろ? 忙しくしてたんだから」
 王子殿下の身はのんびりとしていられるものではない。いつか「そのうち王子じゃなくなるつもり」と言っていたベルトランであるが、彼は現在も高貴なままだ。けれど正妃腹として兄の前に出ようとすることはなく、彼を支えていることをコルネイユは知っている。ベルトランは長兄も次兄もどちらも慕っているのだ。
「僕は慣れてるからね。必要なことだし、大したことじゃないよ。ただ、少し寂しかったかな」
 話しながら歩き、人通りの少ないほうへ出るとベルトランの手がコルネイユの腕を優しく引いて、そのまま寄せた身が緩く抱きしめられた。
 弟へするようにベルトランを抱きしめていた頃が確かにあったのに、いまではコルネイユがベルトランの腕のなかにいる。そのことがこそばゆくて、コルネイユはじわりと熱くなった頬を誤魔化すようにベルトランの肩口へ擦り付ける。
「コルネイユは? どうしていたの」
 ちゅ、と耳にキスされながら問われ、コルネイユは少し黙ってから「さびしかった」と打ち明ける。
「そっか。コルネイユが同じ気持ちで嬉しいな……うん、少し疲れていたのかも。こうしてるとすごくほっとする」
 抱きしめる腕が強くなったことで胸が密着する。忙しない心臓の音が聞こえてしまうかもしれない心配よりも、コルネイユはベルトランの背中に腕を回すことを選んだ。ベルトランの言ったとおり、彼と会うのは少し久しぶりだ。体温を間近に感じれば恋しさに背筋が震え、コルネイユはすん、とベルトランの香りを胸に満たした。
……今日は部屋に呼んでくれないのか」
 はしたないかどうかなど、がさつな自分が気にするようなことではないと思っていたのに、いざ言葉にしてねだるのには羞恥心がある。
……いいの?」
…………寂しかったって言っただろ」
 これ以上言わせないでほしいと眉を寄せるが、真っ赤な顔では怖くもなんともないだろう。
 ベルトランが一瞬低く唸る。
「ほんとう、そういうの僕だけにしてね……言わないのは分かってるけど、それでもね」
「殿下にだから言ってるんだよ……
……そう」
 銀色の目がぎらりと光ったように見えるが、ベルトランはすぐに穏やかな笑みを浮かべる。素直にベルトランへの欲を表すと、彼は時々王子様らしからぬ物騒な気配を纏うことがある。そのことにコルネイユはぞくぞくとした喜びを覚えるようになっていた。ベルトランのこの面だけは自分のもののような気がして陶然としてしまうのだ。
 うっとりとしている間にベルトランから抱き上げられ、コルネイユは心得たように顔を伏せる。被せられたマントによってコルネイユの顔は見えない。王子殿下が私室へ誰ぞを連れ込んでいる程度のことは知られているかもしれないが、それがコルネイユであると特定するにはもう少しかかるだろうか。たかだか伯爵家の三男が王子殿下の私室に招かれるなど夢想に過ぎる。それが先入観であろうと、そういった考えを持つのが貴族社会でもあった。
 実際は部屋の鍵が閉められる音にも反射で腰が痺れるほど、コルネイユはベルトランのベッドの感触を知っているのだけれど。
 マントを外され顔が露わになるなり性急な口付けを受けて、コルネイユは「ん、んむ♡」と喉の奥で喘いだ。擦り合わせる唇も、ぬるりと絡め取られた舌も蕩けそうなほど気持ちがいい。
 キスに夢中で応えている間にも体を撫で這うベルトランの手にぴくぴくと体が跳ねる。飲みきれなかった唾液が口端から伝い落ちたのをベルトランの舌が舐め取った。ちゅ、ちゅ、と優しく触れる唇を追って、気づけばコルネイユはベルトランへ全身でしなだれかかっていた。
「可愛い……好き、好きだよ♡」
「ん、ん♡俺も、俺も好きだ……♡」
 ベルトランが背中を撫でたと思えば髪の広がる感触。髪紐を解かれたのだと知った瞬間には、コルネイユの目はベルトランとその後ろに天井を見ていた。
 少しだけ荒いベルトランの呼吸。どろどろに甘く蕩けているのにぎらぎらと欲を湛える目。服を開けた肌を撫でながら、あるいはキスしながら繰り返される「好き」という言葉。
(いまの殿下は……俺のだ)
 ──僕だけにしてね。
 言えるものならコルネイユだって言いたい。
 一時くっついているだけでは、触れ合っているだけでは足りない。ずっと傍にいたいと我儘を言ってしまいそうになる。
 けれども、それは難しいことだから。ベルトランのすべてを望むなど大それたことだから。
「コルネイユ……なにを見てるの?」
 体を撫でる手を止めて、じっと見つめてくるベルトランの目。その銀色にはコルネイユの顔が映っている。
……殿下のことだけ見てる」
 くしゃりと金色の髪を少しだけ乱しながらベルトランの頭を引き寄せて、コルネイユはその唇をちゅう、と吸った。
 好きだと言うのも、キスをするのも、抱かれるのもベルトランにだけ。
「早く、俺の全部貰ってくれ」
 そうしてひと欠片すら返さずに持っていて。
 ──この我儘も困らせてしまうかしら。