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spmm8ck9
2025-07-26 22:32:30
2754文字
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オロイフワンドロ「タトゥー」
長杖を
携
たずさ
えたシャーマンの舞が、篝籠の青い焔を高く高く立ち昇らせる。イクトミ竜の耳に似せた建造物の間で、黒曜石の大岩が静かに佇んでいる。
謎煙の主のトーテムは、イファの暮らす花翼の集のそれとは余りにも雰囲気が違っている。足元に浅い泉を
湛
たた
えた洞窟の中、周囲を取り巻く青い灯と響く祈りの言葉が、体を包んでいるかのようだ。
故郷とは違う閉塞感に、思わず二の腕を擦る。ほかの部族のトーテムとは違い、ここでは信仰や修行の場としての意味合いが強いのだ。
イファは足音さえ潜めるようにして、トーテムに続く橋から進路を外す。他所の部族のトーテムを詣でに来た訳じゃない。闇に茫洋と光を流す洞窟に足を踏み入れたのは、友の見舞いの為だった。
祝詞を詠む者、瞑想に耽る者たちを邪魔しないよう、壁に沿って足を進める。僅かにしか歩いていないはずなのに、今どこにいるのかさえあやふやだ。立ち昇る焔や煙、闇に浮き上がるラクガキ、星を流したかのような水の流れ、光を発する植物やキノコ、近寄れば姿を消す奇妙なもの。捉えどころのない照明に、イファは眩暈を起こしそうだった。
その中でふと、道を示すものに気づく。
匂いだ。医業の中でもよく扱う、薬草の匂い。
「──イファ?」
そして、友の声。壁に反響するその音を必死で探り、イファはオロルンの姿を探す。ようやく見つけた確かな明かりは、地面に置かれたカンテラから漏れる暖色の炎の光だった。
探していた相手が見つかったというのに、ブーツの足取りはいよいよ重くなる。具合の悪い友人を慮ったからでもあるし
……
会いたくない、という気持ちもあった。だけれど、どうしても会わなければならないと思ったのだ。
だからイファは大股に歩を進めて、友の頭の近くに膝を下した。
「
……
よう、オロルン。きつそうだな」
「あぁ
……
うん」
眠たげな声が、喉を伝って水面に輪を広げる。オロルンは今、首から下を泉の中に沈めていた。
岩にぶつけないよう敷かれた枕の上に頭を乗せて、浅い泉の中に仰向けで寝そべる。身に着けているのは、腹から腰まで分厚く巻き付けられたタオルくらいだ。長時間水に触れることになるから、冷えないようにとの処置だろう。
何故、ほとんど裸で水の中にいなければならないのか。
それは彼の体に彫り込まれた、黒いタトゥーの所為だった。
両腕から胸にかけて。爪先から
脹脛
ふくらはぎ
にかけて。途切れ途切れに這う黒い模様は、生白い肌の至る所を赤く、痛々しく腫れ上がらせている。水に体を沈めるのは傷から発する熱を冷ます為だ。星の粒を揺らす水面にいくつも浮かぶ薬草は、解熱鎮痛と治癒を目的としたもの。
酷い有様だ。帽子の下で、イファは眉根を強く寄せた。
この「儀式」については、事前に本人から話は聞いていた。不完全な魂を少しでも安定させるための特殊な模様を描く入れ墨──けれどそれは、少しずつ彫っていくという話じゃなかったのか。
顔を
顰
しか
めて睨み下ろすオロルンの顔は、ぼんやりとした夢うつつの表情を浮かべている。きっと鎮痛剤が眠気を齎しているのだろう。手袋を剥いだ素手の指先で、額に浮いた汗を拭ってやる。気持ちよさげに、ふぅと小さく息をつく。
「
……
なんで、こんな無茶したんだよ」
少しずつ彫り進めていく予定だったタトゥーを、一気に終わらせるよう大司祭に頼んだのは当のオロルンだ。イファは、それを恐ろしい
黒曜石の老婆
グラスバーバ
から教えられた。あのコはまた身の丈に合わないムチャをやったのよと、キィキィ随分怒っていた。
なあ、と反応の薄い細面を撫でる。
「謎煙の主から出ていくって、本当なのか」
「うん
……
」
微睡むような口調で、けれどしっかと首を縦に振る。なんで、と問うイファの声は、情けなく震えていた。
目の前に重なるのは、アビスに蝕まれて弱り行く両親の姿だ。精力的に仕事をする、時に厳しく、時に優しい彼らの晩年はあまりに細く、あまりに静かだった。
沈むように横たわる友も、両親と同じようにイファの元から去ってしまうのだろうか。酷い寂しさと頼りなさが、背中から涙腺を揺さぶってくる。
うっかりと雫を作らないよう、目を強く吊り上げてオロルンを睨む。うとうとと寝入りそうな左右色違いの妖眼は、黒い睫毛をゆらゆら羽ばたかせながらイファを見上げる。
熱でぽうっと赤らむ唇が、緩く語尾を溶かした声を上げた。
「ミツムシが
……
」
「
……
ミツムシが?」
「もっといい場所に、巣を作りたいって
……
」
「
……
」
変人揃いの集落の中でも一際輝く変人の友が、ミツムシを育てているのは知っていた。言葉を知るはずもない虫たちに問い、頷き、一緒になって歩き回る姿を何度も見た。理屈は良く分らんが、上手くやっているんだなあと呆れ半分関心半分で眺めていたものだが
……
。
「もっと、美味しい蜜が取れる場所を見つけたんだ
……
そこに、巣箱と
……
畑も作って
……
僕が住む家も
……
」
「家が先だろ、しっかりしろ」
「うん
……
花翼の集からも近いから
……
君も来たらいい
……
」
むにゃむにゃと伝えられた言葉に、ゆっくりと目を瞬かす。
「
……
近く、なのか」
「そうだ
……
近いから、すぐに来れるし
……
蜜でクッキーも
……
」
うぅんと、太い黒眉が強く寄せられた。眠気がいよいよ堪えきれなくなったのだろう。
「きみのクッキーがたべたい」
そしてむずがるように表明されるのが、イファの作ったクッキーとは。ふ、と、唇が緩む。
「あぁ、作ってやるよ。だから早く良くなれよ」
「うん
……
やくそくだからな
……
」
言う間に瞼はとろとろと落ち、呼吸は深く緩やかになっていく。額を撫でても、もう反応はなかった。
くるる、と頭上から丸い鳴き声が聞こえる。振り仰げば謎煙の族親が、静かな視線を二人に注いでいた。
立ち上がり、帽子を取って頭を下げる。何を意味する所作なのか自分でさえ知れないそれを、大きなイクトミ竜は寛大に受け入れてくれる。その場を任せて、イファは来た道を戻った。
機械的に足を踏み出しながら、よかった、と頑是なく思う。オロルンがどっかに行っちゃわなくてよかった。近くに越してきてくれるんだって。ずっと一緒に
……
。
ふつ、と足の進みが止まる。押し込めていた涙が一粒、ころりと頬を伝い落ちた。
「
……
ずっと一緒に、いられたらって
……
」
頬が、
蟀谷
こめかみ
がじわりと熱を持つ。心臓がとくとくと脈を速める。手に持ったままだった帽子で、思わず顔を覆い隠した。ガキくさく浮かれてしまったからだと、自分自身に言い訳をして。
だけどイファは、もう知ってしまった。気づいてしまったのだ。
オロルンのことが、好きなのだと。
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