mishiadd
2025-07-26 13:34:12
6448文字
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宮本伊織という災害

【FGO軸/Fes衣装】村が燃えました(生前のお顔絡みの嫌な記憶が全部すっ飛んでいるので軽率に絶世微笑をかまして村を焼くカルデア宮本伊織貞次)【その他】

「はーいでは次の方どうぞー」とカメラマンが呼ばわり、たった今撮影を終えたアーキタイプ:アースと入れ替わりで伊織が撮影ブースに入る。
皺ひとつなく張られた白い背景布の前に立ち、照明とレフ板でこれでもかと眩い光を当てられ、一瞬伊織が目を顰める。そもそも「撮影」などというもの自体に不慣れだった。さすがに「魂を取られる」などとは思わないが――生前その迷信を見聞きしたことすらない――これで瞬時に非常に精巧な姿絵を造り出すことができるのだ、という説明に関しては、理解はしたがまだ具体的な想像はできていなかった。瞬時に――とは言っていたが、きっと最後には摺師が刷るのだろう、と漠然と考えている。

「はい、宮本さんカメラ向いてくださいね。ポージングはもうちょっと動きある方がいいかな? 誰か踏み台用意してあげてー。そうね、ちょっとジャケットの裾ふわっとさせてみましょうかね」

スタッフのひとりが持ってきた踏み台に片足を置くよう命じられ、「右肩こっちに向けて胴体ちょっと捻って」だの「右手手前に伸ばしてくれます? もうちょっと手前。あ、肘張らないで」だの細かい指示を受ける。まるで師匠に初めて剣術の型を習ったときのようだとは思いつつ、その経験を生かして的確に指示に応えていく。

「あーいいですね、いいですね。プロポーションいいので見栄えしますね。――えー、じゃあちょっと笑ってみましょうかね。カメラのレンズ見てー、レンズわかります? はい、ちょっと顎ひいて、もうちょっとですね、はい、はい、んで笑ってください。歯見せないでね――うお」

どこか軽薄な口調だった男性カメラマンが突然低い声で唸る。なにか失敗したかと思い伊織が引いていた顎を上げようとすると、「いや、いやいやいや動かないで! 全部そのまんまね、そのまんまキープ――」とカメラマンがひどく慌てた様子で息せき切って言った。

パシャパシャとフラッシュが連続して焚かれシャッター音が響く。どこか得体の知れない場の熱っぽさを感じつつ、言われた通り伊織は表情を含めたすべての身体の動きを固定してただ時が過ぎるのを待った。「いい、イイ、いい、すごくすごくいいですよ、もうちょーっとだけこっち見れます? 瞳だけ、顔動かさないで――あああーっ、いいですね、イイですね~」と何が「良い」のか伊織本人にはまったくわからないがとにかく何かを高く評価される。言われた通りしばしそのままの姿勢を保っていたが、撮影のことはわからないがなんだかやけに時間が掛かっているような気もする。――そろそろ同じ体勢でいるのもさすがに疲れてきたな、と思った矢先に、「さすがにそろそろ」とスタッフがカメラマンに声を掛けたのが聞こえた。

ふひーっ、ふひーっ、とシャッターを切っていただけにしてはひどく疲弊した様子のカメラマンが、短距離走を全力疾走で走り抜けた直後のような荒い呼吸を繰り返しながら「アッ、すみません」と頭を下げた。

「では宮本さんはこれで。――次の方ー」

伊織がブースを出ていくと同時にゴルゴン三姉妹の上二人が入れ替わりで入ってくる。まだ呼吸の乱れている様子のカメラマンが「はい、視線こちらでお願いしますー」と再び軽率な口調で始めたのを背後に聞いた。







長屋に戻る早々、挨拶もなしに部屋に上がりこんできたタケルに「『撮影』は終わったのか」と尋ねられた。

衣装は撮影ブース横の更衣室で脱いできた。今日の撮影は商材写真みたいなもので、本番は後日の『フェス』――という催し物だという。そこでは一日中今日着た衣装を着て客人を迎えたりなどの接客をするのだと聞いていた。今日着た限りではかなり重量のある上着だったため、少しだけ先が思いやられた。

「きみの『衣装』はどうだった? ――江戸でも素寒貧の着たきり雀で常々可哀想だとは思っていたが、きみときたらここに来てまで一着の替えも持っておらぬ。これはいよいよこの私が直談判でもしてやってきみに新しい衣装を用意してやらねばあまりに不憫か――などと思っていたところだったのだ」
「この着物は動きやすくて気に入っているから、おまえにそこまで同情してもらう必要はないよ」
「何を言う、私が三着も四着も持っているのにきみが一着も替えを持っていないのでは我らの間で釣り合わぬと言っているのだ。――で、どうだったのだ? 新衣装は。私が監修に入ろうか、と言ったら門前払いされてしまってな」

「別におまえと俺の間で釣り合う必要はないのでは」だの「なぜおまえが俺の衣装の監修に入ろうだなどと思ったのだ」だの、口にすればまたぞろ面倒なことになりそうだった伊織の言葉は、更に続いたタケルの言葉でたまたま掻き消された。

「ああ、ところできみ、『撮影』は問題なかったのか? ……確かきみ、自分の顔の話をされるのがあまり好きではなかったろう。――というかまあ、副次的なものだったが――
「うん?」

ぽかんとして首を傾げた伊織に、「……よい」とタケルが頷いた。――忘れているのならば、それでいいだろう。

タケルの記憶している限り、生前の伊織は色恋沙汰に巻き込まれるのが苦手だった。
他人の――特に義妹の――恋愛事情ならばまだしも、そこに自分が当事者としてかかわってくるとなると、途端にすべての認知能力と洞察力が地に堕ちる。自覚がないゆえの思わせぶりな言動があまりにもひどく暴力的ですらあるときがあったため、その頃になると大抵のことは伊織の好きにさせていたタケルもさすがに「今のはどうかと思う」と苦言を呈したものだった。朴念仁ゆえに「相手の気持ちに気付けない」のならば仕方がない――とは思いつつ、それではと翻って彼が「そう」と認知できていたときのことを思い出す。伊織の鈍感さを見越したように「あなたが好きです」という気持ちをきっぱりはっきり言葉にして伝えてこられた場合だ。――タケルが思い出す限り、いずれの場合もひどく持て余して困り果てたような――あるいはひどく面倒そうな顔をして、やっぱり「気付かない」ふりをしてのらりくらりとかわしていたのだ。

伊織は非常に友好的な人間だった。――ただ、己に向けられた「友情」が「好意」に変化する気配を嗅ぎ取った途端、ひどく億劫そうにする。

あるいはかつて、それで何か嫌な目にでも遭ったか。――あるいはかつて、それを「寵愛だ」と押し付けられて、たったひとり手元に留め置かれて親兄弟の仇敵相手に酌でもさせられるような――何か怖い目にでも遭ったのか。
そういえば年頃の男性にしてはいやに潔癖症でもあったかつてのマスターの難しい部分を思い出し、タケルは思う。――そう、だから、きっとそれは副次的なものだった。

伊織は、目立つことを嫌った。――というよりも、自分が目立っていることに気付かないふりをした。

伊織は整った容姿をしていた。端正な顔と、あの時代の平均身長を考えても上背のあるすらりとした体格をしていた。ひどく見栄えのする――さすがに生前はこれを武器としたこともあるのだ、自覚はある――自分と並んでいても「遜色ない」と判断される程度の見た目ではあった。――だが、伊織は気付かないふりをしていた。気にしていないふりをしていた。あるいは、彼にとっての「美しさ」の定義が容姿とはまったく別のところにあったか――あるいは、彼にとってその見目麗しさは忌むべき呪いであったか。

伊織の長い前髪は彼の目許を覆い隠していた。彼よりも背の低いタケルから見上げれば、その深遠な月夜のような色をした瞳はこれっぽっちも隠せてなどいなかった。すっと高い鼻梁も、かたちのいい顎も――別に、タケルにとっては今に始まったことではない。伊織はずっとこうだった。しかもそれは、タケルにとっては――自分の容姿が美しいらしいということと同様に――別段重要なことではなかった。たとえば伊織の顔が祭りの屋台で見たひょっとこの面のようだったとしても、きっと伊織はタケルにとっては今と変わらず伊織だった。――まあ、あまり考えにくい仮定の話ではあるが。

――だから、伊織本人が自分の容姿を好きでも嫌いでも、タケルにとってはどちらでもよかった。彼が嫌うなら、ただ「そうか」と頷くだけだ。誰にだって自分の嫌いな部分くらいある――まあ、もったいないなと多少思わないでもなかったが。

カルデアに召喚された伊織は、恐らくはその嫌な記憶ごと失ってしまっているようだった。だから彼が、自分の容姿との向き合い方が変わるのも道理だった。――きっと今の彼が、鏡を見て顔を顰めることなどない。もとより顔を顰める理由のない容姿なのだ。

……まあ、よかったよ。――よかったのではないかと、思う」
「うん?」
「『馬子にも衣裳』、だ。……せっかくの新衣装なのだ、せいぜい――

――きっと生前の伊織ならば意図的に避けていた、

「精一杯の『キメ顔』でもして、せいぜいかっこよく撮ってもらうとよい」

よくわからないが勝手に納得して感慨深そうに頷いているタケルに、伊織が「俺のことは済んだからもういいが」と言った。

「おまえはないのか? 『撮影』は」
「わからぬ。あるのかないのかわからぬ。まだ呼ばれておらぬ。――まあ、あるのではないか? きみがあって私がないということはないであろう? 釣り合いが取れぬからな」
「だから、俺とおまえでなぜ釣り合いが取れないといけないのだ……



――そう、だから、タケルの目算は甘かった

生前の伊織が、それこそ徹底して自分の容姿をひけらかすようなことをしなかったその意味を、タケルは軽視した。生前の伊織には、事故りたくないがゆえに車体感覚がしっかりとあった。顔を隠し、人目につかぬようにし、目立つような表情をすることを敢えて避け――そうして、宮本伊織貞次の日常の平穏は守られていたのだ。



その危機管理能力が危機感ごとごっそりと抜け落ちた今。



――車体感覚のない超大型ロードローラーが、何も知らない善良な市民で賑わう市街地に解き放たれている。







「本日発表分です」といって先日撮影した商材写真が廊下に張り出されたのだった。

サーヴァントや職員たちが物珍しげに張り出された商材写真のひとつひとつを見て回る中、そこそこの人だかりができている箇所があった。――そこに、写真を見に来たタケルと伊織が通りかかる。

「あ、ご本人登場~」と早速顔なじみの職員に冷やかされ、伊織が「ん」と挨拶代わりの会釈をする。人だかりが割れて背の低いタケルに視界を譲ってくれたので、遠慮なくタケルが壁に貼られた写真を見上げる。タケルは初めて見る伊織の商材写真だった。――……」と絶句する。

「いやーかっこいいね! 伊織くんってこんな表情できたんだね!」
「夜の帝王みたい~! 夜の帝王ってなんなのか知らないけど」
「いや、ホストの風格ではないでしょ。これはイタリアンマフィアの若きドンでしょ。右手の小指にごつい指輪してるタイプの」
「目配せだけで暗殺を命じるやつだ。いや実際視線だけで人を殺せるよこれは~! 死人がでるよ~!」

やいのやいのと楽しげに軽口を叩き合っている中で、タケルだけが沈黙している。ようやくそのことに気付いた一同が、ん、と目線を下げてタケルの後頭部を見遣る。――たっぷりと間をおいて、タケルが叫んだ。



「死人が――出る……!」



「えっ」と薄ら笑いを浮かべたまま一同が硬直する。それから、ははは、と乾いた笑いを上げながらひとりが言った。

「いや、さっきのはほんの冗談で――死人は出ないよ。出ないでしょ?」
「きみたちは――いや貴様らはなにもわかっておらぬ! いいや、この私もきっとろくにわかってなどいなかったのだ……! イオリは、かつてのイオリはこの災害を封じ込めるために、自ら厳重に封印していたのだ――この『表情キメがお』を!」

ぽかんとした伊織がタケルの背後で何を言われているのかわからない顔のまま突っ立っている。それを振り返り、タケルが叫んだ。

「ユイはどこだ!? ――ユイにはこれを見せてはならぬ、万が一もう見てしまったのなら緊急搬送の手配をせよ。……この写真の前に幕を下ろせ、撮ってしまったものは仕方がない、せめて封印するのだ……! 待て、まさか――いや、そんなことが――
「な、なに……?」
「この商材写真をどこぞに配信するなどと言ってはいなかったか」
「あ、ああ……『フェス』来場客への事前公開情報として」
――!」

タケルが目に見えて蒼褪める。その場に崩れ落ちて廊下の床に手をついた。喉の奥から絞り出すような沈痛な声で、「遅かったか……!」と嘆いた。

――理屈はよくわからないのだが、『フェス』間近になると白紙化以前の地球の一部地域との通信がなされ、通信先でこの商材写真が出回るのだという。『フェス』で迎える客人も大部分がこの通信先の人類であるという話だった。――理屈はわからないのだが。

商材写真に対するリアクションは数値となってカルデアの管制室のモニターで観測される。――データ分析でありがちなことだが、モニター上の「1」の後ろには、血肉を持ったひとりの人間の阿鼻叫喚がある。――ことを、忘れてはならない。

その場にしゃがみ込んでしまったタケルに、伊織が膝を折る。タケルが何を喚いているのかわからないまでも、その肩に手を置いて「よくわからんが大丈夫か」と尋ねた。

「大丈夫なものか。――人々は無事なのか? 江戸は――江戸八百八町は火の海に沈んでおらぬか。こんなものを――こんなものを世に放ってしまって――まるっきり大災害ではないか!」
「江戸……? いや、江戸は時代が違うから今回とは無関係だし――そもそも一体何の話――
『江戸は無事だけど、残念なお知らせだよ。――東京はダメそうだ』

廊下にアナウンス機材を通して声が響く。ライダーのダ・ヴィンチの声だった。
はっとしてタケルがスピーカーのある天井を見上げる。つられて伊織やその他の面々もスピーカーを見た。

……リアクション、モニターしてるんだけどね。――まずいことになってるね、これ。この数値を――熱量換算すると、恐らく村が燃えてる
「村が……
「燃えてる……?」

絶望と共に皆がダ・ヴィンチの言葉を繰り返す。『うん』と冷静な声がスピーカーから響いた。

『村――は、便宜上の表現だよ。数値を熱量換算したものをサーモグラフィで映してる。東京――かつての江戸八百八町は残念ながら火の海だ。そして恐らくこれはそれだけで済んでない。火の手が方々まで回って――日本列島、いや、場合によっては海外まで燃えているようだ』
「大災害ではないか! 白紙化前に地球を潰す気か!」

ざわめきと共に皆が壁に掛けられた宮本伊織の商材写真に目を遣る。――地球全土が、火の海に沈んでいる。――大炎上。

だん、とタケルが強く拳で廊下の床を殴る。ぎりぎりと奥歯を噛みしめ、悲痛な面持ちで言った。

「すまぬ――すまぬイオリ……! 私が、私という者がついていながら……きみが封印し続けていたきみの内なる獣の解放を、みすみす許してしまった……!」

「なんだかおよそすべてが間違っているような気がするのだが」とは思いつつ、記憶のない伊織には何を言うこともできず、嘆くタケルの背中をぽんぽんと叩いてやるくらいしかできなかった。



「燃えちゃったものは仕方ないよね」と管制室ではてへぺろしつつ、結局地球大炎上の件は見過ごされ――劫火に燃え上がる自分の村々を呆然と見つめる焼け出された満身創痍の人々の存在も看過され――『フェス』はつつがなく進行されることと相成った。






宮本伊織という災害・了