RINGO
2025-07-26 00:08:51
2119文字
Public 境界の灯
 

境界の灯2-3

初稿です

 追われる様に、エリオットは執務室から出て、帰路の途中で、いつものように体の主導権が変わった。
 ロウェルからエリオットの体の変化の数々を指摘されたモフモフは、そういうものだと思っていた、この切り替わりさえ恐怖に感じる。
 ――いつか、自分のせいでエリオットが消えてしまうんじゃないか?と。

 いつもの帰り道だ。
 あまり綺麗とは言えない舗装された道。
 木々は暗く生い茂り、辛うじてある数少ない魔石具の明かりが、その影を濃くしている。
 生ぬるく感じ始めた夜の風が、木々をざわめかせる。
 お前は、どこへいってもひとりなんだ。また一人になるんだ。と囁いている。
 奥歯を噛みしめ、息を荒げても、服の裾をきつく握りしめても、先の見えない道には、足音が一つだけ。


「昨日は大丈夫だった?」
 フィオナが、カーテンを開けて朝日を部屋に入れた。
「んん……。」
 エリオットは、その光で呻きながら、重く、腫れあがった目を開き始めた。
「急に入ってしまってごめんなさい。ノックをしても返事が無かったから……。」
 申し訳なさそうな彼女に、エリオットは首を横に振る。
「伝えなかった僕らが悪い。実は今日から3日間休みをもらったんだ。……少し、調子が悪くてね。」
「え?大丈夫?」
「うん、だからフィオナも離れた方が良いよ。大丈夫、待機期間が終われば良くなるから。」
 良くなっている筈だと、願うようにエリオットは言った。

 昨晩、いつもより遅くにエリオットは宿屋に帰宅した。
 食事処の接客をしていたフィオナに声をかけることもなく、そのままエリオットの部屋へ行ってしまったようだ。
 その、いつもとは違う行動に、なにか理由があるのだろうとフィオナは思う。
 しかし、「大丈夫」と言い切る彼に、それ以上言えることがあるとするのなら。
……分かった。困ったことがあったらいつでも言ってね。」
 ただ、それだけだった。
 フィオナは、気持ちを悟られないように笑う。
 朝食に作ったサンドイッチを置いて、エリオットの部屋を後にした。

 ベッドから降りたエリオットは、姿見の前へ椅子を移動させる。
(やっぱり目が腫れてる。)
 エリオットは顔を鏡に近づける。開きづらいと感じた原因は目ヤニだった。
……モフモフが泣いていた?いや、まさかね。)
 一息ついてから、少し行儀が悪いかもしれないと思いつつ、トレーを膝の上に置いた。
 サンドイッチを見ると、腹の虫がぐぅ、と情けない声を上げる。
 それに思わず笑いながら、エリオットは「いただきます」と手を合わせた。
 サンドイッチを両手に持つと、顔を鏡に向けた。
 ふぅ、と息を吐いて、口を開く。
「今日は凄く静かだけど、これからどうする?」
 すぐに返答はなかった。
 エリオットは、はしたない気もしたが食欲には勝てない。
 大きな口を開いて、サンドイッチを頬張る。
 おそらく昨日の夜は何も食べなかったのだろう。
 エリオットの体は唾液を出して喜んだ。
……悪かった。』
 咀嚼している音で、聞こえないほどの小さな声。
……?ごめん、なにか言った?』
 エリオットは、サンドイッチを飲み込んで聞き返した。
『俺の存在が、お前を蝕んでるとは思わなかった。……だから、悪かった。』
 いつもの覇気が全くなく、皮肉もないモフモフの声が聞こえる。
 それをモグモグと咀嚼しながら、エリオットは聞いていた。
『確かに昨日の事は驚いたし、正直怖いとも思ったけど……、謝るのは隊長がお見舞いに来た時でいいよ。それより原因は分かってるの?』
 切り替えの早さに、エリオットの顔を動かす程モフモフは怪訝な表情を浮かべる。
「ちょっと、せっかく作って貰ったご飯を食べているんだから、変な顔させないでくれる?」
 エリオットは、鏡に向かって文句を言った。
『あ、あぁ……悪い。』
(そういえば、エリオットは俺と出会ってすぐに自分ごと俺を殺そうとした奴だった。)
 モフモフの中で、エリオットは変な所で踏ん切りのつかない人間だと思っていた。
 だが、思い返せば出会った当初、踏ん切りのつかないどころか、ろくに話も聞かずに突っ走っていた。
 それを思い出して、モフモフは今、その認識を改めた。
『どうしてそんなに切り替えられる?お前は俺のせいで死ぬかもしれないんだぞ?』
 エリオットは、サンドイッチから落ちそうなレタスを唇で器用に引っ張り、もぐもぐと食べていた。
『でも、まだ死んでない。――ねぇモフモフ、君がこの間言ったんじゃないか。「人間は弱い。支え合わずにどうやって生きていくつもりなんだ」ってさ。』
 エリオットは、机の上に置いたコップに手を伸ばした。
 冷たい水が乾いた喉を潤す。
 コップから口を離すと、エリオットは鏡をまっすぐ見つめて、語り掛けた。
『君は今でも魔王のつもりかもしれないけど、僕の中に入った時点で今までと同じ振る舞いはできなくなった。そうでしょ?だから君も人間みたいなものなんだ。僕らは支え合わなければ、生きていけないよ?』
 
……ねぇ、フェンリル。これからの話をしよう?」