冬牙
2025-07-25 15:36:48
22121文字
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【スバイカ】晴天

※注意※
・メインストーリーや絆クエストのネタバレが多く含まれています。
・スバルのヤンデレ描写があります
・この作品はすべてゲーム本編とは関係のない捏造です。二次創作としてお楽しみください。
・スバル、イカルガ以外のキャラクターも登場します。
・なんでも許せる方向けです

上記をご確認の上、読み進めていただきますようよろしくお願いいたします。

秋の里、いつものように居酒屋ヤチヨで昼食を済ませたイカルガ。

「さて、午後も引き続き里周辺の警戒を
「イカルガさん!」
「おや、貴女は

 声をかけてきたのは、かつては黒竜の乗り手として敵対していたものの、今は里の復興のために日々奔走するカグヤだった。

「その、スバルと恋仲だというのは本当でしょうか?」
「えっ、えぇ。まあ」

 あまりに唐突な質問にイカルガは思わず素直に返事をしてしまった。イカルガはつい先日大地の舞手であるスバルと交際をはじめたばかりであった。

失礼ですが、なぜそのようなことを?いや、当然か。貴女はたしか、舞手とは幼馴染であり婚約者だったとか」

 イカルガからの問いにカグヤは素直に頷いた。

「ええ、たしかにスバルと私は幼馴染ですし、婚約者でもありました。ですが、それは昔のお話です。私が言いたいのはそういうことではなく
「では、どのような?」
その、スバルのほうから交際を提案されたのですよね?」
「えぇそうですね。それがなにか」
「そうですか

 カグヤはそれだけ答えると考え込むように顎に手をあて視線を落とした。イカルガはカグヤの意味深な態度が気にはなるものの、あまり長話をしてもいられないので、すぐにその場を立ち去ろうとする。

「もういいですか。私は仕事がありますので、これで」
「ま、待ってください!」
「まだなにか」
「イカルガさん。もしスバルのことでなにかあったら、いつでも私を頼ってくださいね」

 今までほとんど会話したことのないカグヤがなぜ急にそんなことを言うのか。イカルガはやはり婚約者だった人が別の人に好意を寄せることに思うことがあるのではないかと考えた。

「それはただのお節介ですか?」
そう、ですね。そうかもしれません。ですが、少しだけ、心配なんです。イカルガさんのことが」
私のことが?」
「はい

 カグヤはさっきからなにか言いたげにしているが、イカルガがそれを予測するにはあまりに情報が足りない。

「言いたいことがあるのならはっきりいってはどうです?私もあまり暇ではないのですよ」
「それはそうですよね。ごめんなさい。深い意味はなかったんです、引き止めてしまってすみません」

 そう言うとカグヤはお仕事、引き続き頑張ってくださいねと申し訳なさそうに笑った。彼女が口にしないことを選んだのならば、聞く必要のないことなのだろう。イカルガはそう判断した。

「どうも。貴女も舞手と同じように自身の体をかえりみないところがあるようなので、無理はしすぎないように。気をつけてください」
「それ、スバルから言われたのですか?もう、一緒にしないでください」

 それではまた、と軽く一礼をするとカグヤは小さく手を振ったあと、去っていくイカルガの背中を心配げに見つめて呟いた。

「なにもなければ良いのですけど。スバル

_________

 幼い頃。辺境にある小さな村で育ったスバルとカグヤは、毎日のように厳しい稽古に明け暮れていた。修行は辛く、時に逃げ出してしまいたいほどであった。
 そんなある日のこと。稽古のない日にカグヤはスバルと遊ぶために部屋を訪れようとしていた。事前に約束をしていなかったので、スバルを探して誘うつもりでいた。

「スバルー、外で遊びませんかあれ?」

 いつものように部屋の扉を開けると、そこにスバルの姿はない。すると、家の裏庭からかすかな物音がするのが聞こえ、カグヤは誘われるように裏庭のほうへ足を運んだ。

「スバル?そこにいるので……すか

 裏庭に続く扉を開けた先、目の前に広がっているのは血まみれの無残な動物の死体。そしてそこには、返り血で頬まで赤く染まったまま目の前の肉塊を無表情で見つめる幼馴染の姿がそこにあった。

「すばる?」

 スバルは狩人として相当な弓の腕前の持ち主であった。その彼が獲物を獲り、食べるために捌くことはごく当たり前のことであり、今までも何度か目にしたことがあった。
 しかし、カグヤは目の前の光景にそれとは違う違和感を強く覚える。

「な、なにをしているのですか……?」

 震える声で問いかけるカグヤの声に気づいたスバルが振り返る。

「ああ、カグヤか。偶然近くに野ウサギがいたから、獲ったんだよ。今日の晩御飯にしようと思って」

 声は普段となんら変わりない、いつも通りの彼のように思えたが、どこか重苦しい影を感じる。

「そそうですか。でも、それは、やりすぎなのでは」
「そうかな?うーん、たしかにそうかもね。あはは、これじゃ食べられないね」

 カグヤの問いにスバルは感情の薄い声で笑うとボロボロの肉塊を雑に放り投げた。普段のスバルからは想像できないその姿にカグヤは愕然とする。少なくとも村の人々に狩人としての教えを受けているはずのスバルにはあり得ない言動だった。

「スバル!?どうしてそんな命を粗末にするようなことを!」

 咄嗟に出たカグヤの言葉にスバルは見たこともない鋭い目つきでカグヤを睨みつけた。

カグヤもおばばたちみたいにオレを縛るの?」

 スバルの言葉にカグヤは思わず言葉を失う。

……え?」
「毎日毎日稽古稽古稽古一人でいるときくらい自由でいられると思ったのに。カグヤもオレを縛るんだね」

 よろりと鈍く動き出したスバルは手際よく道具を片付け始めると、頬についた血を拭い、次に振り返った時にはいつもの彼に戻っていた。

「さてこれから一緒に遊びにいくんだろ?」
「えっ?あ、はい!誘おうと思って
「わかった。すぐ準備してくるから、表で待ってて」

 スバルは見慣れた太陽のような笑顔で笑うと、カグヤは裏庭出て家の前に戻った。
 さっきみた光景はなんだったのだろう。そのときカグヤはまるで悪い夢でも見たような心地だったが、すぐにそれが夢ではないことが判明する。
 それからも度々カグヤの知らないスバルの一面が現れることがあった。そのどれも普段の彼からは考えられないような残虐で、無邪気なものだった。
 なぜ彼がそのような二面性を持ち合わせているのか最初はわからなかったが、それが次第に日々の厳しい稽古や環境による強いストレスが原因であるとカグヤは思うようになった。同じ状況に立たされているカグヤにもその気持ちがわからないわけではなかったからだ。私にも全部投げ出してしまいたいときはある。カグヤにはスバルを責めることも、止めることもできなかった。
 これはスバルにとって日々の辛い状況に耐えるための一種の救い、必要なことだと思うことでカグヤはそれを飲み込んだ。
 そうして月日が流れ、2人が一人前になっていくに連れスバルのもうひとつの顔は次第に姿を見せなくなっていった。カグヤが幼い頃にみた幼馴染の隠された本当の顔を忘れた頃、2人はもうすぐ旅たちの日を迎える。

「そういえばさ。オレたちって許嫁ってことで、いいんだよな」
「え、ええそうですね」

 すっかり一人前になり自主稽古をしていたスバルとカグヤは来たる旅立ちの日を前に別れが名残惜しいのかお互いの関係について改めて話していた。

「決められた婚約者か。まあ、他にこの村にオレたちくらいの歳の人もいないしな」
「それもそうですね。スバル」
「どうした?」

 カグヤはスバルに少し夢を見るようなまなざしでもしもの話をする。

「もし、許嫁として決められた相手ではなく心の底から運命だと思える人に巡り合えたとしたら、どうしたいですか?」
「あはは、なにそれ。恋愛小説の影響でも受けちゃったの?」

 真面目に問いかけたつもりが小馬鹿にされカグヤは顔を赤くした。

「わ、悪いですか!?いいじゃないですか、少しくらい夢を見たって。この村を出たら、そんな素敵な出会いもあるのかもしれないのですよ」
「まあ、世界は広いっていうしなあ。たしかに、そういう恋愛にも憧れがないわけじゃないけどカグヤって意外と乙女なんだな」
「私をなんだと思っているのですか?もうこんな歳なのに、恋愛経験もないなんて。はあ」
「まあ、もし見つからなかったらオレが拾ってあげるからさ」
「ちょっと、なんですかその言い方。貴方のほうこそ相手されなくても知りませんから!」
「おお、言うなあ」
「当たり前です。でも、せっかく村を出て外に行くんですから、ちょっとくらい期待したっていいでしょう?」
「まあ、それもそうだな。もし運命の人に巡り合えたらか、そうだなあ

 スバルがほんの一瞬考えた後、ポツリと呟いた言葉に青空を見上げていたカグヤはハッとスバルのほうを振り返る。

「ずぅっとオレだけのものにして、たくさん愛してあげたいな」

 雲一つない晴天に照らされた笑顔にはあの日見た暗い影が落ちているように見えた。

________

「お待たせしました」

 イカルガがカグヤと話して数日後。心地の良い風が吹き抜ける秋の里でスバルとイカルガはデートのために待ち合わせをしていた。

「まだ待ち合わせの時間ではありませんが。私のほうが早く来るつもりが、逆に待たせてしまいましたね」

 イカルガはこの日のために休暇をとっていたので、余裕をもって家を出て先に待っているつもりだった。しかし、待ち合わせ場所に行ってみるとそこには既にスバルがいたのだ。

「いいえ、大丈夫ですよ。楽しみすぎて、早く来すぎてしまったんです。イカルガさんにはやく会いたくて」
「そそう、ですか

 あまりにストレートな好意を向けられてしまい、イカルガは思わず顔を赤くして視線を逸らしてしまった。スバルはそれを見て愛らしい、と言わんばかりに嬉しそうな顔をする。

「こ、ここで立ち話をするものなんですし、行きましょうか!」
「はい。あ、イカルガさん」

 照れを隠すように先を急ごうとして呼び止められたイカルガが振り返ると、スバルはゆっくりと右手を差し出した。

「手、繋ぎませんか?」
い、いいですよ」
「やった!」

 イカルガは差し出された手をとる。すると、重ねた指をスバルが解けないように絡み付け、幸せそうに微笑んだ。

ふふ。オレ、幸せです」

 そのまま二人は里の外にある景色のよい高台まで歩いた。その場所からは紅葉で色付いた美しい風景が一望でき、スバルが旅の途中に偶然見つけ休憩によく利用したとっておきの絶景スポットだった。

「なんと美しい!それに風がとても心地よいですね」

 目の前の絶景に目を奪われるイカルガを少し離れて後ろから眺めていたスバルは満足げに笑った。

「貴方はこちらに来ないのですか?そこからではよく見えないでしょう」
「いいえ、よく見えますよ。本当に美しいです」
「そうですか。そうですよね」

 イカルガは再び前を向いてしばらく時間も忘れ景色をじっくり堪能した。この景色を眺めながらうまい飯を食べられたら、どんなに幸せだろうか。そんなことを考えていた。
 スバルの目線がイカルガだけに向けられているとも知らずに。

スバル。あの

 話しかけようと振り返ったその時、イカルガはスバルの両腕の中に包まれていた。

「ス、スバルっ!?」

 急に抱きしめられ身動きが取れなくなったイカルガは反射でスバルの体を押しのけようとするも、スバルはそれを許さず逃がしまいと肩に顔を埋めた。

「大好きですイカルガさん。初めて会った時から」
「スバル

 まだこういった行為に慣れていないイカルガはただ恥じらうことしかできず、戸惑っていると、スバルの言葉に一つの疑問が浮かんだ。スバルは以前にも同じことを口にしていたことがあった。告白された時は気が動転して聞きそびれてしまったものの、あの時も初めて会った時から、と口にしていたのをイカルガは思い出した。

「そ、そういえばあの時は気が動転して聞きそびれたのですが、その、初めて会った時というのは」
「初めて会った時ですよ。オレたちが春の里の夜に出会った、あの日です」

 2人が初めて会った時。それは月明りに照らされた夜のことだった。

「あの時から、ずっと。まだ名前も知らなかったあの日からずっと、イカルガさんと結ばれるのを夢見ていたんですよ」
「あの日から?なぜ。まだお互いのこともなにも知らなかったはずでは」

 イカルガの疑問にスバルは肩から顔をあげ、真っすぐにイカルガを見つめて答えた。

「一目惚れだったんです」

 スバルの言葉にイカルガは目を丸くした。その表情さえも愛おしいとでも言いたげなスバルの表情にイカルガはますます困惑する。
 一目惚れ?この私に?まだ正体もわからない、他人と距離をとって愛想笑いをしていた自分に一目惚れなど、随分物好きな人だとイカルガは思った。しかし、そんな疑問を吹き飛ばしてしまうほどのスバルの強い視線が向けられる。

「困惑してます?ふふ、かわいい」
「か、かわっ!?~っ!本当に物好きな人ですね!」

 イカルガはそう言うとスバルの体を無理やり引き剥がした。

「も、もういいでしょう。お腹が空きました。食事にしませんか」
「え~もう終わりですか?」
「夜間の厄介な魔物を相手にしたくはないでしょう。帰りますよ」
それもそうですね」

 スバルはまだ物足りないとでも言いたげであったが、2人は空が暗くなる前にさっさとイカルガの住居のある冬の里まで向かい、そこにある居酒屋で食事をすることにした。
 席に着くなりイカルガはメニューをみて浮かれた様子で注文を悩み始める。

「あれとこれと、あとそれも!」
「あれ、お2人とも?」
「カグヤ!」

 イカルガがあれやこれやと幸せそうに注文する様子をスバルが眺めていると、居酒屋の暖簾の隙間からカグヤが顔を覗かせていた。カグヤは2人から一つ席を空けて隣に座った。

「デートですか?」
「うん、偶然だね」
「ここのお店のお料理、おいしいですもんね」

 スバルがカグヤと談笑していると、注文を終えたイカルガがスバルにメニュー表を差し出す。

「貴方は注文しなくて良いのですか?私はもう決めましたよ」

 イカルガの言葉にスバルはカグヤとの談笑を中断してすぐにそちらを振り向く。

「イカルガさんはなにを頼んだんですか?」
「私は……おや、貴女は。失礼、なにを頼むか夢中になってしまい気づきませんでした。またお会いしましたね」

 イカルガの相変わらずな挨拶にカグヤはどうもと笑って返した。その時、スバルは自分を挟んで行われる会話を聴き洩らさなかった。
 また?またって、いつ?2人は特に接点がなかったはずじゃ。どうして。オレの知らないところで2人が会ってるのか?スバルの頭の中はそんな思考に支配された。
 スバルの心に小さな影が生まれる。ガタンッと物音がするとスバルは机に両手をつけて立ち上がりカグヤを見下ろしていた。物音にカグヤとイカルガがビクリと肩を小さく揺らす。

カグヤ。悪いけどいまは大切なデートの最中なんだ。はいってこないでくれるかな」

 明らかにいつもより低い声。イカルガからは見えないスバルの冷たい瞳には雨が降る前の曇天のような影が落ちているのがはっきりと見え、カグヤは目を見開いた。

「ぁ……、そっそう、ですよね。ごめんなさい、邪魔をしてしまって

 あの日の光景がフラッシュバックしたカグヤは思わず俯いて目を泳がせる。

「わ、私は別のお店を探します!お2人で楽しんでほしいですから!ではまた!」
「あ、ちょっと!」

 イカルガが引き留めようとするもカグヤはさっさとその場から去ってしまった。

私は別に、構わなかったのですが」

 イカルガが無理に気遣わせてしまったことにばつが悪い顔をしていると、スバルは慰めるようにその手に自らの手を重ね微笑む。

「大丈夫です。カグヤはオレの味方ですから。それに、イカルガさんとの時間を1秒でも大切にしたいんです」
「そ、そうですか

 それにしてもやりすぎではないかとイカルガは思ったが、そうしているうちに目の前に料理が出されると全ての思考が塗り替えられてしまった。

「はい、お待ちどおさま」
「わぁ!とっても美味しそうですね!お先にいただいても?」
「どうぞ。好きなだけ食べてください」

 イカルガはさっそく手を合わせいただきます、と料理を頬張りはじめた。スバルはただその様子を自身の注文した料理が出されたことに気づかないほどじっと見つめていた。

_______

 そうして何度目かのデートの約束の日、竜神社でスバルはデートのための身支度をしていた。その様子を見たスバルの相棒、モコロンが声をかける。

「相棒、今日はイカルガと逢引きだったっけ?お前も隅に置けないな~。今日はどこに行くんだ?」
「モコロンが知る必要はないよ」

 返ってきたのは感情の起伏のない即答だった。モコロンは相棒の態度にやれやれというように首を左右に振る。

「知る必要はないって。オイラ一応相棒なんだぞ?そのくらい教えてくれたっていいじゃないか」
「知ってどうするの」
「え」
「知って、どうするの」
「そりゃあどうもしないけどさ~気になるじゃんかよ」
「本当に?」
「ん?なにがだよ」
「本当に、それだけ?」

 モコロンは薄々感じ取っていた。ここ最近イカルガの話になるとなぜか相棒の様子がおかしいことに。そしてその違和感は、日に日に増していっているように感じた。いつもと違う、スバルの中に何かが潜んでいるような、そんな気配すらうっすらと感じるほどだった。しかしそれは、妖魔などの類ではないことはわかっていた。

「なあ、相棒。オイラのこと疑ってんのか?オイラは別にイカルガのことはなんとも思ってないって。オイラはただお前らがうまくいってんのか気になるだけだよ」
「そう。いってくる。ついてこないでね」

 スバルは身支度を済ませるとそのまま社を出ていった。明らかに様子のおかしい相棒の背中をモコロンはただ見送ることしかできなかった。

「相棒どうしちまったんだよ

_______

「イカルガさん、遅いな

 その日は約束の時間になってもイカルガはまだ現れなかった。スバルが秋の里の入り口付近で待っていると、そこに現れたのは待ち人ではなくツイランだった。

「すまない。少しいいだろうか。あなたの待ち人から伝言を頼まれている」
「ツイランさん?伝言ってイカルガさんから?どうして
「私の家がすぐそこなのでな。彼は早くに来て、あなたに急用ができたから約束の予定に行けなくなったと伝えてほしいと言ってきた」
「用事?なんの
「すまないが急いでいるようだったので詳しい内容は聞いていない。だが彼のことだから急な仕事の用事でもはいったのだろう。彼を責めないでやってほしい」
……
「ではたしかに伝えたぞ。私は仕事に戻る」

 淡々と用を伝えて家の中に戻っていくツイランの姿をぼうっと視界にとらえたまま、スバルは愛する人に会えると楽しみにしていたばかりにショックでその場から動かず俯いてしまった。オレより大事な用事ってなんなのだろう。そんな考えばかりがスバルの頭を支配した。
 イカルガさんに告白したあの日。初めて出会った時から運命を感じ、一度刃を交えて、仲間の一員となり、大地の舞手としての使命も終えて、里長として過ごしながらようやく彼だけを想いながら過ごせるようになり、はやる気持ちを抑えてできる限り慎重に、大好きな彼と想いが結ばれることだけを願いながら過ごし、ようやく、本当にようやく想いを伝えられたあの日。どんな返事が待っているのか期待と不安で眠れなかったあの日。今までどれだけの我慢をして今という幸せを手に入れたのか。スバルにとってそれは絶対に離したくない、誰にも渡したくないものだった。

「オレよりオレより大切な用事ってなんなんですかイカルガさん。オレは貴方だけが大切なのに

 たった一度、たった一度だけ約束を反故にされただけで、こうも胸が苦しいなんて。どうして、どうして。スバルは痛む胸を右手で抑え俯く。その胸の痛みはスバルにとって幼い頃の厳しい稽古より辛いもののように感じた。

 その時、スバルはあることに気づきハッとする。

本当に、本当に仕事の用事なのか?」

 スバルは先ほどのツイランの言葉を思い出す。

「そうだ、あれはツイランさんが言った憶測で本当に仕事の用事だとは限らないじゃないか。そうだ、確かめないと。イカルガさんの全てが知りたいんだ。イカルガさんを一番理解しているのはオレなんだ。オレだけがイカルガさんを支えられるんだ。そうだオレたちは」

 スバルは暗闇の中で一筋の光を見つけたように前を向く。

「運命で結ばれているんだ」

 その瞳に光は映っていなかった。

_______

「イカルガさん、ですか?」
「はい。今日どこかに急いで出掛けていく姿を見ませんでしたか?」

 それからすぐのこと、スバルは冬の里を訪れていた。彼の用事に関する手掛かりがなにか掴めるかもしれないからだ。スバルはこの里の様子を誰よりも見守っている冬の里の神、フブキを偶然見かけたので尋ねてみることにした。

「それなら見かけましたよ。数時間前でしょうか、たしかに急いでいるみたいでしたね」
「本当ですか!?一体どこに、誰かと一緒でしたか!?」
「すみません、どこに向かったかまでは。ですが、あの後ろ姿はたしか、カグヤさんと一緒でした」
……え」

 どうしてカグヤとイカルガさんが。カグヤは春の里に住んでいるはず。それなのにどうしてわざわざ2人で?

「スバルくん?」

 返事がないスバルを心配したフブキが顔を覗き込む。

「あっいえ、ありがとうございます」

 軽く会釈をしてスバルはすぐにその場を去った。自分との約束を断ってまでイカルガとカグヤが一緒にいる理由がスバルにはわからなかった。

「もしかして

 スバルの中に一つの疑問が浮かんだ。

「カグヤもイカルガさんのことが好きなのか?」

 オレの知らない間に2人が会ってる。オレの知らない間に2人が仲良くなってる。少し前までは話しているところも見たことがなかったのに。おかしい。オレがイカルガさんを好きだと知って横取りしようとしているのか?どうしてそんなことを。カグヤはオレの味方だと思っていたのに。信頼していたのに。どうして。どうして。
 疑問は確信に変わっていく。そうだ、きっとそうに違いない。スバルの中で黒い感情が渦巻いていった。

______

 一方その頃。冬の里の住人の子供が魔物に襲われていると聞きつけたイカルガは、カグヤと共に無事子供を救出して親の元へ戻ろうとしていた。

「貴女がいてくれて助かりました。私1人ではその子を庇いながら戦うのは困難だったでしょう。改めて礼を」
「いえ無事でよかったですね。早くご両親のところに連れて行ってあげましょう」
……
「イカルガさん?」

 何事もなく済んだにしては浮かない顔をしているイカルガをカグヤは心配した。

「実は今日、スバルと逢瀬の約束があったのです」
「えっ!?まさか先に行っててほしいって言ってたのって!」
「秋の里の入り口付近での待ち合わせだったので、家がすぐこそにあるカラクリに伝言を頼みに行っていたのです。何も言わずに約束を反故にはできませんから。しかし、人が襲われているというのにそれを見捨てるほど私は冷たい人間ではありません。昔の私なら、子供なら捨て置けば良いと言っていたと思いますが」
「イカルガさん
「私を変えてくれたのは他の誰でもない、スバルなのです。ですから、私には子供を見捨てて逢瀬に集中することなんてできません。彼との逢瀬であるのなら、尚のこと」
そう、ですね

 そうだ、スバルは本来そんな優しい、襲われている人がいるなら一目散に飛んでいってしまうような人だったとカグヤは思った。しかし最近の彼はどうだろうか。なにかに囚われたように周囲が見えなくなって、あの日見た影が日に日に彼を飲み込んでいっているような気がする。カグヤにはどうすることもできなかったスバルの中に潜む何かを
 イカルガにならば、優しい幼馴染を救うことができるのだろうか。

「冬の里が見えてきましたよ。おや、あれは」
「お母さん!」

 冬の里の入り口に我が子の無事を祈りながら待つ母親の姿がそこにはあった。母親に気づいた子供は嬉しそうに駆け寄りそのあたたかい胸に飛び込む。安心したように抱き合う親子の姿を見てよかったと呟くカグヤの瞳が、イカルガには慈愛に満ちた母のように感じた。

 親子は2人に感謝を伝え、手を繋ぎながら帰っていく様子を見送ったあと、2人は向き直った。

「一件落着ですね。あの、イカルガさん。今日私に会ったこと、スバルには

 カグヤがイカルガの方を振り返ったその時だった。少し離れた木の下、暗がりの影の中に見知った人影を見つける。

「ス……バル

 そこには静かにじっとこちらを睨みつけている幼馴染の姿があった。

「どうしてここにっ」
「どうしてカグヤがイカルガさんと一緒にいるのかな」

 木陰から前へ踏み出し、カグヤとイカルガの前にスバルが姿を現す。

「ぁぁっ

 カグヤは恐怖で言葉を失った。そこには優しい幼馴染の姿は何処にもない。そこにはいるのはただこちらを敵と見なし殺意に満ちたような眼差しを向ける、幼馴染の姿をした何かであった。

「スバル、私から説明をさせてください。貴方との逢瀬に向かおうとした時、里の子供が魔物に襲われていると救援要請があったのです。そこに彼女が偶然居合わせたもので私が一緒に来て欲しいと
「偶然?どうして偶然一緒に居たの?ねぇカグヤ、どうして偶然一緒に居たのかな」

 イカルガの言葉を聞いてもなお、スバルの鋭い視線はカグヤに突き刺さったままだった。カグヤは声を振り絞る。

「私はただ、ザザさんに頼んでいたものを受け取りに来ていただけでっ、本当に偶然なんです、信じてくださいっ!」
「ふぅん

 まるで氷のように冷たく、鋭い眼差し。あの日、形がわからないほど痛めつけられた野ウサギを血に染まった姿で見つめていたあの瞳にそっくりだった。スバルの様子がおかしいことにイカルガも違和感を覚える。

「貴方との大切な約束に行けなかったことは謝ります。本当に申し訳ございませんでした。ですが、子供が襲われているのを知って、見捨てることなどできなかったのです」
……

 スバルの返事はなかった。いつもなら明るい笑顔を見せてくれるはずのスバルが、まるで別人のように見えた。

「私は貴方が教えてくれたことを守りたかった。きっと貴方も、同じような状況に立たされたとき、一目散に救助に駆け付けたでしょう。ですから!」
「どうして来てくれなかったんですか」
……?」

 スバルから離された一言にその場の空気が凍り付き、イカルガは言葉を失った。

「楽しみにしていたんですよ。イカルガさんと二人で会えるって。この日のために会えない間どんな気持ちで過ごしたか。イカルガさんに会えることだけを生きがいに頑張ってきたのに。イカルガさんはオレよりカグヤを選ぶんですか」

 スバルはただ酷く嘆き泣かしむように瞳にうっすらと涙を浮かべ、イカルガの言葉はまるで届いていないようだった。

「ですから、彼女には偶然
「偶然ってなんですかっ!?」

 イカルガの言葉を遮るようにスバルが大声をあげた。イカルガとカグヤは驚きのあまり肩をビクリと跳ねさせ目を見開いた。

「オレは会いたくても会えないのに!!どうしてオレの知らないところで!知らないうちに会って、知らないうちに親しくなって!カグヤもイカルガさんのことが好きなんだろ!?なあ、そうなんだろっっ!?」
「ち、違う!私はただ、貴方を!」
「うるさいっ!オレのイカルガさんから離れろ!離れろよっ!!今すぐに!」
「スバル……っ、わかりました

 カグヤは瞳を涙で滲ませ俯いたままイカルガと距離をとるように離れた。すかさずスバルがイカルガをその場で強く抱き寄せる。豹変した恋人の様子に驚きでただ立ち尽くすことしかできずにいたイカルガが急に引き寄せられ、愛用している軍帽がパサリと地面に落ちた。恐怖でスバルの胸の中に収められた腕が震える。

「イカルガさん、もう大丈夫ですよ。もう

 スバルはただ愛おしそうにイカルガに囁く。もう大丈夫、大丈夫だと。まるで小さな子供をあやすように。それはイカルガに向けられた言葉なのか、はたまた自分自身か。イカルガにはわからなかった。ただわかることは、私が受け入れた人は最初からこんな人ではなかったということだ。

「帰りましょう、イカルガさん」
「え?」
「オレたちの家ですよ。ほら、行きましょう」

 イカルガに優しい微笑みを向けるスバルの声は異常なまでに酷く落ち着いていた。冬の里の入り口、目の前に自分の家があるというのに、スバルはイカルガを竜神社のほうへ腕をひいて歩いていく。おかしい。イカルガの頭の中はそんな思考で埋め尽くされているにも関わらず、同じくらいの恐怖が体を支配し、ただ従うことしかできなかった。

______

 竜神社につくと、そこには相棒の帰りを待っていたモコロンがいた。

「相棒!もう帰ったのか!あれ、イカルガも一緒なんだな」
「うん、今日から一緒に暮らすから」
「えぇっ!?」

 モコロンが驚きのあまり目を丸くする。イカルガもまた驚いた様子でスバルを見つめた。

「いや、それってプロポーズしたのか?」

 しかるべきタイミングでちゃんとスバルがプロポーズができるように裏でこそこそと準備をしていたモコロンにとってはあまりに衝撃の出来事だった。

「違うよ。でも、どうせいつかは一緒に暮らすんだから、早いほうがいいだろ?」

 いやそれはもうプロポーズだろ、とモコロンはツッコミたい気持ちもあったが、そんなことを言っている場合でもなさそうな状況だと察する。さきほどからスバルはずっとイカルガの腕を掴んだまま一切離そうとする様子がない。それに加え、イカルガの様子もおかしい。戸惑っているのか、助けを求めているような目線をずっとモコロンに向けていたのだ。しかし、なにも言葉を発しようとしない。様子のおかしいスバルを刺激しないようにしているのか?昔から2人はこんな関係じゃなかったはずだとモコロンは強い違和感を覚える。最初からこんな関係であったのなら、交際の後押しをするはずがないのだから。
 まさか、あの様子がおかしくなっちまった相棒に脅されて無理やり連れてこられたのか?それじゃあただの拉致じゃないか!なにやってんだよ相棒!モコロンは信じられない様子でスバルを見つめる。やはり明らかに普段の相棒と雰囲気が違う、まるで別人のようだとモコロンは思った。

「イカルガさん、今日から同じ布団で寝ましょうね。毎日毎日

 スバルは幸せそうに、じっとりと湿った声でイカルガに囁いた。殺されるかもしれない、そんな恐怖を感じたときのような悪寒がゾワリとイカルガの全身を襲った。

「ぁあの、さすがに大人の男二人が一つの布団はその、狭すぎるような
ダメですか?うーん、そうですねじゃあもう一つ用意しましょう。でもぴったりくっつけて寝たいです。ひと時も離れたくないですから」

 スバルは子犬のような無邪気な笑顔でイカルガと話している。このままスバルとイカルガを一緒にいさせていいのか。今スバルを止められるのは自分しかいない。そう考えたモコロンはどうにかしてスバルの気を収めようと試みる。モコロンはそっとスバルの耳元に近づいてイカルガには聞こえないように囁きかけた。

「なあ相棒、ちょっと焦りすぎなんじゃあないのか?今まで慎重にやってきたんだろ、ここまできて失敗してイカルガを失いたくないなら、もっと順序ってもんを踏んでいいんじゃあないか?」

 モコロンはスバルがイカルガに好意を寄せていたことを随分前から知っていた。ちゃんと相棒を注意深く見ていたモコロンなら、視線や些細な態度でわかったからだ。そして、後押ししてきた。告白する前から今までのデートもずっと見守ってきたのだ。そのたびに相談されることもあった。まだ自分を相棒だと思ってくれているのなら、この声が届くはずだ。

オレが焦っているように見えるのか、モコロン」
「あぁ、見えるぜ。忘れたのか?オマエが今までイカルガを手に入れるためにしてきた努力を。オイラはずっと見て来たんだ。オマエがアイツを一途に思ってきたこと。使命が終わるまでは気持ちを封印して、うまくやってきたじゃあないか。ほら、ちゃんとイカルガの顔を見ろ。今のオマエを心から信用しているように見えるのか?」
……

 スバルはモコロンの言葉に耳を傾けながらイカルガのほうをチラリと見る。イカルガはただ口を閉ざして居心地の悪そうな浮かない顔をしていた。とても幸せそうには見えない。

「オレ、間違えたのか?モコロン、オレはどうしたらいい?」
「さあな。それはオイラじゃなくてイカルガに聞くべきなんじゃあないか?オマエの恋人はオイラじゃなくてイカルガなんだろ」
うん」
「大丈夫、相棒ならうまくやれるって。オイラを信じろ」

 なにやらモコロンと話しているうちにスバルの様子が落ち着いてきたようだ。その様子にイカルガは少し安心したような顔を見せた。モコロンもそれを確認してイカルガにアイコンタクトをとってみせる。これで少なくともイカルガの味方であると伝わったはずだ。

「信じてるよ。モコロンがいなかったら、モコロンと旅に出なかったら、オレはイカルガさんに出会えなかった。だから、感謝してる
「おう。オイラはオマエらのこと、応援してるからな!とりあえずその腕離してやったらどうだ。窮屈そうだぞ?大丈夫、逃げやしないって」
「でも不安なんだ。離したら誰かにとられてしまうんじゃないかって」

 スバルはまるで小さな子供のような口ぶりで胸の内を明かした。お気に入りのオモチャをとられないか心配な子供のようにイカルガの腕をぎゅっと掴んで離さない。

「とられるって、誰にだよ?ここにはオマエの他にオイラしかいないぞ?心配しずぎだって。そんなに心配ならオイラが代わりに聞いてやろうじゃあないか」
「う、うん
「なあイカルガ」

 イカルガは急にモコロンに話しかけられびっくりする。

「は、はい
「オマエはその手を離してもどこかへ行ったりしないよな?」

 モコロンは目線で訴える。大丈夫、オマエを助けたいだけだ。だから今はオイラの言うことに従ってくれ。

行きません」

 イカルガの言葉にスバルは安心したような顔を見せた。

「じゃあ離してやってもいいんじゃあないか?なっ、相棒」
……うんわかった

 スバルはゆっくりと手を離した。よく見ると掴んだところが赤い痕になっている。痛かっただろうに、よく何も言わずに耐えたものだ。さすがは軍人といったところか。モコロンがそう思っているとすかさず離したはずの腕をスバルがもう一度掴んだ。

「おい相棒、せっかく離してやったのに!」
「ごめんなさいっ!イカルガさん、痛かったですよね?ごめんなさい、傷つけるつもりじゃなかったんです。ただ、怖くて、不安で。絶対に失いたくないんです。だから

 スバルはイカルガの手を優しく両手で包んでぽろぽろと涙をこぼしながら頭を下げ謝罪した。その様子は悪いことをしたあとに謝る子供のようであったが、同時に見知ったいつものスバルのように思えて、イカルガは慌てて釈明する。

「大丈夫です、大丈夫ですから!」
「イカルガさんオレっ」
貴方も知っているように、師を失った私には大切な人を失う不安も、辛さもわかります。ですから、貴方の気持ちもわかるんです。勝手にどこかに行ったりなんかしませんよ」
「イカルガさん
「私を、信じてください」

 イカルガはスバルをまっすぐに見つめた。その瞳に嘘偽りがないことをスバルに証明したかった。スバルは不意にイカルガをぎゅっと抱きしめる。今度は優しく包み込むように。

「信じてますオレ、イカルガさんのこと。ずっと、大好きです。愛していますっ」
「スバル

 イカルガもまた、今度はスバルの背中に腕を回して落ち着かせるように優しく撫でた。

私も、大好きですよ」

 しばらくそのまま抱き合ってお互いのぬくもりを感じていた。やれやれとなんとかなったことに心から安堵するモコロンに、イカルガは目線でありがとうと伝えた。モコロンはまったく手のかかるやつらだ。と満足気な表情を見せた。

______

 それからしばらくして、スバルを変に刺激しないためにもイカルガはすっかり竜神社に寝泊まりするようになってしまったものの、イカルガにはまだ気がかりなことがあった。

「どうしたイカルガ、悩み事か?もしかしてまたアイツが暴走
「いえ、今のところしばらくは落ち着いています。あれからは特になにもされていませんし。ただ」
「ただ?」
「どうしても気がかりなことがあるのです。ですが、私が直接接触するわけにも。申し訳ありませんがモコモコ、協力していただけないでしょうか」
「まあ、オイラにしてやれることならしてやってもいいぞ、なんだ?」
スバルの幼馴染、カグヤのことです」

 イカルガはどうしても心残りであった。カグヤと最後に会ったのはスバルとの逢瀬に行けなかったあの日。スバルはそのとき錯乱状態で一方的にカグヤを遠ざけ、それっきり彼女と会うことはなかった。いや、明確に言えばカグヤが私に会わないように極力避けていた。のほうが正しいとイカルガは感じた。

「彼女は、スバルのことについてなにか知っているようでした。私がスバルと交際をしていることを知った時、なにかを伝えようとしていたのです。それが、スバルの言動が急変する現象に関わる何かを事前に伝えようとしていたのではないのかと、私は踏んでいます。まだスバルの問題は完璧に解決したわけではありません。また誰かに迷惑をかけてしまうかもしれないそうなる前に、原因を知っておきたいのです」
「イカルガ。オマエ、アイツのことちゃんと考えてくれてるんだな。今まで散々な目に合ってるっていうのによ」
「スバルがいなければ師の仇を討つことができなかった。私はスバルに救われたのです。今度は、私が」

 モコロンは相変わらず真面目なやつだとため息をついた。

「オマエのそういうところに惹かれたのかもな、相棒は」
「さぁ、どうでしょう」
「オイラも、相棒がカグヤのことをかなり警戒してるのは知ってる。アイツはたぶん、まだカグヤもオマエのことが好きだと思い込んでる。カグヤとオマエが会ってるのを知ったら相棒はまた暴走しちまうかもしれない」
「ええ、その通りです。私も彼の前で彼女の話題は極力避けているのです。ですが、本当にこのままでいいのでしょうか。スバルはカグヤを、一度は供儀の宣誓札を使い、対価を払ってでも助けた存在のはず。それなのにこんな終わり方は

 イカルガは悲しそうに俯く。モコロンも同じ気持ちだと頷いた。

「そうだな。オイラも望んじゃいない。きっとスバルとカグヤだって同じはずだ。傷つけ合うために再会して、生き返らせたわけじゃないよな」
ええ。スバルのことを知るためにも、彼を救うためにも、カグヤが私に伝えようとしていたことが知りたい。私の代わりに、カグヤと接触していただけないでしょうか」
「そういうことなら任せておけ!ばっちりオイラが聞いてきてやるよ!けどさ」
「なんでしょう」
「もしできるならオマエだって直接聞きたいだろ。アイツに関わる重要なこと」
「それは
「オイラも考えてみるからさ、できそうならそん時は連れてってやるよ。オイラの背中に乗ればひとっ飛びだからな!」
恩に着ます、モコモコ」

______

「はぁ疲れた~。よいしょっと」

 スバルは朝早くから里人と畑仕事をしていた。春の里の畑には白い株がもうじき収穫の時期を迎えようとしていた。

「スバルさん、朝から働きづめでしょう。あとは俺たちがやっときますんで、あがってください」
「あはは。ありがとうございます、さすがに疲れましたね。それじゃあ言葉に甘えさせてもらいます」

 あとの作業を里人に任せ、一息つくために春の里の人気のない場所まで歩いた。風通しのよい場所で大きく息を吸い込んで吐き、そのままぼんやりと景色を眺めていた。
 イカルガさん、今頃なにをしているのかな。そんなことを考えていた時、背後から人の気配を感じる。振り返るとそこにいたのは、あの日を境に一度も顔の合わせることのなかった幼馴染、カグヤだった。

「ス、スバルっ」
「カグヤ!」

 カグヤは普段からよくその場所を利用していた。草花が風にさらさらと、波打つ音がとても心地よく、その音を聞いているだけで自然と心を落ち着かせてくれるのだ。

なんの用?」
「い、いえ。私はよく、ここを利用していたもので、それで
そう」

 会話はぎこちなかった。それでも、カグヤにはどうしてもスバルに尋ねておきたいことがあった。

「あのスバル」
「なに」

 カグヤは少しの沈黙の後、精一杯の勇気を振り絞って言葉にした。

「本当の貴方は、どれなのですか?」

 沈黙が流れる。長い沈黙だ。草花がさらさらとなる音だけがその場に響いた。

「それ、どういう意味?」

 スバルは冷笑するようにカグヤに質問を返した。それでもカグヤは負けじと話を続けた。

「覚えていますか、私たちが旅立つ前厳しい稽古や環境に耐えかねた貴方は、狩猟で捕まえた野ウサギをぐちゃぐちゃにして、残酷なことを。その時だけじゃない、その後も何度も見ているのです。私の知らないまるで別人のようになってしまった、貴方の姿を」

 スバルはなにも答えず、ただ黙って曇り空に似た瞳でカグヤを見据えている。

「貴方は一体誰なのですか?イカルガさんへの執着だって、私の知っているスバルはそんな人じゃない、誰かを傷つけてまで手に入れようとするような人じゃなかった!私を救ってくれたスバルは兄のように優しくて、私を、妹のように可愛がってくれて大切な幼馴染だったのに。どうして、どうしてなのですか?貴方がずっと昔からスバルの中に潜んでいたとしても、もうこれ以上スバルを飲み込まないで!返してください、私の大切な幼馴染を、返してっ!」

 俯いてこらえるようにしていたカグヤの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ、美しい水晶のようにきらきらと輝きながら地面に落ちていった。

ごめんね」

 スバルが小さく呟いた。その言葉にカグヤはハッと顔をあげる。

「ごめん、弱くて」
「スバル

 スバルはそう言ってくしゃりと笑った。カグヤの知っているスバルだ。そのはずなのだが、その中には影も潜んでいるように見えた。

全部、オレなんだよ」
「え?」
「オレ自身の弱さが生んだんだ。全部、オレのせいだよ」
「スバル
「酷いこと言ってごめん。不安にさせてごめん。傷つけてごめん。オレ怖かったんだ。オレだけ一人前になれなくて、カグヤに置いていかれたらどうしよう。白竜モコロンと契約して、大地の舞手になって立派に使命を果たせなかったら、みんなの期待を裏切ってしまったらどうしよう。失望されたらどうしよう。いつも、そんなことで頭がいっぱいだった。怖かった。期待に押しつぶされそうだった。誰にも相談できなかった」

 スバルにはたくさんの仲間がいる。そのはずなのに、スバルは心の底では誰も信用していなかった。いや、信用はしていたのかもしれない。それでも言えない、奥底にしまい込んだ悩みや不安をずっと抱えていたのだ。

「オレは最初からおかしかったのかもしれない。大地の舞手に相応しくなかったのかもしれない。けど、オレがやらなきゃいけなかったんだ。オレがやらなきゃ、この国が滅んでしまう。もしそうなったらみんながオレを指さして、お前のせいだって責められるかもしれない。オレは、みんなにとって希望でなくちゃいけなかったんだ」

 白竜と契約して大地の舞手としてこの国を背負うこと。その重荷は黒竜と契約し孤独な旅をしていたカグヤにはわかってやれないことであった。孤独な旅をしているのは自分だけだとカグヤは思っていた。しかし実際にはスバルもまた、孤独な旅をしていたのかもしれない。

「でも、イカルガさんと出会ってから変わったんだ。本当に最初は一目惚れだった。でも、使命のためにイカルガさんと本気で刃を交えたときは嫌いな戦いも殺し合いも楽しいって思えた。ここでこの人を殺してオレだけのものにできるならそれでいいとすら思った!イカルガさんがおいしそうにご飯を食べているところを見ているだけで悩み事なんて全部どうでもよくなった。ただ体力を回復させるためだけに食べていた食事ももっと楽しもうって思えるようになった!料理だってもっと頑張ろうって思えた。イカルガさんのことを考えている時だけは辛いことも苦しいことも、使命のことも、なにもかも忘れられたんだ。ただ偏に恋い焦がれて、もしイカルガさんと結ばれたらどうしよう、もし、全部投げ出してイカルガさんと二人で静かに暮らせたら。そんなことばかりが頭の中を支配して、オレは盲目的に恋をした。幸せだったんだ。本当に、本当に幸せだったんだ」

 スバルの瞳に涙が浮かぶ。それをこぼさまいとスバルはぎゅっと拳をにぎった。恋は人を狂わせるとはよく言ったものだが、スバルにとって、それは救いだった。

「だから、絶対に手放したくなかったんだ。絶対に実らせたかった。失うのがなによりも怖かった!オレの幸せを奪われたら、オレはこの先どう頑張っていけばいい!?なにを生きがいにすればいい!?みんなが幸せならそれでいいなんて、オレはそんなできた人間じゃない!!死ぬまで里長として、大地の舞手としてみんなの期待に応え続けなくちゃいけないのか!?だったら、オレのことは誰が救ってくれるんだよ!?オレだって人間だ、オレだって普通に生きて、普通に恋がしたいよ、普通に幸せになりたかっただけなのにっ!!」

 堪えきれなった大粒の涙がぼろぼろと頬を伝って落ちていく。顔をぐしゃぐしゃにして心の奥底にしまいこんできたものを一気に吐き出す姿は大地の舞手としての彼ではない。カグヤが兄のように慕っていた幼馴染の姿でもない。

 ただの1人の人間だった。

「それが本当の貴方なのですね」

 カグヤがそう声をかけようとしたその時先にその言葉を発したのは、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるイカルガだった。隣にはモコロンが並んでいる。

「イカルガさん!モコロンまでっ!?いつからそこにっ」

 驚きのあまり咄嗟に慌てて涙でぐしゃぐしゃになったみっともない顔を腕で拭うように隠しスバルは問いかけると、イカルガがスバルの目の前までやってきて涙で濡れた腕をそっとおろさせ、空いたほうの手でスバルの涙を優しく拭った。

「少し、前から。お2人の会話を盗み聞きしてしまってすみません」

 イカルガに優しく触れられ、スバルは頬を耳まで赤く染めて両腕でまた顔を覆ってしまった。両腕の隙間から先ほどと同じくらいの涙がぼろぼろと零れ落ちるのが見える。カグヤとモコロンはその様子をただ静かに見守っていた。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ、軽蔑、しましたよねっ。オレ、貴方によく見られたくてっ、そのためなら、命だって、国だって救ってやるって、貴方が振り向いてくれるなら、自分の立場だって、なんだって利用してやるって!っ、うぅっ、うっ!」

 イカルガはスバルを優しく包み込むように抱きしめた。前にスバルがしてくれたように。そして優しい声でゆっくりと言葉を投げかける。

「わかっています、わかっていますとも」

 愛しくてたまらない人に包み込まれあたたかな温もりを感じる。縋りつくようにスバルはイカルガの背中に腕を回し、その愛しい肩に顔を埋め子供のように泣きじゃくった。

だから、私は貴方を責めなかった。責めることができなかったのです。貴方が私に向けてくれたものはいつも、本物だった。私が師匠の仇を討てたのも、弔うことができたのも、全て貴方のおかげなのです。たとえそれが私を手中に収めるためだったとしても、他の者にはそうでなかったとしても、私に向けた貴方の気持ちは本物だった。いつもまっすぐで、無邪気で、真剣だった」

 イカルガは嗚咽を繰り返すスバルの背中を優しく撫でるようにさすり、ただ優しい声で語りかけ続ける。この言葉を一言一句聞き洩らしまいとスバルの抱きしめる腕により一層力がはいる。

「私は貴方に救われたのです。貴方が私に救われたように。私を孤独から救ってくれたのは、貴方なのですよ。スバル」
「うっうぅっ、イカルガさんイカルガさんっ!」
「大丈夫、もう私は貴方を拒んだりはしません。どんなにみっともなくても、弱くても。過ちを犯した過去の自分を忌み嫌うばかりに子供が嫌いだと無責任に遠ざけ捨て置き、貴方を騙してでも1人で仇をとろうと己の能力を奢り、最終的には貴方まで危険にさらした。貴方がいなければ師の仇うちすらできやしない。そんな弱く、みっともない私を受け入れてくれたのは他でもない、スバルではありませんか」

 イカルガはそう言うとスバルの体を起こすように少し離して、涙で赤くはれた顔を見つめて優しく微笑んだ。

「そんな貴方を、どうして拒むことができましょう」

 イカルガの言葉にスバルはまた涙で視界を滲ませる。

「イカルガさん
「私を変えたのは貴方です。貴方のおかげで変われたのです。周囲から驚かれるほど。ならば私も、私にも、貴方を変えることができますか。貴方が変わりたいと望むのであれば、私にそれを成すことができますか」

 イカルガは真剣な眼差しでスバルを見つめる。その瞳には、貴方を救いたい。そんな強い意思が宿っていた。スバルがいつも真っすぐイカルガを見つめていたように、イカルガはスバルをまっすぐ見つめた。

オレを変えられるのはっ、救えるのはっ、世界でただ一人、貴方だけですっ。イカルガさん、愛していますこの先どんなことがあっても、それだけは絶対に変えられませんっ!でも、もし、変われるのなら変わることで、貴方と一緒にいられるのならっ、変わりたい、オレは、変わりたいです!」

 アズマの国に平和が訪れたとしても、まだこの先には大地の舞手としての試練が待っているかもしれない。それでも運命を変えることができないのなら、せめて愛しい貴方の隣にいられますように。健やかなるときも病めるときも、共にいられますように。それは大地の舞手としてではない、1人の人間としての小さな願いだ。そしてその小さな願いに愛しい人が応えてくれることは、他の何事にも代え難い幸福だ。

「情けなくて、みっともない者同士。変わっていきましょう。共に、いつまでも」
「はいっ」
「愛しています、スバル」
「愛しています、イカルガさん!」

 2人は初めて口づけを交わした。優しくて甘い、幸福に満ちたものだった。口づけを交わしたあとに二人は額をつけてくすくす笑いあった。その様子をカグヤは涙を浮かべて幸せそうに、モコロンはやれやれといったように眺めていた。
 雲一つない晴天に照らされた笑顔は雨上がりの晴天のような眩しい輝きに満ちていた。

_______

 後日、スバルとイカルガの2人はモコロンに連れられ縁結び神社へと向かった。スバルはそこで手紙を綴り、紅梅の枝に取り付け、イカルガに渡す。

「その枝は?」
「これは、紅梅の枝といって、意中の人に宛てた手紙を結んで渡すんです」
「なるほどつまり、恋文、ですか」
というものなんですけど、すみません、イカルガさんへの思いの丈を綴っていたら、とてもここには収まり切らず。ざっとあと十枚くらいはあるんですけど、全部読んでいただけますか」
「な、長いですね!?そんなとてつもない量をこの短時間で書いてきたのですか!?」

 イカルガは思わず驚きの声を上げた。たった数十分しか経っていないのに!?と言わんばかりに目を丸くするイカルガにスバルは申し訳なさそうに苦笑いをする。

「す、すみません。イカルガさんのことが好きすぎて、本当に全部書いていたら日が暮れてしまうと思って。あ、それで全部じゃないんですよ!オレの気持ちはそんなものじゃなくって、本当にもっと書きたいことがいっぱいあって!」
「わ、わかりました。わかりましたから!全く、貴方という人は相変わらずですね。ですが書ききれなかった分は、貴方の口から直接お聞かせ願えますか」
!はいっ、もちろんです!その前に
「まだなにかあるのですか?」
「イカルガさん」

 スバルはイカルガに改めて向き直り、曇り一つない輝きに満ちた瞳でまっすぐ見つめた。

「俺と、結婚してください」
はい。結婚してください」
「もう、なんで同じことを言うんですか」
「わ、私だっていいたいじゃないですか!」

 2人は無事に結婚し、生涯寄り添い幸せに暮らした。

*END*