シノハラ
2025-07-25 12:25:20
6788文字
Public 戦パ
 

戦パがスクリューガムに駒にされてる話

コラボ読書感想文

 ピノコニーでの騒動――大きな変革があった直後でもあるせいでそんなものはいくらでもあるのだが――の件で初めにあったのはスクリューガムからの連絡だった。依頼主と調査対象の話をされた上で協力を求められたものの、検討以前に単純に忙しくて断った。階差宇宙でのアプローチを思えばしばらくごねられるかと思ったが、ならば仕方がないと案外あっさりと引き下がられたのが印象に残っている。
 次にあったのはアベンチュリンからのメッセージである。どうやら彼は聖杯戦争とやらに参加するらしいが、聖杯の機能そのものは気に食わないらしく文句が綴られていた。つらつらと続いたそれを見て思わず辞退を勧めたところ、仕事なのだと一蹴されてしまった。上から数えた方が早い地位にいるくせに仕事を選別しないのは、彼の悪点の一つである。
 アベンチュリン曰く、直接の参加は不要なものの、状況に合わせた意見が欲しいとのことだった。スクリューガムが調査するからには願望機とやらが全くの紛い物でないと推測は可能だが、人の望みを叶えるためには相応の対価が必要になると考えるのが無難だろう。
 そんな厄介な物を望む必要もなかろうと眉を顰めると、そこを目的にしていないのが今回の仕事の良いところだとアベンチュリンは笑って見せた。そこに集まったものの叶わなかった願いと強い執着を持つ参加者が重要なのだという彼の説明には納得したが、端的に面倒そうだったので断った。本来の仕事であればアポリの電子署名付きで指示が降りてくるだろうから、アベンチュリンもそれ以上強くは出られなかったらしい。
 最後は星穹列車のナナシビトである。聖杯戦争の告知サイトのURLを張り付けて知っているかとレイシオに尋ねたまま音信不通になり、後日直後にそれどころでなくなってしまったとの旨と簡単な謝罪があった。どうやら、メッセージを送った直後に聖杯戦争とやらが始まってしまったらしい。
 かくして、興行として執り行われた聖杯戦争はレイシオに知らぬところで幕を下ろした。その記録をドキュメンタリーとして編集した映画が公開され、大学で話題が持ちきりになる頃に再度アベンチュリンから話をしたいと連絡があった。議題としては『最近どう?』以上のものではないのだが、直接の仕事には関係はないがビジネスとしてはそこそこ重要なコミュニケーションである、というのがアベンチュリンの言である。
「やあ、聖杯戦争の映画は見てくれた?」
「まだだが、Mr.レックの作品だからどこかで時間を作って見るつもりだ。君は試写会くらいは参加しているだろう。十点満点中何点だった?」
「うーん、自分が出演しているとなると結構採点が難しいんだよね……
 話題に合わせてみたのか、アベンチュリンが液晶画面の向こうで芝居がかった仕草で腕を組んで唸って見せる。たしかに彼の悩む通り、レイシオも自分を題材にしたドキュメンタリー番組を採点しろと言われても困ってしまうだろう。
 何せ、作り手が怪しいならともかく、Mr.レックの作品なのだから大きく事実が湾曲されることも必要以上にプライバシーに立ち入られる事もないはずだ。しかしそれが自分の体験として正しいかと言うと話は変わってくる上に、主観と言うものはいつだって評価の質を下げてくる。そんな状況で的確な評価をできると豪語できる者がいるならば、その人物の能力は疑ってかかるのが無難だろう。
「それにしても、君もついに文字通り舞台に上がって役者になったわけだ。いっそそちらで一旗揚げた方が幾分か健全そうにも思えるが」
 あまり意味のなさそうな採点をさせるのは止めることにして、レイシオはアベンチュリンに別の話題を投げかける。芸能の世界が健全で平穏とはこれっぽっちも思わないが、今の彼が作り上げて勝手に上がっている人生とか言う舞台と比べれば幾分かましだろう。
「作品も見ないでそんなこと言っていいのかい? でも監督は僕の事を随分と格好良く仕上げてくれたみたいだ。そのおかげでSNSのフォロワーが随分と増えた。僕が――いやここはネタバレになるかな。君ってそういうのは気にする方?」
「ドキュメンタリーにネタバレも何もないだろう」
 聖杯戦争の内容は誰もが知っているものではないので、アベンチュリンの懸念の通りネタバレ要素がないとも言えないのだろう。ただ、ミステリーの類であればともかく、実際に起きた出来事に対してネタバレがどうだのという気持ちは湧かなかった。
「はは、確かにそうかも。ええと、作中で僕がB級映画をそこそこ見るって話題が出るからおすすめ情報を色んな人がくれてね、良かったら今度一緒に見ないかい?」
……上振れして評価を得た作品なら一考する」
 ほとんど条件反射で眉を顰めてから、レイシオは条件付きで実現するかどうかも怪しいアベンチュリンの誘いを受けることにする。資金が少なかったり制作期間が短かったりするからと言って、全ての作品の出来が悪いわけではないのだ。もちろん、一分一秒を費やすのも惜しい作品だらけであるのも事実だが、映画が趣味とも言えないレイシオでも映画史に名を残すB級映画があることくらい知っている。
「創意工夫部分が大当たりしている作品も良いよね。ぎりぎりのリソースの中でどれだけ自分のやりたいことができるかを突き詰めて実現するのって、ダイレクトに天性の才能に関わる部分じゃないかな? これは僕の仕事にも繋がる部分だと個人的に思っていて、共感を覚えることもあるくらいだ。彼らからすれば環境も資金も違うとは言われてしまうだろうけど」
「も?」
「どんなものにも味わい方ってものがあるとは思わないかい? おっと、今日は君を映画に誘うのが本題ってわけでもないんだ」
 なんだか不安になる事ばかりを言いながら、アベンチュリンは半ば強引に話題を打ち切ろうとする。レイシオとしても深掘りしたところでろくな事にならなさそうなテーマである認識なので、彼の会話の制御に従ってやることにした。
「そもそもなんだけど、聖杯って本当に願いを叶えてくれるものだったのかな。ジェイドは似たような事をしてくれるけど、あれだって魔法の類じゃない。今回は夢境だからそうはならなかったはずだけど、たとえば聖杯戦争って儀式で六人の命が失われたとしても、たったそれっぽっちの代償で条件をつけずに願いを叶えてくれるんだろうか」
 どうやら、彼らは誰一人として聖杯に願いを叶えてもらわなかったらしい。物語のクライマックスとしてはやや盛り上がりに欠けるものの、ノンフィクションである限り彼の語り口から垣間見える結末に行き着くのが妥当ではあるだろう。事実が暴かれた夢の星ピノコニーで概念上でも死者が出てしまっては、さすがに即封切りとは行くまい。
「残念だが、現時点で僕は君の疑問に対する答えを持たない」
「まあそうなるか……結局聖杯の能力を無効化してしまって、疑似的に聖杯戦争を再現できるようにした物が暉長石号に贈られたらしいけど」
 適当に憶測の話をするのも可能だったが、答えに当たる伝手もあるにはあるので中途半端な情報は出さない事にした。再び彼の喉を震わせた悩まし気な声は先ほどのそれよりか芝居っぽさは抜けている。
「なるほど、結局そういう扱いになったのか。なかなかに良い使い道だ」
……随分と含みのある言い方だね?」
「教えてやろう。君が今日僕に連絡を入れて、聖杯戦争の話題を持ち出した事自体、オーディの期待していた状況だ」
 レイシオの指摘を受けて少しばかり細待った目に微かな剣呑さが混ざって、思わず小さく笑ってしまう。アベンチュリンには天性と言ってもいい商才と不断の努力の才があるものの、経験値の面で言えばまだまだ青二才であるのだ。とはいえレイシオもビジネスが本職ではないので、彼を笑えるほどの腕前があるわけでもないのだが。
「あれはオーディが所有し、彼がスクリューガムに解析を依頼した物だ。その解析結果によって、今後の扱いが変わってくると聞いていた」
「どうしてそれを君が?」
「事が起こる前にスクリューガムから協力の要請があった。僕が返答をする前から随分と安直な情報開示があったから不可解には思っていたんだが、最初から僕を駒にするつもりだったのなら納得だ。アベンチュリン、もう一度聖杯がどうなったか説明してくれるだろうか」
 一瞬、アベンチュリンはレイシオの話を聞き続けるか迷ったようだった。当然ながら、ピノコニーを象徴する飛空艇のホールを借りて個人的な実験を続けているオムニックの王をスターピースカンパニーが何とも思っていないはずがない。故に彼の動向の情報は聞けるに越したことはないと言うのがカンパニーの社員であるアベンチュリンの考えではあるだろう。
 ただ、今日はそんな話を聞くつもりではこれっぽっちもなかったのだ、とでも言いたげに彼の口角が下がったのを液晶画面は克明に描画してくれる。その上アベンチュリンが聞かなかった事にしたとしても、オーディとスクリューガムがこの事実をカンパニーに知らしめたいのであればいずれ誰かの耳に入る情報であるのは明らかだった。
 別に今でなくったって構いはしない。その事実が彼の腰をより重くしているのだろう。
「ええと、『聖杯戦争の騒動への賠償としてオーディは能力を無力化した上で疑似的に聖杯戦争を再現できるようにした聖杯をナナシビトに送った。ナナシビトはそれを受け取って、今は暉長石号に飾られている』」
 それでも上級幹部に名を連ねている彼は仕事に対して不誠実にはなれなかったらしく、小さく息を吐いてからアベンチュリンは口上を述べ始めた。一通り必要な情報が入った台詞が終わるのを待ってからレイシオはアベンチュリンを労い、自分の台詞を口にすることにする。
「ありがとう。そうして僕がこう言うわけだ。『ああ、それはスクリューガムの仕事だな。どうやらあのじゃじゃ馬も彼の手が入った物と聞いてしまっては飛空艇の船首でバランスゲームをして落とすこともできず、オーディの謝罪を受け入れ一応でも和解する事にしたらしい』」
 こうは言いながらも、自分の発言が正確に事実を伝えている認識はレイシオにもなかった。あのナナシビトは大事を適切に大事として扱わないきらいがあるので、そもそもオーディに対してそれほど不快感も抱いていない可能性の方がずっと高い。レイシオの推測が正しければ、深く考えずにもらえるものならもらっておこうくらいの判断だったのだろう。
 けれど、あの子供の気質を知らない外野から見れば、聖杯戦争に巻き込まれたナナシビトが寛大にもオーディを許したようにしか思えないはずだ。そして、騒動の中心にあった聖杯がピノコニーから星穹列車に贈られた暉長石号に飾られることで、友好を示すアイコンとして機能する。
……『つまり、君の言葉を信じるならスクリュー星の王様は僕らに秘密でお喋りできるくらいにルーサン家とも繋がりがあるって事かい? あんな所に趣味のおもちゃを置いてるんだから、オーク家とは少なくとも先代から浅からぬ縁なんだろうけど。その癖調和セレモニーには顔も見せなかったし、ちょーっと良くない意図を感じちゃうな』」
 ふいとレイシオから視線を外している間に自身の台詞を組み立てたらしいアベンチュリンがすぐに顔を上げて、最後に少々不快感を滲ませながら眉根を微かに寄せて見せる。彼の口から紡がれたカンパニーの意思はレイシオが想定したものから大きく外れる事はなく、加点を与えてやれば今はそれどころではないとばかりの視線を寄越される。
「『ああ、君達の長期的な対ピノコニー戦略を検討するにあたって、スクリューガムの個人的な交流の動機は推察するに値するだろう。また、星穹列車のナナシビト達にとって、有事において君達が天秤で量るだけの価値があるかも留意が必要だ』」
 ちくちくした視線をくすぐったく感じながらも、レイシオは既に用意していた台詞を改変せずに諳んじてやる。とはいえ既にアベンチュリンも想定していた内容だったらしく、彼は小さく溜め息を漏らしただけだった。
「なるほどね。お金の話だけじゃなくて、僕らが聖杯戦争に関わる前からそういう方面の仕込みもあったってわけだ」
「ピノコニーと無機生命体の象徴に等しい天才、加えてナナシビトの関係性の強化。無論君達にも当面の餌は撒かれたが、聖杯とやらが本来の形で連続使用できなくなった今、この観点の重要度は随分と高まっただろう。これは一杯食わされたかもしれないな」
 おそらく、かの天才はこの結末をある程度見越して聖杯に早期から関わり、最終的に危険な能力を排除したのだろう。そうでなくては単に欲望を掻き集める杯に関わっただけとなり、やや外聞が悪くなるはずだ。スクリューガムにも好奇心を根源にした行動はありはするが、外交を日常とする彼からすればオーディの理想のままでは悪手と判断して関わらなかった可能性が高い。
「まったく……つもる土産話はあったけど、今日はここでおしまいにしなきゃ。それじゃあまた」
「ああ、また」
 件の映画でもきっちりと仕事をし、その中からいくらでも話したいことがあったのだろう。そう分かるような名残惜しさを思わせる表情でアベンチュリンがひらりと手を振るので、レイシオは近いうちにあるだろう通話の打診ごと相槌一つで了解した。
 それからすぐにぷつんと切れてしまった通話のウィンドウを閉じて、レイシオはすぐにスクリューガムに通話を繋ぐ。彼であれば相当な公務でもない限り他所事をしながら音声データを作成して通話に流し込むことくらい朝飯前のため、最近ではスクリューガムの都合を気にすることもなくなった。
「いかがいたしましたか?」
「今少し構わないか? 少々謝罪をしておく必要がある」
 きっちり三回呼び出し音を鳴らしてから、スクリューガムが通話に応じた。構わないから会話できているのは承知の上で問いかけると、もちろんと快諾した後に続きを促される。
「聖杯とやらの解析の依頼が来た時に君から貰った情報をカンパニーに漏らしてしまった」
「おや、そうでしたか。ですが、私も明確に口止めをしていなかった点は反省をすべきです。これでおあいことさせてください」
 さして反省しているとも思えないレイシオの説明を聞いたスクリューガムは普段と変わらない調子で、大事でもないとでも言いたげに返事を寄越した。元々レイシオ経由で漏洩するつもりだった情報なのだから、当然と言えば当然なのだろうが。
「ご用件はそれだけでしょうか?」
「ああ、僕が言っておきたいのはそれだけだ」
「ご丁寧にありがとうございます。ところで、最近耳に挟んだ興味深い話があるのですが、資料をお送りしてもよろしいでしょうか? 推測:近々の論文の内容を鑑みればレイシオさんにも有用な内容かと」
「ほお? 君がそこまで言うなら期待してしまうな」
 どうやらスクリューガムの期待通りに動いた報酬があるらしく、レイシオは少し語尾を上げて言外に彼の申し出を受け入れた。スターピースカンパニーや博識学会ならともかくスクリューガムが選別した情報であれば、レイシオの需要を外すなんてことは早々ないだろう。
 それでは後ほどと話題を締めてから、スクリューガムが別れの言葉を紡ぐ。アベンチュリンにしたように簡単な相槌でそれに応えた後に、レイシオは通信を切断した。
 切断処理が完了するかどうかのタイミングで大学で使用しているメールボックスから通知が来たので、おそらく彼が資料を送りつけてくれたのだろう。通知をタップしてメールを開くとお得意の詩的な挨拶から始まり、それとは対照的に資料の概要が端的に記述されていた。
 なるほどたしかに彼の言う通り、レイシオの興味を十二分に惹き付けられる論文であるらしい。このまま流し読みをするには惜しい内容に思われて、レイシオは今日最後のコーヒーを用意するために席を立つ。
 スクリューガムが何を意図してピノコニーの重鎮や星穹列車のナナシビトとの繋がりを誇張しているかはある程度予想がつくものの、今のところ全て憶測の域を出るものではない。そして当然ながら芽吹く機会もない仕込みである可能性も重々にあるため、レイシオが答えを知る日は来ないと考えておいた方が無難だろう。
 彼に直接尋ねれば回答があるかもしれないが、あくまでも非公式の範囲でどうこうしているところに自分から首を突っ込むつもりは今のところ毛頭なかった。全く好奇心がないと言えば嘘になるものの、学者の本分を忘れ政治に執心するような野心はレイシオにはこれっぽっちもないのだから。