かにぴ
2025-07-25 09:44:08
3263文字
Public
 

『あかり教』会報誌【ともしびのつどい】より

こんにちは、編集部の山本です!
今回は京都府在住のBさんから届いた、胸に迫る体験談をご紹介します。
ご家庭に灯った小さな《あかり》は、たしかに奇跡のような光だったかもしれません。けれどそれ以上に――
壊れかけた時間のなかで、お互いを信じ、赦し合い、歩み寄ろうとしたBさんご一家の“想い”こそが、なにより眩しく輝いていたのだと、私は思います。

《あかり》は、魔法ではありません。ただ、誰かの一歩を照らすために、今日もそっと瞬いています。
どうかこのお話が、あなたやあなたの大切な人の心にも、優しく光を灯しますように。


 男に生まれてよかった!

 殴られても蹴られても、丈夫だった。泣かなくてえらい、黙っててえらい、耐えてえらい。男だから。そういうもんだって思えば楽だった。骨が折れても黙ってた。心は見えないから、無傷ってことにできた。そうしてきた。そうやって、生きてきた。

 気づかれなければ、なかったことになる。身体を丸めて黙っていれば、そのうち傷は消える。誰も心配なんてしないし、しなくて済むように見せるのがうまくなった。そう見せるしかなかった。

 だから、男でよかった。壊れにくくて、鈍くて、黙っていても許された。  
 そういうふうにできていたから、ここまでこれた。ここまで、これてしまった。

 ──────じゃあ、二人は女だからえらくないのか?

 荒れ果てた部屋の隅で、娘を抱きしめて震える妻が、悪いのか。
 怯えた目で、俺を見る娘が。俺のことを、怖いと思ってしまったあの子が。  女だから、俺みたいに丈夫じゃないから、悪いのか?

 ……違う。そんなはずはない。けど、そう思おうとした。そう思えば、ほんの少しだけ、楽になる気がした。

 酒を飲んでいた。今日も、また。
 飲まなきゃやっていられない。声が大きくなるのも、壁に手をぶつけるのも、乱暴な音を立ててしまうのも、全部、酒のせい。酒さえなければと、思っていた。そういうことに、していた。

 俺は親父と違う。
 あいつみたいに、怒鳴り散らして手を上げたりなんか──……違わない。

 あの頃の自分が見上げた「親父」の姿が、そこにある。拳を握りしめる音、皿が砕ける音、唇を噛んで耐える母の横顔。今、目の前にあるものと、変わらない。

 俺は、あいつの背中に、もう追いついている。  知らないうちに、そっくりになっていた。

 どうして、こうなったんだ。愛してるから結婚した。
 愛してるから幸せにすると誓った。親父みたいにならないと、心から思ってた。あんな大人には、絶対にならないと願ってた。

 でも今、妻は俺の怒鳴り声に肩をすくめる。娘は俺を、恐れている。

 俺は、もう、なにかを壊してしまっている。

 どうして逃げきれなかったんだ。逃げたはずだったのに。逃げきれたはずだったのに。気づけば同じ場所に立っていた。

 親父がいたあの地獄の真ん中に、自分がいる。化け物がいる。




 酒が抜けて全身が震える。頭が痛い。視界がぼやけて、現実に吐き気がする。今のうちだ。今しかない。這いずるように部屋を出た。

 汚い家だ。俺が暴れたせいで。床には割れたガラス片と、足跡のついたままのぬいぐるみが落ちていた。

 妻が気に入っていた薔薇のアーチが、庭で枯れていた。
 いつだったか俺が壊したトールペイントのウェルカムボードが、捨てられずに隠すように置かれている。
 あれはこの家を買った時に、妻と娘が一緒に作ったものだった。

 ああ、上手に出来ているな。色の選び方が上手い。売れるレベルだ。
 その記憶を思い出せるだけの理性は、まだあった。

 吐き気がする。おぞましい。この俺が、今の俺だけが、まともなんだ。
 化け物が来る前に、化け物を退治しなくてはいけない。

 大切な家族を守る為に、俺が化け物を殺さなければ──!!!







「パパ? どこいくの。あのね、いいものもらってきたの。学校で流行っててね、パパにあげようと思ってね」

 いつの間に立っていたのか。小さな足音も、泣き声も立てずに、そこにいた。
 ラベンダー色のランドセルを足元に置いて駆け寄る娘の手の中にあったのは、小さな試験管。

 内側から、優しい光が漏れていた。

 澄んだ緋色の炎が、何かを照らすように脈打っている。まるで呼吸しているみたいに見えた。  あかりだった。たしかに、そこに灯っていた。

「これね、『あかり』なんだって。これを大事にしてたら、怒らなくてよくなるんだって。みんなとなかよくできるおまじないなんだって」

 たどたどしく説明する娘は、こんなに大きくなっていたのだろうか。

 ああ、俺はいつから可笑しくなっていたんだ?

 肩車が出来ていたような、小さな子供じゃなくなっていた。
 俺はいつから、この子をちゃんと見ていなかったんだ?




 『あかり』の中で、意識がまともに塗り変わっていく。

 透きとおった光が、ゆっくりと胸の奥に染み込んで、腐った肉を柔らかくほぐしていくようだった。

 意味のない焦燥感も、今はもうどこにもいない親父の影も、遠くに消えていく気がした。




「これ、あげるからぁ、なかなおりしようよお……

 泣き出した娘に手を伸ばすと、ビクリと身体を震わせて怯えた目で俺を見る。

 心の中に鋭い杭が打ち込まれたような感覚。こんな目を、誰に向けていた?  何度も見てきた。何度も浴びてきた。良いはずがなかった。許していいはずがなかった。

 幸せにするために命を望んだ子だったのに!




「ごめんなあ、ごめん、お父さんが悪かった……!」

「な、なかなおり、なかなおりできる? また、パパとママと、仲良くできる……?」

「ああ、できる。できるよ。全部パパが悪かったんだ。ごめんよ、ママにも謝る。ごめん、ごめんなあ……!」

 差し出された『あかり』を受け取って泣き崩れる俺を、娘は優しく抱きしめて一緒に泣いてくれた。




 ああ、ああ、かみさま! かみさまがいるなら、この試験管の中にいるんだろう!

 俺のおかしな化け物が、一瞬で頭の中から消えたんだ。ずっと狂っていた頭が、落ち着いて、まともなことだけ考えられるようになった。

 自分がいままで、どれだけおかしかったかが、クリアにわかるんだ。



 まともになる。まともになれた。一生だ。誓うよ。本当に。

 涙で歪んだ視界の中で、小さな『あかり』だけが、はっきりと輝き続けていた。








体験談|「やり直せるんだって、教えてもらいました」

40代男性/会社員・妻と娘の3人暮らし

正直に言うと、俺は一度、自分の人生を完全に間違えたと思っていました。

家族を守るはずだったのに、気づけば壊してた。
怒鳴り声、壊れた食器、泣いていた妻と、怯えていた娘。
あれは全部、俺のせいです。
酒に逃げて、親父と同じにならないって言い訳しながら、気づけば同じことをしていた。

逃げたはずだったのに、逃げきれてなかったんです。

そんなとき、まだ小学生だった娘が学校から『あかり』を持って帰ってきました。
小さな試験管の中で、赤い光がゆれていた。
「これを持ってると、怒らなくてすむんだって」「なかなおりできるおまじないなんだよ」
そう言って差し出してきたんです。俺に。

あのとき、俺は初めて泣きました。
自分の手で壊した家族に、まだこんなにも赦されていたことが、信じられなくて。

それから、酒をやめました。
怒鳴るのもやめました。
毎日、あの『あかり』を見て、あのときの自分を思い出して、今度こそちゃんと生きようと思いました。

時間はかかったけど、少しずつ、少しずつ、また家族に笑顔が戻ってきました。

いま、娘は高校生になって、絶賛反抗期です。
「パパうざい」とか、平気で言ってきます。
でも、俺はそれがすごくうれしいんです。

きっと、安心して反抗できるくらいには、
娘は“父親”という存在を信頼してくれてるんだと思うから。

前は怯えた顔しか見せなかったあの子が、今は怒ったり笑ったり、口喧嘩してきたりする。
それが、どれだけ幸せなことか。

『あかり』がなかったら、たぶん、俺はいまここにはいません。家族を化け物から​────俺から守る為に、あの日死ぬつもりでしたから。

でも、やり直すのに遅すぎることなんてない。
本当にそう思います。

『あかり』は魔法じゃない。
でも、俺には確かに​────人生を取り戻す“光”でした。