ひるね
2025-07-25 05:55:59
2154文字
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里指バリスタ現パロ妄想

このリーさんは白シャツエプロン腕まくりしています……(瀕死)
指揮官の性別はどちらでも。

 昼下がり、ようやくひと息つける時間が巡ってきた。
 私は、職場である書店に併設されたカフェ「Noir et Lune(ノワール・エ・リュヌ)」へと足を運んだ。フランス語で「黒と月」という意味らしい。しっとりと落ち着いた名前に相応しい店内は、木の棚に囲まれてどの席からも本の背表紙が見える静かな空間だ。天井にはシャンデリア風の照明がゆるく光を落とし、低く流れる音楽とコーヒーの香りが、どこか遠い午後を思わせた。
 しかし、今はちょうどカフェタイムの真っ只中。席はすべて埋まっていて、カウンターにも待っている客がちらほら。他のカフェに移動するには時間が足りないし、立ったまま休むのも気が引ける。せめてテイクアウトにして、どこか空いている場所で食事を摂ろうか――。小さくため息をつき、思案しているそのときだった。

――奥の個室が空いています。よろしかったらどうぞ」

 不意にかけられた声に振り向くと、見覚えのある姿があった。
 書店で働くうちに何度か見かけていた、仏頂面の店員。カウンターで黙々とコーヒーを淹れるその横顔は整っていて(むしろ整いすぎていて)、逆に近寄り難いタイプだと思っていた。話すのは、もちろんこれが初めて。
「え、でも……奥は予約席ってなってますよ?」
 私の言葉に、彼は腕時計をちらりと確認してから再び口を開く。
「休憩は、あと三十分くらいですか? その程度なら構いません。あなたが、小さなお客様みたいに騒がなければ」
「あ、ありがとうございます。……でも、なんで?」
 降って湧いたような親切に、私は思わず戸惑う。彼はそんな私を正面からまっすぐに見つめていた。
「◯◯書店の方ですね」
……は、はい?」
「IDカード、つけたままですよ」
 はっとして、私は首元に手をやる。ぶら下がったカードが小さく揺れた。慌てて外してポケットにしまい込んだとき、ふと、視線を感じて顔を上げる。彼が唇の端をほんのわずかに緩めていた。
……今、ちょっと笑った……?)
 無愛想の印象しかなかった彼が、そんなふうに笑うなんて。一瞬だけ覗いた表情のやわらかさに、思わず私は瞬きをする。
……リーです」
 そう名乗った彼の声は、今まで見かけていたときと変わらず低く落ち着いていて、でも、少しだけ優しく聞こえた。
――さあ、ご注文を。軽食ならすぐに用意できます」
「じゃあ……サーモンベーグルとコーヒーをください。これ、美味しくて大好物なんです」
 言いながら、つい口元がほころんでいた。
「かしこまりました。ご贔屓にしてくださって、ありがとうございます」
 その声は、わずかに和らいでいた。踵を返しかけた彼だったが、ふいに立ち止まり、こちらを振り向く。
……角砂糖は四つ、ミルク多めで?」
「え? 何で知ってるんですか?」
 思わず問い返すと、リーはじっと私を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
……いえ、ただの当てずっぽうです」
 一瞬だけ、何かを懐かしむように目を細めたその表情は、すぐにまた無表情に戻ってしまう。
「そのくらい甘くすると、豆の個性が隠れてしまうかもしれませんが……まあ、それもまたひとつの飲み方です」
「そうですよね、ごめんなさい。コーヒーの香りは好きだけど、苦いのがちょっと……
 その言葉に、リーは静かに目を伏せ、カウンターの方へ目線をやる。
……それなら、ハニーラテに変更しませんか?」
「え?」
「ミルクと蜂蜜で、コーヒーのエッジが柔らかくなります。無理して飲むより、美味しく感じてもらえる方が嬉しいので」
……ありがとうございます。そういうの、気にしてくれるんですね」
「いえ。あなたが無理して飲むのを、見過ごしたくなかっただけです。……休憩時間も、あまり長くはないでしょうし」
 どこまでも静かな口調。けれどその奥に、ふとした熱のようなものがにじんでいた。
「じゃあ、ハニーラテでお願いします」
「かしこまりました」
 注文を受けたリーは、一拍おいてからふとこちらに視線を戻す。
「お急ぎだと思うので、少し温度を下げてお出しすることもできますが、いかがしますか?」
……え? あ、はい、それで」
 そんなつもりで言ったわけじゃなかったのに。何もかも見透かされたようで、私は思わずどきりとした。
 歩き出すリーの背中を見送っていると、奥のカウンターから若いスタッフの声が飛んだ。
「店長ー! ブレンド切れてまーす!」
「今確認します。少し待っていてください」
 さらりと返すその声を聞いた瞬間、私は小さく目を見開く。

 ……店長?

 確かにそう呼ばれていた。黙々と働く無愛想なバリスタ――そう思っていた人が、まさか店長だったなんて。
……ずいぶん若い店長だな……
 少しだけ驚いて、それから私は改めて、彼が去っていった方へ視線を向けた。
 黙々と、けれど正確に動くその背中は、先ほどよりも、ほんの少しだけ遠く見えた。

 どうしてだろう。初めて話したはずなのに、どこかで、ずっと知っていたような気がする。胸に残ったのは、理由のない懐かしさと、拭いきれない戸惑いだった。私はただ、言葉にできないその違和感を抱えたまま、彼の背中を静かに見送っていた。