文月
2025-07-25 00:17:04
6525文字
Public
 

ゆりかご

※果欄のふたり。王→大
※CP要素はあんまりない。
※映画ベースの妄想。
※たぶんめっちゃ他の方とネタかぶりしてると思います。すいませんすいません。でも自分でも出力しておきたかったんです(土下座)

 足音は大きく、なるべく遠くからでも分かるように。そうして室内へ入る際には声を掛けてから。
 これが果欄の大老闆の寝室へ入るときの不文律だ。王九はほとんど無意識にそれができるぐらいにはここでの歴も長い。
 しかしそうではなく、今までうっかり決まりを守らず寝室へと入り、大兄貴の隠し刀で片手を落とされたり深手を負ったりしたものは数えきれなかった。
 寝ていると手加減もできん。一回言ってわからんバカには仕方ない。まったく申し訳なさを感じていない様子で大兄貴は言う。
 かくいう王九も昔はその決まりを忘れて、何度か刃物を振り下ろされたことがあった。運よく避けたり硬直が間に合ったりで大事には至らなかったが、その度に大兄貴から受ける「言って分からないバカ」への侮蔑の視線が堪えたものだ。
 だから本当ならば物音ひとつ立てずに移動することもできるが、今日も王九は軽快な足音を響かせ船底を歩く。そうして事務所代わりにしている船倉の広間を抜け、隣に隣接している寝室へ。

「大兄貴、言われていた資料です」

 宵の口、この時間なら帰ってきているだろうし、まあまだ寝てもいないだろう。投げられた仕事は王九があまり得意ではない面倒くさい書類仕事で、さっさと渡して終わらせてしまいたい。そんな気持ちで部屋へと足を踏み入れる。

……なんだ、居ないのか」

 しかし居るであろうと思っていた姿は見当たらず、王九はチッ、と舌打ちをひとつ漏らす。
 少し待ってそれでも戻らないようなら、手にある紙束をサイドテーブルにでも置いていくか。いやそれだとあのジジイ後で文句言いそうだな。そんなことを考えながら、ぐるりと部屋を見渡してみる。
 相変わらず殺風景で何もない部屋だ。家具らしい家具も少なく、壁際には無造作に金庫や段ボールが積まれている。唯一、装飾品といえるのは帆船の模型ぐらいだ。少なくとも王九の記憶にある限り、寝室と呼べるこの部屋が華美であったり、高価なもので溢れていたりしたことは一度もない。

(あの籐の枕とかいつから使ってんだ……俺がガキの頃からあったやつじゃねぇ?)

 物持ちがいいとか、ケチであるとかいう話でもない。ただただ大兄貴は興味がないのだろう。その証拠にサイドテーブルに置かれているぎらぎら光る重たいガラスの灰皿は、少し前までは事務所の方で使われており、何度か不良債権者の頭をカチ割っている。そのためよく見れば細かい傷もいくつもあった。
 しかしそれを縁起が悪いとか見栄えが良くないなどとは大兄貴は考えない。灰皿は灰を受けることができれば良い。後のことはどうでも良く興味がない。大兄貴が興味あることはひとつだけ。金を稼ぐことそれひとつだ。
 それは金を貯めることでも使うことでもない分たちが悪い。限度がない分満足がない。王九にはまったくその面白さも良さも分からないため、意見の相違が度々起こり、お前は金を甘く見過ぎていると怒られることもある。
 酒なんかが入った大兄貴は特にその傾向が強い。金の力さえあればお前より弱いやつがお前を殺すこともできるんだぞ、と言われたときは少しばかり考え「なら、しょうがないっすね」と答えたら強めに叩かれた。それには今でも納得がいっていない。

 大兄貴の帰りを待ちつつ、ぼんやり思考を遊ばせていると、手が滑ったのか持っていた紙束がばさばさと床へ落ちた。
 これはいくつかの娼館の売上帳簿と客の出入りを管理している台帳類だ。大兄貴から指示された仕事は「とあるお偉いさんが入り浸っている娼館の情報を集めて来い」というものだった。お偉いさんがどの女に入れあげているのか、どれぐらいの頻度で通っているのか、支払いはどこからなのか、金の流れはそれらすべてを暴くということを王九は嫌というほど教えられ知っている。だからこうして娼館の主人を脅しつけて帳簿を奪い、机の上で数字と睨めっこする羽目になった。
 しかしそういった方法を教えられてはいるが、それが自体が好きな仕事かと言われればそうではない。どう考えても体を使う仕事のほうが好きであるし向いている。だが何故か時折こうして得意ではない仕事を振られ、嫌々こなすことになる。大兄貴は何考えてるんだ。適材適所ってもんがあるだろうがよ。王九は不在の主に毒づく。そうして毒づきながらも床に散らばる紙束をしゃがみ拾う。
 王九が苦心して集めたこの紙束の情報は、これから何かしらのデカい仕事を起こす上で必要なピースの一つになるのだろう。その全体像を知っているのは今のところ大兄貴一人だけだ。王九が知る由もない。

ばさり。ばさり。一枚、一枚、紙を拾う。
くらり。一瞬の眩暈に王九の足元がふら付いた。

(ん……やばいな

 どこか不調の気配がする。そういば昨日川に落ち雨に降られ、そのまま放置していた気がする。黒社会は身体が資本の仕事だ体調管理もできないのか、と渋い顔をする誰かの顔が浮かぶ。
 普段なら不調を感じた瞬間、どこぞかのセーフハウスへ引きこもり誰にも顔を合わさず過ごすのが王九の方法だ。ほとんど野生の獣のような様相でただただ寝て治す。そうして数日もすればまたふらりと姿を現すのでそれで周りもああ体調不良だったのかと納得するといった具合だった。

……そろそろずらかるか……書類は置いといて、まあ大兄貴には後で小言をくらとっけばいいだろ)

 残りの紙を一気に広い、立ち上がる……はずだった。しかし、なぜか気が付けば王九は床に座り込んでいた。ぐらぐら、狭まった視界が揺れたまらずベッドサイドに背を預ける。低くなった視界で見上げる室内はやけに広々としていて、なぜか既視感を覚える。

(ああ、そうか……似てる、からか)

 この船を手に入れる前、王九が拾われて間もない頃、果欄には別の大老が鎮座しており大兄貴はまだ頭馬ですらなかった。
 そのため埠頭の倉庫のような建物を借り上げ、そこに自分と手下たちを集め拠点としていた。その頃の大兄貴の部屋も今のように何もないただ灰色の満ちた寝るだけのような場所だった。王九はまだ下っ端とも言えない立場のただのガキで、住処にあぶれたものたちと倉庫の一角で雑魚寝をして過ごしていたのだ。
 まだ十二やそこらのガキだったが、それでも利かん気の強さで王九は手下たちの間でも持て余され気味で、尚且つ容赦なく暴力に訴えてくるものだから酷く恨みをかっていた。大兄貴について回っていたのも恨まれる一因ではあったのだろう。だからあの頃の王九が体調不良で寝込んだりしようものなら、これ幸いと仕返しをしようとするものがとても多かった。
 多少の発熱ぐらいならば意に介せず暴れて返り討ちにしてはいたが、ある時用意周到に準備をして狙われてからは学習し、体調不良を感じると大兄貴の寝室に潜り込んでしのいでいたのだ。
 恨みで執拗に付け狙うやつらもさすがにここまで侵入してくるような根性があるものはおらず、大兄貴に叩きだされない限りは安寧が約束されている。だから発熱するたび、毛布をひっつかみ灰色の部屋の床で横になったものだった。
 なるほど、ここからの景色はあの頃みたものとそっくりだ。そういえば床で横になって眠り、朝がくると大兄貴のベッドで寝ていたことが何度もあった。うつらうつらと揺れる意識の中、ふわりと浮いた感覚。埃っぽい毛布がばさりと床に落ちる音。なぜだかそんなことを思い出した。懐かしい。そうか、これって懐かしいか。
 船底が波に揺れ、手元で拾った紙束がぱさぱさと鳴っている。眠気と共に急に笑いたくなった。
 大兄貴が戻って来たらどうせ叩き起こされるだろ、まあそれまでならいいか。だから気怠い眠気に身を任せながら、王九は目を閉じた。



* * *



 自室の床の上に見知ったガキが落ちている。

「おい」

 反応がない。手には古びた毛布を握り抱き込むようにして横になっている。
つま先でつついてもピクリともないので、そのままごろりと転がしてやれば、ふうふうと荒い息と赤い顔に発熱しているのだと分かった。

「おい、なんでこんなところで寝てる」

 足裏でゆらゆらと揺らし続けていると、うっすらとガキの目が開く。焦点の合わない目がこちらを見上げ、しぱしぱと眠たげに目を瞬かせている。しばらくぼうっとしたあと、ようやく目の前の人物が誰であるのか気づいたようで、ぎゅっと不服げに眉根を寄せ再び毛布を抱き込んで視線を逸らしながら口を開いた。

「なんでも、ねぇ」
「なんでもないわけあるか」

 このガキはとにかく反抗的だ。拾った当初は口数も少なかったが、しばらくして気が付けばよく回る口で言い返してくるようになった。しかしそんなガキ、王九が言い訳もせず黙りこくっている。体調が悪いからというのがその理由とも考えにくい。そもそもどうして床で寝ているのか。
 この場所は最近ようやっと手に入れた拠点だ。油麻地の埠頭端にあるただの倉庫だが、まとまった人員と仕事を回していくには必要不可欠で、配下で家を持たないもの(大体は流れものだとか、家も借りれないような奴らだ)には一室を開け放って住処としても自由に使わせている。大体は王九もそこに混ざり適当に雑魚寝しているようだったが、生意気で反抗的なだけあって揉め事も頻繁に起こしていた。
 元々荒っぽい黒社会の連中だ。生意気なガキには当然手も足も出る。だが厄介なことに王九はそいつらよりも断然強く速かった。叩きのめし、骨を圧し折り何人を病院送りにしたか知れない。その度に𠮟りつけ限度を知れ、揉め事を起こすなと怒鳴ってきたが、新しい配下が入ってくれば新顔を相手にまた同じことを繰り返す。最近では殺してなければまあ良いか、ぐらいの境地になっていたぐらいだ。流石に人員を減らされるのではたまったものではない。
 そんな自分の以外の相手には好き勝手している王九が不貞腐れた様子で床に転がっている。体調が悪いならいつもの雑魚寝部屋へでも行けばいいはずだ。それがどうしてこんな場所、自分が寝るだけに使っている部屋の床で転がっているのか。
 腕組みし見下ろしていると床に転がった王九は再び寝入ったようだった。すうすうと細く息が漏れる音が聞こえる。顔が赤いままで熱は下がっていないのだろう。そんな王九がごろりと毛布を抱えたまま寝がえりを打つと成長期前の子供の細い手足が毛布の隙間から覗く。ふと見れば、手首や足に青痣がついている。そのうちのいくつかは強く握られたのかはっきりと指の跡が分かるほどだ。
 それを見てピンときた。普段から好き勝手され腹に据えかねていた奴らに弱っているところをこれ幸いと狙われたのだ。もしかすると手籠めにしてやろう的な不届き者も混じっていたのかもしれない。鳥ガラのようなガキだが顔は小綺麗だし、細い手足に欲情するようなバカも世の中にはいる。
 しかしこうして今目の前にいる姿を見ると奴らの目論見もはずれ、手痛いしっぺ返しを食らわせて逃げてきたのだろう。発熱で弱っていてもまだまだ王九の方が強かった。そういうことだ。逃げ込んできた先が自分の部屋である、というのもまあガキの浅知恵の割には考えたな、といったところだ。黒社会の下っ端どもは純然たる縦社会の住人だ。であるからには不用意に目上の人間の部屋に押し入ることはできない。無い知恵を絞り、悔しいながらも軒を借りることにしたといった所か。だから不貞腐れていたのだろう。

 ごろり。また目の目で王九が寝返りを打つ。額に汗が浮かんでいる。熱が上がっているのかもしれなかった。ため息をひとつ。そうして床に転がった子供の腕を掴み引き上げ、前抱きに抱える。何か文句のひとつでも飛んでくるかと思ったが、深く寝入っているのか細い身体からは力が抜けたままだった。服越しに伝わる高い体温は不快で、でもぐったりとして体を預けてくる生き物の気配は悪くないなと思う。今まで抱え上げるといえば、喧嘩とは名ばかりの一方的な暴力を止める時ぐらいで、こんなに大人しかったことが一度もなかった分だけ。
 王九を抱え、数歩先のベッドへ降ろした。やはり起きる様子はなく小さく丸まってすよすよと寝息を立てている。くぁ、と思わず欠伸がこみ上げた。そういえばそもそも寝るために部屋に戻ってきたのだ。この部屋に合わせて揃えたベッドは自分の体格に合わせたゆったりしたサイズで、細っ子いガキぐらいならまあ気にならないだろう。雑魚寝部屋で呻いているであろう下っ端どもの処遇もすべては明日にせばいいな。そう考えながらぎしりとベッドに腰掛ける。
 明かりを消すとしんと夜が染みてくるようで、遠くには岸壁にぶつかる波の音、ほど近いところに他人の体温があった。寝息に交じってむにゃむにゃと何か呻いたり唸ったりしている声が聞こえる。夢の中でも暴れてるのかこいつは。ふは、と笑いがこみ上げそのまま目を閉じた。



* * *



 目が覚めると見慣れない天井があった。身体に染みついた反射で状況を確認しようと王九は半身を跳ね上げ、辺りを警戒する。すると角度が変わった視界に写るそれは途端によく見知った場所へと変わった。大兄貴の寝室だ。窓の外から差し込む日の高さで今が昼過ぎであることも分かる。身体には若干の重さが残っているものの、昨夜の重い倦怠感は随分ましになっていた。
 うん? 昨夜? ここまで来て王九は自分が床ではなく、ベッドの上で寝ていたことに気が付く。すっと血の気が引く感覚。えっ? 昨日は確か大兄貴が不在でそれで……いや床に寝そべって……えっ?
 床で寝落ちする直前までの記憶はしっかりとあった。船底がゆらゆらと揺れていて眠くて眠くてたまらなくなって、それで。

……大兄貴に抱えて運ばれた……ってことか!!!???)

は? どういうことだ? 普通目が覚めるだろうが? いや覚めてないからこうなってるんだが? それより大兄貴も大兄貴だろうが、なんで叩き起こさないんだ? なめてんのか?????

 あまりの事に怒りすら覚え、ぐるぐると喉奥から唸りが漏れる。今更ながらサングラスも外されサイドテーブルの灰皿の隣にきちんと置かれ、床に散らばっていたはずの書類仕事も回収されている。この几帳面さ。間違いない、大兄貴だ。
 王九はサングラスに手を伸ばそうとサイドテーブルに側に体を向ける。そうしてさらに気づいた。ガラスの灰皿に吸い終わった葉巻が一本置かれている。慌てて改めて自分の隣へ視線をやった。
 へこんだ枕。その隣に置かれた漫画雑誌。皺の寄ったシーツ。雑に捲られた状態の掛布団。

「はぁ~~~~?」

 今度こそ掛け値なしに声が出た。そこそこ大きい声が。

(あのジジイ、隣で寝ていきやがった~~~~????)

 状況が物語る昨夜の真相はこうだ。大兄貴は昨夜床で寝落ちていた王九を見つけ寝台へ運び上げ、隣でぐっすり寝て、先に起きて仕事へいった。ようはそういうことだ。なんだそれ。訳が分からない。ガキの頃ならいざ知らず、あの頃から何年経ってると思ってんだ。苛立ちを飛び越え、いっそ怒りを覚え、さらに怒りを飛び越えた虚無感が王九を襲う。
 そもそもいくら弱っていたからと言って、他人が横にいて目覚めることがない自分自身もどうかしている。滅多にない昔のことを思い出したりしたからだろうか。
 虚無感が諦めに代わり、王九は再びばたんとベッドに横になった。もうすっかり寝坊は確定しているし、まだ体調も本調子ではないし、何よりこんな状態で大兄貴の顔など絶対に見たくない。もう少しさぼることを決め、唸りながらごろごろとベッドの上を転がってみる。
 シーツに染みる甘い葉巻の匂い、自分以外の人間の匂いがする。

(クソッ……ジジイの加齢臭じゃねぇか……

 そんなことを毒づきながら、王九は二度寝の為にもう一度目を閉じる。何故だかひどく柔らかく眠りの帳が下りてくるようで、たちまちその意識は沈んでいった。