萌音
2025-07-25 20:55:00
6114文字
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Yellow roseの献身

リオヌヴィwebオンリー「狼龍夜想曲 第二楽曲 〜le seconde mouvement〜」開催おめでとうございます。
季節外れも甚だしい、父の日ネタのリオヌヴィです。
※この作品は「男性妊娠」ネタを含みます。苦手な方は回れ右を。

本日、六月の第三日曜日。恋人であるヌヴィレットから誘いを受けたリオセスリは、ヌヴィレットの私室を訪ねるべく、パレ・メルモニアへと足を運んでいた。
リオセスリがヌヴィレットの私室があるフロアへと続くリフトに乗り込もうとすると、入れ違いで何人かのメリュジーヌが降りて来た。

「あ、公爵様!こんにちは」
「こんにちは〜」
「リオセスリさん、こんにちは」
「ご機嫌よう。お嬢さん方」

彼女達の礼儀正しい挨拶に、リオセスリも誠実に対応する。皆一様にマレショーセファントムの制服を着ていたり、最新の流行のワンピースやブラウスを身につけていたりと、フォンテーヌ廷で働くメリュジーヌ達だと判断できる。無論、皆リオセスリとも顔見知りであった。

「日曜日なのに、お仕事ですか?」
「ああ、いや、今日は……
「ヌヴィレット様に会いに来られたに決まってるじゃない!ね、公爵様!」
「あ!そっか〜」
……ああ。まぁな」

無邪気に笑うメリュジーヌに、リオセスリは少し気恥ずかしさを覚える。ヌヴィレットとリオセスリが恋人(ヌヴィレット曰く、番だが)であることは、ヌヴィレットの眷属であり彼が娘と思い慈しむ彼女達にも当然のことながら伝わっているのだ。

「私達もヌヴィレット様にご挨拶してきたところなんです」
「休みの日もヌヴィレットさんに会いに来てるんだな」
「時々一緒にお茶をするんですよ〜」
「ヌヴィレット様、お休みの日もお仕事をしかねないので見張ってて欲しいって、シグウィンやセドナからの言付けでもあります」

次々と話すメリュジーヌ達。彼女達も休みのはずだが、こうして主人であるヌヴィレットの元に挨拶に来ると言うことは、やはりあのヒトに似て真面目で、そしてあのヒトに似て愛情深い種族だなとリオセスリは思う。

「特に今日は直接お会いしたくて、集まれる娘達みんなで連れ立って、大勢で来てしまいました」
「今日は何か特別な日なのかい?」
「今日は六月の第三日曜日ですから」
「うん?」

六月の第三日曜日というワードにまったく心当たりがないリオセスリは、メリュジーヌ達の言葉に首を傾げる。何かあっただろうか。考えてみても皆目検討がつかず、もしかしたら自分の知らないあのヒトと彼女達の特別な日なのかもしれない、という考えに至る。

「それにこれからのこともあるので、ご挨拶しておきたくて」

そうしてリオセスリが思考を巡らしていると、また一人のメリュジーヌが意味深な言葉を発する。

「これからのことって一体……
「あ、早くしないとお店が閉まっちゃうよ〜」
「まだ閉まらないよ!でも、早く行った方が良いね」
「では公爵様、ご機嫌よう」
「あ?ああ……

メリュジーヌの言葉にリオセスリが気を取られていると、その意味を尋ねる前に笑いながら足早に去って行ってしまう。

「なんだったんだ?」

考えていても答えは出そうになく、これは直接あのヒトにに尋ねる方が早いな、と判断したリオセスリは足早にリフトへ乗り込んだ。



◆◆◆



「ご機嫌よう、リオセスリ殿」
「ご機嫌よう、ヌヴィレットさん。お誘いありがとうな」
「足労をかけた。先刻まで予定があった故、私室へ呼び立てしてしまってすまない」
「ああ、メリュジーヌ達と会ってたんだろう?さっき下で会ったよ」
「そうか」

リオセスリを出迎えたヌヴィレットは、リオセスリの言葉を聞くと穏やかに笑った。
ヌヴィレットは普段の法服とは異なり、随分とリラックスした様子の出で立ちだった。ゆるやかなラインのスラックスと、綿素材のシャツ、そしていつかリオセスリがプレゼントしたざっくりと編まれたカーディガンを羽織っている。ヌヴィレットは元々窮屈な服を好まず、リオセスリと休日を過ごす際にはこうしたゆるりとした服装をすることが多かった。

「こちらへ」
「お邪魔します」

ヌヴィレットに促され、リオセスリは応接用のソファに腰掛ける。大きな寝台と身支度のための鏡台とクローゼット、書き物をする机と、あとは本棚があるだけの非常にシンプルで物が少ないヌヴィレットの私室。元来この私室には誰かを招く目的は一切なく、少し前まではこの応接セットすらなかったという。リオセスリと過ごすようになり急遽揃えたらしい、簡素だが質の良いソファとローテーブル。ただ本当に休息を取るためだけの、仕事以外の非常に私的な時間を過ごしているであろうスペースに、こうして誘われ招き入れられているという事実。何度この部屋を訪れてもリオセスリは感慨深い思いがした。

「先程あの娘達がメリュシー村の水を持って来てくれたのだが、それで良いだろうか?」
「それはあんたのために彼女達が用意したもんだろ?御相伴に預かって良いのかい?」
「ああ。ぜひ君にも飲んでもらいたい。美味しいものは、大切な者と分け合うものだろう?」

どこか嬉しそうに笑うヌヴィレットに、じゃあお願いするよ、とリオセスリは言う。大好きなヒトにそんな風に言われてしまっては、断る理由などない。



水を用意しているヌヴィレットを待つ間、リオセスリは室内をなんとはなしに見渡す。すると部屋の一角に、綺麗にラッピングされたギフトボックスがいくつかと、色とりどりの花の花束、そして黄色の薔薇の花束が置かれていた。
先程のメリュジーヌ達からのプレゼントだろうか。彼女達の独特な色彩感覚が発揮されたラッピングの中に、特殊な目を持つ彼女達にしては珍しい、淡い色合いのものも多くあった。リオセスリはそれが少し気に掛かったが、まあそういうこともあるか、と今度は花束に目を向けた。そもそも、他人の贈り物をあまりジロジロと見るのは好ましいことではないが、これだけの贈り物があれば、やはり今日がヌヴィレットとメリュジーヌ達にとって、特別な日であることは明らかであった。
よく見れば色とりどりの花々は、メリュシー村の付近でよく見られる種類のものだった。フォンテーヌ廷にはなかなか来られないメリュジーヌ達からの贈り物だろうか。
さて、黄色い薔薇にはどんな意味があったっけか、とリオセスリはいつか手慰みに読んだ花言葉辞典の内容を記憶の底から引っ張り出そうとした。不意に、壁にかけられたカレンダーがリオセスリの視界に入る。

「ああ、なるほど。六月の第三日曜日、ね」

カレンダーを見たリオセスリは、そこでようやっと先程メリュジーヌ達が今日という日にこだわっていた意図に気付いたのだった。



「待たせてしまっただろうか」
「いいや、まったく」

そこへ、真新しいカラフェと揃いのデザインの二つのゴブレットを載せたトレーを持ってヌヴィレットが戻って来た。

「あの娘達がここへ持って来てくれた時から、よく冷えていた。きっと彼女達の思いが溶け込み、さぞ美味しくなっていることだろう」

ヌヴィレットはリオセスリの隣に腰掛けると、嬉しそうにカラフェからゴブレットへと水を注ぐ。もしかするとこのカラフェとゴブレットも、彼女達からの贈り物なのかもしれない、とリオセスリは思う。
ヌヴィレットが二つ目のゴブレットに水を注ぐ様を見ながら、リオセスリは答え合わせをするようにこう言った。

「休日なのにメリュジーヌ達が沢山訪ねて来てたから、今日は一体なんの記念日なんだと思ってたんだが」
「うむ?」
「今日は父の日なんだな」
「ああ。毎年父の日にはメリュジーヌ達が訪ねて来て、心のこもった贈り物をくれるのだ」

リオセスリの言葉に、ヌヴィレットは嬉しそうに頷く。

「俺はてっきり、俺の知らない、ヌヴィレットさんとメリュジーヌ達にとって特別な日なのかと勘違いしちまったよ。そんな日に俺が訪ねて来て良かったのかってな」
「察しの良い君にしては、珍しい勘違いだな。そもそも本日は私が君を呼んだのだから、まったく問題はないと思うが」
「ははっ、そうだな。だが、彼女達に六月の第三日曜日だからと言われても、ここでカレンダーを目にするまでまったくピンと来なかったんだ。父の日なんて、俺には縁遠い日だからな」
「ふむ……
「あそこに置いてあるギフトボックスや花束も、メリュジーヌ達からあんたへの父の日の贈り物なんだろう?黄色い薔薇といえば、父の日に贈る花の定番だったよな」

リオセスリはなんとか記憶の端を手繰り寄せ、花言葉辞典の一遍を思い出したようだった。その花言葉から、黄色い薔薇は父の日の贈り物として定番となっている。
しかしリオセスリの問いかけに、ヌヴィレットはしばし何かを考える仕草を見せた。

「ヌヴィレットさん?」

リオセスリが呼びかけると、ヌヴィレットはずいっと顔をリオセスリの方へ寄せ、こう言った。

「リオセスリ殿。君の先程の発言にはいくつか誤りがある故、訂正させてもらおう」
「はぁ……?」
「まず君は、父の日とは縁遠い、と言ったが、果たしてそうだろうか?」
「いや……だって、そうだろう?あんただってよく知ってるはずさ」

皆まで言わせてくれるな、とでもいうように、リオセスリは答える。
自分には到底関係のない、いや、過去に経験したことはあったのかも知れない、六月の第三日曜日という日。けれど、家族に関する記憶は全て、嘘と欺瞞に塗れた、虚構に過ぎない。そんな記憶も、『リオセスリ』として生まれ変わり、かつての名前と共にとうの昔に捨て去った。おおよそ己とは関係のない、父という存在。忘れたい、けれど決して忘れてはならない、遠い遠い記憶ーー
口を噤むリオセスリに、ヌヴィレットはふむ、と呟くと、これについては後ほど更に言及するとしようと言って、言葉を続けた。

「ではもう一点。君の言う通り、あそこに置いてあるギフトボックスや花束は、私がメリュジーヌ達から受け取った、父の日のプレゼントだ」
「そうだろう?だとしたら、どこが間違ってるって言うんだい?」
「うむ。確かにメリュジーヌ達からのプレゼントではあるのだが、この黄色い薔薇の花束だけは、私が君宛に用意したものなのだ」

そう言いながらヌヴィレットはゆっくりと立ち上がると、メリュジーヌ達からのプレゼントと共に置かれていた黄色い薔薇の花束を抱きかかえた。

「ヌヴィレットさんが?俺に?」
「ああ。事前に花屋に依頼をしていたのだが、今日会いに来てくれるというあの娘達に頼み、代わりに受け取って来てもらった。そのため、メリュジーヌ達からのプレゼントともに置いてあったのだ」
「なんでまた?」
「父の日だからだ」

ヌヴィレットの返答は、まるで回答になっていなかった。話がズレていると感じることは度々あったが、そこはそれ、ヌヴィレットが人間社会の云々や人の心の機微を勉強中故と思っていた。しかしここまで話が噛み合わないのは初めてだ、とリオセスリは思う。
するとヌヴィレットは、自分の言葉を訂正しはじめた。

「ふむ……いや、この言い方では齟齬が生じるだろうか」
「そうだな。もうちょっと詳しく教えてもらえるかい?」
「すまない。訂正しよう。この黄色い薔薇は私と〝この仔〟からの、リオセスリ殿への父の日の贈り物だ」
「はい?」

リオセスリはますます話が読めず、素っ頓狂な声をあげる。そんなリオセスリを他所に、ヌヴィレットは更に話を続けた。

「私と〝この仔〟とは言ったが、まだこの仔の意思ははっきりとはわからない。故に私から、と発言した」
「えっ、と……そこじゃなくてだな、ヌヴィレットさん」
「初めての父の日のプレゼントを私が勝手に選んでしまい、この仔も怒っているかも知れないな。だがこれから先、幾度となくこうして父の日を迎えることになるのだから、少しは大目に見てくれることだろう。君に似て優しい仔のはずだ」
「あの、ヌヴィレットさん……?」
「まずは定番の黄色い薔薇を、と思ったのだが、受け取ってもらえるだろうか?」

リオセスリは普段から非常によく回る頭をフル回転させる。ヌヴィレットの言葉の意味について何通りもの可能性を導き出してみるものの、結局答えはただ一つにしか辿り着かなかった。
そもそも、ヌヴィレットがそう言うのだから、最早事態を丸ごと受け入れるしかない。それにリオセスリには、思い当たる節しかなかったのだ。
リオセスリとヌヴィレットは互いに強く深く愛し合う仲だ。逢瀬の度に、情熱的なひとときを過ごしている。少し期間はあいてしまったが、前回の逢瀬の時間も、それはもう、とても言い表せない程に濃密なものであった。当然と言えば当然のことではある。とは言え、にわかには信じがたい。

「ヌヴィレットさん……本当に……?」
「先程も言っただろう?君は父の日とは縁遠いと言ったが、果たしてそうだろうか、と」

どこか得意気に笑いながら言うヌヴィレットに、誰がこのヒトにこんな顔をされるように教え込んだんだ、いや、俺か。とリオセスリは思う。
思えばメリュジーヌ達はこう言っていたではないかと、リオセスリはここを訪ねてきた時のメリュジーヌの言葉を振り返った、これからのこともあるので挨拶をしておきたくて、と。挨拶とは何を指していたのか。父の日の挨拶であれば、これからのこと、などという必要はない。あれは今後ヌヴィレット自身に、そしてヌヴィレットを取り巻く環境や周りの存在に生じ得る様々な変化に対して言及していたのではないか。

「そっか……そういうことだったんだな」

ようやっと全ての合点がいったリオセスリは、ほう、と息を吐いた。
ふと、奇抜な色彩のギフトボックスの中にいくつか混じる淡い色合いのそれがリオセスリの視界に入る。あの淡い色合いのギフトボックスはもしや、ヌヴィレット自身への父の日の贈り物ではなく、これからのこと、に関する贈り物なのではないか、とリオセスリは思い至る。確かに、そういったものは淡い色合いのものが多い。

「どうか私〝達〟からの父の日の祝いを受け取ってくれないだろうか?〝とと様〟?」

ようやく納得がいった様子のリオセスリに、ヌヴィレットはそう言いながら黄色い薔薇の花束を差し出した。
リオセスリ自身、まだ実感はなく、まるでふわふわと宙を浮くような感覚だった。不安は大きい。自身に務まるのだろうか。罪人の己には到底相応しくないのではないだろうか。けれど、じわじわと込み上げてくる思い。不安や罪悪感を遥かに上回る、叫び出したくなるほどに全身を駆け巡る、暖かで、心が震える、喜び。
このヒトはこの事実が発覚したとき、どんな気持ちだったのだろう、どう受け止めて、今日まで心の内に留めていたのだろう。不安はなかったのだろうか。ないはずがないだろう。どういう思いで、この黄色い薔薇の花束を選んだのだろう。

「ああ……〝二人とも〟ありがとう。これからのこと、沢山話し合おうな、ヌヴィレットさん」

そう言ってリオセスリはヌヴィレットから黄色い薔薇の花束を受け取ると、穏やかに微笑むヌヴィレットをそっと抱きしめた。


end.