砂塵
2025-07-26 17:00:00
3990文字
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世界で一番きれいな方法

「凍死」をテーマにした主カミュSS。短いのでさくっと読めます。

※死ネタではない。
※裏ボスクリア後推奨。ネタバレ有。

 黄金に成り果ててしまった妹の話を聞いたその日、カミュが以前、住み処にしていた場所で夜を越えた。
 珍しく、陽の昇らない時間帯に起きる。仲間たちはまだ眠っていたが、カミュの姿がどこにもなかった。バイキングが根城にしているこの地方は雪がひどく、気温も低い。毛布を羽織ったまま、カミュを探しに出かけた。
 はあ、と吐き出すと、息が白く凍る。イシの村ではまず経験しない寒さだった。カミュはこんなに厳しい場所で暮らしていたのかと想いを馳せる。空は雪雲に覆われ、滅多に太陽を見せてくれない。しかし確実に朝は近づいているのか、遠くの空は白く滲んでいた。
 カミュは意外にもすぐに見つかった。冷たい雪の大地に横たわり、目を瞑っている。寒さのせいか血色が悪く、まるで白く化粧でもしたかのようだった。そういえば、とある地方では死に化粧という文化があるらしい。亡くなった人に化粧をしてあげるのだそうだ。どこかにあった本で読んだ覚えがある。今のところ雪は降っていないが、降り積もった雪を被ったカミュの皮膚は目が眩むほど白かった。黄金と化した妹の姿が消え、焦燥と不安でいてもたってもいられなかったのだろうか。
「カミュ、風邪ひくよ」
 声は白い息になるばかりで、乾燥していた。結晶と化した声がカミュに降り積もる。雪の上に寝転んでいるカミュを見下ろすと、彼は無言で視線をぼくに向けた。
「ほら、立って」
 身動きをとろうとしないカミュに手を差し向ける。カミュは無感動な目でぼくの手を見て、掴んだ。彼の手の皮膚は冷たすぎて、まるで氷にでも触ったかのようだった。
 ぐら、と体が傾いで、カミュの横に顔面からダイブした。カミュに手を引っ張られ、バランスを崩してしまった。全身が雪まみれになり、鼻や口に目一杯冷たい結晶たちが入り込んでくる。ぷは、と顔を上げると、カミュが右隣でにやにやと笑っていた。
「なにするんだよ、カミュ」
「くく、無様だな、勇者さまも」
 こうなってしまえばしょうがないので、ごろりと仰向けに寝転がる。雪が冷たすぎて、体が芯から冷えてしまいそうだった。指先で雪の粒を摘まんで、くしゃ、と潰してみる。あっけなく雪の粒は粉々になる。
 きっとカミュは、不安を押し殺しているのだろう。いつも気丈な彼は、自分には弱いところなんてないとでも言いたげな出で立ちだ。しかし、今日ばかりは違った。記憶を再び取り戻したカミュは、いなくなった妹が気がかりだろう。
……妹さん、心配だね」
 そんな、ありきたりな台詞しか言えなかった。慰めにもなり得ない、空しい台詞だ。案の定、カミュは干からびた笑みを浮かべて言う。
「なあ、一番きれいな死に方ってなんだと思う?」
 彼の口から唐突にこぼれた言葉に戸惑ってしまう。問いに対する答えも持ち合わせていなければ、カミュの意図も掴めなかった。答えられず黙ったままでいると、すんなりと教えてくれた。
「凍死なんだってさ」
 確かに凍死なら死体の腐乱もないだろう。じわじわと指先から機能しなくなっていき、血流は滞り、それから――それでも、ぞっとした。この世にきれいな死に方なんて無いとさえ思う、残酷な方法だ。
……あのとき黄金になったマヤも、同じものなのかもしれない。腐らず、血を流すこともなく……おれはそんな状態のマヤをおいていったんだ」
「カミュ……
 ぼそぼそと語るカミュのほうが凍死してしまいそうだった。たまらずカミュの左手を握ると、薄氷の目がぼくを捉える。その目は凍りついていて、けれど濡れていた。涙でもなんでもない、その濡れ方は、氷を水に溶かしたような煌めきを放っていた。
……ぼくが、ぜんぶ助けるから」
 言って、後悔した。なにも確証のない言葉だった。それでもカミュはぼくを縋る目で見つめてくる。その視線から逃げられず、ぼくの体も凍ってしまいそうだった。
「分かってるさ、相棒」
 雪はぼくらの体を冷やしていくばかりだ。けれど、あともう少しだけ彼とこうしていたい。白い朝は先程よりも天上にあった。仲間たちもそろそろ起きてくるだろう。あともう少しだけ、許してほしい。
 カミュの手の平は、雪と同じ温度だった。きみの臓器や皮膚は、ゆっくりと冷えていって、それから、それから――

 雪の中にいるカミュの顔色は真っ白で、血が通っていなかった。凍りそうなのは、本当はどちらだったのだろう。













 冴えた夜だった。
 雪は降り積もっていたが、今はやんで、どこまでも澄みきった夜空が広がっている。イシの村でも星は見られたが、この地方ではより明瞭に見える。凍った夜空に星が飾りつけられ、あたかも雪の結晶のように瞬いていた。
 ぼくはいつぞやの彼と同じく、雪に埋もれるようにして仰向けに寝転がっていた。暗闇でも吐く息は白い。仲間たちは既にクレイモランの宿屋で寝ている。こっそりと宿を抜け出して、クレイモランの外れでぼんやりとしていた。雪は冷たく、眠気を吹き飛ばしてしまう。このままだと雪と同化して、いつぞや話した凍死体となるのだろう。
「おい、風邪ひくぞ」
 やけに不機嫌な声が聞こえてくる。カミュがぼくを覗き込んで、眉間に深く皺をつくっていた。しゃがんだと思ったら、小言の続きを漏らす。
「夜景を見るのはいいけど、寝転ぶな。下手すりゃ死ぬぞ」
「カミュも見てみなよ。きれいだよ」
 カミュは逡巡した末に、ぼくの隣に横たわった。ぶる、と大袈裟に体を震わせる。
「寒い」
「なにも、寝転べとは言ってないんだけど」
「こうなったらどこまでも付き合ってやるよ、勇者さま」
 どこか皮肉めいた言い方に、カミュにも思うところがあるんだろうな、とぼんやり考える。ぼくは薄く笑って、在りし日の問いかけをした。
「ねえ、一番きれいに死ねる方法って知ってるかい?」
 唐突な問いかけに、カミュは喉を詰まらせた。戸惑わせてしまったようだ。雪の空気は、余りある水分を含んでいて、透き通った匂いがする。在りし日と同じ匂いがした。
……凍死だろ」
 戸惑いながらも、カミュは律儀に答えた。そう、きみが知らないわけがない。この地方で過ごしたきみが、この冬の厳しさを知らないはずがないのだ。
 ぼくは夜空に視線を向けたまま話す。白い息が凍り、顔面に落ちてきそうだった。
「マヤちゃんを助けられて良かったよ」
 本心からの言葉だった。その言葉は空振りすることもなく、冷たい世界の中で余韻を残して消えていく。カミュも夜空を眺めたままだろう。
「なあ、お前、誰だ?」
 神妙なカミュからの問いかけに、苦笑を漏らす他なかった。難しい話だ。昔の自分と今の自分は違う。それは紛れもない事実だ。どうしたって昔の自分には戻れないし、あの世界にも戻れない。けれどぼくはすべてを救うと誓った。世界を、仲間たちを、カミュを。その覚悟だけは、昔と変わらないのかもしれない。
「イレブン、お前はいきなり強くなった。おれたちと一緒に強くなっていったはずのお前が、今は遠くに感じる」
 疑心に満ちた、けれど間違いない言葉だった。そうだね、ぼくだけが、今、遠くにいる。
「ぼくのこと、信用できない?」
 意地悪なぼくの言葉は、氷の結晶と化して白く吐き出される。カミュは上半身を起き上がらせ、ぼくを見下ろした。苦渋が見て取れる表情だった。夜に紛れた薄氷の瞳が、星のように光っている。
 カミュはぼくに覆い被さり、両手をぼくの首に伸ばした。喉仏に両手の親指を軽く押し当てられる。少しだけ苦しいけれど、こんな力じゃぼくは死ねないよ。思わず口角を上げてしまった。笑う状況ではないのは分かっている。けれども、カミュに殺されようとしているのがなんだかおかしかった。
「ぼくを、ころしたい?」
 カミュの瞳が揺らぐ。ちかちか、ちかちかと瞬く。本当に白い星みたいで、きれいだ。
「カミュにころされるのも、いいかもな」
 本心から出た言葉だったのに、彼は眉間に皺を寄せて、露骨に寂しそうな表情をした。カミュってこんなに表情が豊かだったっけ、とぼんやりした頭で考える。まるで夢みたいな現実に陶酔する。カミュにころされるって、きっと、寂しくて、哀しくて、美しいことなんだろう。ころされたぼくはここで身動きがとれなくなって、じわじわと指先から凍っていくんだ。そうしてカミュがころした痕跡すらなくなって、きれいなまま死ぬんだ。それもいいかもな。遠くに置き去りにされるより、それがいい。
 結局そうはならず、カミュはぼくの首から手を離した。
「そうやって笑うな。お前がもし邪神の手先だったら……殺せなくなる」
「やっぱぼくのこと信用してないじゃん」
「なにも話してくれないお前が悪いんだろ」
 ぼくの首を絞めたその手で、今度は額を優しく撫でられた。怖々と触れてくる手の温度は冷たくて、やっぱり雪みたいだな、と思った。
 撫でてくる優しい手とは対照的に、強く唇を噛まれた。一瞬のことだった。カミュの犬歯が見えるな、と思ったら既に噛まれていた。ぶつ、と唇が切れる。口づけとも言いがたい衝動的な行為に、くらくらと目眩がした。すぐに唇を離したカミュの口元には血の色があった。ぼくの血は、カミュの口の端についた雪に淡く滲んでいる。
「お前を殺せるわけないだろ」
 それだけ言い捨てて、カミュはまたぼくの隣にごろりと仰向けに寝転がった。「あーあ。やんなっちまうぜ」とぼやくカミュの言い方が、どこか吹っ切れている気がした。勇者の痣があるほうの手の甲で口元を拭うと、暗い色の血が微かについている。擦れたその血は、確かにぼくの色だった。

 みんなを護れなかったぼくは、遠い時の中で氷漬けにした。今度こそすべてを救ってみせる。みんなを、きみを。